Ghost Hunt

Second Impact
#1
 12月某日。東京渋谷の道玄坂、SPRの事務所……。今日も今日とて麻衣とナルが剣呑な雰囲気で睨み合っていた。
 始まりは麻衣がひどく咳き込んだ事から始まった訳だが……。


「ゴホ! ゴホ! ゲホ!」
 聞いている方の喉が痛くなりそうな咳をし終えて一息吐いた麻衣は自分に注がれる視線に一瞬たじろいだ。
「な、何? どしたのみんな」
「……風邪か、麻衣」
 近くにいた滝川か心配げに麻衣の顔を覗き込んだ。
「おかーさん、だいじょうぶ? おのどいたい?」
 今年4歳になる優人も心配そうに麻衣の顔を見上げている。麻衣はそんな優人に「大丈夫だよー」優しく微笑み返し、周囲に「多分ね」と答えた。肯定する麻衣に美麗な眉根を顰めながらナルは「熱は?」と問い掛けた。すかさず隣に座っていた真砂子が麻衣の額に手を当てる。
「かなり熱いですわ。……麻衣、あなた風邪では無くてインフルエンザじゃございませんこと?」
「え〜〜? あたしインフルエンザなんて今まで罹った事ないよ?」
「今まで罹った事無いからってこれからも罹らないって保証はどこにもないでしょうが!」
 麻衣の言葉に心底呆れた様子で綾子がピンと指で額を弾いた。
「松崎さんの仰る通りですよ。谷山さん、早く病院に行った方が良いですよ」
 そう言ったのは安原だったが最後にぼそっと「最も病院に行く方がインフルエンザウイルスが充満してて危険かもしれませんけどね……」と付け加えた。
「そーなんだよねー。それであたしも病院に行くのどうしようか迷ってるんだよ」
「……市販の薬は飲んでんのかい?」
 滝川の問い掛けに麻衣はふるふると首を振った。
「……何故飲まない」
 不穏なナルの問い掛けに麻衣は苦手意識を丸出しにして「えー、だって、ねぇ?」と答えているのか問い掛けているのか訳の分からない答えを返す。
「何なんだ」
 押し殺したナルの声に麻衣は小さく溜息を吐いてから答える。
「だってさ、優人がお腹にいる頃から風邪薬とか痛み止めとかって飲んだ事無いんだもん」
「……授乳期は疾うの昔に終わってるんだから問題は無いだろうが」
「だってさ、今更薬に頼るのも悔しーじゃない?」
「……どういう理屈だ」
 麻衣の言葉にナル以下全員が呆れの溜息を吐いた。
「薬に頼ると自然治癒力が落ちそうでヤダってこと」
「……野生児」
 と声を揃えて返す周囲に麻衣はべぇっと舌を出し「何とでも言うがいいさ!」と膨れて言った。
「お前はそれで良くても優人はどうするんだ」
「それって優人が風邪ひいた時のこと?」
「それ以外何があるって言うんだ」
「そんなのお医者さんに連れて行くに決まってんじゃん」
 ナルの問い掛けに麻衣はさも当然と応えた。
「良い心掛けだが病原菌が側にいたら治るものも治らないだろうが」
「……病原菌ってあたしの事いってるの?」
 麻衣の声のトーンが明らかに低くなっていくがナルは頓着したりせず、「他に誰が居るって言うんだ」と言い捨てた。
「病原菌扱いされたくなければさっさと病院に行って来るんだな」
 そう言うとナルは勝ち誇ったようにフフンと嗤って所長室に入っていった。その後ろ姿に麻衣は盛大に舌を出し、
「ぜぇ〜〜〜〜〜〜ったいに行くもんか!」
と宣言した。
 その大人げない夫婦喧嘩に呆然としていた周囲だが麻衣の言葉に一様に眉を顰めた。
「ちょっと麻衣。俺達も今回ばかりはナルの言葉に賛成だぞ」
「ぼーさん達まであたしを病原菌扱いする気?」
 少し傷ついた顔をした麻衣に滝川は慌てて訂正を入れる。
「違う違う! 勘違いすんなよ。そーじゃなくてだな、大人しく病院に行けって事に賛成だって言ってんの!!」
「……だって」
「だってもくそもねーの! あーもー問答無用! 行くぞ! 病院!」
「え!? ちょ、ちょっと! 待ってよ、ぼーさん!」
 いきなり自分の腕を掴み、立ち上げる滝川に麻衣は抵抗するが、当の滝川がそんな言い分を聞き届ける筈もない。
「問答無用だって言ってんだろっ。綾子! 麻衣の荷物持ってこい」
「オーライ」
「ぼくもいくーー!」
 慌てて麻衣の後を追おうと走り寄る優人をみて滝川は真砂子に目配せした。真砂子はしたり顔で頷くと後ろから優人を抱き上げた。
「優人くんはここであたくし達と待ってましょうね」
 しかし優しい真砂子の笑みをもってしても優人はむずがって腕から逃れようとする。
「やだ! ぼくもおかーさんとびょういんいくの!」
「ダメですわ。さっきお母さんが言ってたでしょう? 病院は健康な人が行く所ではありませんの。優人くんまで病気になってしまったらどうしますの?」
「いや! びょういんにいくの!!」
「優人くんが病気になってしまったらお父さんとお母さんが悲しみますわ」
「でも……!」
「お父さんとお母さんが悲しむのは嫌でしょう?」
「……」
 覗き込まれて優人は俯きながら唇を引き結んだ。どうも涙を堪えているようだ。そんな優人を抱き直した真砂子は背中を撫で続けた。
「さあ、お母さんに行ってらっしゃいしましょうね」
「……はい」
 優人は身体を捻ると麻衣に向かって手を振り、小さく「いってらっしゃい」と言った。
 しかし妙な形で送り出される事になった麻衣は困惑を隠せなかった。
「いや、あの、ね、優人……」
「優人お土産買ってきてやるからな、良い子で待ってるんだぞ?」
「うん」
「え、ちょっと!」
「往生際が悪いわよ。さっさと行ってさっさと帰ってくるわよ」
「おおよ」
「嘘! あたしの意志は完全に無視な訳?」
「何を今更」
「もぉ! 信じらんな〜〜い!!」
 そう叫び声を残して麻衣は滝川達に引き吊られる様にしてSPRを後にした。
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