陰陽師

源博雅
戻り橋にて化生の子を匿いたること


「晴明!晴明、いるかっ!?」
「博雅か。何をそのように慌てているんだ」
「おお晴明、ここにいたのか」
どたどたと足音を響かせながら晴明の居る濡れ縁に姿を現した博雅。
その博雅が小脇に抱えているものを見た晴明は珍しく呆気に取られたような表情で、今まさに酒を注ごうと傾けていた瓶子を止めた。
透き通るような白肌に白銀の髪。単すら身に付けていない幼女であった。



「それで?」
「うん。それがな、一条戻り橋に差し掛かった辺りで蹲っているのを見つけたんだ。見ればまだ大分幼いようだし、放っておいたら誰に見つかるか分からないだろう? 晴明の屋敷ならと思って、拾ってきた」
「他の者が見つけて何か不都合でもあるのか?」
「先日の早良親王の怨霊騒ぎで、都中気が立っているだろう。いくら人のナリをしていても、あの尋常じゃない肌の白さに髪の色では、皆妖物としか思わん。何か悪さをしたわけでもないのに殺められたりしては、可哀想じゃないか」
「なるほど。博雅らしいな」
その幼女は口が利けないのか、はたまた言葉が通じていないのか、何度名前を尋ねてみても小首を傾げて博雅を見返すだけだった。
幼女は晴明の式神である蜜虫や綾女達に泥まみれの身体を拭き清められ、主の命であを子が何処からか調達してきた小袖や単を身に付ける。
白と紅梅色を組み合わせた初雪の襲が、異形の娘に意外と良く映えていた。
博雅が半ば無理矢理抱え込んで連れてきた当初は所在無げな様子だったが、身なりを整えられ多少は落ち着いたのか、今は蜜虫の膝に頭を預けてうつらうつらしている。
微笑ましくも思えるその光景に、博雅は目を細め杯を傾ける。
「最初に見つけたときは、あの姿に驚きもしたが。なあ晴明、ああしているとただの子供だな」
「ああ。―――蜜虫、まるで親子の様だぞ?」
主の言葉に蜜虫は微笑む。普段よりも大分柔和な笑顔に見えるのは気のせいだろうか。
不意にぱっちりと目を開いた幼女は何を思ったか、立ち上がり博雅のもとへと小走りで駆け寄った。そのまま傍らに腰を下ろし、何も言わず真っ直ぐに博雅の顔を見る。
言葉が見つからず黙って幼女の顔を見返していた博雅は、ふと思い立ったように手を打った。笑いを含んだ表情で傍観していた晴明と幼女を交互に見て言う。
「なあ晴明、この子供に名前を付けよう」
「名前をか?」
「そうだ。名無しでは不便だろう?何日かは分からないが、此処にいる間だけでもいいから名前を付けてやろう」
「それもそうだな・・・・では、どのような名にする?」
「そうだな。――――お前達、何か良い名はないか?」
博雅の声に式たちはゆるりと顔を見合わせ、視線だけで何事かを囁きあう。
やがて博雅に顔を向け、綾女が口を開いた。
「その女の子、成長すればさぞや白い雪のようにお美しくなられましょう。御髪もまるで雪のようですし・・・・・『深雪』、などいかがでしょう?」
「ミユキ、か。なかなか風情があるではないか」
「良い名だ。有り難う、綾女殿!」
あまりにも素直に礼を述べる博雅に、式たちは堪えきれず笑い声を漏らす。
晴明も声を上げ笑い、困惑する博雅の隣で深雪は分けがわからず首を傾げていた。



それからというもの、博雅は暇を見つけては晴明の屋敷に顔を見せるようになった。
深雪の髪や人並み外れた容姿などを考えて、屋敷の外へは出さないことにしてあったのだ。
もともと酒を飲みに土産をぶら下げて通うこともしょっちゅうだったのだが、深雪のことが余程気にかかるのか、それまで以上に頻繁に姿を見せる。
そのうち、酒の肴と一緒にちょっとした読み物や遊び道具を持って来るようになった。
「深雪。ほら、お前に持ってきた鞠だ。これで遊ぶといい」
その日博雅が深雪にと持ってきた物は瑠璃色の手鞠。それは丁度、深雪の双眸と同じ色だった。瑠璃色の瞳で博雅から受け取った鞠を見つめると、深雪はぎこちなく精一杯微笑んだ。表情の乏しかった初めの頃に比べ、大分空気が子供らしいものになったようだ。
だが、やはり口を利くことが無い。晴明や蜜虫たちも、深雪が何か話すのを聞いていないという。
これはひょっとして何か悪い病ではなかろうか、と晴明に持ちかけると、晴明はあっさりとそれを否定した。
「知らないのだよ、深雪は」
「は?何をだ?」
「言葉を知らないのだ。だから深雪は俺達に何を尋ねられても答えない。
言葉の意味がわからないというよりも、話すという事が理解できていないらしい」
「・・・・『話をする』という事を知らないのか」
「言葉という概念を持っていないということだろう」
会話が出来ない、というのは中々不便な事だろうが、主に深雪の面倒を見ている式達はさして気にも留めていないらしい。一方的に言葉をかけるだけでも深雪は表情で応えるからだ。
幼子特有の素直な感情表現で、深雪が伝えようとしている事は充分とは言えずともそれなりに伝わってくる。博雅も今のところ困ってはいない。
だが何も話せないよりは、ちゃんと言葉を身に付けていたほうがずっといいに決まっているではないか。
「晴明、深雪にどうにか言葉を覚えさせることは出来ないか?」
「何故だ?無理に言葉なぞ覚えさせる必要はないではないか。今深雪がああして言葉を身に付けていないのは、博雅が拾ってくる以前から言葉を使う必要が無かった為だろう。そういう場所で深雪は生きていたのであろうよ」
「言葉の必要ない者などいるのか?俺も晴明も、ここにいる式達だって言葉を使うではないか!」
「博雅。言葉とは呪だ。呪である言葉を使うことが出来るのは本来人間だけだ。言霊を発することは、人外にはもともとないことなのだ」
「また呪の話か」
「聞けよ博雅。俺の式達はお前の言うように言葉を使う。だがそれは俺の式だからこそなのだ。並の法士では己の式に確立した意思を持たせることは難しい」
「何が言いたいのかさっぱり分からないんだが」
「だからつまり、あを子や綾女や蜜虫・・・・俺の式達は特別だから言葉を使うが、人間と同じように言葉を解することの方がおかしいのだ。深雪のように、俺達のような言葉を知らない方が、妖物としてはむしろ自然な姿なのだよ」
「何!?深雪は妖物だったのか!」
「知らなかったのか?」
「ちっとも・・・」
「―――博雅らしいな」



空の瓶子が何本か転がり始めた頃、音もなく蜜虫が姿を現した。
どことなく慌てている様子で、蜜虫はいささか早口で博雅に言った。
「博雅様、つい先ほど深雪様が・・・・・」
「何だ?深雪がどうか―――」
「ひろまさっ」
「へ?」
聞きなれない子供の声に素っ頓狂な声を上げた博雅は呼ばれた方へと振り返る。
するとそこには、いつの間に来たのか深雪の姿があった。白く小さい手で、今朝方博雅が深雪に持たせた瑠璃色の鞠を抱えている。
「・・・・・・・・深雪、か?」
「う?」
「今、俺の名を呼んだのは・・・・深雪なのか?」
「ひろまさ!」
「・・・・・・・・」
鈴の鳴るように澄んだ声。博雅を呼んだ声は、間違いなく深雪のものだった。
名を呼ばれたことに感動し博雅が上の空になっている間に、深雪はトントン拍子に他の者達の名前を覚えていく。
したったらずに自分の名を口にする幼い子供の姿に、式達だけに留まらず晴明ですら楽しげに目を細めていた。
だが感動したのもつかの間。子供というのは皆、大人の真似をするものなのだ。
毎日のように耳にしていた身の回りの大人達の会話。特に深雪は、晴明と博雅の会話をよく記憶していたらしい。
数日後。晴明の屋敷には、たどたどしくも男親二人の言葉使いを真似る深雪の姿があった。
「深雪。女子がそのような言葉使いをしては駄目だぞ、みっともない」
「なぜだ?ひろまさと、おなじだぞ。いけないことか?」
「いや、な。博雅と晴明は女子ではないから、このような言葉使いでもいいのだ。だが、深雪は女子だろう。真似するなら俺達よりも蜜虫や綾女殿達を・・・・」
「・・・・・・せいめい。みゆきは、せいめいみたいに、はなしてはいけないのか?」
「いや?俺は一向に構わん。深雪の話したいように話していいぞ」
「わかったぞ、せいめい」
「駄目だ!勝手なことを言うな晴明っ!!」
「すっかり親父のようだな、博雅」
晴明の言いように言葉を失う博雅を、深雪は白銀の髪を揺らしながら眺める。
真似して喋るようにはなったが、聞きなれない言葉はやはり理解できないらしい。
ひょいと立ち上がると後方に控えていた式達のもとへ歩み寄り、一番手前にいるあを子の袖を引いて尋ねる。
「あをこ。おやじ、はなんだ?」
「自分の子を持つ殿方のことですよ。父上、と呼ぶのです」
「『ちちうえ』?」
「深雪。お前をここに連れてきた博雅が、お前の親父代わりだ」
疑うことを知らない子供なのだ。晴明の言葉を鵜呑みにしたのか、嬉々とした笑みを浮かべ博雅の側に駆け寄る。
あを子にしたのと同じように、また深雪は博雅の直衣の袖を引いて尋ねる。
「ひろまさ!ひろまさは、みゆきの、ちちうえなのか!」
「え・・・・・」
「せいめいが、いったぞ。ひろまさはみゆきの、ちちうえだ!」
「・・・・・っ晴明〜!!」
「諦めろ博雅。否定したりすれば、純粋な子供の心を傷つけることになるぞ?」
「うっ」
その通りなのだ。一点の曇りもない瞳でしかと自分を見つめる深雪は、晴明の言った言葉を「博雅が深雪の父上なのだ」と解釈してしまった。ここで「違う」と言ってしまったら、がっかりさせてしまうかもしれない。
だがこのまま晴明の仕組んだように事が運ぶのは面白くないので、博雅は否定はせずに言葉を付け加えることにした。
「よし分かった。深雪、俺がお前の父上役を買って出てやる。だがな、お前の父上は二人だぞ?」
「ひろまさだけじゃないのか?」
「そうだ。晴明も、深雪の父上だ」
博雅の精一杯の反撃に深雪は更に明るい笑みを浮かべ、晴明は突然の事に博雅を見つめた。
本来、父とはそう何人もいるものではないのだが(義理はともかくとして)、深雪はそういう一般的な知識は生憎まだ持ち合わせていない。なので、「父上がふたり」ということに当然なんら疑問も抱かなかった。
むしろ、なにやら得したような気分で純粋に喜んでいる。
「せいめい!せいめいも、みゆきのちちうえか?ひろまさと、おなじか!」
「・・・・・・」
「そうだぞ深雪。この博雅も、晴明も、どちらも深雪の父上だ」
「うん!」
「――――やれやれ」
どうやら大人しく従うことにしたらしい。何を言い返すでも言い包めるでもなく、晴明は小さく溜め息を漏らすだけに留まった。

こうして妖の仔、深雪は源博雅と安倍晴明というふたりの父を持つ『娘』となった。



三人の後ろでは式達が笑いを噛み殺していたとかいないとか。



あとがき
【後書き】
オリキャラです。恒例です。もう言い訳のしようがないです(泣)。
映画しか見ていない方はちょっと「???」かもしれませんが、蜜虫は原作では藤の精(たしか)でして、蝶ではないのです。
博雅を呼び捨てにしたりはしません。
出来れば 博雅→原作五割・映画五割、晴明→原作七割・映画三割、蜜虫→原作九割の含合率(?)で見てくださいね。
でないとキャラの性格が噛み合いません。
「早良親王」とか博雅が言ってますので、ストーリー的には劇場版の後になります。晴明と博雅の男の友情(ムサそう/爆)
も日々ちゃくちゃくと育まれてますなっ!そしてなれの果てには・・・・・・・保父さん?いやオヤヂ(笑)。博雅くんは親になったら自分の子供と一緒に遊んでいそうです。犬だし(劇場版パンフ参照)。

因みに作中で晴明が呪についてウンチク垂れてますが、あれは全て私が独断で考えたモノでして「人間以外は言葉の呪を使うことが出来ない」のかどうだか本当のところは知りません(笑)。
信じちゃ駄目ですよ〜v(誰も信じねえっての)
ああ〜空也サマ、見捨てないでくださーい・・・・(T T);
はぁ……。
はっ。読みふけってしまいました。
なんか、なんか、すごいっす〜〜〜。蓮美さん。マジで原作読んでるような感じがしましたよ!
ああ〜〜、いいなぁ〜、博雅も晴明も、そして深雪ちゃんも。
いいですよね〜、男の友情。
どうひっくり返っても私には得られないものですからどうしても憧れます。

続きがあるっちゅーのがまたOK! うれしいです〜〜。

……それにしても呪の話、信じ込んでました。はい、ええ、そりゃあもう、きっぱりと
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