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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第六話「友」其の壱

 
  ・・・事の発端は、中間テストも終わり、五月のカレン
ダーもその役目を果たし終えるまで、あと少しという頃の
事だった。
「あーあーッ。こんなに暗くなっちまって・・・。やっぱ
部活なんて、やるもんじゃねェなァ」
 夜道を歩きながら、両手を頭の後ろで組んだ京一が漏ら
した、愚痴とぼやきの混合物を耳にし、醍醐は呆れた様な
視線を向ける。
「お前なァ。それが、仮にも部長のいうことか? どうせ
月に一度くらいしか、顔も出してないんだろう」
「構やしねェよ。実務は全部、有能な副部長がやってるさ」
 ・・・職務や組織のNO,2は、ある意味ではNO,1
より、有能でなくては勤まらないというが、それにしても
幽霊部員ならぬ、幽霊部長ときた。なんともいい加減な話
である。おそらく、いや間違いなく、有能な副部長氏は、
顧問と部員に挟まれて苦労しているに違いない。
 ・・・因みに、帰宅部の俺が何故、二人と行動を共にし
ているかと言うと、進学希望者対象の特別講習に出席した
後、学食で図書室から借りた本を読んでいたからだ。
 真神の学食は、部活に励む生徒の為に、割と遅くまで開
いており、パンや飲物(昼の売れ残りだが)もある為、生
徒達は憩い(ヒマつぶし)の場として活用しているのだ。
「ッたく、あいつらも、お前らもこんな時間まで、よくや
るよ。どいつもこいつも青春の無駄遣いだぜ」
 と、延々、京一はこぼし続けているが、それなら始めか
ら、部活なんぞ入らねばいい物だろうに・・・。 
「はははッ。お前とは、青春の対象が違うからな」
「ふんッ」
「それよりも、今は空手部の奴らの方が張り切ってるぞ。
もうすぐ、全国大会の出場権をかけた、地区大会があるか
らな。今年こそ、目黒の鎧扇寺学園に勝って、優勝できる
といいんだが」
「鎧扇寺学園?」
「風間は知らんか。都内でも屈指のスポーツの名門でな、
都大会の常連だ。一昨年は真神、そして去年は鎧扇寺が優
勝している。空手部の部長も、今年は相当気合いが入って
いるだろう」
「なるほど。真神は以外と、スポーツは強いのだな」
「知らなかったのか?」
「全く。前の学校は県下一、スポーツが弱かったからな。
特に野球は、コールド負け以外の負け方をした事が無かっ
たし・・・」
「情けねェ話だな・・・。しっかし、オレにいわせりゃ、
お前らみんな不毛な高校生活送ってるぜ。何が悲しくて、
汗臭い男に囲まれた青春送らなきゃなんねェんだよ」
「はははッ。まァ、人それぞれとーー」
 京一の声に苦笑いしつつ、醍醐が言葉を続けようとした
刹那。
『うわアァァァァッ!!』
 夜の帳の向こうから悲鳴が響き、俺達はとっさに周囲を
見回す。
「ーー!?」
「今のは・・・」
「物盗りか喧嘩じゃないのか? 野郎の悲鳴だからな」
 小声で話しながら、皆、油断無くアクションに備えるべ
く、構えている。
『うわあああァァァァーーー!!』
 再び悲鳴、いや絶叫が響くと同時に、俺達は駆け出す。
「二人共、行くぞッ!!」
「おうッ!!」
 そして走る事数分。路上に倒れ伏す人影を全員が、ほぼ
同時に確認した。
「真神学園(うち)の生徒じゃねェかッ」
「こいつは、確か空手部の、二年生だ・・・。おいッ。ど
うした!? しっかりしろッ!!」
 醍醐が抱き起こし、揺さぶると、その生徒は微かに目を
開けた。その声は、熱病にかかった患者の様に力無く、と
ぎれとぎれに話す為、非常に聞きとり辛い。
「うッ・・・、腕・・・。腕が・・・、俺の腕が・・・」
 か細い声で、それだけを言い、そちらを注視した醍醐が
思わず、息を飲んだのが伝わって来た。
「風間ッ、京一ッ。この腕を見ろッ!!」
「なッ、なんだこりゃーーーッ」
 ・・・そこにあったのは、人の腕の形をした、蒼みがか
かった、灰色の固まりだった。勿論、それだけなら、美術
室に置いてある石膏像と変わらない。だが、その冷たい固
まりに繋がっているのは、温かい血が通う人の体だ。なん
とも非現実感に満ちた光景だった・・・・・・。
「まるで・・・、石のようだ」
「ばッ、馬鹿野郎ッ。なんで、腕が石にーーーッ」
 思わず醍醐に怒鳴ってみせる京一だが、その声にも隠し
ようもない動揺と混乱が含まれている。
「うッ・・・、うゥ・・・・・・」
 男子生徒が苦痛に呻吟し、京一が俺に囁く。
「翔。お前の『力』で・・・」
「・・・無理だ。打撲や捻挫、火傷に刀傷程度ならまだし
も、こんな異常な症状は俺では手の施し様が無い」
「が、がい・・・せ・・・んじ」
「おいッ、しっかりしろッ!!」 
 それだけを言い、生徒の頭が落ちた。醍醐が声を掛けて
も、ぴくりとも動かない。
「鎧扇寺・・・だと?」
「おいッ、醍醐ッ!!」
 生徒の最後の言葉をはんすうし、考え込む醍醐だが、京
一の声に現実に引き戻され、次の行動の指示を出す。
「あ、あァ。とにかく、病院に運ぼう」
「病院って・・・もしかして・・・・・・」
 その言葉の指す所に気付いた京一の顔色が悪い。
「他にあるかッ。桜ケ丘だッ!!」
「うッ・・・し、しかたねェ」
「とにかく、急ぐぞッ!!」
「よっしゃ」
 京一と醍醐で、意識を失った生徒の体を担ぎ上げる。そ
の間、俺はまだ下手人が近くにいないか、辺り一帯の気配
を探り、索敵を行っていた。・・・距離は・・・十数m。
後方の植え込みの辺りに気配有り・・・。尤も、下手人で
は無く、ただのホームレスかもしれないが・・・・・・。
 腰の得物に手を掛け、撃鉄を起こす。気配の正体を確か
めるべく、そちらに向かおうとした時。
「何をしている風間ッ!! 早く来いッ!!」
 醍醐が怒鳴り、同時に気配が消えた為、発砲の機会を逸
した俺は仕方無く、二人の後を追い掛ける。そして・・・
・・・。
 その植え込みに潜んでいた人物が、低く、忍び笑いを漏
らした。
「・・・変わってねえなァ・・・。そうやって、善人ぶっ
ている所も・・・。あの頃のままだ・・・。くッ・・・、
くくくッ・・・。すぐに思い出させてやるぜ。昔のお前を
な・・・。待っていろよ・・・。醍醐ーーーーーー」  
 口元にたたえていた、歪んだ笑みを収めた男は、次第に
遠ざかる人影の中の一人をじっと見つめていたのだった・
・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
   異伝・東京魔人学園戦人記〜第六話『友』

      ■翌日ーー3−C教室■

 その日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教材を
手に、教師が教室を出た直後。
「ちょっと、ちょっとッ!! 大事件ーーー!!」
 と、授業が終わった後の、教室全体の喧騒を上回る程の
声を上げ、室内に飛び込んで来た人影があった。
「ーーうるさいなァ。入ってくるなり、どうしたのさ、ア
ン子」
 美里と話し込んでいた桜井が、さも五月蝿そうに、声の
主を見やった。
「はァ、はァ・・・。と・に・か・く、大事件なのよッ!
!」
「うふふッ。アン子ちゃんったら、そんなに息をきらせて
・・・。何か・・・あったの?」
「何かあったの? じゃないわよ、美里ちゃんッ。あッ、
風間くんもいるのね。ちょうど、よかったわ。えェと、あ
と・・・、京一はッ?」
 がなりたてた後、教室全体を見回す。その疑問に答える
べく、桜井が教室の一点を指差した。
「京一ならーーー、授業が終わったのも気付かずに、まだ
寝てるけど」
「寝てるーーー!?」
 それを聞き、噴火寸前の表情で、遠野は桜井を押し退け
て京一の席に向かう。
「ちょっと、京一ッ!! 起きなさいよッ!! こらッ、
京一ッ!!」
 肩を揺すり、髪の毛を引っ張り、耳元で叫ぶ。なんとか
して、京一を起こそうと奮闘する遠野を見ながら、桜井は
美里に話しかける。
「アン子ったら、すごい剣幕だね・・・・・・」
「えェ・・・。一体、何があったのかしら」
(・・・まさか。もう嗅ぎ付けてきたとでも言うか?)
「あッーーー、京一のヤツ、起きたみたいだよ」
 机から顔を上げた京一は、大欠伸の後、片手で髪を掻き
回した。焦点の定まらない目で教室を見回し、俺を見た後
二、三度まばたきする。
「・・・よォ、翔。なんでお前がオレん家にいんだよ?」
「・・・・・・」
「・・・完全に、寝ぼけてるよ」
「・・・ったく、もう・・・。こらッ、京一ーーッ!!」
「あれ・・・、何でお前まで・・・ぐはァッ!!」
 遠野はそれ以上、口を動かす労を惜しんだか、いきなり
右手が閃き、痛烈な平手打ちを見舞った。京一は椅子から
転げ落ちて、床につっ伏す。
「全くーーー、アンタ、いつまで寝てんのよ」
「あたたたッ・・・」
「ふんッ。目が醒めた?」
 ・・・問答無用で平手打ちを浴びせてこの言い草。京一
は、ものすごく不満そうな目で遠野を見たが、口には出さ
なかった。そしてそれには取り合わず、遠野は詰め寄る。
「さっそくだけど、京一ッ。昨日、何を見たか話を聞かせ
てッ」
「よォ、アン子。なんだ、昼休みか?」
「もう、放課後だってい゛う゛の゛よ゛ーーッ!!」
 眉間に青筋を浮かべ、京一の胸倉を掴み、締め上げる。
「う゛・・・うぐ・・・。くッ、首が締まる・・・」
「何なら、このまま、永眠させてあげてもよくってよーー

「わ゛、わ゛がった・・・」
 蒼白な顔で、それだけを何とか京一は咽喉の奥から絞り
出す。それを聞いて、漸く遠野は手を放した。 
「さッ、それじゃ。昨日見た事を、洗いざらい自白(ゲロ)
してもらいましょーか」
 ・・・腰に手を当てて、勘と不審尋問にかこつけた暴力
で全てを解決する、昭和製の刑事ドラマの捜査官の様な口
調で迫る。
「あァ? 昨日ォ?」
「そう。昨日の帰りよ。あんた何か見たんでしょッ!?」
「うーん・・・。あァ、あのことね」
「そうそう」
 ・・・まさか『昨日の件』を、素直に話すつもりじゃな
かろうな? 
「バッチリ見たって。風でスカートのめくれた、おネエち
ゃんのパンーーがはァッ!!」
 全て言い終える前に、最初の一発に倍する力が込められ
たバックハンドの一撃が頬に炸裂した。悲鳴と共に倒れ込
んだ京一に遠野はのしかかり、襟首を締め上げつつ、前後
に思いきり揺さぶる。
「アンタねェ・・・。誰がおねーちゃんの話をしてるかー
ッ!!」
「ぐッ・・・、ぐるぢィ・・・・・・」
 必死にもがいて、遠野の手から逃れようとする京一。そ
こへ別の声が掛かった。 
「どうしたんだ、遠野。そんなに興奮して」
「あッ、醍醐クン。どこ行ってたの?」
「あァ、ちょっと・・・な」
 そう、はぐらかそうとしたが、遠野の追求はそんな物で
は誤魔化せない。京一の首から手を放すと、いきなり核心
を突く一言を口にする。
「さては、空手部ね・・・」
「空手部ゥ? なんで、醍醐クンが空手部なんかにーー」
「黙ってるところを見ると、図星のようね」
「う゛・・・・・・」
「まったく、嘘がつけないんだから」
 揶揄するような口ぶりだが、悪意は無い。どちらかと言
うと、不器用さをからかうような感じだ。
「いててて・・・、このバカ醍醐ッ。せっかく、オレが誤
魔化してやってたのに」
 遠野に食らわされた痛烈なダメージから、漸く復活した
京一が睨む。
「す・・・、すまん」
「まッ、バレちまったもんは、しょーがねェ」
「まァ・・・、そうだな。仕方ない。遠野が聞きたいのも
その事じゃないのか?」
「さっすが、醍醐君。話がわかるわねッ。ねッ、それで?
一体、昨日何があったの?」
「まァ、落ち着け・・・。美里に桜井。お前たちもちょっ
と聞いてくれ」
「えェ・・・」
「うッ、うん。どしたの一体?」
 頷きつつ二人は向き直り、醍醐は次に俺の方を見る。
「話してもいいな、風間?」
「賛同は出来んな」
「風間・・・。やはりみんなにも、話しておくべきだと、
おれは思うがな」
「思うのはお前さんの勝手だが、俺は反対だ」
 俺と醍醐が話す横で、京一は遠野の方に視線を送る。
「それにしても、アン子も耳がはえェな」
「へへへッ。まァね。どう? 少しは、見直した?」
「・・・別に。そう思いたいなら、思うがいいさ」
 そう言ってそっくりかえる遠野を、冷たい表情と声調で
あしらった。
「あッ、なによそれッ!! それとも風間くん、あたしの
事、馬鹿にしてんのッ!?」
「まァ、オレにいわせりゃ、タダのヤジ馬じゃなかったっ
てコトか」
「なによッ。アンタにそんな事、偉そうにいわれる筋合い
はないわよッ」
 遠野はそう言い切り、とげとげしい目で俺と京一を交互
に睨む。
「あのさ・・・。ボクたちには、話が全然見えてこないん
だけど。一体何が、起こったっていうの?」
 会話についていけず、『蚊帳の外』状態の桜井が口を挟
み、思い出した様に遠野が二人を見る。
「あッ、そうだったわね・・・。概要を言うとねーーー、
真神の空手部員が、昨日一晩で四人も襲われたの」
「襲われた、って・・・?」
「そう。空手部は、近々、大会を控えてたんだけどーー、
今回の事件で、出場は危ぶまれているわ」
「そんな・・・、ひどいわ。誰がそんな事を・・・」
 と、思わず形の良い眉をひそめ、美里は憂色を見せる。
「問題はそこなの。それで、風間君たちの話を聞きに来た
って訳」
「なるほどな・・・・・・」
「それと、別に話をタダで聞こうとは、思ってないわ。あ
たしのもってる情報と交換ってのは、どう?」
「ほう・・・、その口ぶりだと、何か掴んでいるらしいな」
「まァ・・・ね。お互い損な取引じゃないと思うけど?
まッ、そっちの持ってる情報が、あたしのに見合わなけれ
ば、差額は貸しにしとくわ。どう? 風間君」
「・・・だからといって、俺が素直に話すとでも? より
多くの情報が欲しいのはそっちだ。なら、そっちが先に話
すのが筋だろう。そして、お前さんの台詞、そっくりその
まま返す」
「・・・・・・。ふゥーー、わかった。わかったわよ・・
・。仕方無いわね・・・。あたしの情報を先に教えるわよ
・・・。それで文句ないでしょ? 全く、人の足元見て・
・・・・・」
 不満気な沈黙の後、遠野は不肖不精の体で頷き、最後は
愚痴に変わる。
「いい? よく聞きなさいよッ。あたしの仕入れた情報は
ね・・・」
 手帳を取り出し、書かれた内容を読み上げる。
「空手部員が襲われたのは、いずれも昨日の夜。西新宿四
丁目の路地で二人、花園神社と中央公園で一人ずつ。現場
には、激しく争った形跡もなくーー、通行人や付近の住人
から、西新宿署や派出所に、犯人を目撃したという届けは
出ていないそうよ。負傷した三人は、巡回中の警察官によ
って、すぐに病院に収容。現在、重傷で面会謝絶」
「重傷で面会謝絶?」
「収容先の病院名は、新宿区桜ケ丘中央病院ーーー」
「えッ? あの、私がお世話になった?」
「そう、『あの』病院よ」
 桜井に続いての美里の発言に、遠野は頷くが、『あの』
の部分を殊更に強調してみせる。
「あれ? そういえば、収容されたのは三人っていってた
けど、襲われたのは四人じゃない?」
「警官に助けられたのは、ね。あとの一人も、ちゃんと桜
ケ丘に収容されているわ。三人の高校生によって・・・」
「えッ? 三人の高校生ーーーって」
「さァ・・・。それは、ここにいる三人組の口から話して
もらいましょうか。ねェ?」 
(・・・これ程とはな。この御仁の、情報収集能力に対し
ての評価は、大いに改めねばならんな・・・)
「驚いたな・・・。そこまで知っているとは」
 驚きの色を露にする醍醐。京一は京一で、また別の表情
を浮かべて、ブツブツと言っている。
「あァ、まったくだぜ・・・。こいつがブン屋じゃなく、
探偵にでもなった日にゃ、男はおちおち、浮気もできねェ
ぜ。なァ。翔」
「・・・何故、俺に振る?」
「反応の悪い奴だな・・・。まったく、男の浪漫がわから
ねェ奴だぜ」
「浮気のどこが男の浪漫なのよ・・・」
 京一をジト目で見る遠野だが、話が脇道にそれる前に、
『そんなことよりーー』と、醍醐が軌道修正する。
「風間。遠野が、そこまで知ってる以上、隠しても仕方無
いだろう。確かに、空手部員を中央公園から桜ケ丘に運ん
だのは、おれ達だ」
「やっぱりね。でも、あたしが聞きたいのはなんで、桜ケ
丘に運んだかよ。あそこは産婦人科でしょ?」
「あッ、そういえば、そうだよね・・・」
「なぜ、桜ケ丘に運んだか? 理由は、一つよ」
 遠野に言われて、頭の上に?マークを浮かべる桜井。
「負傷した空手部員の怪我が普通じゃないときーーー」
「・・・・・・」
「忘れているかもしれないけど、桜ケ丘は、普通の病院と
違った、特殊な治療が可能な病院。つまり、襲われた空手
部員の怪我がーーーーーー」
「いいだろう。ここからは、おれが話そう。昨日の帰りー
ー、悲鳴を聞いたおれ達が駆けつけた時、すでに、犯人ら
しき奴の姿はなかった。襲われた部員には、特に外傷はな
かったんだが、ただ・・・・・・」
「ただ・・・なによ?」
 途中で言葉を切った醍醐に、遠野は視線でその先を話す
よう、促す。そして軽く息をついた後、結論を口にした。
「そいつの、右腕が・・・、石になっていたーーー」
「石? 石って・・・、どういう事よ、それ」
「どういうことも、なにもねェよ。見たまんまさ。そいつ
の腕が、石になっちまってたんだよ」
 京一の声に、沈黙していた遠野だが、それも長くなく、
納得したように頷いてみせた。
「なるほど・・・。それで、あの病院へ運んだのね。それ
で・・・、院長先生はなんて?」
「原子や細胞の組み替えがどうとかいってたぜ。詳しい事
はよくわかんねェけど、徐々に石化が進んで行くらしい」
「それじゃあ・・・・・・」
「あァ・・・。心臓が石になり、動きを止めた時、そいつ
の命は終わるーーー」
「今は、点滴と抗生物質を投与する事で、何とか症状の進
行を抑えてはいるがな、正直これは、対症療法と言うか、
時間稼ぎの域を出る物じゃない・・・・・・」
「なにか、助ける方法はないの?」
「助ける方法は、美里の夢の時と同じーーー」
「つまり、犯人を捜せッて事?」
「そういう事だ」
 桜井と美里の質問に、京一と二人で交互に答える。 
「大会を控えた、有力選手ばかりが狙われたって事は・・
・。ウチの空手部を潰したい奴らの仕業と考えるのが自然
ね・・・・・・」
「そんな・・・、ひどいよッ。なんでそんなコト・・・。
もし、そうなら許せないッ」
 桜井が憤慨した様に叫び、醍醐や京一も頷くが、次に視
線を向けられた俺は無言で肩をすくめるに留まった。自分
の期待していた反応を得られなかったのが不満なのか、桜
井が眉をつり上げる。
「・・・・・・。風間クンって、以外と冷たいんだね」
 ・・・この場にいる皆と友人付き合いを初めて、二ヶ月
になるが、個人レベルの正義感やモラルに関して、俺は別
段とやかく言うつもりは無い。だが個人の胸の内に止めて
おくだけで良い物を、わざわざ口に出した上、更に周囲に
いる人間に、賛同や返答を求めるのは、正直戴けない。
 尤もこれは、この場にいる全員におしなべて共通する悪
癖だが。・・・だからと言って、今回の様なやり口を許容
するつもりも又、俺には無いが。
「いずれにせよ、おれ達は、その犯人を捜すしかない・・
・」
「まッ、そういうこった」
「そう・・・。じゃあ、イイ事を教えてあげるわ。その代
わり、犯人を見つけたらあたしも呼んでよね」
「わかった、わかった。で、なんだよ、イイ事って?」
「ほんとにわかってんのォ・・・。まッ、いいわ。これよ
ーーー」
 胡散臭げに京一を見るが、それ以上は突っ込まず、遠野
は制服の胸ポケットから、一枚の写真を引き出した。
「なんだ、こりゃ?」
「昨日の夜に撮った犯行現場の写真なんだけど・・・。ほ
らッ、ここ。何か写ってるでしょ?」
 遠野が写真の真ん中辺りを指先でつつき、醍醐は目を細
めてそこを注視する。
「うーむ。そういわれれば・・・・・・」
「これじゃ、小さくてなんだか、わかんねェよ」
 ・・・確かにそこには小さな物体が写っている。だが、
京一が言う通り、よくよく注意して見て、漸くそれに気付
かされるといった程度でしか無く、一体それが何なのか、
判別するのは困難だ。
「ふふふッ。じゃ、これでどう?」
「これはーーーッ」 
 自信の笑みと共に、遠野が出したもう一枚の写真を見て
醍醐が驚くのも無理は無い。・・・幾重にもノイズが走っ
ていたし、ややピンボケ気味の為、お世辞にも鮮明な物で
はなかったが、それでも最初の一枚よりは遥かにはっきり
と、それが何なのか映し出していたのだから。
「電脳研究会にもっていって、あそこのコンピューターで
拡大処理してもらったの」
「よく電研が、協力してくれたね。文化系の中でも、閉鎖
的な部なのに」
「まァね。あたし、あそこの部長の秘密の写真を持ってる
からねッ。あたしの頼みなら、二つ返事よ」
 感心した様な桜井の声に、さりげなく答える遠野だが、
やっている事はかなり、否、相当悪辣である。返す返す、
この御仁の性格と行動には、注意を払う必要がある。『不
幸』な電研部部長の様な目に会わぬ様、俺も気を付けねば
なるまい・・・・・・。
「なにかのボタンかしら?」
「なんか文字が書いてるよ。よろい・・・おうぎ・・・」
「鎧扇寺」
「鎧扇寺・・・だと!?」
 美里と桜井の言葉を受けての遠野の声に、醍醐は表情を
急変させ、更に遠野は言葉を続ける。
「調べたところ、都内て、その名前のつく場所はひとつし
かないわ。もう、わかったでしょ」
「目黒区鎧扇寺学園ーーー」
「正解ッ」
「醍醐・・・。こいつは調べてみる必要がありそうだな」
「あァ・・・。どうやら、昨日のは聞き違いじゃなかった
ようだ」
「で、どうするよ?」
「うむ。これから鎧扇寺に行ってみるか・・・。風間。悪
いが、お前も付き合ってくれないか?」
「いいだろう。一旦関わった以上、見殺しにするのも、目
覚めが悪いしな」
「・・・そうか。実際、行ってみないと何があるかわから
んからな」
 俺がすんなり頷いた事に、以外そうな顔をする醍醐だっ
たが、ともかく問題の鎧扇寺学園へと、調査に向かうとい
う事で話が纏まった時。
「あの・・・、私も一緒に行っていいかしら。・・・この
前は、みんなが私の為に行ってくれたんだもの。今度は、
私の番だわ」
「醍醐クン、ボクも行くよッ」 
 と、女性陣が同行を志願する。
「お前たち・・・今日の所は、様子をみるだけだぞ?」
「だけど、むこうはオレ達を待ちかまえてるかもしれねェ
ぜ。人数が多いに越したこたァねーだろ」
 醍醐は渋面を作るが、京一は同行を支持する。俺として
は、複数の理由から二人の同行は賛同しかねるが・・・。
「だったら、あたしもこうしちゃいられないわッ。桜ケ丘
へ行って、石の腕をこの目で見てこなくちゃ。帰ったら、
ちゃんと情報提供してよねッ」
「断る。そして桜ケ丘へも行くな。人の不幸を出汁に、無
責任な野次馬根性を満たそうとするんじゃない。それに、
自分で面会謝絶中と言ったろうが」
「・・・なによ、ケチ。あたしだって、いつも情報提供し
てるじゃないッ」
「お前のは、情報を提供してるッてよりも、もめ事を提供
してるッて感じだよな」
「全く、同感」
「なんですってェッ!!」
 眉をつり上げ、額に青筋を浮かせた遠野が俺達を睨む。
「まあまあ、落ち着きなよアン子。これから取材に行くん
だろ?」
「・・・あッ、そうだった。こうしちゃいられないわッ。
じゃーねッ!!」
 言うなり、身を翻す。そのまま教室の外へ出ようとした
時、急停止してこちらを振り替える。
「そうだッ!! この事件の事で頭が一杯で、いい忘れて
たんだけど、醍醐君ーーー」
「ん? どうした遠野」
「・・・・・・。佐久間が退院したそうよ」
「佐久間が・・・」
 醍醐の表情が変わった。・・・奴は確か、先月の中頃、
病院送りになったとか言っていた様な・・・。
「知らなかったの?」
「あァ・・・。入院してからは、会っていない」
「そう」
「そうか・・・。退院できたか。良かったなあ・・・」
 そう言って、安堵の色を浮かべる醍醐だが、それとは逆
に遠野の表情には、気遣う様な色が漂っている。
「醍醐君・・・気をつけて。どうやら佐久間(あのバカ)
醍醐君の事、恨んでいるらしいわ」
(恨まれるとしたら、醍醐より俺の方だと思うが・・・。
ま、俺であれ、醍醐であれ、噛み付いて来たなら、それ相
応の報いをくれてやるだけの事だ)
「ちッ、ふざけたやろーだ。安心しろ。オレ達がついてる
ぜ。来やがったら、返り討ちにしてやる」
「京一・・・・・・」
 本人は気を遣っているつもりのようだが、醍醐からすれ
ば、『それは有り難い』なんぞと言える訳が無い。ただ、
不安そうな目で京一を見るだけだ。
「まッ、くれぐれも気をつけてよ。じゃーーー」
 今度こそ遠野は教室を出て行った。それを桜井と共に見
送った醍醐が、軽く息をついた後、俺達全員を見る。
「・・・・・・。よし・・、帰りのHRが終わり次第、お
れ達も動くとしよう」
 一旦、話はそこで終わり、俺達は教室の掃除に取り掛か
った。・・・さてこの事件、裏にどんな策謀や因縁が潜ん
でいるのやら・・・・・・。

            第六話『友』其の2へ・・・
 

 戦人記・第六話其の弐へ続く。

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