はじめちゃんが一番!
ホワイト・ピンク・ブラック・ゴールド・プラチナ
 プッ…プッ…プッ…プッ…ポーン!
「「Happy birthday!!! はじめちゃん!!」」
  9月19日午前0時ジャスト────時報と同時に瑞希と亮からはじめに祝いの言葉が送られた。
「あ、あ、ありがとうございます!!」
  感動に声を震わせながらはじめはそう答えた。
「はじめちゃん、誕生日おめでとう」
  大きなバースデーケーキをはじめの前に置いて真琴が言祝いだ。そう、ここは前田の弟である真琴が経営するバー、COMである。トップアイドルであるWEの二人が周囲に気兼ねなくはじめの誕生日を祝う為に今日は貸し切りになっていた。
「ありがとうございます、真琴さん。うっわ〜〜〜〜! おっきいケーキ! それに美味しそう!!」
  今までお目に掛かったこともないような大きなバースデーケーキには

Happy the 20th birthday! HAJIME.

と書かれている。
  二十歳になったと言ってもやはり色気より食い気が勝るのかはじめの目がキラキラと輝いた。その様子に3人がくすくすと笑い出す。
「え、な、なんですか?」
「何でもないよ」
  亮も瑞希も真琴もにっこり笑って誤魔化した。真琴は20本の蝋燭に火を付けて照明を落とす。
「それよりもはじめちゃん、ローソク、ローソク」
「あ、はい」
  亮に促されてはじめは大きく息を吸い込み、フゥ〜っと全ての火を吹き消した。一瞬店内が闇に包まれて、それからゆっくりと明るくなってゆく。
「誕生日おめでとう、はじめちゃん。はい、これ、プレゼント」
  亮がポケットから綺麗にラッピングされた小さな小箱を取り出し手渡した。ドッキーンと心拍数を跳ね上げながらはじめは受け取って亮を見る。
「ありがとうございます、江藤さん。……開けても良いですか?」
「勿論」
  口調はすんなりしたもだったが亮の表情はやや緊張気味だった。気に入って貰えるかどうか不安を覚えているのだろう。そんな亮を余所にはじめの意識は小箱に集中していて丁寧にラッピングを解いていく。小箱から出てきたのは青いベルベットのケースだった。はじめはそっと手にとってパクンと軽い音を立ててケースを開いた。
「うわあ……!」
  プレゼントはイヤリングだった。19歳の誕生日に貰ったネックレス……今、正にはじめが付けているネックレスと同じシリーズのイヤリングだ。
「綺麗……嬉しい! ありがとうございます! 江藤さん!」
  その表情に亮の肩の力が漸く抜けたようで柔らかな笑顔を浮かべた。
「ドウイタシマシテ」
「おい、亮、お姫様に付けて差し上げろよ」
「「えっ!?」」
  瑞希の言葉に亮とはじめは瑞希を見て、それから顔を見合わせた。初々しい様子に真琴はくすくす笑い、瑞希はニヤニヤと笑う。
「えっと……付けてもいい?」
「あ、え……と、はい……。お願いします」
  言ってはじめはケースを亮に手渡した。受け取った亮は右のイヤリングを手にとってはじめに向き合う。
「あ」
  亮が間抜けな声を上げた。今日のはじめは可愛らしいパーティードレスにアップの髪型。それは良いとしよう。問題ははじめの耳には18歳の誕生日に亮と瑞希から貰ったイヤリングがついていたのだ。
「外していいの? 瑞希」
「なんでオレに聞くんだよ!!」
「え、だって……」
「あー、もう! 良いから早く外せよ」
  言われて亮は「わかった」と頷いてからそっとイヤリングを外した。はじめは耳に触れられ否が応にも顔が真っ赤になっていく。亮も少し緊張した様子で瑞希に外したイヤリングを預けて自分のイヤリングを着ける。
「見てる方がドキドキするわね。いいわ〜初々しくて!! 亮もあんな顔出来たのね〜〜。ビックリだわ」
「まったくだよ……」
  真琴の言葉に瑞希も小さく笑って頷いた。ややしてイヤリングを着けて貰ったはじめは真っ赤な顔のまま二人のほう向いた。
「ん、似合ってる。可愛いよはじめちゃん」
  この台詞がスルッと出てくるのが瑞希だろう。真琴も「すっごい可愛いわぁ〜〜」と頷いてくれた。はじめはニコッと笑って亮を見た。
「うん、可愛い」
「あ、ありがとう……」
「でも亮の見立ても満更じゃないじゃない。見直したわよ亮」
「え……」
  真琴の言葉に亮はちらりと瑞希を見た。その様子に真琴は(ああ……瑞希の入れ知恵だったのね)と小さくうんうんと頷いたのだった。
「それはそうと、瑞希からのプレゼントは?」
  あからさまな話の転換だったが瑞希は極上のスマイルをはじめに向けた。
「はじめちゃんはホワイト・ピンク・ブラック・ゴールド・プラチナのどれが好き?」
「金」
  思わずゴールド=金(Money)と言う脳内変換がなされたはじめはポロッと即答してしまった。
「ぎゃはははははは!!!! さ、さすがはじめちゃん!!!」
「……じゃなくて! ピンク!!!! 違うの! ピンクよ! ピンクなの────!!!!」
  しかし亮は未だ酸欠状態だし、瑞希も真琴も顔を伏せて肩を震わせていた。
「違うんだったら〜〜〜〜〜!!!!」
「ま、まあまあ。ファーストインプレッションはだ、大事だよはじめちゃん」
  涙を拭いながら瑞希は背後に置いてあった袋から箱を一つ取り出した。
「ピンクはゴールドの後で開けようね」
「は?」
「誕生日おめでとう、はじめちゃん。20歳って言ったらやっぱりコレかなって思ってさ」
  言って箱を手渡した。多少重量感の有る箱ははじめには読めない文字で何やら書かれている。
「瑞希さん、これ……なんですか?」
「まあ、開けてみてよ。なるべくそっと」
「は、はい……」
  はじめはさっきよりも最新の注意を払って包装紙を解いた。中には木箱が入っている。
「ちょっと、それ……!」
「え?」
  真琴が目を見開いて木箱を見ていた。怪訝そうに目を向けたはじめに気付いて真琴は無理矢理笑顔を作って見せた。
「?」
  訳が分からないながらもはじめは木箱を開けてみた。
「……お酒?」
「そう、20歳って言ったら飲酒解禁だろ?」
  恐らくはフランス語だろう。ラベルには Cuvee Dom Perignon Reserve de l'Abbaye と書かれている。
「ドンペリじゃん」
  はじめの背後から覗き込んだ亮が事も無げに言った。
「ドン……ペリ?」
「そう、ドンペリ。ココに書いてるでしょ? Dom Perignon って」
「そ、そうなの?」
「うん」
「で、でも……ドンペリって……ドンペリってぇ!!!」
  幾ら金持ち世界に疎いはじめと言えどもドンペリが高価な代物だと言うことは知っていた。驚いて瑞希を見たが瑞希はただ笑うだけだった。
「いいいいい一体幾らなんですか!?」
「……聞かない方が良いと思うよ。聞いたら多分はじめちゃん卒倒すると思うから」
  亮がポンポンと肩を叩いてそう諭した。だがはじめにしてみればもう持っていることすら恐ろしい代物だった。
「そそそそそんなの怖くて余計に飲めませんよ!!!」
  最早涙目で訴えるはじめに瑞希は肩を竦めた。
「飲んで貰わなきゃ困るよ。はじめちゃん。だってオレこんなに買ってきたんだから」
  言って瑞希は袋から同じような包みを4つ取り出した。うち一つは格別大きい箱だった。
「嘘ぉ……」
「瑞希……あんたまさか……」
「そのまさかデス」
「きゃあああああ!」
  真琴は興奮が口を押さえた。訳が分からないはじめは瑞希と真琴を交互に見て、それから助けを求めるように亮を見た。
「開けたら判るよ。はじめちゃん。開けてみなよ」
  別に何でもない事のように亮は促した。しかしはじめはブンブンと首を振って「無理! 絶対に無理! 手が震えて落とす!」
  その様子に亮と瑞希は顔を合わせて小さく笑い合った。瑞希が促し亮がビリビリと包装紙を破いて開けてゆく。
「あ、あんた! その包装紙も幾らするか判らないじゃない!!!」
「「「はじめちゃん……」」」
  しかし亮はあっという間に全ての箱を開けて中身を取り出した。そしてテーブルの上に並べていく。
「ホワイト・ピンク・ブラック・ゴールド・プラチナ……まさか目の前に並ぶ日が来るなんて……」
  額に手を当てながら真琴が感嘆した。
「ま、真琴さん、一体これで幾らになるんですかぁっ!?」
  はじめは涙目と涙声で尋ねるが真琴は「言えないわ……」と首を振るばかり。
「まあいいじゃん。亮、ゴールド開けろよ」
「判った。真琴さん、ナイフ貸して」
「オッケー」
「え!? ちょ、ちょっと!!!」 
  一人焦っているはじめを余所に亮は受け取ったナイフで封を切ってキャップに指をかける。
「ちょっと、亮! 食器棚に向けないで頂戴!」
「あ、ごめん。……んじゃ、はじめちゃんの20歳の誕生日を祝って……」
「ちょ!!!! え、えと……」

シュポーンッ!

小気味良い音を立てて開けられたシャンパンにはじめは「ああ〜〜〜〜……」と顔を真っ青にさせていた。
  しかし真琴は4つのシャンパングラスを用意するとそれぞれの前にセッティングした。
「はじめちゃん」
「……え?」
  呆然としていたはじめは亮の声にふと我に返った。
「開けちゃったんだし、諦めて飲もうね?」
「……う………………………………うん」
  漸く覚悟を決めたのか長い沈黙の後、はじめは重く頷いた。亮はにっこりと笑ってはじめのグラスに注いでゆく。淡い金色の液体が小さな泡を弾かせながらグラスに満たされていく。ムーディーなライティングと(値段を想像するのも恐ろしい程)上等なシャンパン。そして両サイドを固めるトップアイドル。酒ではない何かに酔い始めたはじめは大きく息を吸ってそれから吐きだした。
「はじめちゃんの20歳の誕生日と前途を祝して……」
  瑞希の口上を亮が継いで締める。
「乾杯!」
「「乾杯!」」
「ありがとう、ございます」
  4人はクイッとグラスを呷った。
「「「「…………………………………………」」」」
  そして無言の侭に己のグラスを見つめる。
「旨い……のかな?」
  亮の言葉に3人もううむと唸る。はじめに至っては生まれて初めて飲むお酒。判断の突くはずもない。しかし高い=旨い筈との思いこみがある。自分が理解できなくても世間ではこれは旨いの範疇に入るのだろう。
「拙くは無いよな」
「そうねぇ。でも何かで割った方が美味しいかもね」
「そこらへんは真琴さんに任せるよ」
「オッケ。はじめちゃんはやっぱり甘い目が良いのかしら? あ、それと亮は潰れたこと無いから安心して飲んでね」
「え? えっ!? えっ!??」
「そして瑞希、あんたは今日はセーブするのよ」
「判ってるよ。4人だし全部空けるのもそう時間掛からないだろうし」
「えっ!?? 全部!?」
  会話について行けない主役は目を白黒させて取り残されている。
「ちょっと、瑞希、プラチナって1.5L有るのよ? 空けられると思ってるの!?」
「大丈夫でしょ。瑞希、潰れるけどかなり飲めるし」
「そう言うのは飲めるって言えないのよ! ホントにもう!」
「それより真琴さん、はじめちゃんにケーキ切り分けてあげてよ。さっきお腹なったの聞こえたから」
「!!!!!!!」
「バ……! 亮!」
  相変わらずの配慮のない言葉にはじめの中の何かがブチンと切れた……。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜もう、嫌! 素面じゃやってられないわよ!! 江藤さん! 注いで頂戴!!!」
「うん」
  ドンペリゴールドと言われるシャンパンが惜しみなくグラスに注がれ、はじめは一息で飲み干す。
「おいおい、大丈夫かよ」
「い・い・ん・で・す!」
「はい……」
  既にはじめの目は据わっていたのだった……。  

そして翌朝、案の定潰れたはじめは二日酔いで動けなかったという。……亮の家で。
おわり
いやはや無事に最初のノルマクリアです(ほっと一息)。
しかし……はじめちゃん……祝われてます?
亮君(イヤリング)と真琴さん(ケーキ&料理)までは良かったんですが、瑞希君のプレゼント(ドンペリシリーズ)からいつものようにおかしくなりました。
でもでも、気持ちは一つです。