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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第六話「友」其の四

鎧扇寺からの帰り道、俺達はサラリーマンの帰宅ラッシ
ュに巻き込まれ、やっとの事で新宿へと帰って来た。
 雑踏の中を歩く俺達だが、紫暮の話を聞いてから、何も
喋らず深刻な表情で、ひたすら自分自身の思考を追い続け
ている醍醐を見かねたのか、桜井が声を掛けた。
「・・・醍醐クン。醍醐クンッてばッ!!」
 何度も呼びかけて、漸く反応が返って来た。足を止めて
桜井の方を見る。
「もう・・・。ボーッとしちゃってさ。どうかしたの?」
「い、いや・・・・・・」
「お前、さっきの話をきいてからちょっとヘンだぜ? な
んか・・・思い当たる事でもあんのかよ」
 桜井に続いて、京一も話に加わる。
「そんなんじゃないさ・・・。ちょっと考えごとをしてい
ただけだ。悪かったな、桜井」
「別に・・・、ボクはいいけどさ。ひとりで考えごとなん
て、気になるじゃないか」
「お前はすぐに考えすぎる、悪い癖があるからな」
「醍醐くん・・・。ひとりで悩んでいないで、私達にも相
談して・・・。ねェ、風間くん」
「・・・ああ」
「うん・・・。醍醐くんも、なんでもひとりで抱え込まな
いで・・・・・・」
「あァ・・・、ありがとう、美里、風間。すまんな、余計
な心配をかけて・・・。とにかく、なんでもないから、気
にするな」
 そう言う醍醐の横顔に、俺は視線を向けた。 
「お前はそう言うがな。への字口で、むっつり顔しておい
て『何でもない』を連呼されても、全く説得力は無いぞ。
俺には、お前が何を思い、患っているかは分からんし、人
の内面の事情や私事に、無理に立ち入る気は無いがな」
「・・・・・・。それより、ちょっと病院へ寄って行かな
いか? 容態も気になるしな・・・。どうだ、風間」
「いや、俺は『あの店』に行って、何か役に立ちそうな物
が無いか、捜して来る。この一件絡みでもう一回ぐらい、
荒事がありそうだからな。それに・・・、状況が何一つ進
展してないからな、病状が快方に向かったって事も無いだ
ろうし、自分達が行っても邪魔にしかならんよ」
「まッ、そうだな。オレたちが見舞いに行ったところで、
良くなるもんでもねェしな」
「そうか・・・。それじゃ、おれはちょっと、寄ってみる
よ」
「あッ、ボクも行くよッ」
「私も行くわ」
「そっか。空手部の連中によろしくなッ」
「ああ」
 と言う訳で、この場で解散した後、醍醐達三人の見舞い
組と、俺と京一の用事組とに別れる事になった。
 そして別れ際、桜井が先程渡した『珠』を返すと言って
来た。俺は『やる』と言ったのだが、ああいう危険物を桜
井は持ち歩く気にはなれなかったのか、それを断った為、
『珠』を受け取り、自分の鞄にしまい込んだ。
「じゃ、また明日な。行こうぜッ、翔」
「そうだな」
 その会話を最後に、俺達は一路『如月骨董品店』へと向
かった。

        ■3−C教室ーー朝■

 事件発生から、三日目の朝。昨晩寝つきが悪かった為、
軽度の睡眠不足気味の俺が、欠伸をかみ殺しながら教室に
入って来たのを見て、早速、醍醐が近寄って来る。
「よォ。おはよう、風間」
「・・・ああ」
「来る途中、桜ケ丘に寄ってきたんだが、院長先生のおか
げで、空手部の4人の容態はかなりよかった。ただし、石
化だけは依然としてゆっくりと進んでいる・・・。一刻も
早く、犯人を見つけないとならん」
「・・・そうだな。何とか助けてやりたい物だが」
「あァ。今は、あの4人を救う事だけを、考えなくてはな
・・・・・・」
「おッ、早いな、お前ら。なに、朝っぱらから景気の悪ィ
顔してんだよ」
 そこへ勢い良く教室のドアを開け、入って来たのは京一
だった。俺と醍醐を見るや軽口を叩き、それに醍醐が重々
しく答える。
「あァ、昨日のことを、な」
「そんなに焦ることはねェよ。むこうの狙いがオレ達にし
ろ、紫暮にしろ、計画が失敗した以上、またなにか仕掛け
てくるさ。むこうの方からな」
「それはそうだが・・・・・・」
 そこでまたも、考え込むような表情になる醍醐。それを
見咎めた京一が、意味あり気な視線を投げかける。
「おい、醍醐ッ。お前、昨日からなんかおかしいぜ? な
ァ、翔」
「・・・確かにな。心ここにあらずと、いった感じだ」
「だろ? それに、そんなデカイ図体でウジウジ考え込ん
でのは、似合わねェぜ、醍醐(タイショー)」
 言いながら京一が、醍醐の背中を叩く。その間、俺は朝
食であるゼリー状栄養剤と、スティック型の某栄養バラン
ス食品(フルーツ味)を噛っていた。
「おはよう、みんな」 
 声と共に、美里が教室に入って来た。
「よォ、美里」
「おはよう、美里」
「・・・おはよう」
 挨拶の後、鞄を自分の机に置き、彼女も話に加わった。
「ん? 小蒔(かれし)は一緒じゃねェのか?」
「うふふ。京一くんったら。私、今日は生徒会の用事で、
早く来たから・・・。でも、もう来る頃じゃないかしら」
 ・・・彼氏? あぁ、桜井の事か。確かに登下校の時や
休憩時間も、二人は常に一緒にいる。それをからかっての
京一の台詞か。
「とうせ、あいつのことだ。美里と一緒じゃねェもんだか
ら、まだのんきに寝てるかもな」
「あッ。いたいたッ。おッはよーーーッ!!」
 更にそこへ、真神一の『厄介事創造者』(トラブルクリ
エイター)が現れる。
「あッ、アン子ちゃん」
「よォ、アン子」
「へへへッ。おはよー。そういえば、昨日、桜井ちゃんか
ら電話で聞いたんだけど、犯人は鎧扇寺じゃなかったんだ
ってね」
「あァ、まあな」 
「なァんだ、せっかく犯人が見つかったとおもったのに」
「それより、お前の方こそどうだったんだよ。なんかわか
ったのかよッ」
「うッ・・・、それは・・・・・・」
 京一の問いかけに、遠野は返答に窮し、言い淀む。その
様子を見て、醍醐と京一が顔を見合わし、笑い出した。
「はははッ」
「くくくッ。やっぱりな」
「なによッ、笑い事じゃないわよッ。院長に、看護婦に変
装しているのバレて、窓から放り出されたんだからッ」
 それを聞くや、京一は爆笑した。日頃、遠野にやり込め
られている分、笑い方に遠慮が無い。そして遠野は、不満
気に腰の辺りをさする。
「おかげで、まだお尻が痛いんだから・・・。風間君。非
道いと思わない?」
「後先考えず興味本意で、何にでも首を突っ込んだらそう
いう目に遭うんだ。これに懲りたら、少しは自重しろ」
「なによッ!! 少しは、心配してくれたっていいじゃな
いッ。『怪我はなかったのか?』ーーとかさァ」
「なにいってやがんだ。自業自得じゃねェか」
 俺と京一に言われ、鼻を鳴らし、そっぽを向いた遠野だ
が、気を取り直し、また別の話題を持ち出して来た。
「でも、収穫がなかった訳じゃないわ。今回の事件に関係
するかどうかは、わからないけどーーー」
「なんだよッ、早くいえよッ」
 急かす京一を遠野はじろりと、睨みつける。
「うっさいわねェ、今、話すわよッ。看護婦同士が話して
いたんだけど・・・、最近、都内の病院で、死んだ患者の
遺体が消えるらしいの」
「消える?」
 思わず怪訝な表情を浮かべ、醍醐は遠野を見返した。 
「えェ。桜ケ丘では、そういう事件はないらしいんだけど
新宿近辺の他の病院は、結構、被害にあってるみたいね」
 それはそうだ。いくら異常な患者を看るといっても、あ
そこは基本的に産婦人科。死人が出る訳が無い。
「目撃者は、今のところいなくて、この件には、警察も介
入してないわ」
「病院側は、警察に届けてねェのかよ」
「まァ、当然でしょうね。遺体が、盗まれたなんていった
ら、病院の信用問題だからね。何とか、モミ消そうとして
るんでしょう」
 京一の声に答えた遠野の返事に、全員薄気味悪そうな顔
をする。
(死体泥棒ね。ぞっとせん話だが、多分、角膜か臓器目当
ての犯行だろう。まさかその筋のマニアに売り付けるとも
思えんしな・・・。って事は、日本の『組織的自由業者』
か『チャイニーズ・コーサ・ノストラ』辺りの仕業か?)
「ま、いずれにせよーーー、病院の周りをうろつく奴を見
たら、注意した方がいいかもね」
「ああ、わかった」
 頷く醍醐だが、俺達には関係の無い話だ。今関わってい
る、石化事件だけで手一杯であり、正直、手は回らない。
「あたしの方も、引き続き、調査してみるけど」
「お前、まだやるつもりかよ・・・・・・」
 京一は、心底呆れた様な顔をする。・・・意気込み『だ
け』はあるが、どうやら、この御仁には『学習能力』は無
いらしい・・・・・・。
「あったりまえでしょッ。昔の諺でも、ペンは剣より強し
ーーっていうしね。いくら、あの院長でも、急所を狙えば
・・・」
「おいおいッ・・・。武器に使ってどーすんだよ」
 思わずジト目で突っ込む京一に、遠野は険のある視線を
投げつける。
「ごちゃごちゃ、うるさい男ねェ。これだから、デリカシ
ーのない男は嫌なのよッ」
「嫌いで結構ーー。オレも、口うるさい女は好み(タイプ
)じゃねェからな」
 京一も負けずと言い返す。『デリカシーが無い奴は嫌』
なんぞと言うなら、遠野は相当に深刻な自己嫌悪に陥って
いなければなるまい・・・・・・。
「はははッ。どうやら、取材は諦めた方がいいな、遠野」
「なによォ、醍醐君まで。別にあたしは、興味本意で取材
してる訳じゃないわ。現実におこりつつある怪奇事件の真
実を、克明に伝えることにより、平和に溺没しきった社会
に警鐘を鳴らす事が、あたしの使命なの。逃げ惑う民間人
の中を、命を省みず報道の為に、進んでいく・・・。安心
してーー。悪の秘密結社に捕まったとしても、みんなの事
は喋らないから・・・・・・」
「秘密結社って、お前な・・・・・・」
「御高説は結構。だが公表した所で、信じて貰えなければ
それ迄だ。日本のイエロー・ジャーナリズムの様に、商売
根性と無責任な好奇心を満たす為の厚化粧に、もっともら
しい大義名分と長広舌を並べ立てたり、自分色の夢と言葉
に酔うのも、程々にするんだな」
 脱力した様な声を出す京一。そして俺は、厳寒期のベー
リング海にも匹敵する、言葉の冷水をぶっかけた。
 が、それでもこの御仁に、堪えた様な色は見えない。
「あァ・・・、これぞ、ジャーナリストの鑑ッ。ジャーナ
リズムとは、本来そうあるべきなのよッ」
「はいはい。だが、お前の敵は理屈の通じない院長(バケ
モノ)だってことを忘れるなよ」
 京一の皮肉交じりの一言に、遠野は一瞬、言葉に詰まる
が、なおも言いつのる。
「いッ、いいわよッ。今日こそ取材してみせるわッ。それ
より、そっちこそしっかりしてよねッ」
「ふんッ。いわれるまでもねェ。こっちも、急がなきゃな
らねェしな・・・・・・」
 その時、チャイムが鳴り響き、遠野が黒板の上の時計に
目をやった。
「いっけなーいッ。もう、こんな時間ッ!! あたし、も
う戻らなきゃ。じゃ、また後でねッ」
「・・・さてと、オレ達も、席に戻るか」
「そういえばーーー、桜井は、まだ来ないのか。もう、H
Rが始まるというのに・・・」
「そうね・・・。もしかしたら、今日は休みかもしれない
わね・・・・・・。後で、連絡してみるわ」
 慌ただしく教室を出て行く遠野を見送ると、京一はさっ
さと、窓際の自席へと向かう。そして教室の扉と桜井の席
を交互に見やった後で醍醐が呟き、その声を聞いた美里が
答えた時、出席簿を持った担任が教室に入って来た。
『起立ーーー』
 日直の女子生徒が声を出し、今日も又、学生としての一
日が始まった。 

      ■3−C教室ーー放課後■

 その日の授業も全て終わり、帰りのHRの後、生徒達は
一斉に教室を出て、帰途につくなり、部活動に向かう。い
つも通りの光景だ。俺もそれに続こうと、鞄に教科書やノ
ートを詰め込んで行き、それが終わった時。
「風間」
「何か用か、醍醐」
「ん、用と言うか、その・・・、結局来なかったな、桜井
の奴。体調でも、崩したんだろうか・・・・・・」
「まァ、そう心配するなって。今、美里が電話しに行って
るからよ。だけど、なんの連絡もないなんて、珍しいな」
 そこへ帰り支度を整えた・・・と、いっても教科書の類
は、全て机に押し込んだままなので、持っているのは、い
つもの袋だけという京一が現れる。
「何もなければいいんだが・・・・・・」
「だから、気にしすぎだってんだよッ。ほらーーー、美里
が戻ってきたぜッ。おーいッ。小蒔の奴、どうしたって?
どうせ、食い過ぎで腹でも壊したッてんだろ?」
 浮かない顔で腕組みし、考え込む醍醐。そして、教室に
入って来た美里に向かい、冗談めかして言う京一だが、こ
ちらに向かって歩いてくる美里の顔は目に見えて蒼い。
「そ、それがーーー、いつもと同じように、朝、家を出た
って・・・・・・」
「ーーーッ!!」
「なんだと・・・」
 顔色を急変させる二人。体と言葉の震えを抑え込みなが
ら、美里は言葉を続ける。
「学校に行って来るって、でかけたそうよ・・・・・・」
「醍醐ッ」
「あッ、ああ・・・・・・」
 京一の声に頷く醍醐だが、その顔にも動揺の色がありあ
りと見てとれる。そして口惜しそうに、舌打ちする京一。
「ちッ、そっちにくるとはな。迂闊だったぜ・・・」
「それじゃあ、小蒔は・・・・・・」 
 美里は手で口を押さえて続く言葉を飲み込んだ。以前、
精神を捕らわれた時の様に、まるで血の気が失せている。
 俺は腕時計に目をやった。
(誘拐されてから、約8時間・・・。かなりまずい状況だ
な。普通、人質は生かしておいてこそだから、そう易々と
害する事はないだろうが、相手が相手だ・・・・・・)
「醍醐ッ!!」
 呆然と立ちすくんだきり、動かない醍醐を見て、京一が
怒鳴りつけた。弾かれたようにこちらを見て、取り繕うよ
うに口を開く。
「あッ、ああ。すまん。ともかく、桜井を捜そう・・・」
「しっかりしてくれよ、タイショー」
「うッ、うむ。誰か目撃者がいないか当たってみよう。そ
れから、桜井がいきそうな所をしらみ潰しにあたるぞッ」
「そうねッ。私、友達の家にも電話してみるわ」
「頼む。それじゃ、行くぞッ」
 携帯電話を取り出した美里に頷いてみせた後、醍醐は弾
丸のような勢いで、教室から飛び出した。
「おッ、おい・・・。ちょっと待て、醍醐ッ!! ・・・
ったく。しょーがねェヤツだな。翔ッ、美里ッ。とにかく
オレ達も行こうぜッ。むこうの出方がわからねェが、ここ
でジッとしてるよかマシだ」
「確かにな。今は半分半秒をも、争う事態だ」
「えェ、行きましょうーーー」 
 廊下を遠ざかる足音を聞きながら、京一は舌打ちする。
 そして俺達も醍醐の後を追い、教室を出た。廊下を走り
つつ、俺は携帯のメモリーを呼び出し、これ迄に知り合っ
た連中に連絡を入れる。
 が、裏密と藤咲には連絡がつかず、高見沢は抜けられな
いとの事。・・・猫の手も借りたいというのに・・・。
 捕まえる事が出来たのは、雨紋、紫暮だけだった。事情
を説明し、桜井の捜索並びに、戦闘が起こった場合の増援
を要請すると、快諾してくれた。これで実働戦力は六人を
確保。とても、人捜しに充分な数とは言えないが、それで
も来てくれるだけ有り難い・・・・・・。

        ■真神学園正門前■

 一階の下足置き場で醍醐に追い付いた後、正門前で、今
後の行動方針を決める。 
「とりあえず、二手に別れて捜そう。それじゃあ、風間と
美里は桜井の通学路をあたってくれ。京一はおれと来い。
・・・いいな?」
「ああ。それじゃあ、後で中央公園で落ち合おうぜ」
「わかったわ」
「・・・異存は無い。そうだ。京一、俺の携帯を渡してお
く。何かわかったら、美里に連絡を入れてくれ」
「わかった。醍醐、行くぜッ」
「うむ」
「京一くんと、醍醐くんも気をつけて・・・」
 美里の声に軽く手を上げた後、走り出した二人を見送っ
た美里が、出発を促す様に俺の方を見やった。
「さァ、私達も行きましょう、風間くん」
 その声に頷き返すと同時に、失踪した桜井の行方を掴む
べく、駆け出す。この前の美里の時と同じ、いや、それ以
上に事態は切迫している。甚だ困難ではあるが、何とかこ
の状況を打開しなければならない・・・・・・。
 ・・・そして美里と共に、桜井の通学路を中心に、道行
く人に聞き込みをしながら、あちこち歩き回ったが、手掛
かりは何一つとして得られなかった。
「小蒔はーーー、いつもと同じように家を出て、このどこ
かでさらわれたのね・・・」
 早足で歩きながら、美里がそう呟いた後、俺を見る。
「風間くん・・・。私、どうすればいいの・・・? もし
も、私が今日小蒔と一緒に来ていれば、こんな事にならな
かったかもしれない・・・。私のせいだわ・・・。私が・
・・・・・」
 段々と声のトーンが落ち、表情も沈んで行く。
「・・・その論法でいくなら、責められるべきは、俺か醍
醐だ。何一つ、こういう事態に対する備えをしてなかった
のだからな。それと『自分がいれば〜』なんて、考え方は
しない方がいい。そういう考え方をしていると、最後には
何もかも抱え込んで、どうしようもなくなってしまうし、
悪い方へ悪い方へ、自分自身を追い込んで行く事になる。
だから・・・、美里がそこまで責任を感じる事は無い」
 ・・・以前もこんな事があった。しかし、あの時もそう
だが、動揺や不安に駆られる人間を気遣い、いたわる事が
出来るような言葉は他にない物か・・・。つくづく、自分
自身の語彙(ごい)の貧弱さを思い知らされつつ、美里に
話しかける。
「ありがとう、風間くん・・・。ごめんなさい。私ったら
動揺しちゃって・・・。今は、落ち込んでいる場合じゃな
いわよね。もう少し、向こうを捜してみましょう」
 そう言った後、美里が再度走り出そうとする間際。
「小蒔・・・。どうか、無事でいて・・・・・・」
 その祈る様な、可聴域ぎりぎりの呟きを、はっきりと俺
の耳は聴き取っていた。
          ■新宿駅前■

 それからというもの、時間だけがいたずらに過ぎ、俺達
は苛立ちと徒労感という奴らと連れ立って、今は新宿駅周
辺を歩いていた。
「誰か・・・、何か見た人がいるといいんだけど・・・」
 立ち止まった美里が、周りを見回しながら呟いた時。
『あらッーー。風間君じゃないッ!!』
 交差点の向こうから唐突に聞こえた声に、俺は立ち止ま
って、声が聞こえた方を注視する。
 そして、ごったがえす人混みを掻き分け、現れたのは、
さっきまで連絡を取ろうとしていた藤咲だった。手に幾つ
か紙袋を下げている事から、買い物の帰りなのだろう。 
 駆け足で俺達に近寄り、軽く片目を閉じて挨拶する。
「お久しぶり。うふふッ、元気だった?」
「・・・見ての通りだ」
「ふふふッ。相変わらずね。久しぶりの再会なんだから、
抱き締めて、キスぐらいして欲しいわ・・・」
「生憎、そういう趣味の悪い真似は嫌いでね」
「あッ、あの・・・・・・」
 すり寄って来る藤咲と、それをあしらう俺を見て、美里
が驚いた様子で声を出し、藤咲は面白くなさそうに鼻を鳴
らす。   
「いわなくとも、あんたの事は知ってるよ・・・、美里葵

「えッ・・・」
 初対面の人物に、名を知られている事に驚きを隠せない
美里。そして藤咲は何かに気付いた様に、表情を改める。
「そうかい・・・。あんたとこうして会うのは、初めてだ
ったっけね。あたしは、墨田覚羅高3年の藤咲亜里沙。風
間くんとは、深ァ〜い付き合いなの。よろしくね」
「深い・・・って」
 藤咲の自己紹介を聞くや、美里は大きく目を見開く。そ
して藤咲と俺を交互に見た後、恐る恐るといった感じで尋
ねて来る。
「風間くん・・・。藤咲さんとーーー」
 それに続く言葉は想像するしかないが、誤解もいい所で
ある。大体、付き合うも何も、藤咲と会うのは『あの一件
』以来だ。俺に疚しい事は無いが、無用な誤解をされては
たまらない。
「藤咲が何を言いたいかは知らんが、俺の方には、そうい
った事実は一切無い。いい加減な事をいわないで貰おう」
「なによッ。つまんないの。これから、そういう関係にな
るかもしれないじゃない」
「・・・・・・・・・」
 冷たく言い放つ俺に、ふくれっ面をしてみせる藤咲。そ
して美里は無言のまま、なんとも表現し難い複雑な表情で
俺を見ている。・・・何か凄く気まずい雰囲気なんだが。
「そうだ・・・ッ。そんな事より、さっき、中央公園にガ
ラの悪い奴らが入っていったわよ」
「ガラの悪い奴ら?」
「そ。あいつら・・・確か、渋谷を中心に、女をナンパし
てはさらってくって噂の奴らよ。噂じゃ、西の方の学校の
奴らだって話だけど・・・・・・」
「風間くん・・・。なにか手掛かりになるかもしれないわ
・・・。藤咲さん。どうもありがとう」
「べッ、別に、あたしはなんにもしてないよ・・・」
 以外な所から、事態の打開に繋がるかもしれない、情報
を仕入れる事が出来た。頭を下げ礼を述べる美里に、藤咲
は慌てた様なそぶりをし、そっぽを向く。
「それはともかく・・・、いい所で会えた。藤咲、お前さ
んの手が借りたい」
「・・・なんか、あったみたいね」
「ああ。実はな・・・・・・」
 と、手早く、この数日の出来事と今の状況を説明する。
「・・・なるほど。買い物のついでに、麗司のトコに行こ
うと思ってたんだけど、そういうコトなら手伝うわッ」
「助かる」
 一旦、荷物を預ける為に駅へ向かう藤咲に、それが済み
次第、中央公園に向かうよう伝え、俺達は別行動中の醍醐
達と合流すべく、中央公園を目指し走り出す。『ガラの奴
ら』とやらが、桜井の情報を知っているとしたら、必ず捕
まえて情報を聞き出してみせる。その為なら、俺は手段を
選ぶつもりは無い。

       ■新宿区ーー中央公園■

 合流点である中央公園に俺達は辿り付いた。が、醍醐達
の姿はまだ無い。・・・桜井の捜索をまだ続けているのだ
ろうか。美里は園内を見回し、次に俺を見る。
「醍醐くんと京一くんはまだみたいね。藤咲さん、さっき
西の方っていってたわ。風間くんは、知らなくて当然だけ
ど、醍醐くんは、西のーーー、杉並からの転校生なの。転
校といっても、高一の入学式のほんの五日後だから、余り
覚えている人はいないわ」
 そこで口を閉ざした美里が、再び話し出すまでに数秒の
差が生じ、そしてほんの僅かだが、口調が変化していた。
「醍醐くん、なんだか紫暮さんの話を聞いてから、様子が
おかしかったけれど・・・。やっぱり、何か心当たりがあ
るのかしら」
「・・・そう考えるのが自然だろう。尤も、奴に正面きっ
て、その事を聞く気にはなれんがな」
「そうね・・・。でも、どうして話してくれなかったのか
しら・・・。とりあえず、私たちはーーー」
『やッ、やめてください・・・。人を呼びますよッ!!
いッ・・・いやッ!!』
 美里の言葉を遮ったのは、絹を裂く様なかん高い悲鳴に
続いて聞こえた女性の声であった。・・・近い。それに、
この声はどこかで・・・・・・。
「今のはーーー、もしかして、藤咲さんのいっていた・・
・。行ってみましょう、風間くん。もしかしたら、小蒔の
事も何かわかるかもしれないわ」
「・・・ああ」
 公園の奥へ向かい、一分程走った所で、声の発生源が見
えて来た。
「人を呼びますよ、だってさ。カワイイねェ。いいからさ
あ、オレたちと遊ぼうよ」
『いやッ、離して下さい』
「オレたちの車で、いいトコ行こうよ。なッ? いいじゃ
ねェか」
 ・・・だらしないなりの、チンピラ風の男が二人、学生
服姿の少女に絡んでいる。片手を掴まれた少女は身をよじ
り、なんとか振りほどこうとしているが・・・。
 やや小柄な体格と、左右に分けた栗色の髪。そして青い
上着に赤いスカート。襟元には黄色いリボン。やっぱり『
彼女』か・・・。
「やめてッ・・・。あッーーー、風間さんッ」
 顔を近付けて来る男から逃れようと、半身をそらす比良
坂だが、視線が流れた先にいた俺を見て、安堵した様に小
さく叫ぶと、それに気付いたチンピラ共も、俺達を見る。
「おッ? なんだよ、こっちにもカワイイ娘がいるじゃね
ェか」
「ネーちゃんも、そんな奴ほっといて、こっちきなよ。オ
レたちと遊ぼうぜェ」
 チンピラ共は脂っぽい目で美里を見た後、口々に下卑た
声を上げる。それを聞いて美里は、数歩後ずさった。
「わッ、私は・・・・・・」
 ・・・馬鹿は増長させるとキリが無い。そして、こうい
う人間面した猿に対し、話す舌を俺は持っていない。
 問答無用で『排除』すべく一歩前に出ると、奴らも比良
坂から手を離し、向かって来た時。
「誰が遊ぶかッ、バカやろーッ!」
 そこへ怒声と共に、京一が奴らの背後から現れた。少し
遅れて、醍醐も駆けつける。
「京一くん、醍醐くんッ!!」
「遅くなってすまん。なんだ、こいつらは?」
 美里の声に答えながら、連中を睨みつける醍醐。そして
ピラ共の顔に、驚きの色が満ちた。
「てめェ・・・、もしかして・・・、杉並桐生中の、醍醐
雄矢か・・・?」
「そうだ」
「間違いねェ・・・」
「くくくッ。なら、丁度いい。あの人がーーー、凶津さん
が、お前を待ってるぜ」
「やはり・・・、出所てきてたのか」
「あァ。女も預かってる。早く来ねェと、ヤバイかもなァ
・・・」
 そこへ京一が割り込み、連中に木刀を突き付けた。
「でッ。場所はッ!? そいつは一体、どこにいんだよッ
!!」
「さァねェーーー。自分で捜しなよ。醍醐(あいつ)なら
わかる筈だって、凶津さんがいってたからな」
「おれなら・・・、わかる場所・・・?」
「くくくッ。じゃーなッ」
「早くしねェと、今のあの人はなにするかわかんないぜ。
お前の女も、今頃はもうーーー」
 顔を見合わせ、下劣極まる笑い声を出す奴らに、遂に京
一が噴火した。それと同時に俺も手に『気』を収束する。
「てめェら!!」
 地を蹴り、飛び掛かったが、奴らは素早く、近くに止め
てあった原付に飛び乗り、逃げ去ってしまった。忌々しげ
に、京一が唾を吐く。
「くそッ・・・。逃げられたか」
「・・・・・・。凶津・・・」
 醍醐が重苦しい顔でそう呟く横で、俺が『気』を消した
時、近寄って来た比良坂が、おずおずと話し掛けて来た。
「あッ、あの・・・、あッ、ありがとう」
「礼を言われる様な事じゃない。先に連中の方が逃げただ
けだし、俺は何もしていないからな。それよりも・・・と
んだ災難だったな。怪我は無いか?」
「わたしは大丈夫です。心配してくれるなんて、嬉しい・
・・」
 そういって微笑する比良坂に、京一が話し掛けた。
「たしかーーー、紗夜ちゃん、だったよな」
「はい」 
「桜塚高校だっけ? 品川の。どうしたんだい、こんなと
ころで」
「ちょっと・・・、病院に」
「どっか、悪いのか?」
「いッ、いえ・・・、お友達のお見舞いに・・・・・・」
「そっか。気をつけていきなよ。最近は、新宿(このまち
)も物騒だからな」
「はッ、はい・・・。あの・・・、こちらの方は、お友達
ですか?」
「あァ。デカイ方が醍醐。でッ、こっちが美里だ」
「真神の醍醐だ。よろしく」
「はじめまして・・・。美里葵と、いいます・・・」 
「あッ。わたし、比良坂紗夜っていいます。今日は、本当
にありがとうございました」
 挨拶する二人に頭を下げた後、俺に向き直る。
「風間さん・・・。また会えて、嬉しいです」
「そうか。こうして会うのは、この間の病院前以来だな」
「はい。あ、あの・・・、ごめんなさい。わたし、もう行
かないと」
 唐突にそういうと、比良坂は一礼し、きびすを返す。
「もう行くのか・・・。気を付けてな」
「はい。それじゃあ・・・」
 最後に軽く振り返り、公園の出口へと向かって走り去っ
た。それを見送った俺達だが、不意に美里が口を開く。
「・・・・・・。あの人ーーー、比良坂さんって・・・」
「どうした、美里? 彼女が何か・・・?」 
 先程見せたのとは少し違うが、やはりなんとも表現し難
い、複雑な表情をする美里に、俺は問い掛けた。
「うッ、ううん。なんでもないの・・・・・・」
「・・・そうか」
 美里の顔にはごく微量だが戸惑い、もしくは、不安の様
な物がちらついていた。美里が理由も無く、そういう顔を
するとは思えない。という事は、俺や京一が感じなかった
『何か』を比良坂から感知していたのだろうか? だとし
たら、美里が感じとった物とは一体・・・? 
 そんな疑問が脳裏をよぎったが、今はそれ以上にやるべ
き事がある。それ以上は聞かず、俺は会話を打ち切った。
「よっしゃァ。とにかく、みんなで杉並へ向かおうぜ」
「あァ・・・。行こう、杉並へーーー」
 勢いよく言う京一の声に醍醐は頷く。そして俺は雨紋、
紫暮、藤咲に杉並へ向かう様に連絡し、俺達も中央公園を
後に、杉並へと向かうのだった。

            第六話『友』其の5へ・・・

 戦人記・第六話其の伍へ続く。

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