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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのさんじゅうさん
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遼来来 >
 不自然にひと気のない交差点を、カウルに刃の生えた巨大なバイクが、低い咆哮を上げつつ
曲がってきた。
 そして、巨大な建物に至る階段の前で、ゆっくりと停止する。
「着いたぞ」
 ハンドルを握る、真っ白な肌に紅い瞳の男が、短く告げた。
「これが……?」
 タンデムシートの少年が、びっくり目で、その建物を見上げた。
 まだ、目の前の階段から徒歩なら十数分はかかるであろう距離にあるにも関わらず、視野を
すべて覆い尽くすほど巨大なその建物は、銀色の翼を広げた、途方もなく巨大な鳥のようにも
見えた。
「そうだ。これが……東京教区の中心、東京カテドラル聖マリア大聖堂」
「なんで、こんなとこで止まるんだよ。一気に突っ込んじまえば――」
 タンデムシートの少年――ヒロが、焦った様子でわめく。
 だが、紅い瞳の男――フィルは、委細構わず、シートから降りる。
「……少しは、観察力とか推理力というものを、身につけた方がいいぞ、子供」
「なんだよ、それ。それと、僕の名前は二上宏綺だ」
「ニカミ……発音しづらい名前だな。他の連中が、確か『ヒロ』と呼んでいたが、それでよい
な」
「聞いていたんなら、初めからそれで呼べよな……。で、なんで止まるんだよ」
「途中から、グールどもの攻撃がぱったり止まった。今も、軽い結界は張ってあるようだが、
これといった防衛策もとってない」
「あきらめたとか?」
「馬鹿か。表の顔で押し通すことにしたんだろう」
「……?」
「ここが吸血鬼の根城と知っているのは、我々だけだ。無理に突っ込めば、『表の顔』の司教
に、警察に連絡されて、終わりだろう」
「う……」
「だが一方で、表の顔である以上、我々がここに入ることを、拒む理由はない。さあ、堂々と
入るぞ」
 
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コペ >
 
「……何だと?」
 ドアを開けたフリッツが訝しげに部屋を見まわし、最後に開放されている窓に目をやった。
「逃げた……だと? この部屋からは出られぬはず」
 フリッツは、そこでようやく、この部屋に施されていた術が消失していることに気付く。
 スズが内側からこの部屋をでることは不可能なはずだった。
「……」
 床にあるものを見つけ、フリッツが膝をつく。それは羽だった。
 一点の汚れも無い、純白の羽根。
「……!?」
 フリッツがそれを拾うと、手の中で小さく爆ぜた。指先が僅かに裂け、数滴の血が床に染み
をつくる。
「……思い通りにはいかぬものだな。だが、予想のうちでもある」
 フリッツは踵を返し、部屋から出ていった。
 
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遼来来 >
 
 大きな木製の扉が、軋んで重々しい音を立てながら、ゆっくりと開く。
 静かに扉をくぐったフリッツは、上を見上げた。
 高い高い天井は、建物そのものの形でもある十字架を形作っていて、しかもステンドグラス
が嵌めこまれているので、壮麗な光の十字架を現出させていた。
 目を戻せば、反対側の扉は、ずいぶん小さく見える。かなり大きい映画館か、劇場のごとき
広さだ。
 そう、そこは、東京カテドラルの、壮大なる礼拝堂であった。だが今は、礼拝に来た信者の
姿もなく、ひっそりとしている。
 ――ふと、フリッツは、そこにひとりの人がいることに気付き、振り向いた。
 
 ずらりと並んでいる座席の最前列、その一番端に、神父姿の青年が、静かに座っていた。
「……お前か、神父。まだ、居たのか――」
「ふふっ、おかしなことをいうひとですね。神父が教会に居ると、変ですか?」
「……無駄だろうとは思うが、いちおう訊く。巫女の行方は、どこだ?」
「あいつらが、私に気付かれるように動くと、思いますか?」
「――予想どおりの答だ。では、これも答は予想できるが、いちおう訊く。……止めようとい
う気持ちは、なかったのか?」
「私になにを期待するのですか? 私は――<人間>ですよ? 少なくとも、今は」
「…………」
「…………」
 ふたりは、ひどく雄弁な沈黙のなかで、静かに睨み合った。

 と、彼らが対峙する反対側の扉が、勢いよく開いた!
 
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