戻る

真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第六話「友」其の参

  そして交戦状態に入った俺達は、それぞれ、目標と定め
た相手と闘っていた。
「剣掌ォ・・・旋ッ!!」
 真っ先に突っ込んで来た平部員Aが、京一の放った衝撃
波に、壁際まで弾き飛ばされる。・・・って、あいつ常人
相手に『力』を使いやがった。人に見られたら、後々、面
倒な事になると言うのに・・・・・・。
『うらあッ!!』
 更に部員Bが突き出した拳を、余裕のワンステップで回
避して。
「悪ィけど・・・」
 すかさず、木刀の一撃で叩き伏せる。
「オレ、野郎にゃ容赦無いのよ」
 ニヤリと笑ってみせるが、相手は既に気絶している。 
「さ〜て、さくさく行くぞ。さくさく」
 醍醐の足元には、既に一人泡を吹いて昏倒しており、今
は、二人目を料理している最中だ。捕らえた相手の関節を
完全に極め、更に力を込めて絞め上げている。
「ぬううううッ」
 相手は逃げようともがいているが、万力の様な醍醐の腕
から逃れるのはまず無理だ。遠からず『落ちる』だろう。
 その頃俺は、大して労せず二人を眠らせ、そして果敢に
も突っ掛かって来た、三人目の部員を壁目掛けて投げ飛ば
し、戦闘不能に陥らせていた。
「はい、ノルマ達成っと。後は他の連中に任せ・・・」
 と、言う訳にはいかなかった。四人目が俺の前に現れた
からだ。
「かなり出来るな。貴様」
「・・・並より上って、自覚はあるがな」
「面白い男だ・・・。俺は、お前の様な男とまみえるのは
初めてだ。お前の力、是非とも見せてもらうぞッ」
 紫暮相手に軽口を叩きながら、他の連中の様子を見る。
 醍醐は、三人目と交戦中・・・、相手はそこそこの遣い
手のようだが、醍醐には劣るだろう。取り敢えず、問題は
無し。京一は・・・、女性陣の側でこちらの様子を、ヒマ
そうに観戦している。
(あいつ・・・。人に厄介者押し付けといて、高見の見物
か・・・。だが、ノルマはちゃんと片しているからな、要
領が良いと言うべきか・・・) 
「行くぞッ!!」
 紫暮の声に、俺も身構える。嘗めてかかれる相手で無い
のは、充分承知。
 拳と拳、蹴りと蹴りが交錯し、攻防が目まぐるしく入れ
替わる。一旦離れた紫暮が、汗を拭いながら言う。
「・・・その技に、身ごなしといい、お前、古武術を使う
な?」
「前にも、同じ質問をされたよ。その台詞を吐いた奴の方
が、俺より余程、お前の相手に相応しいんだがな・・・」
 ・・・予想に違わず、こいつは強い。醍醐の様に、打撃
から投げ技や締め技へと連携させる巧さこそ無いが、その
分、力や技の切れでは醍醐を凌駕している。正直、力や打
たれ強さで俺は奴に劣る以上、今の状態が続くと、ジリ貧
というか、かなり分が悪い。
「ふ・・・。武道家として、お前の様な強者と闘えるのを
嬉しく思うぞッ」
「・・・俺は強者なんぞじゃない。さっきも言った筈だ、
『並より上』程度だとな」
「謙遜のつもりか? だが、そろそろ本気でいかせてもら
うぞッ!!」
 ・・・このままズルズルと、奴のペースに押し切られる
のは避けたい所だ。今度は俺が先に仕掛けた。床を蹴り、
真っ直ぐ、奴に迫る。 
 頭を狙っての『龍星脚』は止められたが、そこから更に
踏み込むと、立て続けに突きや蹴りを放つ。
 何発かは、頬を掠めたり、浅く入りはしたが、筋肉の鎧
を纏った奴に、有効なダメージを与えてはいない。現に俺
の攻撃を耐え抜くと、猛然と反撃に出て来た。 
「おりゃァァァァッ!!」
 強烈な上段蹴りに、ガードが崩された。そこへ間髪入れ
ず、次の攻撃が来る。
 一発目を避け、続いての一撃もかわそうとしたが、反応
が遅れた。右拳がまともに頬に入った。
「ぐッ!!」
 奴の間合いから離れたい所だが、正直、今の一発はかな
りキツく、足に来た。奴がそのスキを見逃す訳が無い。
「どおりゃあァァァァッ!!」
 全体重を乗せた横蹴りが放たれる。腕を十字に交差させ
て、何とかそれを受ける。が・・・。
 ガードごと、吹き飛ばされた。何とか両足を踏み締め、
堪えたが、蹴りを受けた両腕が痺れている。
(なんて力だ・・・。素の状態で、急所にこれをまともに
貰ったら、立ってられる自信は無いな・・・・・・)
 内心慄然としつつ、数歩後退した。更に呼吸を整えなが
ら、軽く両手を振って、感覚が戻るのを待つ。
「どうした? お前の力はそんな物ではないだろう」
 その声を聞きつつ、手で口元を拭い、そして口中に滲む
鉄の味がする苦い液体を、ハンカチに吐き出す。こいつを
倒すには、久しぶりに『解放』を行う必要がありそうだ。
「やってくれるじゃないか・・・。倍で返す」
「いいだろう。そうこなくてはな」
 制服の衿に指を掛け、ホックを外す。そして醍醐の時と
同じく、それまで、常人程度に抑えてあった身体能力を、
本来の段階に戻した。・・・全身に力がみなぎり、体が軽
くなる。例えるなら、重力という、見えない枷から解き放
たれたような感じと言えばいいのか。
「フンッ!!」
 間合いを詰め、気合いと共に、紫暮が繰り出す拳を、片
手でいなすと同時に捉え、更に奴の伸びきった腕、肘の下
辺りを、もう一方の手ですくい上げるように思いきりはね
上げて、相手の勢いを巧くコントロールする。そして、そ
れら上半身の動きと連動するように、体の位置を入れ換え
ながら、更に足払いを掛けて、体勢を崩してやる。
 ・・・以上を一瞬で行った結果、紫暮の体が宙で一回転
し、受け身も取れぬまま、床に叩きつけられる。
『ぐはァああッ!!』
 ・・・相手の技の力と勢いを利用し、そのまま相手に返
すと言う、師が多用する投げ技だ。自分も修行を始めた頃
は、よくこれをやられた物だが。
「ぐ・・・お・・・。貴様ァ・・・」
 呻きながら、素早く立ち上がる紫暮だが、体勢を立て直
す前に、カタを付けるべく、俺は襲い掛かった。 
 まず、お返しの一発が顔を捉え、蹴りが脇腹にめり込ん
だが、醍醐以上のタフさを誇る相手を沈めるには、生半可
な技では駄目だ。
「はああァァ・・・せりゃあッ!!」 
 以前、『村正』に引導を渡した、『掌打』と『龍星脚』
を瞬間的に数十発以上繰り出す、今使える中では、最強ク
ラスの連撃技・・・『八雲』を紫暮目掛け、叩き込む。
『ぬ、ぬおぉぉぉッ!?』
 最初の数発こそブロックされたが、『八雲』の破壊力は
紫暮の防御力を上回った。ガードが破れるや、一気に畳み
掛ける。そして呵責の無い連撃を浴びた、紫暮の体が不安
定に揺らぐ。
「これで・・・終わりッ!!」
 連撃の最後は、胸板に掌底を打ち込むと同時に、密着状
態で『発けい』を放つ。
 体重1OOKgを越す巨体が、宙を飛んで羽目板に衝突
した後、ずり落ち、そして前のめりに床に沈む。
 構えを崩さぬまま、俺は小さく息を吐いた。手加減して
食らわした『八雲』だが、それでも暫くは動けないダメー
ジを与えた筈だ。これで立って、尚かつ、戦闘力が残って
いたら、それこそゴキブリ並の生命力の持ち主である。
『しゅ・・・主将・・・』
『しっかりしてくださいッ!!』
 倒れた紫暮に、部員達が駆け寄り、介抱する。呻き声が
聞こえるから、意識はあるようだが。
『主将ッ!!』
「うッ・・・、うゥむ・・・。俺は大丈夫だ・・・。心配
するな、お前ら」
 言いながら半身を起こし、頭を振る。
「それより、お前らこそーーー」
『自分たちは、大丈夫です』
 醍醐とやり合っていた部員。・・・おそらく副部長クラ
スだろう・・・が、紫暮に答える。
「そうか・・・。それは良かった・・・」
 安堵したように言うと、一声上げて立ち上がった。
「やれやれ・・・。俺もまだまだ、修行が足らんなあ。そ
れにしても、強いな。あんたたちは・・・。しかし、これ
では、無実を証明するどころじゃあないなあ」
 わはははッと、道場中に響く豪快な笑い声を上げる。そ
の顔には、負けた事に対するわだかまりや、腹に一物含ん
でいる様子は、全く見受けられない。笑いが収まった後、
醍醐が口を開いた。
「・・・・・・。紫暮・・・。もう一度聞きたい。真神の
空手部の人間を襲った奴に心当たりは?」
「・・・・・・。少なくとも、俺の知っている限りでは、
心当たりは無い」
「そうか・・・・・・」
 醍醐も既に、鎧扇寺が犯人で無いと、気付いていたのだ
ろう。先程のような詰問口調では無く、事実を確認するよ
うな声調であり、紫暮の返事を聞いても、短く答えるに留
まった。
「紫暮ーーー。あんたは、立派な武道家だな。おれ達は、
少し礼を欠いていたかもしれん・・・。済まなかった・・
・」
 謹ちょくな表情で、醍醐は頭を下げる。・・・確かに、
確証があった訳でもないのに、余所の学校に押し掛けたあ
げく、乱闘騒ぎまで起こしたのだ。これが知れ渡ったら、
かなりの問題になるのは、間違い無いし、又、思慮が足り
ないと言われても仕方無い・・・・・・。
「わははははッ。そんなでかい図体で、情けない顔をする
な。こっちも挑発したんだ。実をいうとな・・・。醍醐っ
て男と、一度手合わせしてみたかったのさ」
「・・・・・・」
「ちッ、物好きなヤツだぜ」
 その謝罪の言葉を、紫暮は『豪放らい落』という表現そ
のままに笑い飛ばしたが、その後で洩らした本音を聞き、
対応に困った様に醍醐は言葉を失い、そして京一は呆れ顔
で舌打ちしてみせる。
「わははははッ。空手とはまた違った、おもしろい闘いを
させてもらったよ。それに風間ーーー。あんたの技も、凄
かったぜ・・・・・・」
「そうだな・・・。一対一で、俺の顔面に拳を入れた人間
は、今年に入ってからは、師以外ではお前が初めてだ」
「ふ・・・。誉められたと思っておこう。しかし、本当に
いい闘いだったな」
「はははッ。風間の強さは、おれも身に染みてるからな」
「ほう・・・。醍醐(お前)にそこまでいわせるとは、つ
くづく、凄い奴だなあ。今まで、噂に聞いた事もなかった
のが、不思議なくらいだ」
 横から話に加わって来た醍醐の声を聞き、改めて感服し
たような目を俺に向ける。
「あァーー、風間は、転校生だからな」
「転校生? 真神にもか?」
「真神にも・・・って」
「他の高校の話なんだが、転校生の噂はよく耳にする」
「うち以外にも転校生が?」
「別に珍しい話じゃねェだろ。転校生が来るコトぐらい」
 紫暮の声に答える醍醐と京一。だが紫暮は、何か歯に物
が挟まったような顔で話し続ける。
「ふむ・・・、まァな。だが、今年に限って、転校生が多
いっていうのも妙な話だ。・・・・・・この東京で、何か
が変わり始めているのかもしれん・・・」
 ・・・そう言えば、俺が『力』を得るきっかけとなった
『あの事件』の元凶たる男も転校生だった。しかもあの男
は、当時俺が在学していた明日香へ、真神から転校してき
たのだったな・・・。しかし、俺の人生航路を大きく変え
た、あの忌々しい『事件』は感覚的には、もう随分昔の事
の様に思える・・・。実際には、起こってから一年と少し
しかたっていないのだが・・・。
『主将・・・。そんな事よりも、早く医務室に行かれた方
が・・・』
『そうですよッ。大事な大会前じゃないですかッ』
「わははははッ。何をそんなに心配している。この程度の
傷、3日もすれば後も残らんわ。それよりお前らこそ医務
室へ行ってこい。お前らだって、試合前の大事な身体だ」
 口々に掛けられる言葉を笑い飛ばした後、逆に諭すよう
な口調で部員達に言う。・・・多少手加減したとは言え、
あれ程の打撃を被って、それが3日で直るって・・・。ど
ういう体力しているんだ、こいつ・・・・・・。
『しかしーーーッ』
「俺は彼らと少し話がある」
 紫暮の声に部員達は互いに顔を見合わしていたが、先程
の部員が、ざわつく他の部員達を制した後。
『押忍ッ!! それでは、失礼しますッ』
 と、言い残して、整然と道場から立ち去った。その後ろ
姿を見ながら、醍醐が感心したように言う。
「いい部員だな・・・。部と空手を愛してる。部長の教え
がいいんだな」
「わはははッ。誉めても何にもでんぞッ」
「はははッ」
 醍醐の率直な賞賛の声に、紫暮は笑いながらそう切り返
し、醍醐も又笑う。・・・どうやらこの二人、精神の基調
で相通じる所があるようだ。そして紫暮が笑うのを止める
と、俺達を見た。
「さて、と・・・。俺の方も聞きたい事があるんだが、構
わんか?」
「ああ。俺達で答えられる物なら」
「そうか・・・。こんな事を聞ける奴は、そうはいなくて
な。あんた達のさっきの技を見てて思ったんだが・・・。
あれは、一体何なんだ?」
「何なんだ・・・とは?」
 醍醐が質問の最後の部分を聞き返した。
「いや、その・・・、上手くは言えんが、あの『力』・・
・、ああいった常人離れした力を使える人間が、他にもい
るのか・・・とかな」
 それを聞いた醍醐は、即答しなかった。そう質問してく
る事は、醍醐も予想していただろうが、この『力』を得た
事情が事情だけに、軽々しく答えられる様な物では無い。
 無言のまま、眉間にシワを寄せる醍醐に、女性陣が声を
掛けた。
「醍醐クン・・・。紫暮クンになら、話してもいいんじゃ
ない? 悪いヒトじゃなさそうだし」
「そうね・・・。私も仲間は、多い方がいいと思うわ」
「ふむ・・・。お前達はどうなんだ?」
「オレはかまわねェぜ」
「決めるのはお前だ。俺じゃない」
「そうだな・・・。紫暮。あんたに聞いてもらいたい事が
あるんだ。この東京で起こり始めている、異変をーーー」
「うぅっ・・・」
 不意に小さく呻いた紫暮が、その場に片膝をついた。
「紫暮ッ。どうしたんだッ!?」
「いや・・・。部員達の手前、ああは言ったが、実は立っ
てるのがやっとだったんだ・・・。特に最後の掌底がな・
・・・・・」
 醍醐の声に答えた後、胸に手をやり、顔をしかめる。
「風間ッ。お前、少しやり過ぎたんじゃないのかッ」
「そうは言うがな・・・。手加減はしたぞ、一応・・・」
「お前の言う『手加減』は、手加減と言える物じゃない。
大体だな・・・」
 俄に説教モードに突入する醍醐。それを聞きながら、俺
は美里の方を見た。その意味に気付いた美里がこちらに近
寄ると、紫暮の側でしゃがむ。
「あの・・・、目を閉じて、体を楽にして下さい・・・」
「あ、ああ・・・」
 紫暮がそれに従うと、美里は体に手をかざした。ボウッ
と、蒼白い輝きが美里の体から放たれ、そしてその光は美
里の手を介して、紫暮へと送り込まれていく。
 一、二分程、それを続けると、美里は『力』の放出を止
め、立ち上がった。
「・・・終わりました。まだ、どこか痛みますか?」
「き、傷が消えて・・・。それに痛みまで・・・。あんた
一体どうやって・・・・・・」
 紫暮が自分の体を眺め回し、触れまわった後、自分の身
に起こった事に対し、驚きを禁じえない面持ちで、美里と
俺達全員を見た。
「・・・まあ、この事も含めて、おいおい話していく」
 全員が、その場に車座になって座り込むと、俺はこの二
月余りの間に起こった出来事を話し始めた・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ーーーと言うのが、俺達が関わってきた事の全てだ」
「人を石に・・・・・・」
 それまで、身じろぎひとつせず、俺の話を聞いていた紫
暮だが、今日俺達が、ここを訪れる理由になった事件の詳
細を聞き、さすがに平静でいられなかったか、何度も首を
振ってみせる。
「ま、信じる信じないは、お前さんの勝手だがな・・・」
「ふむ・・・。雨紋に唐栖・・・か。その嵯峨野っていう
のは、まだ、病院なのか?」
「あァ・・・」
 醍醐が頷く。雨紋から聞いたがあの後、唐栖は完全に行
方をくらましたらしい。そして嵯峨野は桜ケ丘へと、収容
された。奴さんの精神は、未だにあの『夢の世界』に留ま
っているらしい。そして奴が今後どうなるかは、本人次第
だそうだ。
「まッ、にわかにゃ信じられねェ話ではあるけどな」
「・・・・・・」
「今回の一件もーーー、そういった『力』をもった奴が、
関わっている可能性が高いんだ。犠牲者をこれ以上増やさ
ない為にも、早く犯人を捜し出さないとならん」
「・・・・・・。大会前の部員が襲われれば、当然、関係
者が疑われる。もしも、鎧扇寺(うち)の部員が襲われて
いれば、俺も真神を疑ったろうな」
 それを聞いて醍醐は、再び眉間にシワを寄せた。
 ・・・確かに、固有名詞を入れ換れるだけで、お互いの
立場は逆転する。今とは逆に、真神の道場で鎧扇寺からの
『客』を迎えているという事だってあり得たのだ。
「もしかするとーーー、犯人は、鎧扇寺の名を騙り、俺と
あんたたちを闘わせて、潰しあうのを狙って、今回の一件
を仕組んだ可能性もあるな・・・」
「ちょっと待てよ。そいつは、ちと話が飛躍しすぎじゃね
ェのか?」
「うん・・・。だって、ボクたちは初対面だし、それに、
空手部同士のことに、ボクたちが首を突っ込むことまで、
敵は想定してたってコト? ちょっと無理があるような気
がしない? ねェ、風間クン」
 言葉を選びながら、慎重な口ぶりで話す紫暮に、京一と
桜井が異論を唱える。
「・・・そうかな? 俺には紫暮の意見の方が『そうでは
ない』という場合より、説得力がある様に思うぞ。それに
そう考えれば、俺が当初この一件に対し、抱いていた違和
感にも説明がつくし、つじつまも合う」
「え・・・? じゃあ、風間クンもそうおもってるの?
・・・でもさあ、ちょっと考えすぎなんじゃない?」
「だが、事実おれ達は、こうしてここにいる。紫暮のいう
事も、可能性がない訳じゃない」
「紫暮か、オレ達を知っているヤツの仕業ってコトも、考
えられるってワケか・・・・・・」
「そっか・・・。そうなると、醍醐クン達が事件を目撃し
たのも、単なる偶然じゃあないかもね・・・・・・」
「でもよォ、仮にそうだとして、なんで鎧扇寺を選んだん
だよ。別に他の学校でもいーじゃねェか」
「それはそうだよね・・・・・・」
「理由ならあるさ」
 ・・・等と話している所へ、更に京一が新たに発生した
疑問を口にし、それについて、首を傾げる桜井だが、紫暮
のその意外な言葉に、全員の視線が集中した。
「なんだよ、それ?」
「正確には、鎧扇寺ではなく、俺個人に・・・な」
 言いながら立ち上がった紫暮の全身を、光が包む。その
色は、今迄俺達の前に立ちはだかった奴らに共通する、ど
す黒い緋色ではなく、俺達と同じ、蒼白く、まばゆい輝き
を放っている。
「まさか・・・、お前」
『はァァァァァッ!!』
 道場の空気を震わした、その烈迫の気合いが、醍醐の驚
き、上ずった声をかき消した。そして・・・。
 紫暮の身体の輪郭が僅かに揺らめくと、次の瞬間、その
横にもう一人の紫暮が出現したのだ。
「ーーーーーー!!」
「なッーーー!!」
「あッ・・・」
「紫暮が・・・」
「二人に・・・なっただと!?」
『こういう事さ』
 と、分裂した紫暮が、『異口同音』という言葉通りに、
驚愕する俺達に向かって喋る。 
「一体、これは・・・?」
『正確には、二重存在(ドッペルゲンガー)というらしい
のだが、俺自身も詳しい事はよく知らん。単純にいうと、
どうも分身のようなものらしいな。初めは、俺が眠ってい
るときしか、現れなかったんだが、今では、好きな時に出
せるようになりつつある』
 ・・・ドッペルゲンガーと言えば、確か、なんとかいう
作家が、晩年それを見た事により、精神の均衡を崩し、最
後には自殺したとかいう話を、以前どこかで聞いた事があ
るが・・・。紫暮のこれとは、直接の関係はあるまい。分
身を消して、再び一人に戻った紫暮に、美里が質問する。
「一体、いつ頃からその力が・・・」
「うむ・・・。三年に上がって、少しした頃か・・・」
「やはり、その頃か・・・・・・」
 紫暮の返事に、腕組みした醍醐が頷く。それは、俺を除
く四人が、あの旧校舎で『力』を得た頃と一致する。
「紫暮が、おれ達と同じように、特殊な能力をもっている
という事は、ますます、おれ達を知っている人間の仕業で
ある可能性が高いな」
「あァ、そう考えるのが妥当だろう。それよりも、さっき
いっていたーーー、時間が無い、というのは、どういう意
味なんだ?」
「あのーーー、襲われた人達の石化は、除々に進行してい
るんです。今は腕だけだけど、いずれは全身が・・・。そ
うなる前に、私達は犯人を捜さなくてはいけないんです」
「なるほど・・・・・・」
 それを聞いて納得したのか、そう独語した後、軽く目を
閉じ、思案するような顔をする。同時に美里が言葉の最後
の部分をなぜ濁したかについても、おぼろ気ながら、その
意味を悟ったらしい。思案を止めると俺達を見て頷いた。
「事実を知ってしまった以上、俺も無関係という訳ではな
い。俺も犯人を捜すのを手伝おう。どうだ、いいだろ?」
「協力してくれるのなら、有り難いが。・・・しかし、試
合を控えているのではなかったか?」
「わはははッ。お前達がそれを望んでいるのだろう? な
ら俺としても協力は惜しまんし、そんな気遣いは無用だ。
なにより、宿敵(まがみ)のいない大会など、張り合いが
ないからなッ」
「・・・そうか。済まない、協力に感謝する」
 俺は紫暮に頭を下げた。この一件には、本来無関係の筈
なのに、こちらの都合に一方的に巻き込んでしまった事に
対し幾分、申し訳なさを感じる。
「はははッ。変わった男だ。所で、紫暮ーーーーーー。最
後に、ひとつ聞かせてくれ」
「ん?」
「どうして、さっきの闘いで、あの『二重存在』(ちから
)を使わなかったんだ?」
「そうそう。ボクも気になってたんだ」
 ・・・確かに。こいつの腕は本物であり、現に、一人で
もあれだけ手こずらされたのだ。この上に『二重存在』を
使われていたなら、『解放』の更に上のモードを発動する
必要があったかも知れない。
「わはははッ。なんだ、そんなことか? 己の身の潔白を
証明するんだ。正々堂々と、己自身の力のみで闘わねば、
意味がないだろう? それに・・・まあ正直にいえば、ま
だ実戦で使用できるレベルではないしな・・・」
「そうか・・・。まったく、大した男だよーーー」
 紫暮の返事を聞き、醍醐は尊敬の眼差しを向けた。確か
に、今時珍しい裏表の無い、見ていて気持ちのいい漢だ。
 こいつの観点から、先程の闘いを振り返れば、とてもじ
ゃないが、俺は勝者などといえる様な立場では無い。
「それじゃあ、俺の方でも全力を尽くす。もしも、なにか
あったら、いつでも連絡してくれ。どこへでも、すぐに駆
けつけよう」
「あァ、よろしく頼む」
 紫暮と醍醐は、がっちりと握手を交わす。そして俺は、
自宅と携帯の番号を書いた、名刺サイズの紙片を紫暮に渡
し、紫暮からも緊急時の連絡先を聞き、携帯に入力した後
で、紫暮が俺達に、新たな情報をもたらした。
「そうだーーー。参考になるかわからんが、数日前にうち
の部員が、この辺りで不審な男を見たといってたな」
「不審な男?」 
「うむ。やけに派手な装飾を付けた、スキンヘッドの男だ
そうだ。年齢的には高校生らしいが、この辺りじゃ、見な
い顔らしい」
「また、高校生か・・・。案外そいつがそうかもな。それ
で、他に特徴はねェのか?」
 舌打ちした京一が、紫暮の方を見て、更に聞く。
「うむ・・・。確か、左の二の腕に大きなーーー、刺青が
あったとかーーー」
「左の二の腕に・・・、大きな刺青・・・?」
「醍醐クン?」
「どうしたの、醍醐くんッ」
 独語というには大き過ぎる声は、醍醐の物だった。思わ
ずそちらを見た、桜井と美里の声もまるで耳に入って無い
様で、半ば呆然とし、更にブツブツと呟いている。
「まさか・・・、いや、そんな・・・・・・」
「醍醐・・・? 醍醐、おいッ、醍醐ッ!!」
「ん? あァ・・・。すッ、すまん。何でもない・・・」
 京一に肩を掴まれ、強く呼び掛けられた事で、漸く、醍
醐は我に返った様だが、その表情は強ばったままなので、
『なんでもない』なんぞと言った所で、まるで説得力が無
いし、それきり黙り込んでしまった。
「・・・それじゃ、俺の方でもそいつの事を調べてみる。
なにかわかれば、連絡を入れよう」
「あァ、頼むぜ。それじゃあ、オレ達は帰るとするか。じ
ゃあな、紫暮ッ」
「あァ、また会おう」
 改めて、この件で紫暮と共同戦線を取る事を確認し、俺
達は空手部を辞して、一路、新宿への帰路についた。
 鎧扇寺が犯人ではなかった事で、犯人探しは振り出しに
戻った。・・・が、少なくとも、事件の鍵を握っている(
と、思われる)人物の情報が手に入ったのだから、目黒ま
で出向いただけの事はあった。
 そして犯人とおぼしき、『スキンヘッドの男』について
は、あの時の反応を見る限り、醍醐が何かを知っている、
又は、核心へと通じる道標となる、重要な立場にいる事は
間違い無い。 
 どうも、この事件の背後には、当初、俺が考えていた以
上に、ドロドロとした因縁がありそうだ・・・・・・。

         ・・・第六話『友』其の4へ・・・
 

 戦人記・第六話其の四へ続く。

前頁

次頁

戻る

真・Water Gate Cafe

葵館・談話室