ある朝の江藤家──。ピピピピピピピと言う電子音で目覚めたはじめははっとして慌てて目覚ましを止めた。
「…………」
起こしてしまったかと心配しながら自分を柔らかく抱きしめている人物の顔を覗いてみれば目蓋はぴったりと合わさっている。耳を澄ませてみれば静かな寝息が聞こえてくる。
(よかった)
ホッとしてはじめは亮の腕を解いた。と言うのも亮はここ数日年末年始の強行スケジュールで1日に3時間ほどしか睡眠が取れていないのだった。正月番組の撮り貯めも生番組を漸く一段落付いた昨日、疲労困憊の体で帰宅した亮はそれでも12品のおかずと5合のご飯を平らげ、その後電池が切れるように眠りについたのだった。
恐らくは少々蹴飛ばしたところで起きはしないだろうが敢えて蹴飛ばす必要は勿論無い。窓からはカーテンで弱められた光が亮の寝顔を柔らかく照らしている。
長い睫毛。
整った柳眉。
通った鼻筋。
神様に愛されて作られたに違いない綺麗な寝顔。
思わず魅入られてはじめは息を呑んで見つめていた。
「…………」
(いつも、いつも、いつも思うけど何だって男のクセにこんなに綺麗なのよ!!)
それに比べて自分は……といつもいつも思ってしまうのだった。一度五つ子達に寝姿を激写されてしまい、その豪快な寝顔と寝相を亮だけでなく瑞希にまで見られたら時は鼻血を吹いて卒倒し、しばらく亮の家にも行けなくなったものだが……。
それはさておき、余りに綺麗な寝顔に沸々と怒りが湧いてくるのは何故だろう。雪が積もったばっかりの雪原に足跡を付けたくなるのと同じだろうか? 実際そぉっと手を伸ばして軽く頬をつまんでみる。細身のクセに柔らかく肉の付いた頬はフニッと形を変えた。口角を引っ張られてまるで笑っているかの様に見える。無邪気な笑顔にはじめはつまんでいた頬を放した。
「!」
流石に亮はぽりぽりと頬を掻いた。
はじめは起こしてしまったかと息を詰めてまた亮の寝顔を見守る。一瞬寄せられた眉根はまた柔らいだ。
「…………」
(眠れる森の美女を見つめる王子様ってこんな気分だったんじゃないのかな)
起こしたいけど起こせない。触れたいけど触れられない。微妙なジレンマにはじめはぎゅっと唇を噛み締めた。
(キス……したらやっぱり目が覚めるの……かな?)
ただ好きだからキスするのか、起きてほしいからキスをするのか。
答えが分からないままにはじめはゆっくりと顔を近づけた。
「………………………………」
あとほんの少しで唇が触れあう。そこではじめは身を起こしてしまった。
(な、何やってんのよ、あたしは! こ、こんなキスしたところで本当に目でも覚まされたらどんな顔すればいいのよ!!)
はじめは「危ない危ない…………」と小さく呟いてそのまま布団を出て行った。
「………………………………ちぇ」
布団から漏れた小さな呟きははじめの耳には届かなかった。
おわり