「こちらでは気を使っているつもりなのに、それがかえって逆に受け止められてしまうことって多いですよね。労働条件の男女差をなくすべきかどうかという問題も、そのいい例だったんじゃないのかな。かつて女性の深夜労働が禁じられていたのは、もともと女の人の立場に配慮した措置だったはずでしょう。しかし女性が積極的に社会へ出ていくようになった今、それがむしろ女の人にとっては足かせになってしまっていると言われはじめたわけじゃないですか」 いきなり堀部が話を大きく広げ、社会問題にまで発展させてしまった。この会社へ転職してくるまで彼は、別の会社で新聞の編集をしていたという。そのため考え方が社会的だというか、ともすると広い視野から物事を眺めようとする傾向があるようだ。 「それと同じように大石さんも、自分では女の人に気を使っているつもりなのでしょう。そんな大石さんの気配りが、だけど相手によっては逆効果になってしまう場合もあると思うんですよ。男と同じように働きたいし、同じ土俵で評価して欲しいと望んでいる女の人も世の中には多いわけですから」 「堀部君の言うことも確かに、わからないとは言わないよ。でもそれは一般論であって、この会社では少なくとも通用しないんじゃないかなあ。なにしろ仕事に対する意欲や成果を正当に評価できるだけの仕組みが、この会社には全く存在していないからね」 「わがアサシンの場合は特別だと、大石さんは言うわけですか」 株式会社アサシンというのが、大石たちの勤めている会社の正式な社名だった。暗殺者という意味を持つ、英語のassassinという単語から名付けられたものらしい。マスコミ業界における必殺仕事請負人、とでもいうような意味をこめたつもりの名前なのだろうか。ちなみにアサシンという英単語は、麻薬のハッシュシから派生した言葉なのだそうだ。中世の中近東における暗殺者がハッシュシを好んで用いたため、この言葉が一般的に暗殺者を意味するようになったのだという。とはいえ自分の会社にアサシンという名前を付けた社長が、そのことまで知っていたのかどうかは定かでない。 |