ちゅ……

 聞こえてきた音と、うなじに小さな痛み。私はきつく目を閉じた。
 幸いなのは、壁に押しつけられているせいで彼の顔を見なくて済むこと。私の顔を見られなくて済むこと。

 ねっとりとした暖かいものが首筋から上へと上がってくる。
 そして、耳の後ろを舐められたと思うと、耳たぶを軽く噛まれた。

 ……気持ち悪い……ホントに気絶しちゃいたい……。

 こんなことをされたことはない。
 そりゃ友達から聞いたことはあるけど、実際にされるとこんなに気持ち悪いものだったなんて。
 友達は『ドキドキするよ』なんて言っていたけど、こんな状態でできるわけない……。


 抵抗をやめてしまった彼女は、声を上げるでもなく震えるだけ。
 むき出しになっているうなじに軽く吸いついて、赤い華を残す。
 白い肌に目立つそれは、が僕のモノだって証。
 舌先を徐々に移動させたあと、彼女の耳たぶを甘く噛んで、その柔らかさを感じた。
 
 唾液でできた道。
 ぬらぬらと光を跳ね返すそれをもっと伸ばしたいと、僕は体の向きを変えさせた。
 一瞬絡んだ視線はすぐさま逸らされる。
 でも、もう遅いんだ。その仕種さえも僕を煽るだけ。
 彼女の両手を頭の上で片手で押さえ付け、空いた手で顎を捕まえる。


 ぐっと顎を持ち上げられて、少し上向かせられた。
 この後にくるものは大方の予想はつく。
 重ねられた唇がこじ開けられ、私の口腔内で彼の舌が暴れる。
 これが大人のキス? こんなのが気持ちいいの?

「ゲホッ!」

 流し込まれたものに、私はむせ返った。

「……コホッ……ケホッ、コホッ……」

 苦しくて、何度も咳を繰り返して、初めて涙が出た。

「ああ、気管に入っちゃったんだ。ごめんね、加減ができなくて」

 優しい言葉と、目尻に触れる温もり。
 でも騙されない。解かれない拘束が証明してる、最後には殺されるのはわかってるんだから。


 ごめん、苦しい思いをさせるつもりじゃなかったのに。
 咳き込む彼女が少しでも落ち着けるように、僕は目尻にキスを贈る。
 少し治まったのを見計らって、僕は再び首筋に顔を埋めた。
 キスマークを刻みながら、服の上からの胸に手を当てて揉み始める。
 薄手の布越しに伝わってくる柔らかさと大きさは、僕の想像を超えていて。
 だんだん固くなって立ち上がり存在を主張し始めた部位を、早く口に含みたい衝動に駆らせた。
 僕ははやる気持ちを押さえながら、もう一度彼女にキスをする。


 やめて痛いのお願い止めて。
 胸を揉まれるたび、先端部が擦れて痛い。こんなの、今まで感じたことない。

「ひぁっ!」

 つまみあげられて、自分でも驚くぐらいの声が出た。
 必死で声を出さないようにしてるのに。こんな高い声、相手を喜ばせるだけじゃない。

「初めて声を聞かせてくれたね」

 再びのキス。滑りこんできた舌に、私は噛みついた。
 慌てて離れた彼を、私は初めて自分から視線を合わせ、にらみつけてやった。

「……たとえ敵わないとわかっていても、殺されるとわかっていても、簡単に死んでやらない。
 無抵抗であなたに殺されたお父さんとお母さんの分まで、できる限りの抵抗をしてやるんだから」

 一度声が出たら、張りついていたものがなくなったのか。私の口からは次々と言葉が出た。

「僕はを殺す気なんてないよ」

 彼は口端に流れた血を拭う。

「それに、僕は君の両親を殺してない」

「うそよっ! 私見たんだから!
 黒髪で紫の目を持った少年が、笑いながらお父さんたちを刺したの!」

「よく見て、僕の髪は茶色だよ。君の見た黒じゃない」

「髪なんていくらでも染められるわ。でも、瞳の色は返られないもの。あなたはお父さんたちの敵なのよ!
 あの時、私が隠れてたのを知ってたんでしょ。だから口封じに殺しにきたくせに!
 でもただ殺すだけじゃなくて、犯して自分の性欲を発散させて、用済みになってから殺すんでしょ!」

 憎くて憎くてたまらない相手が目の前にいる。
 冴々とした紫の瞳は、いやがおうでもあの時を思い出させて怖くて。
 私はありったけの勇気にしがみつきながら、目の前の彼に言葉を叩きつけた。


「僕はを殺す気なんてないって言ってるのに……。
 あんまり殺しにきた、殺しにきたって言うなら、本当に殺しちゃってもいいの?

 ため息をついた僕は、白い首に自分の手を掛ける。

「ほら、男の僕の手なら、の細い首は片手で十分だよ。お望みどおり、このまま締めつけちゃおうか?」

 ヒュ、と短く息が吸い込まれた音がする。
 僕は指先に力を込めて、彼女の頸動脈と気管を軽く押さえた。……そして離す。

「どう、首を絞められるっていうのも結構苦しいものでしょ?
 本当に殺して欲しいなら、今度は本気で絞めてもいいんだけど」

 ケホケホ咳き込むに、僕は問いかけた。

「僕が本当にを殺しにきたのなら、とっくに君の命はないよ。これでも一応軍人上がりだし。
 ちゃんと勉強したからね。苦しませないように一息で急所にナイフを突き立ててるよ」

 そう言いながら、僕はの着ているパジャマのボタンを1つずつ外した。
 すべて外し終えると、滑らかな肌に指を滑らせキスの雨を降らせ、鎖骨や谷間に赤を散らしていく。


 首を押さえ付けられたときはもうだめかと思ったけれど、その手はすぐに離された。
 見かけは華奢で筋肉もあまり付いていないように思えるのに、力は思いの外強かった。
 外されて咳き込んだけれど、パジャマを脱がされているのがわかったけれど、私は必死になって耐えた。
 声は出さない。出したら、喜ばせるだけにしかならない。それが私にできる、残された1つの抵抗。

 異性の目に長年曝したことのない胸。それが今、一番見せたくない相手の目に曝されている。
 自分で言うのも何だけど、私は胸の形には自信がある。
 先端もきれいなピンクだし、年の割には大きいほうだと思うし。
 それを力ずくとはいえ、こんな奴に見られていると思うと悲しくて泣きたくなる。