陰陽師

安倍晴明
屋敷にて化生の仔を養いたること

霜の下りる季節。ただでさえ人の気配もまばらな屋敷。
まだ夜も開けきらぬ早朝なのも相まって、庭に至るまで物音一つせず静まり返っている。まるで朝靄が全ての音という音を吸収してしまったかのようである。
この屋敷の主である晴明も、いまだ夢の中を漂っていた。
式が番をするので、晴明の寝室にある火桶は一晩中火がくべてあり、心地よい温かさが部屋中に広がっていた。

夢現に耳に届いたのは、潜められた子供の足音。
やがてその足音は部屋の前で止まり、敷居を越えこちら側へと近づいてくる。
「――――せいめい、まだねてるのか?」
「・・・・・・・深雪か・・・・」
そう言って薄く瞼を持ち上げて見れば、やはりそこには化生の仔、深雪の姿があった。
晴明が返事をしたので、深雪はいそいそと晴明の寝ている畳布団の側へやって来る。そのまま板張りの床へ直に腰を下ろすと、上体だけを器用に倒して晴明の目前に顔を寄せた。そして、ぷっくりと頬を膨らませて言う。
「たいくつだ」
まだ薄暗い刻限だというのに、深雪はすっかり目が冴えてしまった。する事があるわけもないので暇を持て余し、未だ安眠中と思われる晴明のもとへと足を運んで来たらしい。
今にも遊びをせがみ出しそうな深雪に気付かれぬようこっそり溜め息を付くと、晴明は微かに眉を寄せ、横になったままで深雪を真っ向から見つめる。
「深雪。だから昨日の昼間にあれほど『昼寝は程々にしろ』と言っただろう」
「うー・・・・」
「自業自得だ。自分の部屋で大人しくしているんだな」
「・・・・・・・うん」
以外にも引き際はあっさりしていた。深雪はつまらなそうにズルズルと身体を起こし、頬を膨らませたまま足取りも重くまた敷居を越えていく。

その小さな後姿があまりにも哀愁を漂わせていたためだろうか。晴明は思わず深雪を呼び止めてしまった。

「―――深雪」
「う?」
「・・・・・・ちょと、こちらへ来い」
「・・・・・・・」
その言葉に、深雪は晴明の寝ている畳布団の側に戻る。一体何事なのか、と幼いながらも訝しげに晴明の顔を見下ろす。
晴明はもそもそと上体だけを起こして深雪を見下ろした。
「・・・・・・深雪」
「んー?」
「眠れないのか」
「うん」
そう言って頷くと、真っ直ぐな白銀の髪は重力に従って下に向かい流れる。
見慣れないその色にも、もうすっかり慣れてしまった。
「せいめいは、まだねむいのか」
「ああ。まだせいぜい卯一つだろう。まだ朝餉にも時間があろう」
「・・・・・・だが、みゆきはもうねむくない」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・深雪、お前寒くはないのか」
寝衣を一枚着込んだだけの格好だった。晴明は夜着を被ってはいるが、それでも寒い。いくら体温の高い子供といえ、もうじき雪も降り出すような季節なのだ。寒くないということはないだろう。
「ちゃんと着込め。風邪を引いては困るだろう」
「でも、さむくないぞ」
「駄目だ。見ている方が寒くなる。俺の方が風邪を引きそうだ」
「・・・・・わがままだな、せいめいは」
「・・・・・・・・・・・」
どこをどう解釈したら自分が我侭だというのか、晴明は分かるような分からないような複雑な気分になる。眠気で思考の鈍った頭ではこれといった効果的な言葉も思い浮かばず、晴明は二度目の溜め息を付いた。
「・・・・・とにかく、深雪。俺はまだ寝る。お前ももう少し部屋で寝るかどうかしていろ。
でなければ式にでも遊んでもらえ」
「だって。あをこも、あやめも、みつむしも、あさげのしたくをしてる」
「なら、葉常に遊んでもらえ」
「はつね、いないぞ」
「いない?何故――ああ・・・」
寝惚けた頭で記憶を探る。たしか葉常は、高野山まで使いに出していたのだった。
季節がら、別の式神を使おうにも庭には大した草花もない。
「・・・・・・・・・」
「なあ、せいめい。まだねるのだろう?」
「・・・・・ふむ」
「じゃあ、いい」
ひょいと踵を返し、深雪は晴明に背を向ける。
そのまま見送ってしまえば晴明はまた心地よい眠りへとありつけただろう。だが晴明の無意識は咄嗟に手を伸ばし、深雪の襟首を掴んでいた。
「み゛っ!?」
「・・・・・・」
「・・・せーめーっ!!?」
「ああ、すまぬ」
そう言って手の力を緩めると、深雪は勢いよく振り返って晴明の顔を睨みつける。
どこかヘソを曲げているように寄せた眉には愛嬌があり、思わず心の内で微笑んでしまう。
「なんなんだ!ねるのではなかったのか!?」
「ああ。寝るぞ」
「ならばさっさとねろ!ぐずぐずしてると、あさげのじかんになってしまうぞ!?」
「寝るには寝るが、深雪も寝るのだ」
「?・・・・・・みゆきはねむたくないぞ」
「深雪は眠たくなくとも、俺はまだ眠たいのだ。寝るぞ」
とんちを聞かされているような気がして、深雪はめいっぱい困惑の表情を見せる。
人の言葉を覚えてまだ間もないこの化生の童女は、晴明の言葉の真意が掴めずにいるのだ。
深々と三度目の溜め息を付くと、晴明は軽く手招きをする。
「ほら、深雪。お前はまだ子供だからそう寒くもないだろうが、俺は寒いんだ。そんなに退屈ならば、湯たんぽ代わりにでもなってくれ」
「『ゆたんぽ』、とはなんだ?」
「寒さを凌ぐための物のことだ」
「・・・・・・?」
「深く考えずとも良い。――――そら、ここに来い」
促されるままに、深雪は晴明の手が叩く畳布団の上に腰を下ろす。すると晴明は横になり、夜着を首元まで引っ張り上げてから深雪をすぐ隣りに寝転がせ夜着を被せてやった。
最初はぶつぶつと文句を垂れていた深雪も次第に語尾が濁り始め、ついにはそのまま穏やかに寝息を立て始める。
なんだかんだ言っているうちに大分眼が冴えてしまっていた晴明は、しばしの間黙って深雪の寝顔を眺めてみる。

透けるような白銀の髪。

異様なほどに白い肌の色。

この平安の民とは明らかに違う、異形の子供。

博雅が最初にこの子供を屋敷に連れてきたとき、一目見ただけで晴明には分かっていた。
妖物、化生の児だと。

仇なす妖物を消し、ヒトの命を守ることが、陰陽師である晴明の役目。

だが、拾ってきた当の本人は『悪さをしたわけでもないのに殺められては可哀相だ』と言った。
それもそうか。と思い、殺すことまでは考えていなかった晴明も、自分の屋敷で匿うまで譲歩してみた。



「・・・・・俺としたことが・・・・・大分ほだされてしまったな」

まだ会ってからほんの数日。
その短い間の中で、この子供の人間臭さを随分と見てきた。こうして見慣れてしまえば、この髪や肌の色も大した違和感を感じない。
まるっきり普通のヒトと同じものだと思えてきている。



今、自分の傍らで眠っている幼い化生の仔。その気配に嫌悪感どころか、奇妙な
安堵まで覚える。



「博雅の事もそう馬鹿にできんな。・・・・・・俺も立派な『親父』だ」



世の中の娘を持つ父親と言うものは、皆こんな気持ちを味わうのだろうか。
ふとそんな疑問が頭をよぎったが、子供特有の温かさにだんだんと引き込まれ、いつしか瞼は下がっていった。





晴明と深雪が目を覚ましたのは巳の刻も過ぎてから。
冬の冷たい空気も、高く昇り始めた日の光で心地よいほどに暖められている。
朝餉と言うには遅すぎる食事をとっていると、安倍邸に顔を出すのがここ最近の日課になっている博雅がやって来た。
「なんだ。今ごろ食事か?」
「寝坊したんでな。朝餉が今頃になってしまった」
「珍しいな。晴明でも寝坊するのだな。・・・・・深雪も寝坊か?」
「うん。せいめいも、みゆきもねぼう」
そうそうに朝餉を平らげた深雪は大きく息をつくと、とたとたと小走りに後方に控えている式のもとへと駆け寄っていく。
まだ寝衣のままだった深雪の手を引き立ち上がると、蜜虫と綾女は、そぞろ歩きでその場を後にする。
どうやら着替えをさせるらしい。
濡れ縁を後にする三人の後姿を目で追っている博雅に、晴明はぽつりと声をかけた。
「博雅。子供とは不思議なものだな」
「ん?」
「見ていて飽きない。唐突なことを言うて、驚かされることもある。『眠くない』と散々文句を言っていたと思えば、いつの間にか熟睡している。気付けば言葉も上手くなっているし、ころころと色々な表情を見せてくれる」
「・・・・・まあ、そうだな」
「俺は妻がいるわけではないし、ましてや子供の相手などしたこともなかったが。居るなら居るで、なかなか興味をそそられるものだ。目が離せないし、面白い」
「・・・・・・・・」
「自然に目で追ってしまうんだ。なんと言うか・・・・・俺はおそらく」
「それは晴明、お前―――」

「「情が移ったのだろう」」



きっちり声を揃えて言うと、二人は声を上げて笑う。
やがて博雅から漏らされた言葉に、晴明はただ苦笑いを浮かべてみせる。

心底楽しそうに、博雅は目の前の晴明に言った。



「晴明。お前ももう、すっかり深雪の父親だな」



あとがき
【後書き】
・・・・・・・・・・。・・・・・・。・・・・。(無言の嵐/爆)
平安時代の時刻がよく分かりません。国語の資料集ひっくり返して考えました。やれやれです・・・・。
・・・晴明様・・・あなたひょっとして・・・ロリ?(禁句じゃよ)
なんで続き物(GH)も考えんと平安時代・・・・・・・・・?
ララバ〜イ(何!?)父親っつーかアブナイ養父って雰囲気が出てますね。やばいです。もう止まりません!(←止まれ)
『深雪ちゃんシリーズ』、ラストはちょっぴり悲しいのと、ほのぼのなのと二つ考えています。どっちにしようか迷い中。
晴明と博雅の親父コンビ、あと何回か続きますよ(多分)。
こんな救いようのない駄目駄目創作、返品オッケーですよ、
空也サマ〜〜んv(←なんなんだよお前・・・)
                      五十嵐 蓮美
あ〜〜なんか微笑ましぃ〜〜〜。
なんか、なんか自然に笑みが浮かぶってこういう事なんでしょうか?

いいっすよ! いいっすよぉ! 蓮美さん!
二人ともナイス満点パパだぜ!

蓮美さん、迷ったときは二つ書けば良いのですよ!(むっちゃ人様の迷惑考えてない意見)
ちゃんと入り口二つ作って、「ちょっぴり悲しいお話」と「ほのぼのなお話」で分けるんです!
どうだす?! 私はノリノリっすよ!
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