夢を、見た。

未完成な空間、紫紺の空。
切り立った崖の上から荒れ果てた荒野を見下ろしていた。
ゴウゴウと吹く風が耳に煩い。

しばらく何もない大地をただ見下ろしていると
一つ、荒野に灯りが点った。ほのかに桃色の光を放つ灯りだった。
ひとつ、ひとつと灯りは増え、やがて荒野を覆うかのように灯りは増えてゆく。
ああ、光の洪水だな、とぼんやり皇はその光景を眺めていた。
眩しいわけではない。不思議と暖かい光だった。
荒野へと吹く耳障りな風が頬を嬲る。風に混じる人の声。

すべてを与えられ、私は奪われた。
私はあなたの望むすべてを与えてあげましょう。

さぁ、あなたの望みは何?

望み…俺の望みは…

あなたは知っている。ここは無限の大陸。
約束の荒野。

n

n

n

n

「………あ?」
光が眩しかった。窓から差し込む陽光だと気付くのに10秒。
左腕に巻かれた時計に目をやる。おし、まだ10時半。否良くもないか。
ぎしぎしと軋む体をうんと伸ばして体を起こす。途端目に入る阿鼻叫喚。
「……………」
見なかった事にしたい…
広げられたソファベッドに睦美とヒカル、床に音遠。どうせあすかはちゃっかり自室のベッドの中だろう。
俺はと言うと音遠と同じ床組で、絨毯が敷かれていても尚堅い床に寝っ転がっていた。
昨晩は夕食にカレー。その後買い出し組の土産のビールとヒカルの手土産の日本酒を全員で
心行くまで飲んだ。まず潰れたのは睦美だったか音遠だったか。
とりあえず皇は最後まで大丈夫だった。酒には滅法強いのだ。
ふにゃふにゃと音遠が床に沈み、潰れた睦美をソファベットに引きずって、ヒカルも一緒に寝てしまったのを
見てから床に散乱している缶類をゴミ袋に入れた所までは覚えている。
ごそごそ移動して頭を巡らせるとキッチンの脇にはきっちり口を結ばれたゴミ袋が置いてあった。
見た所ちゃんと片付ける物は片付けた様だ。
炊飯器もちゃんと蒸気を吹いていて炊けた事を示しているのに、いつセットしたんだっけかと首をかしげる。
意識はなくともしっかりやる事はやっておくのも皇の癖の一つであった。
そうかそうか、今度は朝飯かよ……
朝だし飲んでたし軽く雑炊にでもするかと立ち上がり卵を冷蔵庫から取り出す。
なんだかんだいいつつもしっかりと働いている自分が悲しかった……


その日は二日酔いが続出して1回休み。
ちょっと待て、呑気に掃除機かけて食器洗ってる俺って一体?!
「ひーさん」
「なんだよ」
「あんまり深く考え込むとハゲるよ」
俺の隣で黙々と食器を拭いていたヒカルがかけてきた声はどことなく実体験を語る経験者のモノを思わせた。
「………肝に命じとく」

n

nn

「さて!」
「無事に二日酔いも回復〜★」
「二日酔いには迎えざ……」
とりあえず最後の音遠の一言は後頭部に一撃で黙らせておく。
「ひーさん痛い」
「ならいちいちツッコませるような事を言うんじゃねぇ」
一日たっぷり休みをとって、今は夜。
今日の夕食時はさすがに酒類は禁止して、皇以外は出発の準備とやらに取りかかっていた。
「はい、ミコちゃんはコレ」
「………着れってか?」
睦美から差し出されたのは黒くて薄い綿シャツとこれまた黒いジップアップベスト、その他に小道具。
ベストには金具やらポケットやらがごろごろついている。
「着ておかないと敵から受けるダメージ軽減できなくて一発で死んじゃうよ〜〜」
「へいへい」
『敵』という言葉に一瞬ピクリと耳が反応した。以前目にした異形の事だろう。
本当に再びあの世界に足を踏み入れようとしているのだろうか。しかし何故俺達が?

何故、俺達なのだろうか?

「ミコちゃん」
「あ?」
少し考えに耽ってしまった所為だろう、睦美が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「恐い?」
「は?」
「じゃなきゃなんでなにも関係ない自分がこんな事しなきゃなんないんだろうとか思ってない?」
「……………」
否定は、しない。あの世界と俺とに何の関係があると言うのか。
いや、あるにはあるか。パンドラという単語、消えた家族。
すべての手がかりがそこにはある筈。
「恐いわけじゃない」
それは本当。恐怖を克服し、立ち向かっていくだけの精神を皇は持っている。
「ただ」
「ただ?」
「面倒くせェだけだ」
本当にげんなりと吐き捨ててみせた皇に、睦美のはぐらかす事を許しはしないような
光を放つ瞳が少し和らいだ。
「めんどーくさがりなんだね、ミコちゃん」
「当たり前だろ」
何が悲しくて自分の利益にもならん事をしないとなんないんだ。
「でも、これはミコちゃんにしかできないことなんだよ」
「俺にしか?」
「そう、だから」

頑張ろうね、みんな一緒に居るから

そういって睦美はふわっと笑った。

「おー、ひーさん似合う似合う」
渡された服を着て聖堂の方に行くと既に皆集まっていた。
「お前らは服替えねェの?」
「この服で最初っから対応してるのさ〜〜」
「アンタのは普通の服だったからね」
「選んだの私〜〜〜」
もうちょっと明るい色にしたかったのに〜と残念そうに呟く睦美を見ていると
なんだか体よく着せ替え人形にされたような気がする、いやきっと気のせいだろうが……
「さて、こっちの準備も整ったよ」
聖堂の机に持ち込まれているデスクトップPCを叩きながらあすかが声をかけてきた。
「ソレ自作?」
「そのとーり」
あすかの後ろから覗き込んでみるとディスプレイには見た事もないソフトが立ち上げられている。
使われている言語がすべて英数字な所を見れば何かのプログラムだろうか。
デスクトップに並ぶアイコンには『PANDORA』の文字。
「立ち上げんのソレ?」
「なーに今さらビビった?」
「阿呆が」
どうして皆そう下らない事ばかり聞いてくるのだろう、恐いかどうかなんて知るか。
あすかの後頭部に一撃叩き込んでやって振り返る。
「行くんだろ?さっさとしやがれ」
「ハイハイ。あ、そうだひーさんロープレってよくやる?」
「やるけど」
何だよ、と聞き返す前にあすかがそうかそうかと楽しそうにキーを叩きはじめる。
「なら演出も張り切っちゃおう」
かちっとマウスの音が鳴ると同時に聖堂のちょうど十字架の下が光った。

n
n
n
n
n
n
n
n
n
n
n

「ッ………?!」
「ハイ転送ポートの出来上がり〜〜」
強く光った後には、公衆電話位の大きさの装置が置かれていた。
無数にコードが絡み合っていて、そのうちの1本がPCにのびている。
「……………………これって」
「ふぅちゃん張り切ってるね〜〜〜」
いや、論点が……
「ひーさんひーさん、あんまり深く考えない方がいいぞ、こんなのまだ序の口だから」
「序の口?」
「今から行くのはモロRPG」
「いやーひーさんロープレ慣れててくれて良かったわ〜」
良くやるとは確かに言った、言いはしたが。RPGと言う事は…………
「剣と魔法の世界ってヤツ?」
「そうそうレッツファンタジー」
それはつまり魔物と戦いあらゆるダンジョンの仕掛けやらトラップやらを突破し
成れの果ては主役級なら世界まで救っちゃうと言うヤツの事だろうか。
たしかにゲームは良くやるし慣れている。駄菓子菓子、そんなサバイバルじみた冒険に慣れてるなんて
誰が言ったかコンチクショウ!!ドラゴンと戦えとでも言うのかテメェは!
「あーれービビった?」
遠い目の皇を見てにやにやとからかうあすかにもう皇は半ばヤケだ。
「あーあー分かった分かった。全くの一般人な俺にいきなりバケモンと戦ったり長い長い道のりを歩いたり
じめじめ暗い洞くつでも攻略してこいってんだな!」
行ったろうじゃねェか!と地団駄踏んでみせる皇。こんな時に地団駄踏むのもどうよお前。
「おうおうその意気」
はいあそこ行った行ったと転送ポートを指差され3人の後について行こうとするが寸でで立ち止まる。
「お前は行かねェの?」
「私はここで皆のナビゲート」
………つまりひとり安全な場所で高みの見物ってワケかい
「ま、危なくなったら呼べよ」
助けに行くからさ、と笑顔を向けてきたあすかにうげ、と皇はあからさまに顔をしかめてやった。
「誰が」
「それなりに役には立つんだぞ」
「はいはい」
一人、一人と転送機に入り、皇もポートへと足を踏み入れる。
光の粒子が体にまとわりついてきて、ふわりと体を浮遊感が包むのが分かった。
不思議と落ち着いているのがなんだか可笑しい。まったく自分の順応性の早い事だ。
「行ってやろーじゃん」


どこへでも

だんだん集まってくる光が眩しくて、皇はそのまま目を閉じた。

n

n

n

n

n

閑散とした聖堂に、HDの回転音とかちゃかちゃキーを叩く音だけが響いている。
黒いHMDに反射して流れるディスプレイのプログラム。

PANDORA DevelopperVersion1.02
<1998-2002 This program made by C/Hisame>

Lang Mode:JP
Boot:emulation 3

# cd /usr/local/src
# tar xvzf CF-3.7Wpl1.tar.gz
# cd CF-3.7Wpl1
# make cleantools
# make tools

device = jplang.sys
Ok.

#/etc/squid/squid.conf

http_port 8080
icp_port 3130
hierarchy_stoplist cgi-bin ?
acl QUERY urlpath_regex cgi-bin \?
no_cache deny QUERY
cache_mem 8 MB
cache_swap_low 90
cache_swap_high 95
maximum_object_size 4096 KB
cache_dir /var/spool/squid 100 16 256
cache_access_log /var/log/squid/access.log
cache_log /var/log/squid/cache.log
cache_store_log /var/log/squid/store.log
cache_swap_log /var/log/squid/cache.log
debug_options ALL,1
client_netmask 255.255.255.0
ftp_user fujito@ppp.bekkoame.ne.jp
refresh_pattern . 4320 1000% 4320
reference_age 1 month
acl workgrop src 192.168.1.0-192.168.1.255/255.255.255.0
acl all src 0.0.0.0/255.255.255.255
acl manager proto cache_object
acl localhost src 127.0.0.1/255.255.255.255
acl SSL_ports port 443 563
acl Safe_ports port 80 21 443 563 70 210 1025-65535
acl CONNECT method CONNECT
http_access allow manager localhost
http_access allow workgrop
http_access deny manager
http_access deny !Safe_ports
http_access deny CONNECT !SSL_ports
http_access allow localhost
http_access deny all
icp_access allow all
cache_effective_user nobody nogroup
cachemgr_passwd ********all

日本語変換プログラム<Hisame Ver5.21C>
日本語表示を可能にしました。

>>connect
Ok.
全ハードディスクのプログラムチェックを開始します。
-->100% Checked
ファイル破損及びクラスタ破損は見つかりませんでした。

------------------------------------------------------------
warning!!
このプログラムはAdministratorが許可したIDしか起動しません。
------------------------------------------------------------

Login ID:k-hisame
Password:*******

ようこそk-hisame。
前回ログオフ時間は**年**月**日 00:00:00です。

**** * ** * **** ***** ******** *
* * * * * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * ******** * *
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* ******* * * * * * * * * * *******
* * * * ** **** ***** * * * *

データリンク完了しました。
His-3へConnect
His-2へConnect
His-1へConnect

全ての準備が整いました。開発モードで作動します。

#include<math.c>
ns # /etc/root/bin/trasport start

Transport Mode start.

<transport.conf>
image File = Transport
AddModule = hisamesystem.c
AddModule = clear.c
AddModule = state.c
AddModule = info.c
AddModule = emulation.c
LoadModule = person.c
LoadModule = item.c
LoadModule = magic.c
LoadModule = weapon.c
LoadModule = graphyc.c
MakeModule

TransportPoint:ムゲンタイリク
(x,y)=536,270
TO:ディアズレンゴウキョウワコク
Person:4
State:Condition Green

//////////
complete!!
//////////

>転送照準、ムゲンタイリク536・270、転送先、ディアズレンゴウキョウワコク、人数4名 無事完了。


無事終了した転送ログを見て、まだ気は抜けないのだけれど溜息を一つ。
皇は、あそこを見て何を思い、どんな事をしでかすのか。

「さーて、どうなる事やら」

なにはともあれ

「神の御加護がありますように、なんてね」

一瞬だったのか実は何十分もかかっていたのか、全く時間の感覚のないまま眩しさにイカれた目を瞬かせた。

空が青いなぁ。

だだっ広い草原に広がる緑色に薄い水色から鮮やかなブルーへのグラデーションを眺めつつ
そんな事を考えてみた。
現実逃避などでは無い。多分。
「ひーさん大丈夫?」
「…………おう」

何やら怪しげな模様の入った石造りの台に立っていた皇は、少し下に居る3人に習って
のそのそと台から降りた。
「無事到着〜〜〜」
「したはいいけどよこれから何すんだよ?」
なんとか電脳空間へ入り込めたのはいいとして、これから一体何をするというのか。
『はいはいー皆ちゃんと無事付いてる?』
「?!」
声に出して驚く間も無く目の前に四角いヴィジョンがあらわれる。ディスプレイなど何も無いのに、だ。
ヴィジョンにはHMDを装着したあすかが肩上位まで映っていて、にこやかに(と言っても目元は
見えていないのだが)こちらへ手を振っていた。
「…何だコレ」
『何ってオペレーターの私が居ないと皆の外部サポートが出来ないじゃ無いか』
「そうなのか?」
「うむ」
ヴィジョンを呆然と指差す皇にヒカルが相槌を打った。
『さて、んじゃーこれからしなきゃいけない事の概要を音遠君に説明してもらいますかー』
「お任せあれあすか君!」
「なんだかノリが分からなくなってきたぞオイ」
「まぁまぁいいじゃない。さて、これからオイラ達のやる事はひーさん一家の捜索と
パソコンの前で倒れた人々とパンドラとの関連性、及びパンドラの正体の解明。
そんでもってできるならば然るべき処置を執ること」
「ほぉ」
『まずはひーさんのお父さんからの手紙にあった『約束の荒野』の探索だね』

―約束の荒野で待つ、その言葉が不意によぎる。

「つかやる事多くねぇ?」
「頑張ろうねぇ〜」
きゅうと抱き着いてくる睦美の腕はそのままにしておく事にした。どうも相手が相手でやりにくい。
『一応その前に道案内が来る手筈になってるよ』
「道案内?」
『そう』
この世界に詳しそうな人は居た方が何かと便利っしょ?とあすかは言うが
道案内と言うのだからこの世界の地理に詳しい人間=電脳空間の人間=Not生身?
いや人間と限られた訳じゃ無いか、何か機械とかそう言うモノなのかもしれない、いやしかし。

「…………人間?」
「人間って、そりゃ人間だけど?」
「どんな」
「どんなって…」
うーんと考えて一言。
「かわったひと」
「お前らが言えた義理かよ」
「うわひーさん酷ッ」
「類は友を呼ぶ、だな」
「ヒカさんまでー!」
『11時にここ、って言ってあるからそろそろ来るよ?』
「まったく常識の枠に入らない場所で待ち合わせなんかするんだな…」
ちらと左腕にはめていた時計を見る。10時58分。
「ていうか俺何の経験も知識もねぇんだけど」
『うん?そうだろうねぇ何の情報も与えないまま放り込んだから』
「オ‥」
『でも御両親を助けたいよね?』
「…………………おう」
『なら頑張るしか無いじゃ無いか』
「それで死んだらシャレになんねェだろうが」
「その為に我々がいる」
ヒカルがふわりと微笑んだ。
「大丈夫だよ」

「それだけではないだろう」
「?!」
当たり前だが驚きの連続だ。突然知らない声が入ったのだから。
「この世界は想いがすべてを可能にする。何かを成し遂げたければ想え、強く」
静かな、抑揚のない、だがどんな雑踏に紛れていても聞こえそうな良く通る声だった。
「おっ、猩君御到着?」
「あぁ」
声がしたのは先刻皇達が降り立った台の上。透き通った文字の羅列がゆっくりと形を成してゆく。
完全に整形されたその姿は、漆黒の毛並みと細い肢体。金の目輝く一匹の黒猫だった。
「…………………ヴァイ?」
「へ?」
「いやウチの飼い猫。ヴァイっつーんだけど」
猫と言うものは同じ種類でも全く同じ、という事はない。何かしら特徴はあるものである。
だが今足下まで降りてきた猫は氷雨家の飼う、黒猫ヴァイそのものだ。
「……………」
見上げる猫からの反応は無い。そっけない態度がますますそっくりだ。
「人違い…じゃなかった猫違いでしょひーさん?だって彼は御…」
「いや」
音遠の声を遮るように猫が声を発する。ゆっくりと金の瞳がこちらを向いた。
大きな、猫独特の眼はちらとも動かない。
「お前の名は?」
「…皇。氷雨皇だ。HNは御木だけどな」
大きな瞳が、錯角かと思える程にほんの僅か一瞬揺らぐ。
「…………………………………そうか」
「何だ?」
「………俺の事はヴァイでいい」
「へ?ちょっとちょっと猩君?」
「ヴァイ、だ」
訳が分からないと混乱顔の音遠からふい、と顔を逸らしヴァイはとことこ小さい足であすかの方へ向かう。
『あぁいいよ私が移動するから。しょ…いやヴァイ君だっけ』
ヴン、とヴィジョンは一瞬消え、次の瞬間再び現れる。黒猫の目線に合うように。
『さって、ヴァイ君。コイツらの案内頼んだよ?』
「あぁ」
『ついでにひーさんにはなーんの知識も与えて無いから』
「…………………」
猫に感情があるのかどうかは謎だが、今の視線は確かに非難がましかった。
『何か最低限身を守れる位の武器無いかな?』
「それ位の用意もできなかったのか?」
『うん、こう見えても多忙でね。あと武器に一つ心当たりがあったから』
「…………………猩々緋か?」
『御名答〜』
「…………………………………………」
にこりと笑うあすかと見比べて、猫はどこまでも無口だ。
「……………アレを使うのか?」
『ひーさんなら、と思ってみたり』
「…何の話だ、アレ」
遠巻きに2人(?)のやり取りを見ている俺は、これまた見物に徹していた音遠に小さい声で聞いてみる。
「ひーさんの身の振り方の検討じゃ無いの?」
「即戦力にもなんねぇぞ多分」
「それは承知の上だ」
分かっていても他人から言われると少しイタイ。本当の事だからいいけどな。
しばらく猫と生首は何やら話し込んでいたがしばらくして猫が折れた。
「………………………こっちへ来て早々気力を使いたくは無いのだが」
その様は正にやれやれ、と言った風。とてとてと皇の前まで歩いてきてその姿がすぅっと崩れる。
「?!」
完全に猫が消えた瞬間、再び透けた文字の羅列が集結し今度はゆっくりと大きな形を成していった。
そう、それは人の形。
「……………………………うわ」
じっとその様を見つめる事数分。皇の目線よりも大分上に、無機質な瞳があった。
「………………」
腰まで垂れる漆黒の髪、同じく瞳に着ている衣装まで黒い。それと対比するかのように白い肌と
感情を持たないような表情に一瞬ゾクリとする。
息を飲む程美しいが、生きている人間の表情には、思えなかった。
「…ヴァイ、か?」
「あぁ…」
少し待て、と言ってヴァイは睦美にPCを借りるとかたかたとなにやらを打ち始める。
それから次の瞬間目にしたものは、初めて見る、異質な光景だった。

「…天創り七つの神よ、我が名はヴァイ・L・セトラ。血と赤の盟約に拠り、我は願う。」
自らの指を短刀で切り、空間に指を滑らせていく

「古に封じし我が力の一振りを今ここに」
まるで紙に書いているかのように、何も無い空間に赤い文字が走り

「我が血を証として…………………召喚せん」
ゆっくりと、形を成していった。

赫い、赫い、一振りの剣が。

「これを」
「は…?」
剣を眼前に突き出されて俺は一瞬戸惑う。
刀身から柄に至るまで、飾り気は無いが滴る血のように赤い剣だ。
これを、俺に使えと言うのだろうか?
「この剣は、使う者を選ぶ」
静かな声が、しっかりと耳に届く。
「前の使い手の手を離れてから一度も、何人たりともが手にする事を許さなかった」

だが

「お前が生き残る為に、何かを成す為に、絶対的な想いを持つのなら…
これの刻も、お前の物語も、動き始める」

絶対的な想い…

何に体する想いだろうか

倒れた人々を助けたいなんて想いではまずあり得ない。そこまでお人好しなどでは無いのだから。
全てを知る為、足手纏いにならない為……………家族を、探し出す為。
全ては自分の為だが、それでも、そんな想いでもいいと言うのなら。

しっかりと剣の柄を握りしめた。

「‥‥‥ッ?!」

―瞬間、俺の中に『何か』が流れ込んだ

それは古の記憶、……何となく分かってしまった。

あぁ、これはコイツの記憶。
赫い、アカイ、夢。
コイツが、たった一人だけ認めたのは、綺麗な、綺麗な紫の髪を持つ少年だったらしい。

ごめん、な?
少しだけ、こいつ借りるわ。
膨大な記憶に飲み込まれないよう、柄を握る手に力を込める。
記憶の中の少年は、太陽みたいに笑った。


「…………………形が」
記憶が流れ込んできたのはほんの一瞬。
剣は本来の赫い塊に戻り、そして再び姿を変えた。
それは、赫い一振りの棍。
ほっそりと軽く、手に馴染む。
「猩々緋はお前を主人と認めた」
淡々と言葉を紡ぐヴァイの表情は相変わらず読めないが、どこか寂しそうで。
「新たに時は動き出す。…お前の物語が」
「俺の?」
「あぁ。俺は………見届け人だ」
『私達もね』
「うんうん」
棍をトントン、と肩に乗せ、ふぅと息をつく。
俺の物語だかなんだか知ったこっちゃ無いが今は進むしか無さそうだ

「うし、なら行くか」
「おう!」

―約束の荒野へ

++