激情のままに事のあらましを言い立てた麻衣は疲れたようにソファに深く身を埋めた。
当のナルは写真をじっくり見聞している。先ほど崩れたポーカーフェイスは既に復活しており、横から覗き込んだ滝川に催促されて写真を手渡した。
「何か言うこと無いの?」
「何を言えと?」
「あたしと別れたいんじゃなかったの?」
「別れたいのか?」
「そんな、筈無いに決まってるでしょ!」
憎たらしい程に冷静なナルに逆に麻衣の感情は逆撫でられていった。怒りの余りに声が引きる程に。ナルはそんな麻衣を見て盛大にため息を吐いた。
「信じないとか言っておいて、十和田夫人の話を頭から信じているのか?」
「あ、あんな、写真見せられて、ナルの何を信じればいいって言うのよ!」
「それもそうだな」
ナルは呆れたように溜息を吐いた。だがその隣で滝川がナルの頭を小突いた。
「…………」
「あのなぁ、誤解を解きたいんだったらそう言う物の言い方は止せ。……ったく喧嘩売ってんじゃねーっつーの」
無言で睨み付けるナルにそう言って滝川は麻衣に目を向けた。麻衣は滝川の『誤解』の言葉に怪訝な顔をしている。
「麻衣、お前アイコラってしってるか?」
「アイ、コラ?」
目をパチクリさせた麻衣に滝川はOKと言わんばかりに両手を上げた。
「そ、例えばここに2枚のポスターがあったとする。一枚は好きなアイドルのポスター。もう一枚は……なんてゆうかまあ、世間一般のヤローどもが好きなポスターとする」
「う、うん」
「で、アイドルのポスターから顔ってゆーか頭部を切り取る」
「うん」
「で、もう一方の顔に張り付ける」
「うん」
「そしたら好きなアイドルの、例えばヘアヌードポスターの出来上がりーって訳だ」
滝川の説明に麻衣は複雑な表情をする。
「……でも、それって……不毛じゃない?」
「ま、そこら変が男の悲しい性ってやつだな。でも、問題はそこじゃない。……判るな? 俺の言いたい事」
「その……写真がそうだって事?」
恐る恐る問いかける麻衣に滝川は一枚の写真を示す。
「見てみろよ。……ほら、ここ。ナルの顔と背景がビミョ〜〜〜馴染んでないだろ?」
「……本当だ」
「ほら、これも」
手渡された写真を麻衣は食い入るように見る。どの写真のナルも、本当に微妙な加減で背景から浮いていた。
「合成写真だ」
ナルの冷え冷えとした声に麻衣はギクリと肩を震わせた。
「あ、あは、あははは」
「谷山さん」
「お、お茶を煎れてきます!」
跳ねるように立ち上がって麻衣は給湯室に飛び込んだ。あの様子ではしばらく出てこないだろう。
「おいおい、あんまり麻衣を虐めるなよ」
「ふん」
「でも、まあ良くできてるよなぁ。……これ以外は」
言って滝川はキスシーンの写真をヒラヒラと振り回した。
「!」
「おっと」
奪い取ろうとしたナルの手をかいくぐって滝川は不機嫌に吐き捨てた。
「ったく、不意打ち喰らったとは言えこんな写真撮られやがって」
「……」
ナルはふいっと余所を向いた。そう、一番問題のこの写真だけが本物だったのである。
調査終了日の撤収作業中に機材に足を取られ倒れかけた柳子を(勿論彼女の演技だ)支えた時に不意打ちを喰らったのだ。ナルは。勿論その場にいた人間は皆凍り付いた。それはナルも例外ではなかった。そして柳子の心ゆくまで唇を奪われていたのだ。
その場でいち早く立ち直ったのは真砂子で二人を引き離すや柳子に平手打ちを喰らわし、その場を去った訳だ。そして残された男どもは情けない事に逃げるように撤収した。
普通ならナルを殴るであろう滝川も、帰りの車の中ずっと、血が滲むぐらい口を拭い続けるナルを殴るに殴れず「犬に噛まれたと思って忘れちまえ」と下手な慰めをしていたのだ。
そしてこの事は勿論麻衣には内密となった。真砂子にしても「何をどう言えとおっしゃるの?!」とヒステリー気味に喚く始末。結局そのままで今に至っていたという訳だ。
「それにしても、あの人。6ヶ月も経って一体何だったんでしょうね?」
勿論、裏の事情を知る安原が首を傾げた。
「さぁなぁ、見たところ家庭は冷え切ってる様だったし、他人の幸せが疎ましかったからとかしょうもない理由なんじゃねーの? 或いはただ単なる暇つぶしとか」
「あー、典型的な有閑マダムですもんね」
「暇つぶしで他人の家庭を壊されてたまるか」
ナルが不穏な表情でそう呟いた。
「釘を差しに行くのか?」
「当たり前だろう。自分がどれだけ大変な事をしでかしたのか身をもって判らせてやる」
「釘は釘でも五寸釘って感じですね」
「違いねぇ!」
と滝川が大声で笑った時、麻衣が遠慮がちに戻ってきた。
「? どうしたの?」
「何、こう言う時色男は大変だって言ってたんだよ」
滝川の言葉に漸く麻衣が笑顔を見せた。その笑顔にほっとして、ナルもまた笑顔を浮かべ、紅茶に口を付けた。
(今度奢れよな)
滝川の微かな囁きにナルは苦笑して「……了解」と応えた。 |
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