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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第六話「友」其の伍

 そして杉並へと向かう途中、醍醐は自分とその凶津とい
う男との間に、何があったかを話し始めた。
「おれが奴にーーー、凶津煉児に会ったのは、中学一年の
頃だったーーー。凶津とおれは、5年前の春ーーー、杉並
にある同じ中学に入学した。その頃のおれはーーー、只、
自分がどれだけ強いのかを試したかったーーー。自分にど
れだけの強さがあるのかを知りたかったーーー。2年生、
3年生、他校生。相手も選ばず喧嘩ばかりだった。やがて
ーーー、気がついてみれば、凶津がいた・・・。おれは、
今も、あの頃の奴の瞳をよく覚えてる・・・。決して満た
されぬ飢えと、決して手に入らぬなにかへの切望に満ちた
その目は、只、相手をーーー、そして、自分自身をも傷つ
ける事しか知らないかのようだった。だからかもしれない
・・・。おれが奴とつるむようになったのは・・・。月日
が流れ、3度目の春が来てーーー、おれ達は、中3になっ
ていた。その頃にはおれも、手加減や節度ってものを覚え
ていた。このおれの中の凶器を、どんな時にーーー、何の
為に使うべきかも、少しずつわかり始めていた。だが、奴
はーーー、凶津は、そうじゃなかった。あいつの中の黒い
炎は、まるで衰える事を知らなかった。奴のは最早、喧嘩
ではなく、只のーーー暴力だった。奴はいつの間にか、チ
ンピラ共の大将になっていた。日々、繰り返される、傷害
に、窃盗、そして婦女暴行ーーー。定職についていない、
酒乱の父親との生活は、それに拍車をかけた。おれはーー
ー、そんな奴を止められなかった・・・・・・。やがて、
中学最後の冬が訪れようとしていた頃、おれは凶津に、逮
捕状が出た事を知った。罪状はーーー、殺人未遂だった。
それも、実の父親に対する・・・・・・」
「・・・・・・!!」
 それを聞くや、美里達は思わず息を呑み、俺は眉を僅か
に動かした。その間にも、醍醐の話は続いている。
「新聞にも小さく載っていた。凶津の父親は、病院に運ば
れ、意識不明の重体。容疑者の少年Aは、依然、逃走中ー
ーー。そして・・・。二人の城だった廃屋の隅で、おれは
奴を見つけたーーー。血塗れた手と、泣きすぎて腫れた目
ーーー。おれが見たのは・・・、まぎれもなく、かつて、
友だった男の変わり果てた姿だった。おれを見て、奴はい
ったよ。『助けてくれ』と。何度も、何度も・・・。一体
奴は、何から助けて欲しかったのか。警察の追ってからか
ーーー、荒んだ環境からかーーー、それとも、壊れていく
自分自身からなのかーーー。今も、おれにはわからない・
・・。人は、どうやったら、他人を理解してやるのだろう
か・・・。人はーーー、足掻きながらも、自分をーーーい
や、ましてや他人を、理解してやる事など、できないのか
も知れない・・・。只、その時のおれには、もう一度ーー
ー、奴と勝負する事しか、思い付かなかった。そうする事
で、あの頃に時間を戻したかったのかもしれない。奴にも
・・・、そして、おれ自身にも・・・。只、熱く、正直な
気持ちで拳を合わせたあの頃を、思い出させたかったのか
も知れないーーー。勝負には、おれが勝った・・・。その
頃には、警察が周りを取り囲んでいた。騒ぎを聞きつけた
誰かが、通報したんだろう。警察に連れて行かれる間、奴
は一度もおれを見なかった。まるで・・・、魂が去った後
の抜け殻のような目をしていた。・・・・・・助けを求め
たのに、裏切られたんだーーー。かつてーーーーーー、友
と呼んだ筈の男に・・・・・・」

        ■杉並区ーー某所■

「あれからもう、2年以上も経つ・・・。おれは・・・、
今も、あの冬の日をーーー、あの時の凶津の背中を、忘れ
られずにいる・・・・・・」
 醍醐の話が終わったのは、杉並に到着して、少し経った
頃だった。一言も発せず、話に聞き入っていた俺達に醍醐
が向き直る。
 醍醐の視線が京一、美里の順に動き、そして俺を見た。
「・・・・・・。風間。お前はーーー、お前は、こんなお
れを軽蔑するか?」
「・・・俺は他人に対し、そんな事を言える資格や立場で
は無い。そしてお前が奴に対して、抱き続けている罪悪感
や、自分自身の行いに対する、嫌悪感や後悔を打ち消せる
様な事も又、俺には出来ない。俺に言えるのは『人はその
時その時で、自分が正しいと思った事をするしか無い。そ
の結果、後悔する事になったとしても、それを受け止め、
向き直り、更に越えていかねばならない』という言葉だけ
だ。・・・ある人からの、受け売りだがな」
「そうか・・・。そんな言葉を聞けるとは、思ってもなか
ったよ」 
「醍醐くん・・・。醍醐くんは、その人を裏切ってなんか
いないわ。今も、こんなにその人の事を心配して・・・」
 美里の声に対し、醍醐は頭を振った。
「いやーーー、違う。結局・・・、おれは何もしてやれな
かった。奴がおれを怨んでいたとしても、それは仕方のな
い事だ」
「それで・・・、これからどうするんだよ」
「そうだな・・・、心当たりの場所がある。そこへ、行こ
う・・・・・・」
 京一の声に答えると、醍醐は再び歩きだす。そして別便
で杉並に到着した雨紋、藤咲、紫暮と合流し、総勢7人に
なった俺達は、凶津が潜伏していると思われる、醍醐が言
う所の『心当たりの場所』へと向かったのだった。 

       ■杉並区ーー工事現場■

 醍醐に案内され、辿り着いたのは、住宅街の外れにある
工事現場だった。すでに夕暮れが迫っており、辺りに人影
は無い。これから一戦交える事を考えれば、好都合ではあ
るが。
「その凶津って奴は、本当にここにいるのかよ、醍醐」
「あァ・・・。おれにならばわかる場所・・・。奴がそう
いったのならば、おれにはここしか思い付かん」
「あれを見ろ、京一」
 そういって俺は、止められている工事用重機の側を指差
した。そこには、中央公園にいた凶津の手下のチンピラ共
が、逃走に使った原付が置いてあった。
「・・・だな。ここにヤツらがいるのは、間違いねェ」
「ここは・・・、一体、なにがあった場所なの?」
「おれ達がまだ中学生だった頃ーーー、ここには、取り壊
し予定の古い雑居ビルがあったんだ。ここは、おれ達の溜
まり場で、なにかの時の落ち合い場所で、あの日ーーー、
奴と最後に、拳を合わせた場所だーーー」
「なるほど。もう、ほとんど取り壊されてるみてェだが、
向こうの方に、ちょっとした廃屋が残ってるな・・・」
 美里の質問に醍醐が答える。そして京一が顎で指し示し
た先には、ビルの一、二階部分にあたる場所がまだ原型を
とどめていた。他は全て、瓦礫と廃材の山と化し、辺りに
積み上げられている。
「さて・・・、行くか」 
 一歩前に出た京一の肩を、醍醐が掴んだ。そして静かな
決意を込めた目で、ぐるりと俺達を見る。
「すまん、みんな。ここからはーーー、おれ一人で行かせ
てくれないか?」
「聞けんな」
「風間・・・。おれはお前達まで、巻き添えにしたくは・
・・・・・」
「巻き添え? 今更、何を言っている。もうお前一人が行
って、どうこう・・・、なんて段階の話じゃないんだ。下
らん事を言わせるな」
 この後に及んでの台詞に対し、左手に抜き持った銃の撃
鉄を起こしながら答える。
「風間・・・」
「醍醐ーーー。お前、なんか、勘違いしてねェか? お前
はここへ、なにをしに来た? 大昔の感傷に浸るためか?
それとも、過去にケリをつけるためか? そうじゃねェだ
ろ。小蒔を助け出すためじゃねェのかよッ」
 その京一の声を、黙ったまま聞いている醍醐。京一は、
真っ直ぐ醍醐を見ながら、言葉を続ける。
「お前は・・・、小蒔を助けるためにここへ、来たんだろ
う? そしてーーー、それは、オレ達も同じだ。小蒔は、
オレ達が必ず助ける。オレ達にとって、小蒔は大切な仲間
さ・・・。それから、醍醐。お前も・・・な」
「京一・・・」
「大事な仲間を、ひとりで行かせられる訳ねェだろ。った
く、3年間も一緒にいて、そんなコトもわからねェのかよ
ッ」
「京一くん・・・」
「京一、お前・・・」
 醍醐と美里にまじまじと見られ、京一はふんと、あらぬ
方を向いた。そして、その横顔を見た美里が小さく笑う。
「いいわね、男の子って」
「美里・・・」
「醍醐くん・・・。京一くんのいうとおり、私達は、友達
でしょ。その友達が苦しんでいるのを見ていながら、それ
を、見過ごす事なんて、できないんじゃないかしら」
「・・・・・・・・・」
「ねッ、みんなで行きましょう」
「美里サンのいう通りだぜ。醍醐のダンナ」
 雨紋が槍を入れた袋を、トントンと肩の辺りで上下に動
かしながら言う。
 続いて藤咲が口を開いた。
「アタシも、ここまで来てすごすごと帰るつもりは、これ
っぽっちもナイわよ」
「俺は昨日いったはずだぞ、協力は惜しまないとな」
 最後に紫暮が、トレーニングウェアの下に着込んでいた
『戦闘服』の帯を締めながら醍醐を見やる。
「ありがとう、みんな・・・。なんとしても、桜井を、無
事に助け出さないとな」
「そうそう、そういうコトさ。さァ、行くぜーーー。凶津
のヤローをぶちのめして、小蒔を助けるぜッ」
 ニッと笑った京一が先頭に立って廃屋に向かう。既に全
員、得物を手にしており、臨戦体制に入っている。半分取
れかかったドアを蹴破り、俺達は内部へと侵入した。

          ■廃ビル内■
 
 ・・・踏み込んだ廃屋の内部は吐き溜め同然だった。
 薄暗い室内にはすえた匂いが漂い、前衛芸術でも気取っ
ているのか、壁にはスプレーで下品な文句や落書きに、漢
字を並べたてた、意味不明の言葉で埋めつくされている。
そして足元には建材やガラスの破片に、空き缶や弁当の容
器など、ゴミが無秩序に散乱し、所々に廃油やコールター
ルが水溜まりを作っている。 
 連中の『お出迎え』があるかと思ったが、部屋の隅で鳴
くネズミ以外に動く物は無く、十数m四方程ある、室内を
見回しながら歩いていると、美里が話掛けて来た。
「誰も、いないみたいね。風間くん・・・。足元に気を付
けてね」
「・・・ああ。そっちもな」 
 美里の方を、少しだけ見て返事を返し、再び前を向く。
「うん。いろいろと、散らばってるみたいだから・・・。
足元を見て、歩かないと危ないわ」
「うわっち!?」
 悲鳴がした方を見れば、廃材を飛び越えた京一が、着地
点にあった何かに滑り、すっ転んだ所だった。・・・言っ
てる側から、何やってんだか。 
「大丈夫か、京一?」
「あたた・・・。クソッ、ついてねェぜ」
 立ち上がりながら、服に付いた塵やほこりを払い落とす
京一。
「ここには、なにもないみてェだな」
「うむ。もう少し、奥に行ってみよう」
 京一の声に答えた醍醐が、先頭に立って次の部屋へと、
進んで行く。が、その部屋にも、その又次の部屋にも、人
どころか、猫の子一匹居なかった。 
「一体、凶津ってヤローは、ドコにいンだよッ」
 四部屋目に入った時、雨紋が苛立たしげに舌打ちし、京
一も同様の表情で、足元に落ちていた建材の破片を蹴り飛
ばす。次の瞬間。
「ーーーーーーッ!!」
 押し殺した悲鳴が、その場にいた全員の耳を打った。 
「どうした、美里ッ!!」
 反射的に、空いていた右手に『気』を集めながら、悲鳴
の主の方を見る。問われた美里は、小刻みに揺れる指で、
部屋の奥・・・窓からの光が、届き辛い辺りを指し示す。
「見て・・・、あそこに・・・・・・」
「ん? なんだ・・・」
 そちらに視線を送り込んだ京一と醍醐が、その先にある
『モノ』を見て、立ちすくんだ。10秒程たって、二人は
乾いた声を咽喉から絞り出す。
「こッ、こいつは・・・・・・」
「人・・・なのか?」
 ・・・室内に立ち並ぶ、2ダース近い数の彫像。美術館
なら、そう珍しい光景でもないだろう。だが、それが鑑賞
を目的として、大理石や石膏で作られた芸術作品等では無
く、かつて『人だった』という事を示す物があった。それ
は、恐怖と絶望に彩られた表情・・・。被害者の年齢も服
装もまちまちだが、それだけは、共通する符号であった。
 ようやく呼吸を整えて、美里は石像を見る。
「こんなにたくさん・・・。それも、女の人ばかり」
「おそらく、ゆっくり時間をかけて、石にされたんだろう
よ。恐怖のあまり、歪んだ顔のまま、石になっちまってい
る」
 被害者への同情の中に、こんな真似をした奴への、強い
嫌悪感と怒りが混じった声を出す京一。 
「なんてひどいことを・・・。まさか・・・、小蒔も・・
・!?」
「いや・・・、ここにはいないようだが・・・」
 顔色を変えかける美里に、石像の顔を一体、一体確かめ
ながら、醍醐が答える。
「ヤロォ・・・。ずいぶンと、イイ趣味してンじゃねェか
・・・」
 雨紋が呟き、そして手にした槍の穂先から、パチッとい
う異音と共に、火花が弾ける。
「ぬうぅ・・・。このような非道、許すわけにはいかん」
 紫暮が拳を握り締め、そう言い切った時。 
「クックックッ・・・。よく来たなーーー」
「誰だッ!!」
 室内に響いた声に、京一は刀を鞘走らせ、俺はトリガー
に指を掛け、銃口を上げる。そして醍醐は、声に向かい呼
びかけた。
「その声ーーー、凶津か?」
「久しぶりだなァ、醍醐。会いたかったぜ・・・」
 部屋の更に奥から、新たな人影が姿を見せる。・・・剃
り上げた頭に、ハートを摸したペイント。ドクロを染め抜
いた黒いTシャツに、同色のズボン。手には皮製の手袋を
填め、そして左の二の腕に入れた刺青。・・・男の容貌は
紫暮から聞いた情報と一致する。 
「随分・・・、変わったな。凶津・・・」
「クックックッ・・・。俺は変わっちゃいねェよ。俺が変
わったとすれば、それはーーー、お前に裏切られた、あの
時からだ・・・・・・」
「裏切っただなんて、そんな・・・。醍醐くんは、あなた
のこと・・・」
 奴の声を否定しようとした美里だが、醍醐自身がそれを
止めた。美里の肩に手を置き、首を左右に振る。
「いいんだ、美里。結果だけみれば、そう思われても仕方
がない」
「ーーーそう、それだよ。その偽善者ぶった態度の影で、
俺が一体、どれだけ惨めな思いをしたのかーーー。お前に
は、一生わからねェだろうよ」
 沈黙の後、体内から湧き上がる、ある種の衝動に耐える
表情で、醍醐が問うた。
「・・・・・・。桜井をどうした?」 
「クックックッ・・・。本当はよ、殺っちまおうかとおも
ったんだけどよ・・・。それじゃあ、あまりにも芸がなさ
すぎんだろ? 今の俺には、特別な<<力>>があるからなァ
・・・」
 そう言って、奴の頬と唇がにいぃっと、笑いの形に歪ん
で、つり上がった。そして、その言葉が指し示す『意味』
を悟った京一の顔色が変わった。
「てめェ、まさか・・・」
「見ろよーーー。なかなかのできだろ?」
 目立たぬ様、部屋の隅に置かれていた『何か』に歩み寄
ると、それに掛けられていた布を、奴が勢い良く引き剥し
た時、俺が抱いていた、最悪の予想が的中した。
「桜井ーーーッ!!」
「そんな・・・」
 醍醐と美里の声が室内に反響する。そこにあったのは、
完全に石化し、無機質な彫像と化した桜井の姿だった。
 奴は桜井の体を背後から抱きかかえると、頬の辺りを撫
で回しながら、言葉を続ける。
「ーーーまァ、強いていえば、ツラが気にいらねェなァ。
この女、泣きも叫びもしないんだぜ。俺は、泣き叫んで許
しを請う女のツラを見ねェと、イけねえってのによォ・・
・」
「下衆・・・・・・」
 悦にいったように喋る奴に、心からの軽蔑を込めて、藤
咲が小さく吐き捨てた。
「凶津・・・、貴様ッ・・・」
 歯ぎしりの音と、血管が浮き上がる程、握り締めた拳を
震わせ、醍醐が前に出る。
「そう、それだ。お前の・・・、その顔が見たかったんだ
よ。来いよ、醍醐。表に出ろ・・・。2年前の決着をつけ
ようぜ・・・・・・」
 やはりというか、凶津の体を<<力>>を持つ者に共通する
『光』が包み込む。そして奴は、自分が出てきた扉の向こ
うに消える。すかさず後を追い、建物の裏口部分にあたる
場所に出た俺達を待ち構えていたのは、手に手に、角材、
鉄パイプ、木刀、金属バット、メリケンサック、バタフラ
イナイフやバイクのチェーン・・・。等といった、凶器、
武器を携えた手下共であった。
「殺れ」
 声と同時に、凶津が片手を振り下ろし、手下共はおめき
声を上げて、俺達に向かい襲い掛かる。
 それに応じるかの様に、自ら突っ込んで行く京一達4人
の体を、美里の施した防御術の光が包み込む。そして戦闘
は、開始と同時に乱戦の様相を呈した。
 京一に向かい、木刀を振り上げながら、奇声を上げて襲
い掛かる手下A。が、次の瞬間には、手にした木刀は弾き
飛ばされた上、首筋に一撃を浴び、地面にキスしている。
「馬〜鹿。百万年早ェよ」
 一瞥もせずそう言い捨てて、京一は次の相手に向かう。
「オラァッ!!」
 雨紋の気合と共に、雷撃を帯びた槍が繰り出される。穂
先では無く、石突きの部分だが、手下Bは鳩尾を付かれた
苦痛と感電のショックに悶絶し、そのまま気絶した。
 紫暮に対し、手にした鉄パイプを振り下ろす手下C。
「シャッ!!」
 が、紫暮を打ちのめす筈の鉄パイプは、一瞬にして払い
除けられた。体重を乗せた一撃をいなされ、手下の体がバ
ランスを崩してよろけた所へ、すかさず紫暮が分身能力を
発動させる。
「でえりゃあッ!!」
 気合と共に本体が強烈な正拳突きを見舞い、分身の上段
回し蹴りが側頭部に綺麗に入る。・・・病院送り確定。
 少し後ろにいた手下が藤咲を狙い、手にしたナイフを投
げつけたが、藤咲はそれに素早く反応し、短く息を吐く様
な声と共に鞭を一閃させ、飛来するナイフを見事に叩き落
とした。・・・余人には、到底不可能な芸当だ。その手下
は、次のナイフを取り出そうとしたが、その前に鞭のニ撃
目が、したたかに顔面を打った。顔を押さえ、棒立ちにな
った所を、京一がすかさず打ち倒す。 
 この間、俺も遊んでいた訳では無い。びゅんという異音
を上げ、手下Eが持ったバイクのチェーンが、顔面目掛け
て投げ付けられた。
 藤咲の時と同じ様に、チェーンを素早く掴み取るや、思
いきり引っ張り、更に軽く前へ跳ぶ。急に引っ張られた事
で体勢を崩し、前のめりに倒れかかった奴の顔面に膝を合
わせてやる。鼻骨が砕ける音がして、そいつの顔の下半分
は、ケチャップでもぶちまけた様に赤く染まった。戦闘力
を失い、転がる奴に構わず、次の相手・・・メリケンサッ
クをはめ、殴り掛かって来る奴の殴打をかわすと同時に、
銃床で一撃を与えて昏倒させると、続けて別方向からの金
属バットの攻撃に空を切らせるや、反撃の『龍星脚』を叩
き込んで、黙らせる。
 更に二人程相手にした後、俺は手下共の囲みを突破し、
事の元凶である凶津と少し距離を置いて対じする。
「・・・さてと、喋って貰おうか。石化した人間を元に戻
す術をな・・・」
「知らねェなァ・・・」
「忘れたのなら、貴様の痛覚神経に直接尋くまでの事。だ
が、初めから知らんのなら、結論は単純明快だ」
「テメェ・・・。俺を殺ろうってのか?」
「まさか、少し眠ってもらうだけだ。どうやら、貴様の<<
力>>や意識といった物を、対象物に向けて投射する事で、
被害者達を石化させているの様なのでな。ならば、そうい
った物が途切れたら、自然と現象は停止する」
「待てッ!!」
 そこへ(ようやく)手下共を片付け終えたのか、醍醐が
割って入って来た。俺の肩に手を掛け、押し止める様にし
て言う。
「すまんが・・・。ここはおれにやらせてくれ」 
「・・・・・・。そうだな、俺の出る幕では無さそうだ、
手も出さん。ケジメとやらを、つけるんだな」
 俺は使わずじまいの銃をホルスターにしまうと、数歩下
がる。そして昨日買った『ある物』を、醍醐の服のポケッ
トに滑り込ませた。
「持っておけ、何かの役に立つ筈だ」
 後は黙って、成り行きを見守る。互いにじりじりと間合
いを詰め、激突まで秒読みに入っていた。
「桜井や他の人達を元に戻してくれ。凶津・・・」
「そいつは聞けねェ頼みだなァ、醍醐ォ・・・・・・」
「どうしても、なのか・・・・・・」
「これ以上、無駄なお喋りはなしだぜ・・・。さあ、あの
時つけられなかった決着をつけようぜ」
「ならば・・・。もう、何もいうまい」
 決然たる意志を込めた表情で、醍醐が構える。
「クックックッ・・・。塀の中で、この時をどれだけ待っ
たか。この手で、お前を殺せる日をなッ!!」
 両者が同時に動く。攻撃を繰り出したのも同時ーーー。
 駆け引きも何も無い、正面からのぶつかりあいだ。鈍い
音と共にお互いのパンチが相手にめり込む。
「つうッ!!」
「ぐおッ!!」
 苦痛を堪える声を、更なる打撃音が打ち消す。
 醍醐の繰り出した左は、すぐさま凶津の反撃を呼んだ。
醍醐の腹に拳が埋まる。二発、三発・・・、それに怯む事
無く、醍醐の再反撃が凶津の顔面を襲うが、そこから更に
凶津は返しの一発を浴びせる。下からのすくい上げる様な
一撃に、醍醐の顎が急角度に跳ね上がるが、醍醐の右を食
らって、異音と共に凶津の鼻柱が砕ける。 
 双方のパンチと蹴りが唸りを上げて交錯し、熾烈な応酬
は続く。両者、一歩も引かず殴り合いを続けたが、醍醐の
攻撃を身を捻ってかわすと、凶津は少し下がった。誹い光
が奴の手袋を脱ぎ捨てた手に集まっていく。
「じっとしてな。すぐ楽にしてやるぜ・・・」
 <<力>>を宿し、誹い光を放つ奴の左手が伸びる。だが、
醍醐に触れる寸前、醍醐の服の中に在る『独鈷杵』からま
ばゆい輝きが溢れ出し、その光は凶津の手に集まっていた
光を霧散させた。今まで幾多の人間を害して来た、石化の
<<力>>を持った手は、<<力>>を失うと、只のパンチでしか
なく、醍醐に有効なダメージを与えられない。そこへ返す
刀で繰り出した醍醐の蹴りは、的確に凶津を捉える。凶津
の顔が苦痛に歪み、数歩たたらを踏んだ。
「ナロォ!!」
 再び<<力>>を込めた手が醍醐を襲う。が・・・。『独鈷
杵』から放たれる輝きに包まれた醍醐は石化しなかった。
 そこを境に均衡は崩れ、醍醐が闘いの主導権を握り、確
実に凶津を追い込んでいく。
 そして醍醐が、全体重をのせて放った渾身の一撃が勝負
を決めた。右手に込められた、岩をも砕く程の打撃を受け
て、凶津の体は文字通り吹き飛ぶと、近くに積んでいた廃
材の山に突っ込んだ。
 その衝撃で崩れた廃材が上から雪崩落ち、もうもうたる
土煙が起こった。それが収まった後、崩れ落ちたゴミの山
の中から凶津が這い出た。奴め、まだ立てるか・・・。
「なぜだッ・・・なぜ・・・勝てねェ・・・」
 凶津は力無く言葉を吐いた後、前のめりに倒れる。
 ひとまず、決着(だけ)はついた。だが、より大きな問題
が待っている。・・・桜井達、石化された人が元に戻らな
ければ、全てが無駄に終わる。
 紫暮達三人に、凶津とその手下共の見張りを頼み、廃屋
内にとって返した。
 醍醐と美里が、すがる様な声と表情で石像と化した桜井
に向かい、呼びかける。
「桜井・・・・・・」
「小蒔・・・・・・」
「・・・・・・」
 だが『時、既に遅し』なのか、その呼び掛けに対し、返
答は無い・・・・・・。
「小蒔・・・・・・」
「くそッ・・・・・・」
 美里が力無く、その場に膝を付き、そして唇を噛み締め
た醍醐が壁に拳を打ちつけた時。
 突如、桜井の体から一瞬だが、光が漏れた。
「あッ・・・」
 光に気付いた美里が顔を上げ、その目の前で更に数度、
光が瞬いた後、桜井の体は冷たく、無機質な石から、血の
通う、元の姿へと急速に戻っていく。何とか、間に合った
様だ・・・。
「うッ、う〜ん・・・・・・」
 そう呻いた後、ぺたんとその場に座り込む桜井。まだ自
分の身に何があったのか、完全には把握してないようで、
呆然とした面持ちで辺りを見回した後『ここ・・・どこ?
』と、小さく呟いた時。
「小蒔・・・」
「桜井・・・。良かった・・・・・・」
 感極まったのか、美里が思わず、桜井に抱きついた。安
堵のあまり、目を潤ませ、声は震えを帯びている。そして
醍醐も肺を空にする程、大きく息をついた後、桜井に近寄
り、桜井も二人を交互に見返す
「葵・・・。醍醐クン・・・・・・」
「ちッ・・・。心配かけやがって・・・・・・」
 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、京一の表情にも隠しよ
うの無い安堵の色が見える。
「見ろよーーー。他のおネェちゃんたちも、みんな元にも
どってるぜ。なんとか、セーフだったみてェだな」
「えェ」
 そして、視線を転じた京一の声に美里が頷いた。彼女達
が元に戻ったなら、桜ケ丘に収容されている空手部員達も
今頃は、石化から解放されている筈だ。
「そっか・・・。みんな、ボクを助けに来てくれたんだね
・・・。ありがと・・・」
「礼なんぞいい。お前さんが無事で何よりだ」
「うん。ありがと、風間クン」
 俺の返事に頷いた後、桜井は照れくさそうに笑い、美里
はハンカチで目の端を拭う。
「でも・・・、本当に良かった。小蒔が無事で・・・」
「こっちはこれで、一件落着か・・・・・・」
 京一が鞘に納めた刀を袋の中に戻した時。
「クックック・・・。あの日とまるっきり同じじゃねえか
・・・。2年前の、あの日とよ・・・・・・」
 乾ききった笑いと共に、凶津が現れた。醍醐から受けた
ダメージが残っているのか、軽く片足を引きずっている。
「凶津・・・。おれはーーー」
「近寄るんじゃねェ!! そんな目で・・・、俺を見るん
じゃねェッ!!」
 躊躇いつつも、凶津に歩み寄ろうとする醍醐。だが、凶
津の放った拒絶の叫びに、一歩踏み出した所で動けなくな
る。そして凶津は自嘲にも似た、歪んだ笑いを浮かべなが
ら、喋り続ける。
「俺はーーー、鬼になれるはずだった。お前を怨み、憎む
事で、鬼の力を手に入れられるはずだった」
「鬼の力?」
「そうさーーー。俺のこの邪手(イビルハンド)の力と奴
らの持つ鬼の力ーーー、そのふたつがあれば、もう恐いも
のはねェと思っていた・・・。だが・・・、俺は鬼になれ
なかった・・・・・・」
 凶津の声を聞き、沈黙する醍醐だが、少しの間を置き、
問いただす。
「凶津・・・。奴らというのは、一体ーーー?」
「・・・・・・。いいさ。教えてやるぜ。この街はーーー
ーーー、この東京は、もうすぐ鬼の支配する国になる。俺
たち、<<力>>を持つものと鬼たちの支配する国にーーー」
「どういうことだーーー、それは」
「奴らの名は、鬼道衆ーーーーーー。この東京は、間もな
く狂気と戦乱の波に包まれるだろうよ。クックックッ・・
・。奴らはいずれ、お前の前にも現れるだろうぜ」
 凶津が話し終えるとほぼ同時に、外にいた雨紋が戦闘中
の様な表情で室内に飛び込んで来た。
「ヤベェぞ!! マッポが、そこまで来てやがるッ。見つ
かると面倒だぜッ」
 ・・・確かにかん高く、耳障りなサイレンの響きが聞こ
える。いくら住宅街の外れとはいえ、あれだけ騒げば警察
も来るか・・・。さっきまでとは別の意味で時間が無い。
 それを聞いた凶津は醍醐に向かい、顎で出口を指した。
「行けよ、醍醐」
「凶津、おれはーーー」
「行けってんだッ!! ・・・俺は、塀の中からのんびり
見物させてもらうぜ。この東京が地獄に変わり、その中で
ーーー、お前らが、逃げ惑う様をな・・・・・・」
「急げ、醍醐ッ!!」
 既に全員、廃屋から逃げ出しており、此処に残っている
のは、俺と京一に醍醐だけだ。走り出そうした醍醐の足が
止まった、再度振り返って凶津を見る。凶津も又、醍醐を
見返した。双方無言のまま、視線だけが宙で交錯した後、
醍醐はきびすを返すと、出口に向かい走り出す。
 その後ろ姿が視界から消えるまで、黙然と見送っていた
凶津。だが、その背後に突然気配が生まれると同時に、声
が響いた。
「所詮、ヒトかーーー。みすみす、敵を見逃すとはなーー
ー。所詮、ヒトのなせる業か」
「気にいらねェな・・・。こそこそ、俺の様子を窺いやが
って・・・。えッ、鬼道衆ッ!!」
 誰もいない筈の空間に向け、怒声を叩き付けた時、その
背後にわだかまる、闇の中から現れたのはーーー。
 時代劇で忍者が身に付ける様な深緑色の服に、手甲と脚
半、そして能楽に使われる物によく似た鬼の面を付けた異
形の男だった。言葉遣いは時代かかってはいるが、声調は
老人とも、青年ともつかない。
「くくく・・・。主が、あの男を本当に殺せるかどうかー
ーー。それを、見届けにな・・・」
「・・・・・・」
「ヒトの情というのは、不思議なものよ。稀代の剣豪もそ
の為に命を落としたという・・・・・・」
「けッ・・・、てめェらには、判らねェだろうがーーー、
人間はな・・・、その情って奴を支えにして生きている。
その情って奴の御蔭で、信じられねェ力を出せる時がある
・・・。俺はーーー、醍醐(あいつ)に出会ってから、そ
うやって、生きてきた」
「ふッ・・・、くだらぬ。やはり、曇った太刀でヒトは斬
れぬか・・・・・・」
 男を睨み付けながらの凶津の言葉。それは先刻まで、復
讐や憎しみといった語句で、心の底に押し込めていた筈の
醍醐に対する、本当の感情と共に放たれた言葉だったが、
その言葉を、鬼面の男は文字通り一笑に伏した。凶津が再
び<<力>>を手に集め、身構える。
「けッ。てめェのいうくだらねェ人の力っていうのが、ど
れほどのものか見せてやるぜ・・・」
「愚かな・・・」
「石くれになってから、悔やんでもーーー!!」
 ザシャッ!!
 だが、邪手の力を放とうと、凶津が間合いを詰めるより
遥かに早く、鬼面の男が無造作に腕を振るった瞬間、凶津
の足は深々と切り裂かれた。凶津はたまらず転倒し、男は
哀れむかの様に含み笑いを洩らす。
「くくく・・・」
「な、なにが・・・」 
 片膝をつき、苦痛を堪えて、立ち上がろうとする凶津。
 二人の距離は手や足が届くものでは無い上、男の手には
何も握られていない。にも関わらず男が腕を振るっただけ
で、自分は深手を負わされたのだ。例えるなら、不可視の
刃で斬りつけられたかのように。
「我が力、とくと味わうがいい・・・」
 声と同時に再度、男の腕が閃く。そして腕を振るう度、
『何か』が肉を切り裂く音に、凶津の苦鳴が重なった。
「どうした・・・。もう終わりか? くくくッ・・・。た
かがヒトが鬼(われら)に勝てるとでも思うたか・・・。
黄泉路の果てで、待っておれ。あの男もすぐに後を追わせ
てやろうぞーーーーーー」
 自ら作った赤黒い池の中で、呻く凶津に向かい、男が嘲
る様に独語した時。
「くッーーーー!!」
 動けない筈の凶津が動いた。殆ど片足だけで跳ぶと、手
に<<力>>を集め、男に向かい躍り掛かった!
「なにッ!!」
 立ち上がる力を失い、止めを待つばかりの相手が立って
反撃に出るなど、予想だにしてなかった。意表を突かれ、
驚く男。そして凶津の繰り出した一撃で、男が被っていた
面が裂け、そこから血が流れ出す。
「へッ・・・、ざまあみやがれ・・・」
「こやつ・・・」
 『してやったり』とばかりに、凶津がニヤリと笑う。だ
がその直後、僅かな怒りを帯びた声と共に放たれた、男の
<<力>>による報復の刃は、凶津の急所を存分にえぐった。
「醍・・・醐・・・」
 全身を朱に染めた凶津は、肺に残った空気と僅かな体力
を声帯に込め、途切れ途切れに声を搾り出すと、がっくり
と床へ倒れ伏す。
「くくくッ・・・。面白い。まこと面白い・・・。ヒトの
力、見せてもらおうぞ・・・。くくくッ・・・・・・」
 凶津から受けた傷を指先でなぞった後、男は力尽きた凶
津を見下ろしながら、愉しげに笑い続ける。そして現れた
時と同じく、闇の中へと沈み込み、その存在を完全に消し
去ったのだった。 

      ■同時刻ーーー杉並区繁華街■

 警察が到着する前に、現場から逃げ出す事に成功した俺
達は、雨紋達増援組と別れた後、新宿へと帰る為に駅に向
かっていた。
 帰宅ラッシュは終わった為、人通りもそう多く無く、ゆ
っくりと駅前の商店街を歩いていた時、突然醍醐が立ち止
まり、きょろきょろと辺りを見回した。
「? 何してんだよ、醍醐」
「どしたの? 醍醐クン」
 醍醐を左右から挟む様にして、歩いていた京一と桜井が
同時に振り返り、話し掛ける。
「あッ、あァ・・・・・・」
 その曖昧な返事の後、また周囲を見やる醍醐だが、何も
見つけられなかったのか、軽く首を振った後、先にいる二
人の方に歩み寄る。
「いや・・・、空耳か・・・」
「へへへッ、ヘンなのッ」
「はははッ」
 醍醐の声を聞いて桜井が笑い出し、醍醐も笑うが、その
耳の奥にはある声が繰り返し響いていた。
(醍醐・・・、死ぬなよ・・・醍醐・・・)
 聞こえる筈の無い声。それはかつて『友』と呼んだ男に
向けた、凶津の最後の言葉であり、そして消えゆく命の放
った、心からの叫びだった・・・・・・。

          ・・・・・・第七話『蠢動』へ

 戦人記・第七話其の壱へ続く。

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