はじめちゃんが一番!

はじまり
Ver.E

最近、はじめちゃんの様子がおかしい。

はじめちゃんと俺が付き合い始めて、早いもので、もう4年目。

少しずつ、少しずつ、俺たちはお互いの事を知りながら、距離を縮め、順調に関係を築いている。

お互いに忙しい二人だけど、暇を見つけては二人で会う時間も作り、会えないときは電話をしたり。

最初の頃は俺のコミュニケーション能力の欠如からすれ違いではじめちゃんを怒らせたりしたことはよくあったけど、最近では、俺のコミュニケーション能力が上がったのか、はじめちゃんが俺に馴れてくれたのかあまりけんかをする事がなくなってきた。

付き合い始めた頃大学一年生だったはじめちゃんはこの春大学を卒業し、M2の衣装部に就職を決めた。

はじめちゃんの卒業までと期限を切ってアイドルをしていた五つ子は、その言葉どおりに解散をしようとしたが、前田さんやはじめちゃん、周囲のみんなからの反対と、それから自分たちが、本当に歌も踊りも好きだったことに気付いて解散を取りやめた。
だが今は、自分たちを見つめなおすために、休止状態を言う形をとり、みんながそれぞれに自分のやりたい事を見つけている。

俺と瑞希は相変わらずWEとしての活動を続けつつ、最近ではソロでの活動も頻繁になってきた。

瑞希は、俳優業にも力を入れて積極的にドラマや映画などに出演している。

俺は、と言えば、ソロでアルバムを出したりコンサートをしたりと、歌の方に力を入れている。

そんな訳で、昔のように、俺たちと五つ子とはじめちゃんが揃って楽屋で大騒ぎ、なんてことはなかなかない。

特にはじめちゃんはいくら勝手知ったるM2だと言っても、五つ子、つまり身内のマネージャーをするのとは違い、念願の衣装部への就職と言う事で、とっても気合が入っている。

4月にはじめちゃんが就職してから今日まで1ヵ月強、俺が忙しかったのもあるが、全く二人で会う時間がなかった。

M2ですれ違う事はあるが、いつもはじめちゃんは忙しそうにしていて、話しかける暇もない。

だから、はじめちゃんがおかしいと言うことに、ずっと気がつかないままだったのだ。

「ねえ、瑞希、俺、はじめちゃんの気に障るようなこと何かしたかなぁ。」

俺は、ちょうどWEとしての仕事で一緒にいた瑞希に聞いてみた。

「さぁ?はじめちゃんなんか怒ってるのか?」

「う〜ん・・・・。怒ってる、といわれるとちょっと違うような・・。」

俺は、言葉を詰まらせた。

怒っているとは、少し違うような気がする。

どこがどう、と言うわけではないのだ。

夜電話すると、少しいつもよりそっけないような気がしたり、視線を感じて目を上げると、はじめちゃんがいて、ぎこちない笑顔を見せるとか、はっきりとは分からないが、いつものはじめちゃんとは違う、ちょっとした違和感を感じるのだ。

俺は、それを瑞希に説明した。

「ふ〜ん、まぁ、お前らも付き合ってもうすぐ4年だもんな、倦怠期かもな。」

瑞希がニヤッと笑って言った。

その時ちょうど出番が来たので、話はそれで終わってしまった。


倦怠期。けんたいき。ケンタイキ。

瑞希が言ったその言葉は聞きなれないもので、気になった俺は、その夜家に帰ってから辞書で調べてみた。

[倦怠期](主に夫婦の間で)お互いに飽きて嫌になる時期


はじめちゃんと俺は夫婦じゃないけど、恋人の間でも使う言葉なのかな。
なんて疑問がまず浮かぶ。

もちろん問題はそんなところではない。

『お互いに飽きて嫌になる時期。』


はじめちゃんは俺に飽きてしまったのだろうか。

俺の事が嫌になってしまったと言う事なんだろうか。

俺はもちろんはじめちゃんに飽きてしまったなんて事はない。

はじめちゃんへの気持ちは飽きるどころか強くなるばかりで、ずっと一緒にいたいとすら思っている。

はじめちゃんと身体の関係はあるけれど、それでも、はじめちゃんは学生だったし、うちに泊まるようなことは滅多になく、夕食とかをつくりに来てくれることはあっても大抵家に帰ってしまう。

時々、付き合ってから数えるほどしかないけど、はじめちゃんがうちに泊まってくれると朝はもう嬉しくて堪らなくなる。

朝、目が覚めるとはじめちゃんがいる、目が覚めて一番にはじめちゃんの顔を見る。

時には、お味噌汁のいい匂いと軽快な包丁の音で目覚めたり、コーヒーと食パンの焼ける香ばしい匂いで目覚めたり、はじめちゃんと迎える朝はすごく特別だ。

ず〜っとず〜っと帰らないでいてくれたらいいのに、といつも思う。

ず〜〜っと、俺のうちで生活してくれたらいいのに、って。

でも、学生で、両親や五つ子たちの世話になっているうちはけじめをつけたいから、と家に帰るはじめちゃんに、それ以上は何も言えないのだ。

帰らないで、なんていったら困らせてしまうに決まっているから。

俺がはじめちゃんに飽きるなんて事は絶対ない。

自分のことには、絶対の自信があるけれど、でも、はじめちゃんはどうなんだろうか。

瑞希が言ったとおり、最近のはじめちゃんのおかしな態度が、倦怠期なんだとしたら、はじめちゃんは俺のことを飽きてしまって、嫌になってしまったという事だろうか。

はじめちゃんは俺に飽きてしまったのだろうか。
俺が嫌なんだろうか。

そんなの・・・・・・。

そんなの・・・・・。

あり得ない・・・・。

と、自信を持っていえたらいいのに。

はじめちゃんが俺のことを飽きたり、嫌いになったりする事なんて絶対ない、って、自信を持って言えたらいいのに。

言えたらいいけれど、俺には自分にそんな自信はない。

今まではじめちゃんが俺のことを好きだと言ってくれたのだって奇跡みたいな事だと思っているから、もしはじめちゃんに嫌われたとしたら納得するしかない。

でも。

嫌だ。


嫌だ。


嫌だ。


はじめちゃんに飽きられて、嫌われたら、その後俺はどうしたらいいんだろう。

はじめちゃんが俺と別れたい、と言ったら?

そうしたら、俺はどうすればいいんだろう。

考えるだけで、暗闇の中に一人で放り出されたみたいに、不安な気持ちが心の中いっぱいに広がる。

はじめちゃんと過ごす時間。

笑ったり怒ったり喜んだり悲しんだり、表情豊かなはじめちゃんが頭の中に浮かんでくる。

はじめちゃんの髪の毛や瞳や鼻や唇。
それから手や胸や足や。

はじめちゃんを見る事が出来なくなったら、はじめちゃんにふれる事が出来なくなったら、俺はどうすればいいんだろう。


心の中にとてつもない不安が芽生え、それが俺を圧迫していた。


俺は、押し寄せてくる不安で、その夜一睡も出来ずに夜明けを迎えた。


はじめちゃんに確かめてみればいいのかもしれない。


でも、決定的な言葉を、はじめちゃんに言われるのが怖いのだ。


だから。


次の日はじめちゃんとM2ですれ違った時、思わず目を逸らしてしまった。

はじめちゃんと話さなければ、別れるという事もないのだ。

なんて幼稚で自分勝手な考えだろうと自分でも情けなくなるが、こんな行動しか出来ないんだ、俺は。

瑞希が、恋人と別れて俺に泣きついてくるのと、同じなんだろうか。

瑞希がまた他の恋人を探すように、もしはじめちゃんと別れたら、俺もまた恋人を見つけるのだろうか。


そんな事が出来るとは思えない。


今でははじめちゃんは、瑞希と同じくらい、比べる事が出来ないほどに大切な人で、瑞希がいなくなったら生きる意味を見失ってしまうのと同様に、はじめちゃんを失ったら、生きていけるかも分からないと思う。


ましてやはじめちゃん以外に恋人だなんて、考える事すら出来ない。

絶対にはじめちゃん以上に好きだと思える異性なんてあり得ないと自信を持って言える。


どうすればいいのだろう。

俺は、どうすればいいんだろう。

はじめちゃんを失わずにすむには、どうしたらいいんだろう。




考えて考えて、それでも答えは見つからず、次の日も、また眠る事が出来なかった。


翌日は、瑞希と一緒にテレビ番組の撮影が入っていた。

眠れなくて、不安でふらふらする身体を何とか起こし、俺は仕事へ向かった。

ぐらつく身体で何とか楽屋に入ると、瑞希がいた。

「亮、おはよう。」
そう言って、瑞希は振り向くと、途端に俺の調子に気がついたようで、俺に走り寄ってくる。

「おはよう。」

俺の声は、自分で思っているよりずっと生気がなく弱弱しいものになっていた。

「お前、どうしたんだよっ!!」
俺のふらつく身体を支えながら、耳の近くで瑞希が大声を出す。

俺を心配してくれる瑞希の声が嬉しくて、俺は少しだけ気が楽になった。

「ねえ、瑞希、はじめちゃん、本当に俺の事飽きて嫌いになっちゃったのかなぁ・・・。」

俺は、呟くようにそれだけ言うと、ゆっくり意識を手放した。





手に柔らかくて、暖かい感触を感じて、重い目を開ける。


途端に俺の視界に飛び込んできたのは心配そうに、それから少し怒ったように俺を覗き込むはじめちゃんの顔。


「はじめちゃん・・・・。」

俺は、久しぶりにこんな風にはじめちゃんの顔を間近で見れて、なんだかほっとして笑ってしまった。


ぱんっ!

はじめちゃんの手が、俺の頬に飛ぶ。

久しぶりのはじめちゃんの平手を受けて、俺はちょっとビックリしてしまった。

ただでさえ起きてすぐだから、頭も働いていないし、なんで平手打ちされたのか分からなくて、頬に手を当ててぼ〜っと、はじめちゃんを見た。

「心配したでしょ!!!江藤さんが倒れたって聞いて、不安でいても立ってもいられなくて駆けつけたら睡眠不足ですって〜〜〜!!!子供じゃないんだからちゃんと寝なさいよっ!!!」

はじめちゃんは顔を真っ赤にして俺に怒鳴る。

心配してくれた。

はじめちゃんが俺を心配して、駆けつけてくれた。

それが嬉しくて、怒鳴られているのに、顔がにやけてしまうのを止められない。

「大体ね!瑞希さんに聞いたけど、私が江藤さんに飽きたとか嫌いになったとか、そんな事あるわけないでしょ!!なんで自分だけで悩んで私にちゃんと聞かないのよっ!!」

「だって・・・。はじめちゃんに別れようって言われたらと思うと恐くって。」

俺は、正直にはじめちゃんに答えた。

「もうっ!!馬鹿じゃないのっ!!そんな事じゃしっかりとした父親になってもらえないじゃな・・・・・・・・・・・・。」

バっと、そこまで言って、はじめちゃんは大慌てで両手で口を塞いだ。


さっきまで怒っていた顔は、今度は少し血の気が引き、「しまった〜!」と、顔に書いてあるように言いたくなかったことを言ってしまった、と物語っている。

「父親・・・・・・・??」

はじめちゃんの口から漏れたそんな言葉を俺はわけも分からず繰り返した。

え〜と、何を話していたんだっけ?

俺がはじめちゃんに嫌われたと思って眠れなくなって、倒れて。

はじめちゃんがそれを聞いて怒って。

それから・・・。

なんで、父親、なんて言葉が出てきたんだっけ。


「父親・・・・?」

俺はもう一度その言葉を確かめるように口に出した。

はじめちゃんを見れば、俺から目を逸らして、口を手で覆ったまま、額に冷や汗まで滲んでいる。


「はじめちゃん。」

俺は、はじめちゃんを呼んだ。

「な、何よ。」

はじめちゃんは目を逸らしたまま、ぶっきら棒に返事をする。

「はじめちゃん。こっち向いて。」

俺は、少し手を伸ばして、おそらく病院か医務室だろうけど、俺の横になっているベッドのすぐそばに立っているはじめちゃんの腕を引いた。

「何よっ!」
泣きそうな顔で、はじめちゃんがやっと俺のほうを向く。

「父親って・・・・?」

俺はゆっくり、はじめちゃんの目を捉えて言った。

はじめちゃんは唇を噛み締める。

不安そうに瞳が揺れている。

「どういうこと?」

もう一度、俺は優しく、はじめちゃんに問いかけた。

はじめちゃんは、唇を噛み締めたまま、俯いた。

「はじめちゃん、教えて?」

はじめちゃんの手を、そっと握った。

身体を起こして、もう片方の手を、はじめちゃんの頬に当てた。

はじめちゃんの顔を、ゆっくり上げる。

「はじめちゃん。」

もう一度。


はじめちゃんは、伏せていた目を、ゆっくり上げた。

ギュッと俺の手を握り締めて。

言った。

「私のお腹に・・・・・・赤ちゃんがいるの。」

と。



赤ちゃん。


赤ちゃん。


赤ちゃん。


その言葉を、理解するのに時間が掛かった。


赤ちゃん。


俺と、はじめちゃんの・・・・・。


赤ちゃん。


はじめちゃんの瞳が、不安そうに、心細そうに、俺の顔を見ている。

そのはじめちゃんの顔が、不意に滲んだ。


目頭が熱くなって。


そして。


大粒の涙が。


俺の目から、ボロボロ流れ出す。


「江藤さんっ?」

はじめちゃんが驚く顔も、涙で霞んでよく分からない。


気持ちを言葉にする事が出来なかった。


なんと言えばいいんだろう。この気持ちを。


胸の中が熱くなって。

言い表せない幸せな気持ちが、体中に広がって。


俺は、言葉で伝える事が出来なくて。


はじめちゃんを引き寄せた。


はじめちゃんを抱きしめて。


自分の気持ちが伝わるように、ギュウっと、強く抱きしめて。


ひたすらこぼれる涙を止める事ができなかった。




やっと涙が止まった頃、はじめちゃんがおずおずと言った。

「産んでも、いい?」


答えの決まりきったそんなはじめちゃんの質問に、思わず笑みがこぼれた。

「なんで笑うのよっ!」
赤くなってそんな風に言うはじめちゃんがなんだか可笑しくて、笑いが止まらなくなる。

「ずっと悩んでたんだから!!江藤さんが嫌がったらどうしようって、すごく不安で。不安で・・・・私・・・・・。」

言いながら、今度ははじめちゃんが涙ぐむ。

俯いて零れそうになる涙を、キスで受け止めた。

瞼と、頬と、鼻と、それから唇と、ゆっくり、そっと、キスをする。


そして。



「俺と、ずっと一緒にいてくれる?はじめちゃん。」

俺は言った。


「ず〜っと、一緒に生きてくれる?死ぬまで。」

はじめちゃんの潤んだ瞳が、俺を見つめてる。

「結婚しよう?」


俺は言って。


そして。


はじめちゃんは。



ゆっくり。



頷いた。






















6月。



あれからすぐ前田さんに結婚の報告に行った俺たちに、前田さんは驚きつつも、笑顔で「おめでとう」と言ってくれた。

それからの日々はとっても忙しかった。


瑞希や五つ子にも報告をして、みんな驚いていたけど、暖かく祝福の言葉をくれた。

それからはじめちゃんのご両親に挨拶に行ったり、記者会見をしたり。

お腹が目立つ前に結婚式をしたかったので会場を大慌てで探したり。

はじめちゃんは結婚式なんてお金がかかるからやらなくていい、なんて言ってたけど、やっぱり、岡野家にとったらたった一人の娘なわけだし、それに何より、はじめちゃんの花嫁姿が見たかった。


ちょうどキャンセルが出たとかで空きが出た都内のガーデンチャペル。


青空が広がり優しい風が吹く6月の晴れた日。


新緑が太陽の光にキラキラ眩しいその日。



俺とはじめちゃんは、永遠の誓いを交わした。



そして。

はじめちゃんと俺の、新しい生活が、始まる。





あとがき
菜の花畑10,000HIT記念フリー創作&挿絵です!

ああ、なんて素敵なお話なんでしょう……!
私は菜の花様の書かれる亮君が大大大好きなんです!
その大好きな亮君をこうしてお招き出来るなんて!!!

感無量です……!

菜の花様、本当にありがとうございました!
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