はじめちゃんが一番!
A Hazy Shade Of Winter #8

 それから正治は早々に江藤家を後にした。玄関先まで見送った面々はそれぞれに帰り支度をしていた。
「一件落着で良かった─────っっっっっ!」
 うーんと背伸びするはじめと瑞希。相づちを打つ五つ子達。そしてどんより暗い亮。
 心の底から良かったと思いつつもどうやらまた一人になってしまう事に気落ちしているようだった。
「みんな帰っちゃうんだ……」
「「「「「「「…………………………」」」」」」」
 一同は顔を見合わせた。五つ子達の視線が瑞希へと集中する。
「な、何だよ」
「和田さん、泊まって上げなよ。可哀想だよ江藤さん」
「そうだよ、 いつも家出した時お世話になってるんだし……」
「こう言う時こそ側に居てあげるのがコンビだよね」
「そーそー。って言うかまだ親父さんとケンカ中だったんでしょ?」
「だったら丁度いーじゃん! 江藤さんは寂しくない。和田さんは家に帰らなくて済む!」
 「さー、帰ろう帰ろうお家に帰ろう。じゃ!」と声を揃えつつ玄関に向かう五つ子と五つ子に手を引っ張られているはじめ。
「な、な、何でそうなるんだよ! お前ら!」
 慌てて後を追う瑞希だが袖を捕まれてガクンとつんのめる。
「……瑞希帰っちゃうの?」
「う……っ!」
 瑞希は亮の両肩に手を置き「ごめん!」と謝った。
「今日は……今日だけは帰らなきゃならないんだ! 操が、操が待ってるんだよ……!」
「え……。そ、う……なんだ」
 操を引き合いに出されては亮は諦めざるを得ない。玄関口からの「この時間なら絶対ねちゃってるよー」とのツッコミは綺麗に黙殺された。
「亮、お前にははじめちゃんが居るじゃないか!」
「きゃっ!」
言うなり瑞希は五つ子の手を解き、はじめを亮へひょいっと押しやった。
「「「「「あ─────っっっっっ!」」」」」
 腕の中に倒れ込んで来たはじめを、亮は条件反射的に背後から抱きしめる。
「み、み、瑞希さんっ!?」
「「「「「何すんだよー! 和田さん!」」」」」
「ほら、亮、さっきのやつ! まだ言って貰ってない言葉があるんだろ!? 言って貰えるまで離すんじゃないぞ!?」
「うん、分かった」
「分かるな! そんなもんっ!!! 離せ! 離せってば!」
「やだ。絶対に離さない」
 亮はしっかりと自分の手首を握りしめてはじめを拘束し続ける。
玄関口では五つ子と瑞希が争っている。
「はじめちゃん!」
「和田さん! どいてよ! 邪魔!」
「邪魔はお前らだって言うの!  恋人の夜を邪魔するつもりかよ!」
「そんな! 結婚前の男女がふしだらだよ〜〜〜〜!」
「いい加減、姉離れしろ!」
「「「「「ヤダよ〜〜〜〜〜〜っ!」」」」」
「ええいっ! とっとと出やがれ! ガキども!」
 一喝と共に蹴り出された五つ子達。間髪入れず扉は閉められ、ご丁寧に鍵まで掛けられた。「は〜じ〜め〜ちゃ〜ん〜!」と言う情けない声がフェードアウトで消えていくのを、はじめは手を伸ばして聞いていた。その手が脱力したようにダラリと落ちた。
「信じらんない……」
「ごめんね?」
「……悪いなんてこれっぽっちも思ってないクセに!」
「……ごめんね?」
 その謝罪は肯定の意味なのだろう、亮はニッコリと笑って見せた。
「……もうっ」
 ぶすっと膨れてはじめは亮の手を解きに掛かる。……が、亮は一向に緩める気配を見せない。
「ちょっと、もう離してよ!」
「ダメだよ。だってはじめちゃんまだ言ってくれてないもの」
「な……っ!」
 飄々と言ってのけ亮ははじめの耳元に唇を寄せた。
「ねぇ、お願い。言って?」
「ひゃっ……」
 いきなり耳元で囁かれ、熱い息が耳朶に触れてはじめは大きく身じろぎした。その反応に驚いた亮が頭を引いた。勿論戒めは健在である。
「はじめちゃん、耳弱いんだ」
 続けて「瑞希と一緒だね」と脳天気に語るのをはじめは頬を引きつらせながら聞いていた。
「ずるいわよ。あんた……。ずるすぎるわよ」
「……どうしたの? いきなり」
「なんで私ばっかり強要すんのよ」
 言われて亮は合点がいった様で「ああ」と声を挙げた。
「オレは、はじめちゃんが一番好きだよ」
「……『異性では』でしょ。所詮」
「…………………………」
 その言葉に亮は答えられない。
 そんな答えられない亮が憎らしくて、でもやっぱり大好きで……。一番欲しかった言葉を素直に喜べない、そんな自分が悲しくて悔しくて、はじめは唇を噛んだ。
「でも、オレ、瑞希にこんな事したいと思った事無いよ?」
 言うなりはじめを振り向かせて唇を重ねる。何度も何度もはじめの唇を啄む内にはじめは漸く亮を受け入れた。
 きつく抱きしめ合って、吐息も何もかもが混じり合うような、そんな長い長いキスの後──。
「当たり前でしょっ」
 と言って耳まで真っ赤にさせたはじめは顔を隠すように亮に抱きついた。そんなはじめを亮もぎゅっと抱きしめる。
 お互いの逸る鼓動が感じられて、お互いを思う気持ちに差違など無いように思われてはじめは素直に気持ちを口にする。
「悔しいけど……江藤さんが世界で一番大好きだわ」
  悔しさも素直な胸の内なのでそう言うと亮はプッと笑って応える。
「オレもはじめちゃんが世界で一番大好きだよ」
「……うん」
  その言葉に今度は素直に頷いた。
「オレが欲情するのははじめちゃんだけだからね」
「うん……って、えぇっ!?」
 一瞬にしてはじめは亮から飛び離れた。突然空になった腕の中を寂しく思いながら亮はぎゃはははと笑った。
「すっげー! 瞬間移動だ! はじめちゃんっ!」
「あああ、あんたが変な冗談言うからでしょ!!」
「冗談じゃないよ?」
 涙混じりに答える亮の言葉にはじめは顔を真っ赤にして絶句した。
「……なっ」
「冗談なんかじゃないよ。オレははじめちゃんが思ってる以上にはじめちゃんを好きだし、いつでもはじめちゃんを欲しがってるんだからさ」
「…………………………」
 あまりの衝撃にはじめの意識がフェードアウトしかけた。すかさず面白げに亮が話しかける。
「はじめちゃん、気絶したらオレがパジャマに着替えさえる事になるけど? いいの?」
「!!!!! よ、良くないに決まってるでしょ! このケダモノ!」
「ぶっ……ひゃひゃひゃひゃ──っっっっっ け、ケダモノって言われた──っっっ! あ」
「何よ!?」
「何って……鼻血」
 言ってすかさず亮はティッシュを取ってはじめの鼻に押し当てる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
  己のしまらない体質を恨みつつはじめは涙を流す。
「まだまだ無理っぽいね」
「……悪かっらわれ!」
「いいんじゃない? 大事なのは形じゃなくて気持ちなんだからさ」
「……」
  「ね?」といつもの綺麗な笑みで諭されてはじめは小さく頷いた。
「明日も早いんだしもう寝よ?」
「……う、うん
 手を引かれて行く先はまだまだ未知の世界で……でも、いつかは当たり前の世界になるのだろう。

  でもそれはまだまだ先の話だから──。

  そう思いながらはじめは目を閉じた。


おわり
終わった─────っっっっっ!
漸く、終わった───っっっっっ!
当初は全4話の筈だったのに、膨れに膨れて全8話。 倍じゃん、オレ!
でも満足です───!
好きな風に書けたんだもん。満足以外の何物でもないっすよ!
あ、あの宜しければ感想でもくれてやって下さい。 今後の指針となりますから……!
最後に、ここまで読んで下さってありがとうございました!