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真・Water Gate Cafe
談話室
 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第四話「魔鳥」其の弐
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 この前も行ったラーメン屋『王華』に着いた俺達は、奥の方のテーブルに陣取った。
 そして注文した物が皆に行き渡った後、遠野が醍醐に話掛けた。
「そういえば、醍醐くん、知ってる?」
 問われた醍醐は箸を止め、遠野を見る。
「佐久間の奴が入院したって話……」
「なんだとッ!!」
「あたしも、今日入手したばかりの情報なんだけどね……」
「どーりで、姿が見えねェとおもったぜ。自主休学(サボリ)じゃねェのか?」
「ううん。どうやら、本当に入院したらしいわ」
 醍醐が驚きの声を上げ、京一は疑わしげな顔をしたが、遠野はそれを否定した。
「何でまた……」
「何でも、渋谷にある高校の連中と喧嘩したって話よ。目が合ったとか、合わなかったとか」
「……チンピラか、あいつは」
「最初から、箸にも棒にもかからん奴と思ったが、本気で度しがたい輩だな」
 馬鹿馬鹿しいと言う言葉が空々しく聞こえるぐらい、低レベルな喧嘩の理由を聞いて、俺と京
一がそれぞれ呟く。
「相手は、5〜6人いたらしいんだけど、結局、佐久間と相手の生徒が三人、病院送り。職員室
でも問題になってい
るわ」
「…………。最近のあいつを見てると、何かに苛立っているようだった。おれが、もっと早く相
談に乗っていれば……」
「醍醐クン……」
「安心しな、あいつは殺したって死ぬようなタマじゃねェよ。すぐ退院してくるだろ」
「…………」
 桜井と京一が醍醐を気遣う様に声を掛けたが、醍醐の表情は一向に晴れなかった。
「で――、頼みってのは、なんだよ、アン子。まさか、新聞部に入れっていうんじゃないだろう
な?」
「あら。それもいいわね」
「お前な……」
「冗談よ。でも、入りたいっていうのなら別だけどね。どお、風間くん。新聞部に入る気ない?」
「他事多端のおりから、丁重にご辞退申し上げる」
「……いうとおもったわ。ま、いいわよ。あたし一人で充分なのよッ」
 漸く本題に入ったと思いきや、妙な方へ話が向かう、遠野の悪い冗談に対して、更にセンスの
無い返答で報いた所へ、更に京一が会話に加わる。
「そうそう。どうせアン子にこき使われるだけだからな。どうせ今だって、くだらない事件に首
でも突っ込んでんだろ」
「くだらないとは失礼ねッ!! あんた、少しは新聞くらい読みなさいよねッ。ほら、これ!!」
 と、鞄から新聞を取り出して、京一の鼻先に突き出し、受け取った京一はおもむろに、見出し
の辺りを声に出して読み始める。
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「なになに――。『渋谷住民を脅かす謎の猟奇殺人事件。ついに9人目の犠牲者』……ってこれ
のことか?」
「ほかに何があるってのよ?」
 遠野に睨まれ、京一は再び紙面に目をやった。
「全身の裂傷と、眼球の損失、内臓破裂……ひでェなこりゃ」
 京一が顔をしかめ、箸を置いた美里が会話に加わる。
「そういえば……、その事件って、確か――、現場には必ず、鴉の羽が散乱してるんじゃなかっ
たかしら」
「まさに、猟奇的といった感じか……」
 そう言って腕を組む醍醐だが、向かい合うように座っていた桜井が隣にいる遠野を見た。
「まさか……、この殺人犯を捕まえるのを手伝えっていうんじゃないだろうね!?」
「うーーん。近いけどハズレ。だって、捕まえるのは公僕の仕事でしょ。新聞部(あたし)の仕
事は、事件の真相を究明する事よ」
「どっちだって、同じようなもんじゃねェかッ」
「だが、これは殺人事件として、警察が捜査をしているんだ。我々一般人が――それも、一介の
高校生が首を突っ込むべきことではないとおもうがな」 
 そう正論を述べる醍醐に遠野は反論する。
「相変わらず堅いわねェ、醍醐君は。安易に猟奇的、なんて言葉で片づけて欲しくないわ。みん
な、この前の事件を忘れたの? 旧校舎に巣くう化け物、刀を持った殺人鬼……、そんな不可思
議な(おいしい)事件を警察に任しておけるとおもう?」
「おいしい……って、お前な……」
「まァ、とにかく、あたしの話を聞きなさいよッ」
「……わかったから、とりあえず、知っている限りの事を話してくれ」
「まず、何年か前にも新聞に載ったけど、確か、品川で起こった事件。巣立ちに失敗して路上に
落ちた鴉の雛の近くを、知らずに通った主婦が、親ガラスに襲われて、その人は全治一週間の怪
我で病院に運ばれてる。その他にも、北海道の牧場では放牧中に出産された仔馬が、生きたまま
鴉の集団に喰い殺されたって例もあるわ」
「それで終わりか? ……他に、鴉の生態とかで分かっている事は無いのか」
「そうね……。鴉のくちばしや爪は猛禽類に、劣らない程の鋭さだから、肉や皮を切り裂くくら
い、わけないわ……」
「でも、確か鴉が人を襲うのは主に雛の養育期の頃――、それも、雛を護ろうとする時くらいの
筈でしょう?」
「さすがね、美里ちゃん。その通りよ。そう……普通はね。でも、今回の事件は、鴉の捕食行動
との共通点が多すぎるのよ。例えば、死体の眼球が損失している所とか……ね」
「…………。つまり、カラスが人を襲って――喰べてるってコト? そんなこと、あるわけない
よ。ねェ、風間クン」
(……常識で考えるなら、ありえないが、既に『人喰いコウモリ』とやらに遭遇しているんだ、
鴉がいてもそう変ではないか。それに昔の偉そうな奴が、偉そうに言った『絶対にありえない事
を消去して、後に残った物はどんなに馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽に思えてもそれは真実』って言葉
があるしなあ……)
 桜井が話を振って来たが、俺はテーブルに肘をつき、両手の指を組み合わせた上に顎を乗せる
様な姿勢で考え事をしていた為、対応が遅れた。
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「ちょっと、風間クンッ!」
「……何だ、桜井?」
「もおッ。ボクの声聞こえてなかったの? 真面目にきいてよッ」
「……。悪い、考え事をしていたのでな」
「ならいいけど……、でもさ、本当にそんなことあると思ってんのッ?」
「そりゃ、お前。ない、とは言い切れないだろ?」
「そんな……」
「鴉は人間をも上回る、雑食性の生き物なのよ。栄養となるものなら、牛の糞から車にひかれた
猫の死体まで、それこそ、何でも喰べるんだから」
「なる程。……で、つまる所、どういう結論に達したんだ?」
「あたしの推理が正しければ、犯人はおそらく――」
 そこで一旦、口を閉じ、皆を見回した後、極短い言葉を口にした。
「鴉よ」
「えッ……?」
「そのままじゃねェか……。いくら現場にカラスの羽が落ちてるからって、そりゃあねェだろ。
あまりにも短絡的だぜ」
 それを聞いて、美里は戸惑いの色を見せ、京一は呆れた様に遠野を見やった。
「馬鹿にしないでよッ。あたしだって、いろいろ考えて出した結論なんだからッ」
「だが、鴉のやり方を模した人間の仕業だとも考えられる」
「……そんな手間の掛かる殺し方をして、メリットなんぞあるのか? 仮に、捜査の目を誤魔化
す為のカモフラージュにするとしてもだ、意図が見え透いているぞ」
「そうね、あたしもそこで引っかかるのよ。これは明らかに捕食というよりも、殺すことを目的
としてる。逆に、これをやったのが鴉だとしたら、大変なことになるわ」
「大変なコト?」
「現在、都心に暮らす鴉はおよそ二万羽……。この鴉たちが、一斉に人間を襲うようになったら
……」
「そッ、それは……」
 頭の上に「?」マークをつけたような顔をしていた桜井が、遠野の言葉を聞いて顔色を変えた。
「いくら何でも考えすぎだよ……」
「それは、わからないわよ」
「つまり、それを確かめるのに、おれ達の力が必要って事か」
「そういう事。けど、女の子ひとりじゃあ、なにかと、物騒じゃない? だから、一緒に来てく
れないかなァなんて――ねッ。お願いッ。渋谷に行くの、つき合ってよ」
「お前な……、さっきの先生の忠告を聞いて無かったのか? 無責任な野次馬根性や好奇心を満
たすぐらいのつもりでいたら、火傷では済まんぞ。ましてや死人が出ているんだ」
「なによォ。風間君までそんな事言う訳?」
「けとよォ、ひとつだけ、気になるんだがな」
 と、京一が横から口を挟んで来た。
「例えば、この事件が本当にカラスの仕業だったとして、カラスは、自分たちの意志で人間を襲
っているのか……? もしかして――」
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「相変わらず、そういうとこは鋭いわねェ。京一」
「どういうことだ?」
「つまり――、どこかに、カラスを操っている奴がいるんじゃねェか、ってことさ」
「誰かがカラスを使って、人を襲っているっていうの?」
「その可能性もあるってこと」
 醍醐の声に京一が、そして桜井には遠野がそれぞれ答える。
「オレはどっちかというと、そのほうが気になるぜ」
「その人は……、私たちのような、<力>をもった人かもしれない……」
「そうね……。そう考えれば、みんなにも、無関係とはいえないわよね?」
「まったく、調子のいい事をいってくれるよ」 
 醍醐が心持ち、撫然とした顔で遠野を見、遠野は小さく笑う。
「だが――、渋谷はこの新宿と隣り合わせ。いつ他人事でなくなるか、わからんのも確かだな」
「なら、決まりねッ」
「そうだな――。渋谷に行ってみるしかないか」
 その声に歓声を上げた遠野だが、それも醍醐の次の台詞を耳にするまでだった。
「だが、遠野。お前を連れていくわけにはいかん」
「な、なんでよッ!? これはあたしが追ってる事件(ヤマ)なのよッ!!」
 猛然と食ってかかる遠野を醍醐は片手を上げて制する。
「まァ、そういうな。相手の正体が分からない以上、お前を連れていくのは危険すぎる。本当は、
美里に桜井。お前たちにも残って欲しいところなんだが――」
「……そうだな、俺も醍醐と同意見だ」
「そんな……」
「あのねェ。ここまできて急に仲間ハズレなんて納得いかないよ」
「私……、ずっと考えてるの……。私の<力>は一体何なのか……。一体、何のためにあるのか」
「美里……」
「みんなと一緒なら、きっとその答えが見つけられる――、そんな、気がするの……。足手まとい
にならないようにするから……、だから、お願い……。私も連れていって。風間くん……」
「……言い分も、気持ちも分からんでもないがな。やはり残った方がいい。少々どころで無く、不
愉快で嫌な予感がする。荒事に関しては、俺の勘は良く当たるんだ」
「そんな顔しないで、風間くん……。私、絶対足手まといになったりしないから……」
「いいじゃねェか、風間。美里だって、もう子供じゃねェんだ。それによ――、いまさら、ひとり
だけ置いていかれるなんて、美里だって納得できないだろうぜ。一緒に行こうぜ、美里。風間もい
いだろ?」
 目を伏せて、沈む様な表情になる美里を見兼ねたのか、京一が口を出して来た。俺は小さく息を
吐いた後、片手で髪を掻き回し、美里の方を見て頷く。
「仕方無いか……。美里、これを持っていろ。無いよりはマシだろうから」
 俺はポケットから例の『玉シリーズ』を数個取り出し、美里に手渡した。
「出来る限り、これを使う様な事にならんよう、配慮するが、どうしようも無い時は、これで身を
護るようにな。……それと、『足手纏い』になるからって理由で、反対した訳では無い。それだけ
は言って置く」
「風間くん……」
「これで、決まりだな。醍醐も文句ねェだろ?」
「あ、ああ……。仕方無いな。美里も桜井も、くれぐれも無理はするなよ。遠野もいいな? 何か
情報を得たら、必ず連絡する」
「ちェ……。わかったわよ。あたしは学校で待機してるわ」
「さてそうすっと、とりあえずどこに行けばいいんだ?」
 京一が遠野を見た。
「そうね、代々木公園へ行ってみてくれる? 代々木公園は元々、都心に暮らす鴉の半数以上が寝
床としてるの。最近になって、更に数が増えたって噂があるわ」
「なにか……手がかりがあるかもしれないね」
「そうだな……。さてと、それじゃあ行くとすっか。渋谷へ――」
 京一が木刀の入った袋を掴み、椅子から立ち上がった。
「あたしの代わりに、ちゃんと特ダネ掴んで来てよねッ!!」
「ありがとうございました――!」
 遠野と、店のオヤジの声を背中に受けて、俺達は渋谷へ向け、出発した。
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 ……新宿から電車で一本。大して時間も掛からず、俺達は目的地である渋谷に到着した。
 新宿に勝るとも、劣らずの人ごみにうんざりする俺の耳に、醍醐と京一の会話が流れ込んで来
る。
「――ここも相変わらず、騒がしい街だな」
「うむ。人も結構出ているな。街にはそんなに変わった様子はないようだ。とりあえず、このま
ま、代々木公園まで歩いてみるか」
「そうだな。おッ、信号が変わる。走ろうぜッ」
 言うなり、駆け出した。俺もそれに続こうとした時。
「きゃッ!!」
 軽い衝撃に続いて起こった悲鳴に、急停止すると同時に音の元を振り向いた。
「痛たた……」
 声の主は、栗色の髪をした小柄な少女だった。
 腰の辺りを押さえて、顔をしかめている。取り敢えず手を貸して、立ち上がるのを手伝う。
「ごめんなさい。ボーッとしてて。お怪我はないですか?」
「いや、謝るのはこちらの方だ、申し訳ない。それより、君の方こそ、怪我は無いか? 腰を、
強く打った様だが……」
「あの……わたしは大丈夫ですから」
「そうか……、本当に済まなかった」
「ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて……。ぼんやりしてたわたしがいけなかったんで
す。でも、よかった。あなたに怪我がなくて……」
 その時、信号が再び変わった為、俺は一礼して、立ち去ろうとしたが、呼び止められた為、再
度振り向く。
「あの……よかったら、お名前を教えて頂けますか?」
「……風間。風間翔二」
「風間翔二……さん……」
 そう言って俺を見つめたが、数秒後、何かに気付いたのか、不意に視線を外した。
「あッ、ごめんなさい。初めて会ったはずなのになんだか……、昔……どこかで…………」
「風間くん……どこなの?」
 と、人の向こうから、美里の声が聞こえて来た。どうやら、俺がはぐれた事に気付いて、戻っ
て来た様だ。そしてその声を耳にした栗色の髪の少女が口元に手をあてた。
「あ……。変なこといってごめんなさい。また……、会えるといいですね。それじゃ……」
 きびすを返すと、走り出す。そしてその後ろ姿が雑踏の向こうに消えるのとほぼ同時に、美里
が俺の前に立った。
「よかった……。いつの間にかいなくなっちゃうから……」
「済まん。渡り損ねてな」
「みんなも待ってるわ。行きましょう」
「ああ」
 頷き、美里の後について行く。2〜3分歩いた先の、ビルの間の人通りが少ない道ばたに三人
が立っていた。
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「もうッ。風間クンッ。どこ行ってたんだよッ」
 そう言って近づいてきた桜井が、何かに気付いたのか、鼻をひくひくさせた。
「……あれ? なんかイイ匂いがする。風間クン? 香水なんか使ってたっけ」
「本当だ……」
 京一も近づくと、鼻を動かす。腕を上げて顔の前に持って来た時、確かに花か、何かの匂いが
鼻腔をくすぐった。
「お前、オレたちとはぐれている間に何してやがったッ!! さては、どこぞに可愛いお姉ちゃ
んでもいたんだな!? どうしてオレも呼んでくれなかったんだよォ」
 ……本人は単に、思い付くままに言っているだけなんだろうが、内容は見事に事実を指摘して
いた。だからと言って、どうという事もないが……。
「あのね……、そういう問題じゃないだろ!?」
 言いつつ桜井は、傍らに立つ友人を見る。
「まったく――。葵もなんかいってやんなよッ」
「別に、私は……」
 それだけ言って、黙り込んだが、次の瞬間。
『きゃあああぁぁぁぁッ!!』
 甲高い女性の悲鳴が辺りに響き渡った。……そう遠くは無い。
「今のは……?」
「聞こえた……、聞こえたぜッ。オレの耳にはハッキリと……。お姉ちゃんが助けを求める声が
なあッ!!」
 醍醐が周囲を見回している間に、京一はまるで短距離走選手顔負けの速度で駆け出す。
「あッ、ちょっと京一ッ!!」
 桜井の声に少し遅れ、美里が一点を指差す。
「私にも聞こえたわ。あそこの路地の方よッ」
「よしッ。おれ達も行こうッ!!」
 醍醐の声に頷くと同時に地を蹴り、駆け出す。既に手甲『忍び甲輪』は装着済みだ。
『助けてッ。誰かッ!!』
 声がした路地に近づくにつれ、女性の悲鳴は大きくなっていく。そして悲鳴に混じって、はば
たき音とギャアギャアという耳障りな音が聞こえて来た。
「一体、どこに……」
 立ち止まった京一が呼吸を整えながら、辺りを見た時。
『助けてッ!!』
 声はすぐそばの路地の奥から聞こえた、すぐさま、飛び込んだものの、誰もが一瞬、目の前で
繰り広げられている光景に言葉を失った。
 スーツを着た若い女性を5〜6羽の鴉が取り囲み、爪やくちばし、翼で執拗なまでに攻めたて
ていたのだ。
 女性は、肩にかけたバッグを振り回し、必死に鴉共を振り払おうとしていたが、ことごとく空
を切り、鴉共は更に激しい攻撃を加える。
 そして、その光景を目の当たりにした醍醐がかすれた声を絞り出した。
「鴉が……。遠野がいってたことは本当なのか……」
「そんなこと、今はいってる場合じゃねェ!! よっしゃァッ!! 行くぜェッ!!」 
 言い終わるや否や、木刀を片手に京一は鴉共の群れへと切り込んで行った。
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