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真・Water Gate Cafe

葵館・談話室

戦人記・第拾話「変生・前編」其の壱

 ・・・それは八月末、新宿某所での事。
「何でだ・・・。何で、俺は・・・。アイツらに勝つ事が
できねえ・・・・・・」
 夜も更け、人通りの絶えた路地を歩きながら、その呪詛
にも似た呟きを数え切れない程、繰り返していたのは一人
の学生・・・、真神学園、3ーCに籍を置く生徒・・・佐
久間であった。
「アイツら・・・」

 ーーー突然、自分の前に現れた奴。クラスの女共にちや
ほやされて、図に乗ったそいつを軽く捻って、自分との力
関係をわからせる筈だった。だが・・・、力を持っている
筈の自分が無様にも地に這わされ、その屈辱を晴らすべく
挑むも、それを路傍の雑草の様に無視し、せせら笑う男・
・・風間翔二。
 ーーー自信と余裕に満ち、いるだけで自分を苛立たせる
奴。人を小馬鹿にした様な態度や言動もそうだが、何かに
つけ騒がれ、目立っている鼻持ちならない男・・・蓬莱寺
京一。
 そして・・・、三人目。先の二人以上に気に入らない、
その男の名は・・・・・・。

「クソッ!! どうすれば、アイツらに・・・」
 口にする度に、自分の中に在る苛立ちや怒りを始めとす
る負の念が勢いを増し、膨れ上がったそれが更に別の負の
感情を呼び起こす・・・と言う、ロクでもない連鎖が成り
立っており、そしてその煮えたぎる感情は、吐け口が無い
まま質量を増し続け、やがては精神と肉体の双方を飲み込
みつつあった。
「クククク・・・。何を悩む事がある? 我らが同胞(は
からか)よーーー」
「誰だーーーッ!?」
 不意に響く、哄笑に続いての声に思わず顔を上げると、
尖った険しい声を出す。
「誰だッ!!」
「クックックックッ・・・」
 いくら怒鳴っても出て来ない事に気付き、その人を嘲け
る様な声が聞こえて来るとおぼしき方へ向き直ると、佐久
間は走り出す。
「どこだッ! 出てきやがれッ!!」
 ・・・当ても無く何分か走った後で、ぎらつく目を辺り
に向けながら、鼻息と語気も荒く吠えた時。
「主の抱くその怨恨は、我らが鬼道の恩恵を得るに相応し
い。限り無く我らに近き魂を持つ男よーーー」
 佐久間には半分方、理解出来ない言葉が発せられた場所
・・・手を伸ばせば届くのではという距離に、突如人影が
現れた。そして闇の中にあって、顔の部分を覆っている鬼
を象った面が、妙にはっきりと浮かんでいた。
 普通なら、この何の前触れも無く現れた影に対し、警戒
や驚きに恐れ等を持って然るべきだろう。が・・・、今の
佐久間にそういう思考は働く事は無く、ただ、立ち尽くし
てその影を見つめていた。
「さあ・・・、解き放て。そしてーーー、嬲り、殺し、そ
して喰らうがよい。おもいのまま、奪うがよい・・・」
 言葉に併せて、面に彫られた眼の部分より、どこか粘り
気を帯びた光が溢れ出し、その光を見つめた佐久間の目か
ら正気の色が薄れて行くのに従い、やがて濁り、鬱屈した
欲望や意志といった物が、真っ白になった頭の中を支配し
たのに始まり、それは声や表情にまで及びつつあった。
「奪う・・・?」
 と、半ば夢遊病にかかった様な声で呟く。
 ・・・そう。自分には、欲しくて欲しくてたまらないモ
ノが有る。それはまるで、生きた宝石の様な輝きを持つ女
・・・。だが、それを手に入れ、思いのまま貪り、弄ぶに
は、邪魔なヤツらがいる。どうすれば・・・・・・。
「恐れる事は無い。<<選ばれし者>>よ・・・。さあ、己の
中に渦巻きし、暗き念に身を任せるがよいーーー。さすれ
ば、主が望みはかなおうぞ・・・。そう・・・、恨めーー
ー、憎めーーー、殺せーーー」
 内心を見透かすかの様に、言葉が続けられる。流れ込ん
で来る陰惨な響きと語句を含んだ囁き声は、佐久間の耳に
届いた時点で何故か全く逆の印象を与えていた。が、しか
し、異変は確実に訪れつつあった。
「うぅ・・・、なッ、なんだ? 頭が・・・・・・」
「さあ・・・、堕ちるがいい。佐久間よ・・・」
 それまで頭の中にあった、アルコールが回った時の様な
ぼやけた感覚に代わって、蛇が頭の中をのたうっているか
と感じさせる程の頭痛が、佐久間を襲った。
「くッ・・・、頭が痛てェ・・・」
「クックックックッ・・・。変生せよ・・・」
「てッ・・・、てめェは、一体・・・」
 その姿を前にしても、声の方は変わる事無く響くが、佐
久間は堪らず両膝をつき、その場にうずくまると更に増す
痛みに顔を歪めながら、声の主を見上げる。
「我らは、鬼道衆ーーー。墜ちよ・・・、佐久間・・・」
 それを最後に、人影と声は遠ざかって行く。
 その場に残された佐久間は、まだ続いている頭痛に悶え
ていたが、やがて痛みに代わる感覚に気付いた。・・・う
っすらと体を包む緋い輝きと、際限無く体の芯から押し寄
せる『何か』・・・。それは今までに無い高揚感と恍惚感
を伴う物だった。
 だが・・・。もし、『鬼道衆』という名が指す意味と本
質を知る者達がその一部始終を目にしていれば、こう評し
た事だろう。
「悪魔から差し出されたのは、『偽り』と『破滅』という
名のリボンで彩られ、麻薬の様に心を蝕む匂いを放つ、血
塗れの花束」だと・・・・・・。


  異伝・東京魔人学園戦人記第拾話 『変生・前編』

         ■3−C教室■

「・・・それでは、本日の授業はこれで終わりです。ーー
ーそれから、昨日もいいましたが、佐久間クンを見かけた
人は先生に連絡して下さい。それではーーー」
 ・・・暦の上では夏は過ぎても、実際は未だ残暑厳しい
九月上旬。表面的にはあれ以来、『奴等』が動いている事
を示す、新聞や雑誌の三面記事を賑わす様な兇事は無く、
一時的な平穏を保ったまま、(本当に)色々あった夏休みも
終わり、代わって訪れた二学期の第一週である。
 帰りのHRでの連絡と注意事項等を伝え終え、いつもの
挨拶の後、教室の壇上より担任の姿が消えると、級友連中
も又、めいめいに出ていき、瞬く間に教室内の人口密度は
低下していく。
「ーーー佐久間クンがいなくなって、もう一週間かァ。一
体、どうしちゃったんだろう」
「さァな。オレは、野郎のコトは興味ないね」
 帰る前にちょっと、図書室にでも立ち寄ろうかと考えて
いた所へ、先程担任より言われた事柄について、桜井達が
話す声・・・二学期に入ってから席替えが行われた結果、
俺は皆とは離れた最前列に近い席に移った為、四人の姿が
直接視界に入る事は無い・・・が聞こえてきた。
「どうやら、自宅にも帰っていないらしいしな・・・。こ
のままだと、警察に捜索願いを出す事になるらしい」
「イヤなヤツだったけど、心配だなァ。妙な事件に巻き込
まれてないといいけど・・・」
「ああ・・・」
 投げ遺り気味の京一の声の後、醍醐が会話に加わると、
(程度差はあれど)桜井と二人して深刻さに加え、心配そ
うな声を出している。
 ・・・この話題に関しては、俺の姿勢は京一よりも更に
突き放している。奴の存在に対して、意識のいの字も持っ
て無ければ、使う様な記憶容量も時間も無い。つまる所、
どこでどうなろうが知った事では無い。そして俺が知る限
りの奴の所行と言動を統括し、評価するならば、正直、醍
醐程の男が気を遣い、目を掛けてやるに値するだけの相手
では無いし、又、その必要も無い。
 ・・・とは言っても、別の立場と視点から俺を対象とし
て、より辛辣な質問と採点を行った場合、下される裁定は
相当厳しい物であるだろうから、余り偉そうな事は言えな
いが。
 そこで一時、会話が途切れた所へ。
「あッ、もうこんな時間だッ。葵ッ、あーおーいーッ!!

「あら、小蒔。まだ行かなくていいの?」
「うんッ。いまから行くトコ。ハイッ、これ学校への地図

「ありがとう。じゃあ、後から行くわね」
「なんだよ。今日、なんかあんのかよ?」
 との女性陣の会話を耳にして、京一が疑問の声を発する
と、俺も首を回して四人がいる方を見る。
「あら、小蒔。みんなにいってなかったの?」
「あれッ、そうだっけ? えへへッ。今日は、弓道部の練
習試合があるんだッ」
「練習試合?」
 美里に言われて、桜井は若干、首をかしげた様なしぐさ
の後、弾んだ調子で声を上げ、その一部を京一が繰り返し
口にする。 
「うんッ。今から行くトコなんだ。真神(うち)の部と仲
のいいゆきみヶ原高校でやるんだけどね」
「ゆきみヶ原っていやァ、お前・・・」
「あれ? 知っているの、京一」
 素早く声を上げた京一の顔を、桜井は以外そうに見返し
た。・・・この後に続くだろう、こいつの言動の内容に関
しては、多少なりとも予想は出来る。大方・・・・・・。
「知っているもなにも、ゆきみヶ原っていやァ、荒川区に
ある、お嬢さま校じゃないかよォォォッ!!」
「・・・・・・」
 やはりと言うか、何と言うか・・・。醍醐も醍醐で、『
やっぱりな』とでも言いたげに、肩で息をついている。
「確か、都内でもオネーちゃんレベルが、高いって噂のッ

 またぞろ、訳のわからん事を・・・・・・。
「ふーん。そーなんだ」
「ふーん、そーなんだ、ってお前なァーーーッ」
「まッ、ボクには興味のない話だし」
 何の反応も見せず、取り合おうともしない桜井に、更に
何事かを言おうとする京一だが、桜井は最小の台詞でこの
話題に関する流れをぴしゃりと遮った後で俺の方に向け、
とことこと歩み寄って来た。
「それよりも、翔二クン。ボクの高校最後の試合、見に来
てくれる?」
「・・・そうか。そういう事なら、行かせて貰う」
 ・・・個人的にスポーツの応援という物に関しては、ず
いぶん前の日本シリーズで、応援していたチームが三連勝
の後で四タテを食らった事に始まり、『あの』中東某国で
のW杯予選やオリンピックも含め、俺が応援したチームや
選手は比率的に負け易いという、些か笑えないジンクスが
あるのだが、その事を口にするのも、不参加を表明して、
本番前から当人のテンションを下げる様な事も躊躇れた。
 どうにか、今度に限っては外れて欲しい物だが・・・・
・・。
「えへへッ、よかった。ボクがんばるよッ」
 返事を聞いた桜井は、安心に似た表情で軽い笑みを浮か
べたが、それはすぐ別の表情に入れ替わる。
「あッ、そうだーーー、昨日、アン子にこれもらったんだ

 言いつつ、鞄の中を掻き回してガリ版刷りの紙を引っ張
り出すと、そのうちの一枚を渡して来た。何かと問うまで
も無い、例の『真神新聞』である。
「はいッ。こっちはもう読んだから、翔二クンにあげる。
これは後でみんなで見ようね」
 渡された紙面を一瞥した後、小さく折り畳んで鞄にしま
い込んだ時、何かに気付いた様に醍醐が口を開く。
「そういえば・・・、今日は遠野の姿を見てないな」
「あら、醍醐くん、知らなかったの? アン子ちゃん、今
日は風邪でお休みなのよ」
「へーッ、珍しい事もあったもんだ。一番、そういうのに
は縁がねェとおもってたけどよ」
「はははッ、まったくだ」
 美里の声に、京一が以外さに軽いからかいを交えて呟く
と、醍醐もそれに同意する。当人がいれば『悪かったわね
ッ!!』とでも叫ぶだろうが、風邪に限らずしばらく大人
しくしてもらいたい物だ。あの御仁がけたたましい足音に
叫び声を伴って、この教室に駆け込んで来る様な事は、正
味願い下げである。
「それじゃ、ボクもう行くね。他の部員も待ってるし」
 そう言って荷物一式を抱え、教室を出ていこうとした桜
井が踵を返した時。何気なく視線を動かした京一が小首を
傾げると、呼び止めた。
「ん? 小蒔。お前、そんなお守りなんて前から、付けて
たか?」
「あッ、これ? へへッ、醍醐クンに借りたんだ」
 言われて振り返った桜井が、笑いながら腰の所にぶら下
げてあった赤い布包みを手にすると、俺達の前にそれを示
した後で、飾り紐の部分を持って何度か振ってみせる。
「醍醐に? へェー。なるほどねェ」
「なッ、なんだその目は」
 経緯を知るや、京一は『今この場にいない』誰かさんが
見せる物と本質的には同種である、明らかになった事実を
面白がっている様な口ぶりと、どこか含みのある視線に加
え、微妙な笑い・・・とある幻想小説に出てくる猫が浮か
べる奴だ・・・という、三身一体の攻撃を仕掛け、それを
受けた醍醐は目に見えてたじろぎ、困惑の色を見せる。
「そッ、それはだなあ、由緒正しいお守りでだなーーー、
おれは、それを持っていた時、試合に負けた事がないとい
うーーー」
「くくくッ・・・、いやわかったよ、タイショー」
「・・・・・・」
「くくくくッ・・・」
「ふん」
 初撃から立ち直った後で、説明じみた台詞を宙に吐き出
す醍醐に、京一は笑いを止めぬまま、宥める様な事を言っ
たが、撫然たる醍醐の表情を見るや再び、肩を震わせて押
し殺した笑い声を上げ、醍醐はより一層渋い顔をすると、
小さく鼻を鳴らしそっぽを向く。
「役に立つかはわからんが、桜井が勝てるようにとおもっ
ただけだ」
「えへへへッ。ありがと、醍醐クン。今日はボクにとって
三年間の締めくくりだからね。雛乃との3年越しの勝負に
も、今日でケリがつくからね」
「雛乃?」
 不意に出てきた名前に、耳聡く京一が反応する。
「うん。ゆきみヶ原の弓道部の部長で、ボクのライバルな
んだ。実家は、神社なんだけど、たまに遊びにいったりす
るんだ」
「神社の娘か・・・。へへへッ。きっと、名前の通り、和
風美人ってカンジなんだろうなァ」
「まァ、ご想像に任せるよ。どのみち、今日会場で会える
と思うしね」
 そう言って、目やに下がった笑いを洩らす京一に対し、
桜井は肩をすくめてみせると、荷物を持ち直した。
「じゃ、ボク先に行くから。後で、会場でねッ」
 手を振りつつ、小走りに教室を出ていく桜井を、手を振
り見送った後、美里がくすり、と笑みを見せる。
「小蒔ったら、あんなにはしゃいじゃって。雛乃さんって
人との勝負がよっぽど楽しみなのね」
「それにしても、お守り、とはな。もうちょっとマシなモ
ンはおもいつかなかったのかよ、醍醐」
「なッ、なにがいいたいんだ、京一?」
 やはり桜井を見送った後で、何気なさそうに言った京一
の声に、過敏とも言える反応をしてみせる醍醐。・・・そ
うするに至った動機は単に善意や、武を修める同志による
ある種の連帯感に端を発しての事だろうから、軽く受け流
すという事をすればいいだけだろうに、何を慌てているの
やら・・・・・・。
「女にプレゼントすんのに、お守りはねェだろ?」
「ばッ、馬鹿野郎ッ。おれは、別にそんなつもりじゃ・・
・」
「ちッ、相変わらず堅ェヤツだぜ」
 そう舌打ちする京一に対し、醍醐は口内でなにやら呟い
た後、助言か何かを求めるかの様な態度で、ちらっ、と美
里の方を見やったが・・・・・・。
「うふふッ・・・。醍醐くん。小蒔、喜んでたわよ。醍醐
くんにもらったんだって、私に見せに来たし」
「う・・・・・・」
 との美里の言葉に、醍醐はまともに顔を引きつらせ、ま
たしても口をもごもご蠢かせた後で。 
「と、とにかく、深い意味は無いんだからなッ」
 半ば捨て鉢の口調で言い放つと、乱暴な歩調で罪の無い
教室の床を踏みつけながら、醍醐は鞄も持たずにそそくさ
さっさと、教室を後にしたのだった。
「おい、醍醐ッ!! ・・・行っちまったぜ。まったく、
世話の焼ける野郎だなッ。醍醐ッ、お前、会場の場所知っ
てんのかよッ。待てよッ、おいーーーッ」
 などと、独り言に舌打ちと呼びかけを交えながら、自分
と醍醐の鞄を抱えた京一も又、教室を出ていき、声と足音
が次第に遠ざかっていくと、自分も手早く帰り支度を整え
ながら、美里が口を開いた。
「うふふッ。京一くん、口ではああいっても、醍醐くんと
小蒔の事・・・、本当はすごく心配してるのよ」
「・・・まあ、極めてズボラかつ、ちゃらんぽらんに見え
て、結構あいつは、他人の動向や立場にまで気を回す事が
出来るのは確かだな」
 前にあった事を思い出し、取り敢えず賛同を示した後。
「ねェ、翔二くんは、どう思う?」
「何がだ?」
「私は・・・、醍醐くんと小蒔って、お似合いだと思うん
だけど?」
「そうだな・・・。俺より、あの二人と付き合いの長い美
里が言うのなら、そうなのだろう。もっともーーー」
 言葉を遮るかの様に、ポケットに入れていた携帯から、
かなり安っぽい感じになった、『ツァラトゥストラはかく
語りき』が流れ出し、取り出したそれの受話ボタンを押し
て耳に当てた。
「はい。風間です」 
『もしもし、僕だ』
「如月か。・・・まさか、『連中』絡みで、何かあったと
でも?」
『いや、そうではなくてね』
 ・・・その用件はと言うと、ひどく断片的で欠損箇所が
多いものの、如月の実家の倉の中から、鬼道衆についての
記録が見つかったというのと、もう一つは江戸川区での闘
いで、例の『ヴェノム』から回収した物体についてであっ
た。調査に協力した裏密が書いたメモによると、有名所で
は、J・R・R・トールキンの作品にも登場し、『真銀』
又は『破邪の銀』とも称され、かの『オリハルコン』と双
壁を成す、『ミスリル』という伝説の魔法金属であったそ
うだ。そして肝心なのはここからで、これを利用して新た
な武器や、護符に呪具といった品物を創り出せるとの事で
あり、その点をどうするのかを聞いて来たのだった。
「・・・成る程。そういう事なら、今から直接話したい所
だが、こっちも用事が有るしな・・・。終わり次第、そち
らに向かうが、もし遅くなる様なら、FAXか、電話で・
・・って事でいいか?」
『わかった。では、後程』
「ああ」
 会話を終えてボタンを切り、振動モードの状態にして再
びポケットに落とし込むと、すっかり帰り支度を整えて、
電話が終わるのを待っていた美里が話し掛けて来た。
「ずいぶん、色々と話してたみたいだけど。・・・何か、
あったの?」
「いや・・・。悪い知らせ等では無い。内容は行く道がて
ら、話す」
「そうなの。じゃあ、そろそろ私達も行きましょう」
 そう促された後、俺達以外に殆ど人影が無くなった教室
を出ると、先に行った連中の後を追い掛けた。

       ■ゆきみヶ原高校正門前■

「ここが、ゆきみヶ原高校か。で、美里。弓道場の場所は
書いてあるのか?」
 ・・・ここから見える範囲だけでも、学校全体の規模や
設備に施設の造形に始まり、建築・維持コスト、その他諸
々に於いて、万事形通りかつ、無個性な公立高校とは、一
線を画した感を持つ、白亜の校舎を感心した様に眺めなが
ら、京一が口を開く。
 しかし・・・。此処に至るまでに、風も無いのに道端に
あった看板が不意にコケたのに始まり、黒猫がこれ見よが
しに鳴きながら目の前を通るわ、生ゴミを漁っていたカラ
スの群れを見かけたりしたが、これらが桜井の勝負の結果
を暗示している様な事は無いと願いたい・・・・・・。
「ちょっと待ってーーー。ええと・・・」
 問われて、ルーズリーフの用紙を流用した、手書きの地
図に目を落とした美里だが、数秒もせずに表情が変わる。
 ・・・と言う事は、必要とする情報が載って無いという
事であり、脇から紙面を覗き込んだ京一も又、呆れ声を張
り上げる。
「なんだよッ、書いてねェじゃねーかよ。まったく、そそ
っかしい奴だぜ」
 美里から地図を受け取り、俺も目を通したが。・・・確
かに半分方白い紙には、最寄り駅から此処に至るまでの大
雑把な道順と、目印とすべき物が数点記されている程度の
代物であり、はっきり言って『落書き以上、地図未満』と
いった所か。
「ここで、こうしていても埒があかねェし・・・。で、と
りあえず、どうするよ、翔?」
「とは行っても、下手に足を踏み入れて此処の関係者に、
不審者扱いされるのも何だしな・・・。此処で少し待って
誰かに道を聞いた方がいいと思うが」
「おいおい、早く行かねェと、試合が終わっちまうぜ?」
 返事を聞いて、急き立てる様に言う京一の背後より。 
「コラッ、そこのッ!! 人のガッコの前で、なに騒いで
やがんだよッ!!」
 若い女性の物と思われる、良く通る声が辺りに響くと、
全員が一斉に声の方を注視する。・・・視線の先にいたの
は、水色のセーラー服を着て、赤茶けた髪をリボンで一纏
めに括った少女だった。その背丈こそ平均的だが、良質の
筋肉の存在を感じさせる、日焼けして引き締まった体つき
や手足に加え、雨紋や京一よろしく、3m程の長さがある
細長い袋を肩に担いでいる辺り、武術なり、スポーツをよ
くこなしている事は疑い無い。そして・・・、その顔には
見覚えがあった。以前、芝プールに出向いた時、出会った
姉妹の姉の方だ。まさか此処の生徒だったとは、東京(こ
のまち)は広い様でいて、案外狭い物だ・・・・・・。
「見慣れねェ顔だな。どこのモンだ!?」
「なんだ、てめェ」
 ・・・どうやら、以前顔を会わせていた事を、お互い綺
麗さっぱり忘れている様で、割とキツい顔につっけんどん
な声で聞いてくるのに対して、似たり寄ったりの態度で京
一が応じた所。
「こっちが、先に聞いてんだッ。返答次第じゃ、痛い目見
るぜッ」
 と、険高な口調で即座に言い返したのに、醍醐と京一は
幾分、気押されたかの様に顔を見合わせると、ぼそぼそと
やりとりを始める。
(おい・・・、なんだか凄ェ女が出てきたぜ)
(う、うむ・・・)
(こいつに比べりゃ、小蒔の方がまだ、カワイイもんだぜ

「小蒔だって? ・・・お前ら、小蒔の知り合いか?」
「肯定だ。全員が、桜井とは共通の友人でな」
 京一達の声を耳にした少女に俺が答えると、少女は俺達
三人を値踏みするかの様に眺め渡した。
「ふーん・・・。小蒔の友達ねェ・・・。あいつにこんな
ガラの悪い友達がいるとはね」
 口さがないと言うか、遠慮が無いと言うか・・・。幾分
疑いは薄れたものの、いまいち信じかねてる様子である。
「お前こそ、なにものなんだよッ? ここはお嬢様校じゃ
ねェのかよ」
「おッ、お嬢様じゃなくて悪かったなッ! お前らこそ、
用がないなら、さっさと帰れッ!!」
「なッ・・・、なんだとォ〜ッ!!」
 そして、幾分下がりかけていた警戒の水位は、京一の一
言でぶちこわしになった。昇った血気も露な顔で、出会っ
た時以上の高圧的で荒っぽい言い方に対し、過剰に反応し
た京一が同様の表情で前方に踏み出す。・・・正直、どこ
かで献血でもして、その多過ぎる血の気を下げて来いと、
言ってやりたい所だ・・・・・・。
「こら、止さないか、京一!!」
 紛争が拗れる前に、一行の『保父さん』・・・もとい、
引率の教師・・・でもなく、お目付け役たる醍醐が京一を
抑えにかかり、一番の穏健派である美里も『あの・・・』
と、少女に対話を呼びかける。
「ん?」
「私達、今日は小蒔の最後の試合を応援にきたんです。ゆ
きみヶ原の方にご迷惑はおかけしませんから、弓道場の場
所を教えて頂けませんか?」
「・・・・・・。あんた、もしかして美里葵か?」
「えッ・・・は、はい」
「そうか。あんたの事は小蒔から聞いてるよ」
 美里が丁寧かつ、穏やかな口調で話しかけると、少女は
何かに思い当たったかの様な色を浮かべて聞き返し、美里
がそれに頷くと、それまでの態度と勢いを抑えて数歩近寄
ると、『へー。ふむふむ。なるほどねェ』などと呟きなが
ら、彼女の全身を眺め回した。
「あッ・・・、あの・・・」
「小蒔が惚れるのも無理ねェなァ。噂通りの美人だぜ」
「あの・・・」
 思わず困惑の色を浮かべた美里の顔に視線を止め、冗談
めかした口ぶりでそう言ってのけるが、それに対し心底、
対応に困った様子で美里がうつむくと、それに気付いたの
か、安心させるかの様に頬を緩め、笑いを見せる。
「はははッ、わりィわりィ。弓道場なら、そこを左にいっ
た建物の裏にあるぜ。急いだ方がいいぜッ」
「どうも、ありがとう」
「じゃあな」
 頭を下げた美里に向かい、短く挨拶を投げつけた後、早
足で少女は校舎の方へと歩き去ったが、その身を翻す様や
足取りを見れば、やはり彼女が何らかの武術を修めている
事は明らかだった。
「行っちゃったわ・・・。名前を聞きそびれちゃったわね

「まったく、類は友を呼ぶとは、まさにこのことだぜ」
「はははッ。・・・とにかく、急ごう。もう、桜井の試合
が始まっているかもしれん」
 呆れに感心とが入り混ざった顔で京一がこぼすのを聞い
て、笑い出した醍醐だか、すぐに表情を切り替えると、今
しがた教えてもらった弓道場に向かい、先頭に立って歩き
出した。
 ・・・敷地内に入り、先程教えられた方へと歩いていく
と、同一方向へと向かう人の列や、聞こえて来るざわめき
等が格好の道案内となり、さして急ぐでもなく、五分程歩
いた先にそびえ立つ道場・・・その造りに規模も、以前訪
れた鎧扇寺の物におさおさ劣らず、真神との差を例えれば
一戸建とウサギ小屋ぐらいの差が有る・・・の前で、京一
が立ち止まった。
「おッ。あったあった、ここじゃねェか?」
 等と言っている間にも、結構な数の人間がぞろぞろと会
場に入って行き、それらに続いて俺達も案内・誘導用の張
り紙に従い、客席へと移動する。

      ■ゆきみヶ原高校弓道場内■

 割と遅い入場であったものの、運の良い事に前の方の座
席を確保する事が出来た。塵一つ無く掃き清められた道場
内は、ある種の興奮と期待が熱気となって、絶えず対流し
ている。近くにいた人に聞くと、両校のこれまでのスコア
は全くの互角であり、これから双方の大将同士の直接対決
が始まるそうで、この結果で全てが決まるとの事だ。
 ・・・競技にせよ闘いにしろ、基本的に対戦者の技量が
対等ならば、後は相手に比して、よりミスの少ない方が勝
つ。そしてミスを呼ぶ最大の要因とは、眼前の敵でもなけ
れば、環境やその他大勢のギャラリーでも無い。己自身で
ある。
「どうやら、ギリギリで間に合ったか」
「小蒔はどこかしら・・・」
 椅子に腰を落ち着けて、美里に京一がそれぞれ口を開く
と醍醐が腕を上げ、一点を差し示した。
「向こうを見てみろ、美里。桜井が出てきたぞ。・・・い
よいよだな」
 奥の方より胴着姿の桜井と、もう一人の女生徒が弓を携
え、ゆっくりと歩いて来る。・・・そこにあるのは、普段
の陽気で屈託の無い表情とはまるで違う、凛とした雰囲気
と静かな気迫を纏った、武道家の顔だ。
「隣にいるのが、小蒔のいってた雛乃さんかしら」
(あれは・・・、今度は妹の方か。姉もそうだが、こんな
所で見かけるとはな。まさに『偶然もここに極めれり』、
か・・・)
「ん? あの顔・・・、どこかでーーー?」
「静かにしろ、京一。始まるぞ」 
 一緒に出てきた女生徒を見て、俺以外の二人が口に出し
て囁いていた所へ、醍醐が肘でつつきながら小声で注意す
る一方。桜井は居並ぶ人々に向かい、一礼した。
「構えーーーーーー」
 審判の声が響くと、それまで会場全体に満ち満ちていた
雑多な喧騒は瞬時に遠ざかり、静寂に取って変わる。
 それをもたらした緊張感は、俺が普段身を置く『実戦』
とは異なり、殺気こそ欠いているが、やはり神経を刺激せ
ずにはおれない物だし、一般人にとっては、滅多に味わう
事の無い感覚である事に変わりは無い。
 呼吸の音でさえ高く思える程の無音の空間の中で、弓を
構えた桜井が弦のさぐりに矢を掛け、引き絞った。
 ・・・『戦場』にて、もう見慣れている筈の動作だが、
今日はその一つ一つに、力強さと優美さの見事な調和が感
じられる。
 俺の隣では、目を閉じた美里が胸の前で指を組み合わせ
ると、京一は瞬きもせず桜井を見つめ、醍醐も同様にその
姿を見ながら、力を込めて拳を固める。
(桜井・・・、慌てるなよ・・・、出来ないとも思うな・
・・、そして気負い過ぎるな・・・。お前の持つ技量なら
ば、決して貫けない目標ではない・・・!)
「射てッ!!」
 その瞬間。よっぴいて、ひょうと射る。
 ・・・そして、緊迫に満ちた静寂は万雷の如き、喝采と
歓声によって打ち破られた。

       ■ゆきみヶ原高校正門前■

 ・・・競技とその後片付けも終わり、大方の観客も帰っ
たが、俺達は校門前にて桜井が出て来るのを待っていた。
「小蒔・・・。すごかったわね」
「ああ。あんな小さな的の真ん中に、よく当てられるもん
だ」
「ええ」
 大将同士の息詰まる一騎討ちの結果、勝利は真神の弓道
部にもたらされた。そして試合の中で桜井が見せた、美麗
ともいえる技量に、未だ興奮冷めやらぬといった表情で、
美里と醍醐が話している。
 ・・・軍や警察に所属する狙撃者は最低でも、300m
先にある500円玉サイズの目標をも撃ち抜けるだけの技
量を備えているらしいが、これが弓道の場合、高位の有段
者になると、距離こそ数十mに下がるものの、命中精度に
関してはそう遜色無いという話を、以前聞いた事がある。
 只、話を聞くだけなら、俺も含めた素人や一般人からす
れば、大した事は無い様に思える数字であるが、今日の試
合を見れば、それがいかに超絶的な技量とそれを支える鍛
錬により、成立しうる先に在る、離れ技である事がよくわ
かった。
「それにしても、遅いな。どうしたんだ、桜井は・・・」
「なァに、心配することねェよ。ボク勝っちゃった〜。ラ
ーメンおごって〜、とかいって、そのうち戻ってくんだろ
?」
 唸り声を出す醍醐に、軽い口調で京一が答えた所。
「へェ〜、ふ〜ん。ラーメンおごってくれんだ?」
 やにわに校門の向こうから聞こえて来た声に、京一が驚
いて身を縮ませ、硬直した。
「げッ・・・、小蒔!?」
「覚えとくよッ、京一がラーメンおごってくれるって」
 と、期待の目を向ける桜井に対し、『いらん事言っちま
ったぜ』と言わんばかりに、京一の額に冷や汗が流れる。
「おめでとう、小蒔。本当によかったわね」
「うん。ありがと、葵。きっと醍醐クンの御守りのおかげ
だよ」
 一番に近寄って賛辞を述べた美里に笑って頷くと、向き
直って醍醐に声を掛ける
「いや、桜井の実力さ。日頃、精進した結果だ」
「えへへ。そういわれると、なんか照れるな。ありがと、
醍醐クン」
「う、うむ」
 軽く手を振りながら言う醍醐。そして髪に手をやって、
はにかんだ様な笑みを見せる桜井に、醍醐はぎこちなく頷
いた。
「葵も京一も、来てくれてありがとね」
 言われて、京一に美里もそれぞれの為人に応じた笑みを
浮かべる事で、それに答える。  
「それに、翔二クンもありがと」
「・・・只、来て見ていただけであって、何かをした訳で
無し。礼を言う様な事では無い」
「へへへッ。もしかして照れてるの、翔二クン? なんて
ね。でも、今日はホントにありがとう。・・・そうそう、
雛乃もここに来るはずなんだけどなァ」
「なんだとッ」 
 桜井からの声にいつもの如く答えると、向こうは悪戯っ
ぽい調子でもってそれに応じ。そして付け加えた一言に京
一が声色を変えた所で、学校の敷地の方を見た桜井が手を
振りつつ、声を張り上げる。
「あッ、来た来たッ。こっちこっちッ!!」
「お待たせしました、小蒔様」
「もうッ、様はやめてよ」
 ゆっくりした足取りでやって来た少女・・・白く滑らか
な肌に整った目鼻立ち。そして手入れの行き届いた、烏の
濡れ羽色の長髪という、日本人形を思わせる容貌の持ち主
だ・・・の上品かつ、丁寧な物腰で頭を下げながらの挨拶
に、桜井は照れないし、気恥ずかしそうな表情を浮かべな
がら答える。
「ふふふ、そうは参りません。小蒔様は、わたくしの大切
な人ですもの。・・・こちらが、小蒔様がいつも話して下
さる、御学友の皆様ですの?」
「うん。同じクラスの葵と、醍醐クン。それとこっちが、
風間翔二クン」
「初めまして、皆様。わたくし、織部雛乃と、申します。
今後とも、よろしくお願い致します」
 古風というか、雅な口調での挨拶に、醍醐や美里もそれ
ぞれ名乗りつつ、頭を下げて挨拶していき、俺がそれに続
こうとした所で。
「あら・・・。あなた様は、確か・・・」
「・・・覚えていたのか」
「ええ、勿論ですわ。その節はどうも・・・」
「へ? 二人共、知り合いだったの?」
 俺の顔に視線を止め、彼女が洩らした言葉に答えている
と、心底以外そうな顔をして、俺と彼女を交互に眺めなが
らの桜井の疑問に答える。
「ああ。前に皆でプールに行ったろう。その時に、二言、
三言、話したんだ。まあ、その時は此処の生徒で、桜井の
知り合いだとは全く知らなかったがな」
「そうなんだ・・・。なんか、スゴい偶然だね・・・」
「あのー、桜井さん・・・。誰か忘れてないでしょうか?

「あははははッ。こっちが、『一応』友達の、京一ねッ」
「オレは、いちおうかッ!!」
「ふふふッ」
 ジト目をして幾分不機嫌かつ、不満そうな声を京一が上
げると、桜井は一瞬だけそちらを見た後、(わざとでは無
いにせよ)いい加減というか、取ってつけた様な紹介をし
たのに対し、京一が猛然と抗議したのに彼女が笑い出す一
方。醍醐と美里がその横顔を見やりつつ、話している。
「それにしても、雛乃さんってさっきの人に似てるわ」
「うむ。おれもそう思っていたところだ。雰囲気は全然違
うがな」
「あれ? もしかしてみんな、雪乃に会ったの?」
「雪乃さん・・・?」
「うん。雪乃はね、雛乃の双子のお姉ちゃんなんだよ。ま
ッ、性格は雛乃と正反対だけどね。長刀部の部長で、薙刀
の師範代の腕をもってるから、京一なんて、簡単にノされ
ちゃうかもね」
「そいつは大げさだぜ、小蒔」
「あッ、雪乃」
 美里の疑問への、桜井の説明が丁度終わった所に、背後
から張りのある威勢のよい声が聞こえて来る。声の正体に
ついては言うまでもあるまい。そちらを振り向いての桜井
の声に、話題の主たる少女は、軽く片手を上げて応える。
「遅いよ、雪乃」
「へへヘッ、悪りィ悪りィ。ーーーん? なんだ、さっき
の奴らじゃねェか。まだ、いたのかよ」
「姉様ッ」
 桜井の声に、にかっ、と笑って答えてみせた後。ふと、
こっちを見るや、ぞんざいな口調で言ってのけたのを失礼
と感じてか、雛乃が小さくはあるが、はっきりとした口調
でたしなめたのに、僅かにたじろぐと、ややバツの悪そう
な顔をする。
「わッ、わかってるよッ。小蒔の応援に来たってんだろ?
ご苦労だったな。まッ、小蒔の友達なら、俺にも友達だ。
よろしくなッ」
「こちらこそ。・・・まだ、名乗ってはなかったな。風間
翔二だ。重ね重ね、よろしく」
「ああ・・・。まッ、よろしくな」
 そこからは先程と同様、皆、めいめいに名乗っていき、
それが一段落した所で。
「あの、皆様。よろしければ、これから神社(うち)の方
へ遊びにいらっしゃいませんか?」
「おッ、おい、雛ッ!!」
「小さな神社なのですが、古い歴史をもっております。ぜ
ひ、いらして下さい」
「じょ、冗談じゃないぜッ。こっちの葵って娘だけならと
もかくーーー、こんなむさくるしい野郎共を家に上げるな
んて、ごめんだねッ!!」
 唐突に出た話に、誰より早く雪乃が反応すると、真っ向
から拒否にかかる。・・・随分な言われ様だが、それを否
定する材料が無いのも事実であるし、誘われたとはいえ、
面識を得たばかりの相手に、無闇に馴れ馴れしくするつも
りも無い。
 又、此処まで出張って来た用事も既に終わっているし、
俺には他に行くべき場所もある事だ。その言葉の後、俺は
肩をすくめつつ、醍醐と京一の方を見た。
「・・・そうだな。俺としても、無理に押し掛ける様な事
は御免だし、引き上げるとするか」
 言うなり、俺が二人の反応を待たず踵を返すと、刺々し
い声が追いすがって来た。
「てめェ・・・、オレをナメてんだろッ!!」
 ・・・俺にそういうつもりは無いが、どうも態度なり言
い草が、負の刺激を与えたのは確からしい。振り返れば、
手にした薙刀入りの袋を地面につき、もう一方の手を腰に
当てて、キツイ視線を射かけて来る。・・・因みに、根性
の無さを刃物と数で補っている、そこいらのヤンキーやチ
ーマー程度ならば、間違い無く気押され、萎縮しているぐ
らい、険のある表情である。
「もう、やめなよ翔二クン。雪乃もさ、ちょっと落ち着い
て」
 ぎすぎすした空気を追い散らそうと、話の間に入った桜
井が俺に対し一言を投げかけると、眉をつり上げたままの
雪乃を宥めつつ、雛乃の方を見やる。
「雛乃、ホントに行ってもいいの?」
「ええ。いろいろと、お話する事もありますし・・・」
「そっか。じゃ、お言葉に甘えてーーー」
「うむ。それじゃあ、寄らせてもらうとするか」
「ごめんなさいね、雪乃さん」
「いいさ、別に。じゃあ、行こうぜ」
 再度、雛乃が頷いたのを受けて、桜井に醍醐が口々に言
った後で、美里がいくらか遠慮した様に言うのに、素気無
いと言うか、さばけた口調で答えると、ずかずかと大股で
歩き出した。
「あ。待ってよ、雪乃ーーー」
 言いつつ、桜井がその後を追ったのを皮切りに、それぞ
れの歩調で全員が一斉に歩き出す。
(毎度ながら、妙な事になったな・・・。ま、俺は桜井達
の邪魔にならん様に、じっとしておくかな・・・)
 そんな事を思いながら俺は、一行の最後尾について歩を
進めていった。

        第拾話『変生・前編』其の二へ・・・

 戦人記・第拾話「変生・前編」其の弐へ続く。

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