戦人記・第伍話「夢妖」其の四 |
……それからと言うもの、一言も喋らず、早足で――と言うより、走っていると言った方が 適切だろう――公園から遠ざかる醍醐に、追い付いた京一が話し掛ける。 の『弱点』を知っているらしい。
整え、食ってかかる。 ここで、もういいんじゃない?」
「案内してくれて、ありがとう。ここからは、ボクたちだけで大丈夫だから――」 言わんばかりに溜め息を付く。 「あのなァ……。この先どんな危ねェ事が、待ってるかわかんねェだろ? 万が一なにかあっ たら……ひでェ目にあうのは、この『オレ』なんだよ。あんたんトコの院長になッ」 まあ『万が一』が現実に起こった時、院長の『誠意と礼節』の篭ったお仕置きが自分を待っ ていると思えば、京一が渋るのも無理は無い。
もう少し、一緒に行ってもらおうか? ねッ、いいでしょ、風間クン?」 なるようなら、たとえ高見沢が霊を視ると言う<力>を持っていても、始めから連れて行けとは 言わないだろう。 それに……丸腰の人間一人ぐらいなら、いた所で大して邪魔にはならない。いつもやってい る事だ。美里の代わりとでも思えばいい。 見やる。 いなッ!!」
つまり、奴等の目的や行動を邪魔しようとする存在……俺達の事だが……がいる事は、連中 も既に気付いてる。もしかしたら、向こうから何か仕掛けるか、接触して来る可能性も有る。 ……尤も、こいつは予測の範疇を出ない物だがな」 俺はこちらに向かい近付いてくる気配を感じ取った。
茶色に染め上げ、うっすらと化粧した上、首に革製のアクセサリーを巻いた、派手な容貌の女 だ。 女とどういう関係で、ここに、なにしに来たのかもね」 矢、蓬莱寺京一に――風間翔二。当たってるでしょう?」 「それにしても、あんたたちみんな、イカれてるわ。あんな、なんの面白みもなさそうなお嬢 サマを助けるために、わざわざ、こんなとこまで来るんだもんね」 を響かせる。 のに」 らない。あの女を助けたいんだろう? ……だったら、黙ってついてきなッ」 ん先へ行く。
えずここは、ついていくしかねェな」 に答える。 の準備は完了って事だ。そして、その中に飛び込まにゃならんのだ、少しは警戒しろ」 める。 って、葵を……殺そうとしてるんだ」
んだかすごく、悲しいの……。悲しい『気』が満ちてるの…………」 を拭う。 じなかった。 の後ろ姿を追うべく、駆け出した。 |
――それからという物、一度通っただけでは、到底憶えられない様な裏通りや、路地を散々 引きずりまわされた末に、俺達は一軒の廃ビルの中へと案内された。 内してあげる」 く耳持たず』で、さっさと出て行ってしまう。
並大抵の罠なら、噛み破ってみせるつもりだったが、密閉した空間に閉じ込められた所へ、ガ スなど流されては、生殺与奪を握られたも同様、ひとたまりも無い。 叫ぶ。 醍醐がどくと同時に、手加減無しの『龍星脚』を叩き込む。 出す。 あと一息で……!! 「ボク……もう、ダメ……」 意識を失う間際、俺を襲ったのは、有毒ガスに付き物の神経感覚の失調感や、咽喉や器官、 皮膚を犯す刺激感どころか、痛覚ですら無かった。あったのは只、アルコールを摂った時に感 |
……以前の旧校舎の時と同じく、不快かつ、不本意な眠りを強制されたが、意識が覚醒する のに必要とした時間は、前よりは短かった。 て行く。 の光景が、急速にはっきりと見えるようになった。そして俺達の眼前に広がる光景は――。 塊。そして足元には固い床に変わり、砂の感触が靴底を通して伝わって来る。 ままの、赤茶けた大地の上に、俺達はいる――。 がそれに反論する。 「でも、どう見たって、ここは――」 しているのか、軽く目を細めた醍醐が独り言めいた声を洩らす。 あるまい。 してるじゃないか」 が漂っている。 しまい。だって、これからずっと、ここにいるんだから。ねェ……」 先の空間が俄に歪み、ぼやけた後に、新たな人影が出現する。 た方が良いだろう。青白い、不健康そうな顔をした男だ。
眉根を寄せる。 なりに、葵を見守っているんだ」 ぞッ!!」 定』と銘が彫られた日本刀だ――を抜き放つと、その切っ先を向けた。 える様だ。現に、俺の腕にも『忍び甲輪』が有り、腰の後ろには、冷たい金属の固まりが、重 量感と共に存在している。 ……前に渋谷で叩きのめした奴もそうだが、人に向かってこう言う、非ッ常――に不愉快な 笑い方をする奴に対して、俺は、友好的に振る舞ったり、歩み寄ろうとするつもりは、全く無 い。 の王国で、一緒に暮らすんだから。だって、ほら……」 の悲鳴混じりの声が響いた。 そこには、大仰な椅子が据え付けられており、更にその後ろには…………。 うなだれている様に見えた訳も分かった。美里は巨大な十字架に架けられた上に、幾重にも絡 みついた鎖でもって、縛られていたのだから……。
たら喜んで、なめるはずだって、やつらの靴を、ボクの顔に押し付けてきたんだ。でも――、 もう死んでるんだって思えば、ボクはなんでも我慢できた。いつもと同じ帰り道、ボロボロに なったボクは道端で、まるで石コロの様に倒れていた……。いつもの街並み……。いつもの日 常……。でも、あの日は違った。そっと額に当てられた手。透き通るような優しい声。いまま で、誰もボクを見向きもしなかったのに……。だけど、そんなボクに、葵は優しく笑いかけて くれた。制服の汚れを拭いて、殴られた顔を冷やしてくれた。あの日から、ボクは生まれ変わ ったんだ……。あの日から、ボクは本当に生き始めたんだ……。葵がいなければ……ボクはも う、生きられない」 動は消えている。 わないとね」 他人を護るだと? はっ。こいつは今迄生きてきて、最高の冗談だ。貴様如きに『護って』貰 わなくてもな、彼女は自分の意志と力で進んで行けるし、自分自身を守る事も出来る。美里を 護る?美里がいないと生きられない? 世迷事を抜かすな」 今現にこいつがやっている事は、あの唐栖と同じだ。手前勝手なエゴを振り回す卑劣漢、それ 以上でも、それ以下でも無い。口内に溜まった不快感と共に、俺はそう吐き捨てた。 の嘲笑を、藤咲が周囲に響かせた。 れじゃあ、踏みにじられた麗司の心はどうなるんだい? いじめなんて、ヤる方もヤられた方 も悪いなんて言うヤツもいるけど、それは、ヤられた事のないヤツか、『力』の強いヤツが言 うセリフさ。ヤったヤツのどこかに、一生消えない傷が残るかい?ヤられた方は、一生消えな い魂(こころ)の傷を――、十字架を背負って、生きていかなくちゃならないんだよッ。そう じゃなきゃ、弘司だって――!!」 そう言えば、先刻、高見沢が『藤咲の後ろに、小学生くらいの男の子』云々とか言っていた 様な……。って事は、まさかな……。 たちは、この世界では、ボクにかなわないんだ。どうだい? 葵をボクに譲ってくれるなら、 君たちは無事に、帰してあげるけど?」 け、似合いもしない尊大な態度と口調で、そう言いつのる。 さもなくば……」 の新たな武器――SアンドW・M10に似た、リボルバー拳銃を抜き出し、撃鉄を起こした。 の銃に込められているのは、火薬と鉛では無い。俺の中に存在する戦意や『気』の力が内部で 凝縮されて、『発けい』をも越える破壊力を持った弾丸として、撃ちだされるのだ。 怖くない。ボクは生まれ変わったんだッ。ねェ、亜里沙。あいつら、ヤっちゃっていいよね? いつもみたいに、ボクをいじめた他の奴らのように……」 さいッ。あなたを、虫ケラのように扱った薄汚い人間達を――ッ!! もう、誰にも遠慮なん かしなくていいのよ」 も、ボクが受けた痛みを知ればいいんだ」 いて鮮やかな、禍々しい色調……血の色だ。 包囲する様に現れる。 行き付くには、新たに出現した連中を片す必要がある。面倒で、うざい事この上無いが……。 復讐者という人種は、相手を自分のレベルに引きずり落とす為なら、たいがいの事はやって のける。たとえそれが、それまでの主義信条に反する事であったとしてもだ・・・。 いたとしても、それが受け入れられる事は、極めて少ない。それどころか、当事者の心理的な 負荷や古傷を刺激し、逆に事態をより悪化させる事も往々にしてある。 んな事をしでかしたりはしないだろう。奴等の言い分を否定し、向こうも俺達の要求を拒んだ 以上、既に交渉だの、説得などと言う台詞が出る余地は無い。事態の解決手段は一つだけだ。 待しての物ではない。これは奴等の『宣戦布告』に対する返礼、脅しの一発だ。 |
戦人記・第伍話「夢妖」其の伍へ続く。 |