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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第八話「邪神街」其の伍

       ■港区ーーー青山霊園■

 ・・・そして芝公園での一悶着の後、目的地である『青
山霊園』に俺達が到着した頃には、既に日は沈んでいた。
 月も雲に覆われているので、所々に立っている街灯に照
らされている周辺以外は、ペンキをぶちまけた様な黒々と
した闇が広がっている。当然ながら人の気配なんぞ無い。
 闇と静寂に満ちた空気の中、暗視ゴーグルを装備した俺
が先頭に立ち、懐中電灯を手にした醍醐達がその後に続い
た。無数の墓石が立ち並ぶ合間をぬって進む俺達に、僅か
に湿り気を含んだ風が吹き付けて来る。・・・夏の風物詩
『肝試し』には、絶好のシチュエーションである。
「うわ〜。やっぱり、夜の墓地って不気味だね・・・」
「ええ・・・。静かね・・・」
 懐中電灯を左右に振り、そこに照らし出される墓石を見
ながら、心底気味悪そうに桜井が呟くと、美里もそれに同
意する。
「きッ、気のせいか、さっきより少し寒くなってないか・
・・?」
「そりゃ気のせいだろ」
 微妙な慄えと緊張が多量に含まれた醍醐の声に、さらっ
と相棒が答えるが、振り向いた俺の暗視ゴーグルに映る、
醍醐の顔色は悪い。・・・確かに、夜の墓場をうろついて
楽しめる様な奴は・・・いるな。若干、二人程・・・。そ
の二人が今回未参加なのは、ある意味醍醐にとっては、幸
運だったかも知れない・・・。
 それから二十分ばかり、園内を歩き回った頃・・・。
(!? これは・・・)
 風の中に混じって、またしても嗅覚が『あの匂い』を感
じると同時に、ゴーグルに動く物が映り。そして、それが
何なのかは、すぐに判明した。・・・間違い無い。『奴等
』だ。
「む・・・」
「どうしたンだよ、風間サン?」
「・・・『敵』を見つけた。今から後を付けて、奴らの動
向を探って来る。すぐ戻るから、全員ライトを最小限に抑
えて、合図するまで、適当な物陰に隠れていてくれ。合図
は・・・」
「お、おう」
 雨紋の声に答えた後、短く指示を出すと、全員がわたわ
たと近くの物陰に隠れる。
(よし・・・)
 視界内に奴等を捉えながら、素早く後背に回り込む。運
の良い事に風下に位置する事が出来たし、足元に玉砂利が
敷かれて無いので、殆ど音を立てず動く事が出来る。
 更に姿勢を低くすると共に、可能な限り物音や気配に加
え、呼吸をも殺して、ある程度の距離を保ちつつ、暗視ゴ
ーグルに映る奴らを尾行する。・・・どうやら連中は、俺
という『送り狼』がいる事に、気付いてはいないようだが
・・・。
 それから五分程で、無言の追跡行は終わった。奴等が墓
地の外れにある、一つの墓標の前に立った途端。
 ゴオオォォォォォォン・・・・・・
 かなりの重量物が動く際に出る、異音が辺りに響き渡る
と同時に。どういう仕掛けか、その墓標が動き出し、数秒
後にはそこに、地下への入り口が現れたのだった。・・・
今の音は多分、向こうで待っている連中にも聞こえただろ
う。
 そして少し離れた墓石の陰から、その様子を窺っていた
俺は、新たに現れた入り口に、奴等が全て入り込んで行く
のを確認した後、慎重にその穴へ近寄って行った。
 しかし、秘密の筈の出入口が開きっぱなしというのは、
些か妙である。この後にも奴等の後続が来るからなのか、
それとも、実は尾行に気付かれており、こちらを誘う罠か
・・・? 正直、判断に迷う所だ・・・。
 待ち伏せ等への、多少の不安と懸念は有ったが、それを
考えるのは後回しにし、京一達を呼ぶ事にする。その合図
は向こうにいる連中が持つ、携帯の着信時の振動であり、
同時に手にしたライトをモールス信号の様に、一定の間隔
を置いて点滅させる事で、現在位置を知らせる。
 それからすぐ、闇の向こうでライトが数回瞬くと、大し
て待つ事無く、七人が急ぎ足で近寄って来るのが見えた。
 そして、俺が改まって説明するまでも無く、その場の光
景を見ただけで、全員は大方の状況を察したらしい。
「こっから、地下へ降りて行きやがったのか」
「あの怪物たち・・・、どこへ行くんだろう?」
 などと、眼前にぽっかり開いた入り口を前に呟く、京一
と桜井の声に応じる。
「遠からず判る事だ。今、ここで詮索した所で始まらん」
「・・・それもそうか。ここでこうしてても、しょうがね
ェ。降りようぜッ」
「そうだな。それじゃーーー」
(!?)
 声と共に醍醐が歩き出したその時。暗視ゴーグルに併用
されている赤外線感知モードに、別の新たな反応を確認し
た。と同時に、俺は無言で腰の後ろの銃を引き抜くや、そ
ちらへぴたりと銃口を指向して、低く警告を放つ。
「・・・そこに隠れている奴、出て来い。さもなくば、一
発叩き込むぞ」
「・・・。何故、君達がここに・・・」
 声に続いて、数m離れた墓石の陰から、すうっと、人影
が現れた。それにより、初めて人がいる事に気付いた何人
かが、驚愕の色を露にする一方。その人物が、俺達の持つ
ライトの光が届くぎりぎりの辺りに立った。
「あッ、お前はーーーッ」
「如月クンッーーー!!」
「お前か・・・」
 正体を知るや、小さいながらも、京一と桜井が驚きの声
を上げ、俺は向けていた銃をホルスターに戻した。そして
腕組みして立つ如月は、一見、無表情の様だが、その低く
険しい声の中に、怒りを滲ませている。
「・・・君達は、僕の忠告を、無視するつもりなのか?」
「忠告は忠告で受け取ったさ。だが、傍観してはいられん
様な状況に立たされたのでな、こうしてここにいる」
「僕はあの時ーーー、全てを忘れてしまうよう、いった筈
だ。なのに、どうしてこんな所にいるんだ・・・」
 憤慨した様に言う如月に、醍醐が向き直る。
「如月。お前にはお前の理由(わけ)があるように、おれ
達はおれ達の理由があって、今、ここにいる。それより、
お前は何でここにいるんだ?」
「僕の理由を君達に話す必要は無い。僕は、今からこの地
下に降りるーーー」
「地下ァ? じゃ、オレ達と同じじゃねェかッ」
「同じ?」
 京一の声に、如月はいぶかしむ色を一瞬見せたが、また
すぐ渋面を作る。
「何度もいうようだが、君達はこの件からは手を引くべき
だ。君達の未熟な<<力>>では、余りに危険過ぎる・・・」
 その声に反応した京一が、一歩前に出ながら何かを言お
うとするが、醍醐がその肩を掴んで制した。
「お前・・・、おれ達の<<力>>の事を知っているのか?」
「・・・・・・」
「如月クンッ」
「如月くん・・・」
 醍醐の問い掛けを黙殺し、黙り込む如月だが、美里達に
立て続けに問われた末に、やっと口を開いた。
「・・・これは、僕が決着をつけなければならない事件な
んだ。僕の中を流れる飛水の血が、命じるんだよ。主の眠
りと、この地の清流を汚す者を倒せ・・・とね」
「それじゃ、キミはやっぱり、天野サンのいう通り・・・

「天野? そうか・・・、彼女に会ったのか・・・」
「天野サンは、如月クンが忍者の末裔だって」
 桜井の声に軽く眉をひそめはしたが、すぐ思い当たった
らしい。納得した様に頷くが、それに続けての桜井の言葉
を聞くと、今度は苦笑めいた色をたたえる。
「ふう・・・。困った女だ・・・。最近、僕の周りを嗅ぎ
回っていると思えば・・・。彼女も今回の事件に関わろう
としていたから、忠告したんだが」
「如月・・・。おれ達にも、目的がある。まだ、はっきり
した正体は掴めないが、鬼道衆という奴らが、この東京で
何かをしようと企んでいる」
「鬼道衆?」
 醍醐の声に再び眉を跳ね上げるが、表情は先程より真剣
味が増している様に見える。その言葉の中に含まれた、異
様さに剣呑さを、敏感に感じ取ったのかもしれない。
「如月くん・・・。あなたの使命が、この東京を護ること
ならば、私達の使命も、鬼道衆からこの東京を護ることな
の」
「この事件にも、鬼道衆が関与している可能性が高いんだ

「・・・僕達の敵は、共通しているかも知れないという事
か・・・」
「ああ・・・」
 美里と醍醐が話し掛けた後、如月が洩らした言葉に醍醐
が頷いて見せると、如月の方は腕組みしたままうつむき、
軽く目を閉じて考えに耽る様な仕草をしたが、すぐに顔を
上げて首を数回振りつつ、こちらを見た。
「いや・・・、やはり、僕は一人で行かせてもらうよ。そ
れが、君達の為でもある」
 その返答を聞き、まず京一が口を開いた。
「お前ひとりで、なにができるってんだよッ。相手は、化
け物なんだぜッ」
「・・・俺は別段、お前の言動や考え方を否定はしないが
な。だが、連中の目的はともかく、敵の数や能力に至るま
で、全て把握はしてまい? それに、お前がどれ程の<<力
>>を持ってるは知らんが、それでも組織や集団に個人で対
抗するのは容易では無いし、とある革命家が半世紀程前に
残した、『敵の敵はすなわち味方』って言葉も有る。・・
・お互いに、この場から引く気も、意見を変える気も無い
様だし、何も熱く、見目麗しい友情で結ばれようとは言わ
ない。今回、この場に限っては、お互いに邪魔をしないっ
て辺りで、折り合いを付けないか?」
「・・・・・・。君達は変わっているな。危険かもしれな
いっていうのに・・・」
「危険は承知の上だ。俺も他の連中も、『伊達や酔狂』で
こんな事に関わってるつもりは無いし、ましてや興味混じ
り、遊び半分で首を突っ込んじゃいない」
 それを聞いた後で、三度暝目した如月は、只、沈黙の内
に思考を追っていた様だが、やがて諦観と納得が混在した
表情を見せると、意を決した様に口を開いた。
「仕方ない・・・。これ以上、無駄な犠牲者を出す訳には
いかない。君達と行動するしかないか・・・」
「ありがとう、如月くん・・・」
 と、礼儀正しく頭を下げて謝辞を述べた美里だが、如月
の返事は素っ気も愛想も無い物だった。
「別に礼をいう事は無い。僕の進む道と君達の進む道が、
たまたま、一緒なだけだ」
「でも・・・」
「まあ、いいさ。よしッ、それじゃ地下へ降りるぞ」
 何かを言いかける美里をよそに、如月が俺達の側を通り
抜けて、地下へと向かうのを見やった醍醐は、不器用に肩
をすくめつつ、全員に向かって声を掛ける。
 そして皆は素早くそれに応じ、それぞれの得物を手に持
つ事で、突入準備並びに、臨戦態勢は整え終わった。

         ■青山霊園地下■

 そして、地下に踏み込んだ俺達は、地下洞窟内部を進ん
でいた。いかに墓地の真下に存在するとはいえ、東京の地
下にこんな洞窟が広がっていたとは・・・。よくもまあ、
今まで発見されなかった物である。
 洞窟内の通路は、うねうねと曲がりくねってはいたが、
基本的には一本道だったから、迷う様な事は無いものの、
足元には細かな凹凸が無数に存在する為、かなり歩き辛い
上に、見通しはかなり悪く、頼りは手にした懐中電灯だけ
である。
「鍾乳洞のようね・・・」
「うん・・・。なんか、ひんやりとする」
 高い天井に、美里と桜井の会話が反響する。・・・確か
に、鍾乳洞に特有の石旬や、天井から垂れ下がったつらら
状の石柱もそこかしこに見えるが。しかし・・・、地理的
に見て、東京の地下にこれ程、広大な鍾乳洞が出来るなん
て事は、まず有りえないのだが・・・。
 静まりかえった洞窟内に、俺達の足音と話声に混じって
時折、天井から水滴が滴り落ちる音が響く。
「この先に、水岐くんがいるのかしら・・・?」
「ああ・・・。奴は<<門>>が開くといっていた。そこで、
神だか悪魔だかを復活させようって訳だ」
 美里の呟きに醍醐が答えた時。立ち止まった桜井が、き
ょろきょろと辺りに視線をやる。
「あれッ? 京一は?」
「ん? そういえば・・・」
 醍醐もその事に気付き、相棒の姿を捜そうと周囲をライ
トで照らし、そして俺も昼間同様の視界を持つ利点を生か
して、京一を見つけ出そうと首を回してみれば、十秒とか
からずゴーグルに本人の姿が映った。・・・随分と後ろの
方で、何やらごそごそと動いているが、そこには如月の姿
も見つける事が出来た。一体、何を・・・?
「・・・いたぞ。向こうで道草食ってる」
「京一ィ!! 早く来ないと、置いてくぞッ!!」
「へへへッ、わりィわりィ」
 桜井が張り上げた声に気付き、こっちに向って駆け足で
近寄った京一が、軽く笑いながらそれに答える。
「なにやってたんだよッ」
「いや、なんか落ちてねェかな・・・と、思ってよ」
「なにが落ちてるっていうんだよ・・・」
「食い物とか・・・、金とか・・・」
「・・・・・・」
 その返事を聞いた桜井がうつむき、がっくりと肩を落と
した後、無言のまま、数回頭を振った。・・・その動きか
ら、内心を推察するならば、恐らく『処置なし』ないし、
『聞いた自分が馬鹿だった』とでも、いった所か。
「馬鹿な事いってないで、先に進むぞーーー」
 こちらも首を振りつつ、醍醐が歩き出そうとした時。 
「ーーーきゃッ!!」
 唐突に小さな悲鳴が上がり、醍醐に続いて歩き出しかけ
た美里が、バランスを崩して大きくよろめき、たたらを踏
んだ。
「・・・っと」
 銃を持たず、両手が空いていたのが幸いした。俺は少し
前へ出ると、伸ばした手で美里の手を掴むと同時に、もう
一方の手を彼女の体に回し、引き寄せる事で、地面に倒れ
る寸前に支える事に成功したが、後ろから抱き止める様な
体勢になった。
「あッ・・・」
 悲鳴に代わり、驚きを含んだ声が美里の唇の間から出る
と、小さく身じろぎしたのが判った。それから一秒も経た
ず、俺は彼女の身体から手を離すと同時に、数歩後ろへと
退った。
「翔二くん・・・。ごめんなさい。あの、足元が濡れてい
て、私、滑ってしまって・・・。その・・・、ありがとう
・・・」
「・・・気にするな。こんな事で怪我などしたら、つまら
んからな。充分、注意する事だ」
 こちらを振り向き、謝りつつ礼を言う美里に答えると、
彼女は控えめだが、どこかはにかんだ様な笑みを見せる。
「うふふ。ありがとう、翔二くん。さ、行きましょう」
「ああ」
 頷き、返事をした後、俺達は再び洞窟の更なる深部を目
指し、道なき道を只、ひたすらに進む。
 ・・・それからしばし時間が流れた。俺達は警戒を緩め
ぬまま、緩やかな傾斜が付いた道を慎重な足取りで進み続
けたが、相変わらず『敵』の気配や姿は無く、途中で道が
分岐する事も無ければ、周囲の光景にも変化は無かった。
 今の気分や状況を例えるなら、『妖物共』が出て来ない
旧校舎地下を探索している様な物だ。
「いったい、ドコまで続いてるんだろう?」
「かなり深いな・・・」
「まるで、地の底まで続いてそう・・・・・・」
 周りを眺めながら、どこか疲れた様に桜井がこぼすと、
醍醐に続いて美里も感想を洩らした時。
 ズ、ズゴゴゴ・・・・・・。 
「な、なんだ、この音は・・・」
 にわかに、遠くで鳴る雷の様な音が響いて、思わず醍醐
が立ち止まった丁度その時。俺の鼻先や肩口に、小さな石
の破片や土くれが落ちて来た。
(ん? ・・・まさか!!)
 この状況から予想される事態は、一つしかない。修行の
中で鍛えた、危険から逃れようとする本能が、考えるより
早く身体を動かした。
 前方へ身体を投げ出すや、地面で数度転がって、そこか
ら一挙動で跳ね起きる。そしてその反応は、正しく報われ
た。今さっきまで俺がいた場所に、軽自動車ぐらいある岩
塊が幾つも落下し、振動と土ぼこりが派手に舞い上がる。
『・・・・・・!!』
 後ろでは桜井に醍醐が、何やら叫んでいたがよく聞き取
れない。そして落盤の範囲から逃れれたと思いきや、更に
崩れた岩が幾つも頭上より落ちかかる。
(ちぃっ!!)
 舌打ちより早く『氣』を練り、降り注ぐ岩塊に向かい放
とうとした刹那ーーー。
 ゴオッ!!
 耳をつんざく轟音に続き、俺の周りの地面より、爆発的
な勢いで複数の水柱がそびえ立つ。その水柱が落下する岩
塊の尽くを破砕し、弾き飛ばすと、害の無い程度の細片だ
けが、まばらに落ちて来たのだった。
(なんと・・・。これをやったのは、間違い無く・・・)
 確信と共に振り向けば、いずこからか、忍び刀を抜き持
った如月が地面に刃を突き立てて、軽く息をついているの
が見えた。
「ふう・・・。怪我は無いか?」
「ああ。おかげで助かった。感謝する」
 刀を鞘に納めつつ、聞いて来る如月に、服に着いた汚れ
をはたき落としながら答える。
「君が無事なら、それでいい」
「すごいよ、如月クンッ!! 水が竜巻みたいに吹き上げ
て・・・」
 大がかりな手品か魔術を見たかの様に、興奮しきった口
調と驚きに満ちた顔で桜井が言うが、如月の方は平然たる
物だ。
「大した事じゃないさ。ほんの少し、水の力を借りたんだ

「水の力?」
「そう・・・。飛水流は水に纏わる術を最も得意とする。
四神のひとつで、水を司る玄武を守護神として崇めている
のさ。そして、<<飛水>>の姓を受け継ぐ者には、元来その
血筋として、水を自在に操る能力が備わっていたという。
僕も、例外ではない」
 自己の能力に対する、自信と自負から来る余裕からか、
静かな笑みを浮かべた如月が、美里の声に答えた。
 と、そこへ。
「おいッ。向こうに明かりが見えるぜッ」
 あの後、先行する雨紋達三人と一緒に、前に出ていた京
一が小声で俺達を呼ぶ。その指差した先には確かに、人の
手によって煌々と明かりが灯され、地面に影を落としてい
る。そしてその明かりの中に、大きな横穴がぽっかりと口
を開いているのが見えた。
「どうやら、着いたらしいな」
「深き者だか、浅き者だか知らねェが、待ってろよッ」
 それを見て、やはり物陰に隠れた醍醐が呟くと、京一も
手にした得物を握り直しつつ、小声で答える。
「・・・お喋りはここまでだ。全員、覚悟はいいな!?」
「いつでも」
「どこでも」
 全員の顔を眺め渡しつつ、撃鉄を起こした俺の声に、ま
ず、醍醐と京一が短く答える。そして他の面々も又、緊張
と自信、不安に高揚感等が混在する表情で、声に出さず頷
いて見せ、それを見届けた後、俺は先頭に立って『奴等』
が手ぐすね引いて待ち受けているであろう、横穴の奥へと
歩みを進めた。・・・既に『サイは投げられた』。後は、
行動あるのみだ。

 ・・・そして横穴を潜り抜けた俺達の前に、ドーム状の
巨大な地下空洞が広がっていた。その広さも高さも、野球
をやれる程では有り、地面は綺麗に均されているが、雰囲
気的にはむしろ、何かしらの行事に使われるホールの様で
ある上に、所々にかがり火が焚かれ、妙なデザインの彫像
が至る所に置かれている。
「・・・・・・。ここが、水岐クンのいっていた場所?」
 桜井が周りを眺めながら、そう言った時。
「う・・・・・・。熱い・・・。体が・・・」
 苦痛を堪える様な呻き声を洩らした美里が、いきなりそ
の場にうずくまると同時に、その全身から<<力>>を行使す
る時の光を発したのだ。
「葵ッ!!」
「何かが、流れ込んでくる・・・。これは・・・。苦しみ
・・・、悲しみ・・・、憎悪・・・。ああ・・・」
「葵ッ!!」
「美里ッ!! しっかりしろッ!! ・・・糞ッ。どうな
っているんだ、ここはーーー」
 うずくまったまま、苦しげな表情で途切れ途切れに呟く
美里に、血相を変えた桜井が近付き、介抱すると、美里に
声を掛けつつ、苦々しい顔で醍醐が吐き捨てた時。
「おいッ!! アンタら、あれを見なッ!!」
「あれは・・・」
 いきなりの雨紋の叫びに、声に反応して顔を上げた醍醐
の目が見開かれる。
『ーーー罪深き邪教の申し子よ。汝等の慟哭の歌声と、噴
き上げる泉の如き鮮血が、破壊の神ーーー汝等の父たる者
を蘇らせる・・・。その時こそ世界は変わるであろう。目
を閉じて、大いなる父の姿を思い浮かべよ。さあ、今こそ
迎えよう・・・、大変容の時をーーーーーー!!』
『ぐげげげげッーーー!!』
『げげげげッーーー!!』
 空間の一番奥。床より一段高い段の上に立つ『へぼ詩人
』が、どこぞの『チョビ髭の伍長』の演説より安っぽい、
文学的感受性とは無縁の長口舌を陶然とした顔で並べ立て
ると、その前に居並ぶ『深き者』共の群れが、一斉に気色
悪い鳴き声を上げ、それが地下に木霊する。・・・連中の
総数は、見えるだけでも、1ダースを軽く越えていた。
「・・・・・・」
「すげェ化け物の数だぜ・・・」
 その光景を前に、蒼い顔で唾を飲み込む桜井。そして京
一の顔にも、いつもの余裕に満ちた笑みは無い。
「これ全部、行方不明になった人たちなの・・・?」
「・・・。遠野の話が本当ならな・・・・・・」
 額に浮く汗を、醍醐が指先で拭う。・・・地下深くにあ
って、空気は肌寒い程なのに・・・だ。
「膨大な量の瘴気が溢れ出している。<<門>>が、開きかけ
ているのかもしれない。それに・・・、あの化け物達の『
氣』が、あの水岐とかいう男の近くに吸い込まれて行く。
どうやら、あそこが、異界への入り口らしい」
 この状況下に於いて、冷静な思考と観察眼を保ち、現状
を分析して見せる如月。その間にも、『へぼ詩人』の演説
は続いている。
『ーーーさあ、使徒たち。我らが同胞(はからか)よ。大
いなる父を呼ぶのだ。その呼び声でーーー、異界の地に捕
らわれた、我らの神ーーー、父なるダゴンを呼び覚ますの
だーーー!!』
『ががががががががが・・・』
『ががががぎぎぎいいががぎいいいい・・・』
 ・・・連中の上げる、背筋が寒くなる様な鳴き声が一段
と高まる。そして・・・予想だにしない光景が始まった。
 奴等は突然、間近にいる者同士で、傷つけあい、共食い
を始めたのだ!! 甲高い鳴き声に加えて、苦鳴と断末魔
に、肉が裂け、血が飛び散る音が混じり、凄惨でおぞまし
い五重奏を奏でたてた。
「ーーーーーーッ!!」
 余りの嫌悪感に、視るに耐えかねた何人かが、思わず眼
をそらしたり、耳を塞いだ。その流血の饗宴が広がるにつ
れ、『へぼ詩人』の背後の空間が歪み、ぼやけて、引き延
ばされる様になった上に、稲光まで走り出すと、それを認
めた如月の顔に、はっきりと焦りや危惧の色が浮かび上が
る。
「ーーーいけないッ!! さっきよりも、瘴気が濃くなっ
ているッ!! このままではッ・・・!!」
「ああ・・・、止めて・・・。そんな事をしては、だめ・
・・・・・」
 そして、高熱にうなされる病人の様に呟き続ける、美里
の全身を包む光は、強さを増すばかりである。
「はッ、早くなんとかしないとッ!!」
「ああ。取り返しのつかない事を招く前にーーー」
 と、醍醐に桜井が飛び出そうとした瞬間・・・。
「ほほほほほほほ。このような処に、大きな鼠がおるわ・
・・」
「・・・!!」
 その高らかに響く、嘲弄と侮蔑だけで構成された女の笑
い声を聞いた時。確かに俺の心臓は、一拍飛ばして鼓動を
打ち。そして桜井、京一、醍醐の声が、期せずして重なり
あう。
「あッーーー!!」
「てめェは・・・」
「鬼道衆ッ!!」
「ほほほほほほほ。鬼道五人衆が一人ーーー、我が名は、
水角」
 青の忍び装束と手甲に脚半。右手には、やや短めの刀を
ぶらさげ、そしてその顔には、般若を思わせる面を被って
いる・・・。それを目の当たりにした、俺の奥歯が耳障り
なきしみを立てた。
「・・・今、この時を、どれ程待ったか・・・。『あの日
』、貴様等がもたらした災禍・・・。貴様等が忘れても、
この俺は忘れはしない!!」
「やはり貴様らがーーー、貴様らの目的は何だッ!! や
はり、水岐のいう神をーーー」
「神? ほほほほッ。そのようなもの、どうでも良いわ・
・・。我ら、鬼道衆の目的は、あの<<鬼道門>>を開く事じ
ゃ。あの男は、その為に役に立ってもらっただけの事・・
・。そして、あの<<門>>より、魑魅魍魎共が溢れ出し、こ
の憎き江戸の地を焼き払う事こそ我らが悲願・・・」
「なんだと・・・」
「てめェ・・・」
 醍醐の声に対し、奴はいかにも可笑しそうに、嘲笑って
みせると、それを聞いた醍醐と京一の顔にも、敵意と怒り
という感情の高波が押し寄せ、それは一秒毎に高まって行
く。
「鬼道衆・・・、何処かで聞いた名だと思っていたがーー
ー、そうか・・・、貴様らがーーー」
「・・・・・・。忌々しき飛水の末裔よ・・・。あの時、
あの者たちと貴様ら一族に受けた屈辱ーーー、一時たりと
も、忘れた事はないぞえ・・・・・・」
 その会話からお互い、過去に端を発した少なからぬ因縁
を持ち、当時に於いても、人知れず暗闘を繰り広げていた
関係である事が解る。漸く、確信を得たかの様な如月の表
情は、機械の如き無機質さであるが、声には静かな敵意が
存在し、対する水角からも、素人でも感じ取れる程の憎悪
や悪意、怨恨に塗り固められた視線が仮面ごしに放たれ、
両者の間には凄まじい迄の緊張感と殺気がみなぎった。
「ほほほほ・・・。この真上は、徳川共の眠る、増上寺・
・・。そして<<鬼道門>>を封じておるのは、徳川の残した
霊力じゃ。だが、それももう、いくばくも持ちはしまい・
・・」
「・・・・・・」
 如月は答えず、只、手を動かし刀を抜き持ち、構えを取
った。と、そこへ・・・。
「ううッ・・・」
「水岐クンッ!?」
「む・・・。水岐が・・・。貴様・・・、水岐に何を!?

「ほほほほ・・・。もう、あやつは用済みじゃ、じゃが、
もう少し役に立って貰わねばのお」
 不意に聞こえた苦悶の声に、反応した醍醐達が視線を水
角より動かすと、水角はそちらを見もせず、声に冷嘲を含
ませ、言い捨てる。
「ううッ・・・。邪魔者を殺すために・・・。うううう・
・・うああッ!!」
 醍醐達の目の前で、水岐はその場にひざまずくと、頭を
かきむしり、地を転がって悶絶した後。更にその全身が誹
い輝きに包まれ、その光の中で自らも『深き者』と化した
・・・。
「おーほほほほほッ!!」
「水岐ッーーー!!」
「す・・・水角様・・・。僕は、彼らを導き・・・、この
腐敗した世界を・・・、うッ、海に・・・海に・・・、海
に・・・海・・・に、う・・・み・・・に・・・う・・・
ぐぐぐぐぐぐぐ、ぐががががががいいいいいッ!!」
 醍醐の叫びと水角の高笑いが同時に響く中。変貌した水
岐が、まだ何かを話そうとしていた。しかし・・・。それ
も長くは無く、言葉としての意味や明瞭さといった物は、
一秒毎に失われ、遂には只の獣じみた鳴き声へと変わり果
てた。・・・この時点で、人としての自我や記憶に、魂の
尊厳といった物は、恐らく永遠に失われた。
「ほほほほほほほッ!! 我らが、外法の力、とくと見る
がいいッ!!」
「ぐげえええええーーーッ!!」
 水角の笑い声と共に、何らかの<<力>>が放たれ、それに
呼応したのだろう、絶叫と共に水岐の身体が更なる変貌を
遂げた。・・・腹部にもう一つの頭が現れ、脇腹からは小
さな腕も生え出す。・・・こうなればもう、『深き者』で
もあり得ない。文字通り、異形の存在だ。
 そして、共食いを止めたそれ以外の『深き者』共も、こ
ちらを目指して押し寄せて来る。・・・どうやら奴等は、
俺達を新たな獲物、いや、贄に選んだらしい。更にどこに
隠れていたのか、その中には、水角と似たような格好に鬼
面を付け、手に槍だの刀だのを下げた連中までもいる。多
分、鬼道衆の実働部隊。特撮物でいう『戦闘員A』だ。
「くそォッ!! こうなったら・・・、ーーーやるしかね
ェッ!!」
 京一が手にした鞘を投げ捨て、正眼に構えると、皆もそ
れぞれに戦闘体勢を取る。・・・今この場において、俺達
に迫りつつある現実は、古代ローマの剣闘士奴隷と同様、
闘いの先には生か死か、二通りの結末しか用意されていな
いし、そして目の前に立ちはだかる『敵』を倒さぬ限り、
未来は無いという事だ。
 しかし・・・、彼我の戦力差は大凡、三対一。乱戦に持
ち込まれたら不利は否めず、もし、誰かが欠けでもしたな
ら、破局は瞬く間に広がり、取り返しのつかない事になる
だろう。・・・いきなり強烈な一撃を与え、数を減らすと
共に、奴等の出鼻を挫いて主導権を確保すべきか・・・。
 頭の中でそう計算式を立てると、俺は迫って来る奴等に
向かい、かねてより対鬼道衆用に作った新兵器・・・事有
らば即、背嚢から取り出せるようしてあった・・・を取り
出し、投げつける事で、闘いの火蓋は切って落とされた。
 ・・・奴等のど真ん中で炸裂したのは、まず『火神之玉
』にガソリンやアルコールと云った、揮発性、燃焼性の高
い液体を混ぜ合わせた、即席の手りゅう弾。もう一つは、
対人用指向性散弾地雷から発想を得て、『荒神之玉』が破
裂すると同時に、古釘やボルト、ベアリングにガラス片等
を大量に撒き散らす用に、細工をしてある。
 それらが着弾した事を示す閃光の後、派手な爆発音に続
いて、激しい炎の帯が半径数mの空間を瞬時に包み込むの
に続いて、その燃え盛る炎を反射して光る、無数の金属、
非金属で出来た雨が、熱風により更に速度を増して、辺り
一体に放射状に降り注いだ。
『うっぎゃあぁぁぁッ!!』
『ピギャァァァッ!!』
 炎の舌に絡め取られ、熱烈な抱擁を受けた連中が、奇怪
な絶叫を上げて転げまわる一方で、鋼鉄のシャワーを浴び
た奴等は、魚河岸のマグロよろしく、地面に転がり、戦闘
力を喪失して、もがき回る・・・。
 その『新兵器』が炸裂して一分もしない内に、『敵』は
全戦力の三分の一近くを喪失しており、直接の被害を免れ
た奴等も、狙い通り動きが止まった。
「・・・全員、倒す事より、自分の身を守る事を考えろ。
そして目の前の敵だけでなく、常に四方に注意を払え。『
しまった!』って時に、必ず誰かが背中を守ってくれるな
んて、都合の良い事は考えるな」
 突撃に先立ち、例によって皆に注意を出していると、肩
を並べた如月が小声で話しかけて来た。
「風間君・・・。君達は一刻も早く、あの化け物達を倒す
んだ。奴らの発する瘴気を絶たない事には、もういつ<<門
>>が開いても、おかしくない。・・・鬼道衆は、僕が引き
受ける」
 言い終えると同時に、地下を疾ける一陣の風と化した如
月は、混乱する奴等の只中を抜け、この件の首魁たる水角
に狙いを定めてひた走る。
「俺も突敢する。・・・皆の幸運を祈る。全員、無事でい
ろよ!!」
 声の途中で、俺も又、一気に敵陣へと切り込んだ。最初
の一撃で無傷だった奴等が殺到して来ると、それに応じて
俺は連中の注意を引き付けるべく、目一杯派手に暴れた。
 俺に攻撃が集中すれば当然、他の面々への攻撃の密度は
薄くなり、その分だけ向こうにいる一人一人に掛かる、負
担とリスクも下がる。
 銃声、銃声、さらに銃声。
 俺の手からは、絶える事無く蒼白い火箭が伸び、死の軌
跡が宙を貫いた後には、必ず『深き者』か、鬼道衆の下っ
端の身体が転がっていた。
 中には、その銃撃をかい潜ってくる奴等もおり、近接戦
になったが、振るわれる刀や槍をかわしざま、『龍爪閃』
で引き裂き、『鬼倒し』や『龍星脚』を浴びせ、倒すのに
二撃目を必要とはしなかった。
「次は!?」
 言う間にも、左手の銃から吐き出されたエネルギーが、
最初に破片をモロに浴びて、その辺で七転八倒していた『
深き者』に止めを差した後、少しだけ手が空いた。素早く
四方に目をやり、現在の戦況を確かめる。
 まず後方では、京一達七人が、鬼道衆や『深き者』相手
に圧倒とまではいかないが、闘いぶりには危なげは無かっ
た。皆が、それぞれの持ち味と力量を生かした結果、期せ
ずして連携が取れていた。
 桜井が敵味方の合間を見極めて、的確な援護射撃を放つ
と、藤咲は鞭を用いた牽制に徹す事で、前衛の援護をそつ
無く果たす一方。
『4つの顔を持つ、蛇の輝ける輪よ、私達に守護を!』
 美里が施す、強化系の<<力>>や防禦術が、前線に立つ京
一達四人に更なる<<力>>を付与する事で、むらがる奴等に
互角以上に渡り合っていた。
「うぎゃあぁッ!!」
 今も又、刀を振り下ろす前に、醍醐からの『発剄』の直
撃を受けた下っ端が、無様に吹っ飛ばされ、京一は突き出
された槍の切っ先を斬り飛ばし、返す刀で脳天から一刀両
断してのける。
 紫暮に雨紋も、それぞれ拳に槍を振るい、目の前の敵を
確実に討ち倒して行く。闘い、斃すにあたって、その表情
に迷いや躊躇といった物は無い。
 一方、如月はと言うと、奥の方で鬼道衆の戦闘員数名を
相手に、立ち回りを演じている。不利では無いものの、目
標である水角には、中々近寄れないでいる様だったが、ほ
どなく敵の囲みを破ると、水角に挑んで行くのが見えた。
(京一達は問題無い。俺は、向こうの援護に行くか)
 そう決めて、如月の援護に動こうとした時。側背より躍
り掛かる影があった。
「!?」
 それに気付き、僅かに身を引いて、横殴りに襲い来る小
ぶりなナイフ程有る爪の一撃をかわして、間合いを取る。
「邪魔をするな、『へぼ詩人』のなれの果て!」
 襲い掛かって来た水岐はそれに答えず、上下、二つの口
を開ける。と同時に、俺は素早く身を翻し、直線上に立つ
事を避けた。それにコンマ数秒遅れ。
 じゃっ!!
 奴の口から吐き出された水が、俺が立っていた空間を薙
ぐと、それぞれ地面と壁面とに穴を開ける。
「・・・たかが、水芸でッ・・・!!」
 とは言ったが、その攻撃力は無視出来ない。現に極小の
穴より、とてつも無い高圧を掛けた上で放出される水は、
石や場合によっては鋼板すら斬り、貫く事が可能なのだ。
 更に吐き掛けられる水の槍を、突進と跳躍にフェイント
を織り交ぜて回避しつつ、こっちから前に出る。
 向こうも撃っても当たらぬ事に気付いたか、自ら間合い
を詰め、両腕を振り回す。その先端には鋭利な爪が有り、
その爪はぬらぬらとした、妙なてかりを帯びている。
(・・・毒か!!)
 振り下ろされる爪に対し、俺は充分な余裕を持って捌き
つつ、最小の手間と動きをして奴の体勢を崩すと共に、自
らの体を有利な位置へ持って行くと、そのまま奴の勢いを
利用して投げ飛ばした。
 どうっ!!
 鈍い音と共に、奴の体が一回転して地面に転がるが、大
したダメージにはならず、唸り声を上げつつすぐに起き上
がる。
『キィエエエェェェェッ!!』
『螺旋掌ッ!!』
 そこへ、敵を片付け終えたのか、京一が放った『地摺り
青眼』と俺の『螺旋掌』が、時間差をおかず炸裂し、立ち
上がった奴が動く前に、その身を捉えて更に吹き飛ばす。
 立て続けの攻撃を浴びた、奴が漸く身を起こした時。そ
の鼻先には、俺の銃が突き付けられていた。
(・・・。貴様も<<力>>など得なければ、我が身を滅ぼす
様な思いに捕らわれる事も、そして・・・、人としての生
を全う出来たろうにな・・・)
 ガウンッ!!
 一瞬だけ、そんな思いが脳裏を掠めたが、これ以上無い
程、冷酷非情な意志と共に、手にした銃から放った『氣』
の銃弾は、正確にその胸の中心を撃ち抜いた。
 奴は悲鳴を上げる事も無く、よろよろと後ろへ下がった
後、仰向けに倒れ伏し、小刻みな痙攣を繰り返す。
 それきり俺は奴を見ようとはせず、次の敵へと関心と警
戒を向ける。が・・・。既に殆ど全ての敵が沈黙、制圧さ
れており、皆は水角と闘い続けている、如月の援護に向か
っていた。
 そして水角と如月は、それぞれが持つ『水』を<<力>>の
媒体とした技の応酬を幾度かするものの、当然、それは決
定打に成り得ず、いきおい、体術と剣技を持って闘わざる
を得なかった。
 互いに飛び、走り、近寄れば刃を交え、離れると手裏剣
や苦無といった投具が宙を飛び交い、<<力>>で生み出した
分身や残像等の、虚々実々の駆け引きを多用し、相手の後
背を取ろうとする。
 さながら、昔の忍者漫画そのものの闘いを二人は繰り広
げていた。
 ガギャアッ!!
 刃鳴りがし、如月と水角は、何度目かの鍔競り合いを演
じて、動きが止まる。
『行っけぇェェーーッ、火龍ッ!!』
 そこへ横手から、桜井が<<力>>を乗せて射放つ矢は、焔
を纏った龍と化すと、水角を目指し飛翔した。
「小賢しいッ!! 水桜閣!!」
 が、素早く水角は反応して、刃を引くと、忍刀から噴出
した、『氣』の込められた水の奔流を持って、それを迎撃
した。
 ばしゅうぅぅぅッ!!
 水と焔がぶつかり合い、濃密な水蒸気が発生する。
 そして立ち込めた霧が、視界を覆った時。霧の向こうよ
り、水角の死角から細長い影が唸りを上げ伸びて来た。
「これがよけられるッ!!」
「なにッ!?」
 水角の驚き声が響いた時には、その体に鞭が巻き付き、
がんじがらめになって、動きを封じている。
「もらったよッ! 雨紋!!」
「あいよ、姐さんッ!! 喰らえッ! 雷光ブラスターッ
!!」
 鞭を通じて、人間一人を容易く、こんがりローストにす
る程の高圧電流が流し込まれる。逃げも防ぎも出来ない。
「ぎやひィィィッ!!」
 絶鳴が響くが、まだ終わりでは無い。間髪入れず、紫暮
と醍醐より『円空破』と『掌底・発剄』が叩き込まれる。
「円空破ッ!!」
「掌ッ!!」
「破ァァァッ!」
 その後。烈迫の気合と共に如月が決定的な一閃を放ち、
振るわれた白刃が水角の頚動脈部分を的確かつ、存分に斬
り裂き、吹き出した液体が空中に単色の虹を創り出した。
「こ・・・このような処で、このような処でェェェッ!!
こ・・・、九角さまァーーーッ!!」
 よろめきつつ上げた、無念と怨瑳に満ちた、断末魔の絶
叫を最後に、水角が地面にくずおれたその直後。その死骸
が急に発光を始めると、何度か痙攣した後、最後は空気を
入れ過ぎた風船の如く膨れ上がり、四散した。
 そして奴の身体があった所には、野球の硬球程度の大き
さで、目を射るような輝きを自ら放つ、深い青色をした一
個の球体だけが残された。
「この珠は、一体・・・?」
「なんか模様があるよ、龍のように見えるけど・・・」
 との、近寄りそれをしげしげと見つめての桜井の声に、
醍醐が唸る。
「ふむ・・・。持ち帰ってみよう。何かの役に立つかもし
れん」
「うッ、うん」
 桜井がそれに頷くと、醍醐はハンカチでその珠を包んだ
後、懐へとしまい込む。そして手拭いで刃に付着した血を
拭き取った後、如月が刀を鞘へと収めながら話しかける。
「瘴気が薄れていく。どうやら、間に合ったようだね」
「ああ」
「<<鬼門>>が閉じようとしているんだ・・・」
 言葉と共に、安堵した様な表情を見せた如月が独語する
一方。俺は、倒れ伏した水岐の方へ近寄っていた。水角が
倒された直後に、水岐は何故か人の姿を取り戻していたの
だ。他の『深き者』の骸は、そのままなのにだ・・・? 
 とは言っても、既に水岐は致命傷を受けており、それは
不可避の死を前にした、単なる偶然に過ぎないかも知れな
いが・・・。
 そして、水岐に治療を行おうと思ったのだろう。向こう
から美里が近寄って来るのが見えた。
「うッ・・・」
 声に続いて、水岐の身体が小さく動いたのが見えた。・
・・まだ、息はあるらしい。奴の側で俺が片膝を付くと、
追い付いた美里がしゃがみ込んだ後、呼び掛ける。
「水岐くん・・・」
「ここ・・・は・・・? 僕は、何でこんな所にいるんだ
・・・?」
 死に瀕して、意識が混濁したのか。それとも、奴等によ
って洗脳を受け、この時になって漸く、自我を取り戻した
のか・・・。どっちが正しいかは、俺には分からない。
「何も・・・覚えていないの?」
 美里に問われた水岐は、半分血に染まった顔で美里を見
返すと、どうにか聞き取れる程の声を出す。
「君とは・・・、どこかで、会った気がする・・・。かく
て、今・・・。うッ・・・。かくて、今、長き葬列、楽声
も読経もなくーーー、静かに、我が魂の奥を過ぎ、希望、
打ち砕かれて忍び泣く。心なき圧制者の苦悩ーーー、うな
だれし我が頭上に、黒き旗、深々と、打ちこみたる・・・

 そこで激しく咳込み、大量の血を吐き出した。美里が手
を差し伸べ、<<力>>を送り込もうとする。
「喋らないで。今、治療を・・・」
「フフフッ・・・。いいんだ・・・。僕は・・・ゴホッ、
もう、助からない・・・」
 その言葉に、美里の動きが止まると、その表情が痛々し
い程の哀しみと、辛さに彩られるが、再び<<力>>を送り始
めると、俺は奴の身体の位置を変え、咽喉に詰まった血を
吐き出させた。・・・傷からすれば、今まで持った事自体
が希有であり、既に治癒は不能。後はもう、時間の問題で
しかない。美里の<<力>>でも、苦痛を和らげるのが関の山
だろう。
「そうだ・・・。僕は、夢を見ていたんだ・・・。深く暗
い・・・海の底を漂う夢を・・・。ゆらゆらと・・・漂い
ながら・・・」
 そこまで言う間にも、荒く、激しい呼吸や吐血により、
言葉は何度も途切れると、声量も低下を続け、次第に聞き
取り辛くなる。
「あァ・・・、還ろう・・・。母なる海・・・へ・・・」
 そして・・・痙攣と呼気が数度続いた後、それを最後に
言葉が途切れ、動きその物が止まると共に、目が焦点を失
い、身体の力が抜けたのが、終わりの合図だった・・・。
「水岐くん!!」
「水岐クンッ!!」
「しっかりしろッ、水岐ッ!!」
 美里に続いて、近寄って来た桜井や醍醐が、その名を呼
ぶも、決して返事は返って来なかった。
 手を当て、その瞼を閉ざした後。俺は口元や顔に付いた
血を拭った後で、取り出したハンカチをその顔に被せた。
「・・・・・・」
 そして口の中で小さく、向こうにいる時に覚えた、短い
祈りの言葉の一節を呟く。信じてもない人間に祈られて、
神様もさぞや迷惑だろうが、その辺は容赦願いたい物だ。
 こういった事も又、偽善や感傷の産物だろうが、それで
も死者に対しては、敵であっても礼節を尽くせとの、師の
教えであるし、何より俺自身、いつこうなるなら知れた物
では無い。『明日は我が身』どころか、眼前の光景は俺自
身の未来の縮図でもある。俺も遠からずどこぞで、みっと
もなく野垂れ死にする事に確信を抱いているし、その点に
ついては覚悟も納得もしている。そしてこれまでの俺の所
行に対し、法に則りまともに裁判を行えば、3〜4回死刑
にされてもまだ足りないし、死んで地獄へ堕ちた時は、今
迄先送りにして来た連中が、八つ裂きにしてやろうと、手
ぐすね引いて待ち構えている事は疑い無い・・・。
 そして軽く息をついた後、俺が立ち上がったその時。 
 俄に洞窟自体が揺れた。続いて腹と耳に響く、不気味な
轟音が次第に音量を上げて行くと、壁や天井に幾つもの亀
裂が入り、目と鼻の先に人頭大の岩が落ちて来ると、『ば
かんッ!!』と、地面の上で割れる。
「むっ・・・。地鳴りだッ!! 洞窟が崩れるぞッ!!」
 それを見てとった如月が、戦闘時の様な表情で鋭く、警
告を発した。
「なんだとォッ!! おいッ、早く脱出しようぜッ!!」
「でも・・・、水岐クンがーーー」
 驚愕の後、全員を見ながら叫ぶ京一に、桜井が顔をくし
ゃくしゃにして答えた所へ、如月が目を伏せ、頭を振る。
「残念だが、彼はもうーーー」 
「そんな・・・」
「・・・・・・。桜井、美里。脱出するぞ」
「醍醐クン・・・」
 如月の声に、桜井は今にも泣きだしそうな程、顔を歪め
る。そして黙り込んでいた醍醐が口を開くと、桜井は力無
い目で醍醐を見る。
「今は、おれ達が無事脱出する事を考えよう。生きていれ
ば、いずれーーーーーー、犠牲になった者の仇を討ってや
る事もできる。今は、おれ達が生き残る事が先決だ。風間
も・・・、わかったな?」
 桜井だけで無く、此処にいる全員に聞こえる様に言う醍
醐の言葉の端々にも、何も出来なかった事への無念さや、
この件を仕組んだ奴等への怒りといった物が感じ取れる。
「・・・その程度の理屈、お前に言われるまでも無く、俺
は弁えている。無用の一言だ」
「よし・・・。美里ッ!! おい、美里ッ!!」
 俺の返事に頷いた後。醍醐は水岐の傍らに座り込んだき
り、動こうとしない美里の背中に呼び掛ける。
「・・・・・・。私たちの<<力>>は何の為にあるの・・・
? この街をーーー誰かを護る為じゃないの? なのに、
なんで・・・。<<力>>を持っているというだけで、誰一人
救う事が出来ない。もう、いやなのーーー。誰かが死ぬの
を見るのは・・・・・・」
「美里・・・」
「葵・・・」
 絶え間ない激震と、耳を聾する轟音の中にあって、美里
の言葉は、妙にはっきりと聞こえた。美里の独白を聞き、
醍醐に桜井が、それぞれ名を呼んだ時。
 ・・・それから、1〜2分の間に起こった出来事は、俺
にも理論立てて説明する事は出来なかった。恐らく・・・
これをして人に、『奇蹟』と言う言葉を言わしめるのかも
知れない。
 美里の全身から、今迄見た事が無い程、強大な<<力>>の
光が溢れ出るに従って、大地は平静を取り戻し、不気味な
鳴動は勢いを減じて行く。その光は、一瞬ごとに輝きと強
さを増して行き、美里の体そのものが太陽と化したかと、
思わせる程だった。
「何だ・・・? 光が、広がっていく・・・? 何が起こ
っているんだ!?」
「振動が・・・。これは一体、どうなって・・・?」
 美里を中心として、広がりゆくオーロラの如き目映い光
は、強くはあったが、烈しくも冷たくも無く、只、静かで
いて、柔らかく、そして暖かさをも持って、地下空間全体
をも包み込んだ。
 目の前で起こる現象に、俺達が只々、呆然とする中。美
里の目からこぼれ落ちた透明な雫が、水岐の屍体の上に落
ち、幾つか小さな流れを作った瞬間。涙が落ちた所から、
水岐の屍体が輝き始めると、体の輪郭が次第にぼやけ、希
薄になって行く。そして、何度目かの閃光が放たれた後、
その屍体は淡い黄金色をした、光の微粒子と化して霧散す
ると、陽光を浴びた新雪の様に、空気中へと溶け消えてい
ったのだ。
 ・・・舞い飛ぶ蛍の如く、無数の光の細片が舞い踊ると
いう光景はこの上無く、幻想的かつ、不可思議。又、荘厳
でもあり、その中にたたずむ美里の姿は、どこか神々しく
さえ思え。俺達は只、言葉も無く立ち尽くして、彼女を見
つめるだけだった。
「ごめんね・・・、みんな。そういえば、以前、マリア先
生もいっていたわね・・・。『自分の信じた道を進め』・
・・か」
「葵・・・」
 やがて顔を上げ、涙を拭って立ち上がった美里に、近寄
った桜井が、そっと声を掛けた時。
 どおん、と立っている事すら出来ない程の、激烈な振動
が突き上げた。辛うじて転倒を免れたものの、振動の強さ
は今までとは比にならない。岩や土くれといった、落下物
の量も同様だ。
「今度こそ、やべェぜッ!!」
「総員退避!! ・・・全員、何も考えず走れッ!!」
 言うより早く、地上を目指しての、命懸けの脱出行・・
・いや、史上最悪の障害物競争が始まった。死力を尽くし
て走り続ける俺達の背後から、迫り来る崩落の音は止む事
無く続き、それは死神が吹き鳴らすラッパの様にも聞こえ
た。

 そして・・・。どれほどの間、走り続けたのか。途中、
落下した岩塊に押し潰されかけたり、地割れに落ちそうに
なったりといった苦労と危険の末、どうにかこうにか全員
が地下からの脱出を果たせたのは、間違いなくぎょう倖と
言うべきだろう。
 脱出してからも、俺も含めた全員がその場から立ち上が
るどころか、声も出す事すら出来ずに、只、へたりこむだ
けで、漸く喋るだけの余裕が出来たのは、地下洞窟の崩壊
から大体、十数分経過ってからの事だった。
「・・・・・・。崩れちゃったね・・・」
「ああ・・・。真実は、土の中か・・・」 
 やっと口を開いた桜井に、短く醍醐が応じたが、そこで
また会話は途切れてしまった。
 ・・・醍醐の言葉通り、地下洞窟は数百、数千トンの土
砂によって完全に埋まってしまった結果、あの場で起こっ
た全ての事実と痕跡の尽くが葬り去られてしまい、それら
を追求する術は永久に失われた。
(・・・取り敢えず今回の闘いで、連中の幹部級の奴を斃
した上、<<門>>とやらの解放の阻止にも成功はしたが、と
ても勝った等とは言えんし、状況は有利になったとも思え
んな・・・。これで奴等も俺達の事を、はっきり『敵』と
認識した筈だ。そしてこの先、どんな手を使ってでも、こ
ちらを潰しに掛かって来るだろうな・・・)
 やはり崩れた洞窟の入り口を眺めながら、この先に待つ
『次の闘い』の事を考えつつ、頭髪を掻き回した俺が立ち
上がった所へ、不意に如月が声を掛けて来た。
「風間君・・・。もしよかったら、僕にも、あの鬼道衆か
らこの地を護る手伝いをさせてくれないか?」
 この如月の申し出に、正直俺は、以外さを禁じえなかっ
た。この件に於いては、共闘の姿勢を取ったが、向こうに
してみれば、それは『やむおえず』の選択であろうから、
今後、手を組むような事は無いだろうと、思っていたのだ
が・・・。こちらに断る様な理由や事情など無い。頷きつ
つ、手を差し出した。
「力を貸して貰えるなら、俺としても非常に有り難い。こ
の先・・・、よろしく頼む」
 俺が差し出した手を、如月は細い身体付きからすれば、
以外な程の力で握り返して来た。
「ありがとう。本当はーーー、初めから、こうなる事が決
まっていたような気がするよ。あの時、あのプールで君達
に会った時からね・・・」
 ふっ、と笑って見せると、言葉を続ける。
「それから・・・、君達が使っている、武器の手入れや修
理も、うちの店で請け負うよ。遠慮無く言ってくれ」
「そいつも又、有り難い。そういう支援を得られたなら、
これから先の闘いが随分、楽になる・・・。頼らせて貰う
ぞ」
「ああ。この東京に満ちた邪念を払う。それが、僕の使命
だ。それを果たす為に、君達と共に歩もう」
「・・・おれ達の闘いは、まだ始まったばかりだ・・・」
 夜空を見上げつつ、醍醐がそう呟いた時。つられて天を
仰ぎ見た俺の目の前を、星が流れ落ちたのが見えた。
 ・・・それはもしかしたら、今度の闘いにて散った、幾
多の魂の一つが消え往く前の、最後の輝きだったかも知れ
ない・・・。

           ・・・第九話『鬼道』へ・・・

 戦人記・第九話「鬼道」へ続く。

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