Harry Potter and the descendant of Myrddin
In the Hogwarts Express.

  1970年9月1日 火曜日 10時30分──。

 此処、キングズ・クロス駅はいつも通りごった返していた。特に9番線と10番線の付近は異様な人混みだ。
 フクロウの入った鳥かごやら猫やらを抱えカートを押す少女たち。仲の良い者同士で集まって談笑している少年たち。そしてその保護者たちといった所か……。
 そんな中を一人の少女が人混みを縫う様に歩いている。荷物と云えば少し大きめのポシェットだけだった。
 迷う事のない足取りで少女は9番線と10番線の間の壁に向かい、そして吸い込まれていった──。


 壁の中も外と同じくごった返してる。
 雑多な人種、奇異な服装、奇っ怪な所持品で溢れかえっているプラットホームを少女は同じく迷いのない足取りで汽車に乗り込んだ。
 出発までまだまだ時間があるせいか車内は驚く程空いていてどのコンパートメントも無人に近い。
 少女は周囲を見回し、小さく肩を竦めると間近なコンパートメントに姿を消した。勿論、そのコンパートメントにも人は居ず、少女は窓に近い場所に腰を下ろした。
 窓の外を見やればしばしの別れを惜しむ家族が銘々言葉を交わし、抱擁を交わしている。少女はぼうっとその光景を眺めていたがやがて飽きてきたのか視線をポシェットへと移した。そしてポシェットから何やら小瓶と1センチ四方の小さな箱を取り出し向かいの座席に置く。小瓶の液体を2、3滴箱に垂らした。

   ポワン!  

  と言う音と共に箱は一抱えもする様な大きさに変身した。少女は箱を開け中身をじっくり見聞した後、一冊の本を取り出した。
 本を脇に置いて箱の蓋を閉め、少女はポシェットから別の小瓶を取り出しまた2、3滴垂らした。箱は元の1センチ四方の大きさに戻り、少女は箱と小瓶をポシェットにしまった。それから徐に読書に耽る。
 しばらくするとノックと共に扉が開き、同年代と思われる少年が顔を出した。大荷物を引き摺ってきたせいか息が上がっていたが少女を見るなりドギマギした様に頬を赤らめた。
 ──無表情ではあるものの、少女は驚く程美しかったからだ。
「こ、ここ、空いてる?」
 問い掛けに少女は本から眼を離さず小さく頷いて見せた。少年はちょこんと椅子に座り、ちらちらと少女を見る。
「き、君も新入生?」
 再度本を見たまま少女が頷く。めげずに少年は更に問いかけ続ける。
「僕、アルベルト・マクグレンって言うんだ。君は?」
「……ブリジット・アンブローズ」
 一瞬少年──アルベルトの動作が止まった。そして緩慢な動作で少女──ブリジットを見つめる。
 この時漸くブリジットがアルベルト見つめた。見つめたと言ってもチラリと横目で見た程度だが感情を覗かせない半眼の目で見られてアルベルトは明らかに動揺していた。
アアア、アンブローズって……
「……」
「まさか、あのアンブローズじゃ……」
「まさか、そのアンブローズよ」
「! し、失礼します!」
 言うなりアルベルトは荷物を抱えてコンパートメントを飛び出していった。
「……」
 ブリジットは小さく溜息を吐いてまた本に視線を投じる。
 結局、これと同じ事が発車前に2回、発車後に4回起こりその度にブリジットは小さく溜息を吐いていた。
 そして7人目が退出してすぐの事……。
「……どうしてこのコンパートメント空いてるのかしら?」
 ノックと共に扉は開かれ一人の少女が呆れた様に呟いた。
「同席してもいいかしら?」
 いい加減飽き飽きしていたブリジットは一瞥すら与えず仕草で答えた。
「……」
 その様子に少女はむっとしながらも「お邪魔するわ」と言って斜向かいに腰を下ろした。
 しばし沈黙の時が流れ、そしてまた強い調子のノックがしたかと思うと勢いよく扉が開かれた。入り口には14、5歳の少年が落胆顔で立っていた。
「ここにもいない」
 少年の背後から同い年と思われる少年が顔を出した。
「ったく、あいつらどこに座ってるんだよ」
「さあな、隣に行こうぜ」
「ちょっと待てよ」
「え?」
「この子たち、凄く可愛いぞ」
「……本当だ。滅多にお目にかかれない様な上玉だな」
 言って少年たちはニヤニヤ笑いながら二人の隣に どっかりと腰を下ろした。
 ブリジットは相変わらず我関せずといった所か、本から目を離そうともしない。だが、もう一人の少女は少し怯えた様で奥へと、つまりブリジットの正面へと膝行って少年と距離を取った。しかし少年はすぐさま距離を詰めてピッタリとくっつく。
「君たち可愛いね」
「……」
「新入生?」
「え、ええ……」
 少女は怯えながらも頷いた。一方ブリジットは完全に黙殺している。
「きみさ、人が話しかけているのに本から目も離さないなんて失礼だと思わないのかい?」
「……」
 相変わらずブリジットは静かに本を読んでいる。
「本なんかより僕たちと話をしようよ。な?」
  言うなり、少年はブリジットの本を取り上げた。そして見るとも無しに本のタイトルを読み上げる。
「何々? 『サセックスの吸血鬼』 ……? なんだこりゃ。絵が動かないぞ?」
「マグルの本じゃないのか?」
「あーそうか。なんだ君、マグル出身なんだ。その割にエラくお高くとまってね」
「……返して頂戴」
「絵も動かない様なマグルの本より僕たちとおしゃべりしてた方が楽しいに決まってるじゃないか」
「あなた方と話をするより本を読んでる方がよっぽど有意義よ。さあ、分かったら本を返してさっさと余所へ行って頂戴。下らない輩のお喋りに付き合う気は毛頭無いわ」
 その余りに率直な言葉に少女は驚き、少年たちは気色ばって立ち上がった。
「……礼儀の知らないおチビちゃんだな」
「全くだ、親の顔を見てみたいものだな!」
「……でしたらカエルチョコでも買ってご覧になれば?」
「「……なんだって?」」
「20袋も開ければ出てくるわよ。私の育ての親は」
 言ってブリジットは少年たちを見据えた。一方少年たちは眉根を寄せて顔を見合わせていた。と言うのもカエルチョコのカードに出てくると言えば魔法界でも”超”の付く有名人ばかりだからだ。しかも故人の多い”超”有名人たちの中、現在も存命中と言えば……。
「ま、まさかダンブルドアの……」
「違うわ」
 ブリジットは一言の下に否定した。
「だ、誰だよ、カードの人物でまだ生きてるのって……」
「解らないよ! あんなの殆ど死んじまった奴ばっかりじゃないか!」
 オロオロしながらも少年たちは怯えた目でブリジットを見た。答を求めているのは一目瞭然だがブリジットは本を取り返して再度読書を始めた。一方、もう一人の少女はと言うと、自分が少年たちの対象から外れた事に安堵しつつもブリジットを心配そうに見つめていた。
「「誰なんだよ、君は!」」
 再び本を取り上げられてブリジットは明らかに不愉快そうな表情で、
「人に名前を問う時は自分から名乗ったらどうなの?」
と切り返した。返された少年たちはしばし逡巡した後、各々小声で名乗り、再び誰何した。
「……アンブローズよ」
「「え?」」
「私の名前はブリジット・アンブローズだと言ったのよ」
「……ブリジット」
「……アンブローズ」
「アンブ……」
「……ロウズ」
「「アンブローズ!!?」」
 突然大きな叫び声を上げたかと思うと立ち上がってブリジットを穴が空く程に凝視した。見れば身体は小刻みに震えている。
(……ブリジット・アンブローズ? 有名人なのかしら?)
 少女は小首を傾げて改めてブリジットを見た。ブリジットは最早顔面蒼白の少年たちを心底不愉快そうに見上げていた。
「ま、まさか本物か!?」
「知らないよ! 会った事無いんだから!」
「……」
 顔を見合わせる少年たちに右拳を突き出した。少女も首を伸ばしてその手を見ると中指に大きな指輪を嵌めている。
「ペ、ペンタグラムの紋章!」
「間違いない! 本物だ!」
「マズいぞ! 逃げろ!」
 本を放り出して少年たちは大慌てで逃げ出していった……。そして残された少女はと言うと。
「……あなたってマフィアの娘か何かなの?」
「は?」
「あ、ごめんなさい、突然。私はリリー、リリー・エバンズって言うの。よろしくね」
「え? あ、ああ……こちらこそ、よろしく、ミス・エバンズ」
「リリーって呼んで貰えると嬉しいわ。ねえ、私もあなたの事名前で呼んでも構わない?」
「………………………………お好きな様に」
 しばらく空いた間にリリーは苦笑して「しばらくはミス・アンブローズと呼ばせて頂くわ」と告げた。
「それはそうと、あなたってマフィアの娘か何かなの?」
「……あなた、もしかしてマグル出身?」
  ブリジットは逆に問い掛けた。
「マグ……ル? さっきの人達も言ってたけど、マグルって何なの?」
「魔法使いでない人達をマグルと言うの。あなたのご両親は魔法使いでは無いのでしょう?」
「え、ええ。そうよ。私の家で魔法使いは私だけよ」
 リリーの言葉にブリジットは「どうりで……」と小さく呟いた。
「なんて言ったの?」
「いいえ、何でもないわ。それより、誤解は解いておくわ。私はマフィアの娘ではないから」
「そうなの? だとしたら……、あ、分かった! 魔法界の芸能人でしょ!?」
 驚いた様にブリジットの目が大きく見開かれた。
「アタリでしょ?」
「………………まるっきり違うわ。どうしたらそんな事思いつくのかしら?」
「あら、だって、あなたとっても綺麗なんだもの」
 あっけらかんと答えたリリーにブリジットは少々疲れを感じながらも、それでも「ありがとう」と律儀に答えた。
「私は……」
「あ、言わないで」
「え?」
「だって早々に答合わせしちゃったらつまらないじゃない。そうでしょ?」
「…………そう言うものなのかしら?」
「私はそうだと思うわ。まだまだホグワーツに到着するまで時間はまだたっぷりあるんだもの。そうでもしてなきゃ退屈で死んでしまうわ」
 大仰なリリーの言葉にブリジットはしばし唖然としていたが、やがてクスクスと笑い出した。
「……」
「ご、ごめんなさい。あなたみたいな人初めてで面食らってしまったわ」
 ブリジットの謝罪にも答えず、リリーは驚いたようにマジマジと笑いの止まらないブリジットを見つめている。
「……ミス・エバンズ?」
「ミス・アンブローズ!」
「な、何?」
「あなた! 絶対にもっと笑うべきだわ!」
「どうしたの、いきなり……」
「だって! 今のあなたの笑顔、とってもキュートだった!」
 物凄く聞き慣れない言葉を聞いてしまい、ブリジットは怪訝そうに眉根を寄せた。
「……キュート……?」
「そうよ!」
「……」
「さっきまではなんて高慢ちきな女の子かと思ってたんだけど、撤回するわ! あなた、とっても可愛いわ!」
「……」
 面と向かって高慢ちきと言われたブリジット──。勿論そんな事を言われたのは生まれて初めての事でカルチャーショックにも似た衝撃を味わって目を見開いていた。
「ミス・アンブローズ!」
「な、なに?!」
「あなた、目も見開いておくべきよ。さっきから気になっていたんだけどその半眼は止めた方が良いわ。とっても感じが悪いもの
「……………………」
 良くも悪くもリリーは思った事を口に出す正直な女の子であった。
(ここは怒るべきなのかしら? それとも貴重な意見を得たと喜ぶべきなのかしら?)
 感じが悪いと言われながらもブリジットは段々と自分の視界が狭くなるのを感じた。
「ああ、もう! だから半眼は止めてっていってるでしょう!」
「……普通に目を開けていると痛いの。 色素が薄いから」
 ブリジットの言葉にリリーは残念そうに口を尖らせた。確かにブリジットの瞳はとても明るいハシバミ色をしていて光には弱いのかも知れない。
「……そうなの……。残念だわ。本当に、とっても可愛かったのに……」
 リリーは深い深い溜息を吐き、心の底から残念そうに呟いた。が、すぐに気を取り直してニッコリと微笑んだ。その花の綻ぶ様な笑顔にブリジットは心の中で一人語ちる。
(私なんかよりあなたの方がよっぽど可愛いじゃない)
「まあ、いいわ。私とっても貴重な体験をした訳よね」
「……」
「ねっ?」
 有無を言わせぬ調子でニッコリと微笑むリリーにブリジットは力なく頷いた。
(ちょっと疲れたわ。少し頭を休めよう……)
 小さく溜息を吐いた後、やおら本を開いて読書を始める──。が、本は三度取り上げられた。
「……どうかしたの?」
 怪訝そうに小首を傾げるブリジットにリリーはにぃ〜っこり笑う。
「本を読んでるより私とお喋りしてた方が楽しいと思わない?」
「!」
 またブリジットの目が見開かれる。
「………………」
「どう?」
「……………………かも知れないわね」
 くすくす笑いながらそう答えてブリジットは本を閉じ、リリーと向き合う。極々微かな笑みを浮かべながらながら──。



 かくしてこれより全ての物語が始まる。
 
つづく