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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第七話「蠢動」其の壱

1998,6月2X日 雨のち曇
 
 鬱陶しい事この上無い、梅雨の時期。もう三日も雨が続
いている。いつも通り起きて軽いトレーニングの後、登校
し、授業を受けて、放課後は真っ直ぐに帰宅し、家事に取
り掛かる。『何も無し』の一言で済むような日だった。
 あの人体石化事件が一応の解決を見て、もうすぐ一月に
なるが、あれ以後、遠野が無責任に喜び、騒ぎたてる様な
事件も起こっていない。表向き、俺達の周囲は『平穏』で
ある。しかし『平穏』や『安定』なんぞという言葉は、い
ざ事が起これば、一瞬で崩れ去ってしまう物なのだ・・・
・・・。
 そして凶津が口にした『鬼道衆』という言葉が、頭の隅
に引っ掛かっている。奴等について凶津は『鬼と<<力>>持
つ者がこの国を支配〜』だの『東京は狂気と戦乱の波に〜
』等と言っていたが、こんな断片的、抽象的な言葉の羅列
だけでは、到底判断や思考の材料には成り得ない・・・。
 極端な表現をすれば、『ロクでもない奴らが、ロクでも
ない事を企んで、世の陰で下水道のドブネズミよろしく、
チョロチョロ動き回っている』・・・とでも言った所か。
 実際、奴等が何を目的として存在するのか? 組織の規
模、構成人員は? どういう指揮系統で動いているのか?
活動の為の資金はどこから? ・・・全てが謎だ。
 奴等との遭遇に備えて・・・と、いう訳でも無いが、騒
ぎが無い合間を縫って、雨紋、紫暮、藤咲に高見沢、裏密
といった連中と一緒に、旧校舎地下に何度か潜っている。
 この五人も地下に一回潜る度に確実に力を上げており、
新たな『事件』が発生した時に、協力を頼めるだけの実力
を備えつつある。・・・しかしながら、京一達も含め、彼
らに協力を求めねばならない様な事態は、出来る事なら起
こって欲しく無い物だ・・・・・・。

 ・・・日記を書き終えた俺はペンを置くと、冷めかかっ
た紅茶を咽喉に流し込んだ。空になったカップを皿に戻し
た後、ページに目を落とす。
「鬼道衆か・・・。どうも、気にいらん響きだな・・・」
 暫くページを見ていたが、馬鹿馬鹿しくなって日記を閉
じた。自分の書いた文で、自分が不機嫌になっていれば世
話は無い。日記帳を机の上の本棚の端に入れた後、窓越し
に空を見上げたが、月は厚い雲のカーテンに覆われ、姿を
見せない。
「いい加減晴れてくれんかな。こうも雨ばかりでは、じめ
じめして気分が悪い」
 その時、時計が11時を告げた。俺は余り寝付きは良く
ないのに、朝は早く起きねばならないのだ、早く寝まない
事には、十分な睡眠が取れない。タオルと着替えを取り出
し、浴室に向かう。手早く汗を洗い流し、ベッドに転がり
込むと、枕元に置いてある『青山一朗』の推理小説の新作
を流し読みし、眠気が訪れるのを待つ。こうして今日もま
た、一日が終わるのだった・・・・・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   異伝・東京魔人学園戦人記 第七話『蠢動』

       ■3−C教室ーーー放課後■

「せんせー、さよならー」
「さよならー」
 帰りのHRが終わり、日直の挨拶の後、生徒達は担任に
挨拶をして早足で教室を出て行く。いつもと変わらない光
景だ。
「フフフッ、さようなら。気を付けて帰るんですよ」
 穏やかな微笑を浮かべての担任の声に元気良く返事をし
て、その女子生徒は教室を出る。
「あッ、風間クン。後で、職員室に来て。話があるの・・
・」
 丁度、椅子から立ち上がった所に呼び止められ、俺は半
瞬動きを止めた後、先生の方を見る。
(話? この間の英語の課題レポートには、ミスは無い筈
だが・・・。第一、話があるなら、此処ですれば済む事だ
ろうに。それにここ数週間、呼び出し食らう様な事をしで
かした憶えは無いがな・・・)
 そういった疑問が頭をよぎった。用事をデッチ挙げて、
体よく断ろうとも考えたが、そういう訳にもいかない。
「・・・わかりました」
 頷くと、先生は『それじゃ、後で』と言い残し、優美な
歩調で歩き去った。・・・一体、何を話そうというのだろ
う?
「どうした、翔? 呼び出しでもされたのか?」
 そこへ、帰り支度を済ました京一が話し掛けて来た。 
「ああ、呼び出される憶えは無いんだがな」
「うらやましーねェ。なんにせよ、あんな美人に呼び出さ
れるってのは、男としてイイ気分だよなァ。オレも、個人
的に手とり足とり腰とり教えてもらいてェもんだ」
 何を考えているのか、目尻を下げ、口元は緩みっぱなし
で、締まりのない顔をしてニヤニヤと笑っている。この極
楽トンボは・・・・・・。
「・・・お前、そういう事言ってて、楽しいか?」
「なんだよ。『健康な青少年』で、あんな極上と特上を併
せ持ったイイ女を見て、なんも反応しない奴は、ビョーキ
だぜ、ビョーキ。あ、ひょっとして、お前も・・・」
「・・・撃ってもいいか?(青筋)」
 夏服になった為、冬服の時に腰の後ろに下げていた『得
物』は鞄の中に入れている。それに手を伸ばしかけた時。
「京一の場合ーーー、教えてもらいたい意味が、違うだろ
ッ」
「小蒔ッ」
 男二人による不毛な会話に割って入って来た、人物の名
を京一が口にする。
「お前・・・、人の話を立ち聞きするなんて、趣味わりィ
ぞッ」
「べーッ、だッ。でかい声で、そんな話をしてる方が悪い
んたよ。ねッ、葵」
 そう言って桜井は、すぐ隣に立つ黒髪の友人に話しかけ
たが、美里はただ静かに微笑んでいるだけだ。
「あのなァ、美里・・・。お前も、こんな男女のいう事真
にうけるなよ」
「なんだよォ」
「こいつは、ナンだ・・・、ほらッ、見てわかんだろ?
女の服なんか着てるが、きっと男だぜ。その証拠に・・・
・・・胸が無いッ!!」
 ビシィッ! とかいう効果音が出そうな勢いで、京一は
桜井を真っ向から指差す。そして周囲数mに沈黙が訪れる
が、それも長くはなく、桜井の低い声が沈黙を破った。
「・・・・・・。京一くん」
「なんだい、美少年?」
「ボクは、チョット誤解してたよ。キミの事、アホだアホ
だって思ってたけど、間違ってた」
「うんうん。過ちは、誰にでもあるもんだ。問題は、それ
に気付くかどうかだからな。オレのように、完璧な人間は
ナカナカいるもんじゃないぜ。なッ、翔」
 満足げに頷きつつ、そう言って胸をそらす京一。話を振
られた俺は思わず、京一の頭から爪先まで一分程、眺め回
した。そして一言。
「完璧? 誰が?」
 それを聞くと、みるみる京一の機嫌は悪くなった。心底
不満そうに俺を見て舌打ちする。
「ちッ。お前だけは、オレの事わかってくれると思ったん
だけどな。オレの良さがわかんねェとは、カワイそうな奴
らだぜ」
「別にィ。わかりたいともおもわないね」
 トゲのある口調でそれに桜井が応じる。
「まッ、男は背のデカさじゃないからな。気を落とさず生
きていくこった。なッ、桜井くん」
 京一はバンバンと桜井の肩を叩いた後、大、いや、馬鹿
笑いをする。それに少し遅れて桜井も又、笑いだすが、表
情はともかく、その目は少しも笑っていない。
「わははははッ」
「あははははッ」
 教室内に『乾いた笑い声』と『何も考えて無い笑い声』
が響く中、さりげなく自席に戻った桜井の手が『ある物』
が入った袋に向けて伸びた。そして中身を取り出すと、使
用できる状態にする。
「わははははッーーーはッ!?」
 そしてしつこく笑っていた京一が、漸くそれに気付いて
笑いを止めた。
「どわッ。こ、小蒔ッ。ナンだ、その弓は」
「京一・・・、死んでくれ」
 弦に矢をつがえ、感情の無い声で桜井は言う。外す方が
難しい距離ではあるが、一射目を外した時の為の二射目も
当然、手に持っている。
「チッ、チョット待て。落ち着け小蒔ッ」
「キミみたいな男は・・・、全世界の女の敵だッ」
「う・・・。いくら、お前よりオレの方が背もナニも、デ
カイからって、いきなり殺すってのは・・・・・・」
 この状況下で、なおも減らず口を叩いてみせる京一。見
上げた根性と言えなくもないが、何のメリットも無い。
「ふふふふッ・・・・・・」
 それを聞いて、まさしく鬼気迫る表情で笑う桜井。こめ
かみには、はっきりと青筋が浮いており、口元が小刻みに
痙攣している。
「へへへへッ・・・・・・」
 京一も又、笑う。但しこちらは額から汗を流し、桜井か
ら視線を外さぬまま、じりじりと後ずさっている。
 破局の訪れまで、五秒、四秒、三秒・・・・・・。
「殺すッ!!」
 桜井は一気に弦を引き絞った。蓄積した怒りと共に、今
まさに京一目掛けて、矢を射放そうとした瞬間ーーー。
「あーーーッ、醍醐が、女ナンパしてるッ!!」
 突然、大声と同時に京一はあらぬ方を指差した。
「えッ?」
 気を逸らされた桜井は、構えていた弓を下ろし、反射的
にそちらを振り向いたが、当然そこには何も無い。一杯喰
わされたと気付いた時には・・・。
「わはははははッ。じゃあな、小蒔。また明日、遊んでや
るよッ」
 京一が勝利の高笑いを上げながら、素早く身を翻して教
室から無事、脱出を果たしている。  
「こらッ、待てッ、京一ッ!!」
 それにすこし遅れて、手に弓矢を持ったまま、桜井も教
室を飛び出すと、猛然とその後を追う。
「はははははッ」
「待てーッ!!」
 廊下から届く二人の声と足音が、次第に遠ざかっていっ
た。それから1分程経って、言葉も無く一部始終を見てい
た俺と美里が、互いに顔を見合わした。
「・・・。小学生(ガキ)か、あいつらは・・・・・・」
「ふふふッ」
 俺は肩をすくめながらそう呟き、美里は口に手を当て、
笑いだしたが、すぐに笑いを収めると、腕時計を見やる。
「あーーー、もうこんな時間。ごめんね、風間くん。私も
そろそろ行かなくちゃ。今日、生徒会だから・・・」
「そうか、また明日」
「ええ。それじゃあ」
 そう言って、小さく手を振る美里に向かって、軽く手を
上げて応じると、俺も職員室に向かう為、教室を出たのだ
った。
(またぞろ、ロクでも無い用件だったりして・・・。本当
は、呼び出しなんぞ無視して、とっとと逃げ出した方が賢
明かも知れんな・・・・・・)
 ・・・どこかの誰かさんと違い、俺は予知能力なんぞ持
ち合わせていないが、不幸な事にこの予感は数分後、もの
の見事に的中するのであった・・・・・・。

           ■職員室■

 階段を降り、一階の廊下の突き当たりにある職員室前に
辿り付く。挨拶の後、ドアを開け室内に入るが・・・。
「フフフッ、来たわね・・・」
 担任が艶やかな笑みと声で俺を迎えるが、やはりと言う
べきか、自分と先生以外に、室内に人影は無かった。
(またか・・・。昔から、一度目は偶然。二度目は話の都
合。三度目は必然というが、これはもう何らかの方法を用
いて、人払いをしてるとしか考えられん。その方法が一体
何なのか、そしてこの女性が何を考え、何が狙いでこんな
事をするのかなんて事・・・俺にわかる訳無いか・・・)
「そこの空いている椅子に座ってーーー。他のセンセイ方
は、会議中でいないから、大丈夫よ」
(何が大丈夫なんだ? それに会議中って・・・、何の会
議か知らんが、そういう物にクラス担任が出なくて、誰が
出るんだ? お隣の担任と同様、何かこの女性は怪しい。
・・・腹の中に三つか四つぐらい、口に出せない様な物を
抱えているかもな・・・。ま、その点は俺も同じだが)
 そんな事を考えながら、言われた通り隣の机の椅子を拝
借し、腰掛ける。そして先生は椅子を回転させて、こちら
に向き直ると、それまで揃えていた足を俺の前でおもむろ
に組んだが、それには取り合わず、真っ直ぐ先生を見る。
「・・・で、自分に話とは、なんでしょうか?」
「そうね。アナタを呼んだのは、他でもないわ。いつか、
みんなでお花見に行ったでしょ? その時のコトなの・・
・」
「・・・・・・」
「あれから、ずっと考えていたんだけど、アナタたちのあ
のーーー<<力>>というのかしら・・・、あれは、なんなの
かしら? 超能力とは違うし、生まれもったものでもない
ようだし・・・」
(・・・確かに俺の<<力>>が目醒めたのは、『あの男』と
の闘いのさなかに聞こえた、『力が欲しいか?』という声
が引き金になってだが、身体能力は、物心ついた時からの
物だ。それに気付いた時、親父達には『どんなに便利に思
えても、そして辛い事があっても、それは絶対に人前で使
ったり、見せるんじゃない』と、口を酸っぱくして言われ
たな・・・・・・)
「・・・風間クン。アナタは、どう? <<力>>の源は何だ
と思う?」
「・・・それは人それぞれでしょう。誰かに対する愛情、
友情、信頼。何かを護る、又は成そうと願ったり、生き抜
こうとする意志。そして・・・殺意、憤怒、憎悪、怨念、
妄執、嫉妬、支配欲、復讐心・・・。なんて物も、その元
に成り得ると思えますが。どちらにせよ、共通するのは、
強い感情の動きですか・・・。先生はどうお考えで?」
「ワタシの考えを聞きたいの?」
「ええ」
「翔二クン・・・。ワタシはね、こう思うの。アナタたち
のーーーいいえ、アナタの<<力>>は、何かの''鍵,,なんじ
ゃないか・・・って。そうーーー、例えば、何か別の大き
な<<力>>を手に入れる為の・・・」
「・・・・・・」
(・・・。さして深い意味があっての質問じゃ無かったけ
ど、正直な所、こんな言葉を聞けるとは思っても見なかっ
たな。それに言葉の端々から推測するに、同じ様に<<力>>
を持つといっても、俺と他の連中とでは、決定的に違う『
何か』があるという風にもとれるしな。しかしこの女性は
何を、どこまで知っているんだ?)
「ネェ、翔二クン・・・」
 その異様なまでに艶っぽい声が俺の思考を妨げた。気付
けば、椅子から立ち上がった先生が、俺のすぐ近くにまで
寄って来ている。そして先生の青玉色(サファイアブルー
)の瞳が間近から俺を見つめた時、その深い山奥の湖水の
様に澄んだ瞳が突然、黄金色の光彩を見せた。
(!?)
 一瞬、目の錯覚や見間違いかと思ったが、違う。今や、
はっきりと金色の輝きが瞳から放たれている。
「ちょっと、ここで服を脱いでくれる? アナタの体を見
たいの・・・・・・」
 俺の全身を硬直させたのは、間近からの甘く、囁きかけ
る様な声調での言葉では無く、その光をまともに見てしま
ったからだった。しかも、体が思う様に動かないだけに留
まらず、俺の意志に反し、その声に対して頷いていたりす
る。
(これは・・・まずい!! 何かは判らんが、<<力>>を使
っている!)
「アリガト・・・。それじゃ・・・・・・」
 そう言って、先生の手が胸元に向かってスッと、伸びて
くる。頭の中で警告を告げるアラート音を聞きながら、精
神を臨戦体制の域に引き上げ、それに抵抗しようとする。
 が・・・。吸い付けられたかの様に先生の顔から目が離
せない。苦しまぎれに上体をよじり、少しでも離れようと
した時、肘が机に当たった。
 バサバサバサバサバサバサッ!!
 盛大な音がして、乱雑に積んであったバインダーや何か
の書類の山が崩れ、床にバラ撒かれた。
 その瞬間、先生の瞳が元の色に戻った。金縛り状態が解
けると同時に、俺は椅子から立って、床にしゃがみこむ。
 落ちている紙を拾い集めながら、ゆっくりと静かに深呼
吸をする。心理的な動揺と混乱を押さえ付けて、どうにか
平常心を取り戻した。
(あ、危なかった・・・。あの輝きはもしかして、前の事
件の時に、裏密が言っていた『邪眼』なのでは?)
 そして床に落ちた物を拾い終え、元通り机の上に載せた
後、先生の方を見る。
「あの、申し訳ありませんが、今日は、歯医者に行く予定
でして・・・。そろそろ失礼させて頂いて宜しいでしょう
か、先生?」 
 自分でも嫌になるぐらい、白々しく、拙劣な嘘ではある
が、体面なんぞ気にしていられない。一刻も早くここから
立ち去らん事には、どんな目に逢うやら・・・・・・。
「わかったわ・・・。もう、帰っていいわよ。また今度、
続きは話しましょう」
「はい。では失礼します」
 何とか虎口を逃れる事に成功した。一礼し、不審に思わ
れない程度の早足で出入口に向かい、ドアを開けた瞬間。
「おっと」
 その向こうにいた人物と鉢合わせしかけた。衝突を免れ
たのは、相手が素早く飛び退いたからだ。人影の正体は、
3−Bの担任で、三年の生物担当教諭である『あの』犬神
先生であった。
「お前は・・・風間。どうした、こんな所に。職員室に何
か用か?」
 その質問に対し、室内で起こった事を正直に言える訳も
無く、取り合えず、事実の表面だけを口にする。
「はい。うちの担任に呼び出されたもので。ついでに課題
について、少し聞きたい事もあったので・・・」
「成る程な・・・。まァ、いい。俺には関わり合いの無い
事だ」
 ぶっきらぼうな口調で言ってのけた後、横をすり抜けて
職員室に入ろうとする間際ーーー。
「風間ーーー。『彼女に気を許すな』美しい花は、美しい
だけじゃないって事を忘れるなよ。・・・じゃあな」
 小声でそう言われ、思わず振り向いた俺の目の前で、職
員室のドアが音高く閉ざされる。そして、ふと気がつくと
足元に5cmぐらいの紙片が落ちているのに気付いた。 
(? これは・・・何だ?)
 拾い上げると、そこには鮮やかな紅色で文字とも、記号
ともつかぬ複雑な文様が描かれている。試しに指先で擦る
と、簡単に剥がれ落ちて爪の先に付いた。
(これはインクじゃないな・・・。何で描いているんだ?
単なる、誰かの落書きって物でもなさそうだしな、また今
度、裏密の奴にでも聞いてみるか・・・・・・)
 折り畳んだ紙片をポケットに入れて歩き出した時。階段
から降りて来た新聞部の部長と、一階廊下で出喰わした。
「あら? 風間君じゃない。元気?」
「見ての通りだ」
「もしかして・・・呼び出し? 風間君も見掛けによらず
ワルねェ」
「大きなお世話だ」 
「で、誰に呼び出されたの?」
「うちの担任だ」
 必要最小限の返事だけをする俺の顔を、遠野はジロジロ
と見る。
「ふーん。でも、ちょっと嬉しいんじゃないのォ。美人に
呼び出されて」
「まさか。どっかの木刀担いだお調子者じゃあるまいし」
「ふーん。つまんないの。まァ、いいわ。風間君は、新聞
部(うち)のいいネターーーじゃなかった、お客だから、
あたしも、いろいろ期待してるって事、忘れないでよ」
「期待するのは勝手だが、それに応えねばならん謂れは無
いな」
 嫌味に聞こえる様、嫌味を言ってやったが、それで堪え
るような相手では無い。
「それじゃ、あたしも犬神先生に呼ばれてるからーーーじ
ゃあねッ」
 そして去り際にいきなり振り返ると、付け加える様に言
う。
「あッ、そういえば、忘れる所だったわ。校門の所に女の
子が待ってたわよ」
「女の子?」
「そ。もゥ、隅に置けないわねッ、このォ、えっち」
「・・・。どういう意味だ、それは・・・」
 思いきり冷たい声と視線を向けてやったが、遠野は既に
その場を離れており、俺の放った言葉の矢は効果を発揮す
る事無く、明後日の方へ飛んでいった。
「遅くなってすいませーん。B組ーーー遠野杏子、入りま
ーす」
 その背後からの声を聞きながら、俺は家路につくべく、
下足置き場へと向かったのだった。

        ■真神学園正門前■

(女の子が待っている? 俺の知り合いの女性といえば・
・・、まず、美里は生徒会、裏密は今の時間帯は『巣』に
篭ってるだろうし、桜井は桜井で、京一を相手に追い掛け
っこの真っ最中。会う約束なんぞしてないから、高見沢や
藤咲が真神(ここ)まで出張って来るとも思えないしな・
・・。一体、誰なんだ?)
 晩飯の算段のついでに、頭の片隅でそんな事を考えなが
ら正門前まで来た時の事。
「あ・・・。風間さん」
 そう言って駆け寄って来たのは、栗色の髪の少女ーーー
比良坂であった。少し手前で立ち止まると、小さくお辞儀
をする。
「こんにちは」
「ああ。比良坂か・・・。久しぶりだな」
「はい。風間さんもお元気そうで・・・。あの、ごめんな
さい。突然、来てしまって・・・。この間の、お礼がいい
たくてーーー。あの時は、本当に助かりました。ありがと
う」
(お礼? ・・・ああ。いつぞやの公園での事か・・・)
「もう済んだ事だし、俺は何もしていないからな、わざわ
ざ礼なんぞ言わなくても良い。それに、友人が難儀してい
たら、助けもするし、手も貸すさ」
「ありがとう・・・。わたし、友達いないから、嬉しいで
す」
 そういって、比良坂は花がほころぶ様に微笑した。
「で、今日はどうした? また何か厄介な事でも?」
「え、あ、あの・・・。実はね・・・。今日は、お願いが
あるんです・・・・・・」
「お願い?」
「はい。ええとーーー」
 そこまで言った所で、下を向いてしまった。そして、し
ばし、峻巡した後ーーー。
「今から、わたしと・・・、デートしてくれませんか?」
「デート?」
 予想だにしてなかった言葉が出た為、思わずおうむ返し
に聞き返し、比良坂は小さく頷く。
「はい・・・」
「随分、唐突な事だな・・・・・・」
「だめ、ですか・・・?」
「いや、自分でよければ、どこなりとつき合おう」
「やったーッ。良かったァ・・・、勇気出して・・・。風
間さんとデートできるなんて、なんだか夢みたい・・・」
 両手を胸の前で打ち鳴らすと、ぱあっと、満面の笑みを
浮かべて、頬を紅潮させている。うーむ・・・、『デート
』とか言っても、ちょっとその辺に遊びに行くぐらいの事
だろうに、そこまで喜ばれると、面映ゆいとゆうか、何と
いうか・・・・・・。
「それで、どうしようか? 俺は余り出歩かないから、遊
べる様な場所には、そんなに詳しく無いのだが・・・」
「わたし、行きたい所があるんです。今日は、そこに一緒
に行ってもらえますか・・・・・・」
「わかった。比良坂がそう言うのなら、そこに案内して貰
おうかな?」
「はいッ」
 俺の声に大きく頷いた後、歩き出す比良坂。
 話の成り行きとはいえ、妙な事になった物だが、家に帰
った所で、待っているのは居候二匹だけだし、取り立てて
急ぐ用事も無い事だ。梅雨の晴れ間にこうやって、どこか
に出かけるのもいいかも知れない。
 そんな事を考えながら、俺は比良坂の少し後をゆっくり
と付いて行ったのだった。

        第七話『蠢動』其の2へ・・・・・・

 戦人記・第七話其の弐へ続く。

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