『正邪』の剣
乳母やの昔語り
  これは昔々のそのまた昔。水も火も風も大地さえも無かった頃のお話しです。
  何も無い、全く何も無い世界にそれはそれはお美しい女神様が現れたのです。このお方こそが創造母神・ゼルディオーン様です。
  女神様は何もない世界をご覧になって、
「まあ、本当に何もありませんね。…何から創りましょうか」
とおっしゃいました。しばらくお考えになった後、女神様はまず最初に天地をお創りになりました。そしてその後、百年の眠りにつかれ、お目覚めになった後に輪廻をお創りになりました。
  こうして女神様が眠っては創り、創っては眠りを繰り返されて世界は今の様になったのです。
  何も無かった世界は夢の国となりました。緑は萌え、花は咲き乱れ、小鳥はさえずり、『心正しきもの』が女神様を敬い、幸せに暮らしておりました。
  ところがある日の事、眠りにつかれている筈の女神様がある精霊をお創りになったのです。
  精霊の名は『正邪』。
  あらゆる生きものの『良い心』と『悪い心』を入れ換えてしまう恐ろしい精霊です。
  その『正邪』が何も知らない生きものに取り付いたから、さあ大変。『心正しきもの』しかいないのですから、世界は当然『心悪しきもの』で溢れかえってしまいました。
  そして更に悪い事にたくさんの『心悪しきもの』が集まって、創魔神・ラーズラーシャが誕生してしまったのです。
  ラーズラーシャは恐ろしい魔物を創って、僅かに残った『心正しきもの』を苦しめました。『心正しきもの』は女神様に救いを求めましたが、女神様がお目覚めになったのは、それから百年後の事だったのです。
「まあ、何という事でしょう! わたくしはどうすればいいのでしょうか」
  お目を覚まされた女神様は変わり果てた世界を見て深く深く嘆かれました。ですが残念な事に創るお力を持つ女神様は、消すお力を持っていらっしゃらなかったのです。ともかく、女神様は世界中に散らばった『正邪』を総てお集めになりました。
  そして思い悩んだ末に神子であられる英雄神・イールディオン様と『正邪』を封じ込めた一振りの剣をお創りになられたのです。
  一度に二つをお創りになられた女神様はお力を使い果たしてしまわれました。そして英雄神様に世界を救うようにお願いすると、いつ目覚めるのか分からない深い眠りにつかれたのでした。
  残された英雄神様は女神様のお言葉通り世界を救う為に創魔神に戦いを挑まれました。
  その戦いは凄まじく、『心正しきもの』も『心悪しきもの』も関係無く総ての『もの』が巻き込まれてしまいました。
  ですが永遠に続くかと思われた戦いは英雄神様の勝利で幕を綴じました。『正邪』の剣が創魔神の胸を貫き、『心悪しきもの』の生粋である創魔神は『心正しきもの』の神となり、新たな創造神となったのです。
  その後二神様は荒れた世界を癒し、世を直しました。即ち、建国して王を選び、魔法使いの為の学舎を造って世に放なちました。
  そして平和が戻って来た時、二神様は神としてのお力を封じられ、人として旅に出られたのです。
  その後、お二人は二度と王宮に戻る事はなかったそうです。もしかしたら、今も旅を続けていらっしゃるのかもしれませんね。

   王宮管理図書 第七代女王アスールト=ヴィーナ=ゼルデガルド編『乳母やの昔語り』より
つづく