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 数日前――真神学園旧校舎。

 現在使用されていないこの建物は、老朽化が著しく、又良からぬ事に使われぬ様、現在生徒の
立ち入りは禁止されている。
 まあ禁止されたら、かえってそれを破りたがるのは人の性で、教師達の目を盗み無断侵入を計
る者は多く居た。

 そして今日もまた男女一組の生徒が足を踏み入れていた。
 好奇心を満たす為か、もしくは教師達が言う所の「良からぬ事」に勤しむ為か、どちらにせよ
彼らが内部に入り込んで数分後……。

 先に進んでいた女生徒の足が、不意に止まった。
 表情が強ばり、声に脅えの色が混じる。
 ようやく追い付いた男生徒が何事かと問うたが、答は返らず、代わりに、女生徒の震える指が、
前方の一点を示した。
 そして指し示す先を見た男生徒にも「恐怖」と「混乱」と言う名の病原菌が、光より速く伝播
する。

 その様な「もの」との遭遇など彼らの想像の遥か彼方にあった。
 彼らはようやく立ち入り禁止の理由を悟ったが、遅すぎた。
 そして、その代価は、彼ら自身の命だった。
 二人は悲鳴を上げた。

 そしてその悲鳴は誰の耳に届く事なく闇の中に消えた。永遠に……。
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「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第二話「覚醒」(前編)
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 転校早々に「心の篭った暖かい歓迎」を受けた翌日の放課後。
 特に用事も無い上、帰宅部員である俺は、そのまま帰ろうとした。引っ越しの際の後片付けが、
まだ完全に終わっていないのだ。今日中に済ませようと思いながら席を立った時、背後から呼び
止められた。
 声のした方を見る。声の主は京一だった。
「風間、一緒に帰ろーぜッ」
「パス」
「付き合いわりーな、お前だって一人で帰るより二人の方がイイだろ。旅は道連れっていうじゃ
ねーか。なッ」
 返事をするより早く、別の声が掛けられた。
「良かった、まだ居たんだ。ね、風間くん。あたしと一緒に帰らない?」
 その声に反応したのは、俺では無く京一だった。
「げっ、アン子!? お前なァいきなり出て来るなよな、心臓にわりィじゃねーか!!」
 遠野が心底意外そうな口調と態度で京一を見る。
「あれ? 京一いたの?」
「いたの? ――じゃねェッ!! はじめっからいるだろーがよッ!」
 京一も流石にカチンと来たか、声を張り上げる。しかし……。
「京一、あんたカルシウム足んないんじゃない? 大の男が、細かい事ウジウジいわないの」
「お前なァ……」
 すかさず反撃を繰り出し京一を沈黙させると、俺の方に向き直った。
「ねぇ、風間君。昨日の事だけど――」
(――昨日の事、ねぇ……)
 この御仁が興味を持つ様な事は一つしか無い筈だが。
「風間君、昨日――あの後、あいつらと……何かあったの?」
 心配している様な口ぶりだが、その実、眼鏡越しに見える瞳には好奇心と野次馬根性の混合物
が溢れんばかりだ。
 一瞥して、つっけんどんな口調で返事をする。
「他人に吹聴するような事じゃ無い」
「あっそう。まッ、風間君が言わなくても、あいつ等の姿見たら大体の想像はつくけどね」
「なら、そういう事だ」
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「でも、風間君って……、結構――いや、かなり凄いのね。あいつらだってそれなりにケンカ慣
れしてるはずでしょ。それを一人で倒しちゃうなんて」
「あの〜、俺もいたんですけど……」
「…………」
 京一が横から口を出したが、遠野はあっさりそれを無視して考え事に集中している。大方ロク
でも無い事だろうが。
「よしッ。決めたわ。『風間翔二、強さの秘密ッ!!』次の見出しは、コレよッ!」
 ……やっぱりロクでも無い事だった。
「――てなワケで、チョット、今から取材させてね」
「なにが、というワケでだッ。俺たちゃいそがしいんだ。大体、興味本意のヤジ馬に付き合って
るヒマなんぞねェよ」
 ――俺の内心を京一が代弁してくれた。が、遠野も負けてはいない。
「別に京一に付き合ってくれなんていってないわ」
「お生憎サマ。俺たち、これから、ラーメン食いに行くんでね」
「アンタねぇ……、ラーメンとあたしの取材、どっちが大事だと思ってんのよッ!?」
「ラーメン!」
 即答された遠野は、返答に窮した。
 この舌戦は若干、京一が優勢に立ったようだ。そして、その不毛な闘いは、根負けした遠野が
引き下がる事で、一応決着が着いた。
 ――パパラッチ予備軍に付きまとわれずに済んだと思ったら、次はラーメン屋か……。そーい
や朝のTVで、今日の蠍座の運勢は最悪で『家から出ない方が良いでしょう』なんて言ってたな
……畜生め、当たりやがんの。
「あーぁッ、どっかに面白そーな話題(ネタ)転がってないかしら……。生徒会副会長の汚職事
件はこの前取り上げたし。いっその事、学校に怪盗からの予告状とか、テロリストでも来てくん
ないかな……」
「あのなァ……。ここは中近東じゃねェんだから」
 物騒な事を口にする遠野をジト目で見やりつつ京一がツッこむと、遠野は何か閃いた様な表情
を浮かべて、更にとんでもない事を言い出した。
「そーだッ! 京一、アンタ辻斬りでもやってみない? その辺の不良狙ってさ、うまくすれば
第二の『切り裂きジャック』になれるかも」
「なってたまるかぁぁぁッ!! お前、人を犯罪者にするつもりかよッ」
「ちッ、意気地がないわねッ」
「おめーよォ……(青筋)」
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「……インタビューが出来ないんなら、これ以上ここにいても仕方無いわね……風間君、今度は
この京一(バカ)が居ない時にゆっくり話しましょッ」
 言うだけ言って遠野が教室を出て行こうとした所へ、止せばいいのに京一が声を掛けた。
「アン子、まっすぐ帰れよなッ。腹いせに下級生なんて襲うんじゃねェ――だあっ!!」
 高速で飛来した物体が京一の顔面を直撃し、打突音と悲鳴が同時に発生した。俺は素早く飛び
退き、撒き散らされた白い粉の危害半径から逃れる。『口は災いの元』諺の意味を改めて実感し
つつ、京一の方を見た。
「クソッ、アイツおもいっきり黒板消し投げつけやがって……。当たりドコロ悪くて死んだら、
どーするつもりなんだ」
 ぼやきながら髪や制服に付いたチョークの粉をはたき落としている、そこへ、野太い声が掛け
られた。
「まったく、お前は見てて飽きん男だよ」
 京一の動きにつられて、俺も声の発生源の方を見る。
「なんだ醍醐か。お前、いつからそこに……」
「そうだなァ……」
 腕組みをして、考え込むような仕草をする。
「『げっ、アン子!?〜』って当たりからか」
「お前なァ――、それじゃ、助け舟ぐらいだせってんだッ」
「はははッ、悪い悪い。見ていたら、結構面白かったんでな」
「チッ、どいつもこいつも……大体お前、部活じゃねェのかよ。それとも、とうとう格闘技オタ
クの部長が部員の首でも折って、レスリング部はお取り潰しってか?」
えらい剣幕で毒づいたが醍醐には通じなかった。
「はははっ、残念ながら、まだだ」
 豪快に笑い飛ばすと、毒気を削れた京一はあらぬ方を向いた。
「京一」
「あんだよ、醍醐」
「ちょっと、風間を借りていいか」
 京一はいぶかしげな表情を浮かべたが、一瞬もしない内に理解の色が取って変わる。
「なるほど、昨日の事かよ」
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「昨日の事?」
 醍醐がおうむ返しに聞き返す。
「あァ、昨日の事さ」
「一体、何の事だ?」
「とぼけんなよ。まったく……ウソのつけないヤツだな」
「…………」
「大体、お前がそういう笑い方をするのは、プロレス中継見てる時か、でなきゃあウソついてる
時と決まってるからな」
 ――確かにうっすらとだが、醍醐はいかにも愉しそうな笑いを浮かべている。
「さてはお前。昨日、最初っから見てやがったな……? 大方、俺と佐久間がやり合うのを見る
つもりだったんだろうが……」
 一旦、口を閉じ、視線をこちらに向けると話を続ける。
「こいつ――風間の技に興味を持った。そんなトコじゃねェのか、醍醐」
「…………」
 この場合、沈黙はすなわち肯定だった。
「……まったく、お前には驚かされるよ。それだけ頭がキレながら、学校の成績は最悪っていう
んだからな」
 その言葉を聞いた京一が不満げな声を出す。
「お前なァ。ホめるか、けなすかどっちかにしろッ。それに最悪ってなナンだ最悪ってなァ……。
せめて、おもわしくないとか、かんばしくないとか、言い方があるだろッ」
「はははっ。俺は、良い友達を持ったよ」
「ふんっ。やかましいッ」
 京一はふてくされてそっぽを向く。
「聞いてのとうりだ。風間、すまんが、ちょっと俺につきあってくれないか?」
「――断る。お前さんが興味を持つのは勝手だが、付き合わにゃならん謂れも義理も無いね。
 それにお前さんと戦りあう事に、俺自身は何の価値も必然性も見出せんな」
 冷然と言い放つと、醍醐は目に見えて鼻白んだ。
「その……心よくとはいかないだろうが、来てくれないか?」
「何と言おうが、答は否だ。それに、雑用が山積みでね。お前さんの相手をしてるヒマは無い」
「…………」
 やり取りを見ていた京一がじれったそうな声をだした。
「あーッ、ゴチャゴチャとうるせェなッ。いちいち、相手にお伺いをたてるような事じゃねェだ
ろッ! 大体……」
 視線を転じて、俺の方を見た。
「風間、お前もへ理屈こねてないで、黙って醍醐についてきゃイイんだよッ! ところで醍醐、
風間をドコに連れていくつもりなんだ?」
「あッ、あァ……レスリング部の部室だが……」
「よしッ、行くぜ、風間ッ」
 言い終わるまえに、俺の腕を掴むと、そのまま強引に引きずっていく。俺自身の抗議の声も、
どこ吹く風だ。校舎内で騒ぐ訳にもいかず……結局、強制連行されてしまった……。
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 レスリング部、部室――。

 ――各種トレーニング機器や、天井からぶら下がったサンドバッグ、そして運動部の部室とは
切っても切れない関係にある、汗と垢、その他諸々の分泌物が混ざる事で生まれる、お世辞にも
爽快とは言えない空気の中に俺達は居た。
「ここも相変わらずだな……」
 暇そうに部室内を見ていた京一が不審げな表情になる。
「ん? おい醍醐、他の部員はどうしたんだよ」
「うむ……。実は昨日の夜、佐久間と他校生が歌舞伎町でモメてな」
「昨日って事は、風間と……?」
「ああ、その帰りの事だ」
「ちッ、あのバカ野郎がッ」
 京一が苦々しげな口調で吐き捨てた。
「その件で、相手の学校とPTAから学校に苦情が来たらしくてな。処分はまだ出てないが、自
主謹慎の意味も込めて、しばらく休部さ」
「んなもん、しらばっくれちまえばイイじゃねェかよ」
「はははッ。そうもいくまい」
「まったく――お前はカタすぎるぜ」 
「そういうな、京一。それよりも、だ……お前、いつまでそこにいるつもりなんだ?」
 問われた京一がやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「かァーーッ。そこが、カテェってんだよッ。いいじゃねェか、別に」
「まったくお前って奴は……。仕方ない。行けといって行く男じゃないか」
「良くお解りで……」
「その代わり――手を、出すなよ」
「誰が好きこのんで、猛獣の闘いにチョッカイ出すかよ」
 醍醐はそれには答えず、無言で俺にリングに上がるよう促す。
 ――全く、昨日と言い、今日と言い……。
 昨日相手にしたチンピラほど、楽にあしらえないのは間違いないな。
 俺は小さく嘆息すると片手で頭髪をかき回した。
「それよりも、お前……、微笑ってんな?」
「あァ、強いヤツを眼にすると自然に顔が緩んでくる」
 (嫌々ながら)リングに上がった俺に、醍醐の視線が向けられた。
「風間――。悪いが、お前が何と言おうと、俺と、闘ってもらうぞっ!!」
 その声が響いた直後、京一が備えつけてあるゴングを音高く鳴らした。
 ……そして、6m四方のリング上で俺と醍醐は対峙した。
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 さて、今現在の状況を格闘技の対戦者表風に書くとこうなる。

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  ノンルールセメントマッチ 時間無制限一本勝負
      風間翔二 (護身術・流派不詳)
       187cm 82kg      
           VS      
      醍醐雄矢 (レスリング・各種格闘技)
       190cm 100kg
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 と、云った所か。
 俺の方が俊敏さでは上回っている筈だが、それだけでは到底有利な材料に成りえ無い。
 そして何より警戒すべきは、力と体格を有効に生かせる寝技や関節技に持ち込まれる事だった。
 下手な打撃を放ち、仕留め損ねたら、即アウトだ。まずは、慎重に出方を伺う。
 すると、醍醐が動いた。猛然と突進し、強烈な蹴りを放つ。とっさに腕を上げて止めたが、鈍
器で殴られた様な衝撃が来た。余人の蹴りでは無い、まるで馬の蹴りだ。だが怯んではいられな
い。暴風の様な連続攻撃が俺を襲う。
 攻撃を捌きながら、内心俺は舌打ちと感嘆を禁じえなかった。
(侮るつもりは無かったが、こいつ……思った以上にやる)
 昨日あしらった雑魚三匹より、こいつ一人の方が遥かに手強い。
 生まれ持った素質や自身の力量に驕る事無く、積み重ねた努力と研讃の結果が、強敵という形
で此処に在る。
 僅かに身を沈めて醍醐の左に空を切らせた時、隙が生じた。
(もらい!!)
 左掌に『気』を収束し、「掌打」を叩き込むが……。
 読まれていた。
 顔面を捕らえる筈の一撃がそらされ、逆に醍醐の右手が俺の手に掛かると、関節を極めに来た。
 慌てて振りほどいたが、ここぞとばかりに攻勢に出てきた。強引に腕を取りに来る。
(しつこい……!)
 鮹の足の様に絡んで来る手を払い除けると、立て続けに軽いジャブの様な蹴りを繰り出す。攻
撃より、牽制狙いで出した物だ。そうする事で醍醐の間合いから一旦離れるか、攻勢を止めるき
っかけになれば儲け物だが。
 しかし甘かった。ことごとくブロックされた上、お返しと言わんばかりの一発が来た。
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 脇腹にミドルキックがきれいに入った。
「痛うッ……」
 一瞬、呼吸が止まった。が、その勢いを利用して横に飛ぶと、そのまま床で一転し、はねおき
て距離を取る。
「風間、本気を出せッ、そうでなくては意味が無い!」
 醍醐が吠えた。
「結構、本気なんだがな……」
「嘘を付くな! 俺の見る限り、お前の動きは本気には程遠いッ!!」
「……仕方無い、そんなに見たいなら見せてやる」
 軽く息を吸い、吐き出すと同時に抑えていた『力』の一部を解放し、そうする事で生まれた力
を全身に送り込んだ。
 そして、間合いを一足跳びに詰めた。

 一瞬で懐に飛び込まれた醍醐が反応するより早く、俺は胃壁が裂ける程の力を込めた膝蹴りを
打ち込む。
 更に「掌打」で顎を突き上げ、のけぞった所に間髪入れず追い打ちで「鬼倒し」と呼ばれる高
速の回し蹴りを肩と首の境目に叩き込んだ。
 今の一撃で常人なら頚椎を捻挫する程の打撃を与えたが、予想以上に醍醐はタフだった。大き
くよろめいたが、まだ立っている。
「くッ……まだまだッ!!」
「そう言うと思った」
 本来、水月に打ち込むかかと蹴り「水月蹴」が、側頭部の急所である、耳の後ろを襲った。
「があッ……!!」
 さすがに効いたか片膝を付いた。脳震騰でも起こしたか、立ち上がろうとする動作が鈍い。
「何かと忙しいんだ、ここらで終わらせてもらう!」

 高めた『気』を右掌に収束させるのは「掌打」と同じ。
 違うのは『気』を直接叩き付けるのでは無く、無形不可視のエネルギー弾として撃ち出すと言
う一点に有る。

 ――口で言うのはたやすいが、普通なら修得するのに才能有る人でも数十年に渡る鍛錬を重ね
て、漸く辿り付ける域の高等技なのだが。
 他にも、師から伝授された技や秘伝の数々……独特の呼吸法や予備動作、精神統一等に拠って
引き出された『気』の力を効率良く使う為の様々な技術とその応用法、『気』を制御する事で可
能になる身体能力の著しい強化や、更には、引き出した『力』に振り回されない為の肉体、精神
両面の修練等々……内容は多岐に渡る。
 それらを正味一年足らずで八割方マスター出来たのは、何でも俺には先天的に武術に関する資
質や、『気』を自在に使いこなせる事が可能な類希な潜在能力(ポテンシャル)が有ったからだ
そうだ。

 但し、俺がなぜそんな「力」を持って生まれたかについては、殆ど教えて貰えなかったが……。
 しかし、修行は過酷を極めた、修行中に熱が入り過ぎて師が手加減を忘れ、危うく殺されかけ
た事も、一度や二度ではきかない……。
「破ァッ!!」
 気合いと共に右掌から放たれたエネルギーは、醍醐の胸元に徹甲弾のごとく炸裂し、その体を
吹き飛ばした。
「ぐうッ……」
 醍醐は低く呻くと、そのまま前のめりに倒れ込み、動かなくなる。
「望みどうり本気を出したが、気が済んだか? ってもう聞こえないか……」
 鍛えている様だから、大怪我や後遺症の心配も不要だろう。それに、決着が付いた以上、此処
に留まる理由も無い。
 後始末を京一に任せ(押し付け)ておいて、俺はその場から立ち去った。
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