近鉄バス 茨木線35周年記念企画

鳥飼営業所管内 路線の変遷を見る 〜近鉄バス 〜

 

03/08/16 更新


1965年7月1日、「茨木バス」は近鉄に買収され、近畿日本鉄道(株)自動車局の

茨木営業所が誕生しました。(鳥飼営業所の前身です。)

現在の茨木車庫の所が旧茨木バス本社で、茨木営業所となりました。


茨木バスより引き継いだ路線は、延長53.6キロで、概要は以下の通りです。

 

路線図

(「近鉄80年のあゆみ」掲載図 写)

§1:現在までの変遷を見る

1)現・70系統(阪急茨木市駅〜太田〜花園・東和苑)

引継時は太田まででした。現在の太田バス停と同位置と思われます。その後、花園に住宅地が

整備され、名神を潜り、「東和苑住宅前」まで延伸されました。現在の太田小学校の北東角辺り

が当時のバス停と思われます。

近年に、現在位置のバス回転所が整備され「花園・東和苑」として名神沿いに移転しています。

また、途中に「太田三丁目」も新設されています。

 旧・東和苑住宅前を見る (2000.9.16更新)

 旧・東和苑住宅前付近略図 (2000.9.18)


2)現・14系統(JR茨木〜茨木弁天前)

引継当時はゴルフ場口が終点で、その後延伸されたものと思っていましたが、古い地図を見て

見ますと、違っていました。

当初は、斉生会病院前-茨木弁天前-ゴルフ場口の順で、茨木弁天前が名神を潜った先、現在

のゴルフ場敷地の東端辺り、ゴルフ場口がその西、道路が北へ曲がっている辺り…でした。

(大阪人文社発行 茨木市全図 参照)

1974年頃には、現在の状態で「茨木弁天前」まで乗り入れています。

旧・ゴルフ場口を訪ねて (2000.9.16更新)

春日丘公園付近/ゴルフ場口付近略図 (2000.9.17)


3)現・1/2系統(JR茨木/阪急茨木市駅〜春日丘公園・松沢池循環)

当初は春光園〜春日丘公園間が2ルートあり、現在の駅行きのルート(途中・北桜町のみ)と、

その南側のルート(途中、桜町、峠)です。エキスポロードはまだ無い時代です。

その後、道路整備と共に、松沢池方面からの左回り循環になり、峠バス停が北に移転して、

(桜町バス停は廃止)現行経路になったと考えられます。

春日丘公園〜春光園:南ルートを行く (2000.9.16更新)

春日丘公園付近/ゴルフ場口付近略図 (2000.9.17)


4)現・30系統(阪急茨木市駅〜二階堂経由〜JR千里丘)

現在、野々宮〜島南口間では府道14号線〜15号線を経由していますが、当初14号線は無く、

現在の野々宮二丁目の交差点の一つ西の信号から斜めに南西へ分かれている少し細めの道路

が昔の経路で、島南口バス停は無く(その当時は付近は田圃ばかり。上記の路線図は何かの

錯誤と思われます。)直接島の集落へ入っていました。新道建設時に、経路変更したようです。

野々宮〜島間、旧経路を行く

野々宮〜島間旧経路略図


5)正雀付近

現在の「正雀」バス停は、府道147号上にありますが、昔は阪急正雀駅南口駅前まで乗り入れて

いて、そこが終点だったようです。

付近のバス停名も今とは違い、正雀本町二丁目付近に「味舌下」、現在の正雀交差点付近に、

「薫英学園前」、現在の「福祉会館前」は「大変前」(当然といえば当然、まだ福祉会館がないの

で)と随分と違っていました。その後、経路がJR千里丘駅前まで延伸されるのに伴い、正雀駅

前には乗り入れなくなったものと思われます。

正雀付近探訪リポート

正雀駅前略図 (2000.9.18)


その他に変更のあった路線/経路(延伸/新設)

1)摂津市内

千里丘駅前〜正雀間:延伸/別府南〜ダイキン前(循環経路):延伸

ダイキン前〜鳥飼大橋北詰:延伸

鳥飼五久〜鳥飼西三丁目〜鐘化前(循環経路):延伸

千里丘駅前〜一津屋上:新設/鐘化前〜南摂津駅:新設(南摂津駅乗り入れ)

摂津市役所前〜中穂積一丁目:新設(16系統)

2)茨木市内

松沢池〜紫明園(循環経路):延伸/茨木寺田町〜鮎川:新設(80系統)

阪大病院/エキスポランド/美穂ヶ丘/日本庭園前 関連路線:新設

水尾線:JR茨木駅東口〜阪急茨木南口〜桑田町〜水尾三丁目:新設


§2:現在までの変遷…廃止路線編

1)81系統:阪急茨木市駅〜目垣東

近年まで(平成8年頃)本数は少ないものの運行されていましたが、廃止されました。

これにより、鮎川-鮎川南-目垣東間が完全な路線廃止となりました。

(写真A):【車庫内で「81」の幕を表示している1991号車】:現在は京都営業所へ転属

車庫内で「81」の幕を出す1991号車


2)61系統:JR千里丘駅〜神戸製鋼所前〜南茨木

引継当初は千里丘〜神戸製鋼所前間の運行でしたが、その後阪急南茨木駅前まで延伸され

ました。更に、大阪モノレール開業による駅前整備で、モノレール駅の下に南茨木駅バス停は

移設されました。

この路線も平成8年〜9年頃に廃止されています。

(写真B):【南茨木駅前で待機中の61番】

南茨木で待機中の「61」

現在も残る「61」の幕(写真E) → 


3)国鉄吹田駅前〜岸辺

岸辺といっても、JR(当時国鉄)駅前に伸びているわけではありません。詳細は不明です。

1968年頃の吹田市市街地図を見ましても、この路線の記載はありません。

吹田機関区や大日本インキ化学工業への通勤輸送を主体としていたとも考えられます。

路線図で見る限りは現在の「吹田小学校前」付近が終点「岸辺」ではないかと思われます。

現在の府道14号線(十三高槻線)はまだ整備されていなかったはずで、JR(国鉄)吹田工場に

添うような形で運行されていた様に思われます。

4)茨木インター 関連

古い運行表等の資料では、JR茨木-茨木インター(15系統)と、茨木インター-三島丘住宅前(17

系統)が記載されています。近年まで車内の路線図にJR茨木〜三島丘住宅前間の経路が記載

されていた事も確認していますし、「15 三島丘住宅前」「15 JR茨木」という方向幕も実見で確認

しています。

「茨木インター」バス停の位置ですが、古い地図を見ますと、畑田交差点から中河原の方に分か

れて、ちょうど名神インターの前辺り…のようです。その地点から、どのように方向転換し、三島

丘住宅前或いはJR茨木方面へ向かったのかは、今となっては不明です。

ただ、JR茨木〜茨木インター〜三島丘住宅前 という系統がかつては運行されていた事は、

確かなようです。

5)南春日丘西 関連(サッカー会場他)

「18 南春日丘西」という方向幕もあります。(写真C)

仮に方向転換するとすれば、現在の臨時バス停(旧・日本庭園前)で行われたと思われるのです

が、それならば「12 日本庭園前」で問題無いはずなのに…何故?

「南春日丘西」が出来た時には既に外周道路上に「日本庭園前」バス停があったとの事ですので

設定理由が謎な路線です。現在「18」は鳥飼五久行きが使用しており、復活する事は無いと思

われます。

このバス停までが、茨木市内である事が関係があるのかもしれません。

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現在、万博記念競技場でガンバ大阪の試合がある場合に、臨時運行のバスが出る事があり

ますが、方向幕は「臨時」を使うようです。折角「サッカー会場」という幕(写真D)があるのです

から、行きはそれを活用して欲しいと、個人的には思います。


§3:これからの近鉄バス鳥飼営業所

近鉄バスが、茨木/摂津地区で走りはじめて35年が経ちました。昨年に「近鉄バス」として新たな

歴史を刻み始めて、1周年。

エルガミオ(ワンステップ)、日野ワンステップ車等新車の投入も行われ、関西一円の共通カード

「スルッとKANSAI」への対応も社内でいち早く対応化されました。

厳しい環境の中、積極的な前向きな姿勢の元、これからも市民の足として親しまれる近鉄バスと

して、発展していって欲しいと思います。

ありがとう 1周年

 


バスの画像(写真A〜E)は”らじめにあん”様より御提供を頂きました。ありがとうございました。


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by TenkoAnton