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真・Water Gate Cafe
談話室

 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第伍話「夢妖」其の参
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 ――桜ケ丘病院診察室――
 
「そこのベッドに寝かせておくれ。早くおしッ」
 美里を抱えて診察室に入った俺に院長の声が飛ぶ。俺が指示通りにした後、院長は
虫でも追う様に手を振った。・・・邪魔だから、後ろへ下がれと言う事らしい。
「この娘には、普通の病気と違って、気の治療が必要だね・・・。娘から他者の異様
な気が、オーラのように立ちあがっておる」
「それが――、霊的治療という奴ですか?」
 醍醐が言い、院長の声に感心したような色が僅かに含まれる。
「ほォ・・・。その口ぶりだと、桜ケ丘病院(うち)が、どういう所か知ってるよう
だねェ。京一に聞いたのかい?」
「いえーー、真神(うち)の生徒が教えてくれました」
「真神の?」
「はい。彼女――美里を診せたら、桜ケ丘中央病院へ連れて行け、と言われました」
「ほォ、なるほど・・・・・・。一度会ってみたいものだね。その生徒に」
「えェ、今度、連れてきますよ。彼女も喜ぶと思います」
「ふむ・・・。よしッ。それでは、診察を始めるよ」
「お願いします」
 醍醐の声に鷹揚に頷き、美里に向き直る。
「さっきも言ったように、この娘の気のレベルが著しく低下している。外部から、何
物かが干渉しているようだが、そいつの居場所を突き止める前に、気を回復させる事
が先決だね。高見沢、気功治療の準備を」
「は〜い」
「今から、ヨーガの実践――正気(プラーナ)の流れを浄化して、エネルギーを解き
放つ治療を行う。高見沢、用意はいいか」
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「は〜い。ちょっと、ごめんなさいねェ。お注射を打ちま〜す」
 高見沢は美里の制服の袖をまくり上げて、腕にゴム管を巻き、薬品が入ったアンプ
ルの中身を注射器に移し、注射する。意外と手際が良い。
「あの・・・、その注射は、一体?」
 醍醐の質問に、院長は事務的な口調で答える。
「これは、西蔵(チベット)から取り寄せた、薬草を精製した物だ。気の浄化を高め
る効果がある」
「はァ、なるほど・・・」
「さて、ぼさっとしとらんで、全員、外に出ろ。これから先の治療は、立入禁止だ。
全員、廊下で待っておれ」
「さァさァ、みなさーん。こちらへどーぞォ」
 高見沢が診察室のドアを開け、退室する為、俺が一歩踏み出した時。 
「風間。お前、美里の側にいたいんじゃないのか?」
「埒も無い事を言うな。自分等が今すべき事は、専門家の邪魔をせん事だ。さっさと
出ていかんと、どやされるぞ」
 俺は醍醐にそう言い捨てて、部屋を出て行く。
 そして俺が室外へ出て、一分もしない内に。
「コラッ!! 外で待てと言うたら、大人しく待つんだ」
 と、言う院長の怒声がドア越しに聞こえた後、全員が追い出される様に診察室を出
て来た。

 ――桜ケ丘病院待合室――

 診察室をおん出された俺達は、取り敢えず待合室の椅子やソファに座り、何をする
でも無く、時間を潰していた。
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「ふゥ・・・。美里ちゃん、大丈夫だよね」
「・・・今は、先生を信じて待つしかないな」 
 待ちくたびれた様な遠野にお決まりの返事をした後、醍醐は京一の方を向いた。
「そういえば、京一。お前、さっき、師匠がどうとかいってたが・・・」
「そうそう。あたしもちょっと気になってたのよ。ねえ、詳しく話してよ」
 この手の話題に首を突っ込まずにはおれない御仁が、口を挟む。
「冗談じゃねェよ。お前なんかに話したら、あッ、という間に大事だ。それに・・・
そんなこたァ、ペラペラとしゃべるようなこっちゃねェよ。大喧嘩して別れてから、
もう、五年も会ってねェんだ。今頃、どっかで、のたれ死んでるかもな。・・・と、
いう訳だから、また今度な」
 そう言って、この話題を終わらせようとする京一に、遠野が不平満々な顔になる。
「なにそれッ。ずるいーーッ!! ケチケチする事、ないじゃないッ」
「うるせえなッ。特にお前にゃ、絶対に教えねェ」
 などと、二人が言ってる横で、桜井はずっと下を向いたまま、一言も喋らない。
「・・・どうした、桜井? 美里の事なら、先生に任せよう」
「うん・・・。どうしようもないって、わかってるんだけど・・・。どうしよう・・
・。もし、このまま葵が目を覚まさなかったら・・・・・・」
 沈んだ表情で醍醐に答えた後、俺に向き直る。
「風間クンッ・・・・・・。ボク、怖いんだ・・・。どうして、こんな事になっちゃ
ったの!? 葵がなにをしたっていうのさッ!!」
「小蒔・・・・・・」
「桜井・・・・・・」
 押さえていた感情を爆発させた桜井を、京一と醍醐が見つめる。
「ボク、絶対に許さない・・・。葵をこんな目に会わせた奴!! 絶対に許さないよ
・・・・・・」
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「しっかりしろ、桜井・・・。こんな時に、おれ達が弱気になってどうする。今は、
・・・信じて待つしかないんだ」
 拳を握りしめ、激しい敵意と怒りを露にする桜井を落ち着かせる様に、醍醐が肩に
手を置き、そう諭した。
「うん・・・。わかったよ。もう、だいじょーぶ。風間クン、ヘンなこといって、ゴ
メンね」
「・・・謝る程の事では無い」
 返事をしながら、椅子から立って自阪機へと向かう。
 硬貨を入れ、出てきた飲物をその場にいる全員に投げ渡して行く。
「これでも飲んで気を落ち着けろ」
「あ、ありがとう・・・。風間クン、ボクは信じるよ。葵はきっと、よくなるって」
「・・・そうだな」
 それから、十数分が経過し・・・・・・。

「まだ、治療中なのかな・・・」
「そうね・・・。結構、たったけど・・・」
 そう言った二人の目の前で、診察室のドアが開いた。
「みなさァ〜ん。院長先生からお話しがあるので、聞いてくださァ〜い」
 そう言う高見沢を押しのけて、冬眠明けの熊よろしく、のっそりと院長が現れた。
「先生――、美里は、どうなんですかッ?」
「・・・とりあえず、治療は済んだ。だが・・・・・・」
「何か?」
 言葉尻を濁す院長に、醍醐が問いただし、言い辛そうに重い口を開いた。 
「・・・・・・。娘の意識が戻らん・・・。気の回復は、上手くいったのだが、覚醒
の段階で障害が出ておる。何かが、娘の深層意識を繋ぎ止めている」
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「そッ、そんな・・・」
「娘の意識は、徐波睡眠(ノンレム)と呼ばれる、眠りの最も深い段階(レベル)で
留まっている。本来なら、同じ段階に意識が留まる事など、ありえないのだが」
「じゃ・・・じゃあ、葵は――?」 
「このまま目を覚まさないか――、衰弱して、死ぬ事もありうる」
 院長は淡々とした口調で、最悪の可能性が有ると言う事を述べ、桜井は悲鳴一歩手
前の声を上げる。
「娘の意識を束縛している者を捜し、それを、止めさせなければならん」
「間違いねェな・・・。そいつも、あの唐栖や雨紋の奴と同じ<力>を持った奴だ」
「うむ」
「で・・・でも、何で葵が」
 戸惑う桜井に、京一は手にした木刀で肩の上を軽く叩きながらうそぶいた。
「そいつは、犯人をとっ捕まえて聞くまでさ。なァ、風間?」
 俺は無言のまま、鞄から『忍び甲輪』を取り出し、制服の上着を脱いで手に填める。
 更に『珠』を数個、ポケットに放り込んだ後、腰に下げたホルスターに手をやる。
 ・・・戦闘準備完了。
「・・・風間はやる気のようだぜ、醍醐(タイショー)」
「そうだな、こうなったら、闘うしかないな」
「ボクも絶対に行くからね」
「それでな、送られてくる気の放射幅と、方向を測定した結果――、高見沢、地図を」
「はァ〜い。えーッと、地図、地図」
 言いながら、受け付けの所の棚をひっかき回す高見沢だが、目的の物を見つけるの
に用した時間は少なかった。
「あッ。あった、あったァ。はい。どーぞォ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うむ。この地図は、墨田区の北から北西に位置する地域の地図だが――、いいか、
気が送られてきている方角は、この辺りだ」
 指で地図上の一点を差し示した後、ペンを取り、大まかに印を付ける。 
「この辺りを中心とした、半径500mに気の乱れが測定されておる」
「白髭・・・公園って、いうのかなァ?」
「墨田か・・・」
「地理がわからねェな」
「ボクも、その辺りはぜんぜん」
「ふむ・・・。この辺りを捜し歩くしかないか・・・」
「だな。ま、方角と位置に加えて、範囲が絞り込めただけまだマシか・・・」
「そうだな。まァ、なんとかなるだろ」
「わたしィ、案内しましょうかァ? その辺りはちょっと詳しいしィ。いいでしょォ」
 皆で顔突き合わせながら、地図を見て話していると、高見沢から意外な言葉が出た。
 ・・・拒否する理由は無い。
「そう言う事なら、頼めるか? 俺としては、願ったり、叶ったりだが・・・」
「ほんとォ〜、いいの? お友達ってことかなァ〜? うれしいなァ〜」
 無邪気に喜ぶ高見沢を横目で見ながら、京一が話し掛けて来る。
「おいおい、マジかよ・・・。オレ達は、遊びに行く訳じゃないんだぜ」
「判っている。パーティおっ始める前に、お帰り願うさ」
「京一。高見沢は、こー見えても、普通の人間にない『もの』をもっておる」
「はあ?」
 院長の不意の一言に、京一は唖然とする。
「他人とすぐ、仲良くなれるというか何というか――。まァ・・・、一種のコミュニ
ケーション能力だな。どうせ、情報を集めなくてはならないんだ。何かの役には立つ
だろうから、連れていけ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、でも・・・。あぶないし〜」
「いいから、早く行けッ」
「本気(マジ)かよ・・・。しょうがねェなあ・・・」
「仕方無い。とりあえず、案内をたのもう」  
 院長に叱りつけられ、京一は嘆息し、醍醐は諦めたように、首を振る。
「やったあ〜。よろしくおねがいしま〜すッ」
「それじゃあ、先生。ありがとうございました」
「うむ、気をつけてな。・・・そうだ、特別に、これをやろう」
 醍醐の謝辞に頷き、小さく畳んだ包紙を、俺に渡した。
「何です、これ?」
「うち特製の麻酔薬だ。分量次第で、怪我の手当にも、相手を暫く動けなくする事に
も使える優れ物だよ」
「なるほど」
「そのかわり、風間や。今度はひとりで遊びにおいで」
「・・・・・・前向きに考えときます」
「・・・おい、アン子。お前はここに残れよ。何かあった時・・・、無駄かもしれねェ
が、お前が警察に連絡するんだ」
「じょッ、冗談じゃないわッ。あたしも行くわよッ」
 寝言を言う遠野に、俺は冷ややかな視線を向けた。
「来て何が出来るんだ? 悪いが、ついてこられても邪魔なだけだし、アクションやっ
てる時、特等席で見物させてやる余裕なんぞ無いな」
「うッ・・・。で、でも、あたし、じっとしてるなんて・・・」
「・・・遠野。お前は、美里の側にいてくれ。その方が、おれ達も安心して行ける」
「そんなッ・・・」
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「いいから聞けって。オレ達みたいなのは、身体張って闘う。お前はその頭で、ペン
で闘うんだ。人にはそれぞれ、役割ってもんがあるからな」
「・・・京一。なんだか、似合わないセリフ・・・」
「うるせェなッ。駄目なもんは、駄目って事なんだよッ」
「・・・わかったわよ。美里ちゃんに付いてる。その代わり・・・新聞のネタ、タダ
にしてね」
「・・・・・・」
 この状況でまだ商売っ気を出す遠野に、脱力する京一。
「アン子、葵をよろしくね」
「うん、わかった。桜井ちゃんも気をつけてね」
 声を掛けあう二人の横で、白衣の上に外出用の上着を着て、手に救急箱を下げた高
見沢が元気良く叫んだ。
「それじゃあ、レッツゴーッ!!」

――桜ケ丘中央病院前――

「・・・え〜とッ、そっちから、京一君と醍醐君と風間くん、そちらのあなたのお名
前は〜?」
「真神学園三年、桜井小蒔だよ」
「わあッ、ぴったりのお名前ね。短い髪もすごいお似合い〜ッ」
「ど、どうも・・・」
「男らしいって感じで、憧れちゃう〜ッ」
「あのねェ・・・。ボクに喧嘩売ってんの?」
 心持ち眉をつり上げて、桜井は高見沢を睨むが、当の本人に意に介した様子はカケ
ラも見あたらない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「わあ、お出かけだァ、うれしいなァ〜」
 等とはしゃがれた為、桜井の不快感は具体的な形を取る前に不発に終わってしまい、
結果、桜井と京一は戸惑いかつ、呆れる事しか出来なかった。
「ちょ、ちょっと・・・」
「全然、人の話を聞いてねェな・・・」
 そういう無害な騒ぎをよそに、俺は地図を見ていたが、近付いて来る人の気配を感
じ、目線を上げた。
「あッ・・・。風間さんッ・・・」
 目線の先に立っていたのは、見覚えの有る栗色の髪と瞳を持った少女だった。彼女
は微笑し、話掛けて来る。
「偶然ですね・・・。私のこと・・・、覚えてますか?」
「憶えている。この前、渋谷で会った・・・」
「嬉しい、憶えててくれて・・・。また、お会いできましたね」
「おい、風間、何してん・・・」
 そこまで言った所で、京一は立ち止まり、俺と少女を交互に見た後、軽く頭を下げ
る。
「あッ・・・どうも」
「こんにちは」
「なに? 風間の知り合い?」
「えッ、いえ・・・。私が勝手に、そうおもってるだけです。ごめんなさい、引き留
めたりして」
「風間、急ごうぜ。悪いけど、また今度な」
「ハッ・・・ハイ。あのッ、風間さん・・・。私、比良坂紗夜っていいます。品川区
の桜塚高校の二年生です。その・・・。また今度、こんな風に、偶然に会えるといい
ですね。それじゃ・・・」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 一礼して、走り去っていく姿を俺は黙然と見送り、京一はポツリと呟く。
「・・・・・・カワイイ子だったなァ・・・」
 前にも同じ様な事言ってなかったか、こいつ・・・。
「風間くんって、女の子のお友達が多いのね〜」
「さあね。男だの、女だの、俺にはどうでもいい事だ」 
「あ〜。なんか、誤魔化してるゥ〜」
「・・・そんな所で、なに油売ってるのさッ!!早く行くよッ!!」
「三人共ッ、ぐずぐずしてないで、さっさと行くぞッ!! とにかく、ことは一刻を
争うんだッ!!」
 先を行く、桜井と醍醐が立て続けに叫び、その場に取り残された俺達は歩調を早め、
後を追った。

 ――墨田区・白髭公園――      

 電車を乗り継ぎ、高見沢の案内の元、俺達は漸く目的地である、白髭公園に到着し
た。
「やっと、着いたねェッ。ここが、白髭公園よ〜」
「なんだか、振り回されっぱなし・・・。緊張感も何も、あったもんじゃないよッ」
「そ、そうか・・・? おれは、ここに入った時から、どうも寒気がするんだが・・
・」
 疲れた様に言う桜井に醍醐は答えるが、声にいつもの覇気が無い。それを聞きつけ
たのか、先頭に立っていた高見沢が俺の方を振り返った。
「ふふッ、大丈夫だってえ。恐いことなんかないも〜ん。ねッ、風間くんッ」
 (恐い事ねぇ・・・・・・)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 俺は周囲に視線を向け、耳を澄まし、更に目を閉じて気配を探り、索敵の網を広げ
たが・・・。
 辺り一帯、視覚、聴覚、神経感覚共に、危険を及ぼすような物や、反応は全く無し。
 同時に悪意、敵意、害意、殺意・・・その他諸々含め、負の感情や『気』の乱れも
感じない。
「そうだな、恐れるような物は無いな」
「わあ、やっぱり男らしい。わたしのお友達にも、後で、紹介するから〜」
 嬉しそうに言った後、駆け足で俺達から数m程離れ、いきなり四方八方に声を掛け、
話し出す。
「こんにちは〜。ふふッ、元気よ〜。あ〜ッ、久しぶりね〜」
「ええっと・・・、誰に挨拶を・・・? 誰もいねェのに・・・」 
「ふふッ、この辺りを漂ってる、幽霊さんたちッ」
「ああ、そうなん・・・」
 質問に対し、返って来た答えに、京一は何気無く頷きかけたが、その言葉が意味す
る所を脳が理解した瞬間。
「なにィッ!!」
 京一は電気ショックを食らった蛙みたいに飛び上がり、そして醍醐の表情は、文字
通り蒼醒め、凍り付いた。まるで液体窒素でも浴びたかの様に。
「ほら、あそこにも、おばあさんと女の子が・・・」
 植え込みの辺りを指さす高見沢に、醍醐よりは軽いものの、それでも一時的な顔面
への血液供給不足をきたした桜井が、震えを帯びた声で聞く。
「ほッ、ほんとに・・・見えるの?」
「うん。成仏できない、幽霊さんたちがいっぱい」
「幽霊さんたち・・・!?」
「この辺りはね・・・、東京大空襲のときに爆撃されて、たくさんの人が犠牲になっ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
たの〜。今もね、戦争が終わった事もわからないまま、苦しみ、さまよい続けてる人
たちがいっぱいいるの・・・・・・。だからね、ときどきここへ来て、みんなとお話
しするんだ。いつも・・・、楽しいお話しだけッ」
 不意に高見沢が自分の口を押さえる。すると、それまで見せてきた陽気な印象は影
を潜め、代わりにびしょ濡れになって、しょげ返る仔犬を思わせる、頼りなげな表情
と目で、俺を見た。
「ねェ・・・、わたしって、ヘンじゃないよねッ?」
 ・・・確か、イタコとか言ってたか? どうやってかは知らんが、死者と語り合う
事を可能とする人がいると言う話を聞いた事がある。
 高見沢もそれに類する能力を持っているという事なのだろう。・・・多分。ま、特
に害がある訳でなし、彼女を嫌ったり、遠ざけようとは思わない。
「別に。変でも、悪い物でも無い」
「うん。そうよねッ。だって、みんなとお話ししてると、わたしも楽し〜のッ。み〜
んな、お友達なんだッ」
「高見沢さんが、人とは違う<力>(もの)をもってる・・・って、院長先生がいって
たけど、この事だったんだね」
「とッ・・・ともかく、君が優しいのはよくわかった。ぼッ、僕たちは、先を急ごう
じゃないかッ」
 喜色を浮かべる高見沢を見ながら、平静を取り戻した桜井が納得したように首を振
るが、醍醐は声を上ずらせ、まるで錆び付いたブリキの玩具の様にぎこちない動きを
している・・・。
「今度は、醍醐クンがヘンだよ・・・。大丈夫?」
「も、もちろんだ。風間。ちょっと来い」
 言うなり、俺の腕を掴んで引き摺って行くと、すこし離れた所で、覚悟を決めた様
に、真っ向から俺を見た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・・・・風間。お前を信用して、お前にだけは話しておく。おれは・・・その
・・・、幽霊だとかお化けだとかいうのは、どうも・・・苦手というか、つッ、つま
り、余り得意な分野でないという事だ。肉体の無い相手には、何をやっても通じない
からな」
 ・・・えらく思いつめた顔で、何を言うかと思えば、そんな事か・・・・・・。
「既に旧校舎でそういう手合と、何度も戦りあっているだろうに・・・。ことさら恐
れる程の物かね・・・・・・」
「にッ、人間苦手な物はあるッ。だから、その・・・、済まんが、みんなには黙って
いてくれないか?」
「わかった、他言はせん」
「そうか。・・・すまんな、風間。お前のおかげで、少し気も落ち着いたよ」
「・・・そっか〜。醍醐くんって、幽霊さんが怖いのね〜ッ」
 背後から不意に聞こえた声に、驚いて飛び上がった後、醍醐は何時の間にか、近く
に来ていた高見沢を見た。
「き、聞いていたのか・・・」
「うふふッ。大丈夫。わたしも誰にもいわな〜いッ。あ、そ〜だッ。2人に、これあ
げるね」
 高見沢は持っていた箱から、瓶を取り出して俺達に差し出した。
「わたしが作ったんだァ〜。すっごく効くんだよ〜ッ」
「あッ、ありがとう・・・」
 受け取った瓶・・・市販のドリンク剤に良く似た意匠のラベルには、高見沢の顔が
写ったシールが貼ってあり、おまけに手書きの文字で『効果抜群』とか、『一気飲み
で1km』だの書いてある。
 ・・・限りなく怪しい。臨床試験は通っているのか? いや、それより心配は、副
作用の方か・・・・・・。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 一抹の不安を抱きつつ、俺はそれを飲んだが、味の方は美味いとか、不味いの次元
を通り越し、味覚を持っている事自体を後悔したくなる様な代物だった・・・・・・。
「美味しかったァ?」
「・・・悪くは・・・ない」
 無邪気な顔で聞いてくる高見沢に、俺はそう答える為、多少の努力と、精神的スタ
ミナを必要とした。
「ほんとォ〜? 実はまだあるんだァ、欲しい〜?」
「いや、俺はもういいから、残りは京一達にでも分けてやってくれ」
「おいおい、お前ら。いつまでも、何やってんだよ。とにかく、先に進もうぜ」
 向こう側で待っていた京一が、痺れを切らした顔で話し掛けて来る。
「そッ、そうだな。確かに、こんな所で時間を潰してはいられない。こうしてる間に
も、美里は苦しんでいるんだ」
 ・・・『こんな所に』居たくないと言うのが醍醐の本音だろうが、言っている事は
正論だし、院長が言っていた、今の所唯一の手がかり・・・『気』の乱れという物を
この辺りで感知しない以上、これ以上此処にいても仕方無い。
 お世辞にも効率が良いとは言えないが、取るべき手段は草の根作戦・・・とにかく
捜し歩いて、何らかの異変や、痕跡を見つけ、それを突破口にする他に手は無い。
 今だ正体を見せぬ『敵』の手がかりを求め、俺達は公園を出た・・・・・・。
 
 
 
 
 

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  ……第伍話「夢妖」其の四へ
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