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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第七話「蠢動」其の弐

       ■しながわ水族館■

 比良坂に案内され、品川区にやって来た俺は、区の観光
スポットである水族館を訪れていた。世界中の海や河川の
環境を模した、大小様々な水槽の中で無数の魚が乱舞し、
訪れる人々の目を楽しませている。
「わァ、かわいい。おいでッ、こっちにおいでッ」
 アマゾン川流域を再現したエリアの水槽前で、きらびや
かで優美な姿の熱帯魚の群れを見て、歓声を上げていた比
良坂がふと、少し後を歩く俺の顔を見た後、すまなそうな
顔をした。
「あ・・・。ごめんなさい。一人で、はしゃいじゃって」
「謝る事は無い。俺もそれなりに楽しんでいる」
 それを聞いて安心したように比良坂は笑う。実際、この
春に引っ越しして来てからという物、立て続けに引き起こ
される様々な厄介に振り回されていたから、こういう息抜
きの機会を持てるのは、俺としても歓迎すべき事だ。
 そして俺が別の水槽・・・そこには、体長2mを越える
巨大魚や、アロワナにナマズ類といった物が展示されてい
る・・・の方へと目を向けた時。
「ただ・・・、風間さんに、わたしの住んでる街を見せた
くて・・・」
 と、呟きにも似た声が、俺の耳に入って来た。首を動か
し、比良坂を見ようとしたが、彼女は既に奥に向かって、
歩き出した所だった。
「風間さん、次はあっちの方に行きませんか?」
「ん、ああ・・・、そうするか」
 それからまた、ぶらぶらと館内を見て回っていた時、比
良坂が立ち止まった。 
「?」
「あの・・・、そろそろ、出ましょうか」
 そう比良坂に促された。彼女につき合うと言った以上、
ここを出たいというなら、それに反対する理由も無い。
 頷く事でそれに同意し、水族館を後にした俺と比良坂は
そこから少し離れた所にある公園へと向かった。
 ・・・殺風景なビル街の中に存在するオアシスとでも言
うべきか、都心の小学校の敷地2,3個分程はある広い公
園内。園内の樹木はよく手入れされており、青々とした芝
生に座って語り合うカッブルに、子供連れの主婦。べンチ
で日光浴をする年寄りや、梅雨の晴れ間を目一杯楽しむ子
供に、木陰でスケッチブックを開く学生・・・。といった
人々で、公園内は賑わっていた。スポーツ用のグラウンド
も整備されているのか、向こうの方からは複数の歓声が風
に乗って聞こえて来る。
 そして俺達は、公園の中央辺りに位置する池の傍らにた
たずんでいた。
「風間さんッ。見て見て、魚がいますよ」
 池の端にしゃがんだ比良坂が、指先を池の水に浸しなが
ら言うが、俺がそれに答える前に、
「あッ、でも魚なら水族館で見てきましたよね」
 と、言って可笑しそうに笑いだす。それから、お互い無
言のままそこに立ち、池の真ん中に在る噴水を眺めていた
時、緩やかな風が吹き付けて来た。
「きもちいい・・・」
 目を閉じて、柔らかな栗色の髪を風になびかせていた比
良坂が、細くしなやかな指で額に落ちかかる髪を、ゆっく
りとした仕草でかき上げる。彼女のその姿を、俺はやや斜
め後ろから見ていた時。
「風間さん・・・」
 比良坂が不意に立ち上がりながら、呼びかけて来る。そ
してこちらに振り向くと、真っ直ぐに俺を見つめる。
「一つ・・・、聞いてもいいですか・・・・・・」
「ああ。それで何を?」
「・・・・・・。風間さんは、奇蹟って信じますか?」
 突然、何の脈絡も無く出た質問に、俺は少し戸惑った。
 ・・・俺は無神論者で、無宗教者だから、生まれてこの
方『神』だの『仏』だのを拝んだり、そういった事が起こ
る様に願いや祈りを上げた事は無い。そして世の中に満ち
溢れるゴタ厄介の数々を省みると、何の疑問も持たず、彼
女の問いかけに頷く事は出来なかった。しかしながら世の
中には、そうとしか説明が付かない様な出来事も又、多数
存在し得るのも、これまた事実である。
 そういった、内心の迷いや絡み合う思惟といった物を、
完全に整合させえないまま、俺は比良坂の声に答えた。 
「奇蹟、か・・・。何を指してそう言うのか、定義が難し
い言葉だが、俺は・・・存在すると思いたいな。もし、『
奇蹟』って物が本当に起こり得るとしたら、それは多分、
利害や欲望を越えた『何か』に対する、純粋で揺るぎ無い
意志がそれの引き金になるんじゃないか? 身近な例とし
ては、そうだな・・・、自分の心の中に棲む人に向けられ
る、真摯な想いとかな・・・」
「それは・・・、愛の奇蹟とでも、言えばいいんですか?

「そうだな・・・、まあ、そう解釈して貰っても、構わな
いがな」
 比良坂の声に、俺は片手で髪を掻き回しながら答える。
「風間さんって、夢があるんですね。・・・・・・わたし
はーーー、わたしは、奇蹟なんてないと思います・・・。
だって、奇蹟があるならーーー、大切な人を失う事なんて
ないじゃないですか・・・・・・」
「・・・・・・」
 比良坂の言葉は、現実という物の無情さと味気なさを、
この上無くストレートに示す物だった。先程、彼女に向け
た言葉は嘘では無い。だが・・・、比良坂のその言葉を打
ち消せるだけの説得力を持った言葉は、少なくとも俺の中
には存在しなかった。
(大切な人か・・・。親友か、肉親か、それとも・・・)
 彼女が何故、そう思うようになったのか、そして過去に
何があったのかまでは判らない。だが、それは何も知らな
い他人の勝手な憶測の対象となったり、ましてや軽々しく
踏み込める様な物では無い。軽く頭を振って、その考えを
意識の中から追い出した時。
「風間さん・・・」
 もう一度呼びかけられ、視線を彼女の顔に固定した時。
「あの・・・風間さんは、将来の夢とかあるんですか?」
「夢?」
「はい・・・。よかったら、教えてもらえますか?」
「そうだな・・・。何というか、まだ具体的な形は思い浮
かばないが、進路については、何か創造的な仕事に携わり
たいなとは思っている。そして、年を取ったら、どこか山
奥に引っ込んで、そこに小さなペンションでも建てて、そ
れを経営する傍ら、晴の日は養蜂や炭焼に魚釣りをする。
雨が降った時は、暖炉の前で音楽でも聞きながら、本を読
み、時間の流れその物を楽しむ・・・。ってのが、俺の夢
になるのかな・・・・・・」
「素敵な夢ですね・・・。わたしも・・・、夢があるんで
す・・・。何だと思います?」
「・・・・・・。ちょっと、想像がつかないな」
「わかりませんか?」
「ああ。何なのか、教えて貰えるかな?」
「わたしの夢・・・。えへへッ、笑わないでくださいね。
それはね・・・、看護婦さんになる事ーーー」
「看護婦か・・・」
 頭の中で、白い制帽と清潔な白衣を身に付けて、甲斐甲
斐しく病人の世話を焼いたり、子供をあやす姿を想像して
見る。・・・よく似合っている様に思える。同じ様に看護
婦を目指している、高見沢辺りと組んだら、結構良いコン
ビになるかも知れない。
「・・・。あの・・・変ですか? こんな夢・・・」
「いや・・・。いい夢だと思う。人の命を預かるだけに、
その為の資格試験や、現場での仕事も大変で、厳しい世界
だそうだが、それだけにやり甲斐は有ると思うぞ。・・・
その夢が、かなうと良いな」
「ありがとう・・・。風間さんに、そういってもらえて嬉
しいです」
 俺の返事に、そう言って微笑みを返す比良坂だが、その
笑いが消えると、また沈み込む様な表情になってしまう。
 ・・・何か悩みないし、迷いでも有るのだろうか? 
「ごめんなさい・・・。わたしって、ダメですね。こんな
事ばっかりいってるから、彼氏も出来ないのかな・・・」
 ・・・比良坂の言葉の後半は、返答を求めての物では無
いだろうから、俺は黙っていた。しかし比良坂は、何かに
つけ謝ってばかりいる。一度として、彼女が悪い事をした
訳でも無ければ、他人に迷惑を掛けてもいないのにだ。思
考の均衡が否定的(ネガディブ)な方に傾いているという
のは、精神衛生上、余り良くない。
「・・・何も比良坂が、謝る様な事じゃ無い。それと・・
・大してアテにはならんだろうが、話を聞くぐらいの事な
ら、俺にだって出来る。何かあったら、遠慮無く相談して
くれ」
「はい・・・。あの、今日は、つきあってくれてありがと
うございました。もう・・・、帰ります」
「そうか・・・。なら、また今度な」
 最初に誘われた時と同じ、突然の言葉に俺は反応しきれ
ず、無個性な返事をする。
「本当に、ありがとう。さようなら・・・」
 最後にもう一度微笑んで、走り出す比良坂を言葉も無く
見送っていた俺だが、彼女の表情や言葉の中に引っかかる
物を覚えた為、その後を追う事にした。
 勿論、確証が有る訳でも無ければ、単なる俺の深読みの
し過ぎや、思い違いに過ぎないかも知れない。だが『気の
せい』の一言で軽く流すには、妙に俺の神経を刺激してや
まず、無視する事は出来なかった。
 そして後を追ったはいいが、初めて訪れる街の上、生来
の方向感覚の無さ、そして人ごみに紛れ込まれた為、あっ
さり彼女の姿を見失ってしまった。
(まいったな・・・)
 思わず頭に手をやって髪を掻き回した時、靴先に何かが
触れた。
「? これは・・・」
 拾い上げた物に目を落とす。そこに写っていたのは、栗
色の髪の幼稚園に通うぐらいの女の子が、見た目高校生ぐ
らいの青年に無邪気にもたれかかっている姿だった。その
写真からは、二人の仲の良さが伺える。
(この髪の色に、顔立ちといい、こっちの幼児は・・・比
良坂のように見えるんだが・・・。するとこっちの男は、
順当に考えたら兄妹、又は従兄弟といった所か・・・。髪
の色は同じだから、何等かの血の繋がりが有る事は確かだ
な・・・)
 そこまで考えた所で、舌打ちと共に思考を遮断した。遠
野であるまいし、他人の家庭、私的事情に踏み込む様な事
はすべきでは無い。
 状況からして、これは多分、比良坂の物だろうから、今
度会ったら、勝手に見た事を詫びて、彼女に返そう。
 そう結論を出し、俺は生徒手帳の間にその写真を挟み込
むと、ポケットに収めて新宿への帰途に付いた。

      ■3−C教室ーーー放課後■

 比良坂とのデート? の翌日。この日も又、恙無く終わ
り、いつもの光景が繰り返される。
「おいッ、帰ろうぜ」
「あー、腹減ったァ」
 等と、口々に言いながら、男子生徒は教室を出ていき。
「じゃーね、風間くん」
「バイバーイ」
「・・・ああ。日高に、林原もな」
 帰り支度をする俺の横を、通り抜け様に挨拶をする女子
に返事を返す。更にそこへ。
「そういや、風間」
「関か、何だ?」
「さっき、校門の所で、女の子が待ってたぜ」
「女? そんな物知らんぞ」
「とぼけんなよ。けっこう、かわいい娘だったぜェ。どこ
で引っ掛けたんだよ」
「だから知らんと言ってるだろうが」 
 そう答えるが、じゃあなと言い残して、そいつも又、教
室からそそくさと出ていく。 
(今日は一体誰だ? やはり約束なぞした憶えは無いし、
昨日の今日で、また比良坂が来るとも思えんしな・・・。
しかし考えてみれば、初めて会った渋谷はおいとくとして
も、比良坂の行動には、変な所があるな。この狭い様でい
て広い東京で、ああも都合良く行く先々で出会う物かね?
京一言う所の、霊研に並ぶ『悪魔の巣窟』である『あの』
桜ケ丘で会った事といい、この前の公園といい・・・。こ
れを偶然の一言で片付けるには、ちと問題有りだよな。う
ちの担任の例もあるし・・・・・・)
 等と考え事に耽っていたら、教室に一人取り残されてし
まった。いつもなら、考え事をしていると、あの四人の内
の誰かが話し掛けて来るが、今日はその姿は無い。 
 ・・・まあ、全員が全員、部や生徒会の代表の立場にあ
るのだ。そうそう、帰宅部の人間(ヒマ人)の相手もして
られないだろう。
 鞄を手に教室を出ると、俺は図書室に借りていた本を返
却した後、帰宅すべく下足置き場へ向かった。

        ■真神学園正門前■

 校舎を後にすると、校庭を横切り、部活動に勤しむ生徒
達の声を背後に聞きながらゆっくりと歩く。校門の辺りに
は・・・人影は無かった。
(関の奴め、いい加減な事を言いやがって・・・)
 期待していた訳では無いが、肩透かしを喰った気分にな
り、舌打ちしながら校門の外に出た時。
「ねェ、にいちゃん」
 いきなり呼び掛けられ、俺は四方に視線を送り込んだ。
 そしてその先にいたのは、俺の嫌いな某プロ野球チーム
のロゴが入った帽子を被り、ランドセルを背負った、生意
気そうなガ・・・、もとい、躾のなってなさそうなお子様
が、校門の影に立っていた。
「にいちゃん、風間翔二?」
「別人だ」
 短く突き放す様に言う。見ず知らずの子供に呼び止めら
れた上、気安く呼ばれる憶えなど無い。 
「じゃ、これ、風間って人に渡しといて」
 ポケットから一通の封筒を出すと、俺の手に押し付けて
来る。そして俺が『どんな奴に頼まれた』と聞く前に、一
目散に走り去ってしまった。
 手に残された封筒に目をやる。
 差出人の名は・・・、<<Dr,Faust>>と、ある。
(ファウスト? 聞き憶えは有るな。確か・・・、何とか
言う本に出てきた、悪魔メフィスト・フェレスによって、
堕落させられた天才学者の名前だったか? 作者は誰だっ
たかな・・・・・・?)
 どうでもいい事を考えながら、手紙の封を切って便箋を
取り出し、開いた時、俺は唖然とした。
 ワープロで書かれた文章に、新聞や雑誌から切り抜いた
文字を貼り付けてあるが、所々それを逆向きに貼り付けた
り、小さい文字を複数纏めたり、字の色を変える・・・等
々、『創意工夫』を凝らした代物である。
(・・・やれやれ、この手紙を書いた奴は、かなり『独創
的な美的センス溢れる』趣味と痴性の持ち主の様だな・・
・)
 こんな真似を、恥ずかし気も無く行う輩に対しては、例
え年長者であっても、礼儀や敬意を払うどころか、人権に
尊厳も認める必要は無いと俺は思っている。 
 そして、そこに書かれた内容はというと・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 親愛なる風間翔二君へーーー

 君が転校してきてからの噂、聞いています。
 渋谷の街の鴉、高い鉄塔の上での闘いは、さぞかし、大
変だった事と思います。
 そして桜ケ丘病院に、君の同級生の女の子が入院した時
には、僕も心が痛みました。
 非力な人の力では、どうする事もできない事件でも、君
は立ち向かって行きましたね。
 僕は、君の<<力>>を羨ましく思います。
 是非、一度直接会って、話がしたいです。 
 たぶん、君は僕の申し出を断るでしょう。だから、ある
人に協力してもらいました。
 その人は、君もよく知っている人です。彼女は、今、僕
の手の中にあります。君はその人の為に、僕と会わなけれ
ばなりません。その人を護る為に。
 場所は、別紙の地図を見て下さい。今は、使われていな
い古い建物です。
 必ず、一人で来て下さい。誰かに話しても駄目です。君
に選択の余地はありません。
 では、一刻も早く会える事を祈ってーーー。

          君の友 Dr.ファウスト より。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ふん。随分と『お上品極まる』呼び出しな事で・・・。
しかし、よくもまあ、ここまで俺の気に入らない真似をし
てくれた物だ。選択の余地は無い? 上等じゃないか、D
r.ファウストとか名乗る、偏執狂(パラノイア)め・・
・。貴様のしでかした事に対する報いは、きっちり利子も
上乗せしてからくれてやるぞ)
 不愉快極まる文章を読み終えると、俺はその地図とやら
を取り出し、ポケットにねじ込んだ後、残った手紙を封筒
ごと『ふ炎』で灼き尽くした。
 路上に落ちた燃えカスを靴底で踏みにじった後、俺は一
旦、家にとって返した。居候二匹のケージを掃除し、たっ
ぷりと餌と水を補給すると、学生服から動き易い私服に着
替え、更に福袋の中身を幾つか取り出すと、銃や手甲と一
緒にナップザックへ詰め込む。
 戦闘準備を整え終えて、マンションを出ると、地図に指
定された場所・・・、品川区へ向かい、駅を目指した。

      ■品川区某所ーーー廃奥前■

 そして俺は、地図に指定された廃屋へとやって来た。適
当な間隔を置いて立った杭には、鉄条網が張り巡らされ、
『立ち入り禁止』と書かれた板が、釘で打ち付けてある。
 雑草は生え放題で、建物の汚さとボロさは旧校舎といい
勝負だ。まあ、ロクでも無い輩が、人知れず悪さを企むに
は、適した場所と言えるだろう。
 そして、先程と同じ白い封筒が近くの杭に貼り付けてあ
った。文体と内容が想像出来るだけに、正直見たくも無い
が、無視も出来ない。嫌々、手に取ると、封を切る。  

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 親愛なる風間翔二君へーーー

 この建物の右に5メートル歩いた所に、錆びた鉄のドア
があります。
 そのドアを開け、そこから入って下さい。
 中に入ったら、中から鍵を掛けて下さい。
 では、一刻も早く会える事を祈ってーーー。
          
          君の友 Dr.ファウスト より。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 読み終えた手紙を『処分』すると、敷地内へ足を踏み入
れる。ドアの前に立つと、俺は力を込めて押し開く。
 ギシッ・・・ギイィィィィッ・・・、
 錆びた蝶番がきしみ、嫌な音を立てながらドアが開き、
俺に向け入り口を解放する。当然ながら『忍び甲輪』は装
備済であり、左手には撃鉄を起こした銃が握られている。
 (非常に不愉快だが)指示通りにした後、慎重に奥内へ
と歩みを進める。 
 
          ■廃奥内■

 ・・・思っていたより、廃奥内は広く、複数の部屋があ
ったが、それを一部屋一部屋、調べる様な事はせずに済ん
だ。壁にチョークか何かで、矢印が書かれていたからだ。
 それを辿りながら廃屋内を歩き、行き着いた先は、学校
の教室二個分は有る部屋だった。もっとも、通路はまだ奥
に続いており、いくつかのドアも見える。
 先にそちらの方を調べようかと思ったが、指示された室
内を覗き込めば、窓ガラスの所にまた、封筒が貼り付けて
あるのが見えた為、そっちを優先する。
 また不愉快な事を、不愉快な書き方で並べ立てている筈
のそれを、問答無用で焼き尽くしてやりたい気持ちを抑え
ながら、手に取る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 親愛なる風間翔二君へーーー

 ここまで来た、君の正義感、勇気に、僕は敬意を表しま
す。素晴らしいです。
 君は、そうやって、今まで君の友達と一緒に困難を克服
し、切り抜けてきましたね。
 しかし、それは、あくまで人の助けを借りて、馴れ合い
の中で過ごして来たに過ぎません。
 人は、常に孤独です。そして、人は、常に一人では、無
力な存在なのです。
 君が、果たして、君個人という存在のみで、その存在理
由を証明出来うるのか。
 僕は、それを見てみたいのです。
 君の<<力>>を僕に見せて下さい。
 君のその見せ掛けの勇気を見せて下さい。
 では、健闘を祈っていますーーーーーー。

          君の友 Dr.ファウスト より。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺は読み終えた手紙を、まっ二つに破った後、床に投げ
捨てた。益々持って、気に入らない。  
(不愉快な文章で散々、人の神経を逆ナデした後、いよい
よ実力行使に移るか。何が狙いかは知らんが、俺は今、激
機嫌が悪いんだ、ここまでやった以上、誰だろうと絶対に
許さん)
 どこかで『ばたん』と、何かが倒れる音が響くと、複数
の足音が聞こえて来た。ゆっくりとだが、こちらを目指し
て『何か』が近づきつつある。
(ふん。団体様でお越しのようだな・・・・・・)
 右手に練った『気』を集め、『敵』を待ち構える。
 心の中で20まで数えた時、ノタノタとした動きで、部
屋の出入り口から入り込んで来たのは・・・。
 ボロボロの服の間からは土気色の皮膚が見え、頭髪は殆
ど抜け落ち、頭皮の所々が剥げて骨が見える。どす黒く濁
った目に、剥き出しの歯茎の間からは、声とも呻きともつ
かない不気味な音を上げながら、腕を前に突き出し、緩慢
な動きで俺を目指し近寄って来る。
 どう見ても生物としての命が存在し、そして、友好的か
つ人畜無害な存在では有りえない。まともな神経を持った
者なら、二目と見れない程醜悪な代物であり、これ以上生
理的嫌悪感をそそるモノは、滅多に存在しないだろう。
 『敵』と認識したそいつらに向かい、俺は床を蹴った。
 先頭に立って近づく奴に先制の『龍星脚』を喰らわせ、
壁まで吹き飛ばすと、間を置かず二体目に『鬼倒し』を浴
びせ、そいつの首から上が、サッカーボールの様に宙を飛
び、床に落ちた時には、3,4体目の相手をしている。 
 広げた右手に『力』を集め、勢いを付ける為に大きく上
体を捻り、前へ踏み出すと同時に、鋭く横薙ぎに振るう。
『龍爪閃ッ!!』
 声と共に振るわれた、『力』によって強化された右掌の
指は、凄まじい速度で振るう事によって生み出された衝撃
波をも纏って鋭利かつ、強靭な五本の刃と化し、それに薙
ぎ払われた連中の上半身は文字通り引き裂かれ、無数の細
片となって辺りに飛び散る。
 その場に残った下半身だけが立っていたが、ほぼ同時に
倒れ、その場に転がる。
 戦闘開始、30秒そこそこで『敵』の半数を屠ったが、
この程度の事は座興に過ぎない。
 掴み掛かろうと手を延ばして来る奴を、蹴りの一撃で床
に這わすと『発けい』で止めを刺し、そして銃を構える。
「・・・消えろ」
 残りの奴らも室内に銃声が響く毎に、戦闘力と立つ力を
失って行く。・・・そして部屋に静寂が戻った時、俺以外
に動く物は無くなっていた。
「・・・前座は片付けたぞ、隠れてないで出て来たらどう
だ」
 累々たる『妖物』共の残骸の中に立ちながら、出入口に
向け、そう言い放った時。
 パチパチパチーーー。
 場違いな拍手の音が響き渡ると、人影が現れた。
 いよいよこの悪趣味かつ、低レベルなショーの監督兼、
脚本、演出家がお出ましのようだ。
 俺の個人史上、希に見る茶番劇は第二幕を迎えつつある
様だ。今後、どの様な展開と結末が待っているのかは知ら
ないが、これ以上、この悪意に満ちたシナリオライターの
注文通り、動いたり、踊ってやるつもりは毛頭無い。
「お見事ーーー。これ程の<<力>>とはね・・・」    
 妙な動きをした瞬間、叩き潰すつもりで<<力>>を高める
俺に向かい、人影は賞賛の声を発しながら入って来たーー
ー。  

        第七話『蠢動』其の3へ・・・・・・

 戦人記・第七話其の参へ続く。

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