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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのとお
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 ツヴァイ >  

 「あ……」
  気が付くと、ヒロの視界にまた、あの男の姿が見えた。
  白いシーツの上に寝かされたスズを見下ろし、なにやらブツブツと呟いている。
 「やめろ!」
  ヒロはガバッと起きあがり、再び飛びかかろうとしたが、スッと視界が黒くなり、そのまま膝
 を突いてしまった。
 「寝ていろ。急所を外しているとはいえ、手加減などしてねェ」
  男はヒロを見もせずにそう言った。
 「何なんだよ、あんたは! スズがなんだっていうんだ? どうなってるんだ!」
 「順番に訊け」
  矢継ぎ早に言うヒロだが、男は一瞥した。
 「じゃあ、アンタは何だよ?」
 「来須狩矢」
  男――来須はその鋭い視線をヒロに向けていた。
  黄色いサングラスの下の目は直視するには耐えられないほどの鋭さで、ヒロは目をそらした。
 「じゃあ、スズはどうなったっていうんだ?」
 「今は気絶させている」
 「そうじゃなくて! 何なんだよ、状況は!」
 「これを見ろ」
  来須はスズの唇をめくって見せた。
 「……コイツの歯並びの悪さは知ってるよ……」
 「そうじゃねェ。八重歯が大きくなってるとは思わねェか?」
 「八重歯・……?」
  ヒロが視線を集中させると、確かに八重歯が大きくなっていた。
 「でかいなァ」
 「……そのうち、もっとデカくなる。牙くらいにな」
  その来須の言葉に、ヒロが大げさに両手を上げた。
 「ちょっと待てよ! 吸血鬼じゃないんだぜ? 何で牙なんて――」
 「噛まれたからだろう」
  何でもない、といった来須の一言。
 「冗談――」
 「でもない」
 「冗談だ! 昼間に会ったけど、どってことなかったんだぞ!」
 「誰かが、発病を止めていたんだろうな。もっとも、止めた本人は『止まった』と勘違いした、
 お目出度いヤツだったみてェだがな」
  来須はフンッと鼻を鳴らした。
  ――止めていた? 今日、スズに関わってんのは、僕と……
 「葵センセ!?」
 「葵……? 美里 葵か?」
 「あんた、知ってんのか?」
 「……同僚に少し聞いただけだ。まぁ、いい。まだなりきってないようだから、この女は置いて
 いく。完全に吸血鬼になるまでは手を出せん」
  来須はコートの裾を翻すと、玄関の方へ向いた。
 「ちょっと待てよ! どういう――」
 「いくつか忠告しておく。吸血鬼になりそこなっているが、そいつの身体の八割は吸血鬼だ。吸
 血衝動は性欲衝動を伴うからな。その手のことを、話したり聞かせたり、させたりするんじゃね
 ェぞ。仕事が増える」
  ヒロの話など聞く耳持たない、と来須が玄関から出ていく。
 「ちょっと待てよ! スズはどうなるんだよ!?」
 「……一週間くらい家でオタクしていろ。そのうち、解決する」
  玄関の外から、そんな冷たい声が聞こえた。
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 遼来来 > 

 「一週間っ!? スズをこんな状態のまま、一週間って――」
  どたどたと廊下を駈けて玄関の外を見回したが、来須とやらいうわけのわからん不気味なおっ
 さんの姿は、もう闇にまぎれて消えていた。 

  釈然としないまま、スズが寝かされている部屋に戻る。
 「はぁ? 吸血鬼? 伝奇SFの読み過ぎなんじゃねーのか、あのおっさん……」
  静かに眠るスズの寝顔を見ながら、ヒロはひとりごちた。 

  だが、確かに――昨日からのスズの異常、妙な現象、「牙」の存在。
  それらは、まさに「その世界」そのものではなかったか。
  そして、葵せんせの態度も――。 

 「――! 葵せんせだ! すべては、せんせに訊くしかない!」
  だが、今はもう真夜中だ。電話番号を知らないわけではないが、いくらなんでも不躾――。
  などと、考えるヒロではなかった。思いつくと同時。即、実行した。

  トルルルル……トルルルル……。

  呼び出しベルの音がいつまでも響くばかりで、一向に繋がる様子はない。
 「なんだよ――寝ちゃったのかな? 頼むよせんせ……起きてくれよ……一大事なんだよ……」
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