はじめちゃんが一番!

はじまり
Ver.H

アレが来ないっ!!!!


と、気がついたのが、一週間前。


その時点で二週間ほど遅れていて。

そして、今日で三週間。

いつも大体狂うことなく月の真ん中辺りに来るものが・・・・、3週間も来ない。


思い当たる事は・・・・・実は・・・・あったりして。


途端に、不安な気持ちに陥る。


ひょっとして。

もしかして。

アレが来ないことを示すもの。


それは。



大学の友だちが似たような事を話しているのを聞いた事はある。
とっても心配していて、検査薬なるものを使って調べたらしい。
結局それはただ遅れていただけだったらしいけど。


まさかそんな事が自分の身に、なんて考えた事もなかった。

もちろん江藤さんと付き合ってもう4年目で。

いつそういう事が起こっても別に不思議ではないのに、実際そういう関係はあるのに。

それなのに、自分に同じことが起こるなんて、考えてもなかったのだ。


突然の事態に、私は正直焦ってしまった。


これが大学にいる頃だったら、学校で友達に相談する事も出来るのに、就職したてのM2の衣装部ではそんな事を相談できるような親しい人はまだいない。

大学の友だちと言ったって、それほど深く付き合っていたわけではないから大学を卒業してしまえば、なんだか縁遠くて、わざわざ電話をかけるような仲ではない。

こう考えると、私ってつくづく親友と言うものに縁がないんだな、と思う。

友だち・・・と言って思い浮かぶのは相田さんたちくらいだろうか。

でも、忙しさに任せて連絡を取り合ってもいないのに、こんな時だけ頼るのはどうかなんて思ってしまう。

もちろん親に相談できるような事ではないし、弟たちは論外で。

私は途方にくれてしまった。


でも、途方にくれてる場合じゃない、と思い直す。

こういうときは行動あるのみ。


うじうじ悩んでいても始まらないのだ。

まずは、本当かどうか、ちゃんと確かめなければ。


昼休み、私は財布を握り締め、めったに訪れる事のない、ドラッグストアへ足を向けた。


周りを気にしながら、そのコーナーを探す。
簡単にそれは見つかったが、いざそれを手に取ろうとすると、躊躇ってしまう。

こんなものを買って、お店の人はどう思うだろうか、とか、他のお客さんが見てるんじゃないか、とか。
色々考えていると、ぱっと隣から手が伸びて、私と同じ年くらいの女性が、平然と検査薬を手にとってレジへと向かった。

私が気にするほど大した事ではないのかもしれない。

まずはちゃんと調べなければ始まらないのだから。

私は思い切って、一つの検査薬を手に取った。

2本入りの、一番高いもの。
と言っても200円の差だけど、でも、高いものの方が信頼できるに違いない。
それに一度きりじゃ結果が間違ってる事だってあるかもしれないもの。
思わぬ買い物に、財布の中身も気になるけれど、そんな事は言っていられない。
岡野はじめ、一世一代の(?)大事件なのだ!

私はそれを握り締め、ずんずんとレジに向かい、お金を払った。

そして、きちんと中身が見えないように配慮された紙袋に入ったそれを、バッグにしまいこみ、M2へと戻った。

昼休みはまだ30分ほどある。

私は急いで化粧室へ駆け込んだ。

家ではとてもこんなものを広げられない。

誰が見るか分からないし、家のトイレよりM2のトイレの方がよっぽど広いし。

そんな訳で、洋式トイレに入って、中でこそこそと説明書を読んだ。

説明書の通りに検査をする。


そして。


結果を待つ間のドキドキと来たら、きっと忘れる事はない。

受験の時の合格発表より緊張したかもしれない。

就職したばかりだし、順序だって違うし、陰性の反応が出たほうがいいって言うのは冷静に考えたら分かるのに、それなのに、ひょっとしたら、と、期待してしまう私もいる。

期待と不安と、入り混じった気持ちで、結果を待つ。


そして・・・・。


検査薬の窓に、青い線が一本。


それは・・・・。


陽性の印だった。


もう一度、ひょっとしたら間違いかもしれない、と次の休憩の時間に念のために残る一本を使ってみる。


結果は同じ。


検査薬は、はっきり、くっきりと、妊娠を示していた。



妊娠を知った時の私の気持ちを、どう表現すればいいだろう。

どうしよう、と足が震える自分がいるのに、胸の奥から嬉しさがこみ上げる自分もいる。


江藤さんと私の赤ちゃん。


大好きなあの人の赤ちゃんが、私のお腹の中にいる。

私のお腹で生きている。

それが、嬉しくないはずがないのだ。


これからどうしたらいいのか分からないのに、それなのに、産みたい、そして、江藤さんと一緒に育てたい、と言う気持ちが、ふつふつと生まれる。

それ以外の選択肢の事を、考えるのも嫌だ。

でも、それは私だけで決める問題ではない。

まずは、このことを、江藤さんに知らせなくちゃいけないのだ。

その事を考えて、また私は不安になってしまう。


江藤さんは、なんて言うだろうか。

江藤さんは、喜んでくれるだろうか。

産んでもいいと言ってくれるだろうか。

でも・・・。

私たちの間では、結婚という話が出たことはない。

この話をするのは、結婚を迫るようなものかもしれない。

江藤さんが私と結婚する気がなかったとしたら?



江藤さんの喜ぶ顔を思い浮かべようとするのに、頭に思い浮かぶのは、江藤さんの困った顔。

もし、江藤さんが、困った顔をしたら?

少しでも、江藤さんが、嫌そうな顔をしたら?


そう思うと、不安がどっと押し寄せてくる。


どうすればいいのか、私には分からなくなってしまった。





それからまた一週間がたってしまった。


江藤さんも私も仕事が忙しくて、ここのところずっと二人で会っていない。

ちょくちょく電話はかかってくるけど、電話で出来る話ではないし、ましてやM2の廊下で出来る話でもない。

話したいのに、話すのが怖い。

そんな矛盾した気持ち。

M2で江藤さんを見つけたりすると、思わずぼ〜っと見つめてしまって、それに気がついて私を見た江藤さんにぎこちない笑顔を向けたり、電話する声がそっけなくなってしまったり。

自分でもどうすればいいのか、どうしたいのか分からないのだ。


このまま黙っていていいわけがない。

どんどんお腹の中で赤ちゃんは大きくなっていくのだ。

今はまだ、自分のお腹に赤ちゃんがいるなんて実際信じられないけれど、お腹もどんどん大きくなるんだろう。


このままではいけない。


私は、ようやく決意した。


明日の夜、江藤さんの家へ行ってみよう。

明日は定時で終われそうな仕事だし、江藤さんも確か夜そんなに遅くない時間に仕事が終わるはず。

私は心に決めた。

そして、そっとお腹を触って赤ちゃんに「おやすみ」とそれから、「江藤さんが喜んでお父さんになってくれるといいね。」と、小さく呟いて眠りについた。


翌日はドキドキしながらの仕事になった。


江藤さんに言うと決めたものの、不安な気持ちが襲ってきて、夜が来るのが待ち遠しいような恐いような、そんなドキドキ。

それでも何とか仕事をこなしていた私のところへ、突然前田さんが現われた。

走ってきたのだろう、はぁはぁと、すこし息を切らしながら、前田さんは言ったのだ。

「亮が、テレビ局で倒れて、病院に運ばれた」

と。


私は急いで前田さんに聞いた病院へ駆けつけた。


病室に入ると、瑞希さんが立っている。

「江藤さん大丈夫なんですか?!」
私は瑞希さんに尋ねた。

私のその言葉に、瑞希さんが苦笑いを浮かべる。

視線を江藤さんに向けた。


江藤さんは少し青いような顔色をして、眠っていた。


「睡眠不足だってさ。」

と、瑞希さんは安心したような、少し呆れたような、そんな声で言う。

「睡眠不足!?」
私は思わず、病院だという事も忘れ、声を荒げてしまった。

倒れたって聞いて駆けつけたら睡眠不足って・・・!!

「なんで・・・睡眠不足なんか・・。」
何か気にかかる事でもあったんだろうか。

私は付き合う前の江藤さんを思い出していた。


江藤さんは不安な事があると、眠れなくなったり、食べ過ぎたり食べれなくなったり、仕事ばっかりしたり、触りたい病になったり、理解できないような事ばかりしていた。

自惚れかもしれないけれど、私と付き合い始めて、そういうことはなかったと思う。
穏やかに落ち着いてきたと思っていたのに。

ふぅ、と、瑞希さんがため息をついた。

「ごめん、はじめちゃん。たぶん、俺のせいだと思う。」

瑞希さんがすまなそうに言った。

「え?どういうことですか?」

「実はね、一昨日くらいに亮がはじめちゃんの様子がおかしいって俺に相談してきてね。
で、倦怠期なんじゃないかって言っちゃったんだよ。からかっただけのつもりだったんだけど。でも、亮はそれを悩んでいたみたいで、倒れる前『本当にはじめちゃん、俺の事飽きて嫌いになっちゃったのかなぁ』って言ったんだ。」


本当にごめん、と瑞希さんは顔の前で両手を合わせて謝った。

そして、瑞希さんはソロの仕事が入っているから、と謝りながら病室から出て行った。


私は寝ている江藤さんの手を、そっと握った。

こうしてみるとやっぱりちょっと青白い顔色をしている。

私が江藤さんの顔を覗き込むと、ゆっくり江藤さんが目をあけた。

にっこりと、無邪気に江藤さんが笑う。

私は、なんだかふつふつと怒りがこみ上げてきた。

何かあったのでは、と、ものすごく心配して、駆けつけてきた分余計に腹が立つ。

江藤さんが倒れたと聞いて、目の前が真っ暗になるほど不安でいても立ってもいられなくなって心配で心配で、どうしようかと思ったのに。

それなのに、なぜこいつは笑うんだっ!!

怒りに任せて、私は平手を放った。

ぱんっ!と、見事に平手が江藤さんの頬に入る。

最近けんかをしていなかったからすごく久しぶりの平手打ち。

江藤さんは、あっけに取られてボ〜ッとしている。

「心配したでしょ!!!江藤さんが倒れたって聞いて、不安でいても立ってもいられなくて駆けつけたら睡眠不足ですってーーーーー!!!子供じゃないんだからちゃんと寝なさいよっ!!!」
私は怒りのままに江藤さんを叱りつけた。

それを、江藤さんが嬉しそうに聞いているから私の怒りは止まらない。

「大体ね!瑞希さんに聞いたけど、私が江藤さんに飽きたとか嫌いになったとか、そんな事あるわけないでしょ!!なんで自分だけで悩んで私にちゃんと聞かないのよっ!!」

それは自分にも当てはまる事なのに、その事については棚に上げ、私は怒った。

「だって・・・。はじめちゃんに別れようって言われたらと思うと恐くって。」
なんて、江藤さんは子供みたいに言う。

でも、私はもう引っ込みがつかなくて。

「もうっ!!馬鹿じゃないのっ!!そんな事じゃしっかりとした父親になってもらえないじゃな・・・・・・・・・・・・。」
言ってしまって、やっと自分の言った事に気がつく。

バッッと、大慌てで両手で口を塞いで、江藤さんから顔を逸らした。

が・・・・、一度言葉に出してしまったものはもう取り返せない。


「父親・・・・・・・??」
と、江藤さんが、わけが分からないといった顔で、私が言った言葉を繰り返す。

「父親・・・・?」
と、もう一度。

ちゃんと今夜話そうと思っていたのに、病院の中で、こんな風に怒りに任せて口にしてしまうなんて、本当になんてわたしったらバカなんだろう。

私は思わず冷や汗が出た。

「はじめちゃん。」
江藤さんが私を呼ぶ。

「な、何よ。」
私はぶっきら棒に、視線を逸らしたまま答える。

「はじめちゃん。こっち向いて。」
江藤さんが、ベッドの上から手を伸ばし、私の腕を引っ張る。

「何よっ!」
私は情けなくて泣きそうな顔を江藤さんに向けた。

「父親って・・・・?」
ゆっくり、でもはっきりと、江藤さんが私の目を捉えて、問う。

言うべきだろうか、言うって決めていたのに、いざとなると不安が襲う。

私は唇を噛み締めた。

「どういうこと?」
今度は優しい江藤さんの問いかけ。

その優しい瞳を見ることが出来ずに、私は俯いた。


「はじめちゃん、教えて?」
江藤さんがそう言いながら、私の手を握る。

ゆっくりとベッドから身体を起こして、もう片方の手を私の頬に添えて顔を上向かせた。

「はじめちゃん。」
と、もう一度。

言わなくちゃいけないんだ。

お腹の赤ちゃんの子供の父親は江藤さんなんだもの。

恐くても、不安でも、伝えなくちゃいけない。

私は、伏せていた目を上げ、江藤さんの手をぎゅっと握った。

江藤さんの瞳をしっかり捕らえた。

不安だけど、でも、ちゃんと見なくてはいけない。

伝えたときの江藤さんの表情を見逃しちゃいけない。

私は、勇気を振り絞って言った。

「私のお腹に・・・・・・赤ちゃんがいるの。」

江藤さんの目に、不安の色は見られなかった。

言われた事が理解できないのか、少し考えるような顔をして。

それから。




見る間に、江藤さんの瞳が潤んで、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。


「江藤さんっ?」
驚いて私は江藤さんを呼んだ。

でも、江藤さんの目からどんどん流れ出てくる涙は止まらない。

江藤さんの瞳から零れ落ちる涙はとても綺麗で。

私はそれをただ見つめる事しか出来なかった。


江藤さんが、泣きながら、ゆっくり私を抱き寄せた。

ギュウっと強く。

苦しいほどに抱きしめられて、私はすごく幸せな気分になった。

江藤さんが喜んでくれているのが、江藤さんの体から伝わってきたから。

江藤さんの反応を想像して、不安でいっぱいだった気持ちが、どんどん解れていく。

私も、江藤さんの背中に腕を回し、幸せを噛み締めた。

やがて、江藤さんの涙が止まった頃。

それでも私は江藤さんの言葉が聞きたくて。


おずおずと、口を開いた。

「産んでも、いい?」
と。

江藤さんはきょとんとして、それから、今泣いていたばかりなのに、くすっと笑う。

「なんで笑うのよっ!」
私は思わず真っ赤になって言い。

何が可笑しかったのか、江藤さんは今度はくすくすと笑う。

「ずっと悩んでたんだから!!江藤さんが嫌がったらどうしようって、すごく不安で。不安で・・・・私・・・・・。」

私は言いながら、不安だった気持ちがこみ上げてきて。

それから、江藤さんが喜んでくれたという安心感と、嬉しさと、色んな気持ちがごちゃごちゃになって。

思わず涙ぐんだ。

そして、その零れ落ちそうになる涙を、江藤さんが唇で掬った。

瞼と、頬と、鼻と、それから最後に唇に、優しいキスを沢山くれる。



「俺と、ずっと一緒にいてくれる?はじめちゃん。」
優しいキスの後、江藤さんが言った。


「ず〜っと、一緒に生きてくれる?死ぬまで。」

私は、何も言えずに、江藤さんを見つめていた。



「結婚しよう?」


江藤さんの優しいその言葉に。


私は。


ゆっくり。


頷いた。
















そして、それから慌しい1ヵ月が過ぎ。


6月の清清しいほどに良く晴れたある日。


両親や、弟たちや、瑞希さん、前田さん、そして、奇跡的にちょうどひょっこり帰ってきた漣さんに、礼子さん、それからお世話になった沢山の人に囲まれた中で。


いつも夢見ていたような真っ白の、純白のウェディングドレスを着て。


私は、世界で一番愛する人と。


永遠の愛を誓った。



よく聞くことだけど、きっと結婚はゴールじゃない。

結婚は、私たちの、新しい生活のスタートなんだ。




あとがき
菜の花畑10,000HIT記念フリー配布創作&挿絵、Ver.Hです。

はじめちゃんの不安な気持ちがすんごいリアルでドキドキしました。

『結婚は、私たちの、新しい生活のスタートなんだ。』

ってその通りですよね(ってあたしゃ未婚です)。
これからの二人の未来に幸の在れ!

菜の花様、本当にありがとうございました<(_ _)>
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