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真・Water Gate Cafe
談話室

 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第伍話「夢妖」其の弐

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 ――オカルト研究会部室――

 

 ――室内には硫黄に似た刺激的で、変な匂いが充満し、閉め切られたカーテンには、逆五紡星

や判読不可能な文字(らしきモノ)が銀糸で刺繍されており、薄暗い部室内を照らし出すのは蝋燭

の炎だ。壁につくりつけの棚には、変色した書籍の他、瓶に入った錠剤や液体に首の無い人形、

その他諸々の品物が並んで いる。どことなく、あの旧校舎と同じ様な匂いをこの部屋 から感じる

のは、俺だけだろうか?

「ミサちゃん?」

「ミサちゃん・・・いないの?」

 桜井と遠野が部屋の主を呼んだ時。

「うふふふふふ〜。オカルト研へようこそ〜」

 初めて会った時と同じ、漆黒のフード付きマントを羽織った人影が俺達の前に現れた。

「精神的緊張のアスペクトが天蠍宮と双魚宮を結ぶ時〜、囚われの精神は、悲しみの渕に沈む〜。

決して醒めぬ夢の迷宮〜」

「うッ、裏密、お前まさか・・・」

「あたしたちのいいたい事、わかってるのッ!?」

 それを聞いた瞬間、醍醐と遠野は驚愕の表情で裏密を注視し、例の『にたあ〜』という笑みを満

面に浮かべる。

「この前、インターネットで買ったこのヴァッサーゴの水晶〜。これでみんなのこと覗いてたんだ〜」

 裏密の左手には、リンゴぐらいの球体が載っており、それが蝋燭の明かりを反射して、微かに光

っている。

「また今度、風間く〜んの未来も視てあげようか〜?」

「結構だ。水晶玉を見たり、カードをめくるだけで、未来の事が判る様なら、苦労せん」

「ひょっとして〜、信用してないのね〜。いっとくけど、あたしの占いは外れた事ないのよ〜。善くも

悪くもね〜」

「過去と今はそうでも、これからもそれが続くとは、思えんな」

「もうッ、今はそんな事いってる場合じゃないよッ!! 葵のこと、診てあげてよミサちゃん」

 桜井がそう言った後、醍醐たちが椅子を数個並べて即席 の台を作り、俺はその上に美里の体

を降ろした。

 そして裏密が近寄り、美里の顔を覗き込むと、医者の触診の様に、 首筋や手に触れる。

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「どお? ミサちゃん。何かわかる?」

「・・・う〜ん。キルリアン反応が弱まってるね〜」

「キル・・・なに?」

 裏密の言う耳慣れない言葉に、桜井が質問する。

「人の体から放射される、放射光(オーラ)のことよ〜。広義の生体エネルギーと思えばいいわ〜」

「それが、弱まっているっていうの?」

「そうみたい〜」

「いったいなんで・・・・・・」

「ちょっと待ってて〜」

 交互に聞いて来る遠野と桜井に返事をしつつ、裏密は棚 から、今持っているのとは別の水晶玉

を取り出した。

「なッ、なにをするの?」

「これから行うのは、いわゆる水晶を媒介にした透視術の ひとつなの〜」

「は・・・?」

 桜井の質問に即答した裏密だが、『訳が判らん』と言いたげな京一が、頭の上に「?」マークを付

ける。

「まず〜、あたしの霊魂を二分化して〜、その片方を葵ちゃ〜んの意識に同化させるの〜。上手

くいくと、あたしの視たものがこの水晶に映し出されるの〜」

 親切懇意に解説する裏密だが、皆、話を聞いて余計に判らなくなったと言いたげな顔を並べて

いる。

「それじゃ、始めるよ〜」

「ちょ、ちょっと待て。人体に危険はないんだろうな?」

 ずっと硬直していた醍醐が、裏密の声に我に帰ると、恐る恐る聞くが、これは『薮蛇』と言う言葉

の典型的な見本だった。

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「うん〜。安心して〜、説明書によると〜、この術で、廃人になった被術者は、世界中あわせても〜、

過去に6人し かいないから〜」

「6人ーー!」

 裏密がしれっと、恐い事を言い、それきり醍醐は絶句し た。俺は今まで何人が挑戦したのか聞

こうとしたが、コワイ答えが帰ってきそうな気がしたので、精神衛生の為、聞くのをやめた。

 そして、裏密が両手を水晶玉にかざし、低く、囁く様な 声を紡ぎ出す。

「ケペリ・ケペル・ケペルゥ・・・我生りし時、生成りき ・・・」

 なおも醍醐が声を掛けようとしたが、集中を乱さぬ様、遠野がそれを止めた。

「ケベル=クイ・ム・ケペルゥ・ヌ、我、始元の時に成り ませる・・・」

 裏密の呪文の詠唱が続く中、例の水晶玉の表面に変化が 起きた。

「見てッ!! 水晶になにか映る・・・」

「美里ちゃんだわ。でも、これって・・・」

 あまり鮮明な物ではなかったが、確かに水晶の中に美里の姿が映っていた。何かに吊り下げら

れているかの様に、美里は左右に大きく手を広げており、力なくうなだれている為、その表情は見

えない。

「一体、なにが・・・。!?」

 その時。水晶玉が不気味な光を放ち、映っていた美里の姿がかき消えると、まるで見えないハン

マーで一撃された様に、表面に無数のひび割れが走ると同時に、音高く砕け散った。

「あららら〜」

 粉々になった水晶玉を前に、裏密は感心とも、驚きともつかぬ声を出し、桜井は心配の声を上げ

る。

「ミサちゃん!! 大丈夫!?」

「す・・・すごい力〜」

「一体、なにが起こったんだ? いきなり水晶玉が割れて・・・」

 醍醐が当然とも言える質問を発する。

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「う〜ん。どうやら、覗いてるのが見つかっちゃったみた い〜」

「見つかったって、誰に!?」

「よくわかんない〜。葵ちゃ〜んの深層意識に、誰かが侵 入しているみたい〜」

「深層意識に・・・、侵入してる?」

「まさか・・・」

「新しい敵か――」

 裏密の言葉に眉を潜める遠野と、俄にいろめきたつ、醍醐と京一を見ながら、裏密は話を続け

る。

「とにかく〜、このままじゃ、どうにもならないよ〜。誰か〜、桜ケ丘中央病院は知ってる〜?」

「桜ケ丘・・・?」

「聞いた事ないわね」

 皆、一様に顔を見合わせるが、その言葉に反応した奴が 只一人いた。

「さッ、桜ケ丘だとォ!!」

「知っているなら〜、そこの院長を訪ねてみて〜」

「院長――ッ!? じょ、冗談じゃねェッ!!」

 いきなり大声を出し、そして裏密の声に過剰なまでの反応を示す京一を桜井が見た。

「京一・・・。知り合いなの?」

「知り合いだなんて・・・、そんなケガラワしいッ」

「なにそれ?」

「葵ちゃんを、その病院に連れて行くといいよ〜。桜ケ丘中央病院は〜、霊的治療といって、普

通の医学では解明できないような〜魂と気に影響する病気を、治療してくれる病院だから〜」

「霊的治療?」

 TV番組に出て、超能力者を自称する、道化師がよく使う言葉を聞いた醍醐が独り言の様に言

う。

「京一く〜んは、詳しいようだから、連れていってもらう といいよ〜」

「えッ、オ、オレ? い、嫌だッ。勘弁してくれェーーッ !!」

「おい、京一・・・、なんだかよくわからんが・・・、美里が助かるというなら、行かないわけにはいか

ん」

 尋常でなく狼狽した後、なりふり構わず絶叫する京一を 怪訝な顔で見ながら、醍醐が言う。

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「そういうこと〜。とにかく、急いだ方がいいよ〜」

「ほらっ、京一、行くよッ!!」

 桜井は、脱兎のごとく逃げ出そうとした京一の腕を素早く掴み、抱え込んだ。無言のうちに連携

した遠野が反対側の腕を掴み、そのまま二人して引き摺って行く。

「や、やめろッ。助けてーーッ!!」

 校舎中に響く悲鳴を上げながら、京一がMPにとっ捕まった脱走兵の様に引っ張られて行く。

 醍醐に手伝わせて、美里を背負った俺は、その光景を見て呟いた。

「変な奴だな・・・」

 そして霊研を出ようとした時。

「役に立てなかったお詫びに、これをあ〜げ〜る〜」

 と言って、裏密が長さ15cmぐらいの、木で作られた札を渡して来た。俺は手が塞がっているの

で、代わりに醍醐が受け取る。

「面倒をかけたな」

「それより〜。気を付けてね〜」

 手を振る裏密に見送られ、美里を背負った俺と、三人分の荷物を抱えた醍醐は、先行する京一

達を追い、『桜ケ丘中央病院』へと向かった。

 

 ――桜ケ丘中央病院前ー――

 

 新宿の裏通りを歩く事十数分。京一に案内され、俺達は『桜ケ丘中央病院』へと辿り着いた。

 個人経営らしく、外観は別に奇をてらった様子も無く、 こじんまりとした、何気なく通ればついつ

い、見過ごしてしまう様な二階建ての地味で、極々普通の建物だった。

「新宿に、こんな病院があったなんて・・・」

 そう言う桜井の横で、京一は仏頂面のまま、ブツブツと 何か言っている。

「こんなところに来るヤツは正気(マトモ)じゃねェ・・ ・。ここは、化け物の棲み家なんだ。お前らみ

んな、とって喰われちまうぞ・・・・・・」

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「どしたの? 京一」

「うむ・・・。どうも、いつものお前らしくないな」

「本当に、珍しいわね。アンタがビビッてるなんて。中に 入った事あんの?」

「うッ・・・。まッ、前に一度だけ・・・」

 俺以外の三人が口々に言い、最後に言った遠野の言葉を嫌々、認めるといった風に、京一は

首を縦に振った。

 ・・・こいつ、よっぽど此処に、嫌な記憶が有る様だな ・・・。

「だったら、早く案内しなさいよ」

「馬鹿野郎ッ!! お前らみんな、わかってねェんだ。ここの院長の恐ろしさは・・・」

「院長?」

 さっき、裏密との話にも出てきた名に遠野は首を傾げ、 京一は俺の方を見る。

「信じてくれよ、みんなァ。なァ、風間――」

「わかった、わかった。話は聞いてやるから・・・」

「風間。オレはお前を、信じてたぜッ!!」

「いーから、さっさと話せ」

「そうだッ。オレは別にビビッてる訳じゃねェ。オレは、 忠告してやってんだッ。一度、院長につか

まると、地獄だと思え。醍醐もそうだが、風間〜。特にお前が危ねェ〜」

「俺が? 何故だ?」

「何よ、それ・・・。あたしたちは、どーなのよ?」

「安心しろ。女は奴の興味対象外だ」

 そこの所だけ、妙に確信を持って言う京一に、腕組みして、話を聞いていた醍醐が感想を洩らす。

「うーむ。いまいち的を得んな」

「ちょっと、京一ッ!! キミの泣き言に構ってるヒマは ないんだよッ!! キミが襲われて、代わ

りに葵が回復するんなら、ボクは迷わずそっちを選ぶよッ!!」

 桜井が妥協の無い口調で無情な事を言い、遠野もそれに賛同する。

「それもそうね。まッ、そういう訳だから、さっさと中に入るわよ」

 言うなり、京一の制服の衿を掴むと、玄関口に向かい歩き出す。

 京一が引き摺られながら、

「くそォッ!! お前らは、鬼だーーッ!!」

 等と、虚しい絶叫を上げていた・・・・・・。

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 ――桜ケ丘中央病院ロビー――

 

 ドアがきしんだ時に出る嫌な音を響かせながら、俺達は中へ入った。

 しかし、開店休業状態なのか、受け付けやロビーに人影は無かった。

「ちょっとォ、誰もいないじゃない。営業してるの、ここ ?」

「オレに聞くなよ・・・」

 遠野に非難がましい目で見られた京一が、疲れた様に首を振り、答える。

「すいませんッ。誰かいませんか?」

 醍醐が声を張り上げたが、その声は天井と床に反響しただけだった。

「誰もいないのかなァ?」

「とりあえず、美里をそこのソファに寝かせよう」

 俺はソファの近くでしゃがみ、桜井と醍醐が美里の体を 安物の規格品のソファの上に横たえる。

「それにしたって、なんで誰もいないのよッ。ごめんくだ さーいッ。急患ですよーッ」

 憤然とした表情(かお)で、遠野が再度呼びかけた時。

「は〜いッ。いま、行きま〜す」

 と、若い女性の声が聞こえた。同時に、スリッパを履いた時に出る、ぱたぱたと言う足音も。

「よかったーーッ。誰かいるよ」

 桜井は安堵した様に大きく息をついた。そして、足音の方も次第に大きくなり、奥から声の主が

現れた。

「いらっしゃいませーッ。は〜い、ご用は何ですか〜?」

 ・・・奥から現れたのは、一人の看護婦だった。但し、 異様ににこやかかつ、明るい口調で、ど

ちらかと言えば、 看護婦と言うより、幼稚園の保母を思わせる。

「病院でも、いらっしゃいませというのか・・・?」

「さ・・・さア」

「あの、ボクたちは・・・」

 反応に戸惑い、顔を見合わせる醍醐と遠野。そして桜井 が口を開きかけた時。

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「あはァ、お友達がたっくさん。舞子、うッれしい〜」

 その看護婦は、俺達全員をぐるりと見て、愉しそうに顔 を綻ばせる。

「・・・・・・」

「急患なんだが、至急院長に取り次いでもらえないか?」

 醍醐の問いかけに返ってきたのは、『はい、わかりまし たぁ』では無く、とてつもなくズレまくった

答えだった。

「わあ、どこの制服かなー。とってもオシャレ〜。久しぶ りのお客さまだから〜、ゆっくり遊んでっ

てね〜」

「おッ、おい・・・。緊急の患者なんだが・・・」

「えッ? ふふっ、わかってるってェ」

 醍醐が重ねて言うが、当の看護婦は笑顔を崩さず、とて もわかっているとは思えない陽気な声

で答える。

「うおぉぉぉッ、何なんだ、この看護婦はァッ!!」

「どうも、話が伝わっていないようだな・・・」

 京一が思わず頭を抱えて唸り、醍醐が困り果てた様に首を振った時。

『どすん』

 不意に腹の底まで響き渡る様な異音が轟いた。

「なッ、なんだ・・・この音は?」

「ちょっとォーッ、なによッ、地震!?」

 遠野や醍醐が口々に言うが、地震にしては壁や天井には何の変化も無い。むしろこれは、何か

大質量物体が床を踏み鳴らす様な感じを受ける。ふと、何年か前に見た、最新の遺伝子工学で、

恐竜を蘇らせると言うSF小説を基にし た、ハリウッド製の映画の1シーンを思い出した。

 ・・・まさか、京一が言う所の『化け物』とやらのお出 ましか?

 隣を見れば、京一の顔が蒼醒め、声と表情がひ きつっている。

「来るぞ・・・来るぞォッ!!」

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 俺は腰を落とし、ごく僅かにかかとを浮かせて、活劇(アクション)に備えると同時に、腰の後ろに

下げた『得物』をいつでも抜ける様、構えた。

「うるさいよッ、このガキ共ッ!! ここは病院なんだよ ッ。もうちょっと静かにおしッ!!」

「なッーー」

「すッ、すごい声・・・」

 ドアを乱暴に開け放し、開口一番、怒鳴りつけた人影を見て、醍醐と桜井が息をのみ、遠野は耳

打ちする。

(桜井ちゃん。すごいのは、声だけじゃないわよ・・・)

 ――声の主は女性だった、一応、生物学的には。

 そして、その容貌を描写すると、身長は京一に等しく、体重は二倍はあるだろうか。まるでドラム

缶。いや、大相撲の幕内力士顔負けの魁偉、もとい、通常の五倍近い生地を使った白衣を着た、

恰幅のいい体格の持ち主だった。

 とっさに声が出ないでいる俺達を見て、鼻を鳴らし、面白くもなさそうな声で話し出す。

「なんだい、いい若いモンがぞろぞろと――。わしは、岩 山たか子。この病院の院長をしておる」

 そう自己紹介すると、隣に控えていたさっきの看護婦も 続けて口を開く。

「ちなみにわたしは、看護婦見習いの高見沢舞子で〜す。 まだ、看護学生なので、半人前でーッ

す」

「看護学生・・・?」

「そうでーッす。新宿二丁目にある、鈴蘭看護学校に、通ってまーッす」

「高見沢、お前は黙っといでッ」

 一喝した後、院長はじろりと、俺達を見やる。

「で、この病院に何の用だい? うちは産婦人科だよ」

「えッ?」

 意表を突かれ、呆けた様に院長を見る遠野。

「表に、そう書いてあっただろ? まァ、それ以外にも、 急患の治療とかは、するがね」

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「産婦人科って・・・・・・」

 戸惑いの色も露に呟く遠野に、院長が視線を送る。

「用があるのは、どっちだい。お前かい? それとも、そこのちっちゃいお嬢ちゃんかい?」

「あッ、あの・・・」

「おれ達は、新宿の真神学園の者です」

「ほぉ、真神の・・・・・・」

 言いかけた桜井に代わって、醍醐が話し始め、院長は目 を細めると、自身の記憶の井戸から

何かを引き上げる様な 顔を見せた。

「そうかい・・・。どーりで、その制服に見覚えがあると 思ったよ」

「実は、友人が倒れてしまって」

「あんた、ちょっといい身体してるねェ。名前は?」

「はッ・・・?」

「名前だよ、名前。なんて名前なんだい、ボーヤ」

「はッ、醍醐雄矢といいます」

「わあ、醍醐くん!? 強そうな名前。ねェ、院長先生」

「うーむ。なにか武道をやってるね? よく引き締まって いて・・・、美味しそうな、身体だねェ・・・」

 昔話しの山婆みたいな台詞を聞いた時、頬に一筋汗を流 しつつ、醍醐が思わず半歩下がった

のを俺は見た。

「そっちにいるのは、なんて名なんだい?」

「・・・真神学園三年、風間翔二」

「あんたも何か、武道をやってるね。わしには、身体つきを見るだけでわかっちまうよ。あとで、ぜ

ひ他の場所も見 せて欲しいもんだね」

 裏密のとは微妙に違う『にたあ〜』と言う笑い、そして脂っぽい視線を向けられた時、俺は寒気

と同時に、背筋をゴキブリが這い回る様な感覚に襲われ、京一が来るのを嫌がった理由を(遅ま

きながら)悟った。

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「ん?・・・そこの、デカイのの後ろに隠れているのは、京一じゃないかい?」

「いえ・・・、ひッ、人違いです」

「隠れてないで、その愛らしい顔を見せておくれ」

 視線を逸らしつつ、弱々しい声で言う京一に笑いかけるが、この笑顔は笑気ガスを吸った人喰

いの動物みたいな物 で、どうにもぞっとしない。

「久しぶりだねェ。ひひひッ、男ぶりが一段と上がって。 ほれ、もっとこっちに来ておくれ」

「いッ、いえ、僕はここで結構ですッ」

(ここって言うのは、おれの後ろのことか・・・)

(いいじゃねェかッ。友達だろッ、醍醐ッ!!)

「僕だって・・・、どうしちゃったの、京一」

「何だかよくわかんないけど、面白くなってきたわねッ」

 小声で話す二人を見ながら、女性陣は言論の自由を行使 している。

「昔のように、たか子センセーと、呼んでおくれ」

「やァだ、たか子先生だなんてェ。先生ったら、お茶目ェ 」

 高見沢が可笑しそうに笑うが、当の京一は扇風機の様に激しく首を振った。

「い、いえ・・・、そんな、滅相もない」

「まったく、お前もお前の師匠も、本当につれないねェ。 昔は、二人まとめて、あんなに可愛がっ

てやったのに」

「かッ、可愛がったァ!?」

 院長の言葉に、すっとんきょうな声、いや、絶叫を上げ る京一。

 そして醍醐が意外そうな目を向ける。

「師匠って・・・。お前にそんな人がいたのか?」

「ん? ・・・あァ、まァな」

「そういや、あいつは元気にしておるのかい?」

「さ、さァ・・・。もう何年も会ってませんから」

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「そうかい、残念だねェ。あれもいい男だったのに」

「そ、そんなことよりッ、センセー、今日は、友達を診てもらいに来たんです」

「ふんッ、わかっておる。そっちの女の子だろう?」

「先生、そうなんーー」

「おだまりッ!! わしは京一に聞いとるんじゃ」

 横から口を挟もうとした遠野を怒鳴りつけ、無理やり黙 らせる。首をすくめた遠野に、高見沢が

話しかける。

「ごめんね〜。院長先生って、女の子にキビシーからッ」

「あッ・・・そうなの」

「どうりで。あたしたち、名前も聞かれてないもんね」 

「そこ、ごちゃごちゃうるさいよッ。ほれ、ぼさッとしてないで、その子をこっちに連れておいでッ」

 ぼそぼそと話す遠野と桜井に、更に一声投げつけておいて、床を揺るがしつつ、奥に向かって

院長は歩きだす。

「は〜い。それじゃァ、診察室にご案内しますゥ」

 再度美里の身体を抱え上げ、診察室に運ぼうとした時、 高見沢が間近で、俺の顔をしげしげ

と眺めた。

「よく見るとォ、あなたって、カッコイーのねェ。ねえね えェ、その子、あなたの彼女ォ〜?」

「・・・そう見えるのか?」

「あれェ、そうじゃないのォ?」

「友人だ。それ以上でも、それ以下でも無い」

「な〜んだ、そうだったのォ。それなら、今度は一人で遊 びに来てね」

「前向きに検討して置く」

「高見沢、早くせい」

「は〜い、院長先生。みなさん、こっちへど〜ぞォ」

院長に急かされても、高見沢の口調は変わらない。そし て彼女に案内され、俺達は診察室へと

入った。

 

 

  ――第伍話『夢妖』その参へ続く・・・。

  ……第伍話「夢妖」其の参へ
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