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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第六話「友」其の弐

       ■放課後ーー二階廊下■
 
 ・・・帰りのHRが終わると同時に、俺達は教室を飛び
出した。下足置き場へと急ぎ足で向かう途中の事だ。
「あッ・・・。ミサちゃんだ。おーい、ミサちゃーんッ!
!」
 廊下を歩く人影に気付いた桜井が叫び、それを聞くや、
京一は露骨に嫌な顔をする。
「ばッ、馬鹿ッ。なに呼んでんだよ、小蒔ッ」
「もうッ、京一もいい加減に慣れなよォ。ミサちゃんは、
こういう不思議な話には詳しいんだからさ」
「そ、そりゃそうだけどよ・・・」
「うふふふふふ〜。呼んだ〜?」
 二人が話す内に、裏密はすぐ近くまで寄って来ていた。
「うふふ〜。何か用〜?」
「呼んだのは俺じゃないがな・・・。これはどうも、お前
さんの知識が必要というか、得意分野に属する事と思うん
でな」
「うふふ〜。では、汝が難問に我が智の全てをかけて応じ
よう〜。さあ〜。何が聞きたいの〜?」
「なら聞くが、有機物である人の体を、石や金属の様な、
無機物に変えてしまう事は可能なのか?」
「い〜し〜? 例えば〜、ギリシャ神話のメデューサみた
いに〜?」
「そうね。近いものだとは思うけど・・・・・・」 
 そう問い返す裏密に、俺に代わって美里がそう答える。
それを聞いて裏密は『う〜ん』と唸った後で、ずれてもい
ない、眼鏡を動かしながら返事をする。
「恐らくは〜、邪眼(イビルアイ)の一種だと思うけど〜」
「イビル・・・アイ?」
 その異様な響きを帯びた言葉を、困惑の色をたたえた美
里はもう一度繰り返し口にした。
「そ〜。邪眼っていうのは〜、妖術、魔術の類の実施にあ
たる基礎となる重要な観念であって〜、邪悪なる方を施工
する力や〜、視線によって、他者に邪悪な力を投射する事
の出来る力を持つ〜、ーーーと、いう事を表すオカルト用
語なの〜」
「オッ、オカルト・・・」
 俺の後ろで、この手の話に弱い醍醐が、唾を飲み込むの
がわかった。更に裏密の蘊蓄は続く。
「まず〜、F.T.エルワージーは、その著書の中で、邪
眼とは、魔術の基礎であり、起源であると、記しているし
〜、R,C,マクラガンは、邪眼とは、強欲と羨みをもっ
た目であり、強欲な視線は、巨岩をもふたつに割る、と記
しているの〜。つまり〜、相手を石にすることももちろん
できるけど〜、それだけじゃなくて〜、睨むだけで呪いを
かけたり〜、触っただけで、人を病気にしたりもできるの
〜。うふふふ〜。便利だと思わな〜い〜」
(・・・聞けば聞く程、質の悪い能力だな・・・。そんな
力を持った奴を相手にするのか・・・、ちと、厄介な事に
なるな・・・)
 等と、考えていた時。例によって『にたぁ〜〜』という
笑みを浮かべた裏密が話を振って来る。
「風間く〜んも、邪眼が欲しいでしょ〜?」
「いらん、いらん。ンな物持った所で、ロクな事が無い」
「いらないの〜? 便利なのに〜」
 片手を振りつつ、答える俺に心底残念そーな顔で言う。
 そんな厄介かつ、剣呑極まり無い代物、頼まれたって御
免である。
「しッ、心配するな。裏密。お前には、じゅーぶんにその
資格がある」
 京一の声に、裏密はいつもの笑いを見せる。というか、
雰囲気からして、既に裏密は持っているような気がするの
だが・・・。
「邪眼を持つ者の代表的なものは、ギリシャ神話のメデュ
ーサね〜」
「あ、それなら知ってるッ。髪の毛がヘビで、睨んだだけ
で相手を石にしちゃう奴でしょ」
「そうよ〜。さっきもいったけど、邪眼とは、もともと強
い羨望や妬みが基礎になってるの〜。メデューサは元々、
とても美しい地方神だったの〜。だけど、その美しさに嫉
妬した中央の女神アテナによって、醜い魔物に変えられた
の〜。そのことによって、メデューサは邪眼を手に入れた
の〜。美しい娘や女神たちへの、羨望、妬み、恨み・・・
・・・。それらすべてを、無機質な石へと変える能力を手
に入れた〜。すべては、邪眼の持ち主の意志しだいって、
ことね〜」
「なるほど・・・。って事は、この事件の犯人も、なにか
を羨んだり、妬んだり、してるって事なのかな・・・」
「桜井ちゃ〜ん達に、何があったかは、知らないけど〜。
そう、考えたほうがいいわね〜」
「・・・そうか。何かと参考になった、礼を言う」
 謝辞を述べ、立ち去ろうとした時。
「うふふふふ〜、風間く〜んたちといると・・・、本当に
オカルティック(あたしごのみ)な事ばかり起こるわ〜」
 なんぞと、上機嫌な声調でのたまう。そして・・・。
「そうだ〜。これからは、あたしも風間く〜んたちについ
て行こ〜かな〜」
「・・・!!」 
 との裏密の爆弾発言に、二名程、声も無く立ちすくむ。
「・・・付いて来るのは勝手だが、それなりに危険な目に
遭う覚悟はしておけよ。『自分の身は自分で守る』って事
を常に念頭に入れとけ、いざその時になってから『こんな
の聞いてない』なんて抗議は一切、受け付けんぞ」
「うふふ〜。だ〜い〜じょ〜ぶ〜。自分の力は〜、弁えて
るわ〜」
「ならば、いい。好きにしろ。それと携帯の番号を教えて
おく、他に何かわかったら、連絡してくれ」
「わかったわ〜。それなら〜、あたしの番号も、教えとく
わ〜。うふふふふ〜。これでまた野望に一歩近づいた〜」
 会心の笑みを浮かべて、そう呟く裏密を京一は見る。
「やッ、野望って・・・、一体なんなんだよッ」
「うふふふ〜。それは〜、ヒ・ミ・ツ〜」
「翔・・・。お前、とんでもねェことしてくれたな。裏密
なんかと、一緒に行動したら遭わなくてもいい、事故に遭
うぞ」
「日頃の行いが良いんでな、その心配は無い。仮にトラブ
ルが起こったとしても、お前が起こすのに比べりゃ、たか
が知れてる」
「なんだよそれ、人を一体なんだと・・・」
「・・・自覚がないのか、お前?」
「いいじゃない、別にッ。だって、ミサちゃん、頼りにな
るもんねーッ」
「そうね。ミサちゃんが一緒なら、心強いわ・・・」
 と、女性陣は概ね好意的だ、これで3対2。多数決と言
う、最も民主的な方法で結論が出た。
「・・・・・・。そッ、それじゃ、今度なんかあったら、
連れてってやるよ」
「あッ、あァ、そうだな・・・」
「楽しみにしてるからね〜。嘘ついたら呪っちゃうぞ〜」
 顔を見合わした後、渋々、本当に渋々といった風に、頷
いた醍醐と京一に対し、裏密はそう不気味な一言を言って
のけたが、更に。
「あ〜、そうだ〜。これ、『月刊黒ミサ通信』の通販で買
ったんだけど〜、御護りになるかもしれないから、風間く
〜んにあげる〜」 
 そう言って裏密がどこからともなく取り出したのは、深
い緑色をした石で作られた仮面だった。仮面といっても、
芝居に使う様な物では無く、装飾品としての価値がありそ
うな物の様だが。しかし、雑誌の名前も怪しいが、それ以
上に、こんな代物を専門に取り扱っている通販会社って一
体・・・・・・。
「何だこれは?」
「これはいいものよ〜。多分ね〜」
「と、言われてもな・・・。デザインといい、素材といい
とてもそうは思えん・・・。一体、これは何なんだ?」
「中南米の〜、古代文明遺跡の副葬品として〜、見つかっ
た物を元にした、極めて精巧なレプリカ品よ〜」
「遺跡の副葬品を元にって・・・。どうやったら、そんな
代物が通阪で入手できるんだ!?」
「うふふふふ〜。他にも、色々あるよ〜。興味ある〜?」
「裏密・・・。お前、なんでそんな物買うんだよ・・・」
 話を聞いた京一が思わず呆れ顔で見るが、ただ笑うだけ
だ。そして挨拶の後、裏密は部室の方へと去って行った。
「一体どうしろというんだ、これ・・・。欲しい人?」
 裏密の姿が消えた後、四人を見たが、皆一斉に扇風機の
様に首を振る。・・・仕方無い、旧校舎の戦利品と一緒に
保管しておこう。その内、何かの使い道があるだろう・・
・多分。
「・・・じゃ、じゃあ、おれ達も行くとするか」
 その醍醐の声が出発を促す合図となり、俺達は一路、『
鎧扇寺学園』へと向かったのだった。
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      ■目黒区鎧扇寺学園ーー正門前■

 そして俺達は、目的地である『目黒区鎧扇寺学園』に到
着した。学校というより、古い山寺の山門を思わせる、大
仰な構えの門を見上げる。
「ここが、鎧扇寺学園か。とりあえず、そこらへんのヤツ
捕まえて、話でも聞いてみるか」
 などとうそぶく京一を、醍醐が止める。
「京一ッ。まだ、ここの生徒が犯人だと決まった訳じゃ、
ないんだぞ」
「わかってるって。穏便に・・・だろ?」
「うむ」
 頷く醍醐にいー加減な返事を返す。・・・本当にわかっ
ているのやら・・・・・・。
「で、どうするの? 醍醐クン」
「そうだな・・・、とりあえず、空手部にでも行ってみる
か。何か情報がつかめるかもしれん」
「ねェーーー、あの校門にいる生徒に、空手部の場所を聞
いたらどうかしら」
 醍醐と桜井が話している所へ、美里が校門の方を指差し
た。・・・見れば、学生鞄の他に大きめのスポーツバッグ
を持った生徒が校門から出てきた所だった。
「あァ、そうだな。それがいいかもしれんな。だが、ぞろ
ぞろと行けば、余計な警戒をさせるだろう・・・。おれと
京一で行って来よう」
「ちッ、しゃあねェなァ」 
 舌打ちする京一だが、それでも醍醐に続いて歩きだそう
とした時。
「醍醐クン。ボクか葵が行った方がいいんじゃないの? 
女の子が行った方が、怪しまれないと思うけど・・・。風
間クンは、どうおもう?」
「そうだな・・・、桜井の言に一理有り、か。頭に血の上
がり易い奴がいる事だし、野郎が二人して行ったら、こち
らにその気がなくても、向こうが過敏に反応して、結果的
に更なるトラブルを生むかもな」
「そうね・・・。私達が行った方が、いいかもしれないわ」
 俺の意見に美里が同意し、醍醐もそれを諒としたか、美
里達に声を掛ける。
「すまんが、よろしく頼む」
「大丈夫だって。空手部の場所を聞くだけなんだから」
「小蒔ッ。もしもなんかされたら、きっちり倍にして返し
てこいよ。男だったら、売られた喧嘩は、買ってこいッ」
「誰が男だッ。行こッ、葵」
「えッ、えェ」
 余計な事を言う京一に一睨みくれた後、桜井は美里と共
に、校門前にいる生徒に近づいて行った。そしてその生徒
と話を始めたが、距離がある為、会話は聞こえない。その
せいか、二人の姿を見ながら、醍醐は不安気な顔をする。
「・・・・・・。本当に、二人で大丈夫だろうか」
「小蒔ひとりじゃあナンだが、美里も一緒だからな。別に
大丈夫だろ?」
「そうだな。いきなり女性に対し、しかも白昼堂々、暴力
を振るいはしないだろう。ま、注意だけはしておこう」
「うーむ・・・・・・」
「おッ、戻ってきたぜ」
「お待たせッ。空手部は、体育館脇の道場にあるんだって
さ」
「何かいわれなかったか?」
「えェ。でも・・・。私達が真神の生徒だと知って、余り
いい顔はしていなかったわ」
「ますます、怪しいな・・・・・・」
「どうなのかしら・・・・・・」
 と、腕組みした京一は、疑いを深める様な顔をするが、
それに対し、美里は懐疑的だ。
「風間クン。ホントにここの人がやったんだと思う?」
「昔から『犯罪が行われた時、その犯罪によって、最も利
益を得る奴が真犯人』って言葉がある。その理屈でいくな
ら、確かに優勝候補たる真神が消える事で、鎧扇寺は得を
する。だが・・・今回に限っては、その法則は当てはまら
ないだろうよ。仮に闇討ちを行い、そして全国大会への出
場権を得たとしてもだ、それが露見した時、部そのものが
存続の危機に陥る事になる。リターンに比して、リスクが
大き過ぎる事は、小学生でも理解出来るし、自分達が真っ
先に疑われる立場にある事は、どこよりも熟知している筈
だ。それでも尚、そんな馬鹿げた行為を、実行に移そうと
する奴がいるとは俺には思えん。それに良く良く考えてみ
れば、現場にこれ見よがしに、此処の制服のボタンが落ち
てたというのも、胡散臭い話だしな・・・。今回の場合、
何かこう、作為的と言うか、思考や行動を一定の方向へ誘
導させる様な意図を俺は感じる」
「胡散臭いって、どこがだよ?」
「学生服のボタンなんて物は基本的に、自然に落ちたりし
ない。落ちるとしたら、強い力が加わった時ぐらいだ。だ
が、遠野が言ってただろ? 周辺に争った痕跡は無いと。
つまり被害者連中は、皆一撃で伸されてしまい、抵抗は出
来なかった筈だ。なのに、何故ボタンが落ちてるんだ?」
「あ・・・・・・」
「・・・・・・。ボク、何となくだけど、違うような気が
するんだ。でも、そうすると犯人の見当か全然つかなくな
っちゃうし・・・・・・」
「けどよ、ここでうだうだ話してても、仕方ねェ。空手部
に行ってみりゃわかるだろうよ」
「・・・そうだな。それじゃあ、道場に向かうとしよう」
 京一に続いて醍醐がそう言い、俺達は門を潜り、敷地内
に入った。そして空手部の道場に向かうまでの途中、複数
の好意からは正反対の視線に晒された。
「・・・なんかさあ、居心地悪いね」
「ああ、イヤな感じだぜ」
「実際俺達は『招かれざる客』だからな、無理も無い。し
かし、いちいち気にしても仕方無かろう。無視しておけ」
 歩きながら、そういった事を小声で話しているうち、道
場前に到着した。外観を見た醍醐が、感心した様に言う。
「ここが空手部の道場か。全国優勝する高校ともなると、
設備からして違うな」
「空手部だけで、この道場かよ・・・。真神(うち)なん
か、剣道、空手、柔道で汚ねェ道場を、共同で使ってんだ
ぜ。くゥ〜ッ。意味も無くムカついてきたッ」
「もうッ。本来の目的を、忘れてんじゃないだろうねッ。
とにかく、中に入ろう。話は・・・それからだよね」
 広さに加え、見栄えに於いても、真神の道場より遥かに
立派な、鉄筋コンクリ製の白い建物を見上げて憤慨する京
一を桜井が叱りつけた後、醍醐を見る。
「そうだな。話を聞かない事には仕方無い。誰かいるかッ
? ちょっと、話が聞きたいのだが」
 扉に向かって呼びかける醍醐だが、それに対する返事は
返ってこない。
「誰もいないのかな・・・?」
(いや、微かだが、中から人の気配がする)
 醍醐は首を傾げた桜井に答え、更に声を張り上げる。
「誰もいないのか? いないのなら、勝手に上がらせても
らうぞッ。行くぞ・・・風間、京一。油断するなよ」
「あァ、わかってるって」
「・・・今更何を言っている」
 木刀と『大和守安定』の入った袋の口紐を解く京一。俺
は俺で、手甲を既に装着済みだ。それを確認し、醍醐を先
頭に道場内へと、踏み込んだ。
 ・・・外観も立派だが、道場内もまた立派な物だった。
総檜張りの上、手入れも怠りないようで、床は顔が映るほ
どに磨き抜かれている。その辺の町の空手道場など、足元
にも及ばない。環境としては申し分ないが、学生が使うに
は、些か贅沢過ぎる様な気がする・・・・・・。
「誰もいないよ・・・」
「いや・・・、あそこに誰か座っている」
 ・・・道場の一番奥。壁に掲げられた額縁の下で、胴着
を着た男が座っている。男は目を閉じ、瞑想しているよう
だが、その男の半径1m程の所だけ空気が違う。何という
か、周りにいる者に、自然と緊張や警戒といった物を抱か
せる様な雰囲気が色濃く漂っている。 
「ーーーあんた、空手部の人間だな」
「・・・そろそろ、来る頃だと思っていた。魔人学園の者
だな?」
「そうだ。醍醐という。こっちは風間に蓬莱寺。後ろにい
るのが、美里に桜井だ」
「ほお、やはりお前が醍醐か。一度、会ってみたいと思っ
ていたよ」
「そいつは、光栄だな」
 そこで一旦言葉を切り、醍醐はまっ正面から男を見据え
て、言葉を続ける。
「2、3聞きたい事がある・・・。聞いてもらえるな?」
「俺に、選択権はあるのか? 力ずくでも聞きだそうって
顔だぜ・・・・・・」
 醍醐の眼光を受け止めても、怯むどころか、醍醐に劣ら
ぬ強い視線を投げ返す。睨み合いの後、男が立ち上がる。
 ・・・俺や醍醐も、日本人の規格離れしているが、男は
それを上回る体格の持ち主だった。身長は俺より数センチ
高く、そして体付きは醍醐をも上回る。俗に言う筋肉太り
という奴だが、ボディビルダーという人種のような、薬や
機械に頼って造った無意味かつ、お飾りの筋肉では無い。
地道かつ、長い修練で造り上げた物を、更に『実戦』で鍛
え抜いている。そこから生み出されるパワーと打たれ強さ
は相当の物だろう。猛々しさと、力感に溢れた野牛のよう
な印象を受ける。
「俺の名は、鎧扇寺学園三年、紫暮兵庫。空手部の主将を
している・・・」
「真神学園三年、風間翔二だ」
「風間とかいったか・・・。良い面構えをしている」
「そんな事はどうでもいい、本題に入ろう。醍醐」
 互いに名乗った後、醍醐に此処まで来た用件を話す様に
促す。
「うむ。紫暮とかいったな・・・。実は、先日、真神の空
手部員が襲われた。全員重傷で、現在入院中だ」
「・・・・・・」
「犯人の心当たりはないが、現場にはーーー、鎧扇寺の学
ランのボタンが残されていた」
「ほゥ・・・・・・」
 それを聞いた紫暮は、片方の眉を僅かに上げるが、表情
に変化は無い。
「襲われた部員も、鎧扇寺の名を口にしている・・・。あ
んたの高校を疑いたくはないが、そうもいってられん」
「なるほどな・・・。それで、わざわざうちの高校に来て
真神の空手部と繋がりのあるここに足を運んだって訳か」
「そうだ・・・」
「迷惑な話だ・・・」
 唇の片方だけを上げ、低く笑い捨てる。
「てめェッ!! こうしてる今でも、襲われたヤツらは病
院で苦しんでんだぞッ。それを、迷惑だとーーー」
 気色ばんだ京一が怒鳴ると同時に、袋から木刀を抜き放
つ。が・・・・・・。
「あんたらの所の生徒がどうなろうと、うちには、関係の
無い話だ」
「なんだと・・・・・・」
 本心からか、それともこちらを逆上させて、自分のペー
スに巻き込もうとしているのか、紫暮は挑発的な態度を取
り続ける。そして沸騰する怒りを隠そうともせず、木刀を
構えて、一歩前に出た京一の肩を醍醐が掴む。
「まァ、待て、京一ッ。紫暮。単刀直入に聞きたいんだが
ーーー、今話した事に心当たりはないか?」
「・・・・・・。俺が、口で否定したとして、お前達は信
用できるのか?」
 紫暮の言葉に醍醐は押し黙る。・・・人間心理として、
こういう状況に陥った人間が取る行動は、舌を動かし、声
高に無実を主張するか、開き直って、ふてぶてしい態度を
とるか、もしくはひたすら沈黙を守るか、である。紫暮に
とって不利な状況が山積みだが、当の本人は、髪の毛一本
分程の動揺も見せないし、虚勢を張っている様にも見えな
い。本人には、なんら後ろ暗い所は無いという所か。
「その人数で、わざわざここまで来たという事は、闘う覚
悟もあるーーー、という事じゃないのか?」
「それは俺達の本意では無い。が、それも選択肢としては
存在すると言っておこう」
「なるほど。残念だが・・・、俺には、その覚悟を打ち消
す程の無実の証明は無い」
「つまり、証拠はねェが、やっちゃいねェってコトか」
「さァ・・・な。どうだ? 俺のいう事が信用できるか?」
「・・・。信用、ね・・・・・・」
 ・・・俺の見る所、今回の一件にこの男は、関与してい
ないようだが。裏で糸を引き、人を意のままに踊らせる事
が出来るようなタイプでは無い。恐らく性格的にも、この
ような不名誉な策を持ちかけられた所で、それを容認する
ような事は無いだろう。
「頭で考えるだけでは、わからない事もある。俺も武道家
の端くれだ。拳を交える事で、無実を証明してみせよう」
「まさか・・・、あなたひとりで、私達全員と立ち合うつ
もりなのですか?」
「無論・・・。ひとりづつでも、全員同時でも」
「いい心懸けだな・・・」
 美里の声に頷いて見せる紫暮。既に沸騰済みの京一が、
一度は下ろしていた木刀を再度構えたその時。
『主将!!』
『おれたちにも、加勢させてください、主将!!』
 声と共に、道場の扉を押し開け、複数の人影が道場内に
躍り込んで来た。数は十人足らず。連中は、俺達と紫暮の
間に素早く入り込み壁を造る。そこで初めて紫暮の表情が
変わった。
「お前たち・・・。今日はもう帰宅しろといった筈だろう?」
『しかし、主将・・・。いくら無実を証明するとはいえ、
主将は最後の大会を控えた身』
『そうですッ。あらぬ疑いをかけられた上、こんな私闘に
付き合うなど、人が好すぎます!!」
「・・・・・・」
 ・・・この時点で『鎧扇寺犯人説』は完全に消滅した。
こういう連中なら、夜道で背中から刺すなどという事をせ
ず、正面から、堂々と敵を打ち破る事を望んでいるだろう
し、そして部のトップが、ここまで部員の心を掌握してい
る以上、たとえ下っ端でもその意に背くような真似はすま
い。と、なると犯人は・・・・・・。
「別にオレ達は構わねェぜ。誰が、何人で来ようと。ーー
ー時間がねェんだ、さっさと始めようぜ」
 不敵な顔でそう言い放つ京一の横で、醍醐が音高く、左
の手のひらに右拳をぶつける。・・・こうなったら、もう
激突は避けられない。
「ここは三人だけで相手する。美里と桜井は退れ」
「えッ・・・・・・」
「風間クン!?」
「生身の人間を矢で射る訳にいくまい。それに何も知らな
い人間に、美里の『力』を見られたら、後々、面倒な事に
なるんでな」
「で、でも・・・」
「二人が足手纏いと言ってるんじゃ無い。これは得手、不
得手の問題でな。そう言う事だ、醍醐、京一。一人当り、
ノルマ三人。二人共、それでいいな?」
「OK」
「おう」
「忘れる所だった。美里、これを持っていてくれ」
 言いながら、腰に下げた霊銃をホルスターごと外し、美
里に渡した。 
「素手の闘いには、ちと不粋な物だからな。それと・・・
怪我人が出た時は、宜しく頼む」
「・・・わかったわ」
「それと、桜井。これを持ってろ」
 更にポケットから『珠』を数個取りだし、桜井に渡す。
「もし近づく奴がいたら、これを投げつけろ。命中しなく
ても、近くに落ちるだけでも効果はあるから、その間に助
けを呼べ」
「うん・・・。でも、相手がケガとかしない?」
「心配無い。失神するか、痺れて動けなくなる程度だ。殺
傷力の低さは、スタン・グレネードといい勝負だ。ま、そ
れを使う様な事は無いと思うが、とにかく、美里を頼む」
「うんッ。まかせてッ」
 二人との会話を打ち切ると、いつもの様に、戦闘体制に
移行する。
「お前らッ。鎧扇寺空手部の力、見せてやるぞッ!!」
『押忍ッ!!』
 ときの声を上げた部員達は一斉に構えをとり、俺達を取
り囲む。
「行くぞッ!!」 
 紫暮の叫び声を合図に、連中は床を踏みならし、一丸と
なって俺達に襲い掛かって来た。

            第六話『友』其の3へ・・・

 戦人記・第六話其の参へ続く。

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