Ghost Hunt
Scramble Wedding
#5 |
重厚な扉を前に麻衣と滝川が立った。扉の両脇にはスタッフが控えている。緊張のためか麻衣は滝川の腕を握る手に力を込めた。
「開けます」という簡素な言葉と共に扉は開け放たれ、それを合図にパイプオルガンの調べが流れる。
二人は一歩、そしてまた一歩と歩を進め、入堂した。一呼吸置いて中を見やれば通路を挟んで右側にはデイビス夫妻にまどかとリンが、左側には綾子に真佐子に安原、そしてタカこと高橋優子に笠井千秋。本当に極々身内だけのお式だ。祭壇の奥では白い司祭服に身を包んだジョンがいつもよりも更に暖かい微笑みを浮かべている。
そして祭壇の前にナルがいる。
半身を向けてまっすぐ麻衣を見つめている。その眼差しはいつも以上に静かで深かった。いつもと違うのは服と髪型も同じだ。勿論服はタキシード。少し裾の長いロングタキシードという物だ。白いシャツに黒い蝶ネクタイ。黒のカマーバンドに黒のズボン。いつもは梳かすだけ髪もざっくりと後ろに撫で付けられまるで別人の印象を受けた。
麻衣は緊張のためか少し強張っているものの、ナルを見て照れたように微笑んだ。
だがそれはナルも同じ事だった。
周囲の妨害もあってここ2ヶ月満足に会うことすら(仕事場では四六時中顔を合わせているのだがナル主観のカウントには含まれないようだ)出来ず、今日も『見てのお楽しみ』と言われ続けたのだ。
薄いベールに包まれた麻衣の顔。その細い身を包むドレスはカソリックの教会故らしく露出度の低い物だが胸元から喉元まで淡いレースで覆われており、二の腕までもレースの手袋で包まれていた。彩るアクセサリーも華美な物は無く、あくまでも清楚な風合いを醸し出している。左手には白を基調にした花束を、右手は滝川の腕に絡められている。
思わずみとれかけ、麻衣の微笑みで我に返った。
麻衣と滝川はゆっくりと歩を進める。真っ赤なヴァージンロード。感慨深げに一歩ずつ進みくる。そして中程まで来た頃二人は立ち止まり、ナルは祭壇から二人の元へと歩き出す。
ナルが左手を差し出した。滝川は送り出すようにそっと腕を上げ、麻衣はナルの手を取る。
一瞬、ナルと滝川の間で不可視の火花が飛んだ。だがそれも一瞬のこと。掌中の珠は彼の元を離れ、彼を残し、祭壇の前へと進んでゆく。滝川は苦笑すると自らも歩を進め綾子の隣に立った。ご苦労様と言わんばかりに綾子はウィンクをし、滝川は肩をすくめて苦笑した。
祭壇では御辞儀を終えた三人が立っている。ジョンは静かな声音で式を執り行ってゆく。賛美歌を歌い、「愛の章」と呼ばれる聖書の一節を朗読し、そして二人に誓約を求める。
「最初に新郎におたずねします。あなたはこの女と結婚して夫婦となり、生涯その神聖な誓約を守りますか。また今からのち幸いなときも災いのときも、豊かなときも貧しいときも、健やかなるときも病めるときもこの女を愛し、慰め、敬い、守り、貞潔を尽くして、命の限りこの女とともに生涯を送ることを誓いますか」
「誓います」
満足そうに頷いてジョンは麻衣を見る。
「新婦におたずねします。あなたはこの男と結婚して夫婦となり、生涯その神聖な誓約を守りますか。また今からのち幸いなときも災いのときも、豊かなときも貧しいときも、健やかなるときも病めるときもこの男を愛し、慰め、敬い、助け、この男に仕えて貞潔を尽くし、命の限りこの男とともに生涯を送ることを誓いますか」
「誓います」
「それでは誓いのくちづけを」
再び満足そうに頷きジョンは両手を差し出し、ブーケと手袋を受け取った。
言葉に従いナルと麻衣は向き合った。麻衣は少し御辞儀するように屈み、ナルはベールの端をそっとつまみ上げ麻衣の後ろへと流した。
改めてお互いの顔を見つめると自然と微笑みが浮かぶ。麻衣は目を閉じ、ナルは麻衣の頬に手を添え、そっとくちづけた。顔を離すと涙を堪えて微笑む麻衣がいた。
「誓約の証に指輪を交換してください」
ジョンが差し出した箱には赤のビロードに納められた一対の指輪があった。ナルは小さい方を手に取り、それを麻衣の薬指に填めた。同じく麻衣も残された指輪を手に取りナルの指に填める。二人は手を取り合い皆の方を向く。
「今二人は神様を証人として結ばれました。神様が結ばれた二人を人は離してはなりません」
厳かにそう宣言し、ジョンは式を勧めてゆく。再び二人は祭壇に向かい、手袋とブーケを受け取った。
再びお説教をし、賛美歌を歌い、結婚証明書にサインすればほぼ式は終わったも同然だった。祝福の言葉が述べられると新郎新婦は退堂する。
参列者にも祝辞が述べられ、そして二人の結婚式は厳かで暖かな雰囲気に包まれて終了した。
「……お前、最初から仕舞まで泣きっぱなしじゃねーか」
泣きたいのは俺の方だよ、と滝川は深々とため息を吐いたがいつもなら即座に悪態を付く綾子もこの時ばかりは泣きの涙で声にならなかった。
「よしよし、もう、好きなだけ泣けよ。誰に憚ることもないんだからさ」
ハンカチを差し出して滝川は周囲を見た。どうやら泣いているのは綾子だけではなく女性陣全員だった。ただ今まで泣き通しているのは綾子だけだ。他の5人は目が充血している程度だった。
皆に祝福されている。皆から愛されている。それで十分じゃねーか。
滝川は晴れ渡った空を見上げて伸びを一つした。
「はい、滝川さん。これをどうぞ」
何時の間にやら隣に立っていた安原が小さな袋を手渡した。見れば米の詰まった袋である。
「ああ、ライスシャワーか」
「ずいぶん吹っ切れたご様子ですね」
「青年、何故に暇が出来たら即座に俺をからかいに来るわけ?」
「ああ〜、やっぱ花嫁の父って結婚式ではナーバスナンバーワンじゃないですか。……いらぬ気を遣ってるだけですよ」
「ありがとよ」
「どういたしまして。ああ、出てきましたよ!」
見れば腕を組んで幸せそうな二人が赤い絨毯を踏みしめて階段を下りてくる。
滝川は袋を開け右手に米を流し出すと万感の思いを込めて空へと放った。
降り注ぐライスシャワーの中、麻衣は滝川に向かってブーケを投げた。咄嗟に受け取ったものの周囲を気にして(特に綾子だ)滝川が言った。
「お、おい! これって女に投げるもんじゃねーのか?!」
「純粋なる感謝の気持ち!」
屈託無い笑顔を浮かべる麻衣の隣でナルはナルらしい皮肉めいた笑みを浮かべた。恐らく「他人の世話を焼く前に自分の面倒を見ろ」とでも言いたいんだろう。「ほっとけ!」と言いたかったが麻衣を前にして言える筈もなく、滝川は複雑な笑みを浮かべた。
「ありがとよ」
ブーケを持ち上げてそう言い、祝辞を述べるために二人へと向かう。
雲一つない6月の、梅雨の晴れ空に最愛の娘の幸せを祈りながら……。 |
おわり |
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