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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第八話「邪神街」其の参

         ■芝プール前■

 頭上から、嫌気がする程の熱と光を降り注いでいた太陽
も既に傾き、涼気が熱気に変わり大気に満ち出した頃、遊
ぶのを程々で切り上げ、俺達は一足先にプールを出ると、
ある種の満足感と気だるさを感じながら、プール入り口近
くにて女性陣が着替えを終え、出て来るのを待っていた。
「う〜んッ。今日はひさしぶりに、のんびり遊んだ気がす
るぜッ」
「あァ・・・。後味の悪い事件が続いていたからな。どう
だ、風間? お前も少しは気晴らしになったか?」
 大きく伸びをしながらの、京一の声に醍醐が応じると、
振り返って俺の方を見る。
「ん・・・、ああ。それなりにな・・・」
「そうか、それならよかった。今日は、本当に来てよかっ
たな」
 その返事を聞いて表情を緩めた醍醐が、安心した様に頷
いて見せる。・・・あの日以来、俺達の間で比良坂に関す
る話題が出た事は無かったし、俺や他の連中の態度や雰囲
気も目に見えて変わる所は無く、お互い、以前と同様に接
し、振る舞ってはいたが、その実内心では皆、個人差は有
るだろうが美里の様に、葛藤や悔恨、ストレスといった物
を抱え込み、悶々としていたのかも知れない。
 実際、醍醐の顔からも、どこかさっぱりしたような感じ
が見て取れる。そこへ京一が、出口から連れ立って出て来
た二人を見つけた。
「おッーーー、美里に桜井が出てきたぜ」
「ごめんなさい。遅くなって・・・。髪を乾かすのに、時
間がかかってしまって」
「なァに、いいってことよ。濡れたまんまで、風邪ひいち
ゃいけねェしな。小蒔なんざ、オレより短いからあーッ、
という間に乾くだろ」
 間を置かず、二人も俺達を確認し、近寄って来る。そし
て済まなそうに言う美里に、京一は手を振りながら答えた
後、揶揄するような一言を言ったが、すぐさま桜井に逆襲
される。
「いちいち勘に障るなァ。ボクは短いのが好きなのッ。キ
ミの好きな天野さんだって短いだろッ」
「なッーーー」
 思わぬ反撃に遭い、鼻白む京一と、鼻を鳴らす桜井を見
ながら美里が小さく笑うと、続けて桜井が口を開く。
「そんなことよりーーー、いっぱい遊んだら、お腹空いち
ゃったよ〜」
「そういえばそうだな・・・。よしッ、帰りに新宿で、何
か食っていくか」
「あァ、そうしようぜッ。プールで泳いだ後のラーメンは
また、格別だからなッ」
「また、ラーメンか・・・・・・」
 醍醐から京一の順に出た言葉に対し、思わず俺は渋い顔
をした。何だかんだと理由を付けて、ラーメン屋には週に
1度は引っ張って行かれる。あそこは複数の理由で効率が
悪いから、余り寄り付きたくはないのだが・・・・・・。
「いいじゃねェか。好きなんだからよッ。ほらッ、行くぜ
ッ」
 言うなり、京一がさっさと歩き出すと、何時の間にそう
決まったのか、他の三人もそれに続く。・・・別段、あの
店は不味いとは思わないが、しかし好きな物でも無い。
「やれやれ・・・・・・」
 口に出してぼやきつつ、片手で頭髪を掻き回した俺が一
歩、踏み出そうとした瞬間。
 (!?)
 旧校舎にて『妖物』共の接近を感知した時の様に、首筋
の辺りに何ともいえず嫌な感覚が走ると、同時に鼻腔に爽
快とは程遠い匂いが漂って来た。・・・例えて言うなら、
それはマナーの悪い釣人によって、真夏の港の岸壁上に放
置された、撒き餌や小魚が腐敗した時に発する物に近い・
・・・・・。
「なッ、なに、この匂い・・・・・・」
「生臭いーーーいや、それを通り越して、腐っているよう
な・・・。一体、どこから・・・・・・」
 その異変に、他の四人も俺とほぼ同時に気付いた。桜井
や醍醐がいぶかし気に周囲へ視線を巡らしていた時。
『キャアァァァーーーッッ!!』
「悲鳴ーーーーーー!!」
 ・・・今し方出て来たばかりの場所・・・、プールを発
生源として、突如響いた若い女性の甲高い悲鳴を聞き、美
里の表情が緊張と驚きの色に染まる。そして悲鳴はそれだ
けに留まらなかった。
『キャアァァァーーーッッ!!』
『イヤァァァァァッッ!!』
『化け物よォッ!!』
 尚もプール内より、恐怖と嫌悪に彩色された悲鳴に絶叫
とが連鎖的に放たれ、そしてプールの出口から着の身着の
まま、どっと、人が溢れ出すと、何事かと見ていた周囲の
人々をも巻き込んで、パニックが増大と拡散の一途を辿っ
た結果、プールの出口周辺は先程、京一が引き起こした騒
ぎを、拡大再生産した様な状態に陥った。それらを聞き、
醍醐達は色めきたつ。
「化け物だとォ!?」
「噂は本当だったのか?」
「そんなコトより、早く助けなきゃーーー。行こうッ、風
間クンッ!!」
 この人混みの中で銃は使えないし、出せない。桜井の声
に、上着の中から『燕青甲』を取り出し、手早く填めなが
ら答える。
「そうは言っても、今のお前は丸腰だろう。今日の所は、
美里と一緒にこの場に残っていろ。醍醐、お前は二人の直
衛に付け。・・・と、言う訳だ。行くぞ」
「よっしゃッ、ブチのめして正体を暴いてやろうぜッ」
 勇む桜井を制した俺は、醍醐に向かってバニクった群衆
から女性陣を護る様に言った後、更に声を続けると、袋の
口を開きいつでも得物を抜き出せる様、構えた京一が即座
に応じる。
 先程の様に人混みを突っ切って、今だ混乱するプール内
へと、躍り込もうとした俺と京一だが。
『だめだッーーー。行ってはいけないッ!!』
 低いが、それでいて鋭く強い制止の声に出鼻を挫かれ、
その場で急停止した後、声を掛けた人物の方を見る。
 俺達の視線が集中した先に立っていた人物は、初対面で
は無く、既に見知った顔・・・細身だが機能的なまでに引
き締まった体と、端正な顔立ちをした、物静かな印象を見
せる青年であった。
「やァ。こんな所で会うとは奇遇だね・・・・・・」
「お前は・・・」
 京一の声に、腕組みしながら『ふッ・・・』と、唇の片
方だけで笑ってみせた青年だが・・・・・・。
「誰だっけ?」
 と、本気かふざけてかは知らないが、ものの見事に外さ
れ、その場にコケた。・・・数秒後、微妙に肩とこめかみ
の辺りを慄わせ、乾いた笑みを洩らしつつ、立ち上がる。
「ふッ・・・、ふふふッ・・・・・・」
「お前、確か骨董屋のーーー?」
「骨董屋ァ?」
「あッ、あの裏通りにある、骨董屋の? えェと、なんて
名前の店だったかなァ?」
「如月骨董屋だ・・・」
 記憶の中から該当する物を捜し当てた醍醐が、青年を見
て呟くと、胡散臭げな京一の声に続いて頷く桜井だが、肝
心の部分が思い出せず首を捻っている所へ、どこか不機嫌
そうな声で青年が答えを口にする。
「そうそうッ、如月骨董屋ッ。・・・でも、なんでこんな
トコにいるの? 今日、バイト休み?」
「あの店は、僕の店だ」
「へー、そうなんだ。・・・って、えーッ!!」
 青年の返事に、何気なく頷きかけた桜井だが、次の瞬間
には驚きの声を張り上げ、これには俺も正直驚いた。確か
に、普通骨董品店の主といえば、髭を生やし、偏屈そうな
印象を与える、壮年か老境の域に入った人がやっていると
いう固定観念が、一般人の中には少なからず浸透している
からだ。・・・まあ今にして思えば、商品に関する彼の知
識や蘊蓄は、只のバイト学生と言うには、並外れて豊富な
物だったが・・・。醍醐も又、意表を突かれたらしく、青
年の顔をまじまじと見る。
「お前の店って・・・」
「あそこは、僕が祖父から受け継いだ店なんだ。だから、
僕の気の向いた時にしか、営業かないのさ。・・・と、自
己紹介がまだだったな。僕の名は如月翡翠。北区、王蘭高
校の三年だ」
「・・・新宿の真神学園三年、風間翔二だ」
 既に何度も顔を合わしているとはいえ、相手が先に名乗
ったなら、こちらも答えねばならない。挨拶が終わった所
で、京一がせっついた。
「・・・って、翔ッ。今はそれどころじゃねェだろ。早く
助けねェと・・・。行くぜ!」
「待つんだッ。水の中では、人間は到底『奴ら』に及ばな
い・・・。今、プールに入れば、君たちも二の舞だぞッ」
「でもッーーー」
 駆け出そうとした京一を制止し、そして反論しようとす
る桜井に、静かに首を振ってみせる。
「どのみち、いまから行った所で、もう間に合わない・・
・。また、何人かさらわれた・・・・・・」
「え?」
「また・・・って、いったい・・・?」
 その言葉に、女性陣は一様に怪訝もしくは、不可解そう
な表情になる。そして『間に合わない』との言葉は、恐ら
く正しい。現にプールから漂い、聞こえて来た異臭や悲鳴
は既に消えかけており、あの首筋や神経に障る、『ザラっ
とした感じ』も今では殆ど感じない。
 ・・・尤も、今はプール内の事よりも、突如、降って湧
いた騒ぎを含めて、未だ俺達の知りえない『何か』を知っ
ている筈の、如月と名乗った骨董品店の主である、この青
年の言葉や態度に注意を払うべきだろう。
「どうやら、増上寺も奴らの手に落ちたか。・・・しかし
縁とは、不思議なものだ。この東京には、異形の『氣』を
もった者たちが集う。・・・『奴ら』の目的は、増上寺の
地下に眠る<<門>>を開ける事だ。君達もーーー」
 それは只の独白と言うより、婉曲的だがこちらに情報と
注意を与えている感じだったが、不意に何かに気付いた様
に口を閉ざすと、ちょっと見では分からない程だが眉根を
寄せ、目や口元が険しい物になる。そして首を1〜2度振
って再び話し出したが、先程までとは違う雰囲気が、その
口調や表現といった物に含まれていた。
「いや・・・。君達は、一刻も早くここを離れて、今起こ
った事は、全て忘れてしまう事だ。いずれーーー、全て解
決する」
「なんだとッ!? いきなり出てきて、勝手なこといいや
がってッ。だいいち、てめェが出て来なけりゃ、助けられ
たかもしれねェだろッ」
「僕は、そうは思わない。助けに行った所で、犠牲者が増
えるだけだ」
「てッ、てめェッ!!」
「まあ、待て、京一ッ」
 その言葉に、猛然と噛みついてみせる京一だが、それに
対し如月は、あくまで冷静な口調と物腰で明快に否定して
のける。結果、激した京一は得物を手に、詰め寄ろうとし
たが、それより早く止めに入った醍醐はいきり立つ相棒を
押さえながら、逆に如月に向かい聞き返した。
「あんたは、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?
目の前で、これだけの事が起こったというのに・・・」
「そうそうッ。それに、さっきあの化け物のコト、『奴ら
』ーーーッていってたよね? 如月クンだっけ・・・。キ
ミは一体、何物なの?」
「・・・話してもいいが、きっと君達は信じないだろう。
僕は、ただ義務を果たそうとしているだけだ。それに、こ
の一件に他人を巻き込むのは本意じゃない」
「義務って・・・?」
「義務だか何だか知らねェが、ひとりで解決できる問題な
のかよッ。そんなもん背負いこんで、おっ死んじまってみ
ろ、それこそ、くだらねェ」
 醍醐達からの問いに対しての如月の答えを聞いて、疑問
の色をたたえる美里と、多少は頭が冷えた様だがまだ不快
感は残っているのか、そっぽを向いたまま、京一が半ば吐
き捨てる様な口調で言った後、表情を変えぬまま如月が俺
の方を見やった。
「・・・・・・。君も、そう思うかい?」
「下らないとは言わん。だが・・・、使命だの義務だのと
云った物が、自分と周囲の人も含めた命より価値があるだ
なんて俺はつゆ思わんし、それが誰であっても、そういっ
た事を達成する為に、全てを投げうつなんて事を、賞賛す
る気にはなれん」
「そうか・・・。そうかも知れない・・・。これは僕自身
が出した答えだからね。この東京を護るのが、僕達一族の
ーーー」
 それに続く言葉は、俄に聞こえてきた甲高いサイレンの
音に掻き消された。同時に白黒のツートンカラーに塗られ
た車が数台、こちらに向け走って来るのが視界に入る。
「あッ、パトカーが来るよッ」
「誰かが通報したんだな・・・」
 桜井と醍醐が声を上げると、如月もちらりと、そちらを
見やった。
「悪いが、僕はこれで失礼するよ。ここであった事は忘れ
るんだ。それが、これ以上犠牲者を出さない為の最善の方
法だ」
「えッ!? まッ、待って、如月クンーーー」
 そして再度、こちらに視線を向けてそう告げた直後、身
を翻し、素早く駆け去る。驚いた桜井が呼び掛けるも、そ
の声はまるで届いていなかった。
「行っちゃった・・・。一体、何物だったんだろ・・・」
「まッ、考えるのは後にして、ここは奴のいう通り、消え
た方がよさそうだぜ」
 そう言って立ち尽くす桜井の横で、いみじくも京一が正
論を述べると、それに醍醐も同調して頷く。
「そうだな。よしッ、走るぞッ!!」
 三十六計何とやら、俺達はまだ入り口付近の混乱が終息
していないのに乗じて、迅速かつ脱兎の如き勢いで警察が
現着する前にその場からの遁走を計り、それに成功した。

          ■芝公園■

 プールから走りに走り、どうにか逃げおおせた俺達は、
公園内の水飲み場近くのベンチにて一息ついていた。
「あー、疲れた・・・」
「まったく、プールで泳いだ後に全力疾走なんてするもん
じゃねェ」
 桜井が激しく肩を上下させながら、ベンチに腰掛けて息
を整え、京一も似たりよったりの様子で呟く。
「まァ、ここまで来れば警察の目も届かないだろ。それに
しても、この港区で一体なにが起こっているんだ? プー
ルから人が消え、そして、化け物の噂・・・・・・」
「それから、あの如月とかいうヤツも・・・な」
 いち早く呼吸を整えた醍醐の疑問混じりの声に、京一が
言葉を付け足すと、こちらも息を整え終えた美里が口を開
いた。
「如月くんは、この事件の真相を知ってそうな口ぶりだっ
たわ。あの人も、不思議な<<力>>を持ってるのかしら・・
・」
「可能性は大ーーーだな。それに、もう少し、いろいろ調
べてみる必要がありそうだ」
「・・・こうなってくると、やっぱ頼みの綱は、情報屋(
アン子)か・・・」
「そうだね。明日、学校で相談してみようよッ」 
(・・・しかし『あの御仁』に、こういう妙なゴタに関す
る情報を与えたり、関わらせるのは、俺としては正直、気
が進まん・・・。能力と才幹は認めるが、それを帳消しに
して釣りが出る欠点が一つならず存在するしな・・・。例
えるなら、火薬庫の横で火遊びをしても、それを危険とも
思ってないのだからな・・・。とは言え、他に人がいない
のも事実だし、この場合は当てにせざるをえんか・・・)
 相談する四人の声を聞きながら、俺は一人そんな埒も無
い事を考えていたが、それも醍醐の声を聞くまでだった。
「それじゃ、新宿に帰るとするか。全ては・・・、それか
らだーーー」  
(・・・かくて、休暇は終わりぬ。そして次に来るは、闘
争と策謀・・・ってか。中々どうして、楽しい未来図じゃ
ないか・・・)
 至近にて俺を待つ未来と、そこで起こると思われる事に
ついて皮肉混じりに考えながら、七月上旬の緩慢に迫り来
る夕闇の中、俺は一行の最後尾に付いて新宿への帰途に付
いたのだった。

      ■数日後ーーー3−C教室■

「ねェ、ねェ、聞いて、聞いてッ!!」
 まだ生徒の影もまばらな朝の教室。その静寂を破ったの
は、ドアを乱暴に開閉する騒音に続いての、けたたましい
叫び声であった。俺は読んでいた推理小説・・・『ぶち犬
ポワロ』シリーズの新刊・・・から目を上げ、声の主を見
やる。
「アッ、アン子・・・。どしたの? いったい」
「どーしたも、とーしたも、手掛かりを掴んだのよッ」
「手掛かり・・・って」
 鞄を机に置いて、教科書類を出そうとした桜井が、驚い
た顔で遠野を見返すと、遠野は呆れと苛立たしさが混在す
る顔になる。
「まったく、忘れたの!? 港区の事件のーーー」
「何かわかったのか? 遠野」
「醍醐クンーーー」
 会話に割って入って来た人物の表情を見て、遠野はにや
りと笑って見せる。 
「へへへッ・・・。気になるゥ?」
「その顔だと、成果ありってかんじだな」
「ま・あ・ね。あたしの辞書に、後退って文字はないわッ

「・・・失敗とか、勢い余って転倒って文字はあるがな」
 二百年程前の欧州で、英雄としての生涯を全う出来なか
った人物の言葉を口にした遠野だが、俺が嫌味混じりの突
っ込みを入れると同時に、無言で睨んで来る。
「はははッ。お前にかかっては、難事件も形なしだな」
「へへへッ。ーーーと、いう訳で、ハイッ!!」
「なに、その手?」
 笑う醍醐に応じて自分も笑うと、不意に右手を突き出す
遠野。そして桜井は怪訝な顔で、突き出された手と、遠野
の顔を交互に眺める。
「決まってんでしょォ〜。いくらトモダチでも、ロハじゃ
教えられないわ。全ては、今日発売のこの真神新聞に載っ
てるわッ。どお? 真神新聞第伍号。1部たったの五百円
ッ!!」
「ごひゃくえんーッ!!」
「おッ、お前・・・、おれ達から金取るつもりか?」
「当たり前でしょッ」
 素っ頓狂な声で叫ぶ桜井と鼻白む醍醐。そして遠野は、
さも当然の様な口調で胸をそらす。
「そッ、そんなッ、ヒドイよ、アン子。ボクたち、友達じ
ゃないかッ」
「確かに、お前はいろいろ骨を折ってくれたさ。だがな、
遠野ーーー、事は、おれ達だけの問題ではないんだ。見ず
知らずの人間まで巻き込まれているんだ。おれ達は、それ
を見ていながら放っておく事は出来ない・・・。それが、
おれ達に出来る事だと、おれは思っている。・・・わかっ
てくれるな、遠野」
「・・・・・・。わかったわよ・・・。あたしが悪かった
わ」
「アン子ォ・・・」
「そうよね・・・。あたしたち、友達だもんね・・・」
「あァ・・・」
「じゃ、おおまけにまけて、百五十円でいいわ」
 醍醐の言葉にしおらしい顔と声でいたのも束の間、あっ
さりとその態度を切り捨てての言葉に、醍醐達は再び、表
情を急変させて叫んだり、息を飲む。
「なッーーー!?」
「ひゃく、ごじゅうえんーッ!!」
(・・・値段的に、ラーメン一杯から、学食のパン二個ま
で下がったか・・・。諦めの悪い奴・・・と言うか、何で
も自身の利益と商売に結び付けようとする根性は見上げた
ものだが、ありていに言って、遠野は駆け引きは上手とは
言えないな。学生相手に始めに五百円とは、強気に出過ぎ
だし、そこから一気に百五十円まで下げるのもな・・・)
「友達割引よッ。これ以上はまからないからねッ」
「・・・・・・」
「醍醐クンの説得も効果無しか・・・」
「なによォ。新聞部(うち)だって、キビシーんだからね
ッ。さッ、スクープが知りたいなら、買ってよねッ!!」
 顔を見合わし、嘆息する醍醐達に自己弁護と抗議の一言
を投げつけると、遠野は俺に向き直り、猫撫で声を出す。
「ねェー、風間君ッ。もちろん、買ってくれるわよねェ?

「・・・不要ない。そこまでして欲しい情報でなし。あち
こち走り回ってお疲れさま」
 誠意の無い声ですげなく答え、再び文庫本に目を落とし
た。月の仕送りの四分の一は、確実に貯金に回している上
に、俺にはこれといって趣味や遊び癖も無いから、生計に
は余裕がある。百五十円ぐらい支出の内に入らないが、目
の前に餌がぶら下がっているからって、ほいほいと飛び付
く様な事はすべきでは無い。これも駆け引きの一つだ。
「・・・・・・。わかったわよッ。それじゃあ、特別に・
・・、100円!! これでどうッ!?」
「・・・。ま、いいか。ほら」
 もう一回、突っぱねてみようかとも思ったが、ヘソを曲
げて逃げられては元も子もないので、そこで妥協した。財
布の小銭入れから硬貨を出し、指で弾くと遠野はそれを上
手く宙でキャッチする。
「へへへッ。毎度ありッ!! 風間君なら、絶対買ってく
れると思ってたのよ〜」
 そう言った後、遠野が左手に持っていたガリ版刷りの束
から一枚を抜き取り、渡して来たので、それまで見ていた
文庫本を置き、新聞に目を通す。
「さァて、桜井ちゃん、醍醐君。もちろん、二人も買って
くれるわよねェ?」
「いッ、いやァ。ボクはその・・・、風間クンに見せても
らおうかなー、なんてねッ」
「そッ、そうだな。おれも風間に見せてもらおうかと・・
・・・・」
「なんですってえェ〜ッ!!」
 二人の返事に、遠野はまなじりを吊り上げる。丁度、そ
こへ。
「うふふッ・・・。どうしたの、みんな」
 いつもの柔らかな微笑を浮かべ、それまで生徒会の用事
で、この場にいなかった『お隣さん』が姿を現す。
「あッ、葵だ。オッハョーッ!!」
「よォ、美里。実は今、遠野の新聞を、買うか買わないか
で、もめてるんだがーーー」
「あら、アン子ちゃんの新聞なら私、さっき買ったわよ」
「なにィーーーッ!!」
「アン子ォ。葵に売りつけときながら、風間クンにも買わ
せたのッ!?」
 美里の声に、醍醐達はまたしても表情を急変させ、驚き
と呆れをブレンドした声を張り上げる。そして俺が横目で
遠野を見れば、カケラも悪びれた様子も無く、悪戯がバレ
た子供のような顔で笑っている。
(会って半年に満たんとはいえ、こいつの性格や思考は、
既に熟知していたつもりだったが、何というかその予想を
遥かに越えて、『いい根性』をしているな・・・・・・)
「まったく、もォッ。油断もスキもないなァ」
「まァまァ、恵まれない新聞部に愛の手を差しのべるとお
もってさ」
「まったく・・・」
 呆れきった顔で息をつく桜井。そして小さく口を動かし
ての『チェッ・・・、もうちょっとだったのに』との、遠
野の呟きは、俺にはしっかり聞こえていたりする。
「・・・今、何か言ったか?」
「いいえッ、なーんにもッ。・・・あーあ・・・。ほんッ
とに、あんたたちが相手だと、商売にならないわ」
「友達を相手に商売する方がどうかしてんだよッ!!」
 俺の声に答えた後、わざとらしく溜め息をついてみせた
遠野に対し、この場に現れた六人目の人物が突っ込みを入
れる。
「あっ、京一」
「いいタイミングでくるわねェ、アンタ」
「ヘヘヘッ、まァな。いいから、オレにも見せてくれよ」
「はいはい。もう、好きにしてよッ」
「えーとーーー、『港区で多発する誘拐失踪事件。水辺の
怪異』・・・?」
「『水中に潜む者の影ーーー』?」
 京一の声にとうとう諦めたか、遠野は持っていた新聞を
三人に渡して行く。そして三人は待ちかねた様にそれを受
け取ると、まず見出しの部分を口々に読み上げ、更に紙面
に目を通していたが・・・。
「あれ? 何これ・・・。『青山霊園に怪物』ッて・・・

「アン子、こりゃあーーー」
「ふふッ。まァまァ・・・。今、順を追って説明するわ。
みんなに聞いた港区の事件を追ってみるとーーー、いくつ
か、気になる話が出てきたの。どう? 興味あるでしょ」
「・・・俺はそういう、わざとらしい勿体を付けるのは嫌
いなんだ。早く話せ」
 棘と皮肉が返事の中に無意識の内に含まれ、それに気付
いた遠野が眼鏡の奥で表情を変え、きっと睨み付けてから
何かを言おうとしたが、その前に桜井が宥めに入った為、
鉾を収めて再び話し出す。
「まァ、いいわ。まずーーー、事件は、大きく二つに分か
れるわ。一つめは御存じのとおり、プールでの失踪事件。
まッ、最初から詳しく話すとねーーー、二週間ぐらい前か
ら、港区内のプールで、行方不明になる人が出始めたんだ
けどーーー、必ずといっていい程、失踪してから数日後、
フラフラとさまよっているのを発見されてるのよ」
「発見されたーーーって、一体、どこで?」
「それは、後で話すわ。で、保護された人なんだけどね・
・・。失踪してから後の記憶が全くないらしいの」
「ふむ・・・。つまりーーー」
「行方がわからなくなってる間のコトを覚えてねェって訳
か」
「そういう事になるわね」
「・・・その被害者達から、何か手掛かりや証言といった
ものを聞いたり、得られないのか?」
「残念ながら、本当に何も覚えてないらしいの。まるで、
誰かに洗脳されたみたいに・・・ね」
 まず、醍醐と京一の声に遠野は頷いてみせると、続いて
の俺の質問に対しても頭を振った。
「それが、一つめ。二つめがーーー、そこに書いてあるよ
うに、青山霊園で目撃されてる化け物の噂ーーー」
「それって、今回の事件とどんな関係がーーー」
 身を乗り出して聞く桜井に、遠野は笑って見せる。
「さっきの話に戻るけど、失踪した人が、どこで保護され
たかと言うとね・・・。実は、その全てが、青山霊園の周
辺に集中しているの」
「青山霊園に・・・?」
「ええ。化け物の目撃情報が、失踪者が出始めた頃と一致
するのも、この二つの事件の関連性を裏付けているわ」
「プールで目撃された怪物と、青山霊園で目撃された怪物
は、同じかもしれないって事か・・・・・・」
 顎に指を当てて、真剣な顔で唸る醍醐に遠野は頷いてみ
せる。
「まァ、状況からいって間違いないわね。青山霊園で目撃
した人の話ではねーーー、体型は人に近いけど、魚と蛙を
融合したような、不気味な怪物だったそうよ。頭部は魚そ
のものーーー、大きく飛び出した眼球に、くすんだ灰緑色
の光る皮膚と長い手には水かき。それが、静まり返った夜
の墓地をピョンピョン跳ねているんだって」
 ・・・遠野が述べた怪物の特徴は、あの日プールで、裏
密が言った言葉と一致していた。その話を聞きながら、俺
は全員の表情を素早く観察したが、それなりの胆力を持ち
合わせた醍醐や京一でさえ、生理的嫌悪感から発する、薄
気味悪げな表情を隠しきれて無かった。
「一体、この事件が何を意味するのかは判らないけど、あ
の鬼道衆って奴らが関わってる可能性もあるわ」
「・・・・・・。現状では、何ともいえんな。だが、鬼道
衆(やつら)が裏で事件を操ってるとすると厄介だな」
「まッ、どのみちヤツらとはケリをつけなきゃならねェけ
どな。なァ、翔」
「・・・当然だ。俺は奴等に対し、何かを容赦する気など
微塵も無い。奴等とそれに関わる存在は、この地上から全
て抹殺してやる」
 眉間にしわを寄せ、一段と深刻な顔をする醍醐と正反対
に、京一は普段と変わらぬ不敵な口調と表情でさらりと言
ってのける。そして手にした新聞を再読不能な迄に握り潰
しつつ、俺が抑揚の無い声の中に意識せず含ませた、黒い
意志に気付いたのか、話を振って来た京一が醍醐に目配せ
するのが見えたが、その一方で美里と桜井が話している。
「うーん・・・。ボクたちは目の前で、事件を見ちゃった
からね」
「・・・ええ。如月くんの忠告を、無視する事になるけれ
ど、それでも、放っておく事はできないわ」
「そうそう、その如月君の事だけどーーー、なんだか、ど
ーも怪しいのよね・・・・・・」
「怪しいッて・・・、どういうことなの?」
「少し調べてみたんだけど、どうも気にかかるのよね。う
まくいえないんだけど、こう・・・、隠されたなにかを感
じるのよね・・・。あたしはもう少し、如月君を追う事に
するわ」
「それじゃ、オレ達はもう一度港区に行ってみようぜ。な
んか掴めるかもしれねェしな」
「そうだね」
 桜井の疑問の声に、遠野が首を傾げながら答えた後、京
一が至極妥当な行動指針を述べ、それに桜井が同意した所
へ、他のクラスメート達がどやどやと教室に入って来た。
「あたしも、そろそろ教室に戻るわ。・・・それじゃ、ま
た後でねッ!!」
 ・・・第三者の目や耳がある所で、話せる様な話題では
無い。それを見て取った遠野が挨拶しつつ、足早に教室を
出て行くと、俺達もそれぞれの席へと戻った。
 暫くしてチャイムが鳴り響き、HRと一時限目の授業に
備え、筆記具に教科書類を机から出す。
(・・・放課後から『調査』に動くとしてだ。一応、ドン
パチに備えて何人かに助っ人を頼んでおこう。後は・・・
念の為、家から『弾薬』と装備類を持って来るか。『敵』
の数や正体も不明だからな、準備を整えておくのに越した
事は無い)
 教壇に立った担任が出欠を取るのを聞きつつ、俺は大雑
把だが、今後の行動についての段取りを考えていたのだっ
た。

      ■放課後ーーー真神学園正門前■

「それにしても・・・、この東京に、化け物ねェ」
「何を今更・・・。現に『あそこ』も・・・だろうが。そ
れに・・・、『現実は往々にして、三流のフィクションよ
り安っぽい』と言うだろ? 早い話が、世の中って奴はど
んな事だって起こり得ると共に、目に見えない所で、無数
にそういった可能性が存在しているって事だ」
 両手を頭の後ろで組んで、歩きながら慨嘆を洩らす京一
と肩を並べた俺は、旧校舎に向かって後ろ指を差しながら
その声に応じた。
 ・・・実際、これが活字の世界なら、単に陳腐な笑い話
で済むだろうが、生憎とこれは現実に起こっている事であ
り、それだけに尚更タチが悪い。たまに読んでいる、ハー
ドボイルドや伝奇ミステリー小説では、東京を差してよく
『魔都』なんぞと呼称するが、はからずもそれが一面の事
実である事を、俺はこの数ヶ月間に身に染みて思い知らさ
れていた。
「気になってたんだけど、その化け物たちは、どうやって
青山霊園とプールを往復してるんだろう・・・」
「そういえばそうだな・・・」
 桜井が口にした疑問に醍醐が頷き、いつものように腕組
みして顎に手をやると、美里も同様の面持ちで考え込む。
「青山霊園と港区中のプールをつないでいるもの・・・。
それはなんなのかしら。東京の地下に、網の目のように張
り巡らされているもの・・・・・・」
「しかも、自由に行き来できて、人目につきにくいものだ
ね」
「・・・その条件に当てはまるとしたら、まず地下鉄やそ
の補修通路。それから電気、ガス、上下水道といった、都
市運営の為のライフラインとかが含まれるな・・・。とは
いっても、事件がプールを中心に起こっている上に、そこ
に現れるのが、目撃情報を総合すれば半魚人の様な怪物だ
からな、おのずと結論は出るか」
「下水道・・・か」
「肯定だ。まず上水道程、厳しく頻繁に監視や補修がされ
てないから侵入が容易。次に処理施設を通じ区中と繋がっ
てる上に、日夜大量の水が流れているから移動にも便利。
加えて、興味をそそられる様な場所ではないから、無関係
な人間が寄り付く事は滅多に無い・・・。メリットはざっ
とこんな所か」
「あァーーー。調べてみる価値はありそうだな」
「そうだな。よしッ。一度、校内に戻って、懐中電灯を取
って来よう」
 俺が理由を指折り数え上げると、京一に続いて醍醐も頷
き、それに女性陣が続く。
「それなら、以前旧校舎に行ったときに、アン子ちゃんが
持っていたわ。新聞部にあるんじゃないかしら。私、取っ
てくるわ」
「あッ、ボクも付き合うよッ」
「それじゃ、おれたちはここにいる。悪いが、よろしく頼
む」
「うんッ、じゃあね。行こ、葵ッ」
 話が纏まり、二人が校舎に向かった直後。それを見送る
醍醐に、俺は声を掛ける。
「醍醐」
「どうした、風間?」
「悪いが、俺は一度家に帰らせてもらうぞ」
「? 何か・・・用事でもあるのか?」
「ああ。二つ三つ、持って来る物があるのでな。それと念
の為に、何人か助っ人を頼もうと思っている」
「・・・そうか。じゃあ、新宿駅前で待っているぞ」
「分かった。妙な事を言って済まんな」
 校門前に立つ二人と別れた俺は、自宅に向かい歩きなが
ら携帯を取り出すと、短縮コードを使い、矢継ぎ早に連絡
を入れて行く。そしてうまい具合に、都合が付いた数名に
いつも通り状況を説明した後、応援を要請したのだった。
(・・・さあ、戦闘開始だ)
 そして連絡を終えた俺は、携帯をポケットに押し込みな
がら、精神のチャンネルを戦闘モードに切り替えた。

          ■3階廊下■

「アン子いるかなァ?」
「もし、いなければ、私が職員室で鍵をもらってくるわ」
「そうだね。その時はーーーうわッ!!」
 今日は部活は休みの日なので、既に殆どの生徒が下校し
人影の絶えた校舎内を歩く二人だが、何の前触れも無く、
廊下の向こうから現れた人影に驚いて、飛び上がる桜井だ
ったが、それも一瞬であり、すぐに人影の名を口にする。
「佐久間・・・」
「・・・・・・」
 一応、クラスメートではあるが、関係は至って疎遠であ
り、どちらかといえば忌避されているその男子生徒は、返
事もせず、じっとこちらを見つめており、内心で薄気味悪
さを覚えながらも、桜井は応対する。
「なッ、なんだよッ。なにか用?」
「・・・・・・」 
 佐久間はその声を無視すると、桜井が予期せぬ行動に出
た。大股に近寄り、やにわに腕を伸ばすと、それまで事態
を黙って見ていた美里の腕を掴んだのだ。
「あッ・・・」
「ーーーーーーッ!!」
 突然の事に驚く桜井。美里も同様に、強い驚きの色を見
せたものの、それはすぐに苦痛に取って変わり、描いた様
に形の良い眉をひそめ、小さく悲鳴にも似た声を洩らす。
「い、痛い・・・」
「おッ、おいッ!! その手を離せッ!! 離せったらッ
!!」
「・・・・・・」
 目の前で起こった事に、怒りに顔を紅潮させ、叫ぶ桜井
だが、佐久間は無視を続け、手を離そうとはしない。 
「なんだよッ、人を呼ぶぞッ!!」
「・・・・・・」
 そこで佐久間がようやく視線を向けた。同時に無言で圧
力をかけて来るが、それをはねのけて更に桜井は叫ぶ。
「なんとかいえよッ!!」
「美里・・・・・・」
「・・・・・・?」
「美里・・・。俺と一緒に来い」
 その声に対し、不審の色を露にする桜井。そして美里は
身を堅くして、うつむいたまま答えない。
「頼む・・・。俺と来てくれ・・・・・・」
 『頼む』などと言ってはいるが、声や表情にも真摯さや
誠意といった物を著しく欠いており、例え相手が誰であっ
ても、受け入れられはしないだろう。
「ふざけんなよッ。なんで、葵が行かなきゃなんないんだ
よッ!!」
「うるせェんだよ、てめェには、聞いてねェ・・・」
 その手前勝手な言葉に、親友に代わって猛然と反発する
桜井だが、佐久間は憎々しげに顔を歪めて睨みつけると、
更に腕を引いてみせる。
「なァ、美里。オレと一緒に来いよ、ほらーーー」
「いや・・・」
 美里が頭を振り、はっきりと拒絶したと同時に、鋭く、
乾いた音が無人の廊下に響き渡った。
 二人の間に割って入った桜井が、佐久間に痛烈な平手打
ちを浴びせると、無理矢理手を振りほどかせたのだ。そし
て声に静かな憤りと軽蔑を込めて、言い放つ。
「止めろ・・・。葵に触るな・・・。ボクたちの前から、
消え失せろッ!!」
 そして横面を腫らした佐久間が、陰惨で下劣な怒気を目
に宿らせ、声にも同じ物を含ませる。
「てめェ・・・。イイ気になってんじゃねェぞ・・・」
「・・・・・・」
 その悪意と毒気の篭った視線に、桜井は怯まず気丈にも
真っ向から受け止め、睨み返す。 
 辺りに緊迫した空気が漂うなか、不意に廊下の向こうか
ら、声が響いて来る。
「おーい、桜井ーッ。まだかー?」
「醍醐・・・・・・」
 声の主に気付き、佐久間は目に見えてたじろいだ。・・
・その数秒後、廊下に唾を吐いて、不愉快げな舌打ちをし
ながら、逃げる様にもと来た方へと足早に歩き去ると、入
れ違いに醍醐が現れる。
「どうした、桜井。今のは、佐久間か?」
「うッ、ううん・・・。なんでもないよ」
 廊下の向こうに消えた後ろ姿に気付き、問いかけた醍醐
だが、桜井の返事は普段の快活さをどこかへやってしまっ
ており、当然それは醍醐に安心とは正反対の印象を与えて
しまった。
「・・・・・・」
「あの・・・」
 二人を見て気難しい顔をして黙り込む醍醐。そして、お
ずおずと美里が口を開こうとした時。
「ほらッ、そんなコトより、早く懐中電灯を取りに行こう
よッ」
「あ、ああ・・・」
「へへへッ。ほらほらッ」
 機先を制した桜井が、美里の手を取って歩きだしつつ、
醍醐に話し掛け、どこか釈然としないながらも、頷いて後
に続く醍醐に桜井は笑いかけながら、三人は連れだって新
聞部へと向かった。
 ・・・この小さな誹いが、水面下で奇妙な成長を遂げた
結果。後に一つの人間関係の破局とそれに伴う大きな危機
並びに、闘いの趨勢を左右しうる事件の引き金になるのだ
が、今の時点に於いてはその事を、本人達も含めて知るよ
しも無かった・・・。
        
        ・・・第八話『邪神街』其の四へ・・・

 戦人記・第八話「邪神街」其の四へ続く。

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