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葵館・談話室

戦人記・第九話「鬼道」其の四

 そしてアランの『突撃』を契機に、なし崩しに交戦状態
に入ってしまった俺達だが・・・。
「どうする、風間?」
 いち早く臨戦体勢に入った醍醐が、奴等を睨みつつ聞い
て来る。
「どうするも何も・・・。下忍程度ならまだしも、あのデ
カブツはアラン一人で、どうにかなる相手とは思えん。取
り敢えず全員で、鬼道衆の始末にあたってくれ。奴の相手
は、俺が受け持つ」
「おいおい、一人でかよ!?」
「風間君・・・。それは『匹夫の勇』いや、無謀という物
だ」
 と、それを聞いた如月と京一が口を挟んで来る。
「・・・かも知れんし、お世辞にも良策とは言えんが仕方
無い。実際たった七人では、鬼道衆とあのデカブツ・・・
『ヴェノム』を相手に、二正面作戦を取るのは無理だ。と
なれば、時間差を付けて各個撃破するしか策は無い。皆が
鬼道衆を始末する迄の間なら、持ち堪えてみせる」
「ヴェノム? 何それ?」
「英語で『猛毒』って意味だ。・・・奴には似合いの呼び
名だろうよ」
「でも・・・・・・」
「勿論、俺一人の<<力>>だけで、どうにか出来る等と思い
上がってはいない。さっきも言ったが、アランの奴を放っ
てはおけんし、狙いは正面からの殴り合いでは無く、オト
リ兼、時間稼ぎだからな。確かに、奴の能力に力も未知数
だが、防御と牽制に徹すれば、な・・・。どの道、誰かが
やらねばならん事だし、無茶かも知れんが、無理では無い
筈だ」
「・・・わかった。それでいこう」
 俺がそれぞれ、不審に心配といった物を含んだ桜井と美
里の声に答えた所へ、頷いた醍醐が全員に激を飛ばした。
「・・・いいか、みんな。一刻も早く鬼道衆を片付けて、
そしてあの化け物も斃すぞッ。それと・・・、おれにはこ
んな事しかいえんが、風間・・・、お前も気をつけろよ」
「・・・ああ。お前達も、な・・・」
 俺は返事の半ばで『解放』を行うと共に、真に全力戦闘
を行うべく、幾つか有る『切り札』の一つとして、今迄使
わずにいた『増幅』を発動させた。
『っ、くああぁぁぁッ!!』
 高めた『氣』が全身に行き渡る過程で、上腕や大腿部が
そのボリュームを増し、平時の数倍の<<力>>・・・筋力や
瞬発力を始めとする身体能力の全てに於いて、現役の五輪
金メダリストすら、幼児扱いが可能な程の<<力>>を絞り出
すべく、全身の細胞や神経が躍動し、波打つと、それに伴
い体温や呼吸といった物も、何時に無く高い熱を帯びる。
 ・・・効果だけなら、美里の<<力>>の一つである『知天
使の青』が、これによく似た影響を及ぼすが、それとはま
た、別物である。
 会話はそこで終わり、鬼道衆を殲滅すべく、『本隊』で
ある京一達六人が動き出したのを見送ると、俺も目標と見
なした相手に向け、行動を開始した。

 打ち合わせ通り、アランの方に向かい走る俺の行く手を
阻む様に、下忍が数匹向かって来るものの、問答無用で蹴
たぐり倒し、蜂の巣にした後。
「当てる!!」
 『真龍』に<<力>>を注ぎ込むと、その目を狙ってトリガ
ーを絞る。銃口より吐き出され、狙い過たず『ヴェノム』
を目指したエネルギーの牙が、今まさに突き立とうとした
瞬間・・・。
「!!」
 俺は目を疑った。
 不意に奴の直前で空気が揺らめくと、撃ち出された銃弾
の前に半透明の壁・・・黒っぽい金色の輝きを帯びた・・
・が現れ、その半透明の壁と『氣』のエネルギーが極小時
間の間に互いの強さを争い、どうにか銃弾が勝った。しか
し・・・。命中はしても只、奴の体表面に幾つかの火花が
散っただけであり、何のダメージも与えていない。
「・・・馬鹿な! 直撃の筈だぞッ!!」
 驚いている間にも、奴が触手を伸ばして来た。鞭の様に
伸び、しなりながら多方向より迫る触手を、後ろに向かい
飛び退さりつつ避け、あるいは『龍牙突』で斬り払う。
 だんっ!!
「ッデム!!」
 向こうからも銃声に続いて、アランの罵声が聞こえる。
あいつの霊銃の攻撃も又、奴の回りに存在する『見えない
壁』に遮られた様だ。
「なら・・・、これで!」
 先の闘いで実戦投入した、『珠』に多少の改良を加えて
完成する、即席の爆弾二種を『ヴェノム』に投げつける。
 どがぁあぁぁん!!
 まず『焼塵』が派手な爆音と焔を巻き上げると、僅かに
遅れて『襲雨』が、生物には致命的な被害をもたらす、無
数の破片を辺りに振りまいたが・・・。
 やはり、奴の目の前で『障壁』とでもいうべき、存在に
よって威力の殆どを殺され、まるで効果が無い。
 ・・・見た限りでは、美里が持つ護りの<<力>>である『
力天使の緑』に匹敵する防禦効果があるし、加えて一体、
どれ程の打撃を与えればそれを破ったり、無力化出来るか
分からない為、相手をする側からすれば厄介な事この上無
い。
 そうこうする内に、またしても奴が反撃に出た。
『ギオオォォォォッ!!』
 獣じみた不気味な咆哮が上がり、俺と奴の間にある空間
が揺らぎ、空気が乱れたのに続いて、圧迫感を憶える程の
強烈なうねりを伴い、何もかも吹き飛ばすかの様な突風・
・・それは『発剄』というより、京一の『地摺り青眼』に
近い・・・が押し寄せるが、それを文字通り、首の皮一枚
の差で俺は避けた。又、避けて正解だった。
 俺の背後にあった、大人でも抱え切れない程の幅を持つ
岩塊が、その風を浴びるや、有機王水に落とした鉄の如く
融け崩れ、ほんの数秒で完全に消滅してしまった。後に残
った物といえば、鼻を突く異臭と不気味に泡立つ地面だけ
だ。
「当たらなければ、どうという事は無い! ・・・とは言
っても・・・、ったく、質が悪いな・・・。こいつの相手
をするのに、軍隊を動かしたってのも頷ける話だ」
 『ヴェノム』の持つ攻撃力や防禦力に対し、ぼやきと悪
態を交えつつも再度前進し、何とかアランの元へと辿り着
く。
「ムキになるな、アラン! 一旦、退いて体勢を立て直せ
!」
 それが聞こえたのか、アランは銃を撃ち続けながら、き
っと、険しい表情に加えて、ナイフの様に鋭い視線を向け
て来る。
「退いてどうなるんだ! 俺は・・・、俺は八年待ったん
だ!! アイツを、あの化け物をこの手で斃すために・・
・! ミンナの仇を取るために・・・! だから! 俺は
今、ここにいるんだ!!」
「だからといって、あれ程の妖物(ばけもの)相手に、馬鹿
正直に真っ向勝負を挑む奴があるか! 俺にも仇を討ちた
いという、お前の気持ちは解るつもりだ! それな・・・

『ギオオォォォォッ!!』
 互いに怒鳴り合う俺達。そして動きが止まった所へ、奇
声に次いで放たれる『ヴェノム』の風に対し、攻撃に使う
筈だった『断空旋』で迎撃する。
「させるかっ!!」 
 どんっ!! 
 『何か』が空中で破裂し、鼓膜を殴りつける様な鈍い音
の後、こちらにもその余波が流れて来るが、上手い具合に
無力化に成功した様で、本来の威力は既に失っており、実
害は無い。とっさに腕を上げて、『風』から顔を守ったア
ランに向かい、言葉を続ける。
「いいか、アラン。退けというのは、何も逃げろとか言う
意味では無い! 俺が言いたいのは、復仇を果たしたいの
なら、冷静になって状況を見極め、そして好機を伺え・・
・って、事だ。今の様に激情に駆られて、がむしゃらに一
人で突っ込んだ所で、決して状況は有利にはならんし、勝
てる相手でも無いぞ!!」
「だけど、アイツは・・・!!」
「お前のその怒りは間違ってはいない! だが・・・、今
少しの間でいい、何とか堪えてくれ、頼む・・・!! 相
手があのような、人知を越えた妖物なら、こっちにも、そ
れなりの闘い様が必要となるんだ・・・って、散れ!!」
 言い合ってる最中にも、『ヴェノム』からの『風』と触
手が迫り、半ばアランを突き飛ばす様にしてその攻撃を避
けると、俺も反対側へと跳ぶが、更に連続して『風』が襲
い来る。
「ショージッ!?」
「・・・っ! 冗談では無い!!」
 いかに俺といえども、あの『風』の直撃を喰らって無事
でいられる保証なんぞ無い。叫び、走って逃げる・・・の
は簡単だが、それではオトリにならないし、下手に動けば
『流れ弾』によって、向こうで鬼道衆を相手にしている京
一達にも予期せぬ危険をもたらしかねず、回避行動を許さ
れる範囲や位置がおのずと限られるという、悪条件を強い
られている・・・間にも銃を撃ち続ける。
「ちっ・・・。狙ってる暇は無い、か・・・・・・」
 ついでに息を整えたり、休んでいる間も無い。迂闊に足
を止めた所を狙い撃ちされたものなら、『ハイそれまでよ
』である。
 走っては撃ち、触手の一撃をかわしてさらに一連射する
と共に、空いている方の手からは『発剄』を放つ。絶えず
響く発砲音に交じり、『流れ弾』となった『風』を浴びた
岩塊が消失する音が聞こえて来た所へ。 
「ショージ! 援護するネッ!!」
 とのアランの叫び声に、乾いた銃声が続く。その銃撃で
も『障壁』を貫けなかったが、『奴』の目を逸らすには充
分だった。
『グルルルルルル・・・』
 唸り声の後。それ迄、俺に向かってきていた『風』が止
むと共に、『ヴェノム』の視線(らしきもの)が俺からア
ランに移る。そして今まさに攻撃を繰り出そうとした時。
「・・・沈めッ!!」
 その出鼻を挫くかの様に、俺は銃に『気合いを込めて』
発砲を行い、撃った弾は『障壁』を貫いて、奴の躯に新た
な傷を創り出し、二発、三発と次々に直撃を与える。
『グオッ!?』
 立て続けの着弾を小五月蝿く思ったか、『奴』の目がこ
ちらを向いた時。
「Hard Rain!」
 アランの銃から、まるで連射可能なサブマシンガンの様
に、『氣』の銃弾がばら撒かれると『障壁』との間に、耳
障りな干渉音を立てる。
「アラン! 奴に的を絞らせないよう、常に動きまわって
いろ! 迂闊に立ち止まったりするなよ!!」
 銃声に負けないよう、アランがいる方へ向かい、思いき
り怒鳴る一方、俺は接近戦を挑むべく、更に踏み込んだ。
「0K! 蝶のようにDance、蜂のようにAttac
k・・・。つまり、Hit&Awayネッ!!」
「そういう事だ! 後、その辺にある岩とかの遮蔽物も、
当てにし過ぎない程度に使え!!」
 ・・・さっきよりは、声の中に冷静さやいつもの調子を
取り戻したかの様に見える、アランの返事に叫び返した後
で、右手に<<力>>を収束させる。   
「これで・・・!」
 渾身の力を込め、叩き付ける様に右腕を振り下ろして、
全力の『龍爪閃』を浴びせる。  
 ・・・こうして互いの位置を替えながら、(俺に限って
は直接打撃も織り混ぜつつ)何発か撃つなどして・・・そ
の際、わかった事だが、どういう訳か近接攻撃の時には、
今まで散々俺達の攻撃を阻んで来た『障壁』は作用してい
ない。その理由としては多分に憶測が入るが、奴の『障壁
』は周囲にのみ展開されており、その有効範囲の内側に入
り込めたか、もしくはSFアニメに出てくる特定の力場の
様に、遠距離からの一定以上のエネルギーにのみ反応し、
直接打撃には効果を及ぼさない・・・、のどちらかと思わ
れるが・・・・・・。一方が派手に動いている間に、もう
一人が側面や背後に回り込む。そして奴が反撃に出る寸前
に、回り込んだ奴が大声で叫び、罵ったりしながら攻撃を
加え、『ヴェノム』の注意をそらしている内に、最初に仕
掛けた方は危険範囲から逃げ出す・・・。と、いったパタ
ーンを繰り返す、ある意味、生命懸けのドッジボール、も
しくはモグラ叩きゲームに似た闘いが始まった。

 一方で、鬼道衆を迎え撃った『本隊』の方はというと・
・・。
 それなりに数だけは揃えていた下忍共だが、個々の戦闘
力に於いて京一達に抗しうる訳も無く、草でも刈るかの様
に一方的に撃ち減らされていった中で、流石、五人衆を名
乗るだけあって、風角は卓抜した戦闘力を有しており、京
一達と激しい攻防を繰り広げていた。
「くらい・・・やがれェッ!!」  
 叫びと共に大きく踏み込んだ京一は、鋭い打ち込みを繰
り出すが、今迄多くの敵を斬り倒して来た刃は、惜しくも
空を斬ったに留まり、影は刀の間合いの外へ逃れる。
「ちッ!!」
 その舌打ちより早く、振り向きざまに剣先より発剄を飛
ばして追撃するも、やはり寸前でかわされ、壁に亀裂を作
っただけである。
「風よッ、斬り刻めッ!!」
 京一の連続攻撃をかわした風角が跳躍し、頭上に掲げた
手に<<力>>を集め、素早く振り下ろすや、銘入りの日本刀
にも匹敵する切れ味を持つ『鎌鼬』を広範囲に振りまく様
に投射する。
『体持たぬ精霊の燃える楯よ私達に守護を!!』
 間髪入れず、『力ある言葉』と共に美里が展開した、防
禦障壁が波ガラスの様に揺らめきながら現れ、降り注ぐ様
に襲い来る真空の乱刃の尽くをストップさせると、障壁に
よって行く手を阻まれ、同時に殺傷力を失った風は荒々し
い唸りを上げ、地下の空気をかき乱すが、それが収まる寸
前。
「せいっ!!」
 すかさず背負った矢筒より、矢を引き抜き、つがえ、狙
いを定めるという一連の動作を瞬時に行った桜井が、網を
打つ様に数本の矢を射放つ。
「ふははははっ、遅い、遅い!!」
 が、嘲笑を響かせつつ風角は、唸りを上げて飛び来る矢
を、軽々とかわしてみせると。
「八相風破弾!!」
 今度は、自らの『氣』に『風』の力とを凝縮させた球体
を生み出すや、とてつもない速度で桜井に向けて、撃ち出
した。
「掌ッ!」
 しかしそれを見てとった醍醐が、すかさず『掌底・発剄
』を放つと、半ばカウンターの形で相殺に成功し、桜井は
どうにか事無きを得る。
「くそったれ。ゴキブリみてえに、ちょこまかと・・・!
!」
 そう忌々しげに舌打ちしつつ、京一は皆のいる所まで後
退すると、前に立つ風角に向かい、切り付ける様な眼光を
射込む。
「・・・確かに奴はよく動くし、身ごなしは早いが、僕や
蓬莱寺君ならば、決して捉えきれない程の物では無い。そ
して、一度捉えさえすれば、そこから一気に切り崩せるだ
ろう」
「うむ・・・、いつまでもあいつ一人に、手間取ってもい
られん。風間たちの方も心配だ」
「・・・だな。こんなトコで、遊んでるヒマはねェ」
「どうした小僧共、よく動くのは口だけか!!」
 と、如月に醍醐、そして京一が話す間にも、人を見下し
きった台詞に冷笑を含めながら、風角は『八相風破弾』に
加え、『鎌鼬』を五月雨の如く放って来るが、もう一度美
里が展開した『力天使の緑』の力をもって、その攻撃を耐
えしのぎきった後。
「行っくぜぇぇぇぇっ!!」
 地を蹴った京一は、『風』の余波をものともせず、弓よ
り放たれた矢さながらの勢いで風角に迫り、それにタイミ
ングを合わせて、醍醐に如月も殺到する。
 『氣』を込めた刀を左右に振るって、風角から放たれる
『風』を叩き落としつつ、京一は間合いを詰めると、横殴
りの一刀を見舞う。
「ふん。無駄よ、無駄・・・・・・」
 侮蔑の色も露な呟きを口にし、下忍程度なら防ぐどころ
か、反応も出来ずに両断される程の剛速の斬撃を避けると
同時に、『鎌鼬』を放つ事で京一の動きを止め、更には醍
醐の放つ『円空破』をもかわしてのけるが、京一達が攻撃
を繰り出す間に、風角の側背へと回り込んだ如月が鋭い気
合いの声と共に両手を閃めかせ、複数の影を投じた。
「闘ッ!!」
 僅かな風切り音を立て、宙を飛ぶ光条は風角を捉えたか
に見えたが、不意討ち同然、しかも微妙にタイミングをず
らして放ったそれさえも、風角は信じ難い程の身ごなしを
もって半数近くに空を切るか、地を噛ませ、残りは角度が
浅く突き刺さらなかったり、もしくは忍び装束を薄く裂い
た程度に留まった。
 そして風角は三人の間合いの外へと逃れ出ると、逆襲に
転ずべく振り上げた腕より、今まさに『鎌鼬』を放とうと
した瞬間の事だった。
「ぬうっ!?」 
 不意に、攻撃を放つ寸前の姿勢で硬直した風角の足元。
より正確には影の部分に数秒前、如月が投げつけたが有効
打と成り得ず、空振りに終わった筈の手裏剣の一つが突き
立っていた。・・・それは手裏剣術の中に、彼等の一族が
本来持ち得る<<力>>とは別の、古来より伝わる『力ある言
葉』を用いた、『特殊』な呪術を取り込む事によって成立
し、(自身と相手の力量にもよるが)かなりの確率で対象
物の動きを封じる、『飛水影縫』という飛水流独自の技で
ある。
「ッ、貴様! 賢しい真似を!!」
 ある意味、小細工ともいえる技に掛かった事に気付き、
鬼面の向こうから怒りに満ちた声が飛び出す。
 それまで俊敏な動きと、熾烈な攻撃にて京一達を手こず
らせてきた風角だが、遂に無防備な空白の時間が生じた。
 ・・・えてして勝機、勝敗とは、そういった僅かな隙を
どう生かすかで劇的に変化する物である。
「・・・そこだッ!!」
 そこを狙い澄まし、<<力>>を送り込む事で、大口径の対
物ライフルに匹敵する貫通力を有する、桜井の『通し矢』
が手首を貫くと、その衝撃により集中が解けた結果、そこ
に集まっていた<<力>>は霧散し。
「ぐおっ!!」
 ほぼ同時に苦痛の声が上がる。そして移動も攻撃も封じ
られ、棒立ちになってもまだ、しぶとく動こうする風角だ
が、それよりも早くその前に立ちはだかり、引導を渡した
のは、京一の剣であった。 
 ・・・王手詰み!!
「いい加減、てめェの・・・」
 まず落雷さながらの一撃が、肩口から胴にかけて斜めに
入り。
「顔も・・・」 
 振り抜いた勢いもそのままに、強靭な手首を翻すと、横
薙ぎに払い。
「見飽きたぜッ!!」
 そこから更に軌跡を変化させ、放たれた閃光の如き突き
が風角の胴を刺し貫き、勢い鍔元近くまで埋まった。
「ごっ、がっ・・・!」
 串刺しにされた風角の体が小刻みに痙攣し、喉の奥から
濁った絶鳴を洩らす。
「これで・・・、終わりだッ!!」
 叫びながら止めの一撃とばかりに、京一は突き立てた刀
身に蓄積させた己の『氣』を解放した。
 体内で炸裂した『剣掌・発剄』によって、一瞬にして風
角の全身は大型爆弾の直撃を受けたかの様に、ばらばらに
引き裂かれ、吹き飛ばされた。・・・呪恨の叫びや断末魔
の声も上げぬまま。 
 そして粉砕された『風角だったもの』のパーツが飛び散
った中に、白っぽい光を放つ物が混じっていた。極短い帯
空時間の後、それらの残骸は辺り一面にばら撒かれたのと
同時に消滅するが、その物体は地面に落ち、小さく弾みな
がら地面を転がっていくと、地面の窪みに引っかかった所
で止まり、一定の間隔で明滅する。
「あッ・・・。また、珠が・・・」
 気付いた桜井が呟くと、近寄った醍醐が鈍く瞬き続ける
珠を拾い上げて、制服のポケットへとしまい込む。
「・・・よしッ、次は向こうだ。みんな、油断するなよッ

 一つ息をついた後で醍醐は、その場に立つ全員に対して
の物であると同時に、自分自身に気合いを入れ直すかの様
な声を張り上げるやいなや、走り出す。

「シュート!!」
「貫けーーーッ!!」
 そして・・・。アランと組んで『ヴェノム』を相手に、
針先で相手の皮膚や神経をつつく様な・・・それは牽制と
いうよりも、むしろ嫌がらせといった方が適切だろう・・
・、攻撃を延々と続けていた所へ。
「蓬莱寺京一、見参!!」
「どっからでもかかって来いッ!!」
「如月翡翠、・・・参る!」
「・・・注意しろ。奴は妙な『障壁』を周りに張り巡らせ
ている。生半可な攻撃なんぞ、繰り出すだけ無駄だ」
 鬼道衆の掃討を済まし、こちらに駆けつけて来た面々に
向かい声を掛けると、京一が目をむいた。
「何ィ! ンなもん、どーすりゃいいんだよ!」 
「下手な『氣』や、飛び道具とかは駄目だが、思いきり接
近して『気合いを込めて』叩いたり撃つ分には問題無い。
後、中途半端に避けようとしたら、かえって危ない。やる
のなら一気に間合いを詰めろ!」 
「・・・そうだな。文句をいっても始まらん、やってみる
か。桜井っ! 援護してくれ!!」
 声と同時に、醍醐が『ヴェノム』に向かい突っ込んだ。
それに少し出遅れたものの、やはり駆け出した京一と如月
もひた走り、そして追い越して、敢然と挑み掛かった時。
「・・・さっき、お前の持つその銃には、風の<<力>>が宿
っているとか、言っていたな」
「Yes」
「・・・。上手くいくかどうか分からんが、一つ試してみ
たい事がある。今から、俺の言うとおりにやってくれるか
?」
「OK。一体・・・、どーすればイイネ?」
「今から言う。・・・いいか、奴に向けて只、引き金を引
くのでは無い。まず意識を一点に集中させる。そして、撃
ち放そうとするその一瞬に、今の自分の意志を<<力>>と共
に、撃ち出される弾へと送り込む・・・。そういうイメー
ジを持つんだ」
「イメージ?」
「そうだ。例えば今回の場合なら、奴の持つ『盾』を突き
破る・・・。と、いう感じでな。構えてみろ」
 少し首をかしげながらも、アランは水平に持ち上げた左
腕を胸の前で曲げて、その上に銃を持った右手を乗せる。
「目を閉じて深呼吸しろ。一定のペースでな」
 姿勢はそのままに、アランは俺の声に従う。そしてアラ
ンの体からボウッ、と光が漏れ始める。
「・・・よし。そのまま精神を研ぎ澄ませ。一本の槍をイ
メージしろ。それはお前自身だ。そして慌てるな・・・、
出来ないとも思うな・・・。お前自身であり、今から投げ
放つ『槍』は宙を疾り抜け、『奴』の防壁を撃ち破り、貫
き通す。それだけを信じろ」
「・・・・・・」
 先程の様に、アランの全身に満ちた<<力>>の証明である
光が、手にした銃に注ぎ込まれて行くと、銃自身から強い
光が漏れ出した。・・・蓄めは上手くいっている。後はア
ランの意志が、『ヴェノム』の防壁を突き破るだけの強靭
さを備えているかどうかだ。・・・そして蓄積され、膨張
を続ける<<力>>を、解き放つ瞬間が訪れる!
「・・・撃て!!」
「ファイア!!」
 どるんっ!!
 重々しい銃声に続き、目映く輝く一条の閃光が伸びた。
 彗星の如く、地下空間を貫き翔ぶそれに対し、『ヴェノ
ム』がやはり『壁』を創り出し、迫りくるエネルギーの槍
を阻もうとするが・・・、今回は違った。
 エネルギー同士が衝突した瞬間。『壁』の表面が大きく
波打つと、<<力>>が干渉しあっている事を示す、線香花火
の様な火花に続いてかん高い金属音と擦過音が起こり、最
後にガラス窓を砕く様な鋭い音がし、アランの放った光の
槍が『防壁』の奥、『ヴェノム』の躯へと撃ち込まれた。
『ウグゥ・・・』
 くぐもった『声』が聞こえたのと同時に、奴の躯に穿た
れた穴より蛍光色の液体が吹き出したのに混じり、何かの
塊が体内よりこぼれ落ちた。
『やった!?』
「・・・まだだ! 効いたといっても、あれ一発では、奴
は倒れん」
 それを見て、思わず声を上げたアランを制した後。
(・・・既に面子は揃っているし、今の一撃でアランも、
『奴』に対抗出来うるだけの『力』を使える様になった。
決して、勝負を焦るつもりはないが、得体の知れん妖物相
手に、ずるずると闘い続ける訳にもいかない・・・。正直
賭けに近い物が有るが、ここで一気に、奴に全力攻勢を仕
掛けて、叩き潰すか・・・!)
 内心でそう胆を決め、俺は京一達を一旦、呼び戻す。そ
して攻撃の手筈を簡単に説明した後。
「せ〜のォ」
 間延びした声を上げながら、ニトロが入った複数の試験
管を高見沢が投げたのを合図に、俺達は『ヴェノム』に対
して、全面攻勢を仕掛けた。
 もうもうたる爆炎に、耳を聾する轟音が地下を震わせた
のに続き、全員が一丸となって斬り込みを掛ける。
「いくぜッ、醍醐! 野郎にカマしてやる」
「おう!!」
 先頭に立ち、突撃を敢行する二人に向かって、複数の触
手が伸び、襲い掛かるも。
「ムダなんだよッ!!」
 それら全てをかいくぐりつつ、叫びと共に京一が手にし
た『和泉守兼定』が振るわれると、迫り来る全ての触手が
『氣』の刃に寸断される。
(くたばれ・・・!)
 二人を援護すべく、俺は全速で走りながら、先程アラン
に教えた『気合いを込めて発砲』を叩き込み、そして俺と
同時に切り込んだ如月に気付き、『ヴェノム』は『風』や
触手にて迎え撃つが、水を媒介として如月が発現させた、
多重分身・・・紫暮の物とは違い実体としては存在せず、
より幻惑・撹乱用としての意味が強い・・・が、奴の狙い
を狂わせ、混乱を誘うと、俺も際どい所で奴からの反撃で
ある『風』を避けて、どうにか無傷で俺達は奴の懐(?)
へと飛び込むと、それぞれ『音速刃』に続いて『螺旋掌』
を叩き付けたり、<<力>>を込めた忍び刀を振るい、突き立
てる事で、間断無く、確実に手傷を与えていく。
「砕けろォォッ!!」
「はっ!!」
 ともあれ、俺と如月がオトリとなっている間に、『本命
』を叩き込むべき四人は、『ヴェノム』へと肉迫する事に
成功した。
「いくぞッ!!」
「よっしゃ!!」
『唸れ!! 王冠のチャクラ!! 破ァァァァァァァ!!

 一気に放出された『氣』の波涛が『ヴェノム』を包み込
むと、『障壁』との間に凄まじい干渉音を生じ、そして巻
き起こった<<力>>の爆発は多少、威力を打ち消されはした
ものの、それまでとは段違いの打撃を与えると、間を置く
事無く、京一達に続いて美里達も『多重共鳴攻撃』を仕掛
ける。
「いっくよー、葵!!」
「ええ、頼りにしているわ、小蒔」
「ボクたちが二人一緒なら、怖いモノなんてなにもないよ
ッ!!」
 <<力>>を引き出す言葉に伴い、二人の身体より沸き上が
る光が明度と勢いを増して行くと、互いの<<力>>を触媒と
して増幅しあい、更には融合を始める。それによって、よ
り純粋で強大な破壊エネルギーへと変換され・・・、
「うふふ・・・小蒔ったらーーーーーーさあ」
「うんッ!! 行くよッ!!」
『楼桜友花方陣!』
 一見、非力に思える桜井と美里とはいえ、両者が<<力>>
を合わせる事で、醍醐達が食らわせた一発に勝るとも劣ら
ぬ程の強烈な<<力>>が解き放たれ、それは霧散しかけてい
た最初の一撃の余波をも飲み込むと、津波の様に勢いを更
に広げ、高めながら『障壁』に包まれた奴の全身を灼く。
『グウオォオォォォ・・・』
 呵責無い攻めに、低く、苦悶するかのような『声』が流
れ込んで来る。
 無論、これで終わりでは無い。醍醐達の『多重共鳴攻撃
』を放った後に生じる隙をフォローすべく、『突撃』に加
わらなかったアランや高見沢からの援護が入り、俺や如月
も又、奴に反撃の機会を与えぬ様、攻撃の手を緩める事無
く、斬撃を繰り出し、拳打と銃撃を浴びせ続ける。
 そこへ体勢を立て直した京一達が加わる事で、攻勢に拍
車が掛かる。・・・怒涛の如き攻撃といえば聞こえは良い
が、此処までくるともう、作戦だの、駆け引きだのという
レベルでは無い。持てる戦力に破砕力とを全面に押し出し
ての、成り振り構わぬ『力攻め』である。
 ともあれ俺達は『ヴェノム』を取り囲むと、入れ替わり
立ち替わり、総力を挙げて叩きに叩いた。そう、執拗に、
徹底的に、容赦無く。
 ・・・どれ程の間、闘い続けたのか。大半の触手を叩き
斬り、顎の奥へと銃弾を送り込み、幾つかの目を潰し、両
手両足の指でも数えきれない程の手傷を負わせた辺りで、
漸く『ヴェノム』の動きが目に見えて鈍って来た。
 相変わらず、手負いの獣の様な唸り声が響いて来るが、
それまで含まれていた凄味や圧迫感といった物は、かなり
勢いを減じている。
「・・・みんな、今だ! 力を振り絞れ!!」
 声に少なからぬ消耗と疲労の色を滲ませつつ、醍醐が上
げた声に皆が頷いた所へ、一拍置いて。
「ショージ! ユーの<<力>>、ボクに貸して欲しいネ!」
 背後からの呼び掛けに応じて、素早く後退した俺がアラ
ンと肩を並べた時、一斉に躍り掛かった醍醐達の乱打を浴
びて、『ヴェノム』がのたうち回るのが見えた。
『止めを差してやる・・・!!』
 銃を構えながら、アランがそう口走った後。
「いいか。もう一度、さっきの奴をやるぞ。・・・全力で
な」
「OK!!」
 やり取りに続き、それぞれの得物に<<力>>なり、『氣』
を流し込みながら、それを最大限に蓄積させた時点で解放
させるべく、互いのタイミングを計る。
「ヘイ、アミーゴ。心の準備ハOK?」
「・・・とっくに終わってる。そして俺はミスをしない。
お前もミスをしない。それで全て問題無しだ」
「HAHAHAッ。ボクのPowerと、ユーのPowe
r。合わせば、テンジョーテンガに、Enemyはナシネ
ッ!!」
「お喋りはそこまでだ、集中しろ。・・・やるぞ!」
「OK!」
『ブレイクダウン・ショット!!』
 銃口に光が満ちていき、声と共に引き金が引かれた。二
発の銃声が全く同時に鳴り響くと、それぞれの銃口より放
たれたエネルギーの矢は、『ヴェノム』へと向かいながら
軌跡を交錯させ、螺旋状に絡み合うと、それは虹色に煌く
一本の鋭利で長大な鉾と化す事で更に威力を増し、度重な
る攻撃で弱体化した『障壁』に対し、獰猛な牙を剥いた。
 突き立てられた鉾に対し、『障壁』は一瞬の抵抗も示す
事無く、ついに屈服した。剥き出しになった『ヴェノム』
の胴に『光の鉾』が捻り込む様にして深々と突き刺さり、
そしてその勢いを減じる事無く、易々と反対側へと抜ける
と、言葉として全く意味をなさないが、絶叫や苦鳴である
事は確かである凄まじい音波が、全員の脳裏に反響する。
『!!!!!!』
 同時に<<門>>が今までに無い輝きを発した。ゆっくりと
だがその全体像が再びぼやけ出し、曖昧な物になっていく
と、それにつれて奴の体も<<門>>の方へと向けて動き始め
る。・・・そう、その全身に幾重にも見えないロープでも
掛けられ、そのロープを掛けた何物かの手によって、引き
ずられるかの様に。
『ウ、ウオオオオッーーー。門ガ閉ジル・・・。イヤ・・
・ダ、アノ暗闇ニモドルノハーーー。暗ク、寒イ世界ハイ
ヤダ』
 拒絶に懇願を含んだ『声』を響かせながら、その束縛か
ら逃れようと藻掻く『ヴェノム』だが、その抵抗をものと
もせず、ブラックホールの重力場に捕えられた宇宙船の如
く、『奴』の体はよじれ、伸縮を繰り返しながら、<<門>>
の中へと吸い込まれて行く。
『ウオオオオッ。門ガ閉ジル、ジル、ジル。クライ、クラ
ーーー、クラクラクラーーーーーーッ!!』
 その断末魔の叫びとも云える声を最後に、『ヴェノム』
の姿が完全に<<門>>の向こう側へと埋没し去ると、音高く
扉が閉ざされた。又、<<門>>自体も輝きを失うと共に、そ
れ迄の全てが幻であったかの様に、その場から一瞬にして
消失したのだった。
 そして残った物といえば、先程の攻撃で奴の体より出て
きた、金属的な光沢を放つ何かの塊ぐらいである。
「・・・・・・?」
 何なのかを確かめる為、その物体に近寄って、表面にこ
びり付いた『ヴェノム』の体液を拭き取った後、手に取っ
てみるとずっしりとした重量感に、冷たい感触とが伝わっ
て来る。
 そのコンクリートブロック程もある、白銀色をした金属
にライトを当ててみれば、それはプリズムの様に光を反射
し、シャンデリアのごとく光彩豊かに輝いている。やはり
と言うか、この金属塊からも今まで旧校舎ないし、裏密や
如月経由で入手した『力』絡みの物品と似た『匂い』を感
じ取れる。
(これは・・・? まあ、奴の体から出てきたからには、
只の金属の塊ではないだろうが・・・・・・)
 が・・・。それ以上その物体についての推測や、勝利の
実感に身を委ねたり、感慨に浸る暇など俺達には存在し無
かった。
 最初は低く、辛うじて聞き取り、感じれる程度の物が、
たちまちの内に勢いと存在感を増す事で、迫りくる『崩壊
』という名の、危険極まり無い交響曲が奏でたてられる。
 目には見えないものの、<<門>>が開き、また閉じた際に
生じたであろう、膨大なエネルギーが主な原因の様だが、
前回にも増して地下で派手なドンパチを行ったツケが回っ
て来たのだ。
「・・・ええいっ。また、このパターンかっ」
 回収した『戦利品』を背嚢に詰め込みながら、休む間も
無く襲いかかって来た、新たな危険物・・・所構わず落ち
てくる、石ころや岩の破片に土砂といった物・・・に対し
て、悪態をつく。
「やべェッ!! 早いトコ、ずらかろうぜッ!!」
「ああ。行くぞ、みんなッ。地上まで走れッ!!」
 ・・・こうなればもう、一秒たりとも無駄に出来ない。
こんな所で生き埋めになりでもしたら、それこそ数万年後
に化石になって発掘されるのを待つしかない。
 破局へのカウントダウンである、重々しく、不気味な鳴
動と落下物、その他諸々含めて危険がダース単位で襲い掛
かって来る中、俺達は可能な限りの速さで地下道からの脱
出を図った。

 
 ・・・今回も又、逃げる途中にトラブルが頻発したもの
の、どうにか全員無事に地下から逃げ出す事に成功した。
 大きな怪我こそ無かったものの、皆、例外無く疲れきっ
た表情をし、衣服はほこりまみれに土まみれ。難民もかく
やの体たらくである。
 そして空を仰ぎ見れば、既に大方の勤めを終えようして
いる夏の陽の後を継ぐかの様に、東より空の色が変わり始
めると共に、星々が宙へと現れようとしており、橋の上か
ら絶え間なく行き交う車の排気音が聞こえる以外は、黄昏
時の河川敷は静まり返っている。
「あの化け物・・・、斃したのか・・・?」
「・・・・・・いいえ。元の場所へと、還っただけよ・・
・」
 ふと、京一が誰に聞かせる風でも無く呟いた所へ、天野
さんが僅かに首を振りつつ、抑えた声で答えると、桜井の
表情が目に見えて変わった。
「それじゃあ、またーーー」
「ダイジョーブネ」
 声に焦りと不安を含ませた桜井に対し、不意にアランが
口を開いた。
「え?」
「あの<<門>>はもう、開くコトはナイよ・・・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・それはどういう事だ、アラン?」
 振り向いた桜井に対し、確信にも似た物を込めて言い切
るアランに、天野さんが訝かし気な顔をしながら軽くうつ
むくと、俺は直接疑問をぶつけた。
「あの真上には、チョウド樹が立ってイルンダ・・・。6
00年の間、タクサンのヒトの死を看取ってきた、偉大な
樹がネ・・・・・・」
「それって、まさかーーー」
「Yes・・・」
 そこで天野さんは弾かれた様に顔を上げ、アランを凝視
すると、その視線を受け止めながら、アランはゆっくりと
頷いてみせる。
「・・・・・・。そう、それなら確かに・・・」
「なんだよ、エリちゃん。なんのコトだよッ」
「影向の松よ・・・」
「松ゥ?」
 そして横合いから聞いて来た京一が、天野さんの返事を
聞いて首を傾げた所へ、その由来が語られた。
「影向の松がある善養寺にはね、浅間山噴火横死者供養塔
があるの。あの辺りはねーーー、1786年に浅間山の大
噴火が起こって、二千人以上の人が亡くなった場所なの・
・・」
 ・・・確かそれは、古代ローマのポンペイさながら、近
くにあった村一つが数mの火山灰の下に埋め尽くされてし
まい、噴火から二百年近く経って漸く発掘された程の、記
録的かつ、凄まじい噴火だったらしいが・・・・・・。
「当時、それはすごい惨状だったっていうわ。今みたいに
消防施設も、医療施設も発達していなかったんだからね。
直後に起こった、天明の大飢饉の影響もあって、併せて、
何十万という人々が、次々と死んでいったというわ。その
時、亡くなった人々や牛馬が利根川や江戸川を流れ、この
地に集まったのを、村人達が手厚く葬り、供養したの。そ
れが、今の善養寺・・・・・・」
「樹は、いってマス。人が死ぬのを見るのは、Many 
Many悲しいと」
「・・・・・・。ボク、何かで読んだコトがある・・・。
植物や動物に、命のないモノでも、長い年月を経ると、魂
や強い霊力を得る事があるんだ・・・って」
 天野さんの説明に続いてのアランの声を契機に、何かを
思い出したのか、桜井がぽつりと漏らす。
「松の樹の想い・・・、ボクにはわかりマース。ボクも、
メキシコのボクの村、大好きデシタ。大好きなヒトも、大
切なヒトも、いっぱいいたネ・・・。デモ、あの化け物現
れて、何もかも失いマシタ・・・。そんな想い、もう二度
としたくナイ。そんな想い、誰にもさせたくナイ・・・」
 先刻、駅前で見せた表情を再び浮かべながら、アランは
口を開いたが、その途中で目を伏せると溜め息とも、嘆息
ともとれる大きな息を幾度となくついた。・・・よく『万
感の思い』と言うが、アランが抱え込んでいたものの重さ
は、そんな一言で言い表せる物では無いし、又、他者には
決して推し量る事も出来まい。
「ミンナのおかげで、ボクの目的、果たせたネ。だからー
ーー、だから、今度は、ボクがミンナのペルプする番デー
ス。ボクも・・・、ショージ達と一緒に闘いたいネ。ショ
ージーーー。Yes、いってくれマースか?」
 ・・・目的を果たし終えたなら、もうアラン個人に闘う
べき理由はもう無い。かつて起こった事を『忘れる』事は
出来ないだろうが、これからを平穏に暮らせるだろう。に
も関わらず、強い覚悟や意志といった物を両眼にたたえな
がら、アランは協力を申し出ている。この間の時の京一達
と同じ様に。
(これは、どうも・・・、止められんな)
 内心でそう思いつつ、アランの『志願』に対し俺は、素
っ気無い、もしくは、ぶっきらぼうな調子で答えた。
「・・・お前自身が考えて、決めた事なら、俺がとやかく
言える様な立場でも、理由も無い。そして俺達の間では、
『自己決定、自己責任』が基本だからな。好きにしろ」
「Thanx、ショージッ。ボク、ガンバルネッ。ミンナ
でHappyになるために、ボクも一緒に闘うネッ!!」
 他に言い様も有るだろうが、これはもう性分な物で致し
方無い。しかし、アランの方は気にした様子も無く、胸に
手を当てると、何かに対して誓うかの様に高らかな声で宣
言する。そして。
「OHッ、そうだッ。これを受け取ってくださーい。これ
はボクの友情の証ネッ!!」
 俄にポケットをまさぐり、何かを引っ張り出したアラン
は、それを掌の上に乗せ、俺に向けて差し出して来た。
「・・・・・・?」
 目の前にある物に視線を落とす。・・・それは半透明の
鉱石か何かの素材を削り出して作られたとおぼしき、人間
の頭蓋骨を模したアクセサリーだった。一見、どこにでも
転がっている只の悪趣味な置物の様だが、二束三文のガラ
クタとするには、えらく細工が巧緻であるし、時折、川面
に反射してこちらに洩れて来る、橋上の照明や車のライト
の光を受け、微妙な色合いの光沢を発している。・・・ま
さかとは思うが、これはかの有名な・・・・・・?
「・・・そうか。そういう事なら、大事にさせて貰う」
 前にも似た様な事があったな・・・。と思いながらも俺
は、答えを返しつつ、受け取ったブツをしまいこんだ。
「まッ、ちょいと不安だが、これから頼むぜ、アランーー
ー」
 一部始終を見ていた京一が、声をかけつつ、アランの方
へ手を差し出した。が・・・・・・。
「アオーイッ!! 葵のTelナンバー、ボクに教えてく
ださーいネッ!!」
「お前なァ・・・」
「会えなくてもボクのこと忘れてしまわナーイように、ボ
ク、毎日Telしマースッ!! だから、教えてくださー
いッ!!」
 差し出された手は見事に無視し、アランは美里の側に近
寄るや、猛烈な勢いで話しかけると、完璧にハズされた京
一は、恨みと怒りに呆れとが絶妙の具合で混じった視線を
投げつけ、迫られた美里は珍しく、あたふたとした表情を
見せると、困った様に言葉を詰まらせた所で、京一が大声
を張り上げる。
「えッ・・・? で、でも・・・・・・」
「このクソ外人ッ!! てめェ、図々しいにもほどがある
ぜッ!!」
「OHッ、キョーチ、すぐ怒る、良くナイデース。Smi
le Smileネ」
「やかましいッ!! それに、オレはキョーチじゃねェッ
! キョ・ウ・イ・チだッ!!」
 顔を怒りと興奮で真っ赤にして、京一は怒鳴りつけるも
のの、まさに『暖簾に腕押し』。アランには毛程もこたえ
た様子は見られない。 
「OHーーーッ、Sorry、キョウチ」
「だーッ、てめェ、わざとやってんだろッ!!」
 軽い調子で言われた『謝罪』は、結果として『鎮火』で
は無く、『延焼』を招く事となった。ますますもっていき
りたつ京一は、今にもアランに掴みかかりそうな勢いだ。
「じゃ、ボクはもう行くネ。Adiosッ!!」
 と、言うやアランは、ちゃっ、と片手を上げながら、踵
を返して駆け出した。
「あッ、ちょっと待て、てめェッ!!」
 等と、その背中に向けて拳を振り上げつつ、京一は尚も
叫んだが、みるみる内にその姿は、夕闇の向こうへと消え
て行った。それから1〜2分程後経って。
「やれやれ・・・」
「似た物同士とは、このコトだね・・・・・・」
「はははッ、まったくだ」
「うふふ・・・」
 醍醐や桜井の、深刻さを伴わない溜め息に続いて、複数
の笑い声が辺りに響いた。・・・まあ、こんな(多分)罪
の無い、陽気? なやり取りが出来るのも、大きな事件に
一応の決着が付くと共に、全員が無事であったからだし、
どうにか『一仕事』を終えて、それ迄張り詰めていた緊張
感や、危機感といった物から解放された事の証明でもある
訳だが。
(『あの』炎角は現れず、か・・・。まず港区で水角を斃
し、今度の件では風角を屠り去った。立て続けに奴等の目
論見を潰した上に、幹部級の奴を葬ったからには、連中の
組織や人的資源にもそれなりの打撃を与えたと思うが、そ
れでもまだ『勝った』とは言えない。・・・だが、今に見
ていろ、鬼道衆共。最後に勝つのは俺達だ。そして・・・
貴様等には未来は無い! あるのは只、『全滅』という末
路だけだ・・・!)
 自分の中に存在する、連中に対する敵意や、闘争意欲に
覚悟といった物を改めて確認した後で、俺も精神のチャン
ネルを、戦闘から平時へと切り替えたのだった。
「それじゃ、おれ達も帰るとするか」
「うんッ。もうすぐ、夏も終わりだね・・・」
「ああ」
 そして、醍醐と桜井が話している所へ、俺は頭髪や服に
付いた汚れをはたき落としつつ、俺は『ある提案』を持ち
かけた。
「・・・さてと。どうにか事件も片づいたし、全員、大き
な怪我もせずに済んだ。そして時間も時間だ。一つ、厄落
としと打ち上げを兼ねて、皆でどこかに繰り出そうと思う
んだが・・・。どうだ?」
 俺の提案に対し、すぐに反応はかえってはこず、全員が
顔を見合わせた。
「・・・風間。どうしたんだ、急に?」
 若干の驚きに加え、戸惑いを含んだ声を最初に上げたの
は、醍醐である。
「・・・おかしいか? 俺がそういう事を言うのは」
「え。う、ううん、そうじゃないんだけど・・・」
「そうそう、ちょっとビックリしただけだから」
 俺の言葉に対し、美里と桜井が幾分、慌てたように口を
開いた後。
「ま、お前がそんな事をいうなんて、はじめてのコトだか
らな。なんか新鮮というか、ブキミというか・・・。こり
ゃ、雨でも降るんじゃ・・・いてッ!!」
 抜ける様な快音と同時に、京一の脳天をハリセンが直撃
した。
「・・・少し黙ってろ。で、お前は行くのか、行かんのか

「行く行く、行きます、おいてかないで」
 実の所は疲れていて、帰ってから夕飯の支度と片付けを
するのが億劫であったからだが、皆を誘った理由に関して
は嘘では無い。実際、あれ程の妖物相手に皆、よく闘い、
頑張った事だし、それを労ってやりたい。
「・・・そうだな。せっかくの誘いだ、おれも付き合おう

「もちろん、ボクもだよッ。ねッ、葵もいいだろッ」
「ええ。私も、ご一緒させてもらうわ」
 と、醍醐達三人が頷いたのに続き、高見沢や如月も参加
の意志を表明した為、反対・離脱者はおらず話は半分方、
纏まり、そしてどこで、何を食うかについて2〜3分の問
答と協議の結果、天野さんが私事で友達と一緒によく利用
するという、店に行く事となった。
「・・・んじゃ、話も決まったし、早いトコ行こうぜ。な
んせ、大仕事の後だから、腹も減ってるし、疲れてっし・
・・」
「さんせー、さんせー! ボクだって、さっきからもう、
お腹が鳴りっぱなしだよ〜」
「わ〜い。ご飯だ、ご飯だ〜! 舞子楽しみ〜!!」
 なんぞと言いつつ、京一達は今にも躍り出しそうな程、
上機嫌の体でそそくさと歩き出し。その直後。
「それじゃ、私達も行きましょうか」
 との天野さんの声に、醍醐や美里達は頷いたり、笑って
答えたりしながら、それぞれの歩調で先を行く連中を追い
かけ。そして俺も一度だけ、崩れ去った地下洞窟入り口に
向き直って目を閉じ、短く黙祷を捧げた後、皆に続いて、
人知れず激闘を繰り広げた末、漸く本来あるべき静寂と平
穏を取り戻した場所を立ち去ったのだった・・・・・・。

          ・・・第拾話『変生・前編』へ

 戦人記・第拾話「変生・前編」其の壱へ続く。

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