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葵館・談話室

戦人記・第伍話「夢妖」其の伍

 

 ――空間の歪みと共に出現した、敵の総数は1ダースと半分といった所か。

 既に旧校舎で交戦した事のある『人魂』や、巨大な鎌(サイズ)を携えた『死神』に

混じり、見た目5〜6才の子供の姿がある。
「なんで、子供が・・・?」
 弓を矢をつがえようとした桜井が呟く。
「こんな所に出て来る奴らが、『只』の子供の訳が無い。大方、人間の精神や生命力を糧にする、低レベルの邪霊といった手合だろう、見た目に騙されるな」
 言い終えると同時に、俺はそいつに向かい銃をぶっ放した。
 ガウンッ!!
「うわあぁぁぁッ!!」
 直撃弾を浴び、悲鳴を上げて倒れ伏す。次の瞬間には、その体は跡形も無く消滅した。
「見ての通りだ。遠慮はいらん、叩いて潰せ」
 包囲の輪を縮めて来る敵を横目で見つつ、話を続ける 
「いつも通りに……と、言いたい所だが、美里がいないんだ、慎重に行け。三人の連携を崩すな」
「三人? 風間。お前はどうするんだ?」
 醍醐の声に、次の目標に対し、照準を合わせながら返事をする。
「一人で充分。誰かいると、かえって邪魔だ」
 三度銃声が轟き、今度は『人魂』が四散する。近接戦闘に移行するまでに、少しでも敵の数を減らして置きたい。
 更に一匹を銃で仕留めた後、俺は攻撃手段を射撃から白兵へと切り替えた。
 取り巻きの雑魚共に用は無い。大将である嵯峨野だけを狙って、突敢する。 
 そして単独で突出した俺を手頃な獲物と見たか、わらわ
らと『敵』が群がって来るが、こんな『一山幾ら』の雑魚
が少々、群れて来た所で、遅れをとりはしない。
 はっきり、きっぱり言って、単に『うぜぇ』だけだ。
「邪魔を・・・するなぁッ!!」
 行く手を塞ぐ奴らに向け、『断空旋』を撃ち込み、まと
めて吹き飛ばした後、高見沢が警告の声を上げた。
「あッ、危ない」
 見れば、俺のいる辺りに向かって、透明な液体の入った
薬瓶が放物線軌道を取って落ちてくる。
 ぞくり。
 背筋の辺りに何とも言えず嫌な予感を感じ、慌ててその
場を離れる。
 その直後、瓶の落ちた場所を中心に炎と爆発が広がり、
逃げ遅れた『妖物』共が二体程、その中に巻き込まれた。
(高見沢が呼ばなければ、俺もあの炎の中で・・・)
 などと、冷や汗を拭いつつ、呟いている場合では無い。
「何をしたんだ、一体!?」
「えッ? 風間くんが危ないと思ったからぁ、院長先生に
ないしょで持ってきたニトロを使ったの」
(・・・・・・。聞くんじゃなかった・・・)
 こんな危険人物? に看護婦免許を与えたらどうなるこ
とやら・・・。数年先の事を考えて、暗憺たる気分になっ
たが、今はそんな事を考えている場合では無い。敵はまだ
そこら中にいるのだ。
「うおッ!」
 反射的に醍醐の声がした方を見る。
 『死神』の鎌をかわし損ねでもしたのか、醍醐の肩から
血が滴っている。ここからでは、負傷の程度までは不明だ
が、放っておく訳にいかない。 
(あのドジ!)
 舌打ちの後、牽制の銃撃を向かって来る『妖物』共に浴
びせかけ、一旦、突撃を中止して、京一達の方へ向かう。
 俺の『集気掌』がこの『夢の世界』で効果があるのかど
うか、甚だ疑問ではあるが、それ以外に手は無い。  
 だが、後数mの所で俺は立ち止まった。
 それまで後方でうろうろしていた高見沢が、救急箱を手
に醍醐へ駆け寄ったからだ。
(そういえば、高見沢は看護婦見習いだったな)
 おそらく、簡単な止血処置ぐらいなら収得済だろう、な
らば、そういうのは専門家に任せて、俺がすべき事は、手
当が終わるまで『敵』を近付けさせない事だ。
 そう考え直し、再度『敵』に向き直ったが。
「痛いの痛いの、とんでけェ〜」 
 些か、場違いに思える高見沢の声はともかく、にわかに
発生した青白い閃光に気付いた俺は、すぐに振り向く事に
なった。
 醍醐の側にしゃがんだ高見沢の手から、美里と同様に、
光が放たれ、傷口に向かって収束する。
 そしてものの数秒で出血は止まり、開いていた筈の傷口
も又、跡形も無く塞がれている。
「もう、だいじょーぶ。舞子、すごいでしょ〜」 
「あ、ああ・・・。ありがとう・・・」
 と、醍醐は生返事を返す。
 その光景を見やりながら、俺は内心『おいおい・・・』
と、思わざるを得なかった。
(ここに来る前に、可能性の一つと、考えていた事が物の
見事に的中するとは・・・。なんと言うか、『個人の予測
など、幾らでも事実によって凌駕される』とは、よく言っ
た物だ。それに、『霊が見える』と言うだけでも充分異能
だが、加えて治癒の『力』まで持っているとはな・・・)
「悪りィ、一匹そっち行った!!」 
 京一の声に俺は素早く思考回路を切り替え、応戦する。
 左手に握っていた銃を素早く持ち直し、背後から飛びか
かる邪霊を振り向きざま、思いきり銃把で殴り飛ばす。
 これを実銃でやると、下手をすれば暴発しかねないが、
その点、火薬式の拳銃と違い、こいつは使用者の『気』を
撃ち出す『霊銃』と言える物なのでそう言う心配は無く、
殴打用の武器としても使えるのだ。
 吹っ飛んで、地面で痙攣している邪霊に銃口を向け、止
めを差す。
「さっさと消えろ」
 ガウンッ!!
 断末魔の絶叫だけを残し、そいつも又、消滅した。
「いくら敵とはいえ、容赦ねーなァ、お前・・・」
「噛みついて来た以上、手加減なんぞしてやる謂れも理由
も無いからな」
「けどよォ・・・、お前、一応『平和主義者』なんだろ?
オレ、お前の言動見てると、思いっきり『看板に偽り有り
』って気がする・・・」
「気のせいだ」
「気のせいってな・・・。お前、オレが思ってるより、遥
かにイイ性格してんな・・・」
「お誉めに与り、恐縮の極み」
「誰も誉めてねーよッ!!」
 と、言うのを最後に京一との会話を打ち切ると、再度突
撃に移る。
 近寄ってくる邪霊に、『龍星脚』を叩き込んだ時、手に
した鞭を弄びつつ、藤咲が俺の前に立ち塞がった。
「ふん。そんな玩具でどうする気だ」
「玩具かどうか・・・、アンタの体で確かめなッ!」
 無言で冷笑した後、俺は手にした銃をホルスターに納め
て、更にその辺の地面に放り出す。
「・・・なんのマネ?」
「聞かねばわからんか? ハンデだよ」
「この・・・! 余裕見せてんじゃないよッ!!」
 言うなり、鞭を振るう。顔面を目掛けての一撃を、軽く
スウェーしてかわす。
「技も・・・」
 二撃目は上体を僅かに捻る事で。
「スピードも・・・」
 足元を狙ったのは、小さくバックステップをして。
「問題外・・・」
「く、このォッ!!」
 更に繰り出される攻撃。だが、最小限の体捌きのみで、
俺はかわし続ける。 
 そして十数度目の攻撃が来た時、俺は素早く手を延ばし
て、鞭を掴み取った。そのまま綱引きが始まる。
「放しなよッ!」
「大して力は入れてないのだがな・・・」
 この綱引きに、俺が使っているのは、左手一本の力だけ
である。そして藤咲が力を込め、鞭を引っ張った瞬間。
「ふんッ!!」
 『力』を込めた手刀で鞭を切り飛ばした事で、不意に力
の均衡が破れ、藤咲はバランスを崩してよろけるが、その
隙を見逃す俺では無い。破壊力を十分に計算した拳の一撃
が、藤咲の鳩尾を襲った。
「か、は・・・」
 呼気と共に、細い声が漏れ、鞭を取り落とした藤咲は、
腹部を押さえて地面に両膝を付く。
「寝てろ」
 俺はその間に後ろをとり、後頭部に手刀を降り下ろす。
「あなたって、強いのね・・・」
 昏倒する間際、藤咲の口からそんな言葉が出た。
「違うな。お前が弱いだけだ」
 銃を拾い上げながら、そう言い放つ。この時既に、嵯峨
野とその周りにいる以外の敵は、京一達によって撃破され
ている。 
「何度も言わせるな、邪魔だッ!!」
 ごうっ!!
 『発けい』が『人魂』を吹き飛ばし、鎌を振るおうとし
た『死神』は、それを振るう前に額の中央に穴を穿たれ、
崩れ落ちる。残るは・・・。
「そんな奴らを倒したくらいで、いい気にならない方がい
いよ」 
 椅子に腰掛けていた嵯峨野が、ゆっくりと立ち上がり、
俺の前に立つ。
「いっただろう? ここはボクの世界なんだ。お前たちは
もう助からないんだよッ!!」
 かざした手に『力』が集まって行く。 
「思い知れッ!! 夢十夜!!」
 だが、一直線に飛んで来る『力』の塊が直撃する寸前、
身じろぎもせず、たたずんでいた男の姿は、嵯峨野の視界
から瞬時にかき消えた。
「なにっ!!」
 驚き、慌て、辺りを見わたすが、どこにも姿は無い。
 そして・・・・・・。
「何処を見ている?」
 ドライアイスの様に底冷えするような声は、すぐ後ろか
ら響く。反射的に振り向いた嵯峨野の視線の先で、傲然た
る態度でそこにいたのは・・・。
 俺は、嵯峨野が腰掛けていた椅子の前で腕組みし、冷徹
な表情を崩さぬまま、立っていた。
「今、何かしたか?」
「このッ!!」
 嵯峨野は再度、『力』を放つも、その一撃を俺は余裕で
回避した為、放たれた『力』は只、自分が座っていた椅子
を砕いただけで、掠りもしなかった。 
「お前では俺に勝てん。そしてこれ以上、抵抗しても無駄
な事だ。投降しろ」
「ば、馬鹿にするなあッ!!」
 俺の行った降伏勧告に対して返って来たのは、激情に満
ちた叫びと、黒いエネルギー球体だった。
 その一発は、明後日の方へ飛んで行き、球体の直撃を受
けた岩塊は木っ端微塵になる。
「いつも、いつもそうだ。そうやって、人を見下した目で
見る! そして、ボクが欲しいと思った物を力ずくで奪っ
ていく!」
 間断無く撃ち出されるエネルギー球体が、四方八方から
襲い掛かるが、それを俺はことごとく回避していく。直撃
どころか、影すら捕らええず、只、無駄な破壊を撒き散ら
しているに過ぎない。
 今も又、流れ弾を浴びた石柱が粉砕される。
 飛んで来た岩の破片を避け、別の石柱の蔭に隠れたが、
数秒後、盾代わりにしたそこから飛び出す。
「『力』がない時は無力な被害者面をしておいて、そして
『力』を手に入れたら、それを振りかざして、復讐という
名の私怨の意趣返しをした上、断罪者面か。『力』がなけ
れば、何も出来ない貴様のような奴を指して日本語では、
こう言うんだ。『卑怯者』とな!!」
 言いつつ、更に迫り来る一弾を回避し、奴へと迫る。
「くっ・・・。お前みたいなやつに、ボクの気持ちがわか
るもんかぁッ!!」
「ああ、わからんよ。わかるつもりも無いし、わかりたく
も無い」
 叫びと共に、至近距離から放たれたエネルギー球体を、
髪の毛数本を犠牲にしただけで回避し、その懐へと入り込
む。
「第三幕、第三・・・」
「遅い」
 嵯峨野が『力』を放つより遥かに早く、俺の攻撃が嵯峨
野を捉え、それで決着はついた。 
 当て身を入れると同時に、零距離から放った『発けい』
により、嵯峨野は数m吹っ飛ばされ、地面を転がり岩に衝
突した所で、ようやく止まった。
「どうして・・・。ここは、ボクの世界なのに・・・」
 地面にうずくまった嵯峨野が、小さく身じろぎする。
「何故かは、自分で考えるがいい。はっきりわかっている
のは只一つ『貴様は敗れるべくして敗れた』と言う事だ」
 嵯峨野を見下ろし、冷然たる口調で言ってのける。 
「・・・やっぱり、ダメなんだ。ボクなんか・・・、生き
ていても・・・」
 突如、地面が猛烈な勢いで突き上げられた。次第に激し
さを増していく地面の揺れに呼応したかのように、空には
亀裂が走り、そちらも又、刻一刻と拡大していく。
「なッ、なんだ!?」
「くッ、崩れるよッ!!」
 京一と桜井の叫び声が交錯する中、失神から目覚めた藤
咲が悲痛な表情で嵯峨野に駆け寄った。
「ダメ・・・、麗司ッ、やめてッ!!」
「いいんだよ・・・。もう、ボクは疲れたんだ。そう・・
・、生きることにね・・・」
「ダメよッ、そんなこといわないで!! 生きて・・・生
きて、あんたをいじめた奴らを見返してやるのッ。そのた
めの<力>じゃないッ!! 自信を持って!! 生きるの
に疲れたなんて・・・、そんなーー、あの子みたいな事、
いわないで・・・・・・」  
「藤咲、お前・・・」
 藤咲の表情と声に、京一が思わず横顔に視線をやる。
「見てッ、嵯峨野クンの姿が・・・。消えてく・・・」 
 桜井の言葉通り、まるで波しぶきを浴びた砂の城のよう
に、その姿は溶け崩れていく。
 そして嵯峨野が完全に消え去った後、揺れは一際激しさ
を増した。
「砂漠が崩れるッ!! 早く、ここから出ないとーー」
「出るったって、ここは夢の中だろッ!? 一体どうすり
ゃ・・・」
「ボクたち、どうなっちゃうの・・・? どうやったら、
この悪夢から、醒めることが・・・」
 動揺し、パニックに陥る一歩手前の表情で周りを見る桜
井と京一を醍醐が制した。 
「ーーしッ!! なにか、聞こえる」
 確かに耳を澄ませば、遠くにあるようで、そのくせ、近
い場所から、聞こえてくる物がある。・・・犬の鳴き声?
「エル・・・?」
 嵯峨野が消えた場所で肩を落とし、座り込んでいた藤咲
が、顔を上げた。
「エルだわ・・・、あたしの犬よッ!!」
「この鳴き声は・・・」
「実際の世界からーー?」
 京一達も又、犬の鳴き声が聞こえる方へ視線を向ける。
 「エルーーーッ!!」
 崩壊が迫る空間に、藤咲の声が響いた次の瞬間。
 眩い閃光が俺の視界を漂白し、全てを飲み込んだのだっ
た・・・。
 そして・・・・・・。
「うッ、うーむ・・・」
「ここは・・・」
「この部屋は・・・、ボクたちが閉じ込められた所だね」
「だな・・・」
 どうやら、現実の世界へと帰還する事が出来たようだ。
 腕時計に目をやると、閉じ込められ、ガスで眠らされて
から、また目覚めるまで、大して時間は経過していない。
 まだ催眠ガスの効果が残っているのか、寝過ぎた時の様
に、頭の芯に軽い疼痛を感じる。
「エル・・・」
 声のした方を見れば、藤咲がしゃがみ込み、割と大型の
外国産の犬の頭を撫で、話し掛けている。
「・・・よしよし。やっぱり、あんただったのね」
「クウウーン・・・」 
 甘えるような鳴き声を上げ、鼻をすりつける犬を、藤咲
は、強く抱き締める。
「ありがとう・・・。ありがとう、エル・・・」
「嵯峨野は・・・?」
「向こうに倒れてるぜ。もしかして・・・」 
 醍醐の声に答えた京一が、言葉尻を濁す。
「大丈夫・・・。死んではいないわ」
 近寄り、手を取った藤咲がそう答える。
「そうか・・・」
「でも・・・、もう・・・、意識は、戻らないかもしれな
い」
「どういうことだよ?」
「麗司の心は、夢の世界に閉じこもってしまったから・・
・。現実から・・・、いじめられる毎日から逃げて、自分
だけの楽園(くに)へ、行ってしまったのよ・・・。あの
子と・・・、あたしの弟と、同じようにね・・・」
「キミの弟ってーー」
「・・・死んだよ」
「え?」
「この廃ビルの屋上から飛び降りて・・・ね」
「そッ、そんな・・・」
 藤咲の口にした言葉を聞き、桜井は絶句する。
「学校でのイジメが原因だった・・・」
「・・・・・・」
「メモ書きみたいな遺書にはーー、『生きていくのに、疲
れました。お姉ちゃんごめんなさい』ーーて。ただそれだ
けが、書いてあった。そのあと、あたしは弟をいじめた奴
らを捜し出して、一人ずつ、半殺しにしてやった。けど、
あの子が受けた心の痛みはそんなもんじゃないッ。10歳
そこらの子供に、生よりも死を選ばせるくらいだからね。
だから・・・、だから、あたしは・・・」
「嵯峨野にいったのか・・・」
 醍醐が洩らした嘆息混じりの声に藤咲は頷いてみせる。
「どんな手をつかってもいい。やられたことは、倍以上に
して返してやれッ、てね」
「・・・・・・」
「だって、そうじゃないかッ!! 自分を殺すぐらいの勇
気と強さ(ちから)があるなら、それをやった奴に向けて
やればいいッ。・・・そうじゃないかッ」
「それは問題のすり替えだ。お前の言い分は只、目の前の
事態を、自分に都合良く解釈しているに過ぎん。そして仮
にそうした所で、何も変わらんし、誰も救われはせんよ」
 俺の声に藤咲は、今まで以上に険しく、敵意と憤怒に満
ちた視線をぶつけてくる。
「なんで・・・なんでだよッ。どうしてそんなことが、あ
んたにいえる!? あんたに、あの子や麗司の心の痛みが
どうしてわかるのさッ!?」
「予め言っておくが、これは復讐や報復(しかえし)を使
そうしたり、正当化する言葉じゃ無い。だがな、自分自身
の生命や尊厳を闘ってでも守ろうとしない者は、どんな目
に遭っても文句は言えん。ましてや、奴隷や犬扱いに甘ん
じ続けて、偶然、優しさを見せてくれた女性にすがって、
挙げ句の果てに、そいつがいなければ生きられないだと?
ふざけるな!! 『力』が有るか、無いかなど、この際、
二の次、三の次だ。まず、自分の於かれた不当な境遇なり
現実なりを、跳ね返そうとするだけの意志を持つべきだろ
う。そして、自分自身の生命や尊厳が踏みにじられそうな
時、その権利を自ら守らず、自ら闘わずして、誰が救って
くれる? それは人間が最低限持つべき誇り、いや、きょ
う持だ。だから俺は抵抗した。寄ってたかって、俺を押し
潰そうとする、悪意や敵意からな・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・おれはーー、いじめられた事も無いし、だ
れかをいじめた事も無い。だからおれには、こんな事をい
う資格はないかもしれない」
「・・・・・・」
「だが・・・、ひとつだけいえる事はーー、自分を殺す事
に、力の強さは必要ないって事だ。お前も、嵯峨野も、強
さってもんを誤解している。本当の強さは、自分の心に負
けない勇気なんじゃないのか? 自分の心に負けて、何で
他人に勝つ事ができるんだ?」
 そこまで言って、醍醐が不意に表情を歪めた。その脳裏
には、人への憤怒と不信、憎悪を抱き、『力』をもって、
人を狩り立てようとした男の姿が、自分達に向けた言葉と
共に浮かび上がっていた・・・。
(・・・? 醍醐の奴、何を・・・)
 ・・・醍醐が何を考え、そして何を思い返して、そんな
表情をしたのかはわからない。だが、醍醐は拳を握り締め
た後、自分自身の中にわだかまる『何か』を振り払うかの
様に叫ぶ。
『違うッ!!』
「醍醐・・・クン?」
 突然の叫びに目を丸くした桜井が、思わず醍醐を見返す
が、本人はそれに気付かず、言葉を続ける。
「違う・・・。<力>は、そのためにあるんじゃないッ。嵯
峨野は、負けてしまったんだ。自分の・・・心に」
「・・・・・・」
「ああ、そうか〜ッ。あなたの後ろにいたのって、弟さん
だったのねェ〜」
「え・・・ッ?」
「ずっと、あなたのこと心配してたよォ」
 高見沢の声に、藤咲は驚きの色を見せたが、次の瞬間に
は、怒りにとって替わられる。
「なッ、なに、いってんだッ!! テキトーなこと、いっ
てんじゃないよッ!!」
「あッ・・・、もう行くって。風間くんたちに、ありがと
うっていってるゥ。それから、あなたにはーーー、ごめん
ね、って・・・。もう、僕のために苦しまないで・・・」
「ふッ、ふざけるなッ!! そういえばあたしが、改心す
るとでも、思ってんのかいッ。ふざけーーー!?」
 更に高見沢に向け、怒声を叩き付けようとした、藤咲の
動きが急に止まった。 
 『お姉ちゃん・・・』
 この場にいない筈の、8人目の人間の声。・・・小さな
子供の声がやにわに聞こえたからだ。
「え・・・?」
 『お姉ちゃん・・・』
 ・・・もう一度、さっきよりはっきりと聞こえた。これ
は、錯覚や幻聴などでは無い。
 『お姉ちゃん・・・、ありがとう・・・』
「弘司・・・? どッ、どうして・・・。どうして、あん
たの声がーーー」
 そこで弾かれた様に、高見沢を見る。・・・蒼白く、鮮
烈な輝きが、高見沢の全身を包み込み、陽炎のごとく揺ら
めいている。
「あなたは、可哀相な人・・・。自分を傷付ける事でしか
人を愛する事ができない。だから、教えてあげる・・・。
わたしの<力>でーーー。聞かせてあげる・・・。誰にも等
しく、愛が降り注いでいる事をーーー」
 あのとぼけた様な雰囲気や口調は影を潜め、その変貌ぶ
りは、まるで別の人格にとって替わられたのでは? と言
う感じさえ受ける。 
 『僕の分まで、幸せに・・・』
「弘司・・・。ごめん・・・、ごめんね。あたし・・・。
あたし・・・」
 膝が震え、支える力を失い、床に座り込む。そして言葉
は途中から嗚咽を含む物に変わった。
 『ありがとう・・・、バイバイ・・・』 
「ちょっと、待ってッ!! まだ、話したいことがーーー
ッ」
 『バイバイ・・・、お姉ちゃん・・・』
 高見沢の全身を包み込んだ輝きが薄れて行くと同時に、
子供の声も又、それを最後に消え去って行く。
「・・・・・・。あたしのほうこそ、ありがとう・・・。
さようなら・・・・・・」
 藤咲はそれきり言葉を失い、肩を僅かに上下させる。そ
して室内の静寂が、押し殺された泣き声によって破られた
時、醍醐が無言で室外に出るよう促し、俺達は同時に頷い
て、藤咲を残して廃ビルを出た。
 誰一人として、藤咲に声を掛けたり、気遣ったりするよ
うな事はしなかった。・・・そうすべきでは無い事は、そ
の場にいた全員が理性によらずして、知っていた。
 それからというもの、皆、沈黙と二人連れで夜道を駅へ
向かって、歩みを進めていたが、小さな溜め息の後、桜井
が幾分のやりきれなさに似た物を含んだ声調で話し出す。
「なんだかさ・・・、大変な一日だったね。結局、誰が悪
いのか、よくわかんなくなっちゃった」
「・・・そうだな。だが、時として、そういう事はよくあ
る事さ。いろんな小さな事が積み重なって、やがて、取り
返しのつかない事になってしまう。風間にも、そういう経
験はないか?」
「さぁて、どうだかな・・・・・・」
 ・・・正直、この手の話題や質問は余り好きでは無い。
思い当たる節が一つならずあるからだ。そしてその事を素
直に肯定してみせる気にもなれなかったから、俺は醍醐の
声に対して、あらぬ方を向いた後で曖昧、又はなげやり、
もしくは、とう悔か・・・? そのいずれかに属するので
あろうと思われる返事をする。
「・・・。お前には、余り関係の無い話だったか。すまん
な。・・・気にしないでくれ」
「何だよ、醍醐? そのデカい図体でウジウジしてても、
暑苦しいだけだから、やめとけって」
 そう言いつつ、京一が空いている方の手で、醍醐の背中
を軽く数回叩く。
「お前なァ・・・」
 醍醐が、相棒の方を見て、言葉を続けようとした時。
「待ってーッ!!」
 背後から、唐突に聞こえた声に、全員が足を止める。
「あれ?」
 声の主は藤咲だったから、何事かと、桜井が首を傾げた
のも無理は無い。
 そして、俺達に追い付いた後、軽く息を整え、話出す。
「よかった、追い付いて・・・。ねェ・・・あたしもさ、
あの・・・、あんたたちの仲間に入れてくれない?」
「はあァ?」
 その発言に京一が、呆れ八割、驚き二割と言った面持ち
で藤咲を見返す。
「別に、変な意味じゃないよッ。ただ・・・、あんたたち
といると、なんだか、楽しそうだし・・・。ねッ、いいで
しょ? 風間くん」
「・・・勝手にしろ。それに俺は別段、徒党を組んでいる
つもりは無いからな。これ以上、付き合えんと思ったら、
いつでも抜けて構わん」
 一瞥した後、きびすを返しながら、そう言い捨てて、歩
き出す。
「・・・そういう冷めた所が、また、たまんないッ!! 
ほかに女がいたっていいの。いつか奪ってやるから。風間
くんって、すっごく強くてあたしの好みなのよ・・・。あ
たし・・・、本気(マジ)になりそう・・・」
「かーーーッ。たくましいねェ、女ってのは。風間、喰わ
れちまわねェように気をつけろ・・・って、こんな性格破
綻者の何がイイんだか・・・」
「どういう意味だ、それは・・・」
 抜き放った銃の撃鉄を上げた音を聞き、京一は素早く、
『降参』といった風に軽く両手を上げ、桜井が『まあまあ
』と仲裁に入る。
「そういうことだから、これから、よろしくねッ」
 微笑して、軽く片目をつぶる藤咲を見て、京一は肩をす
くめる。
「強引な女だな」
「いいから、さ。堅いこといいっこなし」
「わ〜いッ。またお友達が増えた〜っ!! わ〜い、わ〜
いッ、嬉し〜なッ!!」
 子供の様に飛び跳ねて喜ぶ高見沢。その横で京一が(わ
ざとらしく)額に手をやっている。
「なんかオレ、具合悪くなってきた」
「ははははッ。いいじゃないか、賑やかで」
「ちぇッ」
 先程のお返しとばかりに、醍醐が笑い、京一は舌打ちす
る。
「さァ、帰ろう。美里と遠野が病院で、首長くして待って
るぞ」
「院長先生もォ、きっと心配してますゥ〜ッ。それとも、
怒ってるかなァ? わたし、今日サボっちゃったしィ」
「大丈夫だよッ。京一にまかせておけばねッ」
「うッ・・・。余計な事いいやがって」
 絶句した後、非難がましい目を桜井に向けるが、当の発
言者は、気にした様子も無く笑う。
「それじゃ、早く帰ろう」
「ああーー。帰ろう・・・。おれ達の新宿(まち)へ・・
・」

 ・・・こうして、一つの事件は解決を迎えたが、本当の
意味で解決を迎えたかと言うと、そうでは無い。 
 俺達がやった事と言えば、単にこれ以上の『夢』絡みで
の変死者が出るのを止めただけであり、この事件の本質で
ある、弱者への差別や苛め問題が解決した訳では無い。
 そしてこれは、人間の心の暗部に根ざす問題だけに、一
人の人間の力だけで、すぐにどうこう出来る様な物では無
いし、一朝一夕に解決や根絶には至らない。
 当事者と、周りにいる人間が協調しつつ、一つ一つのケ
ースに辛抱強く向き合って行く以外に解決策は無い。
 ・・・この上無く、根が深く、厄介な問題ではあるが、
それでも、そう遠くない日に、今回の事件の発端になった
様な、不幸な出来事は無くす事が出来る物だと思いたい所
である・・・・・・。
  
     ・・・以上、5月X日付けの日記より、抜粋。

             第六話『友』へ続く・・・

 
 
 

 戦人記・第六話へ続く。

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