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真・Water Gate Cafe

 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第参話「妖刀」其の四
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 京一と醍醐が地を蹴ると同時に、俺も突撃をかける。
 目標は正面、数匹が固まっている辺りだ。
 狂犬共の只中に飛び込み、頚部や胴に致命的な一撃を浴びせ、次々と打ち倒していく。鼻面に
『掌打』を叩き込み、脚を噛んで引き倒そうとする奴の頭を踏み砕く。
 更にシベリアン・ハスキーを『龍星脚』で蹴り飛ばした後、他の連中の様子を見る。
 京一や醍醐は放っておいても問題無いだろうが、近接戦闘は不向きな桜井や、丸腰の美里は、
そうもいかないだろう。
 そう思いつつ、女性陣の方を見た時、懸念していた事態が起こった。
 桜井の矢をかわした一匹が二人に襲い掛かったのだ。辛うじて、二人は身をかわしたが、次の
矢をつがえる暇も無かったし、それに矢を放つには近すぎた。
 援護すべく、手に充填めた『気』を撃ち出そうとした時、足元にある物に気付き、拾いあげる。
「当たれえッ!!」
 叫ぶと同時に、未開封のまま転がっていた一升瓶を思いきり投げつけた。
 唸りを上げて10数m飛んだ瓶は見事、犬を直撃した。
 直撃した時、鈍い音がして瓶は粉々になったが、犬の頭蓋骨も同様の運命を辿ったに違いない。
「醍醐ッ! 京一ッ! どっちか女性陣の直衛(ガード)に回れッ!!」
 怒鳴りながら、飛びついて来た雑種犬の牙に空を切らせ、胴を肘と膝でサンドイッチにする。
「ギャイン!!」
 悲鳴と共に血へどを吐き地面に転がった時、急速に迫る激烈なまでの殺気を感じた俺は身を翻
した。
 次の瞬間、今まで俺のいた辺りを一条の閃光が走る。
 何物なのか、考えるまでも無い。奴が片目を潰された恨みを晴らそうと、こちらに向かって来
たのだ。
 串が突き立った方の目は赤く染まり、見えているのかどうか不明だが、残った方の目から活火
山から湧き上がるマグマのように、憎悪と殺意が溢れ出している。
「話し合いで解決って、訳には……いかんか、やっぱ」
 その台詞を言い終える前に、奴は『当然だ!!』と言わんばかりの勢いで、手にした得物をぶ
ん回し、『殺到』という表現そのままに、俺に向かって来た。
 すくい上げるような一撃をのけぞってかわしたが、息つく間も無く、二撃、三撃目が襲いかか
る。間断無く繰り出される刃を身を沈めてかわしたが、僅かに切っ先がかすめ、頭髪が数本斬り
飛ばされた。
 低くした姿勢から、足を刈るように低い軌道で蹴りを放った。思わぬ攻撃を受けて奴は転倒し
たが、素早く起き上がり、手にした剣を振るった為、俺は追い打ちをかけるより、一旦、仕切り
直す為に手に『気』を収束しつつ、数歩後ろへ下がった。
 ……立ち合って見て解ったが、こいつの動きには、鍛錬を積んだ者が持つ合理性はおろか、型
も構えも無い、腕力に任せて振り回すだけのヤクザ剣法だ。
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 しかし、俺に対する殺意と恨み、それに加えて流血に酔っているのか、奴は完全に頭がスパー
クと言うか、狂戦士(バーサーク)化しており、息切れや疲労した様子も無く、とんでもない勢
いで刀を振り回し続ける。おまけに持っているのは地上屈指の対物破壊能力を誇る日本刀だ。幾
らなんでも素手では分が悪い。
 さっさと片を付けたい所だが、今は反撃の機を伺いつつ、回避を優先せざるをえない。
 最上段からの打ち込みを、とっさに近くにあった鉄棒――ロープを架けて、花見客の誘導に使
われていた――を引き抜き、受け止めた。
 そのまま、鍔競り合いの様な形になる。
 棒ごと叩き斬ろうと力を込めて来るのを押し返した時。
『剣掌ォ・旋ィッ!!』
 風を切る音と共に、強烈な衝撃波が飛んで来たが、奴は剣を引くと同時に飛び退ざり、衝撃波
は何もない空間を空しく通り過ぎただけだった。
 そして、飛び退ざった奴との間合いや動きに注意しながら、衝撃波が飛んで来た方を見やる。
「風間ッ、一つ貸しだぜッ」
「……何を偉そうにッ」
「あっ、かわいくねー奴。『ありがとう』ぐらい言ゃあいいのによッ」
「野郎に可愛いなんざ思われ……」
 京一相手にそれ以上舌戦を続ける暇は無かった。奴が再び白刃を振りかざし躍り掛かって来た
からだ。
 立て続けに繰り出される斬撃を受け止めるのに使っていた棒が耐えきれず、半ばから斬り飛ば
された。間髪入れず次の一撃が襲い掛かる。
 横薙ぎの一撃をバックステップしてかわしざま、奴の足元に「発剄」を撃ち込み動きが止まっ
た瞬間、更に後ろへ向け跳躍した。宙で一転して、着地する。
 そうして稼いだ間合いを奴が再び詰めるより早く、ポケットから取り出した玉を投げつけた。
 奴は玉が命中する寸前に刀で切り払ったが、その瞬間。
『ばぢばぢばぢばぢばぢばぢッ!!』
 青白い閃光と放電音、そしてそれを上回る絶鳴が響いた。
『ウッギャアァァァァッ!!』
 ――どうやら今投げたのは高圧電流で対象物にダメージを与える(と、書いてあった)『雷神
之玉』だった様だ。
 全身をぶすぶすと燻らせた奴は、刀を杖に立ち上がろうとしたが、俺は止めとばかりにまだ半
ダース程残っていた玉を「在庫一掃処分セール」宜しく投げつけ、それが一斉に炸裂した。
 耳を覆わんばかりの爆音と閃光の前に断末魔の悲鳴など聞こえる訳も無く、舞い上がった煙と
炎が収まった後、そこはかと無く香ばしい匂いが漂い、ロースト・ヒューマンの出来上がりだ。
 そして、俺は黒焦げになった奴にゆっくりと近づいた。
 まだ息はあるようで、僅かに痙攣している。
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 ハンカチを持った手で奴から刀を取り上げ、鍔元を見た。
 そこに『村正』と刻印が刻まれているのを確かめた俺は小さくごちた。
「美術品として価値があったとしても、人の血を吸った刀なんぞ残す訳にゃいかんな。また不幸
と災厄を撒き散らすのが目に見えてる」
『 村正』を近くに植えてあった樹の幹に突き刺し、呼吸を整えると、必殺の一撃を放った。
「はああァァ……せぇりゃあッ!!」
 刀身の一点に目掛けて、数十発の『掌打』と『龍星脚』の連撃を叩き込んだ。
 ……無数の乱打を浴びた刀身は複数の破片に砕け、妖刀は数百年に渡る呪われた生涯を閉じた。
 そして『処分』が終わった頃には残りの狂犬共も京一達が一掃しており、戦闘状態の終結を確
認した俺は皆がいる方へ歩いていった。
 見た所、全員怪我らしい怪我も無いようだが……。
 俺に気付いた醍醐が声を掛けて来る。
「風間。ケガは無いか?」
「見ての通りだ、そっちはどうなんだ」
「ああ、全員無事だ」
「そうか」
「それにしても――、おれ達のこの<力>はいったい……?」
 醍醐が自分の手を見つめながら呟いた時。
「あんたたち……」
 後方へ避難していた遠野が、信じられない物を見た様な顔で俺達を眺めた。
「アン子……」
「遠野、この事は、誰にもいうな」
「…………」
「アン子ちゃん……、お願い」
「てめェ。まさか、友達を売るようなマネすんじゃねェだろうなッ」
「ふんッ。馬鹿にしないでくれるッ。あたしが、そんな事すると思う?」
 京一の声に、腰に手を当てた遠野が『見損なうな』と言いたげな表情と声調で言い返し、それ
を聞いた桜井と醍醐が安堵した様に息をつく。
「アン子ォ」
「すまん、遠野」
「どうりで、この前の旧校舎の時からおかしいと思ってたのよ。まッ、いいわ。貸しにしとくか
ら」
「ちッ、しっかりしてやがる」
 軽く舌打ちする京一の横で、醍醐が少し遅れて近づいて来
た先生の方に向き直る。
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「先生――、先生もお願いします。この事は――」
「アナタたちは、いったい……」
「おれ達にも判らないんです。何故、こんな<力>が使えるのか。おれ達は――ッ」
「……わかりました。今日のコトは、ここだけの秘密にしておきましょう。いずれ……何か判る
時が来るでしょう。その時まで、このコトは誰にもいわないでおきます」
「すいません……」
 心底済まなそうに頭を下げる醍醐に先生が声を掛ける。
「アナタが、そんな顔をしてどうするの? もっと胸を張りなさい」
 一呼吸おいて、さらに言葉を続ける。
「醍醐クン……。<力>というのはね……それを使う者がいるから存在するの。気をしっかりも
って、自分を見失わなければ、きっと、道は開けるはず。アナタたちは、自分の信じた道を歩み
なさい。ワタシは真神の生徒であるアナタたちを信じています」
 ――特に雄弁でもなければ、力が篭っていた訳でもない。だがその声には不思議と不安や迷い
を和らげるような何かが含まれているように思えた。
「マリア先生……」
「センセー……」
 美里と桜井が先生を見つめ、先生は微笑を浮かべながら二人の肩に手を置く。
「小蒔……。お前に、落ち込んだ姿は、似合わねェぞ」
「なんだとォ」
 京一と桜井が、いつも教室で繰り返している様なやり取りを始め、それを見た醍醐と美里が笑
う。そこへ耳障りなサイレンの音が響き、遠野が声を上げた。
「ちょっと、みんな。パトカー来たわよッ!!」
「やっと来たか」
「ちッ。醍醐ッ、いろいろ聞かれると面倒だぜ」
「うむ。確かにな」
「はやいトコずらかろうぜ」
「この状況じゃ、言い訳できないもんね。葵、行こッ」
「えッ、えェ。でも、あの人……」
 倒れたまま、動かない奴に美里の視線が向けられる。
「放っとけ、放っとけ。後は、けーさつがやってくれるさ」
「で……でも……」
 と言い淀む美里だが、その語尾に重なる様に、カメラのシャッター音とストロボ光が閃く。
「遠野――、まさかお前……それ真神新聞に載せるんじゃないだろーなッ」
「あったりまえじゃないッ」
 醍醐の声にさも当然の様に頷き、その後付け加える様に言う。
「あッ、安心して。みんなの事は書かないから」
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「でッ、でも遠野サン……、少し、校内新聞としては――、」
「先生ッ!!」
「ハッ、ハイッ……」
「読者は常に、刺激を求めているんですッ!! そして、我々記者は、ペン一本でその期待に答
えなければならないんですッ。たとえこの身が戦火に晒されよーとも――」
 熱弁を奮う遠野だが、俺も含めて誰一人聞いてる奴はいない。
「風間ッ、早いとこずらかろーぜッ」
「センセーも早く行こーよッ」
「フゥ……。犬神センセイの気持ちが少し判った気がするわ」
 先生の軽い溜息交じりの声を聞いた桜井が思わず笑う。
 そして撤収しようとした時、遠野だけが動こうとしない。
「おい、アン子。ナニやってんだよ。行くぞ」
「あたしの事は気にしないで、行っていいわよ」
「ナニいってんだ、お前?」
「警察に情報提供して、金一封もらうの。もしかしたら、ジャーナリストとしての道が開けるか
もしれないわ」
「…………」
「うーん、写真週刊紙に売るのもいいわね……」
 ――こ、こいつは……。
「醍醐」
 京一の声に頷いた醍醐が近づくと、猫でも扱うかの様に片手で持ち上げて、脇に抱え込んだ。
「ちょッ、ちょっとッ。何すんのよッ!! 離してッ、離してよッ」
 遠野は何とか逃れようとじたばたあがくが、少々暴れた所で、醍醐の腕の中にがっちり抱え込
まれている以上、逃げれる訳が無い。そして俺は、暴れ続ける遠野に近づくと、素早くカメラを
ひったくった。
「あッ、何すんのよッ! 返しなさいッ!!」
 遠野の金切り声を無視し、カメラの後ろのスイッチを操作(いじ)ってフィルムを抜き取ると、
思いきり引っ張って感光させた。
「あぁーーーーーーッ!! アタシの金づ……じゃない、スクープ写真があぁぁッ!!」
 絶叫を上げる遠野を尻目に、無力化したフィルムを懐にしまい込む。
「なんて事すんのよッ!! 風間くんッ!!」
「全く……。仮にもジャーナリストを目指してるってんなら、三流のパパラッチみたいな商売っ
気出してんじゃねーよ」
 言いつつ、只の金属の塊になったカメラを遠野に返す。
「おッ、おぼえてなさいよッ!!」
「忘れたな」
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 そうこうする内に、サイレンの音は刻一刻と大きくなる。
「行くぞ、風間ッ」
「ああ」
「よっしゃ、ずらかるぜ」
 京一を先頭に俺達は走りだし、惨劇の舞台となった新宿中央公園から大急ぎで離れた。
 ……こうして、俺の歓迎会を兼ねた真神学園3年B・C組合同の花見は、波乱の内に幕を閉じ
たのだった。




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