Ghost Hunt

◇◆◇嵐を呼ぶオンナ◇◆◇
#11


幸せなんて そんな曖昧なモノ どうして信じられるの?





調査開始から一週間あまり。

麻衣は、夢を見た。



長い廊下を走る。怖くて恐ろしくて、涙を流しながら。
見つからないように嗚咽を噛み殺し、必死に気配を隠す。

身体の震えが止まらない。

――お願い、誰か――

見つかっちゃいけない。気付かれちゃいけない。
捕まったら、また―――…

――助けて。誰か、助けて――

痛いのはイヤ。ヒドイことを言われるのは、イヤ。
それで泣いたら、また痛い目に遭う。

――…おかーさん、帰ってきてよ…――

どうしていなくなっちゃったの?
連れてってよ。ここから出して。

――いい子にするから。ワガママ言わないから。だから――

迎えに来て。
ここから出して。

―――――良い子でいるから、待ってるから―――――





―「え…?」
振り向いても、そこには長い廊下が続くばかり。
自分と滝川以外、誰も居るはずがなかった。
「お嬢、どうした?」
「……いえ、気のせいです。…多分」
「多分?」
「声が…聞こえたような気がしたんですけど…」
耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは風の音だけ。
やっぱり、気のせいだったか―。
「とりあえず、そろそろベースに戻るか。……ん? 真砂子か?」
寝巻きに上着を羽織った姿の真砂子が、廊下の先に佇んでいた。
僅かに眉を顰め、物言いたげな表情で滝川達を見ていた。
「寝たんじゃなかったのか?」
「寝てましたわ。ですけど、気配を感じて―」
「…気配?」
「ベースで話しますわ。…とりあえず、ここを離れましょう」

真砂子を連れ立って戻ると、ベースにいるのはナルとリンの2人。
ジョンと安原、麻衣と綾子の4人は部屋で眠っている筈だ。
「―子供の霊の姿がありました。長い黒髪にワンピースの…写真に写っていたのと同じ子供です。おそらく…シェリーさんの姿を見ていたのだと思いますわ」
「私…ですか?」
「間違いないと思います。シェリーさんを見つけた途端、明らかに雰囲気のようなものが変わりましたもの」

―『助けて』 『怖い』 『おかあさん』―
そんな子供の声を耳にし、真砂子は目が覚めたのだという。
部屋の中を見渡すと、その少女の姿があった。小さな背中は震えている。
泣いているようだった。

「部屋を出て行くので、私も部屋から出てみたんですの。そしたら丁度、滝川さんとシェリーさんが廊下の先に…」

怯えた気配が、彼女の姿を見た途端に、変わったのだ。
長い髪を揺らしながら、音もなく駆け寄っていく。
小さな手を、背を向けているシェリーへと伸ばす。

「…そうして、消えてしまいましたの。ですけれど最後に―」

―『行かないで』―

(…気のせいじゃなかったってこと…)
自然と出たのは溜め息だけで、言葉はなかった。
そう、自分も聞いたのだ。行かないで、と縋るような、涙交じりの子供の声を。
気のせいであってほしかったのだが―…。
「目を付けられてるのは、お嬢に決定か?」
「…そうかもしれませんわね。麻衣もそうかもしれませんけど…」
「しっかし、何がなにやら分からんなー、今回の調査は。おぢさんは疲れたぞ」
「あら、最年長者を見習ったら如何ですの?」
「最年長者…ってなあ、リンと俺を比べるなよ」
手刀の一発で憑依された人間を気絶させる最年長者―リン。鍛え方して違うのだろうに、比べられても困る。
ペンを走らせていたファイルを閉じたナルが、険しい面持ちで口を開く。
「―現象は充分に起こっている。それをどう考えるか…」
「まずは…アレだろ。麻衣とお嬢が最初に見たやつ。その次は、麻衣が追いかけられたってので…その次はお嬢の首と、麻衣の夢…」
「それに、寝室の手形ですわ。それから写真を見つけたんですわ」
「ああ、『望』って書いてあった写真な。その写真に写ってる子供の霊が、この館にいるわけだろ」
「口にしているのは『助けて』『怖い』『お母さん』に―『行かないで』…か」

その子が呼んでいるのは、母親。
泣きながら縋った相手は、シェリー。
引き止めようと、『行かないで』と懇願した。

「私が『おかーさん』だと思われてんですかねぇ…?」
「その可能性はあるな。お嬢はまだ母親って年でもないよなぁ」
「……私みたいなのが母親になるようじゃ世も末ですよ」
「――?」
不思議そうに振り返る滝川に、にっこりと微笑んで見せる。どこか寂しそうに。
「聞いたことありません? 虐待を受けて育った子供は、成長して自分が親になってから、同じように虐待をする場合があるって。…嫌でも親に似ちゃう部分って、結構あると思うし。だから私も、きっとろくな親にならないかなって……」
「……それはつまり…」
「うん。私の親って、ろくでもないです。実際に育ててくれたのだって、両親よりは引き取ってくれた叔父達ですし。ずっと面倒みてくれてました」
「………」
先ほどから口を挟まないリンは、だが静かに彼女の話を聞いていた。
キーを打つ指を止め、視線はモニターに向けたままで、耳を澄ませる。
心のどこかで、ちくりと痛みを訴えてくる、何か。
リンに一切の注意を払っていないシェリーが、僅かに覗いた彼の変化などに気付く筈はなく。軽い口調で、彼女の話は続いた。
「滝川さん」
「…ん?」
「子供が泣きながら『行かないで』って言うのは、どんな時だと思います?」
「――置き去りにされそうな時…はぐれて迷いそうな時、か…?」
「そうですね。じゃあ、親が子供を置いて行く時って、どんな時?」
「………やむを得ず連れて行けない時…それか―」

咄嗟に、口を閉ざした。言葉にしてはいけないと、そう思った。
それだけで、シェリーには伝わっていた。

「なんとなく分かりません? 連れて行けないんじゃないなら…邪魔なとき」
「―――」
「必要ない、とか。目障りだとか。自分自身の保身の為だったりとか……」
必要じゃないから。
目障りだから。
…邪魔だから。
そんな理由で子供を傷つける親が存在するのは、事実。
現実に起こっていると知っているが、それを身近に感じる機会は少ない。

自分が そうではなかったから。

だからこそ、今こうして側で語られることに、ひどく動揺してしまう。
非現実的に思っていたことを、突きつけられる。
「でもね、小さい子供って、『親』が世界の全てだし。突然放置されても気付かないんだと思う。置いてかれたとか捨てられたとかじゃなくて、『いなくなっちゃった』って思うんじゃないかな。だから会いたくて連れてってほしくて…」
「…母親だと思ったお嬢を追っかけるのか―」
「ま、根拠の薄っぺらな推測ですけどね」
「―でしたら、『助けて』『怖い』の二つは…?」
真砂子の疑問に口を開いたのは、それまで押し黙っていたようなナルだった。
「この子供――…名前をノゾミと仮定するが――ノゾミは何かに怯えている。麻衣の夢がノゾミの過去視だとすると、何かに追いかけられている。その『何か』から逃れようとしているんだろう」
泣きながら目を覚ました麻衣は、何かが追いかけてきた、と言った。
闇夜の廊下で、見えない者の息遣いに怯える。
自分ひとりで、他に誰もいない。
――助けてよ、ここから連れて行って――。

「―問題は『何に』追いかけられてるのかだな………」
「麻衣の夢では、場所はこの館ですわね。でしたらノゾミさんもこの館で暮らしていたのでしょうし…その追いかけてくる何かも、この屋敷にいるものでしょう」
「この館に最初からいた霊の類か…それとも生きたモノなのか……」
「…更なる情報が欲しいですね。全部繋がりそうですし」



思いがけず進展し始めたそのとき、突如ドアを開く音が響いた。
誰もがそちらを振り向く。
麻衣の肩を抱きながら、複雑な表情を浮かべて立ち竦む綾子の姿があった。

麻衣は、泣いていた。




あとがき
【久々すぎてペースが…】
一気に調査が進みました。うおうっ。
思ったよりはやく完結しそうです。リンさんが
喋ってないのはワザとです。
前回シェリーさんに殴られちゃったから口を
挟みづらいのでしょう。(しかも泣かせたし)
だからシェリーさんからもリンさんに構わない
のですね。ある種の冷戦状態。
虐待……。
よくニュースで聞こえてくるこの言葉。この言葉ほど陸海を憤らせるものは無いです。
作中ににも有るように因果が巡り巡って続いていくのが本当に悲しいです。

よく本に出てくるのが「子供時代に親から十分な愛情を得られなかった人間は大きくなっても愛し方を知らず、自分が親になっても同じように接してしまう」と言うのがありますが……。
人の愛し方って誰かから教わらなければならないものなんでしょうか?
笑い方も、泣き方も、怒り方も、悲しみ方も一々人から学ばなければ出来ない事なんでしょうか?

う〜〜ぬ、作品から逸脱して語ってしまいましたわ。蓮美さんごめんなさい!
うあああああ、シェリーちゃんがああああ、麻衣がああああ!

もう、一体どうなるんでしょうか!
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