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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのにじゅうに
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 山椒亭Gまる >

 「……浅葱、さん……」
  葵のかすれた声に、ヒロは顔を向けた。
  真っ青な顔に、頬を伝う涙。葵は、もはや動くことのない浅葱の傍にしゃがみ込み、その手を
 握っていた。
 (……なんなんだよ、コレは)
  ヒロは呆然とその葵の姿を見つめていた。
  自分は、ただスズを助けたい一心でやってきたのに。幼馴染が吸血鬼となってしまったという、
 ブラックジョークのような事実をつきつけられ、それでも何とかできないかという必死の思いで
 葵に付いて来て――。
  その自分の目の前で繰り広げられた光景が事実だと言うのなら、それはブラックジョークより
 更にタチが悪いものだった。
 (なんだよ! なんなんだよ、一体!!)
  初めて目の当たりにしたあまりにむごい“闘い”に、ヒロは完全に恐慌状態に陥っていた。
  大声で叫んで、目の前の出来事を全部否定して、コレはただの夢だとわめき散らして――すん
 でのところで、そうなることを押し留めたのは、葵の呟きだった。
 「ごめんね、ごめんね……!」
  握っていた手を胸に抱き、彼女のために涙を流す。その、痛々しいまでの優しさが、逃げよう
 とするヒロの心を、現実に引きとめた。
 「先生……」 
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 ツヴァイ >  

 「……あれで、よかったの? 向こうのオカマさん達も、案外、来須の仲間だったりして?」
  バイクの後ろに乗っている女が、運転している男に話しかけた。
  男のバイザーから覗く顔は恐ろしく白く、そしてその双眸は赤い。
  アルビノ――先天性色素欠乏症候群特有の、網膜に映っている、まさに血の色だ。
 「……吸血鬼は血を尊敬し、血に敬意を払うものさ。だったら、その血を穢がすモノは、地獄に
 落とすしかない」
  男の声は高い。セカンドアルトくらいか。黙っていれば、女性でも通じるかも知れない。
 「シェラ・アグリッパ。俺たちの仕事は、吸血鬼を狩る事だけだ。人助けじゃない。そんなコト
 は、牧師に任せておけばいい」
 「そうね、フィル。……フィリップ・ホーエンハイム」
  女――シェラは、男――フィルの背中に抱きついた。
 「貴方の《力》を使えば、アルガの巫女を元に戻せるのかしら?」
 「……さぁな」
  フィルはアクセルを吹かした。 
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 teiru > 

  そんな中、如月は――。

 「ヒロ君だったね」
 「え、あ、はい」
 「すまないが彼女と一緒にいてくれないか?」
 「え?」
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 コペ >  

  そう言った如月は、数瞬、葵と横たわる三つの死体を一瞥し、車の傍らに膝をついた。
  取り出した工具で、修理にとりかかる。
 「…………」
  数度、葵と如月を交互に見るヒロ。しばらくの躊躇の後、葵に声をかけようとしたが、口から
 出るはずだった言葉が、のどのあたりで止まった。
 「ごめんね……」
  葵の身体が淡い光に包まれていた。
  その光は、葵の手から、浅葱の手へと伝い、二人の身体は光の幕に包まれていた。
  見れば、浅葱とともにいた二人の骸にも、同じような光が包まれ、そして、徐々に身体が光の
 粒へと変わっていく。
 「せめて……安らかに……」
  すぐ側にいても、やっと聞き取れるような呟きとともに涙が頬を伝う。
  ヒロが思考停止したかのように、その光景を魅入っているうちに、三つの躯は、無数の燐光と
 なって、空に舞いあがり、そして消えた。
 「…………」
 「……ダメね、私」
  空に消えていく光を見上げていたヒロが、葵の呟きに顔を下げた。
  葵は浅葱の手を握っていた姿勢のまま、同じように空を見上げていた。
 「私は、また誰も助けられなかった……」
 「……………………」
  ヒロは、葵にかける言葉が見つからなかった。
  壁を感じていた。葵たちと自分の間にある、壁を。
  自分が葵たちのいる領域に踏み込めない、厚く、硬く、不透明な―――心の壁を。  
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