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 連載リレー小説「ヒロとスズ」そのさんじゅうご
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遼来来 >
 
 礼拝堂の東西両脇の扉が、同時に開いた。
 それぞれ、東から顔を出した壬生、西から覗きこんだ如月は、信じ難い光景を見た。
 広い礼拝堂の真ん中で、敵の重鎮クラスであろうフリッツと、葵、小蒔、来須が、同じ机を
かこんで座り、湯呑でお茶をすすっているのだ。壬生も如月も、その異常な光景を、認識する
だけでも数瞬かかった。
 もうひとり居る、神父姿の男だけが初お目見えだった。給仕しているのはその男だ。
 と、次の瞬間、フリッツの存在に気付いたのだろう。壬生の後ろからはシェラが、如月の後
ろからは雨紋が、礼拝堂に飛び込んだ。
 シェラの手には、拳銃ではなく、グレネードランチャーのようなものを装備した小銃が。
 雨紋の手には、もちろん愛用の槍が。
 そして同時に、給仕をしていた神父の手には、マイクが握られていた。
 それを見た葵と小蒔、来須は、あわてて耳を塞いだ。ふたりの物騒なエモノに狙われた当人
であるフリッツですら、耳を塞ぐ方を選択したのだ。
 そして――。
「およしなさい、おふたりとも」
 神父のたしなめの言葉が、シェラと雨紋の攻撃よりも早く、フルボリュームで礼拝堂に響い
た。礼拝堂全体が震えるほどの大音量だった。扉のそばの壬生と如月ですら、思わず耳を塞い
でうずくまった。
 もちろん、より近くで聞いてしまったシェラと雨紋は、電撃に打たれたように震え、危うく
武器を取り落とすところだった。鼓膜の無事を、確信できなかった。ボリュームを戻した神父
の言葉も、痺れた頭には入ってこない。
 と、葵がふたりを差し招いた。ふらふらと歩み寄ったふたりは、葵の治癒の術でようやく、
ひと心地つけた。
 
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 小蒔は神父に言った。
「ねえ、もうちょっと音量下げたら?」
 難を逃れた小蒔と来栖に、如月は尋ねる。
「……どういうことか、説明してくれるかな?」
「……同感だね……」
 
遼来来>
 
 頭を押さえながら、壬生も続いた。
 後ろから、マンガなら目が「×」で表現されそうな状態の三木がふらふらと歩いてくる。
 シェラは、尋ねる気も起こらない――という意思をはっきりと見せ、フリッツめがけて小銃
を構え直そうとしたが、神父がまたマイクを持ち直すのを見て、あわてて銃口を下ろした。
「争いは、何も生みませんよ」
 神父は、マイクをオフにした生声で言った。
「……吸血鬼の言葉に、耳を貸すつもりはないわ」
 シェラの、激情を無理やり抑え込んだような、固く冷たい声。
「――そいつは吸血鬼ではないぞ、シェラ。……自称だがな」
 フリッツの、感情の感じられない声。
「吸血鬼と仲良くお茶してるヤツなんて、どっちにしても吸血鬼の仲間よ」
「おい、すると俺も吸血鬼扱いか? 聞き捨てならんぞ」
「そうよ。もともと見損なってたけど、一段と見損なったわ、来須」
「シェラさん、これは情報交換なのよ――」
 見かねて、落ちつかせるように、静かな声で説明する葵。
「私たちの目的は、スズちゃんを助けることだし……」
「吸血鬼の情報なんて、信じる方がどうかしている。まして、彼女を攫った当人になんて」
「言っておくが」
 無感情なだけに、底知れない不気味さを感じる声で、フリッツ。
「巫女を攫ったのは、『私』ではない。あんな拙い作戦など、私がやるものか」
 
遼来来>
 
「それは本当みたいだよ。葵が言うんだから」
 ≪菩薩眼の娘≫が、ね――と言いかけて、小蒔はあわててクチを閉ざした。
「ところが、しかたなくかくまっていた娘を、内ゲバで攫われちまった。たぶん、その≪拙い
作戦≫を実行したやつらに、だろう。で、俺たちに、見なかったか? と聞いている――わけ
だ。どっちもどっちだよな」
 ギラン。フリッツの剣の切っ先が、来須の鼻先に突き付けられる。
「愚弄すると、斬る。そもそもお前たちに期待などしていない」
 フリッツは、いそいそと茶を入れ直している神父の顔をにらみつけた。
「お前が言うから、こんな下らん茶会に付き合っているが、時間がない。いくらなんでも、ま
ったく何も知らないはずはなかろう。言え」
 

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