戻る

真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第九話「鬼道」其の壱


「御屋形様ッ!!」
 ・・・港区の地下神殿にて、水角が討ち斃されてより、
そう時間は経過ってはいない。どこか古めかしい寺院か、
武家屋敷を思わせる建物の板張りの廊下を、鬼道衆の下級
戦闘員・・・今後、『下忍』と呼称する・・・が、緊迫し
た声を上げながら、慌ただしく駆けていた。
「御屋形様ーーーッ!!」
 そして建物の一番奥。廊下とその部屋を隔てる襖を勢い
よく開け放つと、礼もそこそこに駆け込む。
 ・・・薄暗い部屋を照らすのは、柱に掲げられた灯篭で
あり、そのほのかな明かりの下。部屋の中央に一人の男が
鎮座しており、その足元にはまるで後宮に侍る寵姫(ちょ
うき)さながらに、幾人もの学生服姿の少女がすがり付い
たり、板張りの床の上にたむろしていた。が・・・、その
目のどれもが、恍惚を含んでぼやけ、焦点を欠いた物であ
り、意志らしき物を感じさせはしなかった。
 御屋形様と呼ばれたこの男・・・、長髪を頭の後ろで一
纏めにし、彫りが深く、野趣溢れる精悍な顔立ちに加え、
長身ではないが、がっちりとした体格が合わさった事で、
見た目上の年齢を幾分引き上げてはいたが、本人が身に付
けているのは、金色のボタンを幾つも付け、派手な柄を染
め抜いた丈の長い紺の学生服である。そして男は、不意の
乱入者を睨み付けると、寛容とは程遠い声を出す。
「・・・。なんでェ、騒々しい。俺の可愛い女達が恐がる
じゃねェか」
 この屋敷の主であると共に、一党の上に立つ、絶対的な
支配者の声に、下忍は『ばっ!!』と、その場に拝詭する
と、携えて来た情報・・・主君の期待とは正反対の内容・
・・を、報告する。
「おッ、御屋形様に申し上げますッ。鬼道門の封印は、邪
魔か入り解く事叶わずーーー、すッ、水角様も、討ち死に
された御様子でーーー」
「なんだと・・・?」
 眉が急角度に跳ね上がったのに続いての、短い言葉の中
に怒りと殺気一歩手前の不興と険がはっきりと含まれてい
る事に気付いて、下忍はびくりと体を慄わせつつ、一段と
頭を下げる。
「もう一度いってみろ」
「きッ、鬼道門の解封の儀は失敗にーーー」
「・・・・・・。失敗した・・・だと?」
 男の声に、ひたすら平伏する下忍。
「・・・珠はどうした?」
「はッ、それが、水角様を斃した輩に、奪われ・・・、目
下、人を出して捜させております」
「そうか・・・。水角の奴め・・・。せっかく、俺が封印
を解いてやったってのによ・・・」
 報告を聞いてのその言葉も、部下の死を惜しむという感
じでは無く、露骨では無いにせよ、むしろ、失望とか軽蔑
といった物の方が大きい。
「水角を斃した奴らを見たか?」
「はッ。それが・・・、まだ年若い輩で、年の頃は十七、
八かと・・・」
「若ェな・・・」
 自身もそう変わらない筈だが、その台詞が些かの陳腐さ
も感じさせないどころか、悠然たる口調で言ってのける辺
り、この男は年に似合わぬ凄味と風格に加え、カリスマと
呼び得る物をその身に持ち合わせている。
「なるほどな・・・。あァ、それともうひとつーーー。ち
ょっと、こっちへ来な」
「はッ。なんでしょーーーうぎゃあッ!!」
 一人ごちた後で、軽い用件を思い出したかの用な口調で
男に声を掛けられ、その声に従って立ち上がり、数歩近寄
った下忍の言葉は、途中から絶鳴にとって変わる。
 のこのこ近付く下忍に、男は抜く手も見せず、神速とも
いえる程の斬撃を送り込み、ばっさりと胴を薙いだのだ。
「お・・・、御屋形・・・さ・・・ま・・・」
「水角も一人じゃ寂しかろうよ。長い黄泉路の旅だ、水角
の供をしていくがいい」
 膝を付いた下忍に対し、男は酷薄という表現ですら暖か
く聞こえる程の声調で言い捨てると、手にした大振りの太
刀を無造作に振るう。・・・下忍の首が音も無く宙を飛ん
で床に転がると、残された胴体も床に倒れ伏し、やがては
鬼面だけを残し、その存在は消滅した・・・。
 下忍が消えた後、男は刀を鞘に納めて立ち上がると、思
慮深げな声を出したのに続いて、明かりの届かぬ室内の闇
の部分へと呼びかける。
「ふむ・・・。炎角、雷角、岩角ッ」
 その声に一秒の間も置かず、闇の中に能面を模した、三
つの仮面が浮かび上がった。
「ここに・・・」
 最も近い位置にあった金色の仮面が、恭しい声で告げる
と、男はそちらへと向き直る。
「お前達は、引き続き例のものを捜せ」
「御意・・・」
 闇の中、金色の仮面を身に付けた何者かが、主の声に答
えた後、再び闇の奥深くへと遠ざかる。
「この炎角、必ずや御屋形様の御為に、お役に立って御覧
にいれます」
「うむ・・・。あれが、この俺の手に入らねば、所詮ーー
ー、全ては世迷い言だ」
「御意・・・」
 ・・・以前、死蝋を言葉巧みに騙して踊らせた上、比良
坂を死に至らしめた張本人・・・が、主に向け忠勤を誓っ
てみせるのに対し、男は大仰に頷きながらそれに答え、そ
の仮面も一礼の後、消える。
「お・・・おでも、頑張る。御屋形様の為に、頑張る・・
・」
「うむ・・・」
 既に消えた二名より、一段高い位置にあった面が、最後
に言葉を発する。その言葉には、イントネーションに難が
有り、聞く者に奇矯な印象を与える。しかし、それを気に
した様子も無く、男が鷹揚に頷くと、先の二者に続いて、
その気配はかき消える。
「それからーーー、風角、風角はいるかッ」
「御屋形様の御側にーーー」
 男の声が響くと同時に、その背後にふっ、と緑色の仮面
・・・こちらは、凶津が醍醐に対し抱いていた、わだかま
りや負の念を巧みに利用、煽動して、闘わせたあげく、用
済みとなった所で始末した・・・が現れると、ごく自然な
動作で臣下の礼を取った所へ、振り向きもせず男が聞く。
「準備は進んでいるんだろうな」
「もちろんでございます。もう間もなくーーー、最後の贄
と、月の満ちるのを待つばかりにございます」
「そうか・・・。上出来だ」
「ははッ、有り難きお言葉。この風角、老いた我が身果て
るまで御屋形様の御為となりましょう」
 満足げな主の言葉に、一段と深く頭を垂れてみせる。そ
の態度からかいま見えるのは、崇拝をも越えた忠誠心であ
り、主の意を受けるべく振る舞う様なそぶりや、卑屈さと
いった物は微塵も存在しない。
「世辞はいい。抜かるんじゃねェぞ」
「ははッ、ではーーー」
 最後にもう一度、頭を垂れると、その存在は既に消えた
三人と同様、音も無くその場より消え失せる。
 そして男は元々腰掛けていた、折り畳み型の椅子に再び
腰を落ち着ける。その口元には、にいぃぃっと、野太い上
にふてぶてしく、加えて邪気と愉悦に満ちた笑みがたたえ
られていた。
「くくくッ・・・。それじゃ、俺は高見の見物と洒落込む
か・・・。くくくッ・・・。面白くなって来やがったぜ・
・・」
 すぐ近くで揺らめく、蝋燭の灯し火に照らし出された男
の横顔に、微妙な陰影が作られる。そして男は、堪えかね
たかの様に肩を震わせながら、足元に侍らせた小女達を一
顧だにせず、独り暗く、低い笑い声を上げ続けていた。


   異伝・東京魔人学園戦人記 第九話『鬼道』

 ・・・八月。夏真っ盛りの熱い季節ではあるが、『白い
雲、眩しい太陽、はじける情熱、そして・・・、一夏の体
験』・・・なんぞと言う、お決まりの単語とは(毎年の事
だが)無縁の生活を俺は送っていた。一昨年の夏は勉強そ
っちのけで、朝から晩までひたすらバイトに明け暮れ、そ
して去年は師と共に東北地方の山に篭り、<<力>>を高め、
使いこなす為の修行に励んでいたか・・・・・・。
 必要最小限の物を除き、水や食料も含めて全て『現地調
達』のサバイバル生活。でかいスズメ蜂や毒蛇に襲われた
り、道に迷ってあわや遭難しかけたり、極めつけは野生化
した犬の群れや熊を相手に一戦交えるわと、他にも散々な
目に遭いはしたが、今の俺があるのは、この荒修行で得た
物の積み重ねが有ればこそである。
 そして何より重要なのは、俺は今年受験生である事だ。
進学生を対象に学校が週に二回程行っている、夏季特別講
習にも積極的に参加し、進学を前提とした今後の予定を立
てつつも、今の所は目立った動きを見せていない鬼道衆と
の『第2ラウンド』に備えて、共闘する事になった如月や
裏密の手を借りて、闘いの準備を進めていた。
 そして盆が終わると共に、休暇を取り帰国していた親父
も、再び任地である南米某国に戻り、夏休みも残す所、二
週間を切ったある日の事・・・。

       ■新宿区ーー新宿通り■

 ・・・その日は只、ひたすらに暇な日の筈だった。既に
夏休みの課題も全て片付け終え、講習や『旧校舎』に行く
予定もなければ、家事等の雑事処理に於いてもまた然り。
 それが急変したのは、朝食の後に電話が甲高い呼出音を
奏でたからであったが。
「あッーーー!! おーいッ!! 風間クン!! おッは
よーッ!!」
「・・・そう大声を出さなくても、聞こえている」
 人混みの向こうから聞こえて来た声と、勢い良く頭の上
で振り回す手の持ち主に向かい、俺が答えた所へ軽快な足
音と共に、声の主である桜井が俺の前に立つ。
「へへへッ、夏休みだってのに、わざわざ呼び出してゴメ
ンね。もうすぐ、葵も来ると思うからさッ」
 活動的な私服姿の桜井が、元気良く走り寄って来ると、
暑さもなんのそのといった調子で、にこやかに笑い掛けて
来る。
「でも、嬉しいな。風間クンが買い物に付き合ってくれる
なんてさ。へへへッ、サンキュッ」
「・・・取り立てて予定も無かったし、単に暇潰しの一環
だ。礼を言う様な事では無い」
 毎度ながら愛想も何も無い、つっけんどんな返事だった
が、それを気にした風も無く桜井が頷いた直後。
「あーーーッ、来た来たッ。さすが、葵。時間ピッタリッ
!!」
「うふふ。おはよう、小蒔」
 優美な足取りで、雑踏の中をすり抜ける様に近寄って来
た美里が、柔和な微笑を浮かべ桜井の挨拶に答えると、視
線を俺に向ける。
「おはよう、翔二くん。休み中なのに・・・、迷惑じゃな
かったかしら」
「問題無い」
「それなら、よかったわ。今日は、よろしくね、翔二くん

「ああ」
「けど、まあ買い物といっても、大したものじゃないんだ
よね。ボクは弟の誕生日プレゼントで、葵は、確か日記帳
がいるんだよねッ」
「え、ええ・・・。でも、私はただ、小蒔の買い物のつい
でにと思っただけで・・・」
「遠慮することないよッ。葵にとっては必要なものなんだ
からさッ。それより、早く行こッ。ボクたち、午後から学
校に行かなきゃならないんだッ」
 話しつつも、駅前にそびえ立つ、巨大な複合ショッピン
グセンターへと入り、入り口近くの総合案内板を眺める。
「えーと・・・、まず、どこから行こうか」
「・・・目的の物は同一フロアにあるが、ここからでは文
房具よりは、玩具売り場の方が近いな。そちらから回った
方が、効率的か」
 案内板の横にある、売り場やエレベーター等の配置を書
き連ねた表示を見て取っての俺の声に、桜井がこっちを見
やる。
「え、ボクの買い物が先でいいの?」
「気にしなくていいのよ、小蒔。もともとは小蒔の買い物
なんだから」
「えへへッ。サンキュ、葵。それじゃ、行こうッ!!」
 言うなり即、桜井は行動に移り、近くのエスカレーター
へと駆け寄って行くと、俺と美里もそれに続いた。

         ■玩具売り場■

「小蒔の弟さんって、今度、中学生になるのよね」
「ああ、それは上から二番目の弟だよ。今度、誕生日なの
は一番下のヤツ。来年、小学校に上がるんだッ」
 目的の階に着いて、エスカレーターを降りた所で、話し
かけた美里に桜井が答えた後、後ろに立つ俺の方を見る。
「あッ・・・、風間クンは知らないんだよね。ボクが姉弟
の一番上で、下に三人いるんだッ」
「・・・そうだったのか。大所帯だな」
 初めて知った桜井の家族の事に、俺はそう感想を洩らし
た。
「うふふ。私は、家は3人家族で、兄妹もいないから・・
・、小蒔が少し羨ましいわ」
 美里の声を聞いて桜井は、少し照れくさそうに笑ってみ
せる。
「えへへッ。まッ、にぎやかなだけだけどねッ。風間クン
は・・・ッ!?」
 触れるべきでは無い話題に触れた事に気付き、桜井の言
葉が途中で止まった。と、同時にそれまでの楽しそうな空
気が、みるみるうちに萎んで表情が曇ると、声のトーンも
半分程にまで落ち込む。
「あ・・・。その・・・、ゴメン。あんまり、気持ちのい
い話題じゃなかったよね・・・・・・」
「・・・もう過ぎた事だ、気にするな。第一、本人が既に
何とも思っていない事だからな。桜井が謝る事も、悪く感
じる必要も無い」
「う、うん・・・。ホント、ゴメンね。風間クン・・・」
「翔二くん・・・」
 しゅんとして、うつむき加減のまま、心底すまなそうに
言う桜井。そして美里は、何とも表現し難い顔をして俺を
見る。その二人の視線から顔をそらした俺は、別の話題を
持ち出した。
「それよりも・・・、プレゼントに何を買うのか、もう決
めているのか、桜井?」
 それを聞いて、売り場に並ぶ数々の玩具に目をやった桜
井が、『う〜ん』と、眉をしかめて考え込む。
「そこが、悩むトコロなんだよね・・・。この、テレビで
やってるロボットもいいけど、このラジコンもいいよあ。
あッ、ゲームソフトもいいよね・・・」
 いざ来てみると目移りするのか、きょろきょろと売り場
を見回した桜井は、目立つ所に置いてあった品物を手に、
考え込む。そして俺も、プラモデルやアクション・フィギ
ュアに、ジグソーパズルといったものが置いてある辺りに
視線を漂わせた。
(・・・この前のパズルも完成したし、ここまで来たつい
でに、俺も何か買って行くか・・・。ちょっとした、気分
転換にいいかもな・・・)
 売り場を見ていて、子供の頃の一番の娯しみの記憶が、
ふと胸の内に沸き上がって来た時。
「ねえ、風間クン。どれがいいと思う?」
「ん・・・? そうだな・・・」
 視線を桜井が見ていた、人気商品が陳列されている棚に
向けると、少しばかりの間、思案する。
「・・・。ゲームでいいんじゃないか? ラジコンや玩具
と違って、姉弟や友達とかでも遊べるだろうし」
「うんッ。これなら、みんなで遊べるし、いいかもしれな
い。これに決めたッ」
 俺の意見(という程でもないが)に頷ける所があったの
だろう。桜井はキャラクター物のゲームソフトを持ち、カ
ウンターへと向かう。そして待つまでもなく、リボンの付
いた小さな袋包みを持って戻って来た。
「それじゃあ、次は葵の買い物だねッ」
 と、その足で同フロアの一角にある、文房具売り場へ足
を向けたのだった。

         ■文房具売り場■

「でも、葵って本当にマメだよねえ。いつもここで日記帳
を買って、毎日、日記をつけて・・・。ボクだったら、三
日と続かないな」
「うふふ。もう習慣のようなものよ。それに最近は、書く
事が多すぎて困るぐらいよ」
 感心したように言う桜井に向かい、美里が穏やかに笑い
ながら返事をすると、更に桜井が聞いて来る。
「ふーん・・・。いつも、どんなこと書いてるの?」
「そうね・・・。例えば学校であった事とか、事件のこと
・・・。それからーーー、うふふ。あとは、秘密よ」
 最後に小さく笑って、質問に答えた美里に、声と顔の両
方で残念そうなそぶりを見せる桜井。
「え〜ッ、気になるなァ。風間クンだって、すご〜く気に
なるよね?」
「生憎、俺は他人の私事(プライベート)に興味は無い」
「またまた、冷めたフリしちゃって。ホントはすッごく、
気になってるんだよねェ〜」
 話を振られた俺は、ぶっきらぼうかつ、冷淡な声調で答
えたが、桜井はどこか意地悪い、もしくは意味ありげな笑
みを浮かべて、俺を見る。
「あのな、俺は・・・」
「もうッ、小蒔!! 翔二くんは、そんな事おもってない
わよ。それに・・・、日記の内容なんて、人に話すものじ
ゃないもの・・・」
「まッ、それもそうだね」
 俺の台詞の途中、美里が軽くたしなめる様な口調で話に
割って入った後、表情を改めて諭す様に言うと、桜井もそ
れ以上は追求せずに頷いてみせた為、この話題はそこで終
わった。
「それより、どれにしようかしら。・・・翔二くんは、ど
れがいいと思う?」
「ん・・・? そうだな・・・」 
 俺が日記を書くのに使っているのは、五冊二百円の大学
ノートに適当に線を引いた物だが、まさかそれをやる訳に
もいくまい。先程と同じように、売り場に並べられた数々
の品物に視線を送る。
(・・・・・・さて、どうしたものか・・・。俺には、こ
ういう物を選ぶセンスは、殆ど無いからな・・・)
 ・・・これが闘いならば、さして迷わずに済むのだが・
・・。俺の目の前に並んでいるのは、ページの一枚、一枚
に四季の花々をあしらった物に、表紙に赤を基調としたチ
ェックの柄を使った物、そして何の飾り気も無い、地味な
単色の表紙の物。その他にも世界の景勝地や、仔犬や仔猫
が戯れる姿を写した物など様々な物が有ったが、取り敢え
ず、それらを手に取って、ぱらぱらとめくってみる。
(・・・・・・むう。俺には、美里の好みは分からんし、
無難な線で行くかな・・・。かなり安直な選択かも知れん
が・・・)
「・・・・・・。これなんか、どうだ?」
 花柄の奴を手にすると、美里の方へと差し出す。
「そうね・・・。やっぱりこれが一番いいかしら」
「うんッ。これが一番、葵にはピッタリだよねッ」
「うふふ。ありがとう、小蒔。せっかく、翔二くんが選ん
でくれたんだもの、私、これにするわ」
「そうか」
「よしッ。これで買い物はおしまいだね」
 美里が頷きつつ、差し出した日記帳を受け取った所で、
桜井がそう口を開いた時。
「・・・済まんが、俺も買いたい物が有る」
「? 急にどうしたの、風間クン?」
「ん・・・、ここまで来たついでに、細々した物を買って
おこうと思ってな。・・・二人共、構わないか?」
「ええ。もちろんよ」
「うんッ。今度は、ボクたちがキミに付き合うよッ」
 嫌な顔一つせず、二人が頷いたので、俺はビル内にある
ペットショップやチケットセンター等を回り、必要として
いたハムスター用の餌や、映画の前売り券といった物を購
入して、全員の買い物が終わった所で、俺は駅前にて二人
と別れて、別行動をとった。

         ■如月骨董品店■

 いくら俺が方向音痴といえど、幾度と無く通えば、道順
や目的地までの目印類は憶える物である。新宿の裏通りに
存在するその店へ辿り着くのに、そう苦労はしなかった。
 いつもの様に古びた暖簾を潜り、引き戸を開ける。
「・・・いらっしゃい。今日は、何の用だい?」
 店内に入ると同時に、店の主が声を掛けて来る。音源の
方を見やると、いつもの学生服では無く、ゆったりとした
着物姿の如月が、陶器製と思しき猫の置物を拭く手を休め
て、こちらを見ていた。
「そこまで出てきたついででな。・・・福袋の『朱雀』を
一つに、『火神之玉』『雷神之玉』『天津神之玉』をそれ
ぞれ、一つずつ欲しいのだが」
「どうもありがとう。全部で、二万円だよ」
 会話の流れは、コンビニでパンを買う様な物とさして変
わらない。代金を支払って、新たに買った物を持参した袋
に詰めた所へ。
「・・・風間君。君が前に依頼していた、道具類の鑑定と
買い取りについて話があるのだが、構わないかな?」
「ああ」
「そうか。立ち話もなんだし、上がってくれ」
 店先に『休憩中』の札を下げた後、如月に付いて座敷に
上がる。俺は以前、『旧校舎』で獲得、回収した物品の鑑
定と買い取りを如月に依頼しており、その結果が出たよう
だ。座敷に鎮座する年代物のちゃぶ台の上に、紙の束が幾
つか置かれる。
「・・・道具類の名称や効果等は、全てこっちのファイル
に纏めてある。目を通してくれ給え」
「わかった」
「それと、買い取りの方だが、そちらは総計で百三十万と
いった所か。買い取り品目のリストはこっちにある。目を
通してみて、おかしい所がなければ、ここにサインを」
「わかった」
 ・・・それから3〜4分程リストの内容を調べた後、俺
はその『売買契約書』にサインした。武器や道具も全員分
の予備は確保しているし、必要以上に死蔵した所で、床を
取るだけである。収納場所にも限界が有るし、売れる物は
売ってしまった方が、何かと都合が良い。
「で、買い取りの代金はどうしようか? 口座振込と現金
払い、どちらにする?」
「口座振込で頼む。口座番号は・・・」 
 そして『商談』が終わり、如月が出してくれた茶をすす
っていると。
「後は・・・、注文の品が、仕上がってるよ」
 如月がそう言いつつ、奥から小振りのケースを持ち出し
て、俺の前に置いた。
「君の要求は厳しかったからね・・・。色々と苦労はした
が、その分満足いく物に仕上がったと、自負しているよ」
 ケースの封を開け、中身を俺に示す。
「! ははッ、これは・・・」
「米国の特殊部隊向けに開発された、ドイツ製の戦闘用大
型拳銃を元にした、君専用の『対妖物戦闘用霊銃・真龍』
だ。要求通り、元来、外付けのレーザー照準器を小型化し
て本体に組み込んであるし、発砲時の音を可能な限り減衰
する様、銃身内に特殊な工作がしてある。他に安全機構は
オーストリア製の自動拳銃と同じく、トリガー部分に施し
ている。その他の細かい仕様や諸元等は、マニュアルを見
てくれ給え。・・・結果的に少々、クセがあり、重く、大
きくなりはしたが、君なら問題無く扱えるだろう」
 手を伸ばすと、箱の中から艶消しの黒に塗られた銃を取
り出した。マニュアルに目を通しながら、左右の手で持っ
てバランスを確かめたり、ホルスターからの抜き撃ちを試
してみるなどしたが、手に入れたばかりの冷たく、ずっし
りとしたゴツイ作りの金属の塊は、いつぞやの手甲の時と
同じく、初めてとは思えない程、手にしっくり来た。
「・・・満足のいくものだ。これの代金は明日にもそちら
の口座に振り込もう」
 最後に、同封されていた請求書を見た後、銃を元通りケ
ースに仕舞い込んで、立ち上がる。
「ああ。また来てくれよ」
 その如月の声に送られ、俺は店を後にした。そして寄り
道せず家に帰り着くと再度、外出の用意に掛かった。目的
は勿論、『旧校舎』にて新型銃の実戦運用評価を出し、そ
れを元に完全な調整を行う為である。買って来た物を片付
け、手早く服を余所行きから、ラフで活劇に向いた物に着
替え終え、背嚢に幾つか道具を放り込んで準備を整え終え
ると、家を出た。

      ■真神学園ーーー校門前■

 別段急ぐ様な事でもないので、ぶらぶら歩きながら校門
前に差し掛かった所で、校舎側から人が歩いて来るのが見
えた。その足取りは妙に鈍く、疲れている様に見えたが、
ふと顔を上げて俺の姿に気付くと同時に、こっちに向かい
猛然と走り寄ると開口一番、嫌味が出た。
「やァ、風間クンッ。夏休みをエンジョイしてるかい?」
「ひがみは止せ、京一。悪いな、風間。こいつは毎日のよ
うに補修なもんで、拗ねてるだけだ」
 少し遅れてやって来た醍醐が、俺に対し手を上げて挨拶
しながら、相棒のフォローを行う。
「誰が拗ねるかッ、子供(ガキ)じゃあるまいし。クソッ、
オレの高校最後の夏休みが無駄に過ぎていく。浜辺でビキ
ニのおネェちゃんが、俺を待っているってのによォ」
 なんぞと、そっぽを向いた京一が、ぶつぶつと不満を洩
らす。・・・これを『拗ねてる』と言わずして、何と言う
のだ?
 ・・・因みに、今回の期末試験に於いて俺は学年、クラ
ス共に次席だった。首席の美里に、理系科目に於いては勝
ったものの、文系科目にて遅れを取った為である。首席と
次席の差は僅かだったが、次席と第三席の間には十点以上
の開きが有った。桜井は全教科、そつ無く点を取ったので
赤点は無し。醍醐は英語の他、2科目で赤点を喰らい、そ
して京一はと言うと・・・。いや、コメントは差し控えよ
う。俺にも(一応)情けは有る。
「・・・。試験前になって泣きついて来たから、ノートを
フルコピーさせてやった上、赤点を免れる為にヤバい科目
の、簡単なレクチャーまでしてやったにも関わらず、もの
の見事に赤点取っておいて何を言うか」
「うっ・・・」
 俺の反撃に京一が固まった。その横で醍醐が諦めた様に
肩で息をつく。
「まあ、おれも京一も自業自得だからな。この夏は、腹を
据えて勉強するしかなさそうだ。それより、風間。お前は
どうしてここにーーー」
 醍醐の質問に答えようと、口を開きかけた時。
「あッ、いたわね」
「その声は・・・、エリちゃんッ!!」
 背後から響いた溌刺とした声に気付き、京一が声を張り
上げるのに続き俺が振り向くと、いつものようにぱりっと
した機能的なスーツ姿の天野さんが、こちらに向かいなが
ら声を掛けて来る。
「間に合って良かったわ。夏休みなのに、学校で勉強なん
て大変ね」
「うッ・・・。いッ、いや、オレたちは、そんな不名誉な
理由じゃ・・・」
 言葉に詰まった後、あたふたと言い訳を始める京一に、
天野さんは笑いを噛み殺しながらそれに答える。
「ふふふッ。誤魔化さなくてもいいわよ。補修っていうの
も楽しいものだし。なんか、いいじゃない。学校に来る理
由ができて」
「ちえッ。人事だと思って」
「ふふふッ。今日はみんなに頼みたい事があって来たの」
 舌打ちしてふて腐れる京一を見て、もう一度笑った天野
さんだが、すぐ真面目な表情になっての言葉に、醍醐は幾
分怪訝そうな顔をして聞き返す。
「おれ達に・・・ですか?」
「ええ。本当はあの二人にも聞いて欲しかったんだけど」
「美里と小蒔なら多分、午後から来るぜ。小蒔は最後の練
習試合が近いから、ここんとこ毎日部活に出てるし、美里
は生徒会がどうとかいってたしな」
 ・・・成る程。先刻、桜井が『午後から学校に〜』とか
言ってたのは、そういう訳が有っての事か。京一の声を聞
いた天野さんが、思案するように頬に手をやった。
「そう・・・。それじゃ、とりあえず3人に話を聞いても
らおうかしら。どこかでお昼でも食べながら・・・。どう
かしら? 風間君」
 ・・・闘いの前に、胃に食物を入れるのは複数の意味で
避けるべきだが、誘いを無碍に断るのも気が引けた上、話
の内容にも聞くべき何かが有る様に思え、俺は承諾した。
「自分でよければ、聞きましょう」
「ありがとう、風間君。やっぱり、あなた達は頼りになる
わ。ふふふッ・・・。あなた達の好意はありがたく、受け
取っとくわ。お昼ご飯は何がいい? わたしが奢るわよ」
「やったぜッ!! えーッと、それじゃあ・・・、えーと
、えーと・・・」
 そう安堵と謝辞が混ざった口調で言うと、営業用のもの
では無い、にこやかで人なつっこい笑いを浮かべながらの
天野さんの声に、京一は小躍りして喜んだ後、やたら真剣
な面持ちで考え込んで、唸り声を洩らす。そして考えた末
に、出てきた言葉といえば・・・。
「・・・この期に及んで、ラーメンしか思い付かない自分
が憎いッ」
「お前な・・・。散々、考えて結局それかッ。何が悲しく
て、この暑い中ラーメンなんぞ・・・」
 思わず京一に対し、そう突っ込みを入れた時。
「いいじゃないか、ラーメンで。近くにおれ達がよく行く
店があるんですよ」
「あら、それならわたしも行ってみたいわ。案内してくれ
るかしら?」
 醍醐の声に興味を引かれたのか、天野さんもそれに同意
した。・・・スポンサーが決めたからには仕方無い。個人
的には、この近くにある『久寿屋』とかいう、江戸時代か
ら続いている老舗の蕎麦屋が旨いと聞いたので、そこに行
ってみたいのだが・・・。
「しょうがねェ。当初の予定通り、ラーメン食いに行くと
するかッ」
 言うなり、先頭に立って歩き出す京一。そして俺は一番
後ろを歩きながら、いつもの様に考え事をしていた。
 天野さんの持つ情報と、今追い掛けている物が何なのか
は不明だが、俺達を当てにしているという事は、渋谷や港
区でのゴタと同様、警察や世間の常識では対応不能の兇事
(まがごと)であるのは確かだ。
(・・・あれから、約一ヶ月。またぞろ、『奴等』が背後
で動き回っていたとしても、おかしくは無い。か・・・)
 どちらにせよ動くのは、話を聞いてからであるが。何が
起こるか判らぬ以上、その都度臨機応変に対応・・・と言
えば聞こえはいいが、これは実質的には『無為無策』でし
かない。今回の場合、『奴等』との武力衝突が起こるとの
前提を元に、思考と計算を立てた方が良いかも知れない。
 ・・・と、まあ何だかんだで、俺達三人と天野さんは、
昼食がてら話を聞くべく、いつものラーメン屋へと足を向
けたのだった。

          第九話『鬼道』其の二へ・・・

 戦人記・第九話「鬼道」其の弐へ続く。

前頁

次頁

戻る

真・Water Gate Cafe

葵館・談話室