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真・Water Gate Cafe
談話室
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 渋谷区――某所。

 黄昏時――だが、街は迫りくる闇を圧する程の多彩な光に満ち溢れている。
 無数に道路を埋め尽くす車のライト、歩く人々の頭上で輝く街灯や、店先を飾るイルミネーシ
ョンやネオンライトの煌きは宝石箱を思わせる程、多彩できらびやかな物だった。高見からそれ
らを見下ろせば、陳腐な表現だが、まさに光の海といえるだろう。
 そして、一人の青年が風にコートの裾をはためかせながら、その光景を眺めていた。
「不浄の光に包まれし街――。滅びを知らぬ、傲った人間共――。この街は、汚れてしまった。
そして、人間の欲望は留まる事を知らない。人は、淘汰されるべきなのだ……。<力>を持つ者に
よって……」
 詩でも詠むかの様な口調でそう言葉を紡ぎ出す。声調は低く、冷たいが、それでいて奇妙な熱
を帯びており、聞く者によっては蟻走感(ぎそうかん)を感じたであろう。
 悦にいった様な含み笑いを漏らした後、更に言葉を続ける。
「裁きの日が、ついに来たのだ……。さあ、行くがいい――」
 コートから取り出した笛を手にし、耳慣れない曲を奏で始める。
 聞く者が聞けば、その笛から流れ落ちる旋律に底知れぬ悪意と悪寒を憶えさせる様な『何か』
が含まれている事に気付いたかもしれない。
 そしてその笛の音に重なる様に、はばたきと鳴き声が複数沸き起こり、それは次第に大きく、
高くなっていった……。
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 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第四話「魔鳥」其の壱
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 放課後その日の帰りのHRも終わり、挨拶の後、皆口々に談笑しつつ、一斉に教室から出て
いく。
「おいッ、帰ろうぜッ」
「帰りにゲーセン寄ってくか?」
「あーあ、明日化学だよォ。やだなー」
「ねェねェ、買い物して帰ろうよ」
 俺も又、鞄を手に立ち上がったが、そこへ皆が声を掛けて来る。
「じゃーな、風間」
「風間君、またねーッ」
「ああ」
 返事を返し、歩き出そうとした所へ、一人の女生徒が更に声を掛けて来た。
「あッ、そうだ、風間くん。さっきマリア先生が探してい
たよッ」
「担任が?」
「うん、じゃーねーッ」
 用件を伝え終えたその女生徒も軽く手を振って教室から出ていく。担任の呼び出しを無視する
訳にもいかず、俺は職員室へと足を向けた。


 職員室へと入ると、戸の開閉音に気付いた先生が顔を上げ、机に向かい何やら書き込んでいた
手を止めて、手招きした。
「チャンと来てくれたのね、風間クン。他のセンセイはいないから、適当に座って」
(またか……)
 時間的には、この前呼び出された時とそう変わってないのに、やはり室内に俺と先生以外の人
影は無い。何やら作為的な物を感じたが、取り敢えず言われるままに、そのへんにあったパイプ
椅子を引っ張り出して、そこに座る。
 先生は椅子を回転させて俺の方に向き直ると、話しかけて来た。
「どお、風間クン。学校生活は楽しい?」
「まあ、それなりに」
「それは良かったわ」
 俺の返事を聞いて鷹揚に頷くと、軽く笑みを浮かべて、更に聞いて来る。
「ヘンなコトを聞くようだけど、風間クン。アナタ――、年上の女性は好き?」
「……人によります」
「そお……。ゴメンなさいね。ヘンな質問して。……ありがとう。もう、帰っていいわ。気をつ
けてね。最近はこの新宿(まち)も、物騒だから」
 椅子から立って挨拶を済ますと、俺は職員室を出ていった。
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  廊下を曲がり、歩きながら、話の内容を頭の中で反すうする。
(……しかし、さっきの会話に何か意味があったのか? あんなどうでも良いような事、わざわ
ざ呼び出し掛けてまで聞く程の事か? それと会話の後ろ半分は、確かに変な事だが、多分軽い
冗談のつもりで言ってるのだろうから気に止める事もないか……)
 そして下足置き場に着いた所で、不意に忘れ物が有る事に気付き、思わず舌打ちする。
(……二度手間もいいところだ)
 思いながら階段を登り、教室へと向かった時。ドア越しに話し声が聞こえてきた。……この声
は京一と醍醐か?
「おれは別に構わんが……」
「よーし。あとはあいつだけだな」
「もう帰っちゃったんじゃないかなァ?」
「まあ、もう少し待ってみよう」
「そうね」
 ……どうやら女性陣二人もいる様だが、何の相談をしてるのやら。部屋に入った俺を見た京一
が近寄って来る。
「おッ。いい所に来たな。風間、一緒に帰ろうぜ。ついでにラーメンでも食ってよッ」
「誘いは有り難いが、行く所があるのでな」
「なんだ、用事でもあるのか?」
「ああ、少しな。それにラーメン屋はこの前行っただろう? 月に何度も行く様な所じゃない」
「なんか嫌そうだな、お前……」
「余り好きな物で無いからな……。悪いが、また今度」
「……まあ、そういうな」
「そうそう。一人で食うメシなんて味毛ねーだろ? 一緒に行こうぜッ。……はい決まりッ」
「あのな・・・」
 強引さに呆れた俺が何か言おうとした時。
「ちょおっと待った――――ッ!!」
「げッ、この声は」
 その声を聞いたとたん、京一の声と表情が借金取りに見つかった人を思わせる物になる。
 誰の声かは言うまでもないが、その名を口にしたら最後、難儀と厄介がセットになって近づい
てくるに違いない。
「そこにたむろしてる五人組〜。ちょっとでいいからあたしの頼みをきいてみない〜?」
 猫撫で声が掛かったが、俺の耳には苦い薬を誤魔化す為に使うオブラートの様にしか聞こえな
い。しかも破れている。
 大して苦労せずに胡散臭げな表情を作り、短く答える。
「耳日曜」
「あのねェ。そういう、いい方ないんじゃないの? いいわよッ。ねッ、他のみんなは?」
 「にべもない」と「そっけない」を混合させ、『身も蓋もない』という名のカクテルを作り出
した俺の態度に、遠野は交渉の余地無しと見て他の面々に向き直るが……。
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「聞きたくない……」
「あッ、何よ桜井ちゃん。その態度は――」
「俺も同感。お前の頼みをきくと、絶対にロクなコトにならねェ気がする」
 俺の次に視線を向けられた桜井と京一も、俺と同じく、反対の意を見せた為、遠野は攻撃の矛
先を変えた。
「もォ〜。そんなこといわずに……ねッ。ちょっとでいいんだからさ。ねェ、醍醐く〜ん」
「そういわれても、なあ……。おれ達はこれから、ラーメン屋に行くところだし……」
 醍醐も又、乗り気ではないようで、声と顔の双方に『出来る事なら、関わりたく無い』と言う
色がかいま見える。
「なによッ。あたしの話とラーメンと――、どっちが大事だっていうのよッ!?」
「うッ……、うむ……。そういわれると困るが……」
 どっかで聞いたような台詞を遠野は口にし、詰め寄られた醍醐はたじたじとなる。
「やめとけやめとけッ。こいつの味方しても、何の得もしねェぞ。こき使われるのが、オチだっ
て。なァ、風間」
「そうだな。行く先に落とし穴や地雷原があると分かってて、踏み込む様な愚は犯すべきじゃな
い」
「お前もそう思うだろ? とにかくアン子は口がうまい。おまけにとんでもねェ守銭奴だ」
「ちょっとッ! そこの二人ッ!! 勝手な事いわないでよねッ!!」
 共同戦線を張る俺と京一を遠野が睨んだが、半ばヤケ、半ば諦めといった表情になり、宣言す
る。
「わかったわ……。わかったわよッ!! あたしがみんなまとめてラーメンおごったげる。それ
で問題ないわねッ」
「お前が人にものをおごるなんて、珍しいな、遠野」
 醍醐がまじまじと、遠野を見ながら言うが、本人は不本意そうな視線を投げ返した。
「人聞き悪いわね……。でもまァ、それだけみんなの手が借りたいって事よ」
「なんだよ、なんだよ!! それならそうと最初っからいえよ。水臭ェなァ、アン子。なァに、
どんなモメ事だろうと、この蓬莱寺京一様が一発で解決してやるから安心しなッ!!」
 1分程前の態度はどこへやら、えらく機嫌と気前、加えて調子のいい事を言う。そして、それ
を聞いた遠野が喜色を浮かべて京一を見た。
「ホントッ!? いや〜、やっぱ京一君は頼りになるわ。よッ、真神いちの伊達男!!」
「わっはっは。苦しゅうないッ。良きに計らえーーッ」
(この、お調子モノッ) 
 遠野のヨイショに脳天気な笑い声を上げる京一を見て、桜井が呆れ顔で小さく呟くが、全く同
感である。
「あれだけいっといて、結局自分が一番、乗せられちゃうんだからね。……ま、いいか。ラーメ
ンはタダだし、アン子の話も実はちょっと気になるしね」
「……そうだな。おれたちも付き合うとするか。遠野が人に物をおごってまで頼みごとをすると
は、よっぽどのことなんだろうしな」
「……そうね。みんなでアン子ちゃんの話を聞きましょう。ねッ、風間くん」
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 それまで殆ど喋らずに、聞き手に回っていた美里が俺の方を見る。
「ま、聞くだけは聞くか……。何か遠野の奴、とてつもなく厄介な事を持ち込んで来た様に俺に
は思える。この前の旧校舎の一件が子供の遣いに思える様な……」
 予感とか言う代物が時間外勤務をしたのか、何やら首筋の辺りにうすら寒い物を感じつつ、俺
は返事をする。
「風間くん……。アン子ちゃん、私たちのことを頼りにしてくれてるのよ」
「そうそう。とりあえず、みんなでラーメン屋に行こうよ」
「おいこら、お前らッ。早くしないとおいてくぞッ!! さあて、タダめしタダめしッ」
「ちょっと、京一ッ。ちゃんとあたしの話もききなさいよねッ!!」
 俺のぼやき一歩手前の声を聞いた美里と桜井が話掛けてくる。
 一方で京一はと言うと、俺とは逆に上機嫌で足取りも軽く教室を出ていく、後を追う遠野の声
は聞こえているのかどうか怪しい所だ。 
「……あ、ふたりとも!! ボクたちも、早くしないとホントに置いて行かれちゃうよ。さッ、
みんな行こッ!!」  
「そうだな。行くとするか」
 桜井と醍醐が促す様に声を出し、俺達は教室を出た。



 皆で連れ立って校門前まで歩いて来た時、不意に美里が立ち止まり、頬に手を当てる。 
「あら? 向こうにいるのって……。マリア先生じゃないかしら」 
「あッ、ホントだ。マリアセンセーッ!!」
 桜井が声を上げると同時に、大きく手を振り回す。そして俺達の姿に気付いた先生は、一流の
モデルを思わせる優美な迄の足取りで近づいて来る。
「アラッ、みんな。今、帰るところ?」
「うん。今からみんなでラーメン食べにいくんです」
「ちょ、ちょっと、桜井ちゃん……」
 そう言えば前に、下校中の寄り道は禁止とか言っていた様な気が……。
 もっとも、遠野が慌てた様な声を出したのは、案外桜井が自分の話を聞くというのを忘れてい
るのでは? とか言う心配が先に立ったからかもしれない。
「みんなは、育ち盛りなんだから、元気なのが一番だわ」
「さっすがマリア先生。話わかるぜ」
「そのかわり、余り遅くならないうちに、帰りなさいね」
 桜井がそれに答えた後、醍醐が先生を見る。
「先生は、まだ学校にいるんですか?」
「えェ。まだ少し、する事が残ってるの」
「いつも大変ですね」
 美里の気遣う様な声に先生は微笑を浮かべたが、それはすぐに生真面目な表情に取って変わっ
た。
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「あなたたち――遠野サンもそうだけれど、余り、おかしな事件に関わりにならない様にね。気
をつけるのよ」
「ええ。昔から、『君子危うきに〜』って言いますから」
「だーれが君子だって?」
 横から京一がまぜかえしたが、俺はそれを黙殺した。
「そう――。余り、興味本意で行動していると、そのうち大変な事になるわ。ワタシはみんなの
事が心配なの……。またなにか、危険な事が起こりそうで――」
 そう言って、目を伏せてうつむいた。
 ……確かにこの二週間ちょっとの間に、先生と此処にいる全員、一度ならず、命の危機に直面
したのだ。何とか事無きを得て、傷一つ無く済んだが、状況を考えると運が良いなんてレベルを
越えている。
「せんせ、気にしすぎだって。花見の時のことだって、あんなのもう、忘れたほうがいいぜ」
「そッ、そうよ、先生。あたしだって、儲けにならない事に首を突っ込むような真似はしないわ
ッ」
 今の遠野の台詞に何か引っ掛かる様な物を感じたのは、俺の気のせいだろうか?
「それならいいのだけど……。とにかく、気を付けてお帰りなさい」
「先生。心配していただいて、ありがとうございます」
「フフフッ。これでも一応、教師ですからね」
「じゃ、せんせ」
「バイバイ、センセー」
「えェ、さようなら」
 美里は礼儀正しく頭を下げたが、先生は軽く笑ってそれに答える。そして京一と桜井が挨拶し
た後、先生は校舎の方に向かって歩いて行くが、その後ろ姿を見送った遠野が
小さくごちた。
「…………結構、鋭いわね、マリア先生って……」
「やはりな。お前……、何か隠してるな、遠野」
「まッ、まァいいじゃない。とにかく、ラーメン屋に行きましょッ」 
 遠野の声を耳にした醍醐が問い詰める様な視線を投げ掛けたが、遠野ははぐらかすと言うより、
『話はまた後で』と言う様な態度を取ると、足早に歩き出し、俺達もそれに続いてラーメン屋に
向かうべく、校門を出たのだった。
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