Ghost Hunt
Second Impact
#2 |
「だーかーらー、病院なんか行かないってば! 行く必要ないんだってば!!」
無理矢理押し込まれた車中でも麻衣は滝川と綾子にそう言い続けていた。勿論二人は完全に無視である。
「ちょっと、聞ーてるの!? 二人とも!」
「聞いてませーん」
「前に同じー」
「聞いてんじゃん! あのね……ッ ゲホッ! ゲホッ ゲホン!」
激しく咳き込んだ麻衣を見てそら見たことかと二人は冷たいし線を向け、はぁーーーーっと重い溜息を吐く。
「そんな調子で何が大丈夫だってんだよ」
ルームミラー越しに滝川が言う。
「あんたね、周りみんなが心配してるってのが判んないの?」
麻衣の背中をさすりながら綾子がそう言った。
「……」
その気持ちを感じ取ってか咳を何とか収めた麻衣は下唇を噛んで俯いた。
そんな麻衣に滝川は鏡越しに柔らかな声音で問い掛ける。
「……なんだってそんなに病院がイヤなんだよ。悔しい云々じゃねーんだろ?」
「……」
「アタシらには言えないことなの?」
「……そう言う訳じゃ……」
「じゃあ、言って見なさいよ」
「うっ」
「ほら、言いなさいよ」
ずいっと詰め寄られて、扉まで追いつめられて、麻衣はそこで観念した。
「実は……」
「「実は?」」
「谷山麻衣、妊娠2ヶ月です」
「「……」」
ギュラララララララッ!!!
キキィ─────ッ!!!
「危ねーだろ! 気ぃつけろー!!」
クラクションと共に罵声が浴びせられたが当の運転手はそれどころでなく、身体ごと振り返って驚きに目を見開き、両腕を突っ張って身体を支えている麻衣を見ていた。
「おい! 動けよ! 何してんだよ!」
「………………ちょ……、ちょっと。ぼーさん。と、とりあえず路肩に着けよ? ね?」
「あ、ああ……」
再三のクラクションと麻衣の言葉に漸く我に返ったのか、滝川は指示器を出して路肩に停車し、再度振り向いた―――時。
「麻衣! おま……!」
「こぉんの……くそ坊主!!!」
バキィッッッ!
「うがっ……」
怒声と共に繰り出されるストレート……。勿論繰り出したのは綾子に他ならず、間近で麻衣は目を見開いて吹き飛ぶ滝川を見ていた。
「麻衣とお腹の子に何か有ったらどうしてくれるのよ!!! この戯け者!」
「……」
度重なるショックで滝川はすっかり混乱しているようだったが、綾子にとってそんな事は瑣末でしかなく麻衣の肩を掴むやグラグラと揺すって安否を確認する。
「ああ! 麻衣! 大丈夫なの!? どっか痛い所は無いの!? お腹は? 赤ちゃんは大丈夫!??」
「うううう、うん」
「本当ね!?」
「は、はい! 大丈夫です! どっこも痛くありません!」
そこまで聞いてから綾子は漸く大きな息をついてシートに座り直した。
「そっかぁ、そうだのかぁ。……それじゃあ、病院に行っても仕方ないわね……。ちょっとくそ坊主!」
「うあっ、はい!」
「どっか落ち着ける所に行きましょ。茶店でもファミレスでも何でも良いから行って頂戴」
「あ、ああ、そ、そりゃいいけど……でも……」
「行けって言ってんのよ……」
「ひっ」
ギラリと睨み付けられて滝川は前を向き車をスタートさせた。
そして15分後。とあるファミリーレストランに到着した一行は勿論のように禁煙席に着いていた。
綾子と滝川が並んで座り、向かい合うように麻衣が所在なさげに座っている。
「さて、……。とりあえず……」
「……」
「おめでとう! 麻衣!」
「え?」
「何ポカンとしてんのよ。こんなめでたい事他に無いじゃない。ほらくそ坊主。アンタも祝いなさいよ」
「え、あ、う、おお。おめでとう、麻衣……」
「あ、ありがとう」
勢いに流されながらも麻衣は焦ってそう返した。うんうんと頷く綾子だが途端表情を一転させると「で?」と冷ややかな声で宣うた。
「『で?』って?」
その豹変ぶりに戦きながら麻衣が問い返す。
「だからなんで今まで黙ってたのよ。しかもナルとケンカしてまで黙っとく必要あんの?」
「そ、そうだ、オレもそれが言いたかったんだよ!」
「……」
「なぁ麻衣。なんか言えない事情でも有ったのか?」
「……」
「なんか深刻な事情でもあるの?」
「……ぃ」
「え?」
「ない……です」
とか細い声で答えた。
「んじゃ、なんで? とりあえず『ビックリさせようと思ったから 』なぁ〜んて言ったら怒るわよ?」
綾子は黒いオーラを吹き出しながら笑顔で言い切った。それに対する麻衣は脂汗をだらだらと流して引きつっている。実に嘘のつけない麻衣らしく分かり易いリアクションだった。
「ビンゴ?」
滝川の言葉に麻衣はじりじりと、やがてコクリと小さく頷いた。
「よかったぁ〜〜〜」
そう言ったのは綾子だった。「よかったぁ〜〜〜」の意味が分からずきょとんとしている滝川に綾子は「あのねぇ」と話し始める。
「今じゃね医学が発達してるから胎児の段階でいろんな事が判るのよ。母親の持つ抗体で引き起こる障害とか先天的な病から遺伝子の異常までね! だからそう言う不安があるから言えないのかと思って心配してた訳よ!」
「へぇ〜〜〜〜。そんなのが今は判るのかよ。すげぇーな。しっかし、お前もよく知ってんだな。流石は実家病院のお嬢様だぜ」
「ふん誉めたって何もでないわよ」
まんざらでも無いようでふふんと笑う綾子だが、気を取り直すと麻衣に再度向き合った。
「どうすんのよ。このままナルには黙っておく気なの?」
「教えてやりゃいーじゃん。あいつの事だからどう驚くか想像は付かねーけど、喜ぶ事は間違いないだろうし」
「え、いや、それは私も判ってるんだけど……」
「だったらどうして。言ってやればいいじゃない」
「なんかさ……自分でもナルが驚くかな〜とか思ってナルに話しかけようとするでしょ?」
「うんうん」
「……笑っちゃうんだよね〜〜〜〜。これが」
「は?」
「話す前に色々想像しちゃってあり得ないナルの驚き方に自分で吹いちゃって、それでナル怒らせて話できないままで一月経っちゃった……」
テヘッと笑う麻衣に滝川と綾子は心底疲れ切ったように脱力していた。
まあ無理もないだろう……。
「あ、でもね、今日は良いチャンスだって自分でも思ってるから言うよ。絶対!」
そう力説する麻衣だが、彼女を見つめる二人の視線は物凄ーく微妙なものだった。
「な、なんなの。その生暖かそうな、可哀想なテレビ見てるかのような目は」
「だったらなんでさっきケンカになった時に言わなかったんだよ〜〜〜って目だろ〜〜?」
滝川がぐったりとしながらそう言った。 見れば綾子も疲れた顔で頷いている。
麻衣は「だって」と口を尖らせとんでもない事を言った。
「だって、そんな楽しいナルなんだよ? みんなに見せるの勿体ないじゃん」
「……は?」
「妻である私すら見た事無い衝撃のナル像なんだよ? 妻一人で堪能しようって思ったって全っ然おかしくないっしょ?」
信じられないものでも見ているかのような二人に対し、あくまで心の底から純真無垢な笑顔を浮かべる麻衣。
「お、前それはちょっと違うだろ? 嬉しいものとか楽しいものとかついでに悲しいものもみんなで分け合えばいーだろーが」
「やだ」
「や、やだって。お前、心狭いぞ?」
「いーじゃん」
そう言い切られてしまうと二の句の継げない滝川に更に「もーいいじゃないの」と綾子が背もたれに深々と背を預けながら言った。てっきり自分の側に着くだろうと思っていたのにあっさりと引かれてしまい滝川は怪訝そうな顔を向ける。
「確かに首の突っ込み過ぎなのよ、あんたは。親しき仲にも礼儀ありってゆうでしょうが」
綾子が正論を言った事に対してこれ以上はない程、キョトンとした顔をしている滝川にフフンと鼻で笑ってみせる。
「今ここでアタシらが話し合ってても進展しないでしょ? だったらさっさと話つけて貰って後日談でも麻衣に披露して貰えば済む話じゃない」
「……」
しばし「フム……」と思案気味だった滝川だが、「……それで手を打つか」と諦めたようだった。綾子と同じく背もたれに背を預けて大きく息をつき、正面に座ってショートケーキを口に運んでいる麻衣を見た。自然視線が下がり麻衣の下腹部を注視してしまう。一見なんら変哲もないのに、麻衣の体の中には命が宿っているのだと思うと何とも不思議な感じがした。
商売柄、命にはかなり関わってきた。だがしかし、こうして生まれ出づる命に関わったのは初めてではなかろうか?
男では得ようとしても得られない命の実感。だが間近な存在がそうなる事によって否応なく考えさせられてしまう。
「あんた何ぼーっとしてんのよ」
突然黙りこくった滝川を綾子は怪訝そうに覗き見た。
「あ? いやさ、なんか、不思議な感じがしてさ。麻衣の中に新しい命が宿ってるって事がさ……」
「……」×2
滝川は麻衣に向き合うと真剣な顔で話し始める。
「これから大変なんだろうけど、言ってくれりゃ何でも手伝うし、何でも相談にも乗るし」
「うん」
「優人の時はなんにもしてやれなかったら、今回はお前が要らない! って言っても手ぇ出すし、口も出すからな」
「うん、当てにしてる」
「元気な……子を産めよ。麻衣。それが何よりも一番大事な事だからな」
「うん……。ありがとう。ぼーさん」
なんだか麻衣は目頭が熱くなるのを感じたがニッコリと笑って頷いた。綾子に目を向けると滝川と同じ表情をしている所をみると、同じように手も口も出すつもりなのだろう。
麻衣は優人を妊娠していた時には比べようもない程の安心感が体中を駆けめぐるのを感じた。そしてそうっとお腹に手を当てて(良かったね)と心の中で話しかけた。
(良かったね。嬉しいね。こんなにも私もあなたも大切に思われてる。本当に嬉しい事だね)
その時まだ感じられる筈もない筈の胎動を麻衣は感じた。思い過ごしかと思ったが麻衣は小さく笑うと、
(元気に育ってね。元気に生まれて来てね。みんな、みんなあなたの事まってるからね)
願いを込めてそう告げると、顔を上げ穏やかに見守ってくれていた二人に幸せな笑顔を向ける
「さあ、帰ろう。ナルと優人が待ってる」
「ああ」
「そうね、そろそろ言い時間ね」
護られるように二人に挟まれ苦笑しないでもないが麻衣はナルを思い浮かべる。
彼は何と言ってくれるのだろう。
彼はどんな表情を見せてくれるのだろう。
今まで拘っていた面白いリアクションなど別に必要ない。
ただこの事実を喜んでくれればそれで良い。
そう思いながら麻衣は再び車に乗り込み、そして帰る。
────愛する家族の待つ場所へと──。 |
おわり |
|
|