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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第九話「鬼道」其の参

           ■篠崎駅■

 地下鉄に揺られ、十以上の駅を経て漸く俺は、都営新宿
線の終点にして、皆との合流点であり、謎の連続猟期殺人
事件の渦中に有る地・・・江戸川区、篠崎駅へと降りたっ
た。
 そしてあちこち無駄に捜し回り、時間を浪費するような
事も無く、先発していた京一達との合流もすんなり果たし
た後、俺達一行は街中へと歩き出たのだった。
 (増援として呼んだ如月と高見沢だが、俺が着いた時点
で連絡を取った所、未だこちらに向けて移動中との事であ
り、只、二人を待つのも時間の無駄な為、先に俺達で駅周
辺から調べにかかる事にしたのだ)
「・・・今の所、街にも人にも、変わった所は無いようだ
な」
「ここが江戸川区か・・・」
「オレ、来るの初めてだぜ」
 ぞろぞろと連れ立って歩きながら、様々な店が立ち並び
一応の賑わいは見せてはいるものの、どこか活力に欠けて
おり、どちらかといえば東京の東はずれというより、地方
の少都市のような雑然とした街並を眺め回しつつ、話して
いた俺達の方を、それまで先頭に立って歩いていたアラン
が振り向くと、会話に加わってきた。
「オウ、キョウチ、それはもったいナーイネ。エドガワは
イーイ所ネ。植物園にはホタルもイルネ。それから、ゼン
ヨージのヨーゴーの松も有名ね。今は枯れかかってしまっ
てるケド、いつか葵にも見せてあげたいね」
「へェ。詳しいんだね」
「善養寺の影向の松を知っているなんて、凄いわ」
「HAHAHAッ」
 どうやら俺のいない間に、アランは皆との間に溶け込む
事が出来た様である。今も桜井や天野さんの上げた関心や
賞賛の声に対し、陽気な笑い声で答えている辺り、出会っ
た時のぎくしゃくとした雰囲気はどこへやら、皆、何の屈
託も無く話している。
 ・・・まあ俺と違って、皆は社交性やコミニュケーショ
ン能力に富んでいる様だし、アランの方もそのあけすけで
物怖じしない態度や、気取らず壁を作らないあけっぴろげ
な言動といった物が良い方向に作用したからだろうが。
「でも、影向の松が枯れかかってるなんて・・・」
「そうデス、エリー・・・。悲しいコトデース」
「そうね・・・・・・」
 等と、天野さんとアランがどこか深刻でいて、哀惜に満
ちた表情で話していた所へ。
「アランクンって、日本語うまいけどいつ頃から日本にい
るの?」
「3年前、ハイスクール行くためボク、ニポンに来たデー
ス。ボクのパパとママ、もう、この世にいないネ・・・。
今は伯父サン伯母サンと一緒に住んでマース」
 桜井の質問に答えた言葉の途中に、沈欝な表情と共に隠
しようもない陰が混じった。・・・何げない質問のつもり
が、相手の心の内部に在る、踏み込んではならない領域に
入ってしまった事に気付いて、桜井の顔にさっと後悔と反
省の波が揺らいだ。
「そっか・・・。ゴメン・・・。余計なコト聞いて・・・

「No、Noッ!! 伯父サン伯母サンとてもイイヒト。
ボク今、とてもHappyネ。ボク、伯父サン伯母サンま
で亡くしたら、悲しい・・・。ボク、伯父サン伯母サンを
傷つけるヤツ、許さないネッ」
 と、しょげかえった桜井を安心させ、気遣うように快活
な表情と声を向けるアラン。それを受けて桜井も幾分、ほ
っとしたような顔を見せる。
「やさしいんだね・・・、アランクンって」
「それは当たり前のコトデースッ、コマーキ。ショージも
、大切な人が傷つけられたら怒るネ?」
(大切な人、か・・・)
 不意に話を振られた俺は、そのアランの言葉を胸中で繰
り返してみる。・・・いや、『大切な人』に限らず、仮に
相応の流血や犠牲を伴う事になったとしても、成さねばな
らない事や、守るものなりが自分にあるのかと・・・・・
・。
 ・・・そう。『成さねばならない事』というのは、考え
るまでも無く存在する。そして『大切な人』という言い方
は何だが、それでもこの春以来、行動を共にしてきた面々
に対しては、敬意を払うべき『戦友』であるという意識を
持っているし、何より命一個分の恩と借りが有る事だ。連
中の為なら、俺は自分に可能な限りの手助けは行うし、そ
れが命を張るような荒事や兇事で有った場合なら尚更だ。
そうするに値するだけの理由や価値に意味と云った物があ
いつら全員、誰一人の例外無く有る。
 ひとしきり考えこんだ後、俺はアランの方を見やった。
「・・・そう思うのは、至極もっともな事だろうがな。だ
が、怒るだけならば幼児にだって出来るし、最も呼び起こ
し易い反面、一番制御の難しいものが怒りって代物だ。安
易にそれを呼び覚ました事で見える筈のものを見落とし、
自分のみならず、周囲にいる連中まで危機に巻き込む・・
・。ってのもよくある話だ。仮に本気で怒ったとしても、
最低限心のどこかに理性って名の安全弁は作っておくべき
だ。・・・それに俺の師がよく云っていた。『怒りは闘い
の中に於いて力には成り得ない』とな。尤も、俺は不出来
な弟子だったからな・・・。この言葉も守れているとは言
い難いがな」
「ショージは冷静デスネ・・・」
 アランがそう呟くと、その横顔に向かって京一が気づか
わしげな視線を送り込む。
「なんだかわかんねェけど、お前も結構、苦労してんだな

「風がーーーーーー」
 だが、その京一の声にアランは何の反応も示さず、何の
脈絡も無く口にしたその一言に、京一は不審そうな顔にな
る。
「は?」
「風が止みマシタ・・・・・・」
「風が止んだ・・・? お前、急に何を?」
 アランに声を掛けつつ、俺は周囲を見回した。・・・確
かに、今し方まで僅かながら吹く事で街路樹の梢や、駅前
のアーケード街の宣伝用に立つのぼりや、店先の暖簾とい
った物を揺らしていた風は途絶えてはいるが、それが一体
・・・?
「いや・・・・・・」
「おいッ、美里ッ!?」
 そこへ畳み掛けるかの様に、美里のか細く響く声と、緊
迫感に満ちた醍醐の声が俺の耳に入った。 
「!!」
 瞬時に事態が急変した事を感じ取り、精神の波長を平時
モードから警戒を飛び越え、一気に戦闘モードにまで引き
上げる。
「ああ・・・・・・」
「葵ッ、どうしたのッ!? 顔が真っ青だよッ!!」
 その声を耳にするや、親友の異変に気付いた桜井が、棒
立ちのまま身体を慄わせる美里に慌てて駆け寄り、介抱に
掛かる。
「やめて・・・・・・」
 一瞬だけ視線をやれば、尚も悪夢に苛まれている様な表
情で呟き続ける美里の全身を、微弱ながら『力』を放つ際
の光が包み込む。・・・これは、以前港区の青山霊園地下
に存在した、<<門>>絡みでのドンパチの直前に起こったの
と全く同じ事象。と、いう事は・・・!!
「葵ちゃん!!」
「アオイッ!! しっかりしてクダサイッ!!」
 只ならぬ様子に、天野さんやアランも美里の側に近寄っ
て行く。彼女の事が気にならない訳では無いが、美里の介
抱は四人に任せ、俺は持てる神経の全てを費やし、全方位
に索敵と警戒の網を張り巡らせていた。
(・・・どこだ、奴等は・・・・・・!!)
「だめよ・・・やめてッ・・・。そ、そんなことをしては
・・・・・・」
 その弱々しくも悲痛な叫びが出た瞬間。
 耳を刺す様なけたたましい金属音に続き、爆発音にも似
た重々しい響きが辺り一帯にこだました。
「なんだッ!?」
 得物に手を掛け、俺と同様、警戒に当たっていた京一が
反射的に声を張り上げる一方。
「Shit!!」
 英語で短く悪態をつくや、アランが弾かれたかの様に駆
け出す。
「アランくんッ!!」
「アランッ、どこに行くんだッ!!」
 天野さんや醍醐の制止の声も振り切り、陸上競技の選手
も顔負けの勢いと速度で突っ走って行く。
「糞ッ。おれ達も後を追うぞッ!!」
 と、言うが早いが醍醐や京一、少し遅れて天野さんもア
ランに続く。
 そして『力』の放出も止まり、少し落ち着きを取り戻し
た美里の事は桜井に任せ、俺も又、その後を追い掛けた。
 ひたすらに駆けるアランの姿を追い掛け疾駆する途中、
先行く三人に肩を並べ、追い越した。ほぼ全員が初めて来
た町である。見失いでもすれば事であるが、運の無い事に
曲がり角や信号等に引っ掛かった上に、いつもの如く方向
感覚の無さも加わり、結果として無駄足を踏む事になって
しまった。

         ■江戸川大橋■

 多数の通行人に迷惑を掛けまくった駅前通りを抜け、何
分か走った後。標識に『京葉道路』と書かれた大きく開け
た道路に出た所で、やっと十数m先を走るアランの姿を捕
らえる事が出来た。離されないよう、すかさず後を追う。
 やがて、その道路の先に架かっている、大きくはあるが
かなり古びた橋・・・前方に掲げられた標識には『江戸川
大橋』と読み取れる・・・が見えて来た所で、俺はある物
を目にした。
「!?」
 橋のたもとにて、国産の2シーター、スポーツタイプ・
・・車種までは判らない・・・の車が壁に衝突し、無惨に
も大破していたのだ。
 その半ばスクラップと化し、白煙を上げている車に、一
陣の風の如く現れた黒い影が近寄ると、車内から何やら丸
っこい塊を拾い上げるや、素早く身を翻すのが見えた。
(・・・やはり奴等か!!)
 コンマ数秒の出来事とはいえ、俺の網膜・・・因みに裸
眼視力は両方とも3,0だ・・・に映った物は、深緑色の
忍び装束に鬼面という、決して見間違いようも無い姿であ
った。
 そしてその影に向かい、アランが烈しい口調で何やら叫
ぶやいなや、がむしゃらに突っ込んでいく。
「待て、アラン!!」
 『お前では、奴等に・・・』と、続けて叫ぶのももどか
しく、更に加速をかけるが、遅きに失した。
 迫るアランに対し、影・・・鬼道衆が振るった手から『
何か』・・・恐らく『発剄』の類では無く、例の鎌鼬だろ
う・・・が打ち出されたが、それを避けるには距離が詰ま
り過ぎていた。至近距離からの攻撃をまともに喰らい、も
んどりうって倒れるアラン。
『OUCH!!』
 悲鳴がここまで届く。目的は達したのだろう、アランを
一蹴してのけた奴は、大きく跳躍してその場から逃げ去ろ
うとしたが・・・、そうは問屋が卸さない。今の礼は、き
っちりさせてもらう。
「逃がすかッ!!」
 左手にて銃を抜くより早く右手を閃かせ、宙に躍った影
に向け、袖の中に潜ませていた苦無・・・如月骨董品店謹
製、五本セット三万円也・・・を投じる。
「!!」
 それに気付いた奴が空中で身を捻り、苦無は標的を捕ら
える事無く、虚しく飛び去る。
 外した事への舌打ちの後、今度こそ仕留めるべく、着地
した奴に向け間髪入れず、抜き持った銃を立て続けにぶっ
放した。
「これならッ・・・、墜ちろッ!!」
 ぱしゅっ!! 
 今迄とは違う、圧搾空気を吹き付けるかの様な音と共に
『氣』の弾丸が奴を襲う。が・・・・・・。
 奴は俊敏極まる動きを見せ、放った銃弾をものの見事に
かわしてみせると、橋の欄干から飛び降りて、あっという
間に射界から姿を消してしまった。
「何だと!? ・・・ええいっ!!」
 それに対する次のアクションを俺が起こす前に。
「あッ!! 見て、あそこッ!!」
「車が壁に・・・」
「さっき、聞こえたのはこの事故の音だったのか・・・」
 口々に言いつつ、遅れていた五人が追い付いて来た。そ
して最後に付いた天野さんが、橋を見るや当惑の色も露に
呟いた。
「この橋・・・」
「どうした、エリちゃん?」
「この辺りは、確か交通事故が多くて有名な場所よ。専門
家の間では、強力な磁場が発生しているといわれているわ

「磁場?」
「磁力を帯びた土地の事よ。簡単にいうと、霊が集まり易
い場所って事ね。事実、この辺りじゃよく幽霊が目撃され
てるしね」
「れッ、霊!? そ、そんな場所があったんですか?」
 京一の上げた声に淀みなく答える天野さんだが、それを
聞くや目に見えて醍醐の声と表情に狼狽の色が走り、京一
は京一で辺りを眺め始める。
「なるほど、ここがねェ」
「・・・今の時点では、不急不要の事だ。それよりも、や
はり『奴等』が動いている。『あれ』をやらかした下手人
はつい今し方、橋の下へと逃げた所だ。京一と醍醐、桜井
で追ってくれ。まだそう遠くまでは行ってはいない筈だ」
「よっしゃ」
「うむ」
「うん、わかった」
 頷くや、三人が橋の下に広がる河川敷に向かいダッシュ
するのを見送って、俺は未だぴくりともしないアランと事
故車の方へと向かうと、その場に残った天野さんと美里が
無言でそれに続いた。
 十秒と要さず、路上に転がったアランに近寄る。・・・
不幸中の幸いとでも云うか、身体の所々に薄手の切り傷が
あるものの、見える範囲では手酷い外傷は認められない。
 それらを見て取ると、軽く頬を叩いて呼び掛ける。
「おい、生きているか!?」
「アランくん、しっかりしてッ!!」
 俺が『集氣掌』を使うより早く、側にひざまずいた美里
が、素早く『力』を放出し傷の手当にかかる。
「OH・・・、アオーイ・・・。心配してくれて、ありが
ーとネ・・・」
 美里の『力』で傷が塞がるにつれ、顔に血色が戻り、声
や身体にも、活力が回復しつつあるようだ。
「Sorry、ボク、油断したネ。ヘンな仮面を被った奴
。そいつが、車に乗ってたレディの・・・首を・・・」
 上体を起こしたアランが話すより早く、俺は車内の惨状
を見て取っていた。・・・仮にそれを見て卒倒したとして
も、軟弱と誹る気にはなれないし、それ以上に何とも胸ク
ソの悪い光景である。そして天野さん達が車に視線を向け
かけた時。人間の身体から吹き出す液体が放つ独特の臭気
が、風に乗ってこちらへと漂い来る。
「・・・・・・」
「うっ・・・・・・」
 それに気付き、反射的に天野さんや美里が眉をしかめ、
無言で顔を背けたり、手で顔の下半分を覆う。
 ・・・若い女性、いや、人間として当然の反応である。
 美里は『力』を持った故に、そして天野さんは報道記者
として、幾多の事件や事故、修羅場に関わったし、これか
らも関わる事になるだろうが、この臭いだけはそうそう耐
性や免疫が付く様な代物では無い。・・・尤も、こういう
『まっとうでは無い事』に関わる様な立場にあって、この
臭いに対し嫌悪感では無く、慣れや恍惚感を憶える様であ
れば、そいつが『人間辞める日』はそう遠くは無い。
「・・・立てるな、アラン?」
「ノープロブレム。心配はイラナーイネッ」
「・・・よし。早く京一達と合流しましょう。人が集まれ
ば、何かと厄介な事になります」
 酸鼻極まる光景の側で、これ以上話し込む気にはなれな
い。全員を促し、急ぎ足で現場を離れる。そして河川敷を
駆け下りる直前。
「風間く〜ん、お待たせ〜!! やっと、追い付いた〜!
!」
「・・・遅くなった」
 道路の向こうより増援として手配した、如月と高見沢が
走り寄って来るのが見えた。
 挨拶もそこそこに、現状を簡単に説明する。
「・・・成る程。そういう事か」
「理解が早くて助かるよ」
「鬼道衆め・・・。これ以上、この地を貴様らに汚させは
しない。そう、飛水の名にかけてだ」
 一瞬だけ犠牲者の方へ視線を向けた後。語気の烈しさと
は裏腹に、如月の声調も態度も無表情かつ、淡々としたも
のである。そして俺の肘の辺りをつつきながら、相変わら
ず緊迫感の無い声で高見沢が話しかけて来た。
「ねえねえ、風間くん。この人たちだ〜れ〜?」
「ああ、紹介しとく。まず、こちらがルポライターの天野
さん。それで・・・・・・」 
 状況が状況だけに、悠長に立ち話をしている暇は無い。
 初対面同士でごく簡単に名乗りあった後、再び先行して
奴等を追っている醍醐達と合流すべく、ひた走る。
 ・・・しかし、後を追ったのは(割と)熱くなり易い面
々である。醍醐が抑え役としているから、京一辺りが無茶
や先走りをやらかす事は無いと思うが・・・・・・。


 ・・・そして河川敷にて、俺達は暫し中距離ランニング
を続けたが、ろくに手入れもされない為か芝生に代わり、
生い茂った雑草が声高に領土権を主張している辺りまで走
った所で、三人が並んで立っているのが見えた。
「キョウチ、醍醐、小蒔ッ!! ミンナ、大丈夫デースか
?」
「あッ、無事だったんだね」
「おう、無事だったか、アラン」
「ボク、平気。ちょっと油断しただーけネ」
 アランの呼びかけに桜井や醍醐が答え、京一も含めた全
員の顔に安心の色がかいま見える。
「ん? 高見沢に如月まで・・・、風間、お前が呼んだの
か?」
「ああ。後、裏密や雨紋辺りにも来て欲しかったんだが、
都合や連絡がな・・・。ま、七人いたら、連中相手でも、
どうにか戦争やれるだろう。・・・と、それより奴等は?

「あの野郎なら、そこんトコの穴に逃げ込みやがった」
 醍醐からの声に応じた後、続けて俺が発した問いに顎を
しゃくって見せる京一。・・・数m先の地面に、黒々と口
を開いた穴が見えた。やはり、連中の意図する所は、前回
と同じく・・・・・・。
「それじゃあ、早く後を追いましょうッ!! 急がないと
手遅れになってしまうわ」
 ・・・先程のラーメン屋で俺が指摘した通りの状況とな
った以上、正直言えば天野さんとアランには、この場にて
待機して欲しいし、又、そうすべきなのだが。実際、『ヤ
バくなったから』逃げ出すのでは遅いのだ。交戦状態に入
る前の今が、恐らくはこの場から逃げ出す最後の機会であ
るし、これを逃せばもう二度と巡っては来ないだろう。 
 とはいえ・・・。恐らく俺が何を言おうと二人は付いて
来るだろう。内心そう思いつつ、一応、確認と念押しの為
二人に声を掛けたが、やはり返って来た返答は、俺の予想
を逸脱する物では無かった。
 ・・・こうなったからには、俺のやるべき事は前回と同
様である。『責任』の類似品に始まり、その諸々含めて、
複数背負いこむ事になった荷物を今更他人に押し付け、知
らぬ振りは出来ない。そしてかかる事態に対しては、未熟
者は未熟者なりのやり方ないし、今持っている器量と才覚
の及ぶ範囲で何とかしなければならない。このせち辛い世
の中、『誰か助けて・教えて・導いて・何とかして』なん
ぞと喚きたてていた所で、実際に誰かが助けてくれる事な
ど万に一つも無いし、又、他人が教えてくれた道が常に正
しい物とは限らないのだから。
 取り敢えず、地下への突入に先立って、前もって用意し
ておいた、懐中電灯やオイルランプといった照明具を皆に
渡して行く。
 明かりを目当てに狙撃される危険はあるが、こういう状
況で戦う場合、敵の罠や待ち伏せ以上に恐いのが誤射や同
士討ちである。1m先も見えない様な薄暗がりの中で、乱
戦状態に陥ったあげく、京一辺りに背中からバッサリやら
れた日には、それこそ目も当てられない。
「・・・いつもながら、色々持ってきてんな、お前」
 俺から受け取った懐中電灯を弄びながら、京一が感心と
呆れが入り混じった声を出す。
「・・・一事が万事だからな。第一、俺達のやっている事
に、100%の保証なんて無いからには、準備なんて物は
やり過ぎぐらいで丁度良いし、ちょっとした用意で、怪我
や危険の確率を少しでも下げられるなら、面倒臭がっても
おれんよ。それに『戦いとは、常に二手、三手先を読んで
おこなうもの』って、言葉も有る事だしな。・・・ほら」
 三つ目の懐中電灯を手近にいる奴に渡すと、今度は戦闘
用の道具類を取り出し、いつでも使える状態にする。
 突入順は、俺と京一が最前列。如月がそれに続くと、ア
ランや女性陣を真ん中に置き、殿に付くのは醍醐である。
「あの時と一緒だね・・・」
「ああ・・・。港区の地下にあった洞窟と同じだ。鬼道衆
の狙いはやはり・・・」
 ・・・と、言う醍醐と桜井の会話が、洞窟内部に関して
の構造や光景の全てを物語っていた。   
 川の側にある所為か、前にも増して湿気が強く、じめじ
めとした洞窟内を歩き続けた。狭く曲がりくねった通路が
如々に広がって行き、やがて『いかにも』な場所に出た所
で。
「おいッ、醍醐ッ、翔ッ」
「ああ・・・」
「・・・やれやれ。熱烈な歓迎、感謝感激、いたみいる・
・・ってか?」
 京一の警告が洞窟内に響く頃には、前方百八十度に展開
しつつ、ひたひたと迫る殺気の群れに対する備えを、全員
が取っていた。
「ふむ・・・、お客の数は十人と少しか・・・。僕も君達
も、甘く見られたものだ・・・・・・」
 闇の向こうを見透かしつつ言う如月の右手には、いつの
間に抜いたのか黒く刀身を焼いた忍び刀があり、左手にも
複数の苦無が下げられている。
 その間に俺は、『火神之玉』を幾つか掴み出すと、適当
な間隔を置いて周囲にバラ撒いた。
 奴等を狙った訳では無い。戦闘中の視界の確保が目的で
ある。閃光に続いて、赤々とした炎が吹き上がる事によっ
て洞窟内が照らし出されると、手に手に物騒な得物をぶら
下げた『招かれざる客』の姿が露になった。・・・奴等の
意図は見え透いている。これは『時間稼ぎ』以外の何物で
も無い。俺、京一、醍醐、如月、桜井の五人で一人辺り、
ノルマ二匹強。この程度の雑魚、さっさと片さない事には
大事に障る。
「・・・天野さんは、少し下がっていて下さい。どこか物
陰で、なるべく姿勢を低くして」
「えェ。みんな、気をつけてッ」
 俺の声に頷きつつ、それだけ言うと天野さんは後ずさっ
た。そして『アラン、お前も・・・』と続けて言う前に。
「ボクも闘うッ。ミンナと一緒に、闘うネッ!!」
「闘うったって、お前な・・・・・・」
 なんぞと、自信満々に言い放つアランだが、『何を馬鹿
な事を』と言いたげに、呆れた顔をしてみせる京一。
 次の瞬間。
「ーーーーーーッ!!」
 だんっ!!
「うぎゃァッ!!」  
 残像でも発生するかの様な速度でアランの手が動き、最
初に乾いた破裂音。そして前方より届いた、濁った悲鳴が
洞窟内に反響した。
 ・・・一体、どこに隠し持っていたのやら、アランの手
の中には、ICPOに所属する某警部が使っているのと同
じ形の拳銃が握られていた。
「アランーーー。お前、その銃・・・」
 皆の驚きに満ちた視線の中、京一の漏らした声に対しア
ランは、それまでの陽気な笑いに代わって、自信や不敵さ
と云った物をたたえた笑みを浮かべる。
「コレは、風の<<力>>が宿った霊銃(ガン)ネ。この霊銃
が、ボクを東京(この街)に導いてくれたーーー。そう、
アイツを斃せ・・・とネ」
 だんっ!! 
 その語尾に重なる様に再度、銃声が響く。こうして話し
ている合間にも、じりじりと間合いを詰めて来ていた下忍
が、今の一発を喰らって無様にのけぞり、吹っ飛ばされる
のが見えた。
(あいつ・・・?)
 立て続けに下忍を葬った後も、油断無く銃を構え、次の
目標を物色するアランの横顔を眺めやる。
 始めに天野さんがアランに対し、『何かを隠している』
とは言っていたが、確かに誰よりも早く、異変の前兆を感
じとった事に始まり、『風』云々の呟きや、手にしている
銃も含めて、俺達の思っている以上に『訳有り』な過去の
持ち主である事は間違い無い。又、そういった事実もさる
事ながら、より俺の注意を引いたのが、最後に洩らした『
あいつ』とやらの事であるが、今この場においては、それ
以上の思考を持続させる様な事は出来なかった。
「みんな、気をつけろッ。・・・来るぞッ!!」
 そう醍醐が言うが早いが、下忍共がこちらに向かい、一
丸となって押し寄せて来たのだ。
 が、ほんの数分で決着は着いた。
「キィエエエェェェェッ!!」
 京一の振るった刀に込められた『氣』の衝撃波による、
先制の一撃が先頭にいた奴を粉砕し、弓弦の鳴る音も高ら
かに、桜井が放った矢は正確に奴等の顔面を貫いた。
 それに続いて俺やアランが発砲したのに合わせて、如月
の放った苦無が宙を裂くと、連中は次々とその場に倒れた
きり動かなくなる。
 距離が詰まり、接近戦に移っても、俺達の優位は揺るが
ない。
「おおおおッ!!」
 雄叫びと共に醍醐が繰り出す回し蹴りを食らい、脆くも
吹っ飛ぶと、壁に叩き付けられ、ずり落ちる下忍。
「・・・終わりだ」
 一瞬にして下忍の背後を取った如月は、手にした忍び刀
を正確に急所に突き立て、そいつは悲鳴を出す間も無く崩
れ落ちる。
「てめェら、邪魔だってんだろッ!!」
 京一も又、一合と要さず奴等を斬って捨てていく。
 俺は俺で、二匹同時に相手する事になったが、難なく返
り討ちにした。
 最初に左手に持った『真龍』を二連射。続いて刀を振り
かざして襲いかかって来た奴は、刀の間合いに入る以前に
右手からの音速刃で解体し、それで一切の片がついた。
 皆、何ら危なげない戦いぶりだったから、美里に高見沢
の<<力>>による援護の出番も無かったが、この先の事を考
えれば、貴重な癒しや護り手の<<力>>を無駄に消耗させず
に済んだ事は幸いかも知れない。
「全員、負傷も含め、体調に異常とかは無いな?」
 既に無事は確認しているが、それでも念の為、全員に声
を掛けると、『大丈夫』とか『心配無い』等の返事が即座
に返って来た。
「へッ、口ほどにもねェ」
 等と言いつつ、京一が余裕の態度で刀を鞘に納めると、
醍醐の方は終わった事を知り、避難していた岩陰から出て
きた天野さんに話しかける。
「天野さん、大丈夫ですか?」
「えェ。大丈夫よ。それよりも、アラン君・・・あなたは
一体ーーーーーー」
 天野さんの声がきっかけとなり、再びアランに皆の視線
が集中した。が・・・。
「・・・・・・」
 アランは戦闘時と変わらぬ、厳しく思い詰めた様な顔の
まま、腰の後ろに持っていた銃をねじ込むと、無言で踵を
返し歩き出した。
「ノーコメントって訳?」
 天野さんは重ねて呼びかけるものの、やはりアランから
は何の返答も無く、只、黙々と洞窟の奥に向かい歩みを進
めるだけだった。
「まァ、いいわ・・・。いいたくないなら・・・・・・」
「それより、エリちゃん。急ごうぜッ」
「うむ。やつらが<<門>>を開くのを阻止しなければ」
「えェ、急ぎましょう」
 今は何と語り掛けた所で、直接の答えは得られないと悟
ったのだろう、軽く溜め息をついた天野さんに京一達が話
し掛けると、幾分気を取り直した様な顔で頷いて見せ、そ
れら、細々としたやり取りの後、俺達は洞窟の最深部・・
・そこで手ぐすね引いて待ち構えているであろう、鬼道衆
共を討ち斃し、この忌々しい事件のカタを付ける為・・・
を目指した俺達は、一足先に進んでいたアランとすぐ合流
し、洞窟の更に奥へ奥へと進み続けた。
 今の所、洞窟内に敵の気配は無いが、現時点では直接の
襲撃なんぞよりも、時間稼ぎを狙って連中に置き土産(ブ
ービートラップ)を仕掛けられる方が遥かに脅威である。
 京一に代わって先頭に立った如月と共に、充分に警戒し
つつ慎重に、尚かつ可能な限り急ぎ足で歩みを進める。迂
遠な事ないし、無用の心配や手間では? と思わなくも無
いが、やはり相手が相手であるし、もし俺が連中の立場な
らば、<<門>>の開封を邪魔されぬ様、時間稼ぎ兼嫌がらせ
用として幾つか仕掛けて置く所だ。現にこの前の落盤にし
ても偶然の物とは思えないし、そういった事を踏まえたな
ら、何の注意も払わずに只、突き進むだけという事は出来
ない。
 そして延々と伸びる地下通路を進む途中で。 
「ボクたち今、どの辺にいるのかなァ」
「そうね・・・。感じとしては、江戸川に沿って進んでい
るようだけど・・・。でも、<<門>>の真上には封印する為
の『何か』がある筈よ。港区の地下にあった<<門>>を封じ
ていた増上寺の用にね」
 ふと、桜井が洩らした声に天野さんが考えつつ答え、更
に別の疑問を口に出した所へ。
「What? ミンナ、何を話してるんデスか?」 
「まあ、話すと長くなるな・・・・・・」
 つい先程まで見せていた、近寄りがたい雰囲気や表情を
どこかへと押しやり、くだけた様子で話しかけてきたアラ
ンに対し、今迄俺達が首を突っ込んで来た事件について、
アランに話すかどうかは決めかねている様で、醍醐は曖昧
に返える。・・・尤も、悠長に説明している余裕なんぞ、
今の俺達には無いが。
「そういえば、<<門>>に関して、ーーーというか、クトゥ
ルフに関してだけど、新しい情報があるの。聞きたい?」
 そこでまた別の話題を持ち出して来た天野さんに、俺は
即座に頷いてみせると、天野さんは携えていたバッグから
分厚い手帳を取り出し、説明を初めた。
「OK。これは、あるオカルト神話に造詣が深い先生の話
なんだけど、古代中国の文献の中に、『鬼歹老海』という
表記があるの。直訳すると、<<古代の邪悪な海の悪魔>>っ
て意味なんだけど、何か連想しない?」
「そういえばーーー、水角とかいう奴は、どうでもいいと
かいっていたが、水岐は、<<海の底に眠る神>>といってい
た・・・・・・」
 いつもの様に、顎に手をやって考え込んでいた醍醐が、
ふと思い出したかの様に言うと、それを天野さんは肯定し
てみせる。
「そう、海の悪魔と海の邪神・・・。それは、単なる偶然
の一致じゃないと思うの。何より、中国大陸でも、数多く
の黄泉の門が発見されているわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 俺も含めて皆、一言も発する事無く、天野さんの話に聞
きいっている。
「更に、その先生は、『鬼』という文字の起源は、丸い頭
部と、そこから伸びる長い触手・・・。クトゥルフ神話に
出てくる、邪神を表すものだといってるわ」
「クトゥルフが、鬼?」
「・・・・・・」
「世界各地に溢れていた、クトゥルフの邪神たちが、この
日本で、鬼として人々から恐れられていたとしても、何の
不思議もないわ・・・・・・」
(・・・以前、幽霊の様に強い怨念や妄執を抱き、それに
縛られ死にきれない者共や、存在を指して『鬼』と呼ぶと
いう話を聞いた事があるがな・・・。ま、およそ人間は、
己の想像力や理解力といった物を遥かに越える存在を、本
能的に恐れ、忌避すると共に、『それ』に何らかの固有名
詞を与える事で、『正体不明』という物から発せられる、
精神的重圧や恐怖を紛らわそうとする心理を働かせるから
な。それを思えば、昔の人がクトゥルフの妖物共をして、
『鬼』と呼びうるのも、仮説としてはそうおかしい物では
無いし、実際の話、こうも頻繁に関わって来るからには、
クトゥルフについて本格的に調べてみる必要があるな・・
・。まあ、幸いというか、俺の回りには『この手』の話題
や知識に関して、他者の追随を許さない裏密(スペシャリ
スト)がいる事だし、この一件が片付いたら、話を聞いて
みるとしよう・・・。しかし・・・、<<力>>に始まり、鬼
道衆といい、クトゥルフもそうだが、一体、この街には大
凡、全うな人の認識や理解を超越した『もの』がどれだけ
存在する事やら・・・)
「なるほど・・・。鬼道衆(やつら)は、そいつを知り、そ
れを復活させようという訳か・・・・・・」
「えェ。鬼道衆の狙いが、この東京の転覆ならね」
 俺が頭蓋骨の中に広がる、『思考』という名の迷路を彷
徨つく一方で、醍醐の相槌と得心が入り混じった声に、手
帳を閉じながら天野さんは頷き、答える。
「ボクには、ハナシ難しくてよくわからないケド、ショー
ジにエリーも、ミンナとても勇気があるネ。・・・・・・
もしも、あの時・・・、ボクにもう少し、勇気があれば・
・・・・・・」
 ややうつむき加減で、アランがそう呟き、それが俺の耳
に滑り込んで来た時、どこか癒し難い痛みや、やりきれな
さといった物がたゆたっていた様に感じられた。
(・・・・・・。他人が見てどう思ってるかは知らんが、
『勇気』なんて立派な代物、俺にだって有りゃしない。実
の所俺は、『奴等』の不愉快で理不尽なやり口や言い分、
そして存在その物を完全に否定すると共に、俺の中に有る
報復心や憤怒、闘争本能と敵がい心といった物を糧に、こ
の地上から奴等を完全に滅ぼし絶やす為だけに、動いてい
るに過ぎないのだからな・・・・・・)
 そしてアランの言葉に、俺は『あの日』以来、精神の一
番奥の部分に留まり続けている思いを再確認すると共に、
皮肉と自嘲を込めて胸中で呟く。
「?」
「・・・・・・」
 そして俺とは又、別の何かを感じたかの様に天野さんや
桜井の視線が集中する一方。
「ミンナッ!! 先を急ぐネッ。嫌な風の匂いがしマース

「また、風か・・・。お前、何か隠してーーー」
 顔を上げたアランは、俺達の方を振り向きつつ、威勢良
く声を張り上げるのに対し、幾度となく口にする『風』と
いう単語に胡散臭い物を覚え、京一が問いかけるも。
「Hurry UPッ!! もう時間が無いネッ」 
 そう言うなり、俺達の反応を待つ事無く、アランは勢い
良く走り出した。
「ちッ、あの野郎・・・」
「まあ、今は、鬼道衆を斃す事が先決だ」
「そういう事だ。今の時点であいつの身の上の詮索などし
ても、全くもって意味も必要も無い事だ。そして・・・」
 その後ろ姿に向かって舌打ちしてみせる京一に、醍醐に
俺とで話しかけると、俺は相変わらず見通しの悪い、通路
の向こうへと視線を送り込む。そこに映るのは、大股で歩
くアランの背中と、更にその行く手には、明らかに人工の
物である明かりが見える。
 ・・・どこまでも、前の事件と酷似した状況が続く物で
ある。より一層、足を早めた俺達の間から会話が途切れ、
足音だけが響く中、言葉に代わり新たに存在を示し出した
ぴりぴりとした緊張感が、ダムに流れ込む水の様に全員の
表情を満たして行った。

          ■地下神殿■

 そして辿り着いた洞窟の最深部。その場所は、やはりド
ーム状の巨大な空間を構成しているが、前と違う点は地面
は均されていない事だ。早い話、今まで歩いて来た地下通
路の光景はそのままに、横幅、高さが際限無く広がった様
な感じだ。
「どうやら、終点らしいぜ・・・」
「この『氣』・・・、まちがいないな・・・」
「・・・っ! 皆、十二時方向・・・、正面、すぐ上だッ
!!」
 油断無く四方を眺めながら、ぼそぼそと言葉を交わす京
一と醍醐。銃を手にやはり辺りを見回していた俺が、警戒
と注視を促す声を張り上げると、その場所に向けて、十六
対の視線が集中すると共に、そこで凍結した。
「ーーーーーーッ!!」
「鬼道門・・・・・・」
 何人かが思わず息を飲んだ。そして目に映った物の正体
を、呆然と畏怖が半々といった声で、天野さんが咽喉の奥
より絞り出す。
 ・・・以前、港区の地下で見た<<門>>は、SF小説に出
てくる『空間の歪み』とでもいうような代物だったが、今
目の前に存在しているのは、文字通りの『門』だ。その外
観は飛鳥、奈良時代に建造され、国宝に指定されている巨
大な仏閣や神社の様な造りをしているが、<<門>>全体の姿
は蜃気楼の様に一秒とて安定せず、ほのかに明滅する度、
目視が困難な程ぼやけるのと、触れずとも、その質量を感
じさせる程に実体化したりとを繰り返しながら、俺達の頭
上に浮かんでいる。
「な・・・」
 ・・・そして<<門>>自体が放つ、尋常でなくヤバい気配
と威圧感・・・それを例えるなら、人に留まらず、全ての
命や存在そのものを否定し、嘲笑う様な・・・が全身の神
経を刺激して止まず、俺ですらその短く、意味をなさない
呻き声を洩らすのがやっとだった。
「き・・・、きゃあああッ!!」
 そこへ金属的な悲鳴が響き渡った。更に僅かな時差を置
いて、幾分強張り、乾いた声が二つの口より発せられる。
「こッ、こいつは・・・」
「生首で魔方陣が・・・・・・」
「・・・・・・」
 最初の悲鳴は美里。そして続いての声は京一と天野さん
である。そして俺のすぐ近くにいたアランが、真一文字に
唇を噛み締めたのが見えた。
 ・・・<<門>>が浮かぶすぐ下。そこだけ地面が平坦にな
っており、その半径数mの範囲に渡って、直線と円が不規
則に交じり合う事で、奇妙かつ複雑な形状をした図形が描
かれており、そこに一定の間隔を置いて生首が置かれてい
る。・・・こんな時に裏密がいれば、それら一つ一つが、
どのような意図と効果を持ち、又、いかなる術が施されて
いるかを解析、判断すると共に、それに抗する術や無力化
の手段といった物を聞けるだろうに・・・・・・。
 そして・・・。そこかしこに、赤黒く乾いた液体がこび
りついたもの、未だ『信じられない』といいたげに、かっ
と両目を見開いたもの、傷みが進んで形が崩れ出し、異臭
を放ち始めたもの・・・。居並ぶ犠牲者達の首の惨状や浮
かんでいる表情は、到底直視に耐えられる物では無いし、
それらを目の当たりにした美里が、思わず悲鳴・・・俺も
始めて聞く・・・を上げたのも無理からぬ事だ。
「外法とかやまつるに、かかる生首の入ることにてーーー

「・・・・・・?」
「南北朝時代の『増鏡』という書物に記された外法の一文
よ。外法を行うには、生首が必要だと、いわれているわ」
 不意に古めかしく、異様な響きを帯びた文体を読み上げ
た天野さんの方を見やると、俺の視線に気付いたのか、意
味を教えてくれた。・・・その声は一応、平静を保っては
いるが、顔色の方は本来の物では無い。そして並べられた
首は、ここに来る前に見たファイルに載っていた被害者達
の物と一致した。
 (惨い事を・・・・・・)
 俺は人道主義者(ヒューマニスト)を標ぼうするつもりは
無い。が、それでも(この件に限らず)『事件』に巻き込ま
れ、決して望まぬ形で人生の中断を強いられた人達への、
同情や哀悼の念は存在するし、又、そういった事を為した
連中に、どんな大義名分や理想、理屈が存在し、それらを
並べ立てて雄弁かつ、もっともらしく語ったとしても、俺
はそいつらの事を決して認めるつもりも無ければ、理解を
示したり、互いに歩み寄り、解りあおう等とも思わない。
 ・・・これを頑な、否、狭量、偏狭と言いたくば言えば
いい。いつぞやも言ったが、極論である事は否定はしない
し、又、この見解に他者の同意を求めたり、押し付けや、
理解を強要するつもりも無い。だが、人間が他者に対して
行う、善意や人道、平和的な呼びかけの一切を受け入れよ
うともせず、こちらに対する一方的な悪意と敵意、憎悪だ
けを抱いており、差し伸べた手に唾を吐きかけたり、決し
て他者を理解し、出来る様努力しようともしない癖に、一
方的に己だけは理解させたがり、それがかなわぬと知るや
逆恨みする手合。そして今、現に俺達が相手している様な
輩も含めて、善意なんぞ端から通じない、武力、暴力を持
ってしか遇する術が無いという、『どうしようも無く救わ
れ難い連中』も又、現実には確実に存在するのだ。
「・・・・・・」
 俺が胸の中で手を合わし、犠牲者達に黙祷を捧げた時。
「ようこそ、常世の渕へーーー」
「てめェッ!!」
 新たな気配がその場に出現すると、聞く物に負の印象を
与える、しわがれた声が続き、いち早くそれに向き直った
京一が短く叫ぶ。
「鬼道五人衆がひとりーーー、我が名は、風角」
 ざっ、と全員が戦闘体勢を取り、それぞれの得物を構え
るのを眺めながら、奴は悠然と名乗りを上げる。
「てめェーーー、罪もねェ人間を巻き込みやがって・・・

「くくく・・・、青い事を・・・。我らは鬼道を使い、外
道に堕ちし者ーーー。幕末の世より甦り、この地を闇に誘
う者ーーーーーー」
 僅かに腰を落とすと、柄に手を掛けて鯉口を親指で押し
上げながら、憤りも露に京一は低声で呟くが、それに対し
奴ーーー風角は、冷笑で答える。
「餓鬼共ーーーお前らは人の首が持つ意味を知っておるか
?」
「首が持つ意味?」
「人間がものを視るのは何処だ? 人間がものを考えるの
は何処だ? 人間が・・・痛みを感じるのは何処だーーー
? 人間の頭部には、全てが集まっておるではないか。鋭
利な大気の刃に切断された頭は、肉塊と化した己が肉体を
見る。最後の最後の瞬間までーーー。じわじわとこみ上げ
る苦痛と死への恐怖に苛まれ続ける。そして、最後に残る
のは、切り落とされた頭一杯に詰まったーーー」
「・・・黙っていろ!!」
 京一が深刻な怒気をたたえた両眼で、睨みつけながら発
した疑問の声に優越感や愉悦、そして恍惚にも似た物が混
じった口調で答え、話し続ける奴に向かい、俺が鬱積し、
膨れ上がる殺意と敵意を込めた怒声を叩きつけたのと、『
真龍』のトリガーを絞ったのはまったくの同時だった。
 ぱしゅっ!!
 極小さな発砲音の後、一瞬、蒼白く輝く火箭が複数、銃
口よりほとばしった。
 『氣』のエネルギー弾が突き刺さるかに思えた瞬間、奴
は大きく跳躍して、それをかわしてみせた。あまつさえ奴
は、跳躍の最高点でそのまま宙に浮かぶと、こちらを見下
す様に再び口を開く。
「ーーー恐怖と雪辱、生への執着、そしてーーー、狂わん
ばかりに助けを求む懇願の叫び声ーーーーーー。それが、
<<門>>の封印を破り、常世より混沌を呼ぶ声となる」
「俺は黙れと言った筈だ!!」
 更に三点射を数回行うが、いずれも惜しい所で当たらな
い。そして何度目かの銃撃を避けた奴が、<<門>>の正面に
立った。
「見るがよいーーー」
 その時、強烈な突風が地下空間を吹き抜けた。しかも只
の風では無く、吸い込んだ瞬間に嘔吐感や頭痛、寒気を憶
えさせる様な忌怖感や不快感に満ちた物だ。その発生源は
問うまでも無い。正面にて一際強い輝きを放ちながら、浮
かぶ<<門>>だ・・・・・・。
「まさか・・・・・・」
 それの意味する所を悟った、天野さんの顔から血の気が
完全に失せると、数歩後ずさった。
「くくくく・・・。遅かったようだな・・・。封印は解か
れた。見るがよいッ!! 常世より甦りし、荒ぶる神の姿
をッ!!」
 奴が叫び終えると同時に、<<門>>が完全に実体化を果た
した。そして扉に掛けられていたかんぬきがマッチ棒より
脆く弾け飛び、扉がゆっくりと左右に開き出すにつれ、吹
き付けて来る風の量と勢いは爆発的に増した。
「コノ風・・・、コノ匂い・・・・・・」
 その風を正面から受け止めながら、俄にぶるぶると全身
を慄わせるアラン。
「アラン、どうしたッ?」
「やっと、見つけタ・・・」
 それに気付いた醍醐の声など全く届いていない。力を込
める余り、手にした銃を握る手が白くなる程に。
『・・・我ヲ呼ブハ、誰ゾ?』
 <<門>>の向こう側より、重々しい声が響き渡った。いや
・・・、『それ』を本当に声と呼ぶうるのやら・・・。
 何故なら、その言葉は音波として空気を震わせ、それを
受け取った耳から脳へと続いている神経を経て、脳内で意
味有る物として認識したのでは無く、オープンチャンネル
のラジオや無線機の電波の如く、直接頭の中へ飛び込んで
来たのだから。
『我ガ目醒メルニハマダ星ノ位置ガ悪カロウ。・・・ソモ
、コ度ノ眠リハナント短キカナ。あすてかノ王ニ封滅サレ
テヨリ、千六百余年、最後ニ贄ヲ喰ロウテカラ、マダ八年
トタタヌ。コ度ノ贄ハ如何ナル味ゾ・・・』
 一杯に開いた<<門>>より這い出して来たのは、余人の想
像を超えたシロモノであった。
 ・・・その全高は6m前後。巨大な肉塊の様な図体の表
面は、気色悪い光を出しながら細かく蠢動しており、次に
目につくのは、焦点の定まらぬ複数の目とホオジロザメを
思わせる、出刃包丁の様な牙が並ぶ顎。全身から垂れ下が
ったいくつもの触手は、それ自体が意志を持つかの様に、
うねうねと動きまわる。
 それはもう、単なる醜悪だの『グロテスク』等といった
既存の表現で現せる様な、生易しいモノでは無い。全くも
って何と言うか、何と言っていいのか、何と言うべきか・
・・・・・。
『コ度ノ贄ハ、コ度ノ贄ハーーーーーー』
「八年前?」
 おぞましい声が頭の中に繰り返し響く中、我が耳を疑う
かの様に天野さんが呟き、そして。
「8年前・・・、アイツはボクの村に現れた・・・・・・

 血を吐く様な表情と、安定に程遠い語調で言うアランの
声は、そこに立つ全員の精神に衝撃と驚愕を与えずにおれ
なかった。
「何だとッ!?」
 声に出したのは醍醐だったが、俺も含め、皆同じ思いで
あったろう。
「古いイセキで発掘された祭壇カラ・・・、出てキタ。ソ
ウ・・・。ボクから大切なモノを全て奪ったヤツ・・・。
ボクを愛してくれたパパ、ママ・・・。村のトモダチ・・
・。美しい森ーーー。キレイな湖ーーー。ミンナ、アイツ
が奪っていった・・・。ミンナ・・・。アイツが・・・、
アイツがーーーッ!!」
 アランが言葉を一つ口にする毎、声の中に理性の抑制を
超えた激情・・・無念さや怒り、悲しみに憎悪、そして、
ある種の渇望・・・が煮えたぎると共に、それらが陽に焼
けた顔の上を目まぐるしく彩った。更には昂ぶる想いに呼
応するかの如く、その全身を取り巻く様に、蒼く輝く炎に
も似た光が躍り、沸き上がる。
「アラン、お前はーーーーーー」
 その輝きと共に現れた<<力>>の余波は、それまで地下を
思うまま吹き荒らしていた、邪な空気の流れを追い散らす
かの様な、清烈さと猛々しさを合わせ持つ風を思わせた。
「者共ッ、こやつらを斬れ。斬って新たな贄とせよ!!」
 そこへ持って来て、風角の声を合図に、どこに隠れてい
たのか、そこかしこより下忍共がゾロゾロと現れ、構えを
取る。
『贄ヲクレ・・・、贄ヲーーーーーー』
『俺は許さない・・・。貴様を・・・貴様のやった所業を
・・・。貴様はーーー、俺が殺す』
 声と共に、奴の持つ複数の目がこちらを見た時。アラン
は言葉の一語、一語に膨大な感情を詰め込みながら、銃を
ゆっくりと持ち上げる。そして奴に向かいトリガーを引き
絞る事で宣戦布告状を叩き付け、同時に地を蹴った。

 戦人記・第九話「鬼道」其の四へ続く。

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