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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのにじゅうご
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 遼来来 >

  辛うじて車体のコントロールに成功した如月が、いまいましげにクルマを降りた。
 「――これはまた。吾ながら、最低の結果を招いたようですね」
 「ご、ごめんなさい。私がもっと、『中』の様子を、きちんと伝えられれば……」
  同じく降りてきた美里が、目を伏せる。
 「いや、一瞬で変化する戦闘状況を、ちくいち知らせるのはムリですから」
  言いながら、クルマの被害の度合いを確認する如月。
 「……反省は後だ。早くタイヤを取り替えろ」
  彼らに歩み寄ったフィルは、余計なことを言う手間を省いた。
 「ふっ――了解です」
  如月もまたそれに倣って、器具を取りだし始めた。
  美里も、あえて何かを言おうとはせず、それを手伝う。
  一連の行動を見れば、互いの紹介など必要ないし、
 「失敗」の責任を押しつけあってみたところで、事態は好転しないのだ。

  だが、ひとりだけ、「何か」を言わずにはいられない者がいた。
  ヒロである。
  ヒロは、クルマを降りると、フィルをにらみつけた。
 「どうした、子供。突っ立ってないで、おまえも手伝え」
  フィルの言葉を無視して、ヒロは言った。
 「どうして、浅葱さんを殺したんだ」
 「――さっきのやつらのことか? 『吸血鬼だから』だ。わかったら手伝え」
 「わかんねえよ!」
 「なら、そこに立ってるがいい」
  フィルは、振り向きもしなかった。 
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 ツヴァイ > 

 「まったく……よくもまぁ、こんな車で来たものだ」
  フィルは肩を竦めて見せた。
  車をただ「自分以外の力で走る」ものと定義づけるのなら、これは十分に車だ。
  だが、「まっとうな性能」を求めるのなら、これ程、ヒドイ車もない。
  タイヤに当てられていたのだから、当然、ホイールが狂っている。
  真っ直ぐは走らせるだけでも一苦労だ。
 「……」
  唐突に、フィルのポケットから着信メロディが鳴った。色気も素っ気もない賛美歌だ。
 「……何の用だ?」
 「サボり魔、元気かい?」
 「用件を言え」
  フィルが苛立った声を出す。
 「あんたさ、仕事さぼってたでしょう? フリッツ、追い付いてきてるわよ? ドゥカティ貸す
 なんて、何考えてるの?」
 「盗られたんだ。苦情なら後にしろ」
 「そうもいってられなくてね。足、あるの?」
  その言葉に、フィルが故障車を一瞥する。もっとも、これがまともに動いたところで、フィル
 に乗る気はなかった。
 「ない。例のモノを取ってくるから、そっちはそっちで頼む」
  フィルは電話を切った。
 「……」
  片手を上げ、通りがかったタクシーを拾った。 
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 コペ > 

 「待てよッ!」
  タクシーに乗り込もうとしたフィルの肩をヒロが掴む。
 「いくら変ってしまったからって……浅葱さんは……、あの人たちは、人間だったんだぞッ! 
 それなのに、あんたはそんな簡単に殺―――」
  ヒロが言葉につまる。僅かに首を傾げ、視界の隅で自分を捉えているようなフィルの視線だけ
 で、ヒロは畏縮してしまっていた。
 「……すまんが、少し待ってくれ」
 「う……」
  フィルに見据えられ、思わず身を引く。
 「本屋は本を売る。コックの仕事は、メシを作る。そして俺の仕事は、『見敵必殺』だ。吸血鬼
 を即座に殺すことが、俺のやるべき仕事だ」
 「…………」
 「貴様の仕事はなんだ? 何ができる? 何も出来ないならなにもするな。何かをする者に、何
 もいうな」
  紅い瞳に見据えられ、ヒロは何もいう事ができない。考えさえまとまらない。
 「せめて、懐の代物を使えるぐらいになってから文句を言うんだな」
  期待も落胆も含まない、ただの言葉を投げ掛け、フィルはタクシーに乗り込んだ。何も言えな
 かったヒロは、ただ敗北感を噛み締めざるをえないだけだった。
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