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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのとおのよん
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 ツヴァイ >  

 「ヒロくん!」
  後ろから、美里の声がした。
  ヒロは立ち止まって、チラッと後ろを見た。追ってきそうな事くらいは、予想していた。
  そして、心のどこかでは、それを望んでいたのかも知れない。
  しかし、今、それがどれだけ煩わしいかも、感じていた。
 「ヒロくん……」
 「……なんですか?」
  自然と、対応も厳しくなる。
  そんな自分に自己嫌悪しながらでも、ヒロは今の自分を鎮めるには、誰かに当たる事しか思い
 つかない。
 「……スズちゃんのところ、行きましょう?」
  優しい美里の言葉。
  しかし、それがこれ程までに鬱陶しく思えるほど、ヒロは、自分を見失っていたのだった!
 「僕に、何ができるって言うんですか? 何も、できやしない……。壬生って人も、とっつぁん
 も、僕にできる事は、たったあれだけみたいな言い方した! そんなことしか、僕にはできやし
 ない! ……スズを、助けることなんて、僕にはできないんだって! なんだって、僕の手の届
 かないところで事が進んじまうんだよ! なんで――」
  ヒロは溜まっていた鬱屈を、言葉に変えて吐露していた……。 
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 山椒亭Gまる >

 (……最低だ)
  今までヒロが聞いた僅かな情報の中からも、葵先生がスズの――自分たちの為に一生懸命にな
 っていたということ位、わかっていたのに。
  今まで美里が何も言おうとしなかったことも、事態がはっきりしないうちに余計なことを伝え
 たくない、という思いやりだったことも、少し考えればよくわかることだと、ヒロも気付いては
 いたのだ。
 (なのに、自分の余裕の無さに振り回されて、僕は葵先生の優しさを踏みにじったんだ。スズを
 救えず、先生も傷つけ――僕は、僕はどうしてこんなに無力なんだ……!)

 「ヒロ君……」
  美里の、優しい声がヒロの耳に届く。
  はっとして顔を上げると、美里はいつもの優しい微笑みをヒロに向けていた。
  いや、いつもよりももっと深い、それでいて強い意志を秘めた、そんな表情。
  ……こんな時だというのに、ヒロは一瞬美里に見惚れてしまっていた。
 「確かに、犬神先生のいった言葉は、ある意味では正しいわ。でもね、あなたの、その、大切な
 人を守りたいという気持ちも当然のこと――」
  そう言って一瞬言葉を切ると、美里は自分の右手を包むようにして、両手を胸に当てた。
  僅かに伏せたその目線を追うと、指の隙間から、かすかに緑色に輝くものが見えた。指輪だ。
 「例え根本的な事態を解決できる力が今のあなたには無くても、それが全てではないわ。――今
 も、そしてこれから何が起こったとしても、スズちゃんを支えてあげられるのは、ヒロ君、あな
 ただけなの」
  そういって、美里はまっすぐにヒロを見詰める。
 「犬神先生の言葉を借りれば、その患者のためにできることは病気を治すことだけではないのじ
 ゃないかしら。あなただけにできることが、絶対にあるわ。人は皆、そうした運命――≪宿星≫
 を持って生まれてくるのだから」
  穏やかだけれど、とても強い瞳。
  美里の言った≪宿星≫という言葉がやけに心に強く響く。
  なぜかヒロは、美里の言うことが単なる説得や慰めではないと、実感していた。
 「僕だけが、できること……」

 「ヒ〜〜〜〜ロ〜〜〜〜〜〜〜ッ!! ちょーどええところにっ!!」
  その場の空気をぶち壊すような、どうしようもなく場違いな大声が、美里の後方から響いてき
 た。
 廊下に響き渡るエコーと共に、その声の元がかけよって来る。
 「おっ、センセ、おっはよ!! ヒロ、ちょーどええ所におったわ。ちょいとつきおうてくれへ
 んか? さっき突然用事が入ってしもたんやけど、一人じゃエライ面倒臭ーて!!」
  このけたたましいのは、同じ2−Cに所属する、ヒロの友人だ。
  悪い奴じゃないのだが、父親が古物商だかなんだかで、昔から日本全国を飛び回っていたため、
 時折わけのわからない方言が飛び出す癖がある。――どうやら、今は関西弁の時期にあたってい
 るようだった。
 「センセ、お話し終わった? 終わったならちょっとヒロ借りますわ。それと、今日の出席、俺
 ら二人とも遅刻にしたってや。そんじゃ、またあとで〜!!」
  一人で大声で叫びつつ、唖然とする美里を尻目に、ヒロを引きずってダッシュして行く。
  あっという間に美里の姿は、ヒロの視界から消えてしまっていた。
 (チクショウ〜、まだ話したいことがあったのに!!)

 「おい、いい加減に話せよ、いってぇな、ったく!」
  先ほどまでとはまったく違う苛立ちに任せて、ヒロは自分を引きずる少年を睨みつけた。
 「お? 悪い悪い」
  そういいながら、まったく反省していない顔でヒロの首根っこから手を離したのは、すでに学
 校の玄関にたどり着いたあとだった。
 「おい、いきなり人を攫いやがって。付き合えって、一体どこにだよ。しかも勝手に人を巻き込
 んでサボりやがって。僕の皆勤賞を返せ!!」
  怒りのままに、一息でそう言い放つ。
  しかし敵は、まったく答えていない顔でけろりと答えた。
 「おまえ、もうすでに一回学校早退しとるやん。今更一回ぐらい遅刻増えたって変わらへんわ。
 まあ、そうおこんなや、交通費も俺が出すし、昼飯に王華のダブルチャーシューと餃子おごって
 やるさかい」
  ニコニコと人懐っこい顔でそういわれ、ヒロはすっかり力が抜けてしまっていた。
 「……いや、もういいよ。で、一人じゃ大変な用事って、何だ?」
 「おう、それがなぁ、さっきオヤジから電話来たんやけどな、何でも取引先に商品が入荷したと
 かで、自分が忙しいてとりに行かれへんから、俺に代わりに行って来いゆうてな。まあ、それが
 一人じゃ持ちきれへんだけあるとか言いよるけん、ちょいとオマエに手伝ーてもらお思ったとい
 うわけや。まったく、人使い荒い親もつと大変やで〜」
  あっはっはっはっは、と笑いながら言う声に、ヒロは完全に毒気を抜かれていた。
  内心、人使いが荒いのはどっちだよ、とか思いつつ、行き先を聞く。
 「で、どこまでついて行きゃいいわけだ?」
 「おう、北区の骨董品店でな、えらい古いトコやて」 
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