● はじめての… ●
<4>
どれだけの時間が経ったんだろうか。
隣に座っていたタケルくんが立ち上がった。
僕も、つられて立ち上がった。
「さ、丈さん行こう!」
「う…うん」
って、一体どこに行こうというのだろうか。
タケルくんは微笑み乍ら僕の腕をひいた。
ゆりかもめに乗って、着いた場所は日の出駅。
こんな何もない場所に来て、一体どうするんだろうか。
まさか水上バスに乗るワケじゃないよね?
そう思っていたのに、
タケルくんは僕の手をひいたまま、水上バス乗り場へと向かった。
「ちょっと、タケルくん?」
「丈さん、早く早く!」
促されるままに乗り込んだ水上バスは、お台場に向けて出港した。
ザザンと音をたて、東京湾を割って進む水上バスの甲板の上で、僕とタケルくんは、たゆたう水面をぼんやりと眺めていた。
タケルくんの考えている事が分からない。
好きだと言われた。
付合ってくれと言われた。
デートに誘われた。
どうしてタケルくんは、僕なんかが好きなんだろう。
どうしてタケルくんは、僕と付合いたいんだろう。
どうしてタケルくんは、僕とデートしたかったんだろう。
そして、どうして二人きりになったのに、今、僕達は黙りこくっているんだろう。
水上バスが、レインボーブリッジの下に差し掛かかろうとしたその時、タケルくんがゆっくりと口を開いた。
「ぼく、丈さんの事が、好きなんです」
「………」
それは(何だかおかしな言い回しだけれど)知っている。
「本当に、ぼくは丈さんの事が好きなんです」
タケルくんは、自分の言っている言葉を、自分自信で確認するかのように、ゆっくり、じっくりと、声を少し落として、もう一度口に出して言った。
僕は、容易に言葉を返せずに、タケルくんを見つめた。
タケルくんの目が、まっすぐ僕を見据えている。
「デジタルワールドで、お兄ちゃんはぼくを守ろうと一生懸命だった。
太一さんは、ぼくを一人前にあつかってくれた。
そして、丈さんは、そのどちらでもなかった」
そう言って、タケルくんは小さく微笑んだ。
「ここで丈さんは、泳げないぼくを助けてくれたよね?」
霧の結界に覆われたお台場へと向かった、あの時の事か。
あの時、メガシードラモンのサンダージャベリンを受けて、僕達は海に放り出され、溺れてしまったタケルくんを、僕が助けた、あの出来事を言っているのか。
しかし、その件があったから、僕の事を好きだと言うのは、違うんじゃないか?
「お兄ちゃんは、端からぼくの事を守るべき対象としていたよね。
でも、丈さんは違う。ぼくの事を、ちゃんと一人前に認めていてくれて、その上で、ぼくを助けてくれた。
デジタマモンのレストランでも、ベジーモンにつかまったぼくを助けてくれたよね、」
「タケルくん、それは…」
危機に面した時の、切迫した動悸を、取違えているのではないか?
そう言いたいのに、何と言って良いかよく分からない。
そんな僕の心を察したのか、タケルくんは笑い乍ら言った。
「勘違いとかじゃないよ?」
「!」
タケルくんの蒼い瞳から、僕は目を逸らす事ができない。
真剣な、その眼差しに、僕の胸は、跳ね上がるような感覚を覚えた。
続く言葉が出てこない。
何処か不安定な気持ちのまま、僕は…僕達を乗せた水上バスは、もうすぐお台場に到着する。
潮風がざわりと頬を撫でた。