「凸(でこ)と凹(ぼこ)」 第四話
第三話     



 青白き月の女王が東から顔を覗かせた頃、イヴ・ギャラガーは自分の元の体に戻る為に魔術師組合へ向かって歩いていた...予定だったが、何故か東の森に足が向いていた。
(なにかしら?何かに誘われているような感覚だわ。)
 月はまだ出たばかりで時間は十分に有る、という気持ちがイヴには有ったせいか、自分を誘っている原因を探しに森へ足を踏み入れていた。
 森の中は月の明かりが遮られ少し薄暗く進み辛かったが、イヴは特に恐怖も感じず、かえって緊張が緩むのを感じつつ進んでいった。しばらく行くと先に小さな明かりがいくつも揺れているのが見えた。何か話声も聞こえてくる。
 その光に惹かれて前に進むと、そこには...。
「あー!由羅だ。由羅が来たよ。」
「いらっしゃ〜い。」
「今月も来てくれたんだね。」
「遊ぼうよ、由羅。」
 満月の光が射し込んでいるその一画に舞い踊る妖精達の姿が有った。妖精達は由羅の姿に気付いて口々に誘いながら寄ってきて周りを回るのだった。
「妖精?こんなところに居るなんて。」
 妖精自体は珍しくない存在だが、イヴ自身は今までに2・3度しか見た事が無い。直接話をするのは今が初めてになる。
「でもなんか変だよ。」
「由羅だけど由羅じゃないみたい。」
 妖精達はいつもと違う由羅の姿を見て少し不信がったが、輪の中に誘い、座らせた。
「こんなところで何をやってるんですか?」
「やだなぁ。こんなに月のきれいな夜だよ。」
「こんな夜は歌って踊りたくなるのが当たり前じゃないか。」
「由羅だっていつもやってるじゃない。」
「え?由羅さんが...。」
 その時、カサカサと草が揺れたかと思うと聞き覚えのあると言うか、覚えが無いと言うか、説明しづらい声が聞こえてきた。
「やっほー!こんばんわ。...あら、イヴが来てるじゃない。」
 覚えが有るのも道理で、聞こえてきたのは自分自身の声。イヴの体を持つ由羅が現れたのだった。だが、妖精達はその声が聞こえた途端、近くの草むらに隠れてしまった。
「あ、驚かせちゃった?ごめんごめん。あたしよ。由羅よ。こんな体だけども中身は100%由羅なんだから。」
「こんな体とは酷い言いようですね。」
「気にしない、気にしない。」
 由羅とイヴの会話を聞いていた妖精達は徐々に姿を現わしてイヴの体をしている由羅の周りを回り始めた。
「変なの。由羅じゃないけど由羅だよ。」
「うん、魂は由羅のものだよ。」
「由羅が二人いるよ。へ〜ん。」
「分かってもらえた?」
 妖精の理解を得られてホッとした顔を見せて、由羅はイヴの横に座った。
「よくここがわかったわね、イヴ。」
「由羅さんの体が勝手に連れてきたんです。」
「ふ〜ん、満月の夜はよく遊びに来るからね。それよりせっかくだから飲みましょ。」
 由羅が持ってきた酒ビンを見てイヴはあきれた顔を見せた。
「由羅さんにはドクターから禁酒令が出されていたはずですが。」
「もう、カタイ事言いっこ無し。おかげで少しでも飲めるようになったんだから、感謝しなさいよ。」
「壊れていたら感謝どころではありません。」
「それよりあたしの体にちゃんとお酒を補給してくれてたんでしょうね。毎日飲まないと錆びちゃうんだから。」
「嫌でも体が酒に手を出しましたよ。おかげでお酒の味が分かるようになりましたが。」
「うふふ〜ん、良かったわねぇ。ほら、まずは一杯。」
 由羅が差し出したぐいのみを受け取ったイヴは、ぐっとあおいで飲み干した。
「ふ〜。」
「おーっ、良い飲みっぷり。今度はあたしね。」
「無理しないでくださいよ。私の体なんですから。」
 そう言いながらも由羅に注いでやるイヴだった。

「ねえねえ、由羅、踊ってよ。」
 由羅が5杯空けて顔が真っ赤になった頃に、妖精達からのリスエストが出てきた。
「いいわよ〜。...っとっと、う〜、地面が揺れてるわぁ。」
「由羅さんが酔っているだけです。」
「なーにー?誰が酔っぱらってるって?んな事、関係無いわよ。そーれ、みゅーじっく、すたーと。」
 ふらつきながらも立ち上がった由羅の合図と同時に妖精達が楽器を使って曲を奏で始めた。由羅はその曲に合わせて時にゆったりと、時に細かくステップを踏み、舞っていく。
(あ...。)
 目の前で自分の体が軽やかに舞っている。演舞などは図書館の蔵書で得た知識以外では全くと言って良いほど疎いイヴだったが、この舞が人を魅了するのに十分である事は一目見れば良く分かった。
 しなやかな体の動き、流れる黒髪の折りなす躍動感、指先の作り出す表情、あふれんばかりの笑顔。由羅の持っている才能が有ればこそだろうが、自分の体がこれほどまでに美しく輝く事ができるとは、イヴ自身考えた事も無かった。彼女は不覚にもその自分の姿に魅せられたのだった。
(あれが私...?)
 その間にも妖精達の奏でる旋律に無意識のうちに体が反応し始めて、足がリズムを刻んでいた。
 熱を帯びたかのような顔を見せていたイヴを見とめた由羅は、イヴの手を取って踊りに引き込んだ。
「ほらほら〜、ボケーッとしてないで一緒に踊ろ!」
「あ、私は踊れません。」
「そんなの気にしないの。」
 強引に由羅に手を引っ張られ立ち上がったイヴは、自分の体の中から沸き出てくるリズムに戸惑いを覚えながらも、由羅と踊る事を拒否できなかった。
「本当ならクリス君かリオ君のほうが嬉しいんだけどな〜。」
「今から二人を呼び出す事は不可能でしょうね。」
「んな事は分かってるわよ。今は今で楽しみましょ。」
 さすがにイヴの踊りはぎこちないものだったが、由羅のリードで何とかさまになっていた。体が覚えているのだろうか。自然とリズムに合わせて体が動いていく。
 踊っている最中、イヴはまるで夢を見ているかのような感覚に陥っていた。満月の夜、妖精達の輪の中で自分自身と踊っているなど現実とは考えられなかった。
 と、その時、
「アラッ?!」
「キャッ?!」
ドテッ!
 酔いが回ったのか、由羅が足をもつれさせてイヴと一緒に倒れ込んでしまった。
「テテッ...ハハ、ゴメ〜ン。」
「だから、注意したのに...。」
 横倒しのまま、そう言いながらイヴが顔を上げるとそこには長年見知った自分の顔が、でも今まで見た事の無い程、屈託無く笑う自分の顔が有った。
(ああ、私はこんな笑顔ができるんだ。)
 羨望?嫉妬?説明し難い感情が沸き起こってくる。
 その顔を見続けているうちに胸の奥が締めつけられるような、それでいて心地好さを感じて、愛しさの余りイヴは相手の顔に手を伸ばして顔を近づけて目を閉じ、そっと唇を重ねた。
 由羅も唇を放そうとせず、むしろ歓迎するかのように両手をイヴの体にまわして抱きしめた。そして二人ともかすかに震える唇を通して伝わってくる相手の呼吸と、体の中心からの火照りが自分と相手の両方から発せられるのを感じていた。
 そのまま時間が止まり永遠に続くかのような、だがしかし、離れてしまうにはあまりにもなごり惜しく短い時間を味わっていたが、唇から何か異質なものが流れ込んでくるのを感じながら急速に意識が暗闇に飲み込まれていった。


「...ら、お...!...きんか!」
 近くで誰かが呼んでいる声が聞こえる。イヴはゆっくり目を開けて起き上がろうとしたが、頭の中を雷が通過したかのような激しい痛みを感じて頭を抱え込んでしまった。
「痛っ!〜〜〜っ!!」
「やっと起きたか!!全く人の呼び出しを無視して酒盛りなんぞしおって。」
 声のする方を見ると、そこには魔術師組合の長が怒りをあらわにして立っていた。自分達の勝手で約束をすっぽかしたのだ。イヴは素直に誤るしか無かった。
「つっ!、...申し訳...有りませんでした。」
「......。」
 長はしばらくイヴを探るように見つめていた。
「なるほど。お主がイヴであっちが由羅じゃな。」
 そう言って長が杖で指した先に由羅がまだ眠っていて、不似合いなスカートから少しだけ出ている尻尾が寝息に合わせてゆっくり動いている。...尻尾?!
 その由羅の違いに気付いたイヴは自分の体を見て、触りだした。頭に耳は無い。髪の手触りはしっとりとしたストレ−ト。体は服がはだけて胸の谷間がしっかりと見えているが、その大きさは日頃自分が見慣れたものであった。
「これは...もどったのね。」
「ああ、危険な事じゃが自力でな。」
「? それでは貴方が戻してくれたわけではないのですか?」
「わしはお主らを探して見つけただけじゃよ。恐らく...満月の放つ魔力の下でアルコールを触媒として結果として自然に戻ったようじゃな。しかも」
と言って長が草むらに目を向けると、風も無いのにそのあたりがカサカサと揺れ動いた。
「妖精達の助けも有ったらしい。」
 イヴはハッと気が付いて着物の前を閉じたが、長は気にせずしゃべり続けた。
「後は本人達の戻りたいと言う強い願望と魂の交換の儀式としての接吻が必要じゃったわけだが、...お主ら知っておったのか?」
 長は皮肉な笑みをもらしてイヴに問いかけた。
「いいえ、全く。」
「まあ何にせよ、無事戻ったわけじゃから、とやかく聞くまい。もしまだ何かおかしいところは有ればわしの所に来なさい。」
「はい、ありがとうございます。」
「これ、由羅、いいかげんに起きんか!」
 長は由羅の体を2、3度杖で小突いたが、由羅は起きそうも無かった。
「うう〜ん、メロディ、もうちょっと寝かせて...。あと10分...。」
「早く起きんと狼男の餌になるぞ。」
 狼男という言葉に敏感に反応して由羅はガバッと起き上がった。
「さ、そろそろ魔術師組合に行こ。あの爺様、気が短いから...あれ、爺さん、居るじゃない。あれ、イヴが居る...元に戻ってる。あれれ。」
「見たとおり、二人とも元に戻ったんじゃよ。」
「へ〜、爺さん、ご苦労様。それじゃあ、イヴ、続きを家でやりましょ。復帰記念と言う事で。」
「由羅さんがたくさん飲んでくれたおかげで、私は気分が悪いんです。由羅さんがただ飲みたいだけなんでしょう。」
「あったり〜。久しぶりにたっぷり飲むわよ!」
 こうして二人は再び自分の体に戻ったのだった。


「ほらイヴ、見て見て。酒ビンとお魚がこんなにたくさん持てるようになったわよ。」
 体が元に戻ってから数日経った旧王立図書館では、由羅がご機嫌状態でイヴと話していた。
 この2週間、イヴが図書館での労働で鍛えた結果であろうか、多少の筋力が付いたようである。
「これでクリス君とリオ君を二人いっぺんに捕まえても逃がすような事はないわね。」
「好きにしてください。」
 由羅の下世話な話をいつものように平然と受け流すイヴであった。だが以前のイヴであればこの酒臭い女を図書館からさっさと追い出していただろうが、今はその話に付き合っている。
「ねぇ、今日あたりさくら亭に飲みに行きましょうよ。だいぶ飲めるようになってるでしょ。」
「ええ、良いですよ。もっとも明日も仕事が有りますから、2杯で終わりにしておきますけど。」
「十分よ。」
 由羅がいつもどおりの暖かい笑顔に見せたのに応えて、イヴは少しはにかんだような、だが今の自分にとっては最大級の笑顔を返した。
(お父様の残してくれたお酒を美味しく飲めるぐらいには、強くなりたい...。)
 全く形の違うピースが一つになり、そして元どおりの二つに別れた。もう二度と再び一つになる事はないだろう。だが、その記憶は残る、生きている限り。
(結果からすれば良い経験だったと言えるでしょうね。お酒の事も自分の事も...。)
 そんな珍しく感傷的なイヴにかまわず、由羅は話を続けていった。
「それにしてもイヴって丈夫よね。あたしは間違いなく”穴”が開くと思ってたのに。」
 ”穴”という言葉を聞いて、イヴはギクリとした。
「ドクターがうるさく言うから、絶対ストレスで胃に穴が開くと思ってたのにねぇ。」
 いたずらっぽい笑みを浮かべる由羅を見て、心の中でため息を付くイヴであった。
(やっぱりこの人、苦手だわ。)


− End −


後書き
 やっと書き終わりました。サターン版発売日に間に合わなかったんで、イヴと由羅の設定がこちらの予想と大きく違ったらどうしようかと冷や汗ものでしたが、そのあたりも何とかクリアできそうですし、ネタバレにもなってないので安心しました。
 入れ替わりは周囲の人達の混乱を起こさないように相手方になり澄ましトラブルを起こすというパターンの作品も多いんですが、今回の話でそうしなかったのは主役の二人が自分に正直すぎるので、嘘をついてまで我慢しないだろうと考えたからです。その代わり、周りは振りまわされてしまいますが。
 イヴと由羅のからみですが,これ以上の濃厚なやつにしたいんですけど私の力量ではこれで精一杯ですね。
「あれ以上何をさせるつもりだったんですか。説明によっては今後の出演を拒否します。」
「へぇ、君ってそういうのが好きだったんだ。このス・ケ・ベ!」
ええい、うるさい!
越後屋善兵衛   





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98.3.21 越後屋善兵衛