はじめちゃんが一番!
A Hazy Shade Of Winter
Extra Track

「お疲れー」
 長時間に及ぶドラマ録りを終えて楽屋に戻ってきた二人──瑞希と亮を、遠藤は欠伸交じりに労った。
「マジ疲れたー! 遠ちゃんこれで今日の仕事って終わりだよな」
 衣装を脱ぎつつそう尋ねる瑞希に遠藤は楽屋を片付けつつ
「ああ、終わりだよ。車呼んでるからいつでも帰れるよ」
といった。
「……遠ちゃん。前田さんてまだM2に居るかな?」
「社長?」
 遠藤は時計を見て「この時間じゃ普通に居るだろうな」と答えた。ちなみに現在時刻午前2時27分である。
「そっか」
 ふむ……と頷いて亮も支度に入る。
「社長になんかあんのか? 亮」
「うん、ちょっとお願い事」
「はっ!?」
「何だよ、お願い事って」
 すっかり洗顔も終えて寛ぎモードに入っていた瑞希の問い掛けに、亮はちらりと遠藤を盗み見てから「ちょっとね」と言葉を濁した。
「何だよそれ。──あっ! お、お前まさか、はじめちゃんとの結婚許可して貰うつもりかっ!?」
「「えっ!?」」
 亮と遠藤が同時に声を上げた。思っても見ない事を言われた──。そんな表情に瑞希は肩を落とした。
「そ、そ、そ、そうなのかっ!? 亮っっっ!」
「違うよ」
 いつもの無表情でさらりと即答されて、遠藤は深々と安堵の息をついた。
「んじゃ、なんだよ」
「……ないしょ。遠ちゃん、車来てるんだよね。お先に!」
 いつの間にやら帰り支度を終えていた亮はそう言って楽屋から出て行った。
「あ、亮っ!」
「おい、亮! 遠ちゃん、オレ、付いて行くから、お先に!」
 瑞希も慌てて支度を終えて飛び出していった。  取り残された遠藤はいつもながら理解不能の亮と甲斐甲斐しく世話を焼く瑞希に「ホントお前らベストコンビだぜ」と呟いた。
◇ ◇ ◇
 車に乗り込む寸前に亮を捕まえた瑞希はそのまま同じ車に乗り込んだ。
「? どうしたのさ瑞希」
「お前こそどうしたんだよ。お前が前田さんにお願い事なんて……、未だかつてなかっただろうが!」
「……そうかな?」
 きっぱりと言い切られて亮は首を傾げた。
「そうだよ!」
「瑞希がそう言うんならそうなんだろうな。うん」
「……いや、だから、問題はそこじゃなくて……」
「え、どこ?」
 車内をきょろきょろ見回す亮に瑞希は脱力しながら「だからボケんなよ……」と呟く。スベッた事に少々ショックを受けていた亮だが小さくため息をついた。
「……別に大した事じゃないんだけどね。本当に」
「だったら内緒にする必要ないだろっ?」
 真摯な顔でそう言われて亮は「それもそうか」と呟いた。
「大橋さんの事だよ。お願い事って」
「……誰だよそれ」
「………………………………」
 瑞希の言葉に亮は(うーんどうしよう)と言う風に瞑目した。
「誰だよ、大橋って」
「誰って、あの赤ちゃんのお父さん……」
「あ! ……………………ってそんな名前だったっけ? あの人」
「うん」
 頷く亮に首を傾げる瑞希。
「んで、あの人がどうだってんだよ」
「今回の事に関したら全面的にオレが悪い訳じゃん」
 亮の言葉に(それは言い過ぎなのでは?)と思ったがとりあえず瑞希は黙っていた。
「だからさ、少しでも罪滅ぼしになればと思ってさ……」
「うん、で、結論は何をするんだよ」
「だから就職の斡旋」
「あ! それで前田さんかよ!?」
「うん」
 「名案でしょ?」とほくほく顔の亮に瑞希は渋面を作る。
 仕事に関しては鬼とも名高いあの前田真澄が亮の頼みだからと言って人一人を雇い入れたりするだろうか? しかもあの大橋と言う男は悪人ではないがはっきり言って「あまり使えそうにない男」との認識が強かった。……亮意外はそう思っている筈だ。
「瑞希?」
「…………………………」
 きょとんとしている亮に瑞希はくすりと小さく笑った。
(ぶつかる前から諦めるなんざ意味ねーよな)
「オレも一緒に頼むよ」
「え? 瑞希も!? いいの!?」
「ああ、一人より二人の方が効果ありそうじゃん?」
「うん! うん!」
 心底嬉しそうな笑顔を見て瑞希はこの笑顔が曇るような事がなければいいなと思った。
◇ ◇ ◇
「やあ、どうしたんだね。君達」
 軽く午前3時を回った頃だがM2社長前田真澄は幾分充血した目で書類と睨み合っていた。だが二人を認めると破顔する。
「今大丈夫ですか?」
「ああ、かまわないよ」
 亮の言葉にいつもと同じ笑顔と口調で答えた。
「前田さんにお願いがあるんです」
「……お願い? 亮が? 私に?」
 思っても見ない言葉に前田は少なからず衝撃を受けたようだ。
「はい。知人……って言うかほぼ赤の他人に近い顔見知りなんですがM2で雇ってもらえませんか?」
 前田の目がこれ以上はない位に見開かれた。
「M2でダメならどこか就職先を紹介して欲しいんです」
「………………………」
「お願いします」
 言って亮はぺこりと頭を下げ、前田は組んだ手に額を預けて俯いた。
「前田さん、オレからもお願いします。間は悪いけど悪人じゃない事だけは確かです」
 同じく瑞希も勢い良く頭を下げた。
 しばらく沈黙が続いた後、前田は二人に頭を上げるよう言う。二人は顔を上げ真摯な眼差しで前田の結論を待つ。
「……全く君達といい、A.A.O.といい、はじめくんといい……。何だってこうも優しい子達ばかりなんだろうね?」
 茶目っ気を交えてウインクする前田に二人は?マークを飛ばす。前田はくっくっくと堪え切れずに笑い声を漏らした。
「前田さん?」
「はじめくんも今日の朝一で同じ事を言い出してきたんだよ?」
「「えっ? はじめちゃんがっ!?」」
「ああ、そうだよ。A.A.O.は移動の途中に立ち寄って懇願してたよ」
「あいつら…………」
 ポカンとして、そしてそれから二人は顔を合わせて笑い始める。その様子を前田も笑顔で見つめていた。大人ぶっている彼らが時折見せる純粋な子供のような笑顔は結構希少なのであった。
「……で、どうなんですか。オレ達の願い、聞き届けて貰えるんですか?」
 瑞希の言葉に前田はにっこり笑ってOKサインを出した。
「「……! ありがとうございます!」」
 二人が深々と頭を下げた。前田は立ち上がって二人に歩み寄りその肩に手を置いた。
「さあ、君達。明日も早いのだろう? 寝不足で冴えないWEなど私は見たくないよ」
「はい! 失礼します!」
「ありがとうございました。前田さん。失礼します」
「気をつけてお帰り」
 そして二人は満足げに社長室から出て行った。彼らを見送った後、前田は少し表情を変えて椅子に座り込む。脳裏に蘇ったのははじめとの会話だった。
 実ははじめに頼まれた時点では前田はこの話を断っていた。勿論、なんのメリットも存在し得ないからだ。
 そう答えた前田にはじめはこう言った…………。

「あの人……WEを見ても弟たちをみても何の反応を示さなかったんです」
「……そりゃあそんな生活をしている人なら悠長にTVを見る暇も無いだろうし知らなかったとしても不思議は無いのでないかな?」
「ええ、あたしもそうだと思います……。でもあたしが気にしているのはこれから事ですよ」
「これから?」
「はい」
「どういう事だね?」
「今後どんな場所でTVを見てあの人たちの正体を知る可能性は否定できませんよね? と言うことは何の気なしにあの人は今回の事を他人に漏らす危険性があると思いませんか?」
「…………………」
「そしてそうなった場合、あたしの存在がオープンになるかもしれません」
「……どういう経緯でそうなると?」
「だってあの人の目の前で江藤さんあたしに抱きついてたし、それに、その……あの……、あたしに、は、恥ずかしい言葉を強請ってる所とか見られてる訳ですし……」
「はっ、恥ずかしい言葉ぁっ!? き、君達人前で何て事を……」
「ひ、一括りにしないで下さいっっ!!!」
「しかし……それを言っている所を見られた訳かね」
「い、言える訳無いじゃないですか! そんな……、 好 き だなんて……人前で……!」
「……は?」
「何なんですか!? あの人! 常識無い人って恥じらいも無いんですかっ!?」
「は、はじめくん?」
「瑞希さんは瑞希さんで炊き付ける事言うし、調子に乗って江藤さんは言うまで離さないとか言い出すし!」
「はじめくん!」
「なんですか?」
「あの、その、亮は君に強要したのは『好き』と言う言葉……だったのかい?」
「そうですよ。それ以外何があるって言うんですか?」
「い、いや、無いよ。何も。気にしないでくれたまえ」
「? ……真っ赤ですよ? 顔。前田さん」
「いや、もう本当に気にしないでくれたまえ……。それより話を元に戻そう」
「? はい」
「確かにリスクは有る訳なんだね?」
「……はい。すみません、迂闊でした」
「……そう言う事なら身内に取り込んでおいた方が得策かもしれないね」
「……」
「まあ、仕事はなんなりとある訳だし」
「あ、あの、あの人、6つもバイトこなしてるからにはそれなりに体力あって器用なんだと思います。あたし」
「そう願うね」
「──────。すみません。脅迫紛いのお願い事してしまって」
「いや、言ってくれて感謝するよ。何も知らないで居るより余程対処のしようがあると言うものだ。──平沼、人事に問い合わせてくれ」
「承知しました」
「平沼さん、これ連絡先です」
「ありがとう、はじめちゃん」
「今日中に連絡を取っておいてくれ。早いに越した事はないからな」
「承知しました」
「お願いします、平沼さん」
「任せてよ。──しかしラッキーな人だね。この大橋さんって人。めったにお目に掛かれない強運の持ち主だよ。きっと」
「ははは、全くだね。是非ともあやかりたいものだ」
「? そうですかぁ? 話聞いてたらかなり悲惨な人だったんですけど」
「本当にそう思うかね? 無敵の女神が救いの手を差し伸べたんだ。これ以上のラッキーはあるまい」
「? なんですか? 無敵の女神って」
「言葉通りの意味だよ」
「??? よく分からないけど……そうなんですか?」
「ああ、間違いないよ」
「そうですか。 あ、あの ──ありがとうございました。あたし大学あるんでこれで失礼しますね」
「ああ、気をつけて行っておいで」
「はい、それでは失礼します」
    :
    :

(本当になんて強運の持ち主なんだろうね)
 二人が帰った後、前田は大橋に関する書類を見ながら嘆息した。予想通りぱっとしない経歴の持ち主である。だが前田は感嘆の念を禁じえなかった。
 はじめのみならずA.A.O.そしてWE──。
  これだけの強力な救いを手に出来る人間は滅多にも存在しない筈である。運も強力な才能と認める前田には大橋は誠に得難い人材に思えた。
 そしてあの優しい子供たちの期待に応えてやるのが大人の務めと言うものだろう。
 そう思って前田は書類を引き出しにしまった。
「さて、そろそろ帰るとするか」
 一人語ち、鼻歌交じりに前田は部屋を出て行ったのだった。





 ────数日後。
 赤ん坊を背負った男がM2に入社した。
 M2内で名物と化した男の周囲には何故か社を支えるトップアイドル達や更に彼らを支える少女の姿が頻繁に見られたと言う。


おわり
後日談と言う名の翌日談です。
ごめんなさい。亮君とはじめちゃんの絡みを期待していた方々。
こんな形に落ち着いてしまいました。

後日談は書いてる最中から流れが出来てまして、「書きたいなぁ、書いちゃえ」って軽い気持ちで書かせていただきました。
はじめちゃんも、五つ子も、瑞希君も、亮君もみんなみんな良い子です(笑)。
だからこそ人に好かれるんだと私は思ってます。
人に愛される才能って言うのはひっくり返せば人を愛せる才能だとも思ってます。
だから人を愛せない人間は人に愛される事はない。そう思ってます。

……人に優しい人間になりたいな。

ご意見ご感想なり頂けると小躍りして喜びます。
最後に、ここまで読んで下さってありがとうございました!