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真・Water Gate Cafe

 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第三話「妖刀」其の参
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 ……そして、校門前で時間通りに来た美里と合流した俺は、彼女と共に皆との待ち合わせ場所
である新宿中央公園へとやって来た。
「少し早かったみたいね、まだ、誰も来ていないわ」
 腕時計に目をやると、確かに待ち合わせの時間には多少、余裕があった。
「そうだな。ま、直に来るだろう」
 腕組みし、入り口の柱にもたれるような姿勢で俺は立っていたが、ふと頬の辺りに視線を感じ、
そちらを向いた。
「あの……風間くん……」
「?」
「私……、風間くんに聞いてもらいたいことがあるの……」
「……解った、俺で良いのなら聞こう」
「ありがとう、風間くん。ほんとうに……聞いてくれるだけでもいいの」
「で、話とは?」
「この前の旧校舎のこと――覚えてる? 私が気を失って……、それで――」
「ああ、覚えている」
「あの日――、あの旧校舎での出来事から、私の中で何かが変わった……。それは、私の心に呼
びかけてくる暖かい気持ち……。やさしさ……慈しみ……心地よい温もり……」
「…………」
「でも――、ときどき、私が私じゃなくなっていくような気がして……、元の私が、消えていく
ようで……。別の私に変わってしまったら、どうなってしまうのか……。このまま、みんなのこ
と、忘れていってしまうんじゃないかって」
 言いながら、自分自身を包み込むように両腕を胸元で交差させた。そうする事で、自分の存在
を確認するみたいに。
「怖いの……。とても……」
 華奢な肩が僅かに揺れ、声が震えを帯びた。
「どうしていいか、わからなくて……、この<力>は一体何なのか、わからなくて――」
 そして、瞳に憂いと悲しみにも似た色が浮かんだ。
「風間くん……。私……私……」
 ――この時、俺もある種の困惑と言葉の選択に窮していた。
 悪口雑言毒舌皮肉の類なら、『広辞苑』一冊分は知っているが、こういう状況に対応出来るよ
うな、慰めとか、いたわりの言葉に関してのストックは、(情けない話だが)限りなくゼロに近
かった……。
 だからと言って、黙り込む訳にもいかなかった。ここで黙り込むぐらいなら、話なんぞ始めか
ら聞くべきでは無い。
(ま、無理も無い……いきなり望みもせん<力>を持つ事になって、不安にならん方がおかしい
か……)
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 今の俺達を例えるなら、海図も無ければ羅針盤も持たずに航海に出た船乗りみたいな物で、具
体的な行動指針や方策どころか、この先どうするか、どうなるか? と言う事すら分からないと
来ている。 
 正直、到底楽観出来るような状況で無い事は俺自身、よく判っている。だが、たとえ気休め程
度でしかないにしても、少しでも彼女の抱く不安を軽減出来ないかと、頭の中に有る言葉の抽斗
を探し回った。
「美里」
「え?」
「確かに。あの旧校舎での一件で、皆、もう後戻り出来ない所まで踏み込んでしまったかもしれ
ない。だが、これだけは言える。<力>を持ってしまった事をただ恐れたり、悲観的になったり、
悩むだけでは、堂々巡りの悪循環に陥るだけで、何も始まらんし、いつまでたってもいい道や結
果に行き着く事は出来ん。……それから、余り一人で塞ぎ込んだりしない方がいい、大して頼り
にならんだろうが自分で良かったら、いつでも話相手なり、相談にのるから。それに……いつま
でもそんな顔をしていたら、また桜井や他の連中が心配するぞ」
 慰めになっているのかどうか、疑わしい物だし、他にもっと良い言いようもあるのだろうが、
俺にとってはそれが精々だった。
「……有り難う。心配してくれて……。優しいのね、風間くんって」
 そう言って笑みを浮かべた。厚い雲間が切れ、その隙間から洩れ出す陽光のようだった。
 まだ、お世辞にも晴れやかとは言い難いものだったが、それでも先程まで浮かべていた憂鬱な
表情よりはよっぽどマシだった。
「だからかな。転校してきたばかりのあなたに、こんな話を出来るのは……」
「…………」
 彼女の言葉に、俺は何とも表現し難い気分になって、片手で頭髪をかき回した。
「あッ、京一くんと、醍醐くんが来たわ」
 見れば、二人がこちらに向かって歩いてくる。
「よォ」
 片手を上げて挨拶した京一だが、俺と美里を交互に見ると、思いっきり人の悪そうな笑いを浮
かべる。
「こいつはチョット、来るのが早かったか。なァ、醍醐」
「なんでだ? ちょうどいい時間だとおもうが……」
「お前なァ、気を利かすとかなんとか考えられねェのかよッ」
「……?」
 腕組みして考え込む醍醐を見て、京一が呆れた様子で首を振りながら言う。
「まったく……。少しは雰囲気を察しろよッ」
 ――何を考えてるかは大体、想像はつくが、勘違いもいいところである。訂正と抗議の為、京
一の方を向いたが。
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「もう――、京一くんッ。そんなんじゃないんだから」
 俺の言いたい事を美里が代弁してくれたので、その手間が省けた。
「あッ、ほら――。小蒔とアン子ちゃんも来たみたいよ」
「ごッめーん。遅くなった」
 何やら談笑しつつ、二人が現れたが、その場にいる面子を見て、『しまった』と言いたげな顔
になる。
「もッ、もしかして、ボクたちがビリ!?」
「いいえ、まだよ。マリア先生が来ていないわ」
「もしかして、マリア先生が罰ゲーム――。な、わけないか。あーあ。せっかく、京一の音痴な
歌を聞いてやろうと思ってたのに」
 遠野が台詞の後ろ半分をもの凄く残念そうな口調で言う。
「あのなッ、結果的に一番最後はお前らだろうがッ!! そんなに歌が好きなら、お前らが歌え
ッての」
「い、いや、どーせならボクたちなんかより、マリアセンセの歌の方が……」
 京一が言い返し、桜井がそこまで言った時。
「……私がどうかしましたか?」
 当の本人がいきなり現れた。
「セッ、センセー!!」
「すごい先生。時間ピッタリッ」
「普段、あんなにみんなのコト注意しているのに、私が遅刻するワケにはいかないでしょ」
 微笑しながら言う先生だが、笑いを収めると、眉を軽く寄せ、桜井を見た。
「それより、歌がなんとかって――」
「な、何でもナイですッ。さッ、みんな揃った事だし早く行こ行こッ」
 言うなり、公園に向かって足早に歩き出す。
「……見事に自分の立場を誤魔化しとるな」
「まったく、あいつらしいというか、なんというか」
 醍醐の呟きに応じて、京一が肩をすくめながら答えた。
「まッ、いーや、オレたちも行こうぜッ」
 その声に美里が笑みを浮かべながら頷き、俺の方を向く。
「風間くん。私たちも行きましょう」
「ああ」
 短く答えて、皆に続いて公園内へと入った。
 既に日も落ちており、園内に張り巡らせた綱から吊るされた提灯に明かりが灯され、その下を
往きかう人々を明るく照らし出している。
 そして威勢のいい屋台の呼び込みに、あちこちで起こる『乾杯』や一気飲みコール、そしてす
でにアルコールが入っており、歌をがなり立てたり、くだを巻く人……。
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 それらが入り交じり、隣にいる人の声を聞くのも容易でない程の喧騒の中を、俺達は歩いてい
った。
「それにしても……毎年の事とはいえ、すごい人出ね」
 あまりの人ごみと騒々しさに遠野がうんざりしたように首を振り、それに醍醐が答える。
「この辺りは都庁を含めオフィスビルが多い。それに、花見客の層もサラリーマンが多いしな」
「どこか、イイ場所ないかなァ……」
 辺りを見回していた桜井が不意に声を挙げ、一角を指す。
「ほら。あそこッ!! あそこなんかイイんじゃない?」
「そうね、桜も綺麗に咲いているし……。この人数でも充分座れるわね」
「それじゃあ、あそこにしましょう。私が持ってきたビニールシートがあるから、それを敷いて、
座りましょう」
 運良く見つかった空き場所へシートを敷いた後、座り込む。そして紙コップが皆に行き渡った
所で、京一がおもむろに咳払いした。
「それじゃあ、転校生の風間翔二くんと、この見事な桜に――」
『かんぱーい!!』
 全員の唱和する声に併せ、手にしたコップを軽く上げる。
「サァ、少し食べるものを買ってきたから、どうぞ」
「私はジュースを持ってきたの。みんなで飲んでね」
「あ、あたしは一応、お菓子を持ってきたから……」
 と、皆めいめいに持ち寄った物を並べていくが、ただ一人眺めているだけの人物がいた。
「……、ひょっとして、手ぶらなのって、俺だけ?」
「あのね……」
「きょーいち……」
『あんた(キミ)って奴は――ッ!!』
 遠野と桜井がジト目で睨んだ後、同時に怒鳴り、京一は頭をかきつつ、謝る。
 そして花見が始まってしばらく経った時。
「――そうだわ、風間クン」
 先生は手にしたコップを置き、俺の方に向き直る。
「犬神センセイがいってたのだけど……。あなた、なにか武道をやっていたの? とても……、
強いって話を聞いたのだけど」
 ……おかしい。俺は転校してからそういった事を他人に吹聴した憶えはない。
 俺の持っている戦闘力を知っているとすれば、この場にいる五人と転校初日にちょっかいを掛
けたはいいが、返り討ちにされた猿山の猿とその手下共ぐらいのものだ。
 知りようの無い事を何故知っている?
 連中から聞き出したと見るべきだろうが、散々叩きのめされた上、いいようにあしらわれたの
だ、奴等の様な暴力教の信者は価値も意味も無いプライドとやらを盲信し、絶対と思い込んでい
る様な手合だ、素直に話したとは思えん。
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 職員室で見せた眼光や、この一言といい――あの先生は、一筋縄でいかない人物であるのは確
かだな……。
「…………」
 俺は沈黙を守ったが、それをどう解釈するかは、『どうぞご勝手に』である。
「風間。そう謙遜するな。お前の強さは、充分人に自慢できるものだぞ」
「阿呆らしい、そんな物自慢する奴の気が知れん」
 横から口を挟む醍醐だが、俺は一言で斬って捨てた。
「力や強さをこれ見よがしに誇示したり、自慢なんぞする奴は、正真正銘の低能で三流だ。力は
持っていても、振るわん事、振るったとしても最小にとどめるに越した事はないんだ」
「それが、闘いに付いてのお前なりの哲学という奴か?」
「まさか。単なる思い込みさ。ま、極論である事は自覚してるし、この考えを他人に押し付ける
つもりも無いがな」
「――風間クン。私はね。力が強いだけでは、本当の強さとはいえないと思うの。人に対するや
さしさ、くじけない勇気。そういう精神(こころ)の強さが本当の強さだと思うわ。判るでしょ
?」
「…………」
「ごめんなさい。お説教みたいなコト言って。これから一年間、頑張りましょう。あらためて、
よろしくね。風間翔二クン」
「ええ、こちらこそ」
「高校最後の年だもの、いろいろ思い出を作りましょうね」
「うーん。葵も、さすが委員長で生徒会長、って感じだなァ」
 頷きながら言う桜井に、美里は照れた様な表情になる。
「もう……。小蒔は大げさね」
「けど、オレたちマリアせんせーでホントにラッキーだぜ。美人だし、優しいし……」
「アラ。蓬莱寺クンはお世辞が上手ね。でも、せっかくのお花見なのよ。私より桜を見てちょう
だい」
「――そういえば、今年の桜は、去年よりまた一段と見事だな」
 醍醐が頭上を振り仰ぎ、つられて何人かが同じ様に見る。
「あッ、花びらがコップの中に……」
「美里ちゃんの髪にも……。風流だねェ」
「本当に綺麗な桜。なんだか……、吸い込まれそう――」
 焼き鳥を口に運びながら、その様子を見ていた時。
「キャ――ッ!」
「ウワァ――ッ!」
 辺りの喧騒を圧して、突如複数の悲鳴が響き渡り、俺の耳をつんざいた。
 思わず腰を浮かした遠野が、声の発生源を見て表情を変えた。
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「見てッ、向こうの方から人が逃げてくるッ!!」
「なんだよ。変質者でも暴れてんのか?」
「大方、酔っ払い同士のケンカだろう、捨て置け」
「そんな感じじゃないな……」
 逃げてくる人達の様子を見ていた醍醐が、幾分緊張した面持ちで言う。
「そう遠くはなさそうだ。風間。おれたちで様子を見てくるか」
「行くのはいいが、何かこう……ぞっとせんな」
「どうした。嫌なのか?」
「そうじゃない。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「いや、何でも無い。忘れろ」
 言いつつ、手にしていた串を袖口に滑り込ませながら、俺が腰を上げた時。間を置かず、桜井
も立ち上がった。
「ちょっと、待ってよッ。ボクたちも一緒に行くよッ。その……犬神センセーのいってたことも
気になるし」
「犬神センセイが?」
 不審気な顔になるマリア先生に遠野が答えた。
「中央公園に桜以外の物が散らない様に気を付けろって」
「桜以外のもの……」
 押し黙る先生の横で京一が何か閃いた様に呟く。
「妖刀とかけて、散るものと解く」
「そのココロはなんなのさッ?」
 桜井が返したが、当の京一はあいまいな笑みで誤魔化した後、先生を見た。
「まッ、マリアせんせーも犬神の言う事なんか、気にしねェほうがいいぜ。犬神(あいつ)、マ
リアせんせーに相手にしてほしいだけなんだからさ」
「…………」
「行くんなら、はやく行きましょッ」
「しょーがねェ。オレたちも行ってみっか」
 残りの面々もそう言って立ち上がった時。
「……待ちなさい、行くのなら、私も一緒に行きます」
「そんなッ……。先生、危険です」
「いいえ。だからこそ一緒に行きます」
「で、でも……」
 美里と桜井が止めようとしたが、
「私は、みんなの保護者です」
 反論を許さない強い口調でそう言い切った。
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「……わかりました。みんな、いくぞッ」
 醍醐が先頭に立ち、騒ぎの元である公園の奥へと俺達は足を踏み入れた。
 ……大勢いたであろう花見客は皆、逃げ散ってしまい、見渡す限り、俺達以外の人影は見当た
らない。足元には荷物や料理が台風一過後のように散乱し、これまた、放置されたカラオケの機
械から、数年前の流行歌が風に乗って聞こえて来る以外、辺りは嘘の様に静まり返っている。
 そして風に含まれた物に気付いた京一が顔をしかめた。
「この匂いは……」
「間違いないな。――血の匂いだ」
 醍醐にも同様の表情が見て取れる。
「みッ、見て。あの人……」
 弓を袋から取り出そうとした桜井が手を止め、強ばった声を出した。
 ――木立の陰からゆらりと幽鬼の様に現れた人影に皆の注意が向く。そして、そいつの右手に
無造作に下げられた物体と、それから滴り落ちるものに気づいた美里が息をのんだ。
「あの刀……。血が――」
「おいッ、オッさんッ!!」
 京一の声に気づいた奴は視線を上げ、俺達の方を見た。
 両眼に危険な光が灯ると、口元に残忍な笑いを浮かび、まるで獲物を見つけた肉食獣の様に舌
なめずりする。
「お前たち、退がっていろ」
 醍醐の声に頷いた桜井や遠野達は数歩を退く。
「テメェ……その刀で……人を、斬りやがったな?」
 返事の代わりに奴は手にした刀を持ち直し、じりじりと近づいて来る。
 醍醐と俺が、京一と共に前に出た時。
「あなたたちッ。退がってなさいッ!!」
 先生が奴と俺達の間に立ちはだかった。
「な……!?」
「先生、退がっててくださいッ!!」
「私には、あなたたちを守る義務がありますッ。危険なマネをさせる訳にはいきませんッ」
「だけど、せんせ――ッ」
 その瞬間、奴は奇声を上げ、蛙の様に跳躍した。
 とっさに京一が割って入ろうとしたが、それより早く、先生を抱え込むとその背後に回り、喉
元に刀を押し当てた。
「クッ……、離しなさい……」
「マリアセンセーッ!!」
「くそッ!!」
 桜井が悲鳴混じりの声を出し、醍醐が歯噛みする。
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「うッ……。大丈夫よ。だから風間クン。あなたたちは、今のウチにお逃げなさいッ!!」
「……生憎、『はい、判りました』と言うような素直な性格してないんで……。それに、女性見
捨てて一人逃げる程、人間堕ちたくないね」
「風間クン……」
 ――タンカを切ったものの、迂闊な真似をすれば奴は、躊躇無く先生の咽喉をかき切るだろう。
 『気』を使うにしても、一撃で倒し損ねた時の結果を思えば、分の悪いギャンブルに乗るわけ
にはいかなかった。
 一瞬、いや半瞬でも隙が生じればそこにつけこめるのだが……。
 全身の筋肉と神経を賦活化させ、勝機を見い出した時、一気に爆発させるべく、力を蓄積させ
ていく。そして全ての感覚を研ぎ済まし、微塵の隙も見逃さない様、奴を見据える。
 ごく微量だが存在する、緊張と焦燥、重圧感の所為か、一分、一秒が異常に長く感じられる。
「先生……」
「貴様ッ、先生を離せッ!!」
 先生の身を案じる美里や、怒りを露にする醍醐を嘲笑うように狂笑を上げていた奴が不意に何
かに気付いたように視線を巡らしたその時、待ち望んでいた好機が訪れた。
 喉元から刀が離れた瞬間、先生が奴の喉笛に噛みつき、それと同時に、俺は手首をひるがえし
て袖口に潜ませていた串を投じ、放たれた串は奴の眼に深々と突き刺さった。
 奴は絶叫を上げてのけぞり、先生を突き飛ばすと目を押さえる、そして美里と桜井が先生の手
を掴み、引き寄せた。
「――どんなことがあろうと、生徒たちには、指一本触れさせないわッ」
 先生の豪奢な黄金の髪は乱れ、表情も蒼ざめていたが、それでもなお、真っ向から奴を睨み付
ける。
「おいッ。この変態ヤローッ。テメェの相手は、オレたちがしてやるぜッ!!」
 京一がふく紗から取り出した木刀を構えながら叫ぶ。
「先生……後は、おれたちに任せてくださいッ。遠野ッ、お前も退がっていろ」
「解ったわッ」
 醍醐の声に、遠野が先生の手を引く様にして、離れる。
 桜井が弓を構え、俺も手甲を填めて戦闘体制に入った時。
『グルルルル……』
 凶暴かつ、獰猛な唸り声が新たに加わった。
「な、何……?」
 気づいた桜井が矢をつがえたまま、周囲を見回す。
 あちこちから、俺達を取り囲むように野良犬が現れ、低く、咆哮を上げる。
「こいつら……タダの野良犬じゃねェぞ」
 一瞥した京一が低い声で呟く。
 ……確かに、獲物を噛み裂こうと研ぎ上げられた牙といい、殺戮と流血への渇望にらんらんと
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光る両眼、加えて口元からはよだれを垂らしている様なヤツらが、『只の』野良犬の訳が無い。
 どんなに寛大な人でもこいつらに対して、動物愛護の精神を発揮する気にはならないだろう。
「気をつけろ。噛まれた物なら、良くて破傷風、悪けりゃ狂犬病だぞ」
「そいつは願い下げだな」
 俺の声を聞いた京一が心底イヤそうな顔になる。
「行くぞッ!!」
 そして醍醐の叫びが戦闘開始の合図になり、散開して各々が目標と定めた相手に挑んでいった。







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