編集部は洗練された蛸部屋


編集部には、空がない。
窓はある。
だが窓際には資料や本や撮影待ちの商品などが、うずたかく積み上げられてしまっているのだ。
それらは窓の下半分を、ほぼ隙間なく覆いつくしてしまっている。
だから机に座って仕事をしていると、窓から空を見ることができない。
もしかするとこれは会社が、わざとそのように仕向けているのでなかろうか。
かなり前から大石は、そんな疑いを抱きつづけていた。
少なくとも自分に関するかぎり、これは大きな効果をもたらしているようだ。
空が見えれば、時間がわかる。
まだ昼間と呼ぶべき時間帯なのか、それとも夕方が近いのか。それらを光の向きや加減によって、大まかに感じとることができるはずだろう。そして空が暗くなったら、夜が来たなとわかるのだ。
しかし空が見えなくては、時間の流れがわからない。
編集部にこもって仕事をしていると、時間の流れから取り残されてしまったように感じることが時おりある。まるで自分だけ川の流れが淀んでいるところへはまりこんでしまい、そんな自分の頭の上を時間が素通りしていくように感じられるのだ。
ふと気がついて頭を上げ周囲を見回すと、いつの間にやら真夜中になってしまっていた。そんな経験が、これまでに果たして何回あっただろうか。
まるで玉手箱を開けた時の浦島太郎の驚きを、毎晩少しづつ味わっているようなものだ。 確かに集中して仕事を行なうためには、適しているのだろう。社員に時間のことを意識させず、毎晩おそくまで残業をさせる効果もあるようだ。
まるで時刻もわからない蛸部屋で、無理やり仕事だけに集中するよう仕向けられているような気がする。




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